private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over01.3

2018-10-21 08:41:47 | 連続小説

 で、朝比奈はなんだっておれなんかに声をかけたのか、、、 少し考えてみたけれど答えはやってこない。
 だったら考えてもしょうがないのに、、、 へたな考えなんとやらで、、、 この場合、端折ったわけでなく、本当にこのことわざの先がわからないだけだ、、、 えらそうに説明するほどのことでもない、、、 
 朝比奈と同じクラスになって4ヶ月、声をかけられたのは初めてのはずだ。
 腰に手をやっているおれに、たんなる憐みの言葉でつぶやいただけなのに、それをまあ今世紀最大の大事件のようにとらえ、授業のノートを取るふりをして朝比奈に言われた言葉を書きとめてみたが、そこから回答を導き出すことはできない。
 しょうがないから朝比奈の声を思い出してみることにした。なんとも艶っぽく深みがあり、これまでになんとなく耳にしていた声とは全然印象が違っていた、、、 それほど正確に記憶してないけど、、、 さっきかけられた声だってハッキリと記憶してないけど、、、 なんとなくそんなイメージが残っている。
 明確な記憶がないのは、おれとはもちろんのこと、クラスの中でほかのオトコや、オンナとも群れてないから、普段に話しているところは聞いたことがないので、本当に最初は誰の声なんだって戸惑っていた。
 声の先に朝比奈がいたので面喰ってしまい、ああ朝比奈ってこんな声してたんだって、あらためて感慨にふけってしまったのが正直なところだ。
 朝比奈は普段からひとりで教室にいることが多く、授業の合い間だって椅子に座って本を読んでたりしているのがほとんどだ。
 だから今日もそうだったはずで、、、 と言うことはおれとマサトの会話も聞かれていたのか、、、 ほとんどしゃべっていたのはマサトだけど。
 そう思うともっと積極的に会話に参加して、印象を残せば良かったと調子のいい後悔をしていた。そのくせ、その前のマサトとの話の内容などは、もうアウト・オブ・脳内で、きっと次にマサトにあっても、こちらから先に思い出すことはない、、、 いやあ、よかった、よかった。
 ただ、どうなんだろう。ひとりでいるのが朝比奈の望むところであるとしても、高校時代をそれだけで過ごしていくのは傍で見るほど楽じゃないと思う、、、 友人の少ないおれが言うんだから間違いない、、、 
 気にかかるのにはそれなりの理由があって、そいつはもちろん、いち男子高校生であるがゆえ、朝比奈の顔やスタイルといった見かけが良いことが多くを占めている、、、 ほとんどそれだけだけど、それ以外は知らんし、、、 
 あえて正統性を持たせてもらえるなら、見かけというのは、ひとつひとつの動作や、姿、立ち振る舞いも含まれて、それが異様に様になっていて、クラスの女子の中でも“ひとり宝塚”状態なわけで、、、
 大人びて、というのとは違うし、ましてやカッコつけているわけでもない、、、 そんなあえて目立つことをするべき理由がないんだから、、、 だけどいやがおうにも目がいってしまうし、どうしても他のクラスの女子と比べれば抜きに出ている、、、 単におれの好みだってことなのかもしれんけど。
 逆にほかの女子にとってはそんなところが気に障り、、、 それ以外も挙げれば、きりがないはずだけど、、、 とにかく朝比奈は他の女子に疎まれているし、自分からも寄せ付けようとしない壁を作っている。
 それでいてオトコ連中からチヤホヤされている訳でもなく、近寄りがたいというか、住んでいる世界が違うといった存在であり、それどころか下手に声をかければ、何を言い返されるかわからなくて、とてもそんなことをする気にもならないのだ、、、 おれもそうだし。
 それにアブナイヤツラと付き合いがあるなんてハナシも出回っているので、不用意にそんなことすれば、自分の自尊心を容易に貶め、高校生のオトコとしては守っておきたい部分を粉砕されるだけで、だったら最初から避けて通る方を選ぶだろう。
 つまりそれ相応の覚悟を持ってちょっかいを出さなければならず、それもできない腰抜けしかこの学校には居ないってことだ、、、 もちろん、おれもそうだ、、、 2回目。
 そんな朝比奈がおれに声をかけてきたのだ。醜態をさらすおれの姿が耐え切れなかったのか、それともおれの身を案じて、クラスのヤツラの目に止まらないように危惧してくれたのか、、、 九対一の割合で前者だろうな。
 そうだとしても、なんの根拠もない自信だけが取り得のおれは、妙な期待だけが膨らみ出して、先生が話している授業の内容など、朝比奈からいただいた貴重な言葉と声音がアタマのすべてを占拠してるもんだから入ってこない、、、 普段も入ってないが、、、 普段はもっとロクでもないこと考えているが、、、
 その声を反芻しつつ朝比奈を横目でうかがうと、頬杖をついて窓の外に目をやっている姿があった。
 いや目というか、大胆にも体ごと窓の方を向いているんだけど、たったそれだけのポーズでもおれの目は惹きこまれてしまい、やっぱりその姿はやはり際立って絵になり、太陽の日差しを浴びた真っ白な夏の制服から透けたシルエットは、、、 ああこれ以上は口に出せない、、、 授業中だから口には出してないけどね、、、 
 強い意志で制御しなければ授業中といえども、やっかいなオトコの性が主張をはじめようとしそうで、つまり膨張しているのは期待感だけではない、、、 あれっ? ちょっとうまいこと言った? おれ。
 朝比奈が目を向けている外の風景といえば、休み中にはあった飛行機雲はもう消えかかっていて、そうでなくとも何の面白みもない夏の空なのに、つまらないとはいえ授業をほったらかして見つづけられるほど楽しいとも思えず、もし平凡な窓の外と天秤にかけられたとして、おれが先生ならばかなりへこむだろう。
 とはいえ先生だって、変に授業に絡んでこない方が精神的にも楽だと思っているはずで、過去に授業を無視したような態度を続ける朝比奈に対し、それをやり込めようと、さも今説明したかのような言い方をして、その答えを求めたら、正確な回答と共に、逆に返答できないような質問を返されて、赤っ恥をかかされたという経緯がある。
 そんな話しは、職員室の中ですぐに共有化されたみたいで、“クラス内治外法権”を得た朝比奈は、それでいてテストの点数も学年の上位に位置しているのだから、おとなしくしている方が先生にとっても都合がいい存在になっていた。
 それだけ勉強ができるのに、なぜ時間つぶしのような、いや時間の無駄といっていい行為を日々繰り返し、それを卒業するまで続けるつもりなのか。
 クラスのヤツラは何が楽しくて学校に来てるのかと言ってはばからない。もちろんおれだってそうは思うけど、いったいどんな意思を持って友達も作らず、誰とも話をせず、聞く必要もない授業を受け、十代の貴重なこの時間をただただ浪費していくなんて、聡明な、、、 おれが言うのもおこがましい言葉だ、、、 
 そんな朝比奈がなんの理由もなく、卒業までこんな日々を過ごしていくなんて理解できない。きっとそれにはひとには言えない理由があるはずだ。なければいけない、、、 そうでなくてはハナシが続かない、、、
 おれなんかが無気力に、先が見えないからしかたなく日々を消化していくのとはわけが違うのだ。
 もちろんおれにとっては、この流麗な姿を見られるだけで、学校に来てもらえてうれしいし、おれもそのためなら通うけど、、、 もちろんおれのために通学してるわけじゃない、、、 あれっ、もしかして? いやいやないでしょ。でも、待てよ、、、
 そんなありもしない現実を妄想の中だけで正当化しつつ、身体ごと外を向いているのをいいことに、おれは朝比奈を目端で観察し続けていた。
 なにやら口が細かく動いていて、声には出さなくてもなにか話しているように見える、、、 唇の動きがなんとも艶めかしい、、、 ノートを取るための筆記具を持つことを諦めた右手は頬にあり、小さな顔を支えている。そして左手の人指し指は、リズミカルな動きを続けている。
 はて? それを見ても、なにをしているのか一向にわからず、それにはきっと理由がありやっているはずなのに、それがもし学校に来ている理由ならば、ぜひ訊いてみたいところだと、どうやら朝比奈にまつわる謎が深まるだけになっていた。
 朝比奈の優麗な動きは、おれなんかとは時間の流れが違っているんだ。時間を追いかけ、時間に追われ、コンマ1秒でも早く走ることに取りつかれていたあの頃、それから解放されて時間との関わり方が、気にならないまま変わっていった。
 朝比奈はなにか強い意思を持ってこの時を過ごしているように思える、、、 勝手な想像だけど、、、 つまらなそうなわけではなく、時が経つのを待っているわけでもなく、いまこの時を楽しんでいるようだ。
 おれはなにも知らないままにここで生きている。それが無性にさみしかったんだ。
 突然、頬に当てられた手がスルりとはずれ、艶やかな黒髪が揺れる。
 まずい、コッチを向く。そう思ったときにはすでに朝比奈と目が合っていた。目をそらそうとする努力をムダとも思わせるその瞳に、なんだか吸い寄せられるようにして、おれは動けなかった。
 朝比奈はそれを見透かしたように少し笑いながらおれの顔を見た。メドゥーサに見つめられ石になった男はきっとこんな感じなんだろうか。おれはかたまったまま表情ひとつ変えられず、頬をつたった汗をぬぐうこともできなかった。