◎昭和12年「農地法案要旨」
本日は、ブログを更新しない予定だったが、何とか時間が作れたので更新したい。農林省「農地法案に就て」の「四 結語」および「農地法案要旨」である。「農地法案に就て」の紹介は、これが最後になる。
四 結語
この農地法案は多年の沿革に鑑み〈カンガミ〉、また永き経験にもとづいて立案されたのであって、短期間にでき上がったものではない。自作農創設維持については大正十五年〔一九二六〕以来農林省の施設として実行されつつあり、小作関係については、大正九年〔一九一〇〕以来政府において熱心にしてかつ細密なる研究と調査とがなされ、各種の政府の施設による調査会においても多年調査および審議が遂げられて、昭和六年〔一九三一〕第五十九帝国議会に提案され、衆議院において審議の上通過したる小作法案がこの基礎をなしているのである。
なお本法案の要旨は次の如きものである。
農地法案要旨.
一 本法は互譲相助の精神に則り、自作地の創設維持および農地の使用収益関係の調整を図るを以て目的とすること
一 自作地の創設維持、農地の使用収益関係の調整その他農地に関する事項を処理するため市町村に農地委員会を置くことを得る〈ウル〉こと
一 農業に従事する者は農地委員会に自作地の創設または維持に関する斡旋を請求することを得ること
農地所有者は農地委員会に農地の売却に関する斡旋を請求することを得ること
一 小作関係の当時者は合意を以て農地委員会に将来に向かって小作料その他の小作条件の改定を請求することを得ること。
裁判所は当事者または小作官の申立てにより農地委員会の決定著しく不当なりと認むるときはその決定を取消すことを得ること。
一 道府県、市町村等の団体が自作農創設維持の事業をなす場合においては一定の条件によるものとすること。
自作農創設維持事業のため必要なる場合においては農地の所有者は農地の処分にあたりその事業者また農地委員会にその旨を通知するものとすること
一 道府県、市町村等の団体が農村の経済更生のため自作農創設維持の事業をなしまたは農地の貸付をなす場合においては行政官庁の認可を受けて土地所有者等と土地の譲渡について協議し得るものとすること
一 自作農創設維持の事業により創設または維持せられたる自作地の所有者は一定期期間行政官庁の認可を受くるにあらざればその自作地の譲渡、貸付、物権の設定また自作廃止をなすことを得ざること
一 自作農創設維持の事業により創設または維持せられたる自作地の所有者が前号の規定に違反したる場合または年賦金〈ネンプキン〉の支払いを怠りたる場合においては年賦金の一時償還その他適当なる処置をなすものとすること
一 自作農創設維持の事業により創設または維持せられたる自作地についてはその旨の登記をなすこととしその登記をなすにあらざればこれを以て第三者に対抗することを得ざること
一 賃貸借はその登記なきも小作地の引渡しありたるときは爾後〈ジゴ〉その小作地につき物権を取得したる者に対しその効力を生ずること
民法第五百六十六条第一項および第三項の規定は登記せざる賃貸借の目的たる小作地が売買の目的物なる場合にこれを準用すること
民法第五百三十三条の規定は前項の場合にこれを準用すること
一 小作料に関する条件が事情の変更により著しく不相当なるに至りたるときは当事者は将来に向かって小作料の額の増減その他の条件の変更を求むることを得ること
一 賃借人〈チンシャクニン〉は賃貸人〈チンタイニン〉の承諾あるときといえども小作地を転貸〈テンタイ〉することを得ざること但し疾病〈シッペイ〉その他やむことを得ざる事由によりて自ら耕作することあたわざる場合はこの限りにあらず(現在存する転貸借〈テンタイシャク〉は二十年内は存続するものとすること)
前項の規定は市町村その他営利を目的とせざる団体が賃借したる小作地をさらにその住民または団体員に耕作せしむる場合にはこれを適用せざること
賃借人第一項の規定に違反し第三者に小作地の使用または収益をなさしめたるときは賃貸人は賃貸借の解除をなすことを得ること
一 賃借人が小作料の支払いをなさざる場合において賃貸人が二月を下らざる期間を定めて支払いをなすべき旨を催告しその期間内に支払いなきときは特別の事情ある場合を除くほか賃貸人は賃貸借を解除することを得ること
一 当事者が賃貸借の期間を定めたるときは期間満了前六月ないし一年内に相手方に対し更新拒絶の通知または条件を変更するにあらざれば更新せざる旨の通知を爲さざるときは賃貸借は特別の事情ある場合を除き存続するものとすること
一 賃貸人は農地の用途の変更、自作または賃借人に債務不履行その他の不都合の行為ある等正当の事由に基づかずして不当の理由によりみだりに解約の申入れをなしまたは更新を拒む〈コバム〉ことを得ざること
一 永小作権〈エイコサクケン〉の期間満了の後小作地の所有者が異議なく永小作人に耕作を継続せしむる場合においては存続期間二十年の永小作権の設定ありたるものと推定すること
一 永小作地の所有者が永小作権の継続に異議を述べたる後一月内に永小作人が賃貸借の申し出をなしたる場合には当事者においてこれにつき協議をなすものとすること
一 小作地または永小作地返還の場合において賃借人または小作人が権原〈ケンゲン〉により作付〈サクツケ〉したる作物またはその農地に付属せしめたる工作物あるときは賃借人または永小作人は時価を以てこれが買取りを求め得る〈ウル〉こと
但し信義に反し買取らしむる目的を以て作付しまたは付属せしめたるものはこれをなし得ざるものとすること
一 本法の適用を免るる〈マヌカルル〉目的を以てする請負〈ウケオイ〉その他の契約はこれを賃貸借と看做す〈ミナス〉こと
引用文中、「小作法案」というのは、第五九帝国議会で提案されたものである。「労働組合法案」とともに注目された法案であったが、貴族院で審議未了となった。当時の首相は、浜口雄幸〈ハマグチ・オサチ〉である。
また、「小作官」というのは、「小作調停法」(一九二四年公布施行)に基づいて設けられた補助的機関をいう。
農林省の「農地法案に就て」(一九三二)という文章について、ながながと紹介してきたが、これは、昭和史を研究する上で、なかなか興味深い史料であると考えている。なお、ここでいう「農地法案」が、翌一九三八年に、「農地調整法」として実現したことは、すでに述べたが、法案の段階から変化しているところが少なくない。今、これについて分析している余裕はないが、興味のある読者は、ぜひ、この比較を試みていただきたい。
一九三八年の「農地調整法」の条文は、インターネット上では発見できなかったが、我妻栄編『旧法令集』(有斐閣、一九六八)には収録されている。
今日の名言 2012・12・9
◎起きるたびに、君がいないことを確認して、途方に暮れている
劇作家の野田秀樹さんの言葉。「君」とは、今月5日に亡くなった歌舞伎俳優・中村勘三郎さんのことである。本日の日本経済新聞「文化」欄に載った追悼文より。ここ十数年、これほど心を打つ追悼文に出会っていない。タイトルは、「富士 紅葉 名残の月に」。これは、文中で紹介されている野田さんの追悼句「富士紅葉名残の月に 勘三郎」から取ったものである。