ブログ・Minesanの無責任放言 vol.2

本を読んで感じたままのことを無責任にも放言する場、それに加え日ごろの不平不満を発散させる場でもある。

「江青に妬まれた女」

2007-02-13 17:49:20 | Weblog
例によって図書館から借りてきた本で、「江青に妬まれた女」という本を読んだ。
中国共産党のNO2にまで上り詰めた劉少奇の奥さん、王光美のヒューマン・ヒストリーであった。著者は譚路美という女性であるが、革命後の中国の状況が克明に記されている。
それにしてもこの時代、今から100年ほど前、ないしは昭和初期の段階で、世界中の知識人が共産主義に如何に幻惑されていたかということが不思議でならない。
先に述べた「異郷」を著した韓瑞穂女史にしても、今回の王光美にしても、普通以上に裕福な家庭に育ちながら、共産党に身を投じているわけで、凡人にはその真意が不可解だ。
なに不自由ない身でいながら、革命の情熱にほだされて、その闘争に身を投じているわけで、いわゆる革命闘士としてわれわれの経験し得ない別の意味の苦難に自ら挑戦し、それを克服している。
しかし、その後に起きた文化大革命というのは、その革命が成就した後の安定期に起きた権力闘争なわけで、ここに至るともうこれは人間の本能丸出しの生存競争になっていたわけである。
韓瑞穂女史にしても、今回の王光美にしても、われわれのような普通の一般の人間からすれば実に恵まれた生い立ちである。
しかるに、こういう恵まれた境遇にありながら、何故に苦難に満ちた共産党とともに歩む道を選択したのか、という点が凡人には不思議でならない。
本を読む側にしてみれば、普通の庶民の何の変哲もない人生など面白くもおかしくもないが、こういう波乱万丈の人生を送った人のヒューマン・ヒストリーはそれなりに読み物として興味を惹かれるのは論を待たない。
知識人が共産主義に興味を抱き、それを実践しなければならないという信条は、その出自が恵まれた者の悔悟の気持ちというか贖罪の気持ちの具現化ではなかろうか。
自分たちは今恵まれた生活をしているが、世の中には自分と同じような生活をしているものはごくわずかで、大部分の大衆、民衆というのは飲まず食わずの生活を強いられている。
この不平等を是正するためには共産主義革命しかない、それを遂行するのは自分たちに与えられた使命だという、いわば運命論というか、善意の救済措置という意識が根底にあったのではなかろうか。
この本の主人公も恵まれた家庭に育ち、本人の才能にも恵まれ、西洋文化圏への留学の切符を二枚も得ながら、それを棒に振ってまで、延安に行っているわけで、そのことは革命というものに対する大きな期待と夢があったのではないかと思う。
それだけ純真で、世の現状に真摯な不合理、不満を感じ、人はすべて平等であるべきだ、という理念に燃えていたのではないかと思う。
若い世代、王光美も、この時点では若かったわけで、若者にとっては現状の秩序に不満を募らせ、旧来の大人の支配している秩序やシステムに反抗することは実に痛快なことではある。
ところが、それには当然それ相当の反作用、いわば報いがあるわけで、そのバランスが均衡していれば、平穏な社会が開けるということになるのであろうが、共産主義というのはその旧来の大人の社会、つまり旧来の秩序というものを全否定するわけで、年端も行かない若者はその先には明るい未来が実現すると思い違いするのも当然のことだと思う。
しかし、彼らは革命でそれが実現したとたん、自分たちが打ちたてたシステムが、打ち立てた瞬間から陳腐化するということに気がついていなかった。
そこで共産主義の理念である「旧来のものは打ち壊せ」、というテーゼを信奉している限り、革命は永久に留まるところがないわけで、共産党員による、共産党内の革命は永久不滅に回転し続けるわけである。
それがいわゆる権力闘争というものであろう。
それと中国共産党のみならず、旧ソビエットの体制を見ても、なぜ共産主義体制が個人崇拝にいってしまうのであろう。
共産主義と個人崇拝は決して相容れることのない対極の事柄ではないのか?
共産主義の理念の中に、人々の平等という意識があるとするならば、個人崇拝の入る余地などないはずなのに、それが一旦権力を握ると、秦の始皇帝ないしは清の西太后のようになってしまうということは一体どういうことなのであろう。
このことは人間は太古以来全く変わることなく、その本質は皆同じということで、共産党員だといって特別に気高い心の根を持っているわけではないということである。
共産主義革命というのは権力を奪還するまでの方便であって、一旦権力さえ握れば、することは古今東西、生まれては消え消えては生まれたそれぞれの王朝の統治とまったく同じだということである。
21世紀において個々の人間の出自のことを話題にすると顰蹙を買いそうであるが、この本の中で問われている、劉少奇夫人としての王光美と、毛沢東夫人としての江青の比較には、その出自が大きく両名の生き方を分けていると思う。
育ちの卑しさ、下賎な出自ということは、その人の生き様に歴然と出ているわけで、今日こういう言葉や表現はそれこそ世間に受け入れられないが、現実はそのまま認めるほかない。
奇麗事を言って事実を覆い隠しても本質が是正されるものではない。
前々から不思議に思っていたことであるが、毛沢東という人はなぜ自分の奥さんを政治の場面に登場させて平気でいたのであろう。こんな馬鹿なこともないと思う。
また本人もなぜ夫の政治的な会議の場にシャシャリ出て、自分のしていることが不都合で不合理な行為だということがわからなったのであろう。
このこと自体が出自の卑しさにつながっているのではなかろうか。
これは外遊のときに奥さんを連れて行くということとはわけが違うわけで、国家首脳が外国に行くときに、奥さんを同伴するというのは、外交としての儀礼なわけで、それが世界の常識であり、外交に対する一種の秩序でもあるわけで、だからといって重要な外交交渉の場に奥さんまで出すというわけではない。
一緒に行っても奥さんは奥さんで旦那とは別の国際親善をするわけで、それが国家同士の外交の慣例であり、万国共通の認識となっている。
ところが文化大革命中の江青の存在というのは、それとはまったく違う次元のことで、日本やアメリカでいえば、閣議の席に総理大臣夫人や大統領夫人がいるのと同じことであり、その夫人が行政面にくちばしを入れるということで、こんな馬鹿なことは考えられない。
この馬鹿なことが通ったのが文化大革命中の中国共産党なわけで、統治が馬鹿なことをしていれば、その犠牲者が出るのも致し方ない。
こういう馬鹿なことは、それぞれに関連しあっていると思う。
その最たるものは言うまでもなく、個人崇拝であるが、この個人崇拝を話題にすると、普通の人々はその象徴である毛沢東を糾弾しがちであるが、そこから既に認識の相違が生まれると思う。
毛沢東の個人崇拝といった場合、本人は周囲から祭られているだけで、自分で自分を崇拝するなどということはありえない。
周囲が毛沢東を崇め奉ったから個人崇拝になったわけで、その非は周囲のものが負うべきだと思う。
ただし毛沢東本人の謙虚さのなさという点に関しては批判を受けるべきで、彼はトップの座を後進にもっと早い時期に譲るべきであった。
革命を目指す、革命を成就させることと、その成就させた革命、つまりシステムとしての出来上がった体制を維持することとは全く別のことではないかと思う。
革命を成就させることは、中華民国としての既存システムを全否定することなわけで、そのことは言葉を変えて言えば、何をやっても許されるということである。
革命のためならば、人を殴打しようが、人を殺そうが、人のものを盗ろうが、相手が資本家と称する金持ちでさえあれば、それは整合性を持つわけで、これは無学な教養のない下層階級の人間にとってはこの上のない喜びであったに違いない。
ところが、それが成功して、中華人民共和国というものがきちんと制定されたならば、今までのようなことは許されないし、許してはならないわけで、それは当然革命を指導するときと社会の安寧を目指すのでは、理念も手法も全く異なるのが当然である。
毛沢東をはじめとする新中国の首脳にはこの部分がわかっていなかった。
その意味で毛沢東は革命が成就した時点でその地位を降りなければならなかったと思う。
共産主義体制の中で個人崇拝の弊害など、旧ソビエット連邦の例を見る間でもなく当然わかっていたろうし、それでなければ指導者としての資質を問われる。
毛沢東の場合本人が死ぬまでそれが問われることがなかった。
同じように血と汗を流しながら革命をなした古き戦友としての劉少奇を、自ら失脚させるだけではなく、命まで奪うということはわれわれには考えられない行為だと思う。
水に落ちた犬をさらに叩きのめすということはこういうことであろ