礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

明治29年7月、京都新町便利堂の借宅にて

2023-01-03 01:20:28 | コラムと名言

◎明治29年7月、京都新町便利堂の借宅にて

 昨日、紹介した『失望と希望』(羽田書店、一九四九)の「編者のことば」中に、〝本書に収められた初期の作「時勢の観察」の序文に〟云々とあった。「時勢の観察」は、内村鑑三が一八九六年(明治二九)八月、『国民之友』誌に発表した評論である。本日は、同評論の「自序」を紹介してみよう。引用は、『失望と希望』七八ページより。

   時 勢 の 観 察

   [義憤は韻文を助く] (Facit indignatio versum.)

自序
今や日本国民は上〈カミ〉は〔伊藤〕博文侯【はくぶんこう】より下〈シモ〉は博文館【はくぶんかん】主人に至るまで、みなことごとく八方美人とは化しぬ、或ひはもし八方美人にあらずとするも、少くとも四方美人または半面美人たらざるはなし、ここにおいてか余輩の如き八方醜婦生の世に出づるの必要は来りし〈キタリシ〉なり、彼女の本職は病犬の如く何人にも何党派にも噛みつくにあり、梟【ふくろふ】の如き眼を以て暗中の穢【けが】れを探るにあり、彼女は敵とのみ争はず、知人とも朋友とも拳闘すべし、彼女は「愛国者」を嫌ひ「尊王家」を卑しむ、彼女の如きは実に「不敬事件」を醸【かも】すに足るべき人物なり。
往時米国の批評家トロー氏、トマス・カーライルの『過去現在』なる書を読んで、拍手大喝、天を仰ぎて曰く「英国はなほ大なる未来を有す」と、英国を罵りしカーライルは大なり、然れどもカーライルを許しカーライルを聴きし英国はカーライルより大なり、カーライルを有せし英国にしてなほ大なる未来を有すとあらば、八方醜婦生を有する日本もまた多少の希望を有して可ならん。(明治廿九年七月京都新町便利堂借宅において)

 若干、注釈する。「余輩の如き八方醜婦生」とあるように、「八方醜婦生」は、内村鑑三の自称である。以降に「彼女」とあるが、これも八方醜婦生=内村鑑三を指している。
「病犬」とあるのは、おそらく、狂犬病にかかった犬を指すのであろう。
「不敬事件」とあるのは、一八九一年(明治二四)一月九日に起きた「内村鑑三不敬事件」を指す。事件の翌月、内村は、第一高等中学校を依願退職する。そのあと全国各地を流浪したが、一八九五年(明治二八)から一年ほどは、京都新町で便利堂を経営していた中村弥左衛門の支援を受け、中村家の離れで暮らしていた。
 内村鑑三の窮状を知った民友社の徳富蘇峰は、内村に執筆を依頼しする。評論「時勢の観察」は、京都新町の借宅で執筆され、民友社発行の雑誌『国民之友』に掲載されている。
 ちなみに、京都の便利堂は、一八八七年(明治二〇)創業の印刷会社で、今日なお盛業中である(株式会社便利堂。本社は、京都市中京区新町通竹屋町下ル弁財天町三〇二番地)。

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