private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

商店街人力爆走選手権

2015-09-05 14:48:18 | 非定期連続小説

SCENE11

「あー、お腹すいちゃった。ランチまだやってるんだ。これにしよっ」
 仁美が指示された仕事を終えて、恵に報告に来たのは午後1時より少し前になってしまった。恵は礼を言うとともに、遅めのランチの方が空いているから、ちょうどよかったと仁美をねぎらった。
 たとえランチの約束をしていても、仁美はそれに合わせて仕事を切り上げたりはせず、最後までやりとおして納得のいった報告を持ってくる。それがあたりまえであり、変に恩着せがましくなることもない。
 店先の手書きの看板に書かれたランチメニューは14時までと書かれており、時間に融通の利く会社員が恵たちのほかにも入店してくる。
「いいわよ、好きなモノ食べて。仕事に見合っただけの報酬はだすわよ」
「いいですよお、そんなあ。ちゃんとお給料貰ってますから。恵さんの仕事は面白いからやってるだけです。課内の仕事なんか、適当にやっててもできるぐらいだから、こっちの方がやりがいがあるんです」
「そんなこと、私の前で平然と言わないでよね。仮にもその課をまとめてる部長なんだから」
 窓際の席に座り、コードを引っ張ってブラインドを閉める。すぐに店員が水とおしぼりを持ってオーダーを取りに来た。
 二人はランチのAとBを頼む。当然のように二人で分けあって、しっかりと2倍楽しむ手はずだ。
「でも、課長が楽するために、わたしが居るようなものですよ。あんな仕事ぐらい自分でやればいいのに、ぜえーんぶ、わたしに押し付けて、日中なにやってんだかって感じですよ」
「それを管理できてないんだから、私も… 」
「そうはいっても、しょせんは自分自身の考え方ひとつですよね。いい年して、ひとに咎められたら直すって、どうなのって話しだし。でも、恵さんの立場を悪くしようと思えば格好のネタですよね。わたし恵さんの仕事してると会社の裏までわかっちゃいます。会社の秘密諜報部員になれるかも?」
「方々で弱みを握って恐喝まがいの行動にでも走るつもり?」
「親孝行はするのは難しいですからね」
「あーら、自分の主義を押し付けるのはらしくないんじゃない」
「上司とともに泥舟に乗るつもりはないだけです。もしくはタマよけって可能性もありますからね」
「最低ね」
「最低ですね」
 二人は真顔のまま沈黙し、そして笑った。
「恵さん、独立とか考えてないんですか。別にウチ会社でなきゃできない仕事ってわけじゃないですか」
「そうね。最終的にはそれもアリかと思うけど。あなた、付いて来るつもりなんでしょ。ダメよ。自分だけ楽しようったって」
「あっ、わかっちゃいました? でも純粋に恵さんと仕事したいってのは本音ですよ。さっきも言いましたけど、何か起こりそうでワクワクしちゃいますもん」
「それは光栄だわ。でも泥舟かもしれないわよ」
「ありえますね」
「言うわねえ。それでこそヒットミだけど。でもねえ、今はまだかしらねえ。バカみたいに働いて、いいようにおだてられて、やれ管理職だ、部長だって奉られて、女性の社会進出を後押しする会社の広告塔みたいに扱われ、いい目も見たし、悪い目にもあった。そしてどうやら煙たくなってきたみたいで、そろそろお払い箱にされそうになっている。それじゃあ、あまりにもって感じでしょ」
「でもお、それこそ会社の思うツボじゃないですか。もし今回の件がうまくいっても実績だけは会社のもので、恵さんは切られるんじゃないですか。さっきの話しじゃないですけど、切るための状況はいくらでも作れますよ」
 店員が運んできたのはレモンが絞られた炭酸水で、気づかず飲んだ恵は、仁美の言葉とともに少し胸を詰まらせた。
「だから、あなたねえ、私の前で平然とそういうことを言わないの。それにねえ、あなた。そこまでわかってて、私がいいとこ取りされると思う?」
「うーん、そうは思いますけど、あの商店街に活気が戻るような企画があると思えませんし、どちらかといえば、失敗もろとも葬り去られる方が、確率が高いんじゃないですか。だったら、どっちに転んでもいい目がでそうにありませんよね。深入りする前に、辞めて独立した方が名前にキズがつかないと思いますけど」
「いいわ。それなら、商店街に活気が戻り、私の企画が賞賛され、それが会社の利益に結びつき、晴れてその実績を看板に独立すれば文句ないでしょ? あなたを引き連れて」
「それじゃあワタシの思うツボですね」
「悪いわね」
「わたしですね」
 ここで二人のランチが運ばれてきたので、ふたりは笑いをこらえるのに必死だ。配膳を終えた店員は、首をかしげてテーブルを離れる。
 恵の方は魚のフリッターにタルタルソースが付いており、仁美は鶏の胸肉のソテーしたものにバルサミコ酢で味付けされた料理だ。そして二人ともライスではなく胚芽パンを選んだ。
「これはね、あなたの言葉に煽られて反発しようとか、意地とかプライドとかじゃなくて、不思議と私自身が関わりたくなっているの。やれないリスクもあるけど、それに勝る好奇心もある。それに仕事においての先見性がどれだけあったとしても、使い方まで見通せる指導者はいないものなのよ」
 胸肉をひとくち食べた仁美は、次は恵のフリッターにタルタルをかけてまたひとくちしたところで「あっ!」と、小さく声を漏らし、そして目を細めた。
「そういうことですか。だからあの… ふーん、彼もこき使おうと?」
「察しがいいと言いたいところだけど、遅いわよ。まあ、あのボウヤにもそれぐらいは働いてもらわないとね。流れがあるうちにその先に手を打っておかないと、流れが止まってからじゃ遅いのよ。あなたも気お付けなさい」
 すまし顔でパンにソースを付けて口にする。
「あーあ、それに社長もかわいそうだわ。あとから、クスリにも、毒になるかもしれない。よく解かってない人間が旨味だけいただこうとしたら、ひどい負債を背負わされることにもなる… ってことだもんね」
「ふふっ、使い方次第よね。何かを選択するということは、その他のすべてを選択しないってことだとは誰も考えない。考えるのかもしれないけど、見てないふりをする。そうしなければ選択できなくなってしまう。そこんとこわかった上で仕事しているかどうかでその先もずいぶん変わってくるでしょ」
「恵さん、悪い顔になってますよ。きっと時限爆弾仕掛けてる犯人って、そういう顔してるんでしょうね」
 今度は恵が、ソテーをいっきに二つ取り寄せる。
「ああら、失礼なこといわないでよ。会社を捨てる前提ならもっと直接的にわかるようにやったっていいのよ。向こうが裏で工作するなら、コッチは乗っかったように見せかけてその裏をかくのは常套じゃない。知らない人たちは知らないうちに不幸に流されていくだけなんだから、それがいやなら対抗しうる力を持ちなさいってとこよね。私のあずかり知るところじゃないわ。それに使い方を間違えなければ会社の利益になるんだから、親切な話しでしょ? 天使と言って欲しいぐらいだけど」
 仁美は残ったソテーを手前に囲いながら言い返す。
「天使は天使でも、堕天使ですねえ」
「あなたもそうとうに悪い顔してるわよ」
 二人はそうして、細い笑みを浮かべあった。


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