goo blog サービス終了のお知らせ 

礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

伊丹万作のエッセイ「戦争中止ヲ望ム」

2013-08-30 10:10:27 | 日記

◎伊丹万作のエッセイ「戦争中止ヲ望ム」

 先日、NHKで、伊丹十三〈イタミ・ジュウゾウ〉を扱ったドキュメンタリー番組を見た。これは、以前BSで放送された番組の再放送らしかった。
 番組の後半で、大江健三郎編『伊丹万作エッセイ集』(筑摩書房、一九七一)が紹介されていた。いうまでもなく、著名な脚本家・映画監督である伊丹万作は、伊丹十三の父である。また、大江健三郎にとって、伊丹万作は、義父にあたるはずである。
 そんなこともあって、『伊丹万作エッセイ集』という本を思い出し、久しぶりに手にとってみた。この本は、どこを開いても、明解にして滋味あふれた文章に出会える稀有な本である。
 本日は、その中から、一九四五年初めに書かれたと思われる「戦争中止ヲ望ム」というエッセイを紹介しよう。表記は、筑摩書房版の通り。

 戦争中止ヲ望ム
 現在ノ日本ハ政治、軍事、生産トモニ行キ当リバッタリデアリ、万事ガ無為無策ノ一語ニ尽キル。
 我々国民ハ、政府ガ勝利ニ対スル強カナル意志ト、周到ナル計画性トソノ実行力トヲ示シテクレルナラバイカナル困苦ニモ堪エ得ルモノデアルガ、現実ニオイテアラユル事態ガソノ無計画無能カヲ暴露シテイルニモカカワラズタダ口頭ノミニオイテ空疎ナ強ガリヲ宣伝シ、不敗ヲ呼号シテ国民ヲ盲目的ニ引キズッテ行コウトスル現状ニハモハヤ愛想ガ尽キテイル。
 政府ハ二言目ニハ国民ノ戦意ヲウンヌンスルガ、イママデノゴトク敗ケツヅケ、シカモサラニ将来ニ何ノ希望ヲモ繋ギ得ナイ戦局ヲ見セツケラレ、加ウルニ低劣無慙ナル茶番政治ヲ見セツケラレ、ナオソノウエニ腐敗ノ極ホトンド崩壊ノ前夜トモイウベキ官庁行政ヲ見セツケラレナオカツ戦意ヲ失ワナイモノガアレバソレハ馬鹿カ気違イデアル。我々ハモハヤ日本ノ能力ノ底マデ知ルコトガデキタ。モウタクサンデアル。コンナ見込ミノ立タナイ愚劣ナ戦争ハ一日モ早クヤメテモライタイ。我々ノ忠勇ノ血ヲコレ以上無意味ニ浪費スルコトヲヤメテモライタイ。我々ノ血ハ皇国ノ繁栄ノタメニノミ流サルベキデアル。現在ノママデハ国民ノ血ガ流レレバ流レルホド国ハ滅亡ニ近ヅイテ行クデハナイカ。ソシテモハヤ流スベキ一滴ノ血モナクナッタトキ、光栄アル日本ハ地球上カラ消エテナクナルダロウ。
 何ノタメカ。スベテノ国民ヲ失イ、日本ヲ滅シテ何ヲ得ントスルノカ。名誉? 国ガ減ビテノチ、名誉トイウ語ニ何ノ意味ガアルカ。彼ラハ必ズ勝ツトイウ。シカシドコニソノ根拠ガアル。冷静ニ客観的ニ事態ヲ注視セヨ。我ラニハ勝利ニ縁ノアル材料ハ何一ツアリハシナイ。理由モナク勝利ヲ呼号スルハ単ナルウヌボレニスギナイ。アルイハ魯鈍ニ過ギナイ。
 スベテヲ犠牲ニシテ日本本土ノ存続ヲハカル時期ハ今ヲオイテハナイ。日ハ一日ト状態ヲ悪化セシメル。今ナラバマダ外交工作ノ余地ガアル。明日ニナレバソレモモウドウナルカワカラナイ。今ナラバ我方〈わがほう〉ニ多少ノ好条件ヲ確保スル可能性ガアル。外交ノ手腕ニヨッテハボルネオクライハ残シ得ルカモシレナイ。シカシ今年ノ後半期ニオイテハソノヨウナコトハスデニ夢トナッテイルダロウシ第一モハヤ工作ノ余地ソノモノガ皆無トナッテイルニ違イナイ。
 オソラク四月ニハ敵ハ本土上陸ヲ断行スルダロウ。シカモ我ハヤスヤストソレヲ許スダロウ。上陸サレタラ最後我ニハ抵抗力ハナイモノト断ジテマチガイハナイ。コレハ過去ノアラユル戦績ガコレヲ証明シテ余リアルトコロデアル。戦国時代ノゴトキ斬込ミ戦法デ三十ヤ五十殺シタトコロデ近代兵器ノ殺戮力ハソレヲ数十倍数百倍ニシテ返スダロウ。現代ノ戦争ニオイテ近代兵器ヲ持タナイ出血戦術ナドイウモノガ成リ立ツモノカドウカハ考エルマデモナイコトデアル。
 現在ノママデ戦争ヲツヅケルカギリスベテハ絶望デアル。唯一ノ道ハイカナル条件ニモセヨ一旦戦争ヲ終結サセテ、科学ニ基礎ヲ置イタ国力ノ充実ヲ計リ、三十年五十年後ノ機会ヲ硯ウ〈うかがう〉コト以外ニハアルマイト思ウ。科学ヲ軽視シタ報イガイカナルモノカ。物力ヲ軽蔑シタ結果ガイカナルモノカ。民力、民富ノ発展ヲ抑制シタ罰ガイカナルモノカ。ソレラノ教訓コソハコノ戦争ガ日本ニ与エタアマリニモ痛切ナ皮肉ナ贈物トイウベキデアロウ。

 これで、全文である。文章がカタカナ文になっているのは、この当時の伊丹万作が病床にあったからである。伊丹万作に言わせると、病人にとっては、カタカナのほうが書く負担が少ないという(「カタカナニツイテ」、『伊丹万作エッセイ集』所収)。

本日の名言 2013・8・30

◎コンナ見込ミノ立タナイ愚劣ナ戦争ハ一日モ早クヤメテモライタイ

 伊丹万作の言葉。「戦争中止ヲ望ム」というエッセイに出てくる。上記コラム参照。大江健三郎編『伊丹万作エッセイ集』(筑摩書房、1971)61ページ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする