private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over21.1

2018-07-29 21:35:16 | 連続小説

 それでだ。それで、ガソリン入れるならスタンドにいかなきゃならないし、スタンド行くならわざわざ知らないところに行くよりもバイト先に行けばいい。なんといっても鍵のありかも知っているから、勝手に給油することもできる。てことは、うまくすりゃタダになるな、、、 そいつはまずいか、、、
「行かないとね。わたしのスクーターも置いてある。それは、つまり、引き取る必要があるからだけど。ついでにわたしにも入れてくれる? タダで」
 そりゃ入れろと言われれば、喜んで入れるけど。こんなんでよければ、、、 タダで、、、 ただ、、、 この場合のただは、しかしと同義語の接続詞だ、、、 そこにはひとつ問題がある。問題というほどたいそうなハナシじゃないけど、つまりマサトの言うところの“おわかれ会”なるものが、まだやっているのだろうかが気になるところだ。
 もう、おひらきになっていたとしても、そこにみんながいれば、目の前で堂々と給油できるほど無神経でもない。いや、オチアイさんの手前、そんな傍若無人な振る舞いができるわけがない、、、 客として入れてもらえばいいんだけどな、、、 それではタダにはならんけどな。
 
そして朝比奈とふたりで朝帰り、、、 正確な意味ではないが、朝に帰えってくれば、朝帰りでいいはずだ、、、 してマサトの前に現れた日にゃ、なに言われるかわかったもんじゃない。それも永島さんのクルマに乗っての御登場だ。
 
つまりそれは、おれはマサトがこの夏に手にしようとしてた、クルマとか、彼女とかをたずさえてマサトの前に現れることになり、そんな悪趣味な行為をするのはおれの性格にあわない。
「いろいろと、面倒なこと考えてるのね。まわりからどう見られているかとか、そういうのに振り回されて生きていくがやっぱりお好みなの?」
 
おれは理解できてたこともうまく活用できないから、前に宣言した言葉だってそのまま行動にうつせない。そのうえ同じようなことをなんども確信を持って言う。そのくせそれとは別に違うことを思ってしまう。でも、まあそれが人間だ。ストーリーの中にいるようななんの間違いもおこさない完璧な人間ではない。
「そうね。そんなに簡単には変われはしない。変わるって言い方も正しくないのかもしれない。次の段階に行くって言った方がいいのかしら。たとえば進化するとか。だからね、変わろうなんて思わずに、バージョンアップしたと思えばいい。ホシノは、もう何にだってなれるんだから。なってみればいい」
 
いやいや、朝比奈のように自由気ままに振るまっても許されるような存在ならば、おれだってそうしている。世の中でそうである人間は少数だ。よほどの大物か、よほどの嫌われ者のどちらかだ、、、 完璧にセリフをこなしていく朝比奈はやはり別格だろう、、、
「それは、どうも… 」
 その返答には、なんの感情も込められていなかった。そこを察するところ、自由に振るまえる以上に、理不尽な制約にしばられているんだと言わんばかりに。きっとおれが知る以上に周りの目にさらされて、好奇の目で見られて、イヤらしい目で、、、 それはおれも同じだけど、、、
「 …そうねえ、ホシノがそう思うんならそうすればいい。アイツらもそうだけど、男の子はそういうのを中心として生きている。ある意味それだけが生きてく理由でもある。女性は男の添え物だった。いままでは。オトコの遺伝子が多くに種を植え付けることを主観としていても、オンナの遺伝子はそうではない。神の采配は永遠にうまることはない。そのうち逆転すればわたしもおもしろいのに」
 また、おれを苛めるようにコトが大きくなっていった。おれが大勢の女に好奇の目で見られるなんて、神がどう采配したってありえないだろう。あれ、でも、男だって色男とかだと大勢の女にキャーキャー言われてるじゃないか。ああ、でもあれは、イヤらしい目で見られて、スキさえあれば襲ってやろうとは思ってないだろうしな。
「主観はなく、踊らされていることに誰も気づかない。ハリウッドの映画じゃみんなその手のストーリーばかり。タバコを吸いたくなるように、コーラを飲みたくなるように、映像は女を欲求のはけ口にする。そうして女に見限られた男の主人公がもてはやされるようになっていく。なんにしろ、わたしたちがかかえるには大きすぎる問題だ。わたしたちは差別する生き物なんだって。肌の色の違い、性別の違い、生まれの違い、なにひとつ公平ではない」
 そうに違いない、時おりおれたちは自分では解決できない以上の問題をかかえこむ。天はひとに、、、 いまはそれはいいか、、、 そんな大きなことまで考えるより、当面おれが直面する問題はマサトの質問攻めぐらいだろうが、なに言われてもかまわんけど、それにいちいち答えるのが面倒で、どっちにしろまともに答えるつもりもないけど。
 
おれはしかたなく観念して、ドアを開けてもう一度クルマに乗り込む。えらそうに朝比奈に助手席をすすめようとすると、朝比奈は運転席をゆずれとばかりに閉めた運転席のドアを開いてきた。だったらおれはそのまま居座って、うしろから羽交い絞めにでもしようかと思ったんだけど、ようしゃなく左足を突っ込んできた。
 
スラリとした無駄のないきれいな太ももが目の前にして、むしゃぶりつくのは無理だとしても、頬ずりぐらいはできたらいいな、なんて一瞬でも思ったのが間違いで、すかさず高圧的な冷たい目線に耐えられずに、すごすごと助手席へ移動していった、、、 貝殻に隠れるヤドガリのように、波打ち際のサワガニのように、、、 
「しょせんはその程度の欲望なんだ? 悔い改めなさい。わたしはそうでも良いと言ってるでしょ。愛でてるだけじゃ気持ちは同調しない」
 そう言って、右足を揃えて運転席に座った。朝比奈の言うところのなにが良いのか、とまどうしかないおれだけど、ただ異様に欲望は高まっていった、、、 朝だからなのか、、、 
 
ふつうに考えればスタンドまで運転してくれるってことで、おれはてっきり自分からやっていいような気持ちになっていたのに。
「当たり前でしょ、ホシノ、基本まっすぐしかできないんだから。それにね、いま調子に乗り始めてる一番危険なときだから。いいとこ見せようとか思ってるでしょ。わたし以外の誰かにも」
 ギクっ。こうして朝比奈の超能力か、おれが3歳児なみにわかりやすいのか、、、 両方だな、、、 そのおかげで、おれのマインドはワイドオープンしているのだ。
「だったら、もっと開いてみたら、いろいろと… 手の中にあるものだけを積み重ねた宝物で満足してしまっているでしょ。本当に必要ならば、どこか別の場所から探してこなければならない時もある。なにが必要かなんて自分ではわかっていない。わかっている気になって、手の中の宝物だけを大切にしている。もっと大切なものがほかにもいっぱいあるのに、手を少し伸ばすだけ手に入るのに、目に映っていなければ手も伸ばせない」
 きっと、いろいろな示唆を含んでいる言葉なんだろうけど、おれのあたまにはなにも残っていかない。目に映っているはずの朝比奈も精神的な距離は遥か彼方だ。
「行くわよ」
 朝比奈は、しなやかな手つきでシフトノブとハンドルを扱っていく。まっすぐ突き進むだけしか能のないおれにはできない芸当で、おれにはまだ必要のない運転技術だ。
 
ああそうか、そういう他人事の関心しか持てないうちは、自分の持てる能力しか発揮できないってことで、目の前にある生きた教材を活かす気が少しでもあれば、見えてない宝物も見えるようになってくる。
 クルマに魔法をかけた朝比奈は、昨日の夜とは打って変わって、なめらかに正確に安全に乗りこなしていた。なんだよ、こういうのできるんじゃん。最初からしてよ。
「いろいろとね。あるでしょ、気分的なこととか、いい娘だけでいても楽しくない、突っ張ってるだけも面白くない。人間はもっと自由なんだから。そうである自分に満足したり、そうであってほしい自分を演じているうちはなにひとつ楽しめてない。これもまた… 」
 この世の中に正しいことなど、うんぬんかんぬんってやつで、おれはまだその境地に達していないので、最後までセリフを言うにはためらわれる、、、 おれの進化はまだ先のようだ、、、


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