礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

ジュールス・ダッシンの『裸の町』と黒澤明の『野良犬』

2012-12-13 07:58:58 | 日記

◎ジュールス・ダッシンの『裸の町』と黒澤明の『野良犬』

 一〇月三〇日のコラムで、ジュールス・ダッシン監督の映画『街の野獣』(一九五〇、日本公開一九五四)について紹介した。
 その時点では、まだ、同監督の出世作『裸の町』を見ていなかったが、つい先日、ようやく見る機会があった。これもまた「稀に見る傑作」であった。
 原題は、“The Naked City”、ユニバーサル・インターナショナル一九四八年の作品で、日本公開は、一九四九年(昭和二四)。製作はマーク・ヘリンジャー、主演はバリー・フィッツジェラルドである。
 この映画は、黒澤明監督の『野良犬』(一九四九)に影響を与えたというインターネット情報がある。そのことは、一〇月三〇日のコラムでも言及したし、「そういうことはありうる」とも述べた。しかし、この情報は、本当に信じてよいのだろうか。『裸の町』の日本公開が一九四九年で、『野良犬』の公開も同年である。映画というのは、立案・脚本・撮影・編集などに相当の日数を要する。ダッシン監督の『裸の町』が、本当に黒澤監督の『野良犬』に影響を与えたのかどうかは、さらに検証してみる必要があろう。
 ただし、このふたつの映画には、多くの共通点があることも事実である。思いつくままに列挙してみよう。
・映画がナレーションから始まる。
・老練の刑事と若手の刑事が組んで、殺人事件に挑む。
・聞き込み捜査のシーンが印象的である。
・大都会の暗い部分が描写されている。
・若手の刑事がピストルを奪われる。
・犯人を追いつめる場面がラストにくる。
 とはいえ、異なるところも多い。『裸の町』が、最初から最後までドキュメンタリー風であるのに対し、『野良犬』のほうは、一部、ドキュメンタリー風のところがあるものの、全体としてはドキュメンタリー風とは言えない。
『裸の町』は、ストーリーの展開が速く、場面の転換も速い。これに対し、『野良犬』のほうは、ストーリーの展開がやや緩慢であり、また場面によっては描写がくどい場合がある。
 ところで、『裸の町』が『野良犬』に影響を与えたというインターネット情報(私が見たのは、ウィキペディア「ジュールズ・ダッシン」)は、どういう典拠にもとづいたものなのだろうか。
 その「典拠」であるが、断定は避けるが、たぶん、鴨下信一氏の『誰も「戦後」を覚えていない』(文春新書、二〇〇五)ではないかと思う。
 鴨下氏は、同書の二〇七ページ以下で、映画『野良犬』について、次のように書いている。

 人々の周囲にどれほどの豊かさで歌が、音楽があふれていたかを示す不思議な証拠がある。黒澤明が昭和24年に監督した映画「野良犬」がそれだ。以下ストーリーを追ってみよう。
 ―ストーリイは警視庁捜査一課の新人刑事(三船敏郎)がバスの車内で拳銃を掏られたことからはじまる。スリ常習犯の顔写真ファイルから、一人の女スリが浮かぶ。必死の新人刑事は懸命に女スリの後をつける。―
 非常に有名な映画でDVDも出ているから手易く一見出来る。巻頭からこのへんまでは音楽は普通に早坂文雄が作曲した劇音楽だった。ところが、
 ―なかなか白状しない女スリ(岸輝子、俳優座の重鎮の女優で千田是也夫人、好演)が情にほだされて刑事に拳銃の密売ルートを教えるシーン。ここで夜の土手で吹いているハーモニカの音楽(現実音楽、画面の中にリアルに音源が呈示されている音楽、既成曲が多い)がバックに流れる。曲は明治以来日本人には耳なじみの「ダニューブ河の漣〈サザナミ〉」。―
 ここから拳銃のルートを追って東京中を探索するロケーション中心のシーンになる。ちょうどアメリカ映画『裸の町』が封切られて、そのリアルな街の風景の中での警察活動のドラマがセミ・ドキュメンタリイ・タッチといわれて有名になった。『野良犬』は明らかにその影響下に作られている。

 鴨下氏は、「明らかにその影響下に作られている」と述べている。おそらく、インターネット情報の典拠はこれであろう。
 しかし鴨下氏の説明は、今ひとつ、説得力に欠ける。それは、「ちょうどアメリカ映画『裸の町』が封切られて」と言うだけで、『裸の町』から『野良犬』へという時系列が示されていないからである。
 ダッシン監督の『裸の町』が黒澤監督の『野良犬』に影響を与えたというインターネット情報が、何に基いているのかは知らない。しかし、鴨下信一氏の著書を典拠にしているのだとすれば、これは確実な情報とは言いがたいのではないか。いずれにしても、こうした情報の提供者は、その情報の精度を確認しようとする人のために、典拠を示しておくべきであろう。
 映画『裸の町』を鑑賞しての感想については、もっと述べたいこともあったが、これは機会を改めて。ただ、見始めたら止まらない傑作であることだけは間違いない。

今日の名言 2012・12・13

◎彼自身のナレーションで物語が進行してゆく。

 DVD『裸の町』のジャケットにあった解説より。彼とは、この映画の製作者で、ジャーナリストとして知られたマーク・ヘリンジャー(1903~1947)のことである。

*お知らせ* 明日から日曜日までの3日間は、雑用が続き、ことによると、何日間かブログを更新できない日があるかもしれません。あらかじめ、お断り申し上げます。なお、ここのところ、法華経関係のコラムをお届けしていますが、概してアクセス数は高めです。

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