private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over14.32

2019-08-04 10:26:58 | 連続小説

「さっき、コシ、大丈夫だった?」
 おれはすぐには朝比奈がなんのことを言っているのかピンとこなかった。これだけ話がかみ合わないといいかげんイヤになるだろうと心配になったりして、あせって的を得たことを言おうとするほどによけいに何も浮かばない、、、 腰はいつも悪いんだけど、、、
「そうじゃなくて、歩道に乗り上げた時に腰を浮かせたでしょ。ちょっとね、言おうかどうか迷ってたんだ。あまり気にしてないみたいだから言わないほうがよかったか」
 いいな、なんか、こういうの。特に深刻でもなく、ふたりのあいだで成立するどうでもいいような会話が、この公園のなかでながれていく。なかったな、こんなの。これまで望んでいたわけでもなく、実際になってみたらよかったってだけで、そんなのがどうにも心地いい。
 腰を浮かせる動きは、腰をやる前からやっていた。こんなのは条件反射みたいなもんで、パブロフのイヌとなんらかわらん。男子ならふたり乗りをしたときにガツンと尻、、、 とかタマ、、、 に何度かくらって、小学生のときからそんなことしてりゃ、いい加減それぐらいの反応はできるってぐらいのもんだ。
「そう、条件反射なの。スポーツマンだから、それぐらいはフツウか。だったら、期待できそうだ」
 なにが? 期待してもらうのはやぶさかじゃないけど、何を言われるのかいまは不明だから、きっと期待以上のことを言われそうな。
「このクルマ。ホシノの練習には丁度いいと思ってね。だから、さっきのバイト先の先輩に借りてみたんだけど… 」
 へっ、おれが運転するの。なんで? 朝比奈はなんだかいつもとは違う感じになって、語尾に力がなくなっていった。それは余計な世話を焼いたことへの気負いなのか。はたまた、先輩なる人とのやりとりに対するおれの気の回しを気にしたからか。
「あのひといつもああなの、まわりに気を使わないっていうか、自分のルールでひとと接していいる。でもそれが彼のユニークなわけ、みんながみんなあんなふうだと、世の中は回っていかないけど、でも彼みたいなひともいないと世の中が単純になってしまうのも事実でしょ」
 それは先輩をかばっているというより、朝比奈の価値観を説明しているんだ。あの先輩に対する印象を緩和させ、いろいろな人格を認めるようにうながしている。だからおれも変なヤツのひとりで全然かまわないと。ひとつの言葉からは多くの意味を選択できる。ユニークっておもしろいってことか? こういう言葉って的確に捕らえられれば、あいだは埋まり、取り違えれば溝は深まったりするんだ。
「そう、もっとね。そう、色っぽく音を響かせたかった」
 そう言って、笑った。なにも悪くない。おたがいを否定するような言葉はなにもなかったんだから。
 そこにあるのは古いクルマで、これまた国産ではないはずだ。アメ車みたいにバカでかくなく、小道を走るのに似合いそうだから、きっと欧州の小国のかなって想像してみた。それも偏ったありがちな思考だからつまんないか。
「別に、すべてに意外性をもとめてるわけじゃないから。普遍的な答えはいくつも存在している。これは、イタリアの大衆車。このサイズだけどおとなが4人乗れる」
 車体のあざやかな空色が映えていた。今日の真夏の濃く深い青色とはちがって、明るい春の空の色に思えた。あのオトコのクルマだと思うと、そのセンスを認めるのはくやしいけど、朝比奈にはほんとうによく似合っている。
 白いタンクトップと、ピンクのキュロットスカートをはいている。そのクルマの前に立てば春空の中に浮かぶ白い雲と、地上の花に浮かぶ天使に見えてくる。こんな真昼間じゃなきゃ、抱きしめちゃうところだ、、、 天使抱きしめちゃダメか。
「このクルマ、チンクエ・チェントって言うの。イタリア語で500。500ccのクルマだから、そう名づけられたんでしょ」
 500ccって、軽か。先輩のバイクより排気量が少ないじゃないか。これ日本の公道走っても大丈夫なのかな。それにしても変な名前だ。チン、、、 食え、、、 いいのか?
「ちょっと、変なとこで区切らないで。チンクエ・チェントでしょ。それに軽じゃないし、これでも立派な普通車だから」
 さっき、ヤツとチンクとかトッポなんとかって言ってたな。それのことか。木陰に鎮座したそのクルマは従順なイヌのように見えた。ヤツによく飼いならされているのか、それとも朝比奈にも従ってしまうのか、、、 しまうな、、、 おれなら、きっと。
「略してチンクって呼ばれることが多いんだけど。トッポリーノはチンクの先代にあたるから後継車になる」
 センダイとかコーケーシャとか、あいかわらずよくわからんかった。たぶん先輩・後輩みたいなもんだろな。それにしてもおれが練習するってのはいいとして、朝比奈はクルマを運転できるのか。つまり免許、持ってるのか、、、 
「ホシノ。それはつまんない意見。料理免許がなくても、料理は作れるし、教員免許がなくても、ひとにモノを教えることもできる… 」
 だな。なんかそういうの言われそうな気がしてた。どうしても世間の常識からは脱却できずに、とらわれた発想しかできない。
「 …いろいろとあってね、運転のしかたはわかってる。でも、あたしね。ひとにモノを教えるの、苦手なの」
 あっ、それはわかる気がする。なんでも自分で出来ちゃう人って、それができない人とうまく会話がかみ合わないんだろうな。それにつけてもまた、いろいろだ。そのいろいろを想像すると、なんだか自分の中でモヤモヤしてくる。そうだからってどうするわけにもいかないんだから、そこはもう考えないでおこう。いいじゃないか、いろいろあって。
「どう? 乗ってみる?」
 そりゃ、ノッテみたいけど、、、 どっちに、、、 4人乗りらしいけど、4人で乗るより、ひとりで乗るにこしたことはない。なんだか、いろいろと順番が違うような気がするけど、それを言ったってまた、自分がどれだけ俗世間の風習に縛られているかを思い知らされるだけなんだから。
 朝比奈は、春空色のチンクに片ひじを付いてポーズを取って、それはなんだか、ベッドに誘うポーズにも見え、おれは本能的に、ホルモンの命ずるがままフラフラと引き寄せられていった。
 可愛らしい少女の姿も、色めき立つ女性の姿もあわせもつ、まさに変幻自在、ヤマトナデシコ七変芸ってなぐらいで、とにかくいいオンナだなあ、なんて思いつつ、そのチンクに乗り込んでみた。当然助手席、、、 助手になれるのか知らんが。
 座り込むとドスっと深く沈みこむ。シートが高級なわけじゃなく、クルマがかしいだだけだ。だいじょうぶなのか、このクルマ。なんて思ってると朝比奈がクルマを回り込んで運転席に乗り込んできた。するとバランスがとれてクルマは平行を取り戻した。
「古いクルマだからね。これでバランスがとれていいでしょ。いいわね、バランスが取れてるって。人類繁栄の証みたいで」
 時折、朝比奈は理解できない例えばなしをする、、、 おれのアタマがついていかないだけかもしれんけど、、、 バランスが取れてよかったのか、よけいなことに気を紛らわせなくなったとたん、クルマに乗った時から気になっていた、このクルマに染みついたたタバコの臭いが気になりだした。
 そいつは朝比奈にまとわりつくヤツの影が見え隠れするような。おれは嫉妬しているんだ。あのバイトの先輩とやらは、きっといけすかない野郎で、だけどおれよりイイ男で、大人で、分別もあって、イタ車を痛快に乗り回す、イカした野郎だ、、、 支離滅裂、、、
「エンジン、うまくかかるといんだけど。ここまで乗ってきたから大丈夫だとは思うけど。逆にオーバーヒートの心配もあるから」
 そう、おれがなんだかんだと文句やら因縁やら、嫉妬なんかをしているのはそれなりのわけがあって、運転どころかエンジンのかけ方すら知りやしない、、、 最初にすることってエンジンかけるんだよな?
「このクルマは特別でね、このレバーを引いて」えっ、そんなことするのか。
「コレを半分開ける」おおっ。開いたのか。
「でっ、これをひねると」あっ! そんなひねるだなんて。
「これで、オッケー。簡単なもんよ」簡単だったのか?
「やっぱりかかりやすくはなった。でっ、どうする、続きは?」
 続きって、おれにはもうどうにもできないし、できればそのまま続けてもらえるとうれしいんだけど。
「そんなことだと思った。わかったわ、わたしがするから。ちょっとまってて」
 なんてことを言いながら、朝比奈は手首にとめてあったゴムをはずして、たばねた髪の毛に通してまとめあげた。そして、白のタンクトップを勢いよく脱いだ、、、 えっ、なんで脱ぐ。


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