goo blog サービス終了のお知らせ 

礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

ここはわれわれの本部である(栗原安秀中尉)

2020-02-17 02:56:53 | コラムと名言

◎ここはわれわれの本部である(栗原安秀中尉)

 角田忠七郎著『憲兵秘録』(鱒書房、一九五六)から、「岡田首相の救出」の章を紹介している。本日は、その二回目。

 それで早速、小坂〔慶助〕は青柳〔利之〕、小倉〔倉一〕の二名を事務室から離れた取調室に呼び入れた。二人は真剣な小坂の表情 を見つめて、怪訝【けげん】な顔をしている。小坂は緊張した面持〈オモモチ〉で岡田〔啓介〕首相の生存を告げ、首相救出の固い決意を披瀝【ひれき】した。二人は若い元気な頰を紅潮させて、
「やりましょう」
 と力強い声で答えた。小坂はこの快諾に喜んだ。思わず立ち上って二人の手を固く握り締めた。
「ヨシ! やろう、万難を排してやろう」
 三人は早速実行計画について打ち合せた。
 翌二十七日早朝、三人は武装を整え、連れ立って表に出た。空は鉛色の雲が低く垂れて雪の上を風が吹き捲くっている。三人は無言のまま人一人通らない代官町通りを歩いて行った。
 半蔵門と三宅坂の第一、第二の警戒線をようやく通して貰い、参謀本部の前に出。参謀本部正門から議事堂に通ずる道路上には、第三の警戒線が敷かれてあった。しかし素早く土手を登り、木栅を乗り越え参謀本部の構内に入り込むことに成功した。参謀本部とこれに続く陸軍省の構内は、まだ叛乱部隊に占拠されていなかった。
 陸軍大臣官邸の憲兵詰所には、五、六名の憲兵がいたが、事件勃発以来初めての連絡者だというので、大いに飲迎した。
 ドイツ大使館の前から、左は議事堂と外相官邸、右は農相官邸に続いて議会記者俱楽部と首相官邸、この間を赤坂方面に通ずる一直線の広いアスファルトの道路は、前日以来軍靴【ぐんか】に踏みにじられて残雪の跡も生々しい。そして叛乱部隊三百名の将兵に包囲された首相官邸は眼の前にあり、立哨中の歩哨の着剣が雪に反影してキラキラと光っている。
 首相官邸の正門は自動車の進入路と退出路の二つ。この二つの門には、複哨【ふくしよう】が銃を構えて立哨し、その前の路上には重機関銃や軽機関銃が据えつけられていた。蟻一匹通れない状況である。
 それでも、先ず小倉が正門の歩兵軍曹のところに出向いた。やがて栗原〔安秀〕中尉が面会することを知らせて来た。待っていた小坂等は胸を踊らせながら首相官邸の玄関に向った。見ると、受付の前に椅子を並べ、正面に栗原中尉、左に林〔八郎〕少尉、右に池田〔俊彦〕少尉が火鉢を囲んで控えていた。小坂等三人は、栗原中尉に挙手の敬礼をした後小坂が、
「麹町憲兵分隊の小坂曹長であります。中尉殿に用件があって参りました」
 といった。栗原とは初めての対面である。栗原は三人の顔をジロリとみると、
「今更憲兵に用はないが、一体何か?」
「岡田首相の遺骸に対し、勅使が御差遣になるということで、その準備と打ち合せのために参りました」
 彼等は天皇で凝り固まっている。皇室を引合いに出せばよいと考えたのであった。
「ここはわれわれの本部である。勅使は私邸の方で受けるように帰って伝えろ!」
 力の籠った声であった。まずいことをいったなと気づいたが遅かった。しかしなんとか首相官邸に止まらねばならない。【以下、次回】

*このブログの人気記事 2020・2・17(9位に珍しいものが入っています)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする