private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over14.2

2018-03-04 11:30:58 | 連続小説

「面白いわ。ヒエラルキーの消滅が名目上の民主主義社会の目指すところなら、そうであってはならない職業で、その地位がどんどん貶められている。聖職と崇められているゆえに、かえってまわりの目線も厳しくなっていくのも皮肉なもの。わたしは先生にならないから好きに言えるけど」
 いやいや、どうして。朝比奈はある意味、おれの教師だとしてもおかしくない。オトコなんてもんは、やっぱりオンナの手のひらの中で転がされているだけなんだって、あらためて実感したしだいで、、、 そこが心地いいんだって安住してる、、、 おれ、、、
 そうなんだ。おれは考えが遅い。特にパニクっている時は。
「みんながみんな、何かの考えのもとで生きている。それが自分の保身であるのか、誰かのための献身なのか。正しき行いか、悪の所業か。わかっているようで、何もわかってない。知らないようで、全部わかっている。わたしだって同じ穴のムジナなの。飛びぬけていると思うのはまわりの勝手な判断… でしょ?」
 だからおれは、どうでもいい考えばかりが浮かんで要領を得なかった。とっさに判断すれば、だいたいあとで後悔することばかり。あのときこうすればよかった、、、 そんなもん言い訳にならない、、、 いまはまだ考える時間はある。期限は限られてるけど、そのなかでベストの判断をすりゃ良いんだ。なにがキッカケで妙案が出るのかなんてわかんないんだから。
「ホシノだって、全部わかってる。そうじゃないって、それじゃダメだって。だからそういう場所を避けて、そういう道を通らないできた。イッツ・トゥ・レイト。どの場所にいるかとか、どの道を通るか、それは自分の意志でもあり、誰かに対しての反発であったり、他の力のせいでもある」
 シートからズレて天をあおぐ、天面には無数のシミがあった。長年の使用で数々のよごれが染み込んでいったんだ。よごれの原因はいくつもあり、でも誰の記憶にも残っていない。ひとの記憶も脳の中にいくつも点在しているのに、二度と取り出せないで天井のシミとして残っているだけなんだろうか。
「小学校のときに、明日は雪になりそうといわれてた日の帰りの会で、先生が私たちにこう聞いてきた。『明日、雪になってうれしい人は手を挙げて』って、そりゃ小さなこどもにとって雪って最高のシチュエーションじゃない? もちろんみんな、なんの疑いもなく手を挙げる」
 
つまり朝比奈は手を挙げなかった。先生の意図が読めたからだ。おまえたち子どもは雪が降ってうれしいかも知れないけど、大人はそうではない。きっと、クルマの事故が起きたり、電車が止まって社会生活に支障をきたす。そんな問題点をあげ、子どもで良かったな。なんて話でまとめて、さよならするつもりだったんだ。
「でしょ。先生も段取りを組みなおすのに大変そうだった。でも、そうしたのはわたしじゃなくて別のコだったけど」
 うっ、とんだ先走り、、、 若さゆえ、いろいろと先走るモノがある。しかしなんだろ、どれだけまわりの心理や、状態を見抜いてるんだ。しかも小学生のうちから。おれなんか帰りの会なんか、今日はどこの駄菓子屋でなに買おうかぐらいしか考えてなかったけどな、、、 高校になっても変わらんけど、、、
「そのコの意図がどうだったかわからない。仲が良かったわけでもなかったから、あとで訊くこともなかった。でもそのおかげでいろんなものが見えてきた。そのコに感情移入したわけじゃない、自分の合わせ鏡として見た。ひどいのかもしれないけど、そういう打算をしないと集団生活のなかで自分がいる場所を失ってしまう」
 別に朝比奈がそのコをおとしめたわけじゃない。目の前でおこなわれた行為を読みほどいて、たまたまそういう結論に至っただけであって、そこに自分の分身を見たに過ぎない。そんなことをひとつひとつ気にかけていたら、どれだけ神経が図太きゃいいのかって、ああおれは鈍感な男の子でよかった。
「悪かったわねえ、コドモの頃からめんどくさくて。もともと問題定義するのは苦手だし、そのときも事の成り行きを観察していた。だからもうそれ以降はないんだけど、どうしてみんなは、なにも変だとは思わないのか不思議ではあった。そんな話しがあとからあったわけでもなく、もしかしてそう思っててもなにもしないようにして、丸く収まる方向に流されていくのを待っているのか。それが普通なのかなって」
 クラス全員がそんなことを考えているなんて可能性はほぼないはずなのに、あえてそこまで降りてくることも朝比奈には必要だったんだ。それに朝比奈は問題定義してなにかを変えようと思うとき、自分が動かずともそれをあやつる方法は知っているはずだ。
 
一歩引いていないと、変な仲間意識のなかに取り込まれて、自分たちとは違う誰かをおとしめることには労を惜しまない、いくつかのグループができあがっていく。
「でしょ。遠足なんかでグループを作ると、当然私たちの仲間に入るだろうと思われるときだったり、クラス内で対立があったとき、あなたは私たちの方に付くわよねって、確信されていたり、どこにそれだけの根拠のない自信があるのか私にはわからない。みんな自分を見失っていることに気付いていない。誰もが正義は自分にあると思い込んでいる。そういうのがね見えちゃうと、どうにも真っ直ぐになれない。これが私の問題なのはわかっているわよ。だからって、見えてしまうのに、見えない振りをするのも、見えてるうえでその人たちと付き合うのも私にはできなかったし、これからもしない」
 明確な答えが出ないのは、すべてを数値化できない見た目であったり、感覚であり、感性とかに似ている。振り分けられる個人の感情は、その時でさえなんの実体もなく真実といえることもなく、その時は間違っていない自分がすべてであり、体内に入り込んだ異分子は排除するか、滅せられるかのどちらかだ。
「だったらね、それを利用して生きることにした。どうすれば相手にされなくなるかわかっていたから、どうすれば取り入れてもらえるかもわかっていた。集団ってものがなにを求めて、どうしたがっているかがね」
 それにしては、学校ではうまく立ち回れていない気がする。
「それはね、いまの状態が、わたしが学校生活をするうえでラクだから。必要以上に絡まれることもなく、自分のペースで時間が遣えている。残念だったね。ホシノが思っているほど、学校生活に困窮しているわけじゃないし、はけ口を求めてもいない。こうだろうって思い込んでしまうのは、自分の可能性を小さくしていくだけなのよ。常にこうじゃないか、こうかもしれないって拡散的思考を持たないと、お人形遊びで親役がいるのが当然だと決め込んじゃうわけよ」
 最後の例え話しの意図することろはわからなかった。それを含めておれの大きな、それこそなんの根拠もない期待と妄想が、気体となり奔走しながら青空に散っていった。