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ON  MY  WAY

60代を迷えるキツネのような男が走ります。スポーツや草花や人の姿にいやされ生きる日々を綴ります(コメント表示承認制です)

帰ってきたぞ、と。

2022-12-22 20:28:19 | 新潟
朝から埼玉は雨だった。
高速も、ずっと雨。
渋川伊香保ICを過ぎ、長い上り坂を行くと、低い雲の中に入ってしまった。
50km規制になっていた。
いつもこの時期なら、みなかみ町で雪が少しくらい見られるはずなのに、今回は見えなかった。

関越トンネルを抜ければ、川端康成の「雪国」のような世界が待っているのだろうと思った。
なにしろ、昨日一昨日まで中越地方では大雪による立往生があったばかりだし、去年はこの時期に関越道は立往生が発生したのだったから。
…ところが、トンネルを抜けても、近くの山肌には地肌が見えていた。
中里スキー場、岩原スキー場をはじめ、高速から見えるスキー場は、みな営業できていないほどの少雪だ。
昨日まで新潟県は大雪だったはずだが、このスキー場のメッカで雪がないなんて信じられなかった。

しかし、南魚沼地方から北魚沼地方に進んでいくと、次第に雪が多くなってきた。
県境付近よりも内陸の方が雪が多いというのは、珍しい現象に思えた。
ちなみに、下りの越後川口SAの雪は、こんな感じ。



長岡IC周辺でも、中之島見附ICの辺りでも、高速道はきれいに除雪してあった。
50km規制ではあったが、100km以上のスピードを出して抜いていく車も多かった。
小雨は降っていたが、そのくらいは普通のように感じられた。
雪の量は確かに多かったが、去年の12月の六日町周辺に比べてそこまで多いというほどではなかった。
立往生が発生したのは、やはり大雪の降り始めに対応できない車が多かったからなのだろう、と確信した。

そうはいっても、いつもなら雪が少ない新潟市の雪が、新潟市にしては多かった。
このくらい雪があれば、スキー場だってオープンできるはずだ。
新潟と越後湯沢が、まるで逆転したように感じられた。

高速を降りても、道路の車の流れはスムーズだった。
やはり、昨日帰るのを今日に延期してよかった。
ただ、明日になると前より強い寒波がやってくるのだそうだから、やっぱり今日が正解。

自宅前は、除雪車が通ったままになっていた。



幸い、路上は雨で雪がとけていた。
家の入口は、郵便配達員や新聞配達員が通ったところだけが道になっていた。



だが、車庫前は雪が積まれていて、このままでは車を入れられない。
車が入るように、急いで車庫前を除雪。
車が近所迷惑にならないようにと急いでやったので、腰が痛くなった。
だから、玄関までのところのきれいな除雪を、今日は、パス。
あとは明日以降の除雪にしよう。

ずっと午後も雨だったせいで、2階の屋根から少しずつ雪が滑り落ち、1階や地面に雪の塊が落ちる音がズシンドシンと夕方になるまでやかましかった。
夜になって、暴風雪警報が県内各地に出された。

何はともあれ、無事に家に帰ってくることができた。
明日から、また新潟の冬。
雪と戦う日々になるのだなあ。
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新潟県記録的大雪のニュースに

2022-12-19 20:16:48 | 新潟


今朝は氷点下と冷え込んだ埼玉だったが、日中はずうっと青空の快晴。
昨日は一日中寒風が吹きすさんだが、今日はそれほどでもなかった。
外作業をしていても、日ざしが暖かくて気持ちよかった。

心配していたのは、新潟の大雪。
特に中越地方はひどい。
テレビでは、魚沼市や長岡市の生活に大きな支障が生じている様子や、佐渡市などの停電、柏崎市の国道の立ち往生などのニュースが、次々に流れていた。
JRも、あちこちで運休になっている。

そんなだから、新潟のわが家周辺もどうなっているか、気がかりだ。
離れていると、大雪なのにそこにいないことが、まるで罪深いことをしているように思えるのはなぜだろう?

快晴の青空で、山に沈む夕陽を見ながら、その向こうの新潟を思い、今回の大雪が早くおさまりますようにと祈った。

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新潟・十日町と縁のあるクロアチアとの戦いなのだなあ…

2022-12-05 20:40:58 | 新潟
サッカーW杯カタール大会。
ドイツ、スペインと同じで死の組と言われたところを、両チームを破って日本が予選突破した。
大いに盛り上がったが、決勝トーナメント1回戦の相手となったのが、クロアチアだった。
中越地方の方言でいうと、「あっきゃあ」と思った新潟県人も多かったのじゃないかな。
なぜなら、クロアチアを応援する新潟人も多いから。
特に、中越地方の十日町市民は、そうだっただろう。

なぜなら、2002年W杯日韓大会のときに、クロアチアがキャンプを張ったのが十日町市だったから。
それで、そのクロアチアチームが練習したピッチは、「クロアチア・ピッチ」と呼ぶようになった。
今ではそこに、時々いろいろなサッカーチームが合宿したり試合をしたりするようになっている。
そればかりではなく、今でもクロアチアと交流が続いているのだ。
だから、今大会でも、グループリーグの試合の際にはクロアチアピッチのクラブハウスに集まり、テレビの前で声援を送ったりしたそうだ。

十日町市は、去年、東京五輪でもホストタウンとなり、事前キャンプでは柔道やテコンドー、空手の選手団を受け入れた。
今大会前にはクロアチアの活躍を願って7000羽の千羽鶴をカタールに送っていたそうだ。
十日町市では、今夜の日本―クロアチア戦のパブリックビューイングも計画している。

今回メディアで取り上げられていたのが、ある居酒屋のこと。
店名は、「食楽空間 だぼる」というのだそうだ。
「だぼる」というのは、日韓大会で主将を務めたダボル・シュケル選手からきている。
この店のオーナーは、日韓大会の事前キャンプで選手らが泊まったホテルの調理師だった。
店をもって独立するに当たって、シュケル本人に面会して、「だぼる」の名前を使う了承を得たという。
サッカー教室の後、長蛇の列の最後まで並ぶ少年たちに対してサインを書き続ける同選手の誠実な姿勢に感動したから、というのがその理由だ。

そうかあ、シュケルか。
懐かしいなあ。
その4年前のフランス大会で日本が初出場だったとき、同組となった、アルゼンチンのバティストゥータ、クロアチアのシュケルには気をつけろ、とよく言われたものだった。

そんなこともあり、クロアチアが前回大会で準優勝したとき、「あのクロアチアが…」と喜んだものだった。

ところが、今夜は日本とクロアチアの運命の一戦である。
きっと十日町市では、クロアチアのことも応援しながら、日本の勝利を願うという人が多くなるのだろうなあ。

まずは、いい試合になり、最終的に日本が勝つことを期待しよう。
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FC越後妻有、北信越女子サッカー2部リーグで優勝・1部昇格を決める

2022-09-05 21:50:44 | 新潟
「FC越後妻有」と書いて、漢字の部分は「えちごつまり」と読む。
FCだから、これはサッカーチームの名前である。
その紹介には、次のように書いてある。


女子サッカー選手が棚田の担い手として移住・就農し、プレーする農業実業団チーム。大地の芸術祭から派生した本プロジェクトは、プロとしてサッカーをしながら、里山で暮らすライフスタイルの提案であり、過疎高齢化で担い手不足の棚田を「まつだい棚田バンク」を通して維持する、日本全国見渡しても類を見ない、先駆け的なプロジェクトです。 近い将来でのなでしこリーグ参入を目指します。

今日の夕方のローカル局の番組で、FC越後妻有が北信越女子サッカー2部リーグで優勝し、北信越リーグの1部昇格が決定したというニュースをやっていた。
この「偉業」は、このページでも詳しく見ることができる。

すごいなあ、と感心した。
FC越後妻有ができたのは、2015年。
最初は、メンバーが2人しかいなかったはず。
それもそのはず。
農業とサッカーの両立なんて、考えたことのなかったことだから。

本拠地である十日町は、日韓ワールドカップでクロアチアがキャンプを張ったとはいえ、新潟県の中でも中心都市から離れた豪雪地帯だ。
そこを根拠にして、農業に携わりながら強いサッカーチームになる、だなんて、夢物語のようだ、と思ったものだ。
案の定、初年度は部員が足りず、サッカーチームにならなかったと聞いて、さもありなんと思ったものだった。

ところが、近年少しずつ部員が増え、地元の女子高校生の協力を得てチームを作って試合ができるようになったとも聞いていた。
今季は12人のメンバーとなり、戦っていたのだそうだ。

テレビによると、最初のメンバー石渡選手は、結婚して1児の小さい子の母となって、育児と試合を両立させていたとのこと。
創立当初からの苦労を思えば、昇格・優勝に涙を流していたのも当然だろう。

しかも、このチームのメンバーたちは、今年行われている「大地の芸術祭」のサポート作業もしていたという。
農業、そして地域のためにも尽力しているなかでの、昇格と優勝という栄冠を勝ち得たことは素晴らしい。

まだまだFC妻有は、北信越リーグの2部優勝を果たしただけにしかすぎず、これから上には北信越リーグ1部があり、さらになでしこリーグ2部、同1部、WEリーグと、まだまだ先がある。
でも、サッカーと農業の両立という難しい課題に挑戦しているFC越後妻有。
ここまで夢を実現させてきた彼女たちだから、これから先も大きな夢の実現と展開をと、新潟県人として大いに期待している。
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8・28水害の記憶が、冷静な判断につながっていた

2022-08-05 21:34:46 | 新潟
昨日の豪雨で大きな土砂崩れの被害を受けながら、死者等を出さなかった村上市小岩内地区。
区長が、冷静な判断で、集落の全員をきちんと避難させていたのがよかったということを、各局で放送していた。

何でも、市から避難指示が出ていたので、消防団員を使って各戸を回らせ住民を地区の公民館に避難させたのだそうだ。
だが、公民館ではまだ危ないと感じて、さらに高台の家々に分散して避難させた。
その勘は正しかったようで、公民館には壊れた家の建物や無数の流木がぶつかっていたから、危なかったとのこと。

区長は、「過去に8・28水害のことがあったから」ということを言っていた。
8・28水害(はちてんにはち すいがい)とは、昭和42(1967) 年8月28日に起こった豪雨災害のこと。
豪雨によって、新潟県の下越地方から山形県西部にかけての広い範囲で河川の氾濫、土砂災害等が発生したのだった。
胎内川流域の胎内市(旧北蒲原郡中条町、黒川村)では、胎内川の氾濫や支流小河川の土石流により、あわせて死者・行方不明者42人、重軽傷者275人、住宅全半壊313棟、床上・床下浸水約6000棟という大きな被害を受けた。
その災害で亡くなった人たちを悼み、教訓としてその災害を忘れないために、今でも旧黒川村では8月28日に慰霊式を行っている。
私も、そちらに勤務していたときには、3年間この式に参加した。
県内の他市町村や山形県でも、計134人の死者・行方不明者が出るなど大きな被害を受けたから、この水害は羽越災害ともいわれている。
区長の言葉は、その過去の水害を教訓にして、早めの避難や命を守るための行動をとることができたのだということを意味している。

同様に、今回大きな被害を受けた関川村では、「大したもんじゃ祭」という大蛇の祭りを行うが、その祭りは羽越水害とのかかわりが大きい。
その水害では、村で死者・行方不明者34人など多くの犠牲者を出しており、惨事を忘れることなく次代へ引き継ぐため、8・28水害の数字を取って82.8mとなったということだ。
また、阿賀町の三川中学校では、合唱組曲「阿賀野川」が歌い継がれている。
その歌には、8・28水害のことが大きく扱われ、毎年生徒たちに歌われている。

私は、昭和42年当時小学5年生だったが、当日は1日中強い雨が降ったのを覚えている。
自分の住む集落には大きな被害はなかったが、それでも近くの坂道がみにくくえぐれてしまったことが印象深く残っている。

それから55年。
年輩の人間たちには、その水害の記憶が教訓となって、とった行動が犠牲者を多くしなかったことにつながったのだ。
それを思うと、命だけは助かって、よかったなあとしみじみと感じるものがある。

もちろん、これからの後片付け作業や、これからの住まいや暮らしのことを考えるととても大変なことも分かる。
でも、命にまさるものはないのだ。

命を守った過去の災害の記憶。
今回の災害のことも、記憶に残し、後世への教訓となってほしいとも思う。
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TV中継とはいえ、長岡大花火は素晴らしかった

2022-08-02 22:01:10 | 新潟

【今年の長岡花火のポスター】

長岡の大花火が、3年ぶりに行われた。
新潟県にいながら、会場近くまで行って見たことがない私。
今年も行くことはなかったが、NHKのBSプレミアムの生中継でその一端にふれることができた。
以前も、中継を見たことはあったが、今年は心への響き方が違っていた。

NHKのゲストで来ていた平原綾香が、自身の歌唱曲「ジュピター」が入った「フェニックス大花火」を見て涙していたが、その気持ちが分かるような気がした。

長岡の大花火は、ただ単に美しい花火大会というわけではない。
花火の始まりの際には、大戦の鎮魂を願っての「白菊」が打ち上げられる。

そして、「フェニックス」には、中越地震からの復興の願いがこもっている。

あんなに美しい花火が、あんなにたくさん次々に打ち上げられる。
見事と言うしかない。
すばらしい芸術だと思う。
わずか数秒しか持たない、はかない光の芸術。
あれだけの花火を作るのに、いったい何人ぐらいの人がかかわっているのだろう。
いったいどれだけの時間をかけているのだろう。

平原綾香が、「花火の音は、胸、背中、腹に響く」と言っていた。
いろいろ抱えていた胸がすっとする。
背中を押され、勇気が出る。
お腹に響いておなかがすく。
…とか。
なかなか言い得ている。
うなずいてしまった。
もっとも、3つ目の腹の件は、「腹がすく」のではなく、決意の意味で「腹がすわる」の方がいいと思うのだが。

それはともかくとして、同じ火薬でも戦争に使われるのと花火大会に使われるのでは、まったく違う。
今のご時世では、そんなことを考えざるを得ない。
人を傷つけたり殺したりするために使うのではなく、こうして人の心を癒したり元気づけたりするために使われるものであってほしい。
花火の中継を見ながら、そんなことを強く思った。


【2020年の長岡花火のポスター】

COVID-19感染症の拡大のために、2年続けて中止されていた長岡大花火。
たくさんの人に、様々な思いを抱かせてくれたことと思う。
かたい決意で実行してくれた人たちに、心から感謝したいと思う。
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インターハイ男子バスケ、開志国際惜しかった!

2022-08-01 20:04:37 | 新潟
惜しかったなあ、開志国際高校。
インターハイ男子バスケットボール決勝。
福岡第一高校との決勝戦。
何せ、終了6秒前まで勝っていた。
2点差でリードし、あと少しというところで、相手に3点シュートを決められてしまった。
76-77の1点差。
惜しむらくは、最終盤に5ファウルで中心選手2名が退場になってしまったこと。
それがゆえに、残りの時間でマイボールで保持すれば、栄冠はもう目の前だったのに、相手の強いプレスに、エリア内でボールを失ってしまった。
うーん、惜しいなあ。
4年前の初出場初優勝以来の全国制覇は、もう目の前だっただけに惜しかった。
開志国際は、個性的な選手たちが魅力的なプレーを見せていただけに、残念だった。

新潟県の高校男子バスケは、帝京長岡と開志国際との2強時代が続いている。
福岡県も、福岡大大濠と福岡第一の2強が競い合っている。
去年は、帝京長岡がインターハイもウインターカップも、福岡大大濠に負けて準優勝だった。
今年は、インターハイで福岡第一に敗れて、開志国際が準優勝。
新潟県の2強が、全国レベルで、しかもトップレベルで切磋琢磨しているのだから、すごい。
しかし、決勝でいずれも福岡県の高校に敗れているのだから、悔しい。

今回、決勝に進出した福岡県と新潟県には、ウインターカップでは、3校の出場枠が与えられることになったらしい。
いかにも全国の高校トップレベルの県らしいではないか。

さて、「捲土重来を期す」という言葉がある。
開志国際にも、帝京長岡にも、その言葉通り、年末のウインターカップでリベンジを果たし、新潟県の高校による全国制覇の偉業を成し遂げてほしいなあ。

…あ、2校で優勝はあり得ないか。
じゃ、2校で決勝戦だ。
そうなることを、冬に期待しよう。
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身長164㎝「越後の牛若丸」西武の滝澤夏央選手、デビュー2日連続お立ち台

2022-05-14 22:40:36 | 新潟
身長164㎝。
プロ野球選手としては極めて小柄、球界一の小粒選手。
そして、高卒ルーキー。
されど高校時代は、甲子園には出場できず。
おまけに、育成ドラフトでようやく入団した選手。

そんな選手が、なんと昨日今日と連日勝利のお立ち台に上がった。
その選手は、西武ライオンズの滝澤夏央。
8月生まれで夏の真ん中に生まれたからの命名だそうだ。

彼は、新潟県上越市の出身。
関根学園高校という、中央では全く無名の高校出身選手だ。

その彼が、昨日支配下登録されて、即スタメン出場した。
その試合では、プロ初の内野安打を放ち、俊足を生かして同点のホームを踏んだのだった。



この日のもう一人のヒーロー中村選手と並んでお立ち台に立ったら、彼の体の小ささがひときわ目立った。
デビュー戦でお立ち台だなんて、なかなかない。
ラッキーもあるけれど、そのチャンスは本人が努力してつかんだものだ。
すばらしい!

…そう思っていたら、なんと彼は、今日もヒーローとなりお立ち台に上がったのだ。



デビューして2日連続のスタメンで、2日続けてチームの勝利に貢献し、連続してお立ち台に上がるなんて、そんなすばらしいことをやった選手は、なかなか見ない。
まして164cmの小柄な育成ドラフト上がりの18歳が、終盤の7回に2点負けている2死一、三塁の場面で同点3塁打を放つとは。
さらに、敵のミスをついて勝ち越しのホームを踏むなんて、間違いなくヒーローだ。

まさに、ラッキー「ボーイ」の名にふさわしい。
この活躍は、うれしいなあ。

日刊スポーツの見出しがいい。
「越後の牛若丸」だもんね。

佐々木朗希投手が「令和の怪物」なら、滝澤選手は「令和の牛若丸」かもしれないね。

先日の、巨人の菊地投手や阪神の渡辺投手に続き、楽しみな選手が出てきた。
いや、もっと楽しみな存在かもしれない。

彼は言う。
「この身長でもできるという夢や希望を、与えられる選手になれるようにがんばりたい。」
その言葉の真の実現を、同じ新潟県人として心から期待するばかりだ。

がんばれ、滝澤夏央選手!!
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新潟県出身選手の2人が連日の活躍 ~プロ野球巨人阪神3連戦で~

2022-05-01 20:34:42 | 新潟
新潟県出身の野球選手はさほど多くはない。
実力で言えば野球後進県に当たる新潟県。
そこからドラフト指名されてプロ野球する選手は、そんなに多くはない。
近年、独立リーグBCリーグの新潟の選手から育成ドラフトなどで指名される選手は増えているようには思うが、新潟県出身の有名なプロ野球選手をあげよ、と言われても、「ええっと?」と悩む人は多いだろう。
それほど、日本プロ野球の1軍で活躍する新潟県人選手は少ない。

ところが、2日続けて新潟県出身選手の「初」の活躍が話題となった。
その活躍の舞台となったのは、伝統の巨人阪神戦。
奇しくも、2人とも投手であった。
新聞は、いずれも新潟日報紙から。


まず1人目。
巨人の菊地大稀投手。

29日に、昨秋巨人の育成ドラフト6位だった、菊地大稀投手が早くも支配下登録され、その当日にプロ初登板を果たすという、シンデレラ的活躍を見せた。
彼は、新潟県の佐渡島出身初のプロ野球選手である。
高校時代は、佐渡高校のエースとして活躍したが、甲子園に行ったわけではない。
また、高卒でNPBの指名もなく、桐蔭横浜大に進んだ。
4年生のときにそれなりの活躍をしたから、ドラフトで巨人に指名されたのだが、それも育成ドラフトでの6位。
ドラフト終了直前の、注目されないままでの入団であった。
それが、野球シーズンが始まると、イースタン・リーグ12試合に登板し、2セーブ、防御率3・00、15イニングで26奪三振、最速154キロの速球を記録するなどの好成績。
育成選手から支配下登録されるに至った。


この日は、巨人のエースの菅野が早々KOされた後を受けて、4回に登板。
育成から支配下登録となり、登録したその日に登板なので、ユニフォームの背番号が間に合わず、育成の番号が入ったユニフォームだったというのは、なんとも面白いエピソードとして残っていくだろう。
186センチの大型右腕から投じられるストレートには威力があり、最速の154キロをマークした。
変化球でも、落ちる球はなかなかに鋭かった。
ストライクが先行し、テンポよく投げる小気味よいピッチングで、2回を無失点に抑えた。
圧巻の1軍デビューであった。
きっと、巨人首脳陣の信頼を高めただろう。
しばらくは、リリーフで登板する機会が増えそうだ。
佐渡という離島から、プロ野球に羽ばたいた菊地投手。
まだ大学出の22歳の彼の今後の大いなる活躍を期待したい。

2人目は、30日、今度は阪神の渡辺雄大投手だ。

彼は、新人ではない。
年齢も30歳と7か月である。
昨シーズン終了後、ソフトバンクを戦力外となって、阪神に入団した選手だ。
県内の高校野球の名門校中越高校出身だが、甲子園には行けなかった。
大学野球では青山学院大でプレーしたが、卒業後プロ野球の夢を追って、独立リーグの新潟に4年間プレーした。
オフシーズンにはコメリホームセンターでアルバイトをし、オフの週5日、1日8時間以上働くこともあったという。
その苦労人が、2017年の育成ドラフトでソフトバンクに指名され6位で入団。
3年目の2020年に支配下選手登録をされたが、昨年オフにクビになっていたのであった。
阪神とは育成契約だったが、3月下旬に支配下選手としての契約にこぎつけた。

この日は、2-2で同点の6回に、2番手で登板。
最初のバッターにヒットは許したが、送りバントを好フィールディングで2封。
続く2人を連続三振と、好救援は、直後の阪神の逆転勝利の呼び水となった。
これで、開幕から10試合、6回2/3で防御率0.00。
左腕から繰り出すくせ球は、打者にはなかなか打ちづらそうだ。


彼の試合後のインタビューがまたよかった。
「今日、僕が30歳で初勝利したように、阪神がここから巻き返して優勝というのも決して無理じゃないと思います」。
こう言って、阪神ファンを大きく勇気づけ、拍手をもらっていた。
遅咲きの渡辺投手の、ますますの活躍が楽しみだ。

菊地投手、渡辺投手共に出身や過去の経歴が注目されたが、それらは、新潟県出身選手ならではのものだ。
2人の次回の登板、快投、大活躍が楽しみだ。

【追記】
さっそく菊地投手は今日5月1日の試合でもピンチで登板し、阪神の4番大山を3球で打ち取った。
渡辺投手の予言(?)したとおりに、阪神は今日も逆転勝ちして巨人に3連勝し、6連勝を記録している。
大逆転優勝あるある…???
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新潟県出身女子プロゴルファー 高橋彩華プロ、待望のツアー初優勝!

2022-04-24 21:45:08 | 新潟
女子プロゴルファー高橋彩華、ツアー初優勝!
今日最終日だった「フジサンケイレディスクラシック」で、初優勝を果たした。
おめでとう、初優勝!

彼女の名前は、「あやか」ではなく「さやか」と読む。
新潟県(新潟市)の出身。
だから、同県人として応援している。

高校は胎内市にある私立の開志国際高校卒業。
創立して間もない同校を選んだのは、きっとゴルフに集中するためだったのだろう。

彼女がスポットライトを浴びたのは、2016年の日本女子アマチュアゴルフ選手権。
10代で優勝を果たした彼女は、将来を嘱望された。
2018年のプロテストで合格して、プロツアーに参加するようになった。

彼女が生まれたのは、1998年。
この年に生まれた女子プロゴルファーは「黄金世代」と言われるほど多い。
畑岡奈紗、渋野日向子、小祝さくら、勝みなみ、原英莉花らそうそうたる名前が並ぶ。
その数たるや、10人を数えていた。
それらの人たちが次々と優勝を重ねたり、海外ツアーに挑戦したりしていく中で、アマチュア日本一になった高橋彩華が、プロに入ってからは一度も優勝できなかった。
そればかりか、ツアー最終日に最終組で回ることが今まで9度もあったのに、プレーオフまで持ち込むことはあっても、優勝することは1度もなかった。

今季も、過去7戦の戦績は悪くない。
① 41位タイ ②32位タイ ③5位 ④16位タイ ⑤6位タイ ⑥6位タイ ⑦14位タイ
と、予選落ちすることはなく、常に上位にいた。
つまり、かなりの実力者なのだ。
それなのに、優勝できないでいた。

今回のフジサンケイレディスクラシックでは、初日にコースレコードを記録してトップに立つと、翌日もトップをキープし、最終日の今日を迎えた。
「10度目の正直」が実現するといいなと思って、午前中からBSフジでの生中継をずっと見て応援していた。

ところが、なんとスタートの1番、2番をボギースタート。
さっそく首位から陥落した。
ああ、また今回も最終日には崩れてしまうのか、と思い、用事を足すために1時間ほどテレビの前を離れた。
約1時間後、再びテレビをつけると、4番を終えてまた首位になっていた。
なんと3番4番で連続バーディーを取ったのだという。
あいにく次の5番をボギーとして、他の選手と並んだり抜かれたりしてしまったが。

ところが、ここからは我慢のゴルフに徹する。
いろいろとアクシデントにあいながらも、こらえにこらえて、ずっとパーをセーブした。
12番13番でバーディーを取ると、1位にいた藤田さいきがボギーをたたき、再び高橋が首位に復帰した。

過去の9回と違って、途中から高橋のプレーは安定していた。
15番のバーディーで2位藤田との差を2打とすると、上がり3ホールは安定したショットを見せ、雨の中ながら、確実にパーを記録した。
そして、ついに涙の初優勝となった。

よかったなあ、と思った。
新潟県人のスポーツでの活躍はうれしい。
特に、高橋はアマチュアで日本一となっているのに、プロではまだ1勝できていなかった。
9回も最終日最終組で回りながら、1回も優勝できなかったというつらさもあった。
苦労してここまでやってきただけに、涙する彼女の姿は、こちらまでもらい泣きだ。
この1勝で、黄金世代の他の選手にようやく肩を並べることができた。

もともとショットの安定性が彼女の持ち味だから、この勝利で今後の彼女の安定した戦いぶりは一層磨きがかかるのではないかと期待する。

高橋彩華プロ、優勝おめでとうございます。
そして、2勝、3勝と優勝回数を増やしていってください。
同県人として、これからのますますの活躍を祈っています。
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