private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over04.31

2018-12-23 16:37:53 | 連続小説

 いったい何を言われるのか、、、 言い出すのか、、、 そのネタにこと尽きないおれとしては戦々恐々で、だけどなるべくその心境を悟られないように平静をよそおってみる、、、 無理だって、、、 とりあえず軽くあたまをさげて、ただいまといってみた。
「お帰りぃ。今日は早かったんじゃないのお」
 
って、なんだか、末尾をのばしながら声をかけられた。怖いって、だから。何ヴァージョンなんだ。それに早いって言われても、走って帰ってきた訳じゃないから、、、 スキップしようとはしたな、、、 だからって、これまでとそれほど差があるわけじゃないだろ。
「なに、言い訳じみたこと言ってんの、なにか後ろめたいことでもあるのからねえ」
 ぎくっ、、、 べっ、別にさ、そんなこと、ないような、あるような、、、 あっ、やべ。
「そんなことどうだっていいのよ。イッちゃん。あのね、お隣の壁の隙間にね、なんかね、引っかかってるみたいなのよねえ」
 はあーっ。また洗濯モンでも、落っことしたのか? こないだは、おれのお気に入りのTシャツが、みごとに、すっぽり、ずっぽし、どっぷりと入り込んじゃったから、ナイショで父親のパター持ち出して、先っちょに引っ掛けてなんとか引き上げたんだけど。ところどころのブロックの出っ張りに擦れたからTシャツのプリントが擦れちまった、、、 ついでにパターの柄にもちょっぴりキズが入ってしまった、、、 ちょっぴりな、ホントに。
 それで母親に今度はナニ? って、つっけんとんに訊き返したところで、頭の中にフラッシュバックが起こった。
「子ネコ… 」
 その言葉は見事におれと母親で二重奏を奏でていた、、、 テンションは違ったけど。
「なに、アンタ、知ってたの? あんなところで死なれちゃこまるから。引き上げといてね。アンタ、近頃ネコに縁があるみたいだし。じゃ、頼んだわよ」
 そんな、釣り竿に引っかかった空き缶でも釣り上げるわけじゃあるまいし、簡単に言ってくれちゃって。ましてや今回は動かない物ではなく生きてるわけで、大人しくおれの手の中に納まってくれるとは思えない、、、 父親のパターも役立たない、、、 むしろジャマ。
 母は言いたいことだけ言って、いそいそと台所に向かってしまった。これは何らかの成果を出さない限り、おとなしく夕食のテーブルにつくのは困難な状況だ。それはネコだけのことではなく、母親に何かを握られている精神的圧迫を感じているからだ。
 昨日の暗がりに比べれば、たしかに今日はまだ明るい。今日のおれは、よっぽど足取りが軽かったとみえ、早く家に着くわ、昨夜のこともすっかり忘れて子ネコを思い出しもしないわで、闊歩していたんだ。
 壁の隙間を覗き込むと『ミャア』と、昨日のリプレイを聞いてるように鳴き声をあびせかけてくる。悪かったなあ、おれもいろいろあって、やっぱりオマエのことは五番目からも漏れてしまっていたんだ。怨むなら気まぐれに現れた朝比奈を怨んでくれ、、、 朝比奈は怨めんな、今夜はお世話にならなきゃいけないし、、、 その前から忘れてたし、、、 やっぱりおれを怨んでいいよ。できれば半分はマサトのせいってことでと、まったく関係ないアイツも引きこんでみた。
 近所のおばちゃん的な、引いたり出したり、ひとりおすそわけプレイをしたてら『ミャア』と、あきれた、、、 ような、、、 声をかけられた。
 わかったよ。まだ、死んだわけじゃないから怨みつらみを言うのは早いよな。子ネコは向こう側でニンマリと笑ったような表情をした、、、 ように、、、 思えた。
 ただ、改めてネコの居座る地点からの距離を目測すれば絶望的な気持ちに陥る、、、 届かない。届いたとしても、伸ばしたおれの手を受け入れ、おとなしくつかませてくれるか怪しいものなのに、届かなければ手招きとかして関心でも引けば出てくるなんて簡単な話ではないはずだ。そもそも、あの子ネコ自体、好きであそこに居るのか、動けなくなってあそこに居るのかさえわからない。
 アイツ、いつからココにいるんだろう。何日もいるとしたら、何日もメシ食ってないだろうに。なんて考えてたら、おれも腹がへってきた。追っ払ったことにして、夕飯食ってからまた考えようか、、、 ネコの腹具合をおもんばかりながら、自分のメシを気にするおれって、、、 あっ! そうだ。
「なに、イッちゃん。ネコは釣れたの?」
 母親は味噌汁のミソを溶かしながら、おれに釣果をたずねてきた、、、 だから、釣りじゃねえって。
「なんだ。ネコって?」
 父親が気になったのか、夕刊を横にずらして問いかけてくる。
「あのね、お隣の、壁との隙間に… 」と、母親のその言葉が出たとたん、またその話しかと、つづきの内容も聞かずに煙たがる父親は、母親の姿と声を遮るために夕刊を大きく音を立てて広げる。
「だから、私は最初から反対だったのよねえ、あんなところに壁作っちゃって… 」
 父親が聞いてないと分かっても、台所に向き直って料理の続きをしながらブツクサ文句を言っている。新聞の角が重力で垂れ下がると父親と目が合った。やべえ、なんか言い出しそう。
「どうなんだ。勉強の方。最近やる気出してるみたいで図書館通いしているらしいな。就職せずに、勉強で大学にでも行く気になったのか?」
 どこまで関心があるのか怪しいもんだけど、それだけ言うと折れ曲がった新聞を煽って立てた、、、 訊いておいておれの回答を聞くつもりはなさそうだ、、、 おれの目の前に広がった一面には海水浴でごった返す海岸の写真が載っていた、、、 夏休みだっていうのに、おれからもっとも遠い世界がそこにあった。
 春に腰をケガをして、夏の大会を迎えることのできなかったおれは、推薦で大学に進学できる道を断たれ、その目論見が早く消え去ったのは良かったのか、悪かったのか。まあ、夏休みが終わってから推薦を諦めて、自力で大学入学を目指すのはかなり厳しいはずだから、そう思えば春先で淡い夢が消えたのは結果オーライだったのか。
 どのみち勉強してるわけじゃないので、今の時点でその線はないけど。父親にはそうじゃなくて、これまでの遅れを取り戻すのに大変なんだよと、取り繕っておいた、、、 言っておきながら、いったいどこから取り戻せばいいのか自問しているおれがいる。
 父親はフーンとか言って、聞いてんだか、聞いてないんだか分からないような返事をする、、、 聞いてなくていいけど、、、 これ以上ツッこまれると困るけど、、、 するとさっきまで隣の壁の文句を言っていた母が、「就職とか、大学とか。その前に卒業できるかよねえ。アンタ、ダブらないでよ」と、デリカシーのカケラもない言葉を頂戴した、、、 たしかにその線もなくはない。
 自分の話題で、もうこれ以上盛り上るのは避けなければならない。おれはそもそも台所に来た本当の用件を思い出した。釣りにはエサが必要で、子ネコを釣るにはと、小皿を用意して、冷蔵庫から牛乳を取り出し流し込んだ。冷たいけど夏だからいいか、、、 って雑か。
「なにアンタ。そんなので牛乳飲むの? ネコじゃあるまいし」って、おいおい、そこまで言って気付けよ。だから子ネコのエサだって。
「ああ、そう。じゃあ、頼んだわよ。まったく、子ネコだから牛乳ぐらいで済むけど。トラでも挟まった日にはナマ肉でも用意しないといけないのかしらねえ。そうなったら、お隣さんと折半しないとね。まさか牛乳代を半分請求するわけにはいかないから。それぐらいはコッチでもつけどね」って、おいおい、まさかトラが挟まる事態を本気で想定してるわけじゃないだろうな。だいたい、トラは隙間に挟まらないし、、、、 そもそも入れない、、、 トラが町内ウロつく時点で大事件だろ。父親はあきれ顔で首を振っている、、、 もしおれがダブっても母親のせいにできるかもしれない。