ON  MY  WAY

60代を迷えるキツネのような男が走ります。スポーツや草花や人の姿にいやされ生きる日々を綴ります(コメント表示承認制です)

アルベル監督のFC東京、初陣飾れず

2022-02-18 23:02:31 | アルビレックス新潟
2002年のJリーグが開幕した。
FRIDAY NIGHT GAMEとして、1試合だけ先行して行う。
その開幕戦が、去年の覇者フロンターレ川崎とFC東京との一戦。
首都圏同士の強豪の戦いだが、この顔合わせを見て、新潟を応援する身としてはちょっと悔しい。
なぜなら、20年前は、川崎も東京も新潟と同じJ2リーグの所属だったのだ。
川﨑は、新潟がJ1に昇格した翌年にようやく後を追うようにJ1に上がったのだった。

それが、今川﨑は、押しも押されぬ日本で一番強いチームになっている。
東京も、一度はJ2に降格したが、1季でJ1に復帰し、以降はJ1で常に上位に位置している。
そして、冷静に考えると悔しいことに、2年間新潟を指揮していたアルベル監督が、今季からFC東京の監督に就任した。
「この偉大なクラブで来シーズンからスタートするエキサイティングなプロジェクトに監督として携われることは、私にとって大変光栄なことです。」
「FC東京というクラブは、世界中の人々がリスペクトしている日本という偉大な国の首都の名を冠しています。このクラブ名が示すように、FC東京がこの国を代表する存在になれるようパッションとエネルギーとともに日々精進することを誓います。」

アルベル監督には、J2にいるよりJ1のチームの監督になる方を選ばれてしまった。
そして、新潟も東京も、かつて同じJ2にいた新興チームだったのに、FC東京に対し、「偉大なチーム」とか「首都の名を冠する」などと言わせてしまっている。
ちょっぴりこの状況が悔しい。

でも、間違いなくアルビレックス新潟は、このアルベル監督のおかげで、今のチームの基盤ができ、魅力的なサッカーを志向するようになったのだ。
恨んだりする気はない。
そちらはそちらでがんばって、という気持ち。
その監督が新たに指揮するチームが、開幕戦でどんなサッカーを見せてくれるかを楽しむことにした。

驚いたのは、高校から新入団の松木を先発メンバーに起用していたこと。
若手育成に定評のある監督らしいと思った。

試合開始直後から、川崎の猛攻にさらされ、うまくボールをつなげないFC東京。
アルビならもっとうまくつなげられるぞ、などと思っていた。
それが、前半の途中から、FC東京の攻勢が止まらなくなった。
かなり迫力のある攻めが多く見られた。

それでも、後半になって多くなくなったチャンスを生かしたのが、川崎。
コーナーキックから、レアンドロダミアンの技ありのヘッドで、貴重な1点を決めて、逃げ切った。

アルベル監督、FC東京で初陣飾れず。
だが、敗れてしまったが、COVID-19感染症の感染者もいて、試合に出られなかったメンバーもいたFC東京としては、チャンスも多く作り、いい試合をしていたと思う。


しかしながら、もうアルベル監督はよその人。
♬別れても好きな人
いや、♬別れたらよその人、別れたら別の人…♬
そんなほかのチームのことより、まずはアルビレックス新潟のこと。
J2アルビの開幕は、明後日だ。
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雪ニモマケズ

2022-02-17 21:29:21 | 新潟

2日前に、今まで道路わきに降り積もっていた雪をやっと消し去ることができた。


中庭の雪もだいぶ減らした。


去年は1月に大量に降って閉口したが、今年の雪はなかなかしつこく2月になってからも降ってきた。
でも、この雪消しでひと息つけるかな、と思っていた。

ところが、昨日から今日の午前9時くらいまでの間に、また結構な量の雪が積もった。


家の玄関前についた足跡が雪深い。


30㎝物差しで測ってみると、もう少しで埋もれそうな、積雪25㎝。

これが、昨日から今朝にかけての積雪量。

中庭の、まだ除雪していないところの累積積雪量だと、1mの印の下、およそ78㎝というところか。


このくらい降れば、さすがに明け方に除雪車が通って行った。
それを見て、ため息。

その除雪車が置いて行った雪が、大量で重い。
昨日の降り始めは、湿度の高い大きな雪だったから、重さがある。

だが、誰に文句を言うわけにもいかず、「ま、やるしかない」のだ。

気持ちを切り替えて、家で大事な車庫前と玄関前を除雪する。
ぽっぽと汗をかきそうなくらい、息を荒くして雪を取り除いた。
これがまた、いい運動になるのだ。
おかげで運動不足にはならずに済む。
そんなふうに強がってみたりする。

何度も往復して、ようやくある程度の除雪終了。


2月も半ばだから、これから雪の降り方も少なくなるだろう。
それでも、あと2,3回はこんな降り方をする時もあるかもしれないな。
それが、長年過ごしてきた新潟の冬だから。
雪にめげるときもあるけど、負けずに春の近づきを待つのみだ。
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5月開催のRUNの大会案内が届く

2022-02-16 22:25:06 | RUN
新潟県のCOVID-19感染症の新規感染者数は、今日も多かった。
616人は、先週の620人と大して変わらない。
まん延防止等重点措置はなされているが、高止まりしている感じが続いている。

そんな状況下でも、去年と違うのは、感染禍にあっても、今年は開催予定の市民マラソンの大会が多くなってきたことだ。
1月には、柏崎潮風マラソンの案内が、今月には白根ハーフマラソンの案内が届いた。



いずれも、2年前や3年前にエントリーしたり参加したりした大会だ。
この感染症禍で行うからには、様々な対策を考えながら、開催に向けて準備を進めている。



柏崎潮風マラソンの場合には、「感染症対策誓約事項」という文書が添えられてあった。



・参加者は、ワクチン接種済または抗原検査・PCR検査で陰性であることを示さなければならない。
・開催日の2週間前の時点で居住地に緊急事態宣言や警報等が発出された場合は、参加を辞退しなければならない。
ということが、特に大きな赤字で書いてある。

それ以外にも、細かい制約が書かれてあった。
細かいなあと思うが、そこまでいろいろと考えているということだ。
そこまでして、大会を開催しようという意思を示してくれているのは、ランナーとしてうれしいことだ。

白根ハーフマラソンでも、リーフレットの見開き内部に、同様な注意事項が書いてあった。
「できる限りマイカーでご来場ください」というような項目もあった。
以前なら、「なるべく公共交通機関をご利用ください」だったのに。
そのうえ、参加者は「新潟県内在住者限定」としている。

感染症の状況だけでなく、開催日時や自分の体調の問題なども考えると、どちらの大会も参加は難しいかもしれない。
だが、去年に比べると大会は増えそうだという明るい感じがしている。
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北京五輪ノルディック複合個人ラージヒル、渡部暁斗選手の健闘に大興奮!

2022-02-15 21:04:38 | ひと
いやあ、興奮した。
ノルディック複合個人ラージヒル、渡部暁斗選手、銅メダル!
最後の直線に入るときには、トップだった。
最後の最後にノルウエー勢2人にかわされて、3位。
しかし、本当によくやったと思う。
金メダルまでの差は、あとわずか0.6秒だった。

前々回ソチオリンピックで、複合個人ノーマルヒルで銀メダル。
前回平昌オリンピックでも、複合個人ノーマルヒルで銀メダル。
今シーズンは、オリンピック前に調子が上がらず、好結果を期待するのはさすがに厳しいと思っていた。
それでも、今回の北京五輪では、ノーマルヒルで、ジャンプで9位からスタートし、クロスカントリーで7位まで追い上げて見せたのは、さすがだと思った。
ただ、さすがに入賞がいっぱいいっぱいで、本人が言っていた金メダルは遠いと思わせた。

今回の複合個人ラージヒルも、あまり大きな期待はできないなと思ってはいた。
だが、前半のジャンプで5位の好位置につけた。
意外と良い順位だな、それより前の選手たちを抜くことができるとメダルも期待できるけれども、さすがにそれは難しいだろう。

ところが、そんな思いを裏切るかのように、最初から他の選手を引っ張るようにしてトップの選手を追っていった。
そして、ジャンプ首位の選手に追いついた後は、1位グループの5人の先頭に立って引っ張っていった。
それじゃあ、疲れてしまうだろう、という懸念を吹っ切るように、ずっと引っ張っていったのがすごかった。

そして、残り1周2.5キロとなってからは、勝負所を考えたレース運びがすばらしかった。
力をためて、冷静に最後にスパートした。
これは金メダルいけるかも、と思ったが、後ろから猛追してきたノーマルヒル優勝者に抜かれてしまった。
続いて、もう一人の選手にゴール手前で抜かれて、本当にあとわずかの差での銅メダルとなった。
残念!

しかし、前回前々回のノーマルヒル銀メダルだったとはいえ、今回は優勝者と0.6秒しか違わない。
今までで一番金メダルに近づいたのは立派だった。
間違いなく、今回のレースの主役となっていた。
私だけでなく、日本中の人々が、興奮して見守ったことだろう。 

3大会連続で冬季五輪でメダル獲得というのは、日本選手では今までいなかったのではないだろうか。
年齢を重ねたり、天候などの条件が違ったり、体調が違ったりするというのに、8年の時を経て世界のトップ3に入り続けるというのは、すごいことだ。

渡部暁斗選手、すばらしい戦いぶりでした。
銅メダル獲得、そして3大会連続のメダリスト、本当におめでとうございます!
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「平山征夫回顧録『終列車出発す!』しゃべっちょ古稀からの独り言」(平山征夫著;創藝社)

2022-02-14 21:54:00 | 読む


「ひらやま・いくお」というと、有名な画家を思い浮かべる人が多いだろう。
だが、新潟県人にとって、画家ではない人を思い浮かべる人が結構多いのではないだろうか。
元新潟県知事である。
画家は、「平山郁夫」。
元県知事は、「平山征夫」。
一字違いである。

この平山征夫氏が就任する前と後の新潟県知事は、スキャンダルがあったり途中で辞任したりと、あまりよい印象がない。
ただ、平山知事時代は、それなりに安定した県政がみられたと思っている。

本書は、その元知事が70代を進んでいく中で書いたエッセー集である。
名前が、画家と同じ読みをするだけあって、本人が描いた、文にふさわしいイラストもたっぷり収録されている。

回顧録とはいうが、前半の内容は、知事になる前に日銀の新潟支店長をしていたとき、平成3年ごろに、新潟日報紙の夕刊に掲載されていた随想欄をもとに構成している。
そして、後日談になっているのもあるが、平成27年に同じテーマで書いたものを載せる形である。
24年後に、「その後」ということで、同じ題で現在を書いて比較したら面白いかもしれない、一人の凡人の人生における二つの時点での心境比較を通じて「老い」を考えてみる良い機会になるかもしれない。
と、本人は書いている。

そして、途中からは、70歳を過ぎてから書いた文章が「しゃべっちょ古稀からの独り言」。
「しゃべっちょ」は、方言で「おしゃべり」のことだ。
そのとおり、様々なテーマで書かれている。

そのしゃべっちょから、年齢に関することや世界や日本の指導者、地球温暖化等に対する懸念などは、こちらも同感であった。
そのほかにも、いろいろなことを知ることができた。
沖縄の正常化を訴えて活動した瀬永亀次郎のこと、
永年インドでストリートチルドレンの収容施設の建設に、NGO活動で取り組んできた片桐昭吾・和子夫妻のこと
などは、たくさんの人がもっと知っていてもよいことだと思った。

さて、知事時代から今でもつながっているなあという思いを抱いたのは、朱鷺のことであった。
知事の尽力のおかげで、中国から朱鷺をいただくことができた。
その朱鷺のペアから産卵・繁殖に成功し、今では(平成30年4月現在)飼育下182羽、野生下284羽もの朱鷺が、国内で佐渡を中心に分散飼育されるようになっている。
佐渡が今ではすっかり「朱鷺の飛ぶ島」となっているのは、熱い思いで取り組んでくれたおかげなのだ。

さすがに、日銀の支店長や県知事をやった人だけあって、私の知らない分野や人についての知見が豊かで、こちらを感心させたり納得させたりするところが多くあった。
先日書いた「一生せい春」のことも、実は、この本に書かれていたのである。

最後に、こうありたいと思う教えを一つ。

ニーバーの祈り 20世紀アメリカの神学者ラインホルド・ニーバーの言葉
“神よ 変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我に与えたまえ。変えることができないものについては、それを受け入れるだけの冷静さを与えたまえ。そして、変えることができるものと、変えることができないものとを、識別する知恵を与えたまえ”

回顧録というと、大上段に構えたかたいものを考えてしまうのだが、くだらない冗談を交えてニヤリとさせるところも多くあり、読みやすい一冊であった。
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曜日まで同じ 母の祥月命日、墓参り

2022-02-13 20:38:49 | 生き方
2月13日日曜日。
なんてことのない、1年の中で当たり前の一日。
でも、うちの家族にとっては特別な日。

17年前のこの日、この曜日の朝、母の命がなくなったのだった。
ガンであったし、寿命だったと言ってしまえばそれまでなのだけれど、日ごろから元気な人だったから、もっと長生きするのかと思っていたが、満年齢で75歳とは早かった。
父も満年齢で56歳でのことだったから、両親とも長生きだったとは言えない。
まして、その息子である自分は、子どものころ病弱でよく熱を出し医者にかかっていた身でもある。
まもなく高齢者の仲間入りをするが、自分も長寿にはならないであろうと自覚している。

さて、それはともかく、今年も家族4人で命日の墓参りをした。
去年もそうだったが、今年も、雪で墓にたどり着くまでが大変だった。
幸い今日はよく晴れていたが、積雪たっぷりで道がなかった。



雪の上に点々とあるのは、野ウサギの足跡だろうか?



長靴でざくざくと雪を踏みしめ、道をつけながら、私の後ろの3人が歩けるようにした。

手間をかけて、やっと墓に到着。



わずかとはいえ風があるので、線香に火をつけるためには、風をよけなくてはいけない。
雪を掘って穴を作り、そこで風を防ぎながら線香に火をつけた。



線香を立てるところの砂も、雪で固くなっていたが、凍り付いてはいなかった。
でも、雪だから、墓の中は寒かろうと思った。
生前の母が、新潟の冬は嫌いだ、とよく言っていたのに、寒くてごめんなさい。



今日は、福島県いわき市の母の実家にあたる家の墓でも、分骨された墓に従姉たちがお参りをしてくれたそうだ。
ありがたいと思った。
そちらの墓は、太平洋が望める丘の上にある。
冬でも暖かい陽射しがさんさんと降り注ぐ、とてもいい場所だ。


そんな暖かい故郷を離れて、50年間新潟で暮らした母が亡くなってから、17年。
曜日までが同じ、祥月命日であった。

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50歳を生きるT君と話したのは、23,24年ぶり

2022-02-12 22:31:07 | 「育」業
T君。
電話ではあったが、彼と話したのは、何年ぶりだろうか。
たぶん、23,4年たっていると思う。
その時会ったのは、彼らが20代後半の時で、同級会だったはず。
その5年後くらいに、他のメンバーたちとは会う機会があったのだが、彼は来なかった。

彼をはじめとするメンバー十数名に会ったのは、もう41年も前になる。
あの頃はまだ9歳だった彼らが、今は、堂々たる50歳である。
そのT君から、久々の連絡があった。
電話で30数分も話してしまった。
彼の現在の様子をここに書くことは、個人のことになってしまうので書かないが、元気でいることがわかり、うれしかった。

かつての自分の仕事は、ある意味聖職だと言われることがある。
そんな形容はどうでもいいが、その後、それぞれが自分の人生をしっかり生きていることを知ることが、私の最大の喜びだ。
今日は、久々にその喜びに浸ることができた。

小学校時代、彼は、スポーツが大好きな少年であり、クラスのリーダー的存在であった。
自分をしっかり持っていて、気骨があった。
マンガ「キャプテン」の谷口タカオが、彼の目指す姿だった。
高校野球で甲子園に行くことを夢見て、家で一人でもトレーニングを重ねる少年だった。
だから、細身の体ながら、肩から首にかけての筋肉が盛り上がり、腹筋は引き締まっていて見事なものだった。

その彼が、今日、会話の中で自分の信条としている言葉をあげながら、今の生き方を話してくれた。
その言葉は、
自ら省みて縮(なお)くんば 一千万人といえども我いかん
というもの。

この意味は、「自分の心を振り返ってみたときに自分が正しければ、たとえ相手が千万人であっても私は敢然と進んでこれに当たろう」という孟子の言葉である。

まさにT君の生き様、信念を表す言葉なのだろう。
この言葉から、人生で多くの困難がありながらも、敢然として自らの道を進もうとする、彼の心意気が伝わってくる。
私は、今までこの言葉は知らなかったから、よいものを教えてもらったと思っている。

決して、今、満ち足りた生活をしているとは言えない彼だが、まだまだこれから。
きっと、これからの人生も、自分でしっかり道を切り拓いていくことだろう。
こうして職を退いても、かつての教え子から新しい力をもらえるのだから、本当に有り難い。
T君、ありがとう!!

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平野歩夢選手、王者にふさわしい技と精神力

2022-02-11 19:44:24 | ひと


やった!
平野歩夢選手、金メダル!!

すごい。
追い込まれた3回目で、高度な技をすべて完璧に見せつけた。
2回目であれだけ奇跡のような技を連続して出したというのに、なぜか得点は低く抑えられた。
なぜ!?
正当な評価をしないジャッジが何人かいた。
日本中で、皆、もやもやした思いになっていたことだろう。
そして、かなり多くの人が思ったはずだ。
平野歩夢は、五輪で毎回金メダルならず、3回連続の銀メダルとなってしまうのか、と。

ところが、彼は、残る1回の試技で、そういうあらゆる疑いや懸念をすべて払拭して見せた。
多くの選手が3回目を失敗し、転倒するのを見せられていた。
トップだったスコット・ジェームズ選手しかり、王者ショーン・ホワイト選手しかり。3回目を成功させて高得点を出すことがどれだけ難しいのかを、見る側は痛感させられていた。

そして、最後に登場した平野歩夢選手。
彼がトライしたのは、2回目と全く同じ技の連続であった。
しかも、2回目以上に高く、精度を上げて。
そのうえ、すべての技を2回目同様すべて成功させてみせた。
今度は、どのジャッジもきちんと高評価をしてくれ、96点の圧倒的1位。
これは、本当にすごかった。

試合後のインタビューで、2回目の採点について彼自身も言及している。
「2本目の点数は納得いっていなかったけれど、そういう怒りが自分の気持ちの中で最後、表現できたというか。本当にそんな気持ち。よかったです」
そう話す彼は、謙虚で実に淡々としているように見えた。

精神力が強い、とつくづく感心した。
あれだけ追い込まれながらも、正当に評価されないことを次へのエネルギーに変え、完璧にルーティンをやってのけるのだから、本当にすごい!
メンタルの強さには、敬服する。
どうして、あれほどのものを身に着けたのだろう。

だが、一緒に大会に出場した弟の海祝選手は、兄歩夢選手について語っていた。
「やっぱ小さい頃から兄ちゃんが努力してるところを見て、今シーズン一緒に大会まわって、みんなが見ていないところでもやっぱりひたすら努力してたのが兄ちゃんだったので。それを見て感動というか泣きそうになって。本当にすごすぎて。」

自分ならやれるという自信、いや確信を持てるほどの努力を重ねてきていたからこその、窮地からの大逆転だった。

同じ新潟県人として、すごくうれしい。
「新潟駅で、新潟日報の号外が配られていたよ」と、息子が持ってきた。
その第一面は、冒頭の写真。

続いて、見開きでこれまでの歩みなどが写真入りで載っていた。



そして、裏面には、地元の喜びの様子を伝えていた。



偉業の達成だけでなく、謙虚な姿勢や強いメンタルの在り方なども含め、本当に王者にふさわしいものを有している金メダリストの誕生だ。

平野歩夢選手、北京五輪優勝、本当におめでとうございます!!!
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「努力は報われないこともある」と羽生選手は語ったが…

2022-02-10 22:50:40 | ひと
「努力は報われるんだなと思いました」(女子スノーボードハーフパイプ;富田せな)
「努力しても報われないこともあるんだなと知りました」(男子フィギュアスケート;羽生結弦)
今日の北京五輪では、「努力」したことが「報われる」と「報われない」の、正反対の発言があった。

「報われた」という富田選手は、ハーフパイプの種目で、日本女子としては初めてのメダリストとなった。
前回の五輪では、入賞止まりだったのだから、メダルを獲得できたというのは、その後の努力が確かに報われたと言える。

「報われない」方の発言をした羽生結弦選手は、フリーで8位から4位まで上がったが、五輪3連覇はならなかった。
期待された4回転アクセルには挑戦したが転倒したし、メダルの獲得はならなかった。
でも、その努力が無駄に終わったのかというと、見ていた私たちにはそうは思えない。
彼が努力してきたことを知っているから、ここまで見せてもらえている。
彼の演技は、目が離せない。
演技の質が高い。
それは、ここまで積み上げた彼の努力で磨かれたものだ。
だから、目が引き付けられる。
今回目が引き付けられたのは、1~3位のネーサン・チェン、鍵山優真、宇野昌磨と、羽生。
それ以外では、6位のジェイソン・ブラウンだけだった。
以前のネーサン・チェンも、ただ4回転ジャンプが複数できるだけの選手であったが、羽生に勝つために練習して、様々な技術や演技力を高めてきたからこそ、今日のすばらしい結果を生むことができたのだ。

羽生自身には不運がいろいろ重なったが、フィギュアスケートの発展には、すごく寄与していると思うのだ。
そのすごさを間近で見てきた、チェン、鍵山、宇野らは、間違いなく羽生を目標にしてきたからこそ、ここまで力を高めてきたはずだ。
羽生選手でない選手が、2つのメダルを得た。
もし、羽生が日本人選手でなければ、日本人選手の力はここまで伸びなかったのではないか。鍵山、宇野の両選手がメダリストになっていただろうか、と思ったりもする。
日本男子のフィギュアスケートを間違いなく高めているのだ。

そして、世界で初めて4回転アクセルという跳び方に失敗したという認定のされ方をしたのだから挑戦した甲斐はあったのである。
その認定を受けるだけでも、大変なのだから。

個人でメダルが取れなかったけれども、その努力が、見ている私たちの、そして共に戦う選手たちの、心を動かしている。
努力が報われていることは、別な形で表れている。
ありがとう、羽生選手。
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雪を歌う「津軽恋女」(新沼謙治)だけど…

2022-02-09 21:38:08 | うた
降りつもる雪 雪 雪 また雪よ

雪が降る毎日が続いていると、この歌が時々口をついて出る。
新沼謙治の「津軽恋女」だ。



今から30年くらい前、職場に自分よりも10歳くらい若い後輩がいた。
その若いはずの彼が、飲み会の後にカラオケに行くと、いつも歌う歌が、この「津軽恋女」であった。
この歌のサビの部分は、確かに聴いていて、いい感じだ。

降りつもる雪 雪 雪 また雪よ
津軽には七つの雪が降るとか
こな雪 つぶ雪 わた雪 ざらめ雪
みず雪 かた雪 春待つ氷雪


サビの部分に「雪」という言葉が、なんと12回も出てくる。
「降りつもる雪 雪 雪 また雪よ」で、「雪」を繰り返すことによって、雪がたくさん降る豪雪地帯であることがよく表れている。
そして、次は雪の種類を1つずつ7つ挙げているのだから、「へえ~、雪の種類ってそんなにあるものなのか」と思って聴いていた人が多いことだろう。

ただ、新潟県で雪に降られている私は、この歌を聴くたびに、違和感を感じていたのである。
なぜかというと、空から降っては来ない雪もいくつかあるからである。

こな雪、わた雪などは、実際に降る雪だと分かる。
だが、ざらめ雪というのは、降って積もった雪が、水分を含んで再結晶したような雪のことである。
降って積もった雪が、ざらめ雪になるのであって、最初からざらめ雪として降ってくるわけではない。

同様に、かた雪や氷雪も、降っては来ない。
かた雪は、一度解けかかったが、夜間の冷えこみで凍りついて堅くなった雪。
氷雪は、固まって、氷のようになった雪のことだ。
つぶ雪や水雪という言葉は、使ったことがないので詳しくは知らない。
…ということで、「津軽には七つの雪が降る」のではないのだ。

まあ、そんなわけで、得意げに歌う職場の後輩を横目に、「この歌を作った人は、雪をよく知らないのかもしれないなあ」と推測していた。

太宰治の『津軽』の冒頭には、「津軽の雪」として挙げた7種の雪が使われている。
こな雪、つぶ雪、わた雪、みず雪、かた雪、ざらめ雪、こおり雪。
「津軽恋女」だけに、きっと、この「津軽」から採ったのだろうなあ。

ところで、件の後輩だが、なぜこの歌を好んでいたかは、やがてわかった。
彼がお付き合いしていた女性の名前が「YUKI」だったのである。
何のことはない、彼女の名前をたくさん呼びたかっただけのことであった。
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