礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

カナ枢軸による日本の国字体制(新村出)

2015-11-18 06:37:23 | コラムと名言

◎カナ枢軸による日本の国字体制(新村出)

『科学評論』の一九四一年(昭和一六)一一月号に掲載されていた稲垣伊之助の論文「国語国字問題最近の動き」を紹介している。本日は、その二回目。

  翼賛会臨時中央会議に出たカナの問題
 昭和十五年(一九四〇)十二月十六日、十八日に開かれた大政翼賛会臨時中央会議に、山本有三氏は
《日本語の海外進出、カナが非常な立派な文字であること、漢字のむずかし過ぎる点(例えばカタカナで「アワテル」と書けば何でもないものを、漢字で書くと五通りもある)カナを主として漢字を補助字とする、いわカナ交り文でなく、漢字交り文とするようにしたい。》
と提案された。山本氏この案に対し、小此木左馬太氏が
《カナを国字として使用することは山本氏と同意見である。発音式カナヅカイを採用すること、漢字全廃は至難であるから、できるだけ制限して使用すること。文字はすべて左横書きとすること。》
と主張せられた。それに対し、翼賛会岸田〔國士〕文化部長は
「文化部としては国語問題を重大視し、その改善や淳化等各方面から解決したいと思ふ。山本氏の意見には私個人としては大賛成である。」
と述べ、委員会では決議とせずに、総会へ報告とすることになつた。
 山本氏のこの提案は、新聞に「カナの名称を改定」と大きくミダシをつけて報道されたので、カナの名称のことが主になつて、〝カナを主として漢字を補助字とする〟と言ふ山本氏の提案の主眼が逸してしまつたウラミはあるが、文豪山本氏の提案だけあつて、世人の注目をひいたことが大きいかつた。
 それに対し国語学界の権威新村出〈シンムラ・イズル〉博士は
「なるべくカナ本位すなはちカナ枢軸を以て日本の国字体制を組立てゝゆくようにしたい。漢字を補助字とし、カナを本字とし、国字として進むべきである…………日本で歴世にわたつて、文字といえば漢字が本格的のものであり、カナはカリのもの、間に合せものであるとゆうところの、内外本末を顛倒した錯覚を一掃し清算し去つて、テニヲハや送りカナばかりでなく、なるべく主要な国語の実辞はもちろん、漢語のうち差支〈サシツカエ〉のない虚辞また実辞はカナを本体とすることに定め…………カナ称呼の改定とその根本観念の是正に邁進してもらひたい」
とゆう意見を発表せられた。
 雑誌「古典研究」昭和十六年〔一九四一〕三月号には、山本氏の提案について、諸名士の意見をあつめてのせているが、
 カナを多くして漢字を少くする案についての回答中、賛成をのべた人々は、
《佐久間鼎博士、金澤庄三郎博士、九州帝大教授小島吉雄氏、文部省監修官倉野憲司氏、早大教授野々村戒三氏、東京高師教授玉井幸助氏、五高教授八波則吉氏、原随園文学博士、能勢朝次文学博士、京城帝大教授荻原渉男氏等多数であつた。》
 山本有三氏が、ああゆうヒノキ舞台で、天下晴れて国語問題を論じ、世間に大きな反響をよびおこしたことは、われわれ国語問題をつねに考えているものにとつて、大なる喜〈ヨロコビ〉であつた。大政翼賛会においても、この問題の重要性を記録にのこしたことになつた。
  満洲国がカタカナを採用
 日本における国字問題はまだ決定的位置をとり得ないおりから、満洲帝国がカタカナを採りあげて、満語表現の決定案をつくつて、近く公布することになつたのは、注目すべき動きである。
 満洲国では政府の指導精神を四千六百万の民衆に理解をあたえ、その支持を得なければならぬ。漢字とゆう宿命的な難文字で発表していたのでは、大衆にわからせることはどうしても出来ない。そこで康徳五年(昭和十三年〔一九三八〕)から漢字にかわる音表文字の研究に着手し、注音字母、ローマ字、カタカナの三つを比較研究した結果、ついにカタカナを優良とみとめたのである。
 満語をカタカナで表記する方法として、
1、カタカナのみを用い、平かな、新字、特殊符号は使わぬ。
2、すべて同じ大きさの文字を書き、日本の促音、拗音のように小文字を使わぬ。
3、漢字の一字音は四字以内で示す。
(その他、有気音、無気音、窄音、捲古音、舌歯音、撮口音韻母等をカタカナで表記する約束がきめられているが、ここには略)
 満洲帝国のカタカナ採用は、日満同文字とゆうことになつて、日満文化交流の上に大きな役割をするであらう。現在漢字によつて日満が接触していると、彼は「日本」を「イー
べン」(巻き舌であるから「リーベン」のようにきこえる)といつて、ニツポンと呼ばない。満人官吏は、日本と同じ事務用漢字を使つているが、打合(ダーホー)手続(シヨーシイ)と言つている。これなどは日満両国のコトバに混乱をおこして永久に禍〈ワザワイ〉をのこすことになる。日本もこの際カタカナによる日本語の大陸進出をはかるべきである。
 蒋〔介石〕政権制定の国音常用字数は、六、七八八字であるから満洲国でもこの位の字数を必要とする。それがわずか数十のカタカナで満語を書きしるすことになれば、満洲国民衆の智的水準は大いに向上することが明かである。
 これは満洲国だけのことでない。日本も同じ問題があることを合せ考うべきである。【以下、次回】

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