礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

百済善光一族に対する王号賜与は破格の優遇

2018-08-26 04:25:08 | コラムと名言

◎百済善光一族に対する王号賜与は破格の優遇

 先日、『法学研究』(慶応大学)のバックナンバーを通覧していて、利光三津夫氏の「百済亡命政権考」という論文を見つけ、興味深く読んだ。第三五巻、第一二号(一九六二年一二月)所載。
 本日は、同論文の「緒言」を紹介してみよう。なお、利光三津夫〈リコウ・ミツオ〉氏は、法史学者で、慶応義塾大学名誉教授(一九二七~二〇〇九)。この論文を執筆した当時は、慶応義塾大学法学部講師。

 百 済 亡 命 政 権 考    利 光 三 津 夫

   一 緒 言
 大化改新以後、律令体制が確立された後においても、上代以来存在した氏姓の制度は法制上重大なる意義を有し、貴姓を有するものでなければ、高位高官に任ぜられず、卑姓の者が、内五位以上に叙せられるに当つては、その前提として宿称〈スクネ〉以上の姓を賜わる慣例であったことは顕著な事実である。従つて、天武の朝、従来の可婆根〈カバネ〉の制度を整理して、一真人〈マヒト〉、二朝臣〈アソン〉、三宿称、四导寸〈イミキ〉、五道師〈ミチノシ〉、六臣〈オミ〉、七連〈ムラジ〉、八稲置〈イナギ〉の八姓を定めて、天下の諸氏にこれらの姓を賜つたのであるが、ここにこの八姓の例外ともいうべき貴姓が存在する。それは、ここに述べようとする百済の善光〈ゼンコウ〉の一族に対して賜与せられた「王〈コニキシ〉」なる姓のことである。
 書紀〔日本書紀〕、続紀〔続日本紀〕には、善光の一族に対して王姓を賜うた記事はみえないが、続紀天平神護二年六月の条には、持統天皇の御代、善光一族に対して「百済王〈クダラノコニキシ〉」なる称号が賜与せられたことがみえ、爾後この王号は可婆根と同質のものとして取扱われている。聖武天皇の御代、大仏鋳造に当つて陸奥国より黄金を献じて従三位に叙せられた百済王敬福〈キョウフク〉や、桓武天皇の朝、鎮守府将軍に任ぜられた百済王俊哲〈シュンテツ〉等が帯していた王号が、可婆根と同質のものであることには、異論を挟む人はあるまい。
 釈日本紀秘訓、拾芥抄〈シュウガイショウ〉等によれば、この百済氏の姓である「王」はこれを「オウ」と音読せず「コニキシ」又は「コキシ」と訓む慣例であつたことが知られる(一)。しかし、先学がすでに指摘せられた如く、コニキシのコニは蒙古の王号「汗」に由来し、キシは朝鮮の敬称「吉士」に基つき、コニキシは、周書異域伝百済に、
《王姓夫余氏、号於羅瑕、民呼為鞭吉支》
とあることによつて知られるごとく、古代朝鮮語で「王」の意である。故に百済王氏に賜つたコニキシなる称号は、百済王氏がその本国において称していた国王の称を、その侭に可婆根として賜つたものであつて、その王号賜与はわが朝廷の同氏に対する破格の優遇であり、八姓制度の大きな例外であるといわねばならない。【以下、次回】
【注】
(一) 百済王氏の帯する「王」なる称号は、釈日本紀をはじめ日本紀注解の諸書に「コニキシ」と訓まれているが、釈日本紀秘訓は、天智三年紀所見の「百済王善光王」だけを「クダラノオホキミセンクワウ」と訓じている。もし、この訓が正しいとすれば、百済王氏の「王」号は皇親の帯する「王」号と、その訓までも等しかつたことになるが、本居宣長は、かかる訓が誤りであることを力説している。即ち、彼の著「古事記伝」には、
《義慈王の子、豊璋と禅広と二人皇国に参入居たりしを、(中略)禅広は皇国に留まれるを、持統天皇の御世に、百済王と云号を賜ひてより、其子孫これを相継て、姓尸となりて、百済は姓にして、王は尸なり、許爾伎志【コニキシ】と訓べし、意富伎美【オホキミ】と訓はいみじき非なり。》
とある。しかし、この本居の説は、皇親と同じ「オホキミ」なる称号が、帰化人如きに与えられるはずがないという、彼一流の大義名分論より発した議論であつて、これを今日そのまま肯定することは出来ない。本稿において、私が主張するが如く、善光が、わが朝廷の樹立した亡命政権の元首であつたとすれば、その帯する王号が、「オホキミ」と訓まれることはありえないことではない。釈日本紀の訓は、善光がわが朝廷より王者としての待遇を与えられていたという証拠の一つとして考えることすら可能である。しかし、この釈日本紀秘訓は、その成立時期が、天智朝はおろか、奈良時代に遡らせ得ることすら覚束ない〈オボツカナイ〉ものであり、且つ孤立した史料でもある。従つて、私は自説に有利な史料ではあるが、本稿においては、敢えてこれを引用しないこととした。

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