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礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

兵隊を取締るのが憲兵ではないか(福田耕)

2020-02-08 00:37:09 | コラムと名言

◎兵隊を取締るのが憲兵ではないか(福田耕)

 迫水久常の『機関銃下の首相官邸』(恒文社、一九六四)を紹介している。本日は、「一挺の拳銃」という章を紹介する。この章では、一人称は、迫水久常に戻っている。

 福田耕〈タガヤス〉さんは、岡田首相と同じ福井県の出身で彼が大学をでてまもなく、東京市電気局本所出張所長を務めていたとき、大正十二年〔一九二三〕の大震災があった。そのとき岡田啓介は海軍次官であったが、福田さんは従業員などの救助のため、同郷の先輩というわけで、海軍省に岡田次官を訪れて懇請したところ、岡田次官はその熱意にほだされて、のぞみどおり協力したことが縁となり、いつも岡田のところに出入し、岡田も目をかけていた。岡田内閣組閣のときは、日本電信株式会社(終戦後の国際電信電話株式会社の前身であり、福田さんは終戦後この会社の専務になった)の課長でいたのを、岡田が熱望して秘書官とした人である。事件直前の選挙で福井県から代議士に当選していた。まことに筋のとおった、親切な、正義感の強い人である。
 事件がおこると私(以下迫水を指す)と道をへだてて向側の官舎に私と同じように目をさまし、私と同じように心配し、私と同じように警視庁に電話をかけ、私と同じように官邸にとんでゆこうとして阻止された。私が福田秘書官の官舎にひそかにはいつていったのは七時〔二六日午前七時〕ごろであったろう。そして、かわるがわる何度か憲兵隊に電話をかけて、憲兵の協力を請うた。小坂〔慶助〕憲兵曹長の著書には、福田秘書官の電話の口調はだんだんとはげしくなり、喧嘩腰で「兵隊を取締るのが憲兵ではないか、すぐに官邸へ憲兵を派遣して、総理の安否をたしかめてほしい」と怒る声はふるえ、送話機にかみつくような勢〈イキオイ〉でがなり立てていたが、どうにもならないので、できるだけ早く派遣しましょうとおざなりの答をしたが、あとでもっとていねいに親切にいえばよかったと思ったと書いてある。そして遂に私といっしょに官邸にはいって、総理の生存を確認するに至ったことは既に述べたとおりである。【以下、次回】

 文中、「送話機にかみつくような勢で」というところがある。送話器は、すでに死語である。当時の電話は、受話器と送話器が別で、耳に当てるのが受話器で、送話器は電話機本体についていた。ここで、「送話機にかみつくような勢で」とは、その電話機本体の送話器に向かって噛みつくように、という意味であろう。
 なお、今日の電話機は、受話器と送話器が一体となっており、その中央を手で握るようになっている。これを一般に、「受話器」と呼んでいるが、正しくは、「受送話器」である。この「受送話器」や「受話器」という言葉も、早晩、死語になることであろう。

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