ブログ・Minesanの無責任放言 vol.2

本を読んで感じたままのことを無責任にも放言する場、それに加え日ごろの不平不満を発散させる場でもある。

「トム・クランシ―の空母 上」

2010-10-30 13:15:46 | Weblog
例によって図書館から借りてきた本で「トム・クランシ―の空母 上」という本を読んだ。
この本の奥付きによるとトム・クランシ―という人は著述家であって、その人が空母を取材したという形の記述である。
私はこの空母というものに特別の思いがある。
私の生まれた年が1940年で、1945年にもう戦争は終わってしまって、その時点で日本には空母・航空母艦というものはひとつも存在していなかった。
それから曲がりなりにも人生を歩んで、定年を迎え、自分への褒美としてアメリカ旅行をした時、偶然にもニューヨークの港で空母なるものの実物を見た。
その時はツアーの行程の途中であったので、立ち寄ることも出来ず、翌日の自由時間にそこに行って見た。
空母が町の岸壁に横付けされて、タラップが渡っていた。
この空母、アメリカ海軍の『イントレビット』で、対日戦にも参戦しているという話であった。
ところが日本の旅行会社では、こういうものに興味を示す旅人は一人もいないという前提で、どんな旅行ガイドにもニューヨークの町に存在するこの『イントレビット』に関する情報は載っていなかった。
私もたまたまツアーの行程で車の窓から垣間見ただけのことで、ニューヨークという大都会の真ん中に、航空母艦が博物館として鎮座しているなどとは思ってもみなかった。
そしてさらに運の悪いことに、折角のフリ―タイムに一人でたどり着いたはいいが、よりによって休館日だったとは、まさしく運につき放された感じだ。
この時に行った、スミソニアン航空博物館では、空母のモックアップがあったことはあったが、如何せんモックアップでは映画のセットを見るようなもので迫力に欠ける。
このニューヨークの港に展示してある空母『イントレビット』は、ある意味でアメリカ合衆国の戦争の勝利を記念する象徴であったに違いない。
ところが、そういうものを大事にする気持ちの中に、民族の誇り、国家への忠誠心が潜んでいるのではなかろうか。
アメリカというのは移民で成り立っている国なので、アメリカ人に民族の誇りや、国家への忠誠心が無いとみるのは浅薄な思考なのではなかろうか。
確かに、アメリカ人の中には多種多様な人々が入り混じっているが、しかし、彼らには日本人以上に、祖国に対する誇りと忠誠心が備わっているように見受けられる。
そういう意味で、我々の方は実に薄情で、あの日米戦争で我が民族が完膚無きまでに敗北すると、あの日露戦争の勝利の象徴であった戦艦『三笠』を、アメリカ兵相手のキャバレーにまでしてしまった。
その現状に憂いて、戦艦『三笠』の復元に協力したのは元敵将の二ミッツ提督である。
この考え方の落差というか、格差というか、日米の将兵の間に立ちふさがっている意識の相異は、基本的には民族の思考の相異に、そのままつながっているものと私は考える。
戦争に負けたからと言って、過去の実績まで全否定してしまって、かつて栄光の座に鎮座していた名誉ある記念品をキャバレーにまで貶めて意に介さない民族と、過去の栄光を民族の誇りとして末長く顕彰してやまない民族の相異が如実に表れていると思う。
戦艦『三笠』の栄光というのは、ただ単に日本海海戦の旗艦であったと言うだけではなく、世界史的に大きなエポックを指し示した事件であったわけで、我々日本人は、その世界史的な意義に全く気が付いていないのである。
ただ単に、数ある海戦の中の一つに勝利した、というだけの価値ではなく、それは世界史的に見て、黄色人種が白人の西洋文化に勝利した、という地球史上、人類史上、未曾有の出来ごとであったわけで、その意味が我々日本人にはわかっていないのである。
西洋の白人、ヨーロッパ系のキリスト旧文化圏の人々にとって、黄色人種の日本人、モンゴロイド系の中国人やジャワ、スマトラ、インド人と同じ色をした日本人が、近代化を成す、西洋文化を自由自在に扱うという事そのこと自体が想定外のことであったに違いない。
もともとそういう認識で見ていた日本民族が、当時の世界で最強のロシアを破ったという事は、まさしく驚天動地の出来事であったわけで、その象徴である戦艦『三笠』がキャバレーの落ちぶれていては、心ある軍人、武士道に憧れを抱く武人にとっては、元の敵味方の枠組みを超えて心が痛まないはずがない。
戦いに敗れた日本人は、その戦艦『三笠』の世界的な認識を理解し得ずに、キャバレーにしてしまったが、心ある武人、武士道を心得た騎士は、その世界史的な意義を真から心得ていたので、それの復元に協力を惜しまなかったのである。
対日戦争に勝利したアメリカは、戦争の道具として兵器を博物館という形で各地で保存しているが、不思議なことにあの戦争に負けた我々は、敗北の象徴のみを健気に顕彰している、という現実をどう考えたらいいのであろう。
先の話ではないが、戦争に勝った象徴は状況が変わるとキャバレーにしても何の痛痒も感じていないが、広島の原爆ドームは触ってもならないという。
少しでも手を加えると、その人は「戦争好きな人間」というレッテルを張って排除しようとする。
この非常識、この非人間的な態度が、平和志向と呼ばれる不思議さに、日本人の誰もが異議を差し挟まないという事は一体どういう事なのであろう。
ニューヨークで空母『イントレビット』を見そこなったという話から変な話に行ってしまったが、最近、DVDで最新式のアメリカの空母『アイゼンハゥワー』の映像を見たし、インターネットでも動画で空母の映像を見る機会があったが、空母を運用するということは実に大変な事だと思う。
それだけに戦争の道具としては極めて有効であろうが、それが運用出来るという事は、そのこと自体が国力の象徴でもある。
今の世界では、軍艦は祖国の延長と考えられているわけで、空母・航空母艦そのものが国の続き、領土の延長、本国と同じということであって、言い方を変えれば、本国の軍事基地が地球上をあっちにったりこっちにいたりしているということである。
中東でトラブルがあれば、スーッとそっちに流れて行き、台湾海峡で風雲急を告げる雰囲気になれば、又スーッとそこに流れ着くわけで、軍事基地が丸ごと移動する。
しかも公海上の移動なので誰からも文句が出ないので、アメリカとしてはまことに都合が良いわけである。
これを運用するには現代科学の粋を結集して、テクノロジーのたゆまない精進を心がけなければ、それが運用出来ないわけで、言い換えれば国力の象徴でもある。
ところが我々日本人というのは、戦後65年以上も、そういう事を考えたことが無い。
自分の祖国の国際的なプレゼンスという認識を真に考えたことが無い。
ただただ経済的に儲かれば良い、如何なる国にも話し合いで仲良くし、相手の欲しがるものは何でも与え、金もどんどん振舞えばいいという発想であるから、外国に対して自分の存在感を示すという発想には全く至らない。
まさしく、金持ちの苛められっ子が、ガキ大将に何でもかんでも言い成りになって、苛めいから解放されようとする態度と同じである。
これでも平和といえば平和である。
しかし、他者から見れば「あの弱虫が!」という軽蔑の意味合いを含んだ価値観が定着するわけで、ならば「自分たちも少しばかり恩典に浴そう」という発想に至るのも自然の成り行きである。
今の日本人は戦後65年以上も戦争という事を考えたことが無い。
先の大戦で、心底、懲りてしまって、戦争というと、そこでもう思考が止まってしまってPTSDに陥ってしまい、正常な思考に戻れなくなってしまっている。
だから観念論で戦争というものを眺めて、リアルな視点で物を見ることができなくなってしまい、観念だけが独り歩きしている。
イラクへの自衛隊の派遣の時、「息子たちを戦場に送るな」というスローガンがあった。
もっともなことである。
日本の母親のみならず、何処の国の母親だとて、自分の息子が戦場に行くことを喜ぶ人はおらず、出来ればそうさせたくないと思っているのは当然である。
誰にとっても、戦場で殺し合いに明け暮れることを好む人はいないわけで、出来ればそういうことは避けて通りたいと願っていると思う。
しかし、その嫌な仕事も誰かがせねばならないし、誰かがしなければ、自分たちが奴隷にさせられるともなれば、誰か彼かが犠牲的精神を発揮して立ち上がらなければならないではないか。
我々は先の戦争で完膚なきまで叩かれたので、自分で自分の身を守ることも放棄して、他者に依存して、寄生虫のように他国の安全保障の傘の下で、寄らば大樹の陰に労せずに寄りかかって、戦後65年何となく生き抜いてきたので、リアルな国益というものを考えたことが無い。
この本を読んで、空母・航空母艦の上で仕事をしている人たちの姿は、それこそアメリカ社会の縮図だと思う。
一隻の空母には約5千人ぐらいの人間が乗っていると見做していいと思うが、そうなるとそれはもう小さな町や村の規模と同じなわけで、言い換えればアメリカ社会そのものだという事になる。
ここで起居している人たちは、平均で25歳前後の人たちであるが、この世代というのは如何なる国家でも民族でも社会の中枢を成しているわけで、そういう人たちの生き様は、それこそ社会のエネルギーをそのままの姿で反映していると思う。
空母の甲板で戦闘機が目まぐるしく発艦、着艦しているなかで、ボヤーっとしていたら自分が何処かに吹き飛ばされてしまうわけで、その姿はまさしく社会の荒波を生き抜く術と同じだと思う。
我々、日本の今の若者が、あの環境に耐えて生き残れるであろうか。
一人一人の個人は、それなりの訓練を経てそれぞれの仕事をこなしているとは言うものの、日本の若者がああいう訓練に耐え、仕事をこなす心の持ちようがあるであろうか。
この空母の上で仕事をしている人々は、全て志願兵、志願してその任についている人ばかりなので、仕事に対する不満というのはないかもしれないが、その前にその事によって金を得ているという点も見逃してはならないと思う。
徴兵制の下では全てが国家の為という大義のもと、タダ働きに等しい扱いであったが、今の志願制度の下では、その意味ではある種の就職という意味合いも含まれているとは思う。
ならばこそ、人の嫌がる仕事につくということは、それこそ見上げたボランテイア精神につながるものと思う。
しかし、空母というのは、現代科学とテクノロジーの完全なる融合の上に成り立っているので、そうそうバカでは務まらないと思う。
今では空母ばかりではなく、あらゆる職域で現代科学とテクノロジーが混ざり合っているので、その意味では特別なことではないかも知れないが、世の中の進歩に素直についていけるだけの頭脳の柔軟性が求められていることは確かだと思う。
それに引き換え、日本の若者の軟弱さはどうしたらいいのであろう。
引き籠りだとか、フリーターだとか、コンピューターお宅だとか、昼間からパチンコ屋やゲーセンにたむろしている若者だとか、こういう若者と、空母の上で立ち働いてる若者を見較べると、普通の神経をしたものならば、その先に憂いの心持が湧くのが当然のことだと思う。
この空母の上で立ち働く人々も、戦闘機のパイロットも、戦争が好きだからとか、人殺しのためにだとか、そういう認識で仕事をしているわけではないと思う。
ただ単に、自分に任せられた任務を、仕事と割り切ってこなしているだけで、その先に人の命が掛かっているなどとは考えていないと思う。
日本の平和主義の人たちの言い分は、この部分に掛かっているのだと思うが、それはものの見方の視点の相異であって、「ああ言えばこう言う」式の屁理屈に過ぎないと思う。
戦争を、悪とか善で認識するとそういう理屈に行きついてしまうが、戦争はあくまでも政治の一形態であって、政治のある種の特殊な状況だと考えれば、その先に人の命がぶら下がっていても何ら不思議ではない。
戦後の我々の発想では、だからこそ我々は自衛の為の武力も放棄したわけで、我々は叩かれても叩かれても、黙って屈辱に耐えるとういう政治選択をしようとしたわけである。
こういう事を高々と叫ぶ人は、そういう事態になると、それを引き起こしたのは政治の所為で、政府の舵取りが悪かっただからそうなった、という言い分でその責任を政府におい被せようとする。
これで解るように、我々、日本民族というのは、自分たちの国を自分たちで治めようという発想ではないわけで、何か知らんが上にいる何ものかによって管理されつつ治められている、という潜在意識に嵌り込んでいるようである。
政府、統治者、お上等々、言葉はいろいろあるが、我々、日本民族の政治というのは、自分たちで統治のルールを作るという発想は全くないわけで、統治という概念を喪失したまま、アメ―バーの自己増殖のように無定形に、無制限に、無秩序に広がってしまっているので、民族の核を持たないまま、意思のみが広がってしまい、誰もそれを集約し、収斂し、方向つけするものがいないのである。
だから川の中の浮草のように、時流に翻弄されつつ、左に寄ったり右に寄ったりと、あっちに行ったりこっちに行ったりと、位置が定まらないのである。
ただ21世紀の地球というのは、自国だけの問題というのは極めて少なくなって、あらゆる問題が国境の柵を超えて国際的な広がりを持つようになってきているので、国益というものが微妙に揺れ動いている。
だから、自国の国益だけを高々と掲げることは、多国間の摩擦の大きな原因になりかねないので、相当に慎重に構えなければならないが、そういうことに全く無頓着な国も我々の周囲にはある。
空母に関して言えば、最近中国が空母の建造に取りかかっているということが言われているが、中国人に空母の運用は出来ないと思う。
空母を運用するという事は、極めて民主化の度合いの進んだ、開けた意識の人々でなければ、それが出来ないからである。
一人一人の人間が、仕事上では階級や身分の相異を意識しなくても済む状況でなければ、戦闘機を発艦させ、着艦させることが不可能だからである。
あの狭い飛行甲板で、並みの地方空港よりも沢山の飛行機を離発着させる芸当は、一人一人の連携が何より大事なわけで、その中で野暮な個人主義や、階級意識が残っておれば、たちまち業務に支障をきたしてしまうに違いない。
昔、今の中国の前の清王朝では、当時の日本の軍艦を凌駕する最新鋭の『定遠』と『鎮遠』という軍艦を持っていた。
それを日本の対して見せびらかしに来て、中国の国威掲揚を図ったが、その軍艦に洗濯物が干してあるのを見た当時の日本海軍の軍人たちは、その在り様を見て「清国の海軍は大したことない」と思ったが、果たしてその通りで、その軍艦は日清戦争であっけなく消滅してしまた。
ことほど左様に、兵員の士気というのは、国の安全保障に大きく関わり合っている筈で、そういう目で物を見る癖をつけておくことは極めて大事だと思う。

「禁忌破りの近現代史」

2010-10-23 18:02:39 | Weblog
例によって図書館から借りてきた本で「禁忌破りの近現代史」という本を読んだ。
渡部昇一氏と谷沢永一誌の対談というスタイルで書かれているが、両名とも同じような思考の持ち主なので、内容も大体想定内のことしか出てこない。
同じ考えの人が話し合っても、あまり興味ある展開にならないのは致し方ない。
そういう意味で、面白い話というのは、考え方が全く逆の人の対談ならばきっと面白い展開になるのであろうが、日本でのディベートの場面では、そういう組み合わせはあまり企画されていないようだ。
どうしても考え方がま逆だと、双方が真面目で、真剣で、自分の信念に忠実であればある程、議論が激高してしまって、最後には喧嘩になってしまう。
我々日本人というのは、やはり議論が下手な民族だと思う。
その遠因は、限りなく単一に近い民族なので、いちいち言葉を介して意思疎通を測らなくても、お互いが解りあえるからだと想像し得る。
民族の特質というのは、その民族の日頃の生活の中から鍛えられる部分がかなりあるものと思われる。
この世に生まれおちた赤ん坊が、最初は両親の庇護もとで生育し、成長するにつれて近隣の人々の影響を受け、成人に達した暁には集落の構成員の生き様を見ることによって、その民族の特質というものが徐々に個人に醸成されてくるものと考える。
そういう個人が集まると、その種族、あるいはその民族の独特の生活習慣、あるいは生活信条のようなものが出来上がり、それが種族あるいは民族の特質として顕著な形になった現れるものと想像する。
一人一人の個人は皆それぞれにそういう個性的ななりたちの中で生きているので、それぞれに違った考えの人が一つの問題を語り合う時は、それぞれの視点が違っているので、同じ感想、同じ認識にはならないはずである。
人が語り合うという時は、その一人一人の個人の考え方の相異が素直に表現された時に、面白い会話になるわけで、そこで同じ考えの人が同じ考えを述べあっても、興味は半減する。
そうは言うものの、今の日本はあまりにも言論の自由が浸透しすぎて、普通の事を普通に言っていては誰も興味を喚起してくれない。
よって、かなり極端な極論を提示しないことには、自分の方に注目してくれないので、どうしても極端な意見がもてはやされる傾向がある。
それと、世の中の風潮というのは極めて日和見で、価値観は常に左に行ったり右に傾いたりと目まぐるしく変わるので、きちんとした信念はなかなか貫きがたいものになっている。
ここに登場する両名は、私の認識からすると、その思考は極めてニュートラルに近いものと思うが、今はこういう正論が正論として通らないところが甚だ面映ゆいところである。
これは一体どういう事なのであろう。
彼らが日本の近現代史を論ずるとなれば、当然のこと、東京裁判が出ることは必然的な流れであるが、今の日本の知識人は、この東京裁判を100%容認しているわけで、その事実にこの両名は切歯扼腕しているが、何故こういう価値観が今日の日本で、知識階層という人たちに受け入られているのであろう。
この両名は東京裁判の不合理性をこの本で初めて説く訳ではなく、彼らはそのずっと前から「東京裁判は勝者のリンチでしかない」という事を言い続けているはずである。
にもかかわらず、何故、日本の大部分の知識階層の人々は、あの東京裁判、極東国際軍事法廷の判決を甘受しているのであろう。
俗にPTSDという言葉がある。
日本語でいうと心的外傷後ストレス障害というものらしいが、日本民族はあの敗戦という事象によって、全部がこの心的外傷後ストレス障害に陥ってしまったとしか思えない。
敗戦によって、あの戦争に生き残った日本人の全員が、こういう病気に罹ってしまった。
この事実は、戦争が始まった時、あるいは戦争の最中に、日本国民の全部が全部、軍国主義に帰依した構図と全く瓜二つではないか。
これは一体どういう事なのであろう。
敗戦を挟んで、その思考のベクトルは完全に180度、ま逆の方向を向いてしまっているが、思考のパターンとしては、全く同じ轍を踏襲しているではないか。
あの戦争に生き残った我々の同胞だとて、バカや阿呆ばかりが生き残ったわけではなく、それ相応に学識経験豊富な人々も生き残ったに違いないが、そういう人が何故に、勝者の指針に唯々諾々と恭順してしまったのであろう。
考えてみれば、生き残った人はたまたま生き残っただけで、極めて運が良かったが、そのこと自体が彼らには悔悟の筵に座らされているような精神的な苦痛に曝されているようで、そういう体験からして、生き残った為政者に対して、謙虚な気持ちになれないという面があるのだろうか。
負ける戦争、負けた戦争というのは、ひとえにそれを指導した為政者、及び軍人の責任に帰すわけで、勝つつもりでいたものが結果として負けたでは、政府の指導や軍部の言う事が全く嘘であった、彼らは日本国民を結果として騙したという怨念にすり替わるのもいた仕方ないと思う。
あの戦いに生き残った知識階層であろうとも、為政者や軍部の責任を糾弾する心情は察して余りあるが、自らの同胞としての民族の誇りまで投げ捨てて良いとは言えないと思う。
結果としては敗れたとはいえ、あの戦争を指導した我が同胞も、自らの国家と民族の為に良かれと思ってしたことであって、個人的な私利私欲で惨禍を招いた訳ではないのであれば、その点については理解してしかるべきだと思う。
ただ問題は、勝者が勝手に彼らの価値判断で以て、敗戦国の戦争指導者を裁いたという点をもう少し厳密に考察すべきだと思う。
勝つべき戦いを敗北に至らしめたという点を糾弾するのであれば、我々が、我々同胞の戦争指導者を我々の手で裁くべきであるが、そういう発想は今日に至っても出てきていない。
今の我々が反省すべきは、勝者が勝手に我々の同胞を裁いて、その価値観を我々が嬉々として受け入れている現状を考察すべきだと思う。
我々、日本国民に塗炭の苦しみを押しつけた戦争指導者に、勝者が鉄槌をくだしたという見方をすれば、いささか溜飲の下がる思いはするが、それをされては民族の誇りが廃る、という認識には至っていない。
ということは、あの東京裁判史観にとらわれている人たちは、自分の頭でものを考えていないという事なのであろうか。
自分の頭でものごとを深く深く考察して、その結果として自分で判断することがゆるされておれば、他者から押し付けられた価値観に盲従する愚は当然慎むべきで、人の言うプロパガンダを丸呑みする愚は避けるべきだと思う。
それを我々は戦争という大きな犠牲を払って習得したわけで、戦前・戦中は国のいうプロパガンダにいとも安易に踊らされ、戦後は戦後で、進歩的文化人の言うプロパガンダにいとも安易に載せられるというのは実に嘆かわしいことだと思う。
かっては世界を敵に回して戦った我々が、戦後は、勝者の価値観を無批判に受け入れるというのは、我々、日本民族の国際感覚の欠如だと思う。
我々が異民族との戦いで負けたという事は、この大東亜戦争が初めてのことで、今まで全く未経験な事柄であって、その意味で我々は異民族との接触のし方が極めて稚拙であったということが言えると思う。
台湾や朝鮮の支配に関しても、我々は彼らを我々と同等に扱えば、彼らはきっと喜ぶに違いない、と勝手に思い込んでいた。
異民族との接触の場面で、こういう自分の都合のいい解釈で、ただ単なる善意の思い込みで、善意の押し売りをすれば相手が喜ぶと勘違いしたという事は、完全に外交音痴、異民族との接触の経験不足を露呈している。
我々の思惑は完全に能天気であったという事だ。
これは、我々、日本民族というものが、太平洋の片隅のある小さな4つの島の住人である限りいた仕方ない特質で、変わりようのないものである。
それをカバーするには我々の知恵で対抗する以外道はない。
知恵で対抗するとなれば、これは日本民族の土俵で相撲をするようなもので、我々にとって知恵というのは、泉の水の如く湧き出るものであって、枯渇することはない。
その意味からすれば、戦争遂行という行為も、知恵を大いに発揮させるべき舞台であった筈であるが、戦争中には何故その知恵が働かなかったのであろう。
戦後の知識人が、あの東京裁判史観から脱却できないでいることから考えれば、この知恵の活用不足が原因ではなかろうか。
司馬遼太郎は昭和初期の時代を「鬼胎の時代」と言ったが、この言葉は至言だと思う。
あの時代にも帝國大学はあり、陸軍でも海軍でも、それぞれに軍人養成機関として優秀な若者が蝟集する機関があり、人々の知へのあこがれは大きなものがあったにも関わらず、何故に武力行使に活路を見出そうとしたのであろう。
日清・日露の戦役で勝利し、世界の5大強国と言われるようになったことで、完全に自制心を失い、尊大に振舞い、成り金の心情に陥り、判断力が低下したと成ると、我々の民族の潜在的な意識は一体何であったのかと、問い直さねばならない。
我々の民族としての潜在意識は、この程度にレベルの低いものであったに違いない。
日本を取り巻く環境の中では、よく日本の武士道ということが話題になるが、ここでいう武士というのは、日本人全体の10%にも満たない人々であって、他の90%の人々はそれこそ野蛮人並みでしかなかったという事なのであろう。
この90%近い野蛮人が、日本の近代化の波に便乗して、最も効率よく立身出世する手法は、軍人になることだと覚醒したため、それこそバスに乗り遅れまいと、そういう風潮に集合した結果が蟻地獄に嵌ってしまったという事だ。
そもそも、そういうことを考え、そういう事を実践できる人間は、天性の秀才たちであって、学業成績は素晴らしく、ペーパーチェクには強かったわけで、そういう人たちが日本のエリートとして重宝されたが、根が貧乏人で、百姓根性が抜け切れていなかったので、周囲の状況を知覚する事が出来ず、先行きが読めず、傲慢になり、謙虚さを失い、その後の精進を怠ったのが昭和初期の軍人たちであったものと私は考える。
日清・日露の時の日本兵は極めて厳しい軍律を維持していたが、時代が昭和になると軍律も廃れ、そもそも戦争の計画立案の時点から整合性が欠けていたことから考えれば、将兵の軍規がゆるむのもいた仕方ない面がある。
元は、俺が村、俺が町の秀才を集めた軍人養成機関を出た人たちが、何故に自堕落な精神性に堕ちたかといえば、軍隊の組織疲労と共に、モラルの低下だったと思う。
一つの組織が20年30年と自己増殖しておれば、その組織が構造疲労を起こすことは当然であって、それは組織の構成員のモラルの低下が、その組織そのものの結束力を弱体化してしまう。
こういう組織のメルトダウンは、自己の努力で立ち直ることはほぼ不可能で、一度は徹底的に行き着くところまで落ちて、そこで外圧によって大手術しなければ組織の再生は出来ない。
それが昭和20年の敗戦というものであろうが、これは軍隊、軍部の完全なる消滅であったが、その時代を生き残った我々の同胞は、今に至ってもこの敗戦の責任を自ら掘り下げて考えたことが無い。
自らそれをしていないので、旧敵国のリンチを甘受することで、ある意味で禊を経た心境に至っているのではなかろうか。
まあ、我々、日本人は、完膚無きまでみじめな負け方をしたわけで、そういう環境を生き抜いた我々の同胞が、その後も、自らの同胞の為政者を信用し切れないという面は解らないではない。
しかし、だからと言って、自らの誇りまで外国に売り渡すことはないわけで、アメリカ占領軍が朝鮮戦争が始まったからと言って、日本を独立させようとしているときに、その独立に反対することはないと思う。
「何時までもアメリカに占領し続けてもらった方が良い」という理屈は一体何処から出てきたのであろう。
これは戦後の日本の大学教授たちが、一人で言う勇気は持っていないので、大勢でつるんで声高に言い放ったことであって、これは一体どういう事なのであろう。
戦前の軍部はアメリカの実力を知りつつも戦争に嵌り込んでいったが、戦後の大学教授たちは、民族の魂を共産主義者に売り渡してまで、外国人に支配されている方が良い、と考えていたわけである。
こういう大学教授から学問を習った日本の学生、日本の若者が、自分の祖国に尽くすことを学ぶ訳がないではないか。
こういう大学教授から自分の祖国を貶める手法を教わった学生が、その後の日本社会の中間層を成したわけで、これでは日本が良くなる訳がないではないか。
世の中で起きる様々な事象には、見方によってはそれこそ多様な見方が可能で、為政者が成そうとする事業に対して、反対意見が出るのは民主主義の社会ならば当然のことだと思う。
しかし、何でもかんでも反対というのであれば、その反対意見は何かおかしいぞと思うのも当然の成り行きである。
日本の首相が、祖国の為に殉死した将兵を慰霊するのに、外国の顔色を伺いつつ、行ったり行かなかったりするというのは、明らかに外国に媚びを売っている構図なわけで、彼らは自己の信念をいささかも持ち合わせていない、ということの立派な証左である。
ところが日本の知識階層の言う事は、「日本の首相が靖国神社に参詣すると中国や韓国がイチャモンを付けるから行くな」という論理である。
こんなバカな話があってたまるかと言いたい。
靖国神社に参詣しない政府首脳に、「祖国の為に殉死した同胞を慰霊しないとは何事か」というのならば、話の筋が通っているが、中国や韓国という外国におもねる日本の知識階層の存在をどう考えたらいいのであろう。
こういう意味の反対ならば、明らかに反対する方の論理が間違っている。
それは同時に、人は口先だけならば何を言ってもいいが、それに関連付けて他の利害を調整するという行為は、明らかに恫喝につながってしまうので、下司な言い方をすれば「はしたない行為」と言わざるを得ない。
主権国家の振る舞いにも当然のこと品位は存在する。
ところがこの品位というのは、ある程度モラルの高潔さが無いことには成り立たないわけで、そういう意味で世界各国に普遍的にあるものではない。
昭和初期の日本は、その意味でも国として、民族として、そのリーダーの精神性に品位・品格を欠いていたからこそ「鬼胎な時代」を経ることになったのであろう。

「自衛隊イラク従軍記」

2010-10-21 18:05:28 | Weblog
例によって図書館から借りてきた本で、「自衛隊イラク従軍記」という本を読んだ。
サブタイトルには「報道出来なった」となっていて、これは本題に引っ掛けているのであろう。
著者は金子貴一という人で、エジプトとかアメリカの大学に学び、海外ツアーの添乗員などを経験した外国通の人であるが、基本的に自由業を生業として、規則に拘束された生活経験の少ない人のようで、そういう身についた習性が文の端はしににじみ出ている。
ある意味で、フリーターに近いような人が、イラクという外国での通訳をしているわけで、現地の自衛隊員とはまさしく別の人種のようなものだと思う。
そこで標題に言う「報道できなかった」という言葉の裏側の事情は、今の日本人の感覚からして、昔の言葉でいう従軍記者というものの存在を認めないから、こういう持って回った言い回しになっているのであろう。
こういう感覚のずれが、日本の常識が世界の非常識で、世界の非常識が日本の常識になり変っている最大の理由である。
この筆者を含めて、日本人の我々の言う「イラクへ自衛隊派遣」という言葉は、100%完全に自衛隊員のみがイラクに行って、イラク支援活動に従事するのだという、まことに字義通りの狭い解釈で以て日本国民に認知されているということに他ならない。
その中には民間人がまぎれ込むなどという事はあってはならない、という認識の裏返しのものである。
しかるに、現地では言葉は違うし、生活習慣も違うし、商取引の慣行も違うわけで、それを調整する役の人間が自衛隊の中には居ない。
よって、外部に委託しなければならないが、その部分を国民は恐らく認知しないであろう、という配慮のあまり、通訳としての著者の存在を出来る限り国民の目から隠しておきたかったに違いない。
自衛隊員の中に、民間人が混じっていて、その民間人に何かあったらどう対処するのだ、という良い意味の配慮が、善意の押しつけとして、全体に重くのしかかってくるに違いない。
自衛隊が自分たちの内部にこういう通訳を養成しきれないということは、自衛隊のみの問題ではなく、日本全体の安全保障に直結する問題だと思う。
こうなると外務省との関係も大きくからんでくるわけで、自衛隊がイラクに行く、ついてはその通訳には外務省から出向させる、という体制が出来ておれば、民間人をその場で新たに雇用するという事態も免れる。
自分の国の安全保障という意味からすれば、そういう体制を用意周到、万全に整えてこそ、自国の安全保障ということにつながるのであろう。
我々はともすると、目先の事象に目を奪われがちで、安全保障というと、自衛隊の装備をどうするかとか、日米安保をどうするかとか、対中国に対してはどう対処するか、という話に行きがちであるが、自衛隊の活躍の場が今日のように海外に求められるようになると、異民族との言葉の壁を如何に克服するか、という課題も避けては通れないようになってきていると思う。
異民族との言葉の壁と言うと、どうしても我々の認識としては、西洋列強、つまりヨーロッパ系の言語と中国の言葉に収斂されがちであって、アジアの人々の言葉には如何にも関心が薄いのが現状である。
しかし、この地球上に住む人間の数から言えば、英語圏の人々よりも、非英語圏の言語を使う人の方が多いように思う。
この本の舞台になっているイラクという地域は、我々の常識からすれば、中近東という区分けで一括りされてしまっており、その中ではみな同じ言語を使っているように錯覚しがちであるが、厳密には部族ごとに言葉が違うと成っている。
自衛隊のイラクにおける活動に関する本も数多く散見されるが、彼らが一人の犠牲者も出さずに任務を達成したことはまことに喜ばしいことだと思う。
そういう前提を前にしても、私は尚、イラクにおける日本としての復興活動はしなくともよかったと思う。
一人の犠牲者も出さずに任務を達成できたから良かったとはいえ、あれで仮に一人でも犠牲者が出ていたら、日本の国論はまさに逆上していたに違いない。
私が思うに、この地域の人々は、先進国の誰がどういう風に支援しても、民族の内なるエネルギーを奮い立たせて立ち上がり、西洋に追いつき追い越せという、精神の発奮は覚醒させることは出来ない。
彼らは、外国の軍隊が支援に来るという事を知ると、天から餅が落ちてくるのを下で口を空けて待っている、という塩梅である。
自らは何もしようとせず、鴨がネギを背負ってやって来るのを待っているようなもので、支援に来た外国の軍隊が、金をバラまき、道路を作り、学校を作り、水を確保しようとしている光景を、ただ茫然と眺めているだけである。
彼ら自身は、自分たちの社会的インフラ整備に何一つ力を貸そうとせず、ただただ日雇い労働者として、そういう工事の雇用を待っているにすぎない。
こんなバカな話があってたまるかと言いたい。
こういう民族、こういう国民が、未来永劫、自立できるわけがないではないか。
こういう民族に対して、何故に日本が、日本人の国税で以て支援しなければならないのだ。
我が同胞の為政者にすれば、世界各国に日本の存在感を示さなければならないという、メンツの問題があるかもしれないが、私どもの本音からすれば、こういう自堕落な民族に支援する必要はさらさらない。
彼らも、日本がアメリカと戦い、戦後は焼け野から目覚ましい復興を成したことを知識としては知っているわけで、そういう国、そういう民族であるならば、自分達には素晴らしい贈り物を携えてやって来るに違いない、というバカは発想にとりつかれていたようだ。
現実にはそんな事が出来るはずもなく、日本の自衛隊の出来る事といえば、彼らの自立の為に、ほんのささやかな切っ掛けを作ることぐらいしかなかったわけである。
そもそもイラク復興支援というのは、イラクの人々が自分たちでイラクを復興する活動を、外側から支えるというもので、鴨がネギを背負って来るのを待っていることでもなく、棚から牡丹餅が落ちてくることを期待するものでもない。
自分たちで、自分たちの国を何とかしよう、という機運が生じないことには余所者が如何様に心を痛めてもなんともしようがないはずである。
ところが、サマーワに住んでいたイラクの人達は、余所者が何かの土産を持ってきてくれるのを期待し、その土産物が無いと、心から落胆して、それが反抗につながり、恨みにつながり、怨嗟につながるわけである。
私は常づね思っているが、今の地球上に住む人間は、みな同じ時間を共有していると思う。
地球上の人間が皆同じ時間を共有しながら、文化文明に大きな格差が生じたという事は、それぞれの民族、あるいはそれぞれの国家の自己責任だったと思う。
イギリスや、フランス、ドイツやアメリカが、それぞれに発展したのは、それまでの過程で、戦争と平和を何度となく繰り返したとはいえ、根源的にはそれぞれの国民が、それぞれに鋭意努力した結果だと思う。
同じ時間を共有したという仮説の中で、こういう中東の人々、国々も、戦争と平和の繰り返しを生き延びてきたというところまでは先進国と同じであるが、今、目の前にある現実の相異は一体何なのであろう。
科学の粋を集めた近代的な兵器と、自分の体に爆弾を巻き付けて自爆する方法でしか、西洋列挙の軍隊に立ち向かえない人々の格差を一体どういう風に考えたらいいのであろう。
中東地域には昔から古代文明というのはあったわけで、その意味からすれば、この地域に住む人々がバカな人々であったという事は成り立たない。
今の地球上に住む人類は、皆同じ時間を共有しているように、この地球上に住む人々の能力、頭脳、思考能力には、生まれ落ちた時に先天的に大きな格差がある訳はないと思う。
如何なる人々も、如何なる民族も、押し並べて同じような能力を保持しているものと思う。
しかし、にもかかわらず、21世紀の今日、イラン、イラクに住む人々と、西洋先進国との間に大きな文化的格差が存在するという現実は、彼ら自身の生き様の選択の結果であると思う。
その意味で、彼らの文化的な自己責任が問われるわけで、彼らがそういう反省に立った時、真っ先に考えなければならない事柄が、宗教に関する自問自答である。
この本にも描かれているが、この地域に住む人々の部族間の確執は、人種的な部族の相異と、宗教の濃淡の相異が折り重なっているわけで、この二つの意識が、人々の頭の中にこびりついている限り、彼らの精神の開放はあり得ないわけで、何処まで行っても遊牧民、べドウイン、我々の古い言葉でいうところの土人の域を出るものではない。
この本は自衛隊のイラク派遣に随行した民間の通訳が、仕事がらみで得た見分を認めたものであるが、その筆致から推察される状況は、まさしく映画『アラビアのローレンス』を彷彿させるものである。
イギリスの将校ローレンスは、アラビア人を使って中近東でイギリスの国益を維持獲得に努めたので、アラビア人からすればローレンスは好ましからぬ人間であるが、問題はその時のべドウインが、ローレンスに上手くはぐらかされ、ある意味で騙され、使われ、利用されたべドウイン達の存在意義である。
この映画は1916年、第1次世界大戦中のカイロからストーリーが始まっているが、ここで描かれているべドウインの姿は、この本に描かれている部族の姿と瓜二つで、ましくべドウインそのものではないか。
中近東を舞台にした映画にもう一つ『風とライオン』というのがある。
こちらの方は『アラビアのローレンス』と比べるといまいち知名度が低いが、キャサリーン・ペップバーンとショーン・コネリー主演で、先のもの比べて決して見劣りするものではない。
この映画に描かれているべドウインも、まさしくこの本に描かれて部族、べドウインと何ら変わるものではない。
つまり、我々同胞の古い世代が言う、土人、より正確にはべドウインという呼称がぴったりだと思う。
サダム・フセインがイラクに台頭して、独善的な政府を作って他の人々を抑圧したというのは、中近東の歴史の中では何度も繰り返されてきた、平和と戦争の一こまであって、それを近代化した西洋思想から見ると、そういう人々の抑圧は良いことではなく、是正しなければという発想になるのも無理からぬことである。
既に民主化された人々からすれば、普遍的な事であるが、現地の人々からすれば「いらぬお節介」という部分もあると思う。
民主化された人々と、中近東のべドウインでは、最初から物ごとの発想が違い、価値観が違っているわけで、それを我々の側から見て、「相手のすることがケシカラン」と言ってみたところで、価値観を共有することはあり得ない。
その意味で、アメリカのイラク復興支援も無意味ならば、日本のイラク復興支援も無意味に近いと思う。
しかし、アメリカ軍が予備役の兵士をかき集めて、ろくに訓練もせずに戦場に投入するという事は、あまりにもひどいことだと思う。
そういう戦闘に不慣れな兵士なればこそ、パトロール中のほんの些細な兆候にも、機敏に反応し過ぎて、しなくてもいい殺傷事件に発展するという事も多々あったに違いない。
結果として犠牲になるのはアメリカ兵の方で、イラクやイランの側からすれば、人の命など何でもないわけで、ここにこそ人命に対する価値観が180度逆転しているので、イラクのスンニ派、シーア派、クルド人からみれば、人の命など何ほどの値打も無いに違いない。
我々の日本も、イラク戦争の後始末としてのイラク復興支援は、人道的な見地から何となくしなければならないような境地に追い込められているが、国益の擁護という意味からすれば、石油獲得の口実を、人道支援という言葉に言い換えて、イラクの復興支援に手を挙げざるを得ないのであろう。しかし、素直に本音を言えば、そんなことをする必要はさらさらないと思う。
彼らの事は彼らに任せておけばいいと思う。
ただ彼らは、自分たちの後進性を他者の所為にしがちなので、この点については、執拗に説き伏せなければならないが、そもそも自己責任を否定して、それを他者の所為にすること自体が、彼らの後進性を助長している。
考えても見よ、働き盛りの立派な体をした男が、一日に5回もアラ―の神に祈りを捧げていて、自分たちの生活の向上が果たせるかどうか。
額に汗して朝から晩まで肉体労働に精を出したというのならば、アラーの神もその勤労に報いる何にかを授けるであろうが、大の男が一日に5回も、神頼みの御祈りをしていては、ただの怠惰以外の何ものでもないではないか。
勝負の世界に「下手な考え休むに似たり」という言葉があるが、敬虔な信仰もただの怠惰、責任転嫁、労働や勤勉の回避ではないかと思う。
それを打破するにはやはり宗教家の開眼次第だと思う。
宗教のリーダーが、現状からの脱却を説き、大の大人が神頼みのお祈りすることを止め、額に汗して働くことを奨励し、宗教の教義を大義名分にして人を危める行為を禁止し、宗教が違っても部族が違っても、隣人を愛することを説くべきである。
今の先進国というのは全てこういう精神の葛藤を克服して、近代文明を享受しているわけで、自分たちの力で自分たちの独善的なリーダーを廃する事が出来なかったものが、いくら余所者が善意で以て復興支援したところで、自分たちのその気がない以上、それが達成されるわけがないではないか。
彼らはまるで余所の国の軍隊が、彼らの為に社会的インフラを丸抱えで持ってきてくれると思っているが、こんなバカな話も無いわけで、こういうバカな話が現実である限り、この地の近代化、あるいは民主化というのは今後ともありえない。
何処まで行ってもべドウインはべドウインのままで、砂漠の地で羊を追って生きていくのであろうが、皮肉なことに、文明の利器というのは如何なる未開人にとっても便利なものは便利だという現実である。
だから、彼らも人を殺すのに昔ながらの刀よりも銃器に魅力を感じ、ラクダの移動よりもトヨタのトラックに依存するわけで、道具は生きんがために上手に使いこなすが、精神の方の寛容性は極めて狭いので、なかなか新しい考え方に馴染もうとしない。
ある意味で、古いもののこだわるというのも独善に近いものがあって、新しい考え方に移るには勇気が必要である。
その勇気を彼らは持ち合わせていないという事だ。
彼らにしてみれば、古い古い苔の生えたような思考に、新たな思考を何一つ加えることなしに、そのまま次世代に申し継げば、それこそ一番安易で、苦労知らずで、楽なわけで、今までの宗教指導者は、そういう冒険に挑戦することなく、伝統と称して旧弊を伝承してきたに違いない。
それが今日のイラクやイランの人々の精神性の現状だろうと推察する。

「赤い諜報員」

2010-10-19 17:37:25 | Weblog
例によって図書館から借りてきた本で「赤い諜報員」という本を読んだ。
サブタイトルには「ゾルゲ、尾崎秀実、そしてスメドレー」となっている。
著者は太田尚樹という人だが私の知っている人ではない。
ところがこの本、実に面白くて、かなり分厚な本であったが、はじめから終わりまで丁寧に読んでしまった。
ゾルゲと尾崎秀実とくれば、私の好奇心は嫌がおうにも盛りあがってしまう。
ゾルゲがロシア人でもないのにロシアに忠誠をつくすというのも私から見れば不可解千万であるが、それにも増して、尾崎秀実が日本人でありながら、旧ソビエット連邦のコミンテルン、世界革命を標榜する者たちに自分の祖国を売り渡しても構わない、という心境に至る部分が不可解千万である。
リヒアルト・ゾルゲも尾崎秀実も、「理想主義に一身を捧げた」と言うと、何となく純真可憐で穢れを知らない、淡い夢を追い求める少女のような精神性を連想しがちであるが、冗談ではない。
己の愚を自覚していないだけの戯言ではないか。
世界中を共産主義革命で覆い尽くして、貧富の差が一切存在しない、平等で公平な社会を作る、などという絵空事をまともに信じるなどということがあってたまるかと言いたい。
しかし、ここに名の挙がっている3人は、それをまともに信じ、そういう社会の建設の為に戦い、そして自らの命を失ったということになるが、こんなバカな話も無いと思う。
自分の信念に忠実に生きたというと、何となく立派な生き様のように聞こえるが、自分の祖国を他者に売るような人間が信頼できるわけが無いではないか。
自分の祖国のリーダーが、少々怪しい舵取りをしていそうだと思っても、明らかに道を外れていると確信するまでは、自分の祖国に忠実であるべきだと思う。
自分の祖国のリーダ―の舵取りが少々おかしいなあと感じたとしても、それは感覚の微妙なバランスのずれなのかもしれないわけで、自分がある主権国家の国民であるとするならば、国家の指針には素直に従うべきだと思う。
それはただ単に盲従すれば良いという問題ではないが、舵取りが危うければ当然軌道修正がなされるわけで、そういう意味で自分の祖国には忠誠を尽くすべきだという意味だ。
人の集まりには当然のこと統治するものとされるものの立場の相異というのは免れないわけで、統治されるものからすれば、統治するものへの不平不満は限りなく存在するのが普通の状態であり、それでこそノーマルな人の集まりである。
統治する側の指針が、仮に個人的には気に入らないものであったとしても、自分がその国の国民である限りにおいては、自分の祖国に忠誠を尽くすべきだと思う。
国家と個人の枠組みの中で、個人は自らの国家に対して、大なり小なり不平不満を持つのは当然のことであって、自らの統治者のやることが気に入らないからと言って、自分の祖国を他国に売り渡すような行為は断じて許されることではない。
リヒアルト・ゾルゲの事件は、彼自身、日本で共産主義の拡張や宣伝をした訳ではなく、ただただ彼が尊敬してやまないソビエット連邦共和国の安全保障に対して日本の方針を探り、それを報告していたにすぎない。
この部分のおいては彼の供述は、言葉通りに受け入れざるを得ないだろうが、問題は、それをフォローし続けた尾崎秀美の方が、我々日本人同胞に対する罪は重いと思う。
問題は、この尾崎秀美が共産主義に嵌り込んで、世界が共産主義一色になることを望んでいて、その実現の為に政府の情報をリヒアルト・ゾルゲに流していたということの意義である。
尾崎秀美は台湾で生まれ育ったが故に、日本の植民地支配の現実を目の当たりしてきたので、共産主義に走ったという理由付けは、いささか論理の飛躍のしすぎだと思う。
台湾の日本人が現地の人々に対して威張り散らしていたので、そういう植民地の存在というものが、彼の純真無垢な精神からすると許せなかったという理由も、理屈としては解らないでもない。
しかし、彼の頭脳は極めて明晰であったわけで、普通の言い方をすれば頭が並み外れて良かったので、そういう頭脳の持ち主が何時までも少女じみた青臭い思考にとらわれ続けるという事も不可解千万である。
台湾で現地人の上に君臨している我が同胞の立ち居振る舞いが鼻持ちならない、と言ったところで、その事と共産主義のいう公平無私とは何ら関連性は無いわけで、頭脳明晰、学術優秀な若者が、共産主義に傾倒する理由にはならない。
私のような落ちこぼれた人間が言うのもおこがましいが、頭の良い秀才がマルクス・エンゲルスの著作を読み、ソ連で実践された革命の実態を見聞きし、ソ連の革命指導者の言質を知りながら、それでも共産主義体制、社会主義体制が今の現実よりも良いという価値判断は一体何処から出てくるのであろう。
こういう頭の良い秀才から、我々の同胞の政治家、軍人、財界人、大学教授、公務員を見たとき、彼らの存在が実に疎ましく、粗野で、教養知性のかけらも無く、品位を欠いた存在であった、ということから自ずと嫌悪感を覚えるというのも、何となくわかるような気はする。
だから、こういう世の中を革命によってスクラップ・アンド・ビルドする、リニューアルするという発想も、わからないわけではない。
その為には既存の日本社会というものを一度は御破算にして再構築しなければならないという考え方に至るのも自然の流れであるが、その目指す理想主義そのものは極めて美しいが、実現の可能性はいくばくかという醒めた視点が欠けている。
絵に描いた餅を追いかけているようなもので、大の大人が真剣に考えるべきことではない。
尾崎秀美のような天性の秀才が、理想と現実の乖離を理解できない筈はないわけで、それでもそれに嵌り込んで自分のしていることの善悪を見失って、共産主義革命の実現を夢見つつ、自分の祖国をソビエット連邦に売り渡し続けた行為はいささかも弁解の余地がない。
彼が流した情報を受け取ったソビエット連邦の1945年昭和20年8月の日本に対する仕打ちは、彼がこの時点で生きてその事実を知った日には、どう説明できるのであろう。
我々日本人のモラルから言えば、鬼畜に等しいような振る舞いであったではないか。
そういう国に彼ら3人は惜しみない声援を送り続けたわけで、彼らの価値観からすると、自分の祖国よりもそういう国こそ支援すべき国であったわけで、この認識のずれをどう解釈したらいいのであろう。
そういう実態を知らずに彼らはこの世を去ったが、彼らが情報を送り続け、なお且つ愛してやまない国家は、日本の敗戦が確定してから参戦し、日本古来の領土と、我々の約60万もの同胞を拉致し、強制労働を課したことを知ったらどういう心境に至るのであろう。
無知な私が思うに、尾崎秀美の犯した一連の行為は、人間の理性を超越した、神に導かれた、使命感のなせる技であったのではなかろうか。
日本がいよいよどうにも立ちゆかなくなって、天皇陛下がポツダム宣言を受諾しようと決心した時でも、軍部の中では最後の最後まで徹底抗戦を主張した軍人がいた。
この軍人たちも、バカやアホウではなかったはずで、軍隊という組織の中では、それそうおうに地位も名誉も兼ね備えた人たちであったろうと思うが、そういう人たちが焼け野原の東京を目前にしながら、それでも尚徹底抗戦を唱える図というのは、今の視点からすれば愚昧を通り越して陳腐でさえあるが、当時はそれこそ大真面目であったわけで、こういう真面目さが我々の不可解な行為、行動に反映されたのではなかろうか。
あの大戦中の我が方の数々の失敗も、結果から推察すると、ノーマルな常識からは考えられない発想の下に失敗が繰り返されているわけで、尾崎秀美が自分の祖国をソビエット連邦に売り渡して、一度日本というのを地球上から消滅させ、無の状態にして、その後で共産主義国日本として再建をしようとしていた行為も、こういう思考の延長線上のものであったのかもしれない。
こういう非現実的な空想をまともに信じ、それを「信念に生きた」という言い方で、ある種の尊敬の念で見上げるというのは、如何にもこじつけがましいことだと思う。
スパイという行為は、人類の歴史の中でも一番古い、売春に次ぐ古い職業と言われている。
日本の戦国武将も、乱波、間者、間諜、諜者と、さまざな言い方でそういう職業のものを適材適所に使ったであろうが、その仕事の内容からみて、人々の評価を真正面から受け入れることのできる、誇り高き職業ではあり得ず、使う側からすればあくまでも使い捨ての臨時的な人材登用でしかなかったわけである。
その根本にある職業倫理は、あくまでも情報収集のみで、その情報にもとづく判断や、施策は、後ろで糸を引くものに委ねられていたわけで、その意味ではスパイにはスパイとしての職業倫理も、それなりに成り立っていたに違いない。
ところが、売国奴というのは、そういうスパイとは同一には語れないと思う。
映画の中の007、ジェームス・ボンドではないけれど、スパイというのは、相手、つまり敵地に乗り込んで積極的に情報収集活動をしなければならないが、売国奴というのは、日常の生活、あるいは社会的な活動の中で見聞きした事実を金で他国のスパイに売る行為なわけで、その意味でスパイよりももっと卑劣で蔑まれても仕方のない行為であり、振る舞いだと思う。
仮に、それが崇高な理念の実現に通じるものであったとしても、主権国家の国民としては、一番蔑まれた行為であることは間違いない。
今年のノーベル平和賞が中国の反体制派の劉暁波氏に決まったことで、中国政府は大いに困惑している様であるが、彼、劉暁波氏は、体制の中に留まって内側から改革を志向しているので、中国政府としても困惑しているわけだが、尾崎秀美の行為は、これとは対極的に、外側から、余所の国の力を借りて、共産主義革命を押しつけようという発想であった。
そういう発想に至る前に、彼自身が共産主義というものを如何に理解していたかを問い直さねばならないと思うが、彼の心の中では、共産主義がそれほど輝かしいものとして映っていたのであろうか。
朝日新聞の記者として、ソビエット連邦の内情を何処まで知っていたのであろう。
確かに、ソビエットの掲げる国策としての共産主義の実践は輝かしく宣伝されて、我々の側に向けて華々しく見せびらかされてはいたが、その実情を新聞記者の目から正確に把握出来なかったものだろうか。
この時期のソビエット連邦は、西側陣営に対して共産主義の実践の成果として、5カ年計画の実績を華々しく宣伝していたが、新聞記者の一人として、その裏側の実態を何一つ掌握出来なかったという事であろうか。
私が思うに、尾崎秀美のように東大を出て朝日新聞に入社できるような秀才が、そういうことが解らなかったわけではなく、充分に解っていたにもかかわらず、どうしても自分自身、我が身の内側から湧き出る使命感に抗しきれなかったのではないかと思う。
理性では解っていながら、どうしても抗しきれない何ものかの存在というのは世の中には多々あると思う。
例えば、人品卑しからぬ人間が、ふとコンビニで万引きをしてしまうとか、戦争のプロフェッショナルの軍人が、素人でもしない愚劣な作戦をするとか、押しも押されぬ大企業がある日いきなり倒産するとか、法的に極めて厳正であるべき検察内部で証拠のデータ改ざんがあるとか、こういう事件の当事者は決してバカやアホではない筈なのに、こういう陳腐な事件が跡を絶たないのは一体どういう事なのであろう。
尾崎秀美でも、自分のしている事が法に触れ、倫理に反することは十分承知しながら、それでもゾルゲにそそのかされるたびに、情報を提供していたわけで、自分のしている事が悪事だという事が解っていたからこそ、最悪の事態を招くことを想定して、それなりの覚悟をして生きていたわけで、ならば彼の若い時の習得した教養、知性、学業、高等教育、学歴とは一体何であったのかということになるではないか。
一個人から見て、自分の祖国の統治者の施策に同意できないことは、それこそ多々あることは人間の集まりとしての社会である限り当然のことであるが、だからと言って、それを一度に御破算にして、理想の国家像を再構築するというアイデアは、個人の思考としては何ら問題はないが、それを短絡的に実践に移すとなると、それこそ麻原彰晃のオウム真理教と同じレベルにまで価値が下がってしまうではないか。
国際社会というのは、まさしく生き馬の目をも抜きかねない過酷な状況にあるわけで、それを制するのは情報の独占でしかない。
相手が何をどう考え、新しい状況に対してどう対応しようとしているのかを一刻も早く探り当て、それに抗すべき対抗措置をとるというのが国際社会を生き抜く最良の手法であるが、21世紀の今日ではメデイアの発達が目覚ましく、昔のスパイの暗躍する舞台は極めて限定されてきた。
それに今日では帝国主義的な思考は限りなく後退して、武力で領土を取り合うという発想そのものが大きく後退したので、ある国がどちらの方向に武力を差し向けるかという問題は極めて歪小化した。
つまりリヒアルト・ゾルゲが日本は兵力を北に向けるか南に向けるかを、いちいち本国に知らせるメリットがなくなってしまったということである。
しかし、考えてみるとこのリヒアルト・ゾルゲという人間は一体何者であったのだろう。
彼自身の母親はロシア人ということであるが、彼自身はドイツで教育を受け、ドイツ人として成人に達したのであれば、ドイツ人として祖国に忠誠を誓うべきなのに、ドイツに敵対するソビエット連邦の人間になり済まし、そのソビエット連邦に忠誠を誓い、そのソビエットの為に働き、その為に命を落としたわけで、彼の人生は一体何であったのだろう。
まるで根の無い浮き草人生そのもので、根なし草そのものではないか。
そういう彼に惹かれた尾崎秀美の人生も実に哀れだと思う。
栄華英達のみが人生ではないが、やはりこの世に親から生を授けられたならば、世の為人の為と言うほどの綺麗ごとは言いたくないが、生み育てくれた親の事を思えば、人から後ろ指を指されるような人生は、回避してしかるべきではないかと思う。
我々はリヒアルト・ゾルゲやアーネスト・スメドレーのような、生い立ちのあやふやな、何処の馬の骨ともわからないような根なし草ではないわけで、先祖代々、日本という島の大地に根付いてきた民族であるからには、先祖の名に傷がつくような、あるいは警察の世話になるような、はしたない行為は家名に賭けても避けるべきだと思う。
こういう健気というか、ある意味で時代遅れな思考、人としての矜持を持ちつつ、名もなく貧しく美しく生きる人こそ民族の宝だと思う。
人は理想に生きるべきだとか、生きるためには常に理想に向かって走れとか、さまざまな言い方がされているが、それは個人として達成すべき理想ならばそれはそれで「鰯の頭も信心」であって、それが生きるための指針になればそれはそれで良いが、その理想を万人に共通に強いるという事は、あまりにも傲慢で不遜な行為である。
人のことなど本来はその人個人に任せるべきで、それこそ自己責任そのものだから、放っといてくれと言うべきことだ。
「貧富の格差があるのでそれを是正しなければならない」などという論議は、まさしく独りよがりの理想論であって、何の価値も無いが、そういう綺麗ごとに惑わされる人間があまりにも多い。

「ハワード・ヒューズ、ヒコ―キ物語」

2010-10-17 09:58:28 | Weblog
例によって図書館から借りてきた本で「ハワード・ヒューズ、ヒコ―キ物語」という本を読んだ。
ハワード・ヒューズという人物が、飛行機とかかわりが深いという事はなんとなく知っており、そういう飛行機会社がある事も知識としては知っていた。
彼は、元々飛行機には相当な興味を持っていたので、正式な飛行機乗りとしての訓練は受けていないが、それでも操縦免許を持ち、自分の飛行機も数多く持ち、並みの飛行機フアンとは桁外れにスケールの大きい飛行機お宅であったという事だ。
元々、事業に成功した父親の遺産を引き継ぎ、若くして実業界を泳ぎ回る術を習得し、飛行機と同じ程度に興味のある映画界にも手を出して、それはそれなりに成功を収めたと描かれている。
ある意味で実業界のサクセス・ストーリーであるので、最後は全ての成功が水の泡と消えるのも、むべなるかなであるが、こういう生き方が果たして男の生き様として賛同を得るかどうかは、評価する側の価値観によっていると思う。
本人は好きな事を好きなようにやってきたのだから、自分の人生に悔いはないと思うのが当然のことであるが、その人の生涯を見送る他者の目は果たして彼に同情的な視線を送るか、それとも批判的な視点で見るかの相異は、見る側の価値観によって定まる。
私はこういうアメリカ人の生き様の中で不思議でならないことは、彼らの下半身の問題であって、セックスの問題に尽きる。
我々の同胞の中にも、「英雄色を好む」という価値観は立派に生きており、妻以外の女性を養うことが男の甲斐性とまで認知されているが、こういうことは明らかに不道徳な行為だと思う。
青臭い純血主義を高らかに唱える気はないが、実際に一人の生きた人間の生涯を敷衍化して述べようとすると、必ずこの問題に直面する。
世の中のほとんどすべての小説は、このテーマを追求しているわけで、その対応、つまり夫と妻、妻と間男、夫の浮気、道ならぬ恋、不純異性行為、こういうものが全ての小説のテーマになっているわけで、人間の生き様にはこういう問題が付いて回ることはいたしかたない。
真面目な夫婦が、浮気もせず、毎日毎日、同じことの繰り返しをしている限りにおいて、その夫婦からは何も目新しい小説なりストーリーなり、人を興奮せるような要因は湧き出てこないわけで、面白くも可笑しくもない。
そういう夫婦をいくら列挙しても、人々は何の関心も示さないわけで、そういう真面目そうな夫が浮気をし、そういう真面目な妻が間男をもつから、人生が豊かになるのであろう。
だから現実には「事実は小説より奇なり」ということになるのである。
しかし、この本の主人公、ハワード・ヒューズは父の遺産で映画を作り、その過程の中で映画女優を選り取り見取りするというのも何ともうらやましい限りである。
しかし、男が金を持っているからと言って、映画女優がそう安易にすり寄って来るものだろうか。
金も無く、女性に持てる要因を何一つ持ち合わせていない私にしてみると、不思議でならない。
金を持った男性にすり寄って一夜を共にし、あとくされなく分かれるという事は、まさしく高級娼婦そのものではないか。
日本でも芸能界のスキャンダルは跡をたたず、そういう事は日常茶飯事に行われていると言われているが、こうなると我々真面目に生きている者からすれば完全に別世界のことに見える。
しかし、この本では彼の性癖がかなり奇人の部類に入るような書きぶりであるが、それは後に飛行機製造、あるいは航空会社の運営にも影響が出てくるわけで、その奇人なる性癖が金持だから、企業のオーナーだから許されるという面も大いにある。
私自身の個人的な思考においても、いよいよ墓場が近く成る年頃になると、自分の身の処し方が大いに気になってきた。
ハワード・ヒューズ程の資産を親から受け継いだ訳ではないが、やはり規模は小さいとは言うものの、親から受け継いだものはあるわけで、それを自分の死に直面して、どう処理すべきかという問題を意識するようになってきた。
自分自身が無から有を生み出して、自分一人で築きあげた財産ならば、如何様に処分しようとも、誰からも文句は出ないであろうが、なまじ親から引き継いだものであるとすると、そうもいかないように思う。
親から引き継いだものならば、やはり孫まで申し渡すべきものではなかろうか、という事が頭をよぎる。
するとここで国法が立ちはだかるわけで、遺産相続税というものが大きくのし掛かって来て、限りなく没収に近い形に押し込められてしまう。
ハワード・ヒューズのような資産家は、基本的には最初から大きな単位で金を動かしているので、動かす金の単位が大きければ、それこそハイリスクハイリターンなわけで、そういう浮き沈みを巧みに乗りきって結果的に産を大きくしたのであろう。
ハイリスクハイリターンであったとしても、それに対する法の研究も、金にあかせて綿密に行きわたらせることが可能なわけで、要は法の網の目を潜り抜ける術にも通じれるということになる。
そして、大きな金を左右できるパワーを持つと、思考も多様化するわけで、一つの事業のみに資金を集中するというリスクを回避するようになる。
その代わりに、他者の目から見ると奇行と思われがちな行動も顕著に出てくるが、それがいくら奇行でも、その軌道修正を進言するものがいなくなってしまう。
いわゆる「裸の王様」の状態に置かれてしまって、誰も適切なアドバイスをしなくなってしまう。
独裁者としての奇行が増す増す多くなり、奇人と称せられ、普通の人はよりつかなくなる。
こうなるとその彼をお守りする側の人たちも大変だろうと推察する。
金はふんだんにあるとはいうものの、説明のつかない金を払うという事は、自分の良心といちいち格闘し、大いに納得しかねたに違いない。
普通の人の普通の感覚ならば、いくら人の金であろうが、整合性のあるものに支払うのならば悩むことも無かろうが、全く意味不明の金を払うとなれば、大いに困ったに違いない。
金が無いから困るわけではなく、払う金の整合性が成り立たない部分に、不可解な思いが募って、思い悩むに違いないと思う。
宮使いの身だから言われたことを黙ってすれば良いというのであれば、自己の自尊心が許さないに違いない。
彼は飛行機が好きで、よって自分でその飛行機を作るというところまでは大いに共感を覚えるが、その作る過程において、非常に気ままで、我儘で、協調性に欠けるという点を勘案すると、彼自身組織の中の人間関係というものを全く理解していないように見受けられる。
彼自身は、そうそう高等教育を受けた経験も無く、若い時から経営者という立場で、組織とは対極の位置に身を置いていたわけで、いわゆるワンマン的な振る舞いが身についてしまったに違いない。
彼の生涯の大部分が、常に金を出す立場であったわけで、その金に人々はひれ伏していたので、本人はあまりにも「裸の王様」に成り下がってしまったわけだ。
こういう人の事を、我々は「成り上がり者」あるいは「成金」という言い方で、ある種の軽蔑のニュアンスを込めて表現しているが、アメリカ社会には我々の言うところの人情の機微と言うものが存在していないので、我々の文化でいうところの、品、品格、品位、ワビ、サビという心の内面を表現する言葉も手法も存在していない。
アメリカ自身がヨーロッパからの流れもので出来上がった国なので、子々孫々にわたる伝統というものを持ち合わせておらず、その事がかえって近代文明の攪拌に大きく貢献したわけであるが、その分、ヨーロッパの歴史に根差した伝統の重みというものを全否定してしまっている。
目の前の現実を如何に克服するか、如何に超越するか、という思考は作用するが、精神の中の葛藤にはいささかも価値を置かず、思ったことを思った通りに言い、行動することを由とした。
だから彼らは言葉に非常に重みを感じていて、言葉を限りなく大事なものと捉えているが、我々はどちらかというと、言葉には余り重みを感じず文書に重さを感ずる。
言葉を信用することは少ないが、文字ならば全面的に信用するわけで、こういうところにも文化の相異というか、感受性の相異というのは歴然と存在する。
よって、洋の東西を問わず、同じような金持ちでも「成り上がり者」あるいは「成金」には、伝統の重みがないという意味で、ノブレス・オブリージに欠ける面が往々にしてあると思う。
そもそもアメリカにはノブレスという価値観が最初から存在していないわけで、皆同じ国民、人民であっても、その同じ人民の中には金を持っている者と持っていないものの二種類しかいないことになっている。
ヨーロッパや日本には、先祖代々貴族で、農民の上に君臨して、自分で汗水たらして働いたことのない階層というのがあって、そういう人はそういう人で、「自分たちは貧乏人とは違うのだから、きちんとした貴族の立ち居振る舞いに徹しなければならない」という矜持を持っていた。
それがノブレス・オブリージと言われるもので、これは「成り上がり者」あるいは「成金」には無い精神上の大きな価値観であったが、そういう精神風土がアメリカには存在していない。
あるのは単なる金持ちと貧乏人でしかない。
だから、この二つの階層の間では大いに新陳代謝が進んで、金持ちが一夜にして産を失う事もあれば、その逆また常にあるわけで、その事に対する悔悟の念は全く存在していない。
先祖代々額に汗して働くことが無い階層というのは最初からないので、そういう階層に対する憎しみというのも最初から存在しておらず、その意味で額に汗して働く意義を誰でもが最初から認めており、それを実践することを美徳と心得ている節がある。
よって、自分で稼いだ金は如何様に使おうとも誰にも文句を言わせない、という暗黙の了解が成り立っているという面もある。
しかし、我々日本人ならば、同じように金を無造作に使うにも、その使い方に粋な振る舞いというものがあるわけで、この粋という感性は教わって覚えられるものではなく、ただむやみに金を掛ければ身につくというものでもない。
それがいわば心の機微になるわけで、それと楽しむというのは、金のあるなしに関わらず粋人といって、ある種の尊敬の念で見られるものであるが、そういう粋の真髄というのは、日本人以外には理解しがたいものだと思う。
そこでハワード・ヒューズは様々な事業に手を出し、成功したのもあれば失敗したのもあるわけで、それはそれとやかく言う筋合いのものではないが、惜しむらくは、彼が作ったと言われる史上最大の飛行艇、「スプルース・グース」を本格的に飛ばさなかったことである。
彼は個人的にも数多くの飛行機を所有していたと言われているが、金持ちの道楽と言ってしまえばそれまでのことで、貧乏人のやっかみ半分の評論と言われてしまいがちであるが、これもある意味の成金趣味と言えると思う。
金持ちのお坊ちゃまが、金にあかせて欲しいものを全部集めて喜んでいる図でしかない。
今でいうところの、「収拾辟のお宅」という価値感でしかないわけで、そういう金の使い方はあまり品の良い振る舞いではない、というのが我々のいう品位という価値観である。
こういう立場の人間になると、会社の売買も、それこそおもちゃの売買と同じ感覚で行われるわけで、そうであればこそ、共産主義者や社会主義者から目の敵にされるのである。
会社を売ったり買ったりするなどという事は、私の倫理観からすればやはり悪行でしかない。
如何なる会社でも、会社という組織を通じて社会に貢献する使命を内在しているわけで、それはただ単なる金儲けのツールではない筈で、それをあたかも子供がおもちゃを売買するのと同じ感覚で、売ったり買ったりすべきではないと思う。
法に触れる触れないの問題ではなく、人としてすべきかすべきでないかと問えば、私としてはすべきではないことだと思う。
法というのは、人の行為のミニマムのモラルを制限するものであって、これ以下のことは「人としてしてはなりませんよ」ということを規定しているわけで、自分の行為をいちいち法に照らして、合法か合法でないか秤に掛けながら世の中を渡るということも決して褒められたことではない。
如何なる会社も、一応は金儲けを目指して設立されている入るが、それは社業を通じて社会に貢献しつつ、社員を養い、その家族を養い、利潤を確保つつ、内部保留を蓄えつつ、配当を払いつつ、組織として回転しているわけで、それが諸藩の理由で回らなくなることも大いにありうる。
そういう時にこそ、有能な資本家がその傾きかけた会社を立て直すために売買に応ずるという事はいた仕方ないが、ただ金持ちの道楽で会社が売買されては真面目な勤労者を愚弄する行為だと思う。
こういう状況であってみれば、人間として生真面目で純粋な人ほど、こういう資本主義を否定し、共産主義に傾倒しかねないではないか。

「ジャパニーズ・マフィア」

2010-10-15 08:02:29 | Weblog
例によって図書館から借りてきた本で「ジャパニーズ・マフィア」という本を読んだ。
サブタイトルには「ヤクザと法と国家」となっているが、まさしくその通りのことが記述されていた。
安物の週刊誌の暴露記事ともいささか趣が違っているが、果たしてこういう事を新たに「研究」と称しつつ、一般に知らしめてもいいものかどうか甚だ疑問に思うところである。
我々、普通に真面目に生きている者にとっては、ヤクザの世界がどうなっていようとも、何ら関係のないことで、なまじ知ってしまうと、かえって逆の好奇心が刺激され、興味が湧いてきてしまう。
知らなければ知らないで済んでしまうものが、なまじ知っているがために、「朱に交われば赤くなる」という現象に陥ってしまいがちである。
日本でも高倉健の主演する任侠映画、極道の妻シリーズ、アメリカでは『ゴッドファーザー』等々、裏社会をテーマにした映画も沢山この世に出回っているが、あんな映画こそ当局は厳しく取り締まって然るべきだと思う。
そもそも裏社会が繁盛するという事は、表社会のモラルの低下を如実に示しているわけで、裏社会を描く作品が儲かる、という発想にこそモラルの低下が現れているのである。
映画製作者が、裏社会を描くことで儲けようという発想そのものが、表社会のモラルの低下を指し示しているが、こういう立場のものは、それこそヤクザのチンピラではないわけで、社会的地位も名誉もある程度得たものが、ただ単に金儲けのために裏社会をさも英雄でもあるかのように描くことこそ、表社会の倫理観を大きく揺るがす行為である。
様々な人間が寄り集まってある社会を作った時、その社会の中で波風が立たないように、個々の人間の利害が正面からぶつかりあわないように、個々の人間の利害得失が摩擦しないように、社会が円滑に動くようにルールを作っることは必要不可欠のことで、人間の集団は自然にそういう方向に向く。
ところが、数ある人間の中には、どうしてもこういうルールに従えない、従いたくない、規制されたくないという人も紛れ込んでいるわけで、そういう人は表社会から排除されてしまう。
だから結果として、そういう人はそういう人で表社会と別なところに新たな社会を作るわけで、人間の織り成す社会というのは、表と裏の両面を形作るということになってしまうのである。
我々のような古典的な価値観の人間からヤクザ社会を眺めた場合、彼らは「堅気の人間には迷惑を掛けない」というのが、彼らの誇りでもあり、彼らのモラルでもあり、彼らの価値基準のもとを形作っていたと思うが、昨今ではそういう彼らの任侠道も廃れたようだ。
こういう裏社会というのは如何なる社会にも在りうると思う。
如何なる人間でも、自分たちの定めた規則に従いたくない、法律には拘束されたくない、法の裏をかいて自己の利益を維持したい、という願望は潜在的に潜んでいるわけで、こういう階層を表社会が抑え込んでいる間は、それは正常な社会だと言える。
正常な表社会からの抑圧が裏社会に対して効かなくなると、表社会の腐敗が深刻になるわけで、それは同時に、表社会のモラルが徐々に崩壊しつつあるということに他ならない。
日本も近代化を成して、社会そのものが複雑になって来ると、裏社会の方もそれに付随して複雑怪奇になってきてはいるが、その最も顕著な例として、表社会と裏社会の垣根が限りなく希薄になって来て、その境界線が極めて曖昧になってきたことである。
こういう現象に陥った最大の理由は、表社会の側のモラルの低下と同時に、生きることへの矜持の喪失であろう、と私は個人的に推察している。
その根底にある潜在意識は、それぞれの個人が持っている金への執着であり、「金持ちになりたい」という欲望であり、「金を儲けたい」という限りない欲望であろうと思う。
個々の人間の持つこの根源的な欲望は、表社会であろうと裏社会であろうと、生きた人間である限り変らないわけで、それ故に表社会のモラルが堕落し、人々の生きんがための矜持が揺らぎ、裏社会に妥協する傾向が、今日の混沌を招いていると思う。
そこへ、冒頭に述べたように、興味本位のメデイアが無責任な報道をすると、何も知らない若者はそれを「格好の良い生き様だ」と勘違いするものが現れかねない。
メデイアは、自分たちの仕事の結果に責任を持つ気はさらさらないわけで、彼らは彼らで、儲かりさえすればそれで済むわけで、いくら有為な若者が不良になろうとも、それに対する責任は微塵も感じていない。
私自身も、こういう人たちの世界については何一つ知識を持っていなかったが、映画やこういう本によってこの裏社会の実情を知ったわけで、果たして自分とは別の世界が他にもあるのだ、という事を知ることが本当に良い事なのかどうかは甚だ疑わしい。
如何なる知識も、無いよりは在った方が良いかも知らないが、仮に裏社会の事を知ったところで、それによって参考にすべきことは何もない筈で、知らなければ知らないで済んでしまう事ではある。
普通の人にとっては、知っても知らなくても大した違いはないが、しかしメデイアに取ってみれば、そのことによって金を得るチャンスにはなるわけで、みすみす金を得るチャンスを棒に振る行為を見逃す手もない。
表社会と裏社会の違いは、彼らの存在意義が、法を順守する気があるかどうかに掛かっているようで、表社会では法がすべてであるが、裏社会では人間の欲望が全てであって、法の存在はあまり意味を成していない点にある。
しかし、人間が集まって生きていくには、表であろうが裏であろうが、何かしらルールが必要なわけで、表社会ではそのルールが法律として存在する。
ところが、裏社会ではそれが掟という、自分たちで決めたルールによって維持されている。
この掟というのは、民主的な手続きをふんで出来たものではなく、自分たちの組織の上意下達によって決められた極めてローカルなルールなわけで、社会一般には全く通用しない。
しかし、生きた人間の集団の生き残る手法としては、表であろうが裏であろうが、人はルールに束縛されていかざるを得ないわけで、ルールに反するものは、どちらの側にいようともある程度の制裁は甘受しなければならない。
しかし、人間が集合して社会を作っている時に、裏と表があっては甚だ困るわけで、出来れば表社会に統一したいところであるが、どうしても皆と同一行動をするには抵抗を感じ、なじまないと思う人がいる事も確かなわけで、そういう人も人並みに生きていこうとすると、善良な人に寄生して生きざるを得ない。
自分も人と同じように、額に汗して働いて、人と同じように対価を分かちあって生きれれば問題ないが、人と同じことが出来ず、人が働いた上澄みを掠めて生きようとするから、表社会の善良な人からは忌み嫌われるのである。
しかし、社会そのものが極めて複雑怪奇になって来ると、その表社会の善良な人々の中から、裏社会の生き様を参考にしよう、という輩が出てくるようになったのが昨今の風潮だと思う。
言葉を換えて言えば、表社会のモラルが低下して、裏社会の規範に限りなく近づいた、ということになるわけで、それはまさしく悪貨が良貨を駆逐する構図と同じである。
世の中の乱れというのは、元々、悪かったものが良くなるという事はあり得ないが、最初は善良そのものであったものが、時の経過とともに悪に染まるという事は普通にあることで、それがモラルの低下という事象そのものである。
20世紀後半から21世紀の世の中というのは、実に複雑怪奇になってきたわけで、もうこうなると表社会、裏社会という峻別は意味を成さなくなって、まさしく混沌とした状況に嵌り込んでしまっている。
あらゆる企業が、ヤクザとその他の生業と、区別して付き合うことが不可能になって来てしまって、「ヤクザが関係した企業だから関係を持ちたくない」という事が出来なくなってしまった。
たまたま取引をした企業が、後になってヤクザの関係している企業だった、ということになってしまっている。
この本を読んでいると、今のパチンコ屋はヤクザとの関係がかなり希薄になっていると書かれているが、私に言わしめれば、日本におけるパチンコ屋の存在というのは、実に嘆かわしいものだと思う。
ああいうものが町の中の存在すること自体、倫理的に不道徳だと思う。
昔は日本のあちらこちらに廓と称する歓楽街があったが、あれは極めて合理的な発想で、非常に意義のある施設だと思う。
戦後の日本は、売春防止法で以て、ああいう施設をすべて排除してしまったが、そのことによって、そういう施設は市井の街中に雲散霧消してしまったわけで、行政としては管理監督する術を失ってしまったということにつながる。
「春をひさぐ商売はケシカラン」という理想主義におぼれて、牛の角を貯めんがために、牛そのものを絶滅させてしまったわけである。
こういう愚は、その後の日本の施策にはかなりたくさん事例が見られる。
人権意識を高揚せんがために、その運動をヤクザがリードして、法外な賠償金、あるいは補償金をせしめるという行為にもそれが伺えるわけで、善意に満ちた善良な人のお目出度い理想主義が、ヤクザの資金源につながっているのである。
売春防止法でも、人権問題でも、最初のきっかけは、まさしく表社会において、真面目で善良な人の理想主義、「売春という忌まわしい仕事を絶ちましょう」、「差別されている人たちを救済しましょう」という極めて善意に満ちた理想主義であったが故に、誰もその運動には反対ができなかったわけで、そこが裏社会の人々に取っては金の成る木であったわけである。
この人権意識は実に都合のいい両刃の刃であって、自分の都合に合わせてどういう風にも解釈でき、相手を攻撃する言葉になりうる。
パチンコ屋や連れ込み宿が市井の街中に合法的に存在するという背景には、「人を差別してはならない」という極めて歪曲した理想主義があるわけで、資本主義社会の中で個人の起業を倫理感で峻別してはならないという唯我独尊的な善意に包まれているのである。
これは差別される側に肩入れをして、「自分は理想主義を貫き通した」と思い込んでいるが、普通の人の常識では、普通の人が普通に生活する場にパチンコ屋や連れ込み宿があってもらっては困るわけだが、そういう考え方は「差別を助長する」という思考に回帰するのである。
よって、裏社会の人たちは、その機運に上手に便乗して、彼らのビジネスに精を出すということになるのである。
世の中の進歩というのは、表社会のみがその恩典に浴しているわけではなく、世の中が進めば進むほど、裏社会においてもその恩典は公平に浸透するわけで、人類の進化というのは、表も裏も合わせて同時に進行している。
我々のような普通の市井の人間が裏社会を忌み嫌うのは、彼らには法を順守する気が無いので、自分と同じ価値基準で付き合いきれないからである。
法の隙間、ほんのちょっとした瑕疵、善意を悪用する、等々、人の善意や好意を逆手にとって利を得ようと画策するので、そこに信用しきれないものを感じているからである。
彼らも彼らなりに生きんがためには大いに知恵を絞って、勉強をしているわけで、それを表社会に貢献する方向で努力すれば、きっと素晴らしい活躍が期待できるであろうが、その最初のところで、表社会、つまりまともな法秩序に背を向けたが故に、今更、そうの方向に軌道修正できないということなのであろう。
とはいうものの、表社会の倫理が廃れ、裏社会の社会貢献度が上がってきつつある状況を見ると、もうそういう区別、差別は時代遅れになりつつあるのではなかろうか。
ヤクザ屋さんの産業廃棄物処理業とか、警備会社の設立というのは、今までの下層階層からの上昇思考だと考えられるが、会計処理や納税という点で、まだまだ順法精神に欠けている部分があり、全体として信用ならない面は免れない。
それに反し、表社会においては高級官僚や、大企業の企業ぐるみの悪事などというのも罷り通っているわけで、社会そのものがまさしく混沌としてきている。

「9.11 生死を分けた102分」

2010-10-10 18:17:11 | Weblog
例によって図書館からから借りてきた本で「9.11 生死を分けた102分」という本を読んだ。
言うまでもなく2001年9月11日、アメリカ、ニューヨークのワールド・トレード・センターに対するテロの記述である。
あのテロ攻撃に対しては、様々な本が数多く出版もされ、その中の一部のものは自分の目で読みもしたが、世紀の大事件であったことに変わりはない。
この本は、あの事件が起きた時、あの建物の中にいた人たちが、如何に行動し、そのことによって助かる人も亡くなった人もいた、という事を克明に記している。
あまりにも克明過ぎて、いささかうんざりする面が無きにしも非ずであるが、人が生きて死ぬこと自体が、実は大きな驚異だと私は思う。
この世に生を受けた人間が、成長し、人生を謳歌し、円熟期を迎え、そして老成して、最後に臨終を迎えるという人間の生涯そのものが、非常に稀有な出来事の連続だと私には思える。
この世には、人の生き様に立ちふさがるさまざまな病気があり、交通事故があり、不測の事故があり、不心得者の犯罪があり、その中の或るものが、何時如何なる時に我が身に降りかかるか分からないわけで、その事を考えると、人生の時間が長かろうが短かろうが、生きていること自体が、非常に恵まれた存在だと思わずにはおれない。
しかし、この考え方は、自分の人生を受動的に考えた場合の発想であって、能動的に積極果敢に自分の人生に挑戦しようと考えている者にとっては、甚だ面映ゆい思考に違いない。
問題の、この9・11事件というのは、ある意味で、そういう積極果敢に自分の人生を切り開こうと考えた人たちの短慮な行為ではなかったかと考えざるを得ない。
この世に生を受けた人間で、如何なる立場のものであろうとも、「自分は幸せだ」と感じ、「自分は恵まれている」と思っている人は限りなく少ないものと思う。
この世の大部分の人は、自分の置かれた立場に、大なり小なり不満を持ち、他者の存在を羨ましく思い、自分の身の不幸を嘆くことが普遍的で平凡な人の普通の信条ではないかと思う。
しかし、「上見りゃきりなく、下を見てもきりがない」と悟れば、ほどほどのところで納得せざるを得ないという心境になるのも、人間の常であろう。
とはいうものの、この世に生まれた人間の考え方というのは、それこそ千差万別、10人10色であることも厳然たる事実である。
けれども人々の考え方も、大枠では大きな枠組みで集約というか、大きくグループ分けすることが可能で、人々のそれぞれの考え方を集約する尺度としては、様々なものが考えられる。
例えば、宗教、民族、言語、地域というものが人間の考え方を大きくグループ分けするツールと化している様にも見える。
話は少々飛躍するが、今、平成22年10月10日の時点で、名古屋でCOP10の会議が開催されようとしている。
この会議のテーマは、環境問題であるが、その議論の一部に、地球上で開発の進んでいない地域に存在する生物を先進国が持ち出して、新薬の製造に使って大いに金儲けしていることがケシカラン、という議論が出ている。
先進国と低開発国の利害が真正面から衝突しているわけだが、この事実も実におかしなことだと思う。
先進国といえばそれは西洋先進国、別の言葉でいえば、キリスト教文化圏の国々ということになり、低開発国といえば、一昔前ならば土人と呼称されていた人たちが住む地域のことを指し示していた。
ところが、言葉をいくら言い換えたところで、実態が変わるわけでもないが、土人という言葉は、昨今は使われなくなった。
今の地球上に生きる教養深く、知性に富んだ知識人たちは、非常に寛容な心の持ち主で、人々の差異を強調することを「差別」と認識して、そういう事を回避する思考で凝り固まっている。
「人は生まれながらに平等だ」という信念に取りつかれていて、そういう状態こそ霊長類としての人類の究極の姿だと思い込んでいるが、それは学識経験に裏打ちされた崇高な理念であることは認めざるを得ないが、悲しいかなそれは自然の摂理の前には極めて無力で、自然の摂理は人間の理性や知性では克服できないものだと思う。
21世紀の今日、この地球上にはニューヨークや東京のような大都市が存在する一方で、アフガニスタンや、アフリカのケニアのような文字通り低開発国も、未開発の国も、未発達の国も同じように存在している。
ところが、極限まで発達した国あるいはそこに住む人々も、未発達の地域に生き続けている人々も、この地球上に生き続けている人間の歴史的な時間の経過は、全く同じであることに誰も注意を払おうとしていない。
地球が太陽系の中で誕生して約56億年と言われ、その地球上に人類が誕生して1億年か2億年と言われている。
今、ニューヨークや東京のような大都市に住んでいる人のDNAは、この1億年か2億年前から連綿と継続されてきているわけで、それは同時にアフガニスタンや、アフリカのケニアやナイロビ、あるいは南洋のポリネシアのアポリジニにも全く同じことが言えるわけで、つまり人類は皆同じ歴史的時間を共有していたということである。
人類誕生の歴史は、キリスト教文化圏の人も、アフガニスタンや、アフリカのケニアやナイロビ、あるいは南洋のポリネシアのアポリジニも全く同じだけ持っていたにも関わらず、現在、何故に、先進国と低開発国という区分わけになったのかという点である。
ヨーロッパの人々も、アジア大陸の奥地に住む人々も、南洋のアポリジニも、皆同じ体つきをしていながら、何故に先進国と低開発国という発達の相異を生んでしまったのであろう。
そういうことを考えると、人間の集落ごとに大雑把な枠組みができていて、その枠組みの中での思考の練磨及び切磋琢磨の度合いの相異が、文化としての相異に現れたと見做すべきではなかろうか。
卑近な例で、我々の周りの国、あるいは民族を垣間見た時、彼らは中国古来の儒教思想にがんじがらめになっていたが、我々の民族の思考は、深層には彼らと同じような需教思想があるとはいえ、我々の場合は非常に柔軟性に富んでいたので、安易に需教の殻を破ることが可能であった。
そこに西洋の新しい思考を継ぎ足すことによって、より早く西洋のキリスト教文化圏に近づくことが可能になった。
これと同じ機会、日本が経験したのと同じチャンスは、アジアやアフリカのどの国、どの民族も公平に、それこそ平等に持っていたものと考えざるを得ない。
そのチャンスう生かし切れなかったのは、それぞれの国、あるいは民族の自己責任であるわけで、例えばイスラム文化圏では働き盛りの男が、1日5回もお祈りに時間を割いていては、世の中が良くなるわけがないではないか。
南洋のポリネシア人は、何も働かないでも木の実は潤沢にあり、海の幸も何時でも何処でも手に入るとなれば、考えを巡らし、頭を使って工夫しながら働く、という行為をしなくても生きていけるわけで、結果として低開発国になってしまうわけである。
そういう事から考えると、アフガニスタン、あるいはイラク、イランの過激派が、アメリカを憎む動機も根拠が薄くなってしまう。
アメリカも国家の施策としては数々の失敗を重ねてきた。
端的な例としてはベトナム戦争が挙げられるが、その意味でアメリカの中東政策にも失政の部分があるかもしれないが、だからと言って、テロ組織がアメリカの民間人と対象とするテロに整合性が生まれるわけがない。
イラクがクエートに、「クエ―ト領は元々イラクの領土だった」と言いながら進攻することは、いささか整合性に欠けるとはいえ、イラクの国家としての統制下の行為であるが、テロ集団が何の罪もない民間人を殺傷する行為が許されるわけがない。
特に、アルカイダ、あるいはオサマビンラデインというような特定の宗教の過激派グループが、いくらテロの整合性を説いたところで、いささかも説得力をもつものではない。
イスラム教徒がアメリカに対して劣等感にさいなまれているとするならば、それは前にも述べたように、彼ら自身の自己責任に他ならない。
戦後の日本の知識人、左翼の人々は、アメリカの悪口を公然と言い立てて、そのことによって録を食んでいるが、口先の評論や、文書による攻撃では、その切迫の度合いは問題にならなほどの差があるわけで、彼らはそういう過激な発言をすることによって、ある種のパフォーマンスを演じ、自己の存在感を示しているにすぎない。
オサマビンラディンのように、周到な計画を練って、準備万端整えて、予定の期日に確実に実行する覇気と気力にも欠けているわけで、我が身が安全だからこそ、言いたい放題のことを言い立てているにすぎない。
ただこの本は、膨大な人々にインタビューを重ねて書き上げられているが、こういう事件に対して、大勢の意見を聞けば聞くほど、「ああすれば良かった、こうすれば避けられた、こう対処すれは犠牲者が救えた」、という後知恵が噴出するのも世の常である。
「ああすれば良かった、こうすれば避けられた、こう対処すれは犠牲者が救えた」、という後知恵が出てくると、「そうしなかったのは何故だ」、「何故そうならなかったのだ」、という論点に議論が移り、結果として責任者をあぶり出さねばならないようになる。
大きな事故が起きれば、責任者の責任追及という事は必然的な流れで、不思議でもなんでもないが、安全という問題は、こういう場合実に厄介だ。
普通の日常生活の中でも、これが職場で起きると実に厄介な問題に昇華しがちである。
ある人が職場の階段で足を滑らせて怪我をすると、それが職務中であるという理由で、事後の対策として新たな安全策を考えねばならない。
その人がたまたまボーッと考えごとをしていて足を踏み外しただけの事故に、「安全対策を講じょ」と言われても、手すりを付けるぐらいの案しかないわけで、そこは尤もらしく作文に知恵を縛る他ない。
ことほど左様に、大きな事件の後では、いくらでも論評を言う事は出来るが、そうやって責任者をやり玉に挙げる事は賢い方法ではないと思う。
こういう事件、事故の場合、当事者は精一杯の事をしているはずで、当事者がいくら一生懸命活躍しようとしても、それに必要な情報がなかったり、器具備品が手許になかったたり、通路がふさがれたり、と予期せぬ事態が次から次と起きるわけで、それを後追いで批判することは、当事者に対して甚だ酷な事だと思う。
この本は、亡くなった方々が死ぬまでの間に外部と連絡を取った記録まで載っているので、救助活動の不手際が露呈してしまった形になっているが、それを強調するとなると、亡くなった方々、救助に向かって命を亡くした方々に対して非常に失礼な言い方になると思う。
この事件の関する本は、巷にも数多く出回っているが、この件に関してアメリカ国民は心を一つにしたようにさえ見受けられる。
この時のブッシュ大統領の取った措置に対して、日本でも批判が様々に出た。
一つの事がらに対して意見が沢山出る事は、民主主義の世の中では極めて結構な事であるが、注意しなければならない事は、我々の常識は世界の非常識で、世界の常識は我々の非常識になっているという現実である。
今、日本の携帯電話はガラパゴス化していると言われている。
ガラパゴス化と言うフレーズを使うと、我々日本人の戦後の思考も、完全にガラパゴス化しているわけで、日本人の思考は世界の中で極めて特異な発達をしたと言える。
その代表的な考え方が、世界の中において「貧富の差の是正」ということであるが、こういう事を日本の知識階層は臆面もなく言い募っているが、自分の言っていることの意味が本当に解っているのであろうか。
アフガニスタン、イラク、イランとアメリカ、イギリスの間の貧富の格差を是正するという事は、言葉では言い得ても、実際には何をどうすべきか、言っている本人さえもわかっていないと思う。
ということは、無意味な言葉を羅列しているだけで、何も真剣には考えていないということに他ならない。
前にも述べたように、人類は皆同じ時間を共有しているわけで、アメリカやイギリスがより多く時間を持っているわけではなく、アフガン、イラク、イラン、アポリジ二の時間がより少ないわけでもない。
にも関わらず、物質文明において、これほどの格差が生じた理由は、それぞれの自己責任でしかない。
イスラム教徒の人々が1日5回もお祈りを捧げている間に、キリスト教文化圏の人々は、額に汗して働いていたわけであり、中国では老人は過去の実績に胡坐をかいて若者を抑圧している間に、ヨーロッパの若者や日本の若者は、老人の旧弊を打ち破って前に進んだわけで、そういうものの総合的な集大成の結実が経済の格差、文化の格差となって今日に至っているのである。
先進国が後進国を抑圧したというのは、確かに事実として横たわっているが、余所から入って来るものに抵抗しきれないというのは、その時点で既に淘汰される運命であったことになる。
自然界では、動植物の自然淘汰は自然の流れの中の一環に過ぎないではないか。
そういう淘汰の結果として、地球上から消え去る運命のものに、「可哀そうだ!」という同情を寄せる行為は、万物の霊長類としての驕り以外の何ものでもない。
地球上にある、ある食物連鎖が、何処かで断ち切られたとしても、それで自然界に影響など全く出ないと思う。
そういう場合こそ、動植物の環境への適応という事態が起きるわけで、地球の約50億という年月は、そういうことの繰り返しで今日まできていると思う。
種の絶滅を危惧するという行為は、今時の環境意識の向上でもって、環境問題が今時のトレンデイーな話題という意味で、人々は話題の中心に身を置きたいが故の自己顕示欲以外の何ものでもない。
まさしく万物の霊長類としての驕りそのものである。
ここで私にとって不思議でならない事は、イスラム教徒の側から見て、一向にこの事件に関する論説が出てこない点である。
アルカイダやオサマビンラデインらは、イスラム原理主義という事で、普通のイスラム教徒とは区別された存在だ、という事は解らないではないが、同じイスラム教徒として、こういうテロリストに自首を勧める行動があってもいいと思う。
イラクでも、イランでも自爆テロというのはアメリカに対する抗議の一形態であろうが、こういう事を宗教を司るものが放任している現状というのは実に由々しき問題だと思う。
そもそも宗教というのは基本的に「鰯の頭も信心から」と言うわけで、何とでも言い訳の出来るものであり、魂の救済と称して人を騙すことまで含まれているわけで、人がいくら自爆テロに走ろうとも、宗教の司祭としてはいささかも心に憂い気持ちを感じることはないという事なのであろう。
ただ我々としては、この時の犠牲者2749名の方々に黙祷を捧げるのみだ。
イスラム教徒の宗教指導者はこの犠牲者に対してどういう思いを抱いているのであろう。

「官の詭弁学」

2010-10-08 07:56:17 | Weblog
例によって図書館から借りてきた本で「官の詭弁学」という本を読んだ。
サブタイトルには「誰が規制を変えたくないのか」となっている。
著者は、福井秀夫という人で、様々な諮問機関に身を置く学識経験者という部類の人のようだ。
官、つまり官僚というのは、行政に直接携わる立場なので、さまざまな批判の矢面に立たされることはよくわかるが、日本が明治維新を経て今日まで発展したその元のところに、日本の官僚の力があったことは否めない事実だと思う。
我々の祖国が第2次世界大戦で恢塵と化したのも、ある意味で軍官僚の所為という事もあながち嘘ではないと思う。
私に言わしめれば、戦前の日本陸軍、日本海軍が、それぞれに官僚化の道を歩んだ結果として、祖国が焦土と化したものと考えている。
よって戦後の官僚も、国民がその動きを細大漏らさず監視していないことには、又あの時と同じ轍を踏む危険性があるように私には感じられる。
戦前の日本と戦後の日本人は大きく変わったことは周知の事実であるが、とはいうものの、民族の本質がそう安易に替わるとも思えない。
戦前の日本人は、コメこそがそれこそ主食そのものであったが、今の我々もやはりコメに頼っている部分は大いにある。
戦前の我々の同胞は、紛れもなく封建主義思想に洗脳されていたが、今の民主主義の中に封建主義的なものが一切存在しないかといえば、大いに残っているわけで、戦前と戦後で日本人がまるっきり違った民族になったわけではない。
その中でも、我々の同胞の官僚に対する思いというのは、いささかも変わっていないように思う。
官僚というのは、国の存続、国家の形態、人民の統治には欠かすことのできない有機体だという認識はいささかも変わっていない。
我々の民族が官僚に少なからず期待を掛ける、あるいは、統治者と庶民の間をつなぐ緩衝材という認識を持つ、という事は中国からの影響であろうことは間違いない。
我々がそういう思考に飼い慣らされた元のところには、官のシステムを構築する時に、言い換えれば、統治の便法を取り入れた時、我々の先祖は中国のシステムを真似したので、その部分で官、官職に対する憧れ、敬い、崇め奉るという概念が出来上がってしまったものと考える。
そもそも、当時の我々にとって、中国の存在というのは、極めつけの先進国という認識であった、と考えざるをえない。
その実態は、人々を統治するという形態が、トップダウンであったので、統治される側の下々の者から見れば、統治の直接的な管理者が羨ましい存在に映るのも当然の成り行きであったに違いない。
ところが、中国の思考的DNAが微塵も交じっていない民主主義は、基本的にボトムアップの政治形態なわけで、自分たちを統治するものを、自分たちで選出し、それと下々の者を結ぶ存在が行政であり、その行政に携わるものが官僚という認識が普遍化している。
だからこそ日本でも戦前の官僚は君主の僕であったわけで、その認識から派生して、昔の軍隊は自分たちが天皇直属の僕だと勘違いしていたところに日本の破滅があったのである。
ここで勘違いする人たちの存在そのものが極めて日本的で、日本が近代化する過程で、日清・日露の戦で勝利をおさめたが故に、それに貢献した軍隊、軍部、帝国陸海軍が有頂天になって威張り散らして、それに引きずられて日本国中が軍国主義一辺倒に傾倒してしまった。
天皇直属の僕であるとするならば、天皇の赤子、つまり日本国民全般に対しての僕でなければならないのに、その部分は故意に逸脱して、天皇個人の僕と再認識したわけで、このいう発想そのものが、この本でいうところの、官の詭弁という本質に違いない。
昭和史を紐解いてみると、その中に記述されている旧軍隊のものの考え方は、すべからく、この本でいうところの官の詭弁そのものが描かれている。
作戦の整合性が全くないにも関わらず、その作戦が実施されるという事は、意味のない戦争、ただただ消耗するだけの戦闘を繰り返してきたということに他ならない。
殺すか殺されるかの戦争をするのであれば、決して負ける様な戦法をとるべきではなく、何が何でも勝つ戦をしなければならい事は当然である。
にもかかわらず、その一つ一つの作戦に官僚の詭弁が紛れ込んでいては、勝てる戦で負けるのも当然のことである。
戦後の官僚、いわゆる国家公務員は、こういう切迫した緊張感を体験することなく、ただ何となく朝役所に顔を出し、自分の席に座って、時間をかけて新聞を読んで、お茶を飲みタバコを吸い、意味のない会議に出て、日がたな何となく仕事をしている振りをして、退庁時間になれば赤ちょうちんに寄って帰宅するのが普通の国家公務員の生活ではなかろうか。
そもそも戦後の日本の中で、「国家公務員になろう」という発想そのものが不純だと思う。
そういう人の頭の中では、最初から前述した世渡り術に期待をかけ、何の努力も忌避し、未知への挑戦を回避し、リスクの回避に極めて敏感で、自己保存にのみ関心を持っているわけで、別の言葉でいえば、老成した大人の発想であって、良い若いものが石橋を叩いてなおその橋を渡らないという安全志向だと思う。
戦後の一時期、デモシカ先生という言葉があった。
復員して戦地から引き揚げてきたは良いが、内地は人であふれて就職口が全く無かった。
そこで仕方がないから「先生にデモなるか」、いや「先生シカなれない」という意味で、デモシカ先生という言葉が生まれたが、先生という職業も官僚の一翼を成しているわけで、その意味では一度なってしまえば後は生涯生活費は補償されるので、後は不祥事で馘にならないように保身をはかるのみである。
これが民間企業ならば、毎日毎日が真剣勝負で、一時も気が許せないが、その分景気が良い時は、濡れ手で粟を掴むような上手い話もないでは無い。
ところが、常にリスクと隣り合わせということは厳然たる事実であって、その緊張感がまた新たな挑戦を生むことも有りうる。
これを国家公務員の生き様と比較すると、国家公務員の場合は、何もしないことが保身にとって最良の手法であって、何もしなければその分失敗もないわけで、ただ席に座って新聞を読んでお茶を飲んでいれば年功序列で給料は黙っていても上がって行くシステムになっている。
こういう環境の中で、官僚の側から現状を改善しようという発想が生まれる訳が無いではないか。
だからその部分に政治の主導が叫ばれているわけで、行政改革は政治の永遠のテーマであり続けるに違いない。
官僚が既存の規制を見直すことに消極的な事は当然のことであって、官僚に取って、国民の存在というのは、自分の存在感をアピールする墓標のようなもので、国民の為だとか、国民の利便だとか、国民生活の向上などということは最初から眼中にない。
彼らにあるのは官僚の為の官僚の行政であって、その意味では戦前の陸海軍が全て官僚化した行動をしていたのと同じ轍を踏襲している。
この本の中では、今の日本の様々な法的な不具合が列挙してあったが、既存の法律に不具合なところはさっさと改善して然るべきなのに、それがそうなっていない部分に不満がぶちまけられている。
既存の規則が現状にマッチしていないから、現場で不具合が生じているわけで、その不具合を論理的に整合性を持って突き詰めていくと、必然的に規則の方を直さねばならないことになる。
既存のルールを変更するについては、法律レベルの事もあろうが、通達レベルの事もあるわけで、どちらにしても、官僚サイドがその不具合を是正しなければという気持ちにならないことには先に進まない。
民間でも官僚でも、組織のトップになれば、そうそうふしだらな人間がそういう地位を占めていることはないと思うが、この世に噴出する不祥事というのは何がそうなさしめているのであろう。
大阪で起きた厚生省の村木局長に対する誤認逮捕の事件も、検察官の前田氏は如何なる理由でFDのデータの改ざんをしたのであろう。
又、それに対する検察庁内の「言った言わない」という確執も、ノーマルな大人の関係ではありえない事ではないか。
検事ともなれば、そのあたりのコンビニでウンコ座りをしている若者や、公園のホームレスとは違った人種の筈で、きちんとした大学を出て、司法試験にも合格し、司法研修もきちんとこなしたものと思うのだが、そういう人間が何故に分けのわからないデータの改ざんなどというバカげた行為をしたのであろう。
私が思うに、こういう官僚も、大学を出て、国家公務員になろうと決意した時点で、将来設計を実に繊細に立てていたに違いないと思う。
頭が良い分、そういう面にも抜け目はないと思う。
そういう人間が国家公務員になってしまうと、中での評価は減点法で左右されるので、結果として何もしない事が一番の功績になってしまうのである。
その何もしない事が最大の仕事であるからして、そこに論理的に整合性のある論旨を持ってこられると、正面から太刀打ちできない。よって詭弁を弄して逃げるということになるのだと思う。
官僚側の答弁が詭弁である限り、それには論理的な整合性は全く存在しないわけで、「駄目なものは駄目」という論理で行き詰まってしまう。
如何なる組織でも、トップの地位にいる者は、そうそう阿呆やバカではない筈で、そういう地位のものが、有効な改革を推し進めれないということは、他に何か大きな理由があるに違いない。
そもそも、この世に規制があり、その規制を法律で以て施行しなければならないという事は、人々の中に不心得なものが大勢いるということの証しなわけで、この世に不心得者がいなければ、新たな規制など設ける必要はない。
不心得者が多いので、正直者がバカを見るケースが多くなり、それでは社会的な公正を維持できないというわけで、規制を設けて不心得者を締め出し、正直者が報われるようにする、というのが本来の規制の趣旨だと思う。
ここには統治する側の民に対する思いやりが基底にあることは頷けるが、問題は、統治される側が、官から規制されなければ、あるいは規制されるまで、ものの善し悪しが自分で判断できないという現実である。
もっとも解りやすい例でいえば、今、公共の乗り物には、肢体不自由者に対する特別のシートが確保されており、あれに違反しても罰則はないが、そもそもああいう事を公衆の間に提示しなければならない、我々、庶民の間の相互扶助の精神の欠如こそが最大の問題ではないか。
怪我人や、妊婦や、肢体不自由な人が目の前にいれば、黙っていても自然に席を譲る精神風土があれば、わざわざ電車やバスの中に、肢体不自由者用の席を設ける必要もないではないか。
そういう席が設けてあっても、尚それを無視する輩がいるから、規制でがんじがらめにして罰則まで設けなければならないことになるのである。
これを一言で言い表せば、人々の民主化の度合いが極めて低いということになる。
自分さえ良ければ、周りの人のことなど、どうでも良いという発想である。
国民の一人一人がこういう発想でいると、それが行き着くところまで行きついた場合、他者の利害を損なうことになり、「何とか規制しなければならない」という運動になり、結果として自分で天に唾して、それが自分の顔に落ちてくるということになるのである。
今、現在、規制があるという事は、過去にそういう利害の対立があって、自由競争の行きすぎが今ある規制につながっていると思う。
その規制が出来た時から、ある程度の年月が経つと、その対立の後遺症という部分が薄れてしまう、というケースも多々あると思う。
例えば、道路交通法ではつい最近まで「車馬」という言葉が生きていたが、今では馬が交通の場面に登場するという事は考えられないが、法律の中ではそのまま生きていたのである。
こういう改革ならば金が掛かるわけでもないので、さっさと変えればよさそうに思うが、そこがそうならないところが官僚の官僚たる所以である。
時代に合わなくなったものならば、さっさと時代に合わせるという論旨は、極めて合理的なおかつ整合性に富んでいるが、こういう発想が官僚には出来ないところが実に不可解な点である。
こういう整合性にマッチした議論に正面から対抗しようとするから、支離滅裂な議論になり、よって詭弁を弄する仕儀に至るわけで、1たす1は2、2たす2は4という極めて論理的な議論を素直に受け入れれば、詭弁を弄する必要もないが、こういう議論に無理に抵抗しようとするから、辻褄の合わない詭弁になってしまうのである。
ただ官僚の立場からすると、部外者の何とか諮問委員会のメンバーから質問されて、安易に諮問委員会のいう言質に同意してしまったら、官僚としてのメンツは丸つぶれになるので、意味のない抵抗を試みているという事はあるかもしれない。
官僚、国家公務員というのは、何一つ物を作るわけではないく、作ったものを売買する訳でもなく、ただただ人民を管理するだけの仕事なわけで、ある意味で女衒と同じである。
人が汗水垂らして働いた上澄みを掠め取る存在でしかない。
よって汗水垂らして働く人の環境整備をきちんと行えば、それはそれなりに存在意義もあるが、ここでもお互いの官僚の為の仕事のみで、国民不在の思考でしかないので、批判の矢面に立たされるのである。
国家の舵取りという大きな視点から官僚というものを眺めた場合、政治家にとって官僚というのは、統治のツールだと思う。
政治家からすれば、国民を一生懸命働かせるために、官僚を使って国民をそういう方向に誘導する道具として使うべきものなのではないかと思う。
その為には、官僚に対して、国民に対するきめ細かいサービスを提供すべく働き掛けることが筋ではないかと思う。
本来、国民に対するサービス機関としての官僚のシステムが、そういう方向に作用せず、官僚の官僚の為のサービスになってしまっているところが最大の問題なのではなかろうか。

「チャイニーズ・シンデレラ」

2010-10-05 11:56:47 | Weblog
例によって図書館から借りてきた本で「チャイニーズ・シンデレラ」という本を読んだ。
何とも不思議な本で、まさしく西洋の童話のシンデレラと同じ内容のスト―リーであった。
1937年生まれの著者が、その自分の生まれた地で、両親と共に生きている間は、今の言葉でいう児童虐待に遭うという話であるが、そもそもこの両親の存在からして不可解千万である。
この著者が生まれた時点で、母親が産後の肥立ちが悪く、死んでしまうという点は、この時点では極普通にある話である。
この著者の出生が、生母の死に直接的に関係したという意味では、他の兄弟から責められてもいた仕方ない面が無きにしも非ずであるが、兄弟もある程度の年月が過ぎて成人に達すれば、それが著者の所為ではないという事ぐらいは自然と理解できるのが普通の兄弟だと思う。
で、生母はこの著者の誕生と共に死んでしまったので、継母が来て、その継母に非常の疎まれたという話であるが、世間にはよくある話ではある。
しかし、この本を読んでいて、不思議でならないのは、この家の仕事、父親の職業が一体何なのかという話が全く出てこないので、その点が不可解千万である。
銀行の話が少し出てくるので、この一家の父親の職業は、銀行家なのかもしれないが、具体的には一切書かれていないので、不思議でならない。
このストーリーは、ある特定の家庭の話として、継母に疎んじられている可哀そうな少女の話であるが、その少女自体はこの当時の中国では非常に恵まれた立場にいたということが言える。
両親が金持だったから、家庭内の児童虐待にも耐えよという言い分は成り立たないが、日中戦争の頃の中国大陸に生きた人々の中では、このストーリーに登場してくる一家は、極めて恵まれた一家の物語ということになる。
しかし、金持ちで、高度な教育も受け、付き合う人々もそれなりに、社会的に地位の高い人々との交流が日常的に行われているとしても、人間の心の偏屈さというのは、どうして是正しきれないのであろう。
家族の中で、継母としてではあっても両親が揃っていて、先妻の子供も自分の子供もいる中で、普通の良心をもちながら、どうして子供に対するエコ贔屓が可能なのであろう。
それを父親が黙って見ている光景というのも理解に苦しむ。
継母にしてみれば、相手の連れ子よりも自分の血を分けた子が可愛いのは当然だとしても、目の前にいる子供に対して、あからさまにエコ贔屓することは、子供の将来の心の在り様に良い影響を与えないことが解らないのであろうか。
この問題は、ある特定の家庭の中の問題のような気がするが、本当は、そういう表面的なものではなく、人間の奥ふかい深層心理を表していると思う。
子供を残して若い母親が不幸にして死んでしまう。
後に残された若い父親は、連れ子があるけれども、後妻を娶らねばならず、そこで先妻の子と後妻の子が同じ屋根の下で生きなければならなくなる。
だが、そこで後妻に来た母親は、どうしても自分の子が可愛くて、差別待遇してしまうという事は人間の思考としては、ある程度はいた仕方ない面があると思う。
ここで人間的に優れた後妻ならば、この両者の扱いに差別をしないと思う。
連れ子を自分の腹を痛めた子と同じように扱えば、きっとそれが報われる時も来るに違いない、と思うのが普通に良心的な継母だと思う。
しかし、西洋の「シンデレラ」の物語にもあるように、継母にとって旦那の連れ子が憎らしい、という思いも万国共通のものであるようだ。
という事は、それは人間としての普遍的な感情というもので、道徳とか理性、知性ではコントロールしがたいものだ、ということなのであろう。
だとすれば、人間の業としか説明がつかない。
私は西洋の童話というのは、人間の扱い方が非常に酷な面が多いと思っている。
ここでいう「シンデレラ姫」でもそうだし、「赤頭巾ちゃん」でも、オオカミに食われてしまうという発想は、人間の極限の事象を象徴したものと理解している。
人間の本質はこんなに酷いものだよ、という事を子供に悟らせるための物語ではないか思う。
子供向けの童話というのは、基本的にそういう趣旨のものが多いのは、洋の東西を問わないだろうが、それは人間の業を解こうとする一番最初の手がかりなのかもしれない。
この一家は、この女性を蔑にすることを家族全員がしているわけで、我々の想像を絶する有り様だと思う。
貧乏人の家庭ならば、こういう事もありうるであろうが、両親までが我が子に対して差別待遇をし、エコ贔屓をするなどという事は、私には信じられないが、にもかかわらず、教育には金を掛けられる経済状況というのは、なおさら不可解である。
言うならば、中国の裕福な家庭のあり様の実情をぶちまけた、という感を免れないが、ここで私としては中国人全般に対する不信感が湧き出る。
この著者は、家族の中で疎まれながら成長しても、最後は自力で脚本のコンクールで賞を得て、イギリスに留学をする機会を得たことになっているが、それを可能ならしめる家族の財力が不可解千万である。
この家の者は、何となくコスモポリタン的な広がりがあるようで、住居そのものがフランス租界の中にあるという点からして、並みの中国人ではないことが伺えるが、それにしても、あの時代の中国を無傷のまま生き抜くという事は、私には信じがたい事だ。
この本は、自分が疎まれたということは縷々述べられているが、その時世間の状態がどういう風であったのか、という記述は極めて少ない。
国民党の政治状況や中国共産党の進出については極めて記述が少ないので、そういう中で、この両親が金持のまま生き抜き、子供をイギリスに留学させることがなんとも不可解に思える。
中国人で、海外に留学できるような立場の人は、留学を終えて祖国に帰る人が極めて少ないように思える事は一体どういう事なのであろう。
留学するという事は、祖国では受けられない高等教育を外国の地で受けるわけで、教育の場を提供する側とすれば、そこで得た知識を祖国に持ち帰って、祖国の発展に寄与しなさいよ、という理念が留学を受け入れているのではなかろうか。
しかし、中国人は、留学したらそこに居ついてしまって、祖国に帰らない人が多いように見受けられる。
言い換えれば、中国人は地球規模で世界を蚕食して、先進国の善意や好意を食い物にして自己の利益に繋げ、挙句の果てには、自分の祖国に貢献することもなく、さりとて居住地に溶け込んで地域の発展に寄与する気もなく、ただただ自己の利益のみを追求する存在でしかないということが言える。
華僑の存在を見てもわかるように、中国人マフィアの存在を見てもわかるように、彼らは有史以来、アジアの地からアメ―バーの自己増殖のように世界各地に拡散し、アジア大陸から離れよう離れようという潜在意識に煽られているのではなかろうか。
このケースの場合は、家族の中では虐げられていたが、たまたま本人の頭がずば抜けて良かったので、脚本コンクールで優勝したことが契機となって、留学の手ヅルを掴んだ恵まれたケースである。
普通の中国人の場合ならば、恐らく棄民、流民、難民扱いで海を渡らざるを得ないところであろう。
私が、こういう中国の教養・知性豊かな人たちに不満を持つ最大の理由は、こういうレベルの人が、自分の国に帰って、自分の国から世界の平和に貢献するという発想が全く見られないという点である。
中国人は、いくら教養知性を高めて教養人になっても、その教養知性をただただ自分の為にだけしか使わないという点である。
公共の福祉という概念が、中国人に限っては個々の人々に全く無い点である。
ただただ自分にとって損か得かの概念しかなく、他者の為に尽くす、という概念が全く存在しないという点である。
我々の発想であれば、留学までして最新の学術や知識を身に付けたならば、一刻も早く帰国して、それを日本中に行きわたらせよう、という思考に至るのが普通であるが、中国人に限って言えば、身に付けた学術や知識は、自分自身の立身出世のツールでしかなく、よってその為にしか外国で授かった知識を使おうとしない。
留学で得た学識経験は、個人のもの、本人のものと化して、それを公共の福祉に使おうという発想が全く存在しない点にある。
よって、その個人の財産としての学識経験は、それを一番高価な金で売り渡すカードと見なしている。
だから、誘蛾灯に集まる蛾のように、金のあるところに吸い寄せられてしまう。
それが世界各地に存在する中華街というものであろう。
もちろん、その過程の中で、留学生として送り出してくれた人々、留学生として受け入れてくれた学校、その学校を運営しているバックのもろもろに対する感謝の念は微塵もないわけで、本人はそういう制度を自分の才覚で最大限利用したことを誇りに思っているであろうが、問題は、それに対する感謝の気持ちがあるかどうかである。
もしそこで、自分に学識経験を授けてくれた環境に対する感謝の念があれば、それに応じるお礼の気持ちが湧いて当然だと思う。
そういう気持ちが心の隅に湧き出れば、それは社会に対する貢献という発想につながると思う。

「ケータイで自分史を書こう」

2010-10-04 10:07:31 | Weblog
ある自分史の会合に招聘されて、オブザーバーとして出席した際、先方の指導者から「ケータイで自分史を書こう」という本を寄贈された。
我々の地域においても、別のグループを指導されていることをその場で知ったが、この本を読んである種の衝撃に撃たれた。
私は自分史というジャンルは、文学の領域に属すると思っていたが、今や文学という範疇には収まりきらない状況にある、と思うようになってきた。
そもそも我々のような旧世代のものが、文を書くという作業を思い浮かべるとき、座卓に向かってしこしこと原稿用紙の升目を埋める作業に思いが至る。
我々の知っている文学者と言われるような人は、全てこういうスタイルで作品を書いていたものと想像する。
よって、文章を綴るという作業を思い浮かべる時は、どうしてもそういうイメージから脱しきれないのが旧世代の実態ではないかと思う。
しかし、文学を生業としている人でも、先進的なアイデアの人はいるもので、そういう人は何のためらいもなくワープロを使うことに抵抗を示さなかったようである。
当然、数ある文学者の中に、こういう文明に利器に抵抗して、「俺は断じて使わない」と公言する人もいたに違いなかろうが、文明の利器はやはり人間の英知が結集している代物で、それはそれなりに便利な事は言うまでもない。
ワープロに限らず、あらゆる文明の利器は、不便さの克服という潜在意識に後押しされて誕生したと思う。
自動車の発達でも、電話の発達でも、もっと早く、もっと便利に、という人間の希求があったからこそ進化があったものと考える。
当然そういう思考の一部は、文を書くという作業にも向かったわけで、如何にきれいな文字が書けるか、という希求につながっていたものと想像し得る。
今でも、人の手で書いた肉筆には愛情が感じられ、機械で書かれた文章には温かさが感じられず、ぬくもりが無いなどと言われているが、そんなことは私に言わしめれば理屈に合わない屁理屈でしかない。
いくら肉筆、いくら達筆であっても、受け取った人が読めない文章であるならば、何の価値もないではないか。
文字というのは情報伝達のツールであるわけで、受け取った側が読めない、理解できないでは何の意味もないわけで、いくら毛筆で書かれた達筆な草書体の文章であっても、その内容が解らないものであるとするならば、何の価値もないことは誰が見ても当たり前のことである。
というわけで、文学を生業としている人でも開明的な人はいち早くワープロを導入したに違いないが、そのワープロをさらに進化させて、ケータイ電話で文章を綴ることを推奨するという事は、極めて先進的な発想だと思う。
ワープロも、一昔前はワープロ専用機が主流であったが、今では恐らくパーソナル・コンピュータに組み込まれたワープロ・ソフトを使うという意味でのワープロという言葉でろうが、それとケータイ電話を同時に使いこなすという発想は、まさしく21世紀の文章作りなのであろう。
私自身は、あまりにも自分の字が下手なので、誰にでも自分の文章を読んでもらうにはワープロで均整のとれた文字表現をしなければ、と考えたことが最初の動機であった。
ところが、最初は、ワープロ専用機で文章を作っては一人悦に入っていたが、ただそれだけではむなしいので、何かテーマを見つけなければ、と思ったことが自分史につながったと言える。
誰でも、自分の人生の中で、過去の年月よりも、墓場の方が近くなったと悟るようになると、自分が如何に生きてきたのかを後世に残したいと願うようになるのも自然の成り行きだと思う。
そこで自分史ということになるが、それをケータイ電話でするとなると、かなり大きな発想の転換を強いられると思う。
少なくとも我々の世代においては、想像も出来ない発想だと思う。
そもそも携帯電話を「ケータイ」と表現することからして、異次元の思考であって、旧世代のものにはいくばくかの心の抵抗を感じる。
手で持ち運べる電話が、今のノートパソコンと同じくらいの大きさであったことを知っている者にとっては、携帯電話でメールの交信すること自体が、驚天動地の事で、まさしく異次元の世界のことである。
しかし、文明の利器の進化というのは、若者が中心で推し進められるのであって、若者が年老いた者の上を乗り越えて前に進んできたからこそ、文化・文明の発達がなされたものと私は考えている。
自分史に限らず、文学の状況というのは、もう既に文学というジャンル分けそのものが時代錯誤に堕ちっているのではないかとさえ思えてくる。
我々のような旧世代の者ならば、文学という言葉から導き出されるイメージは、小説であったり、詩、短歌、俳句、はたまた戯曲であったりと、文字を媒介するものであるが、ケータイ電話のあの小さな画面で、文章を作るという作業は、どうにも文学とは相容れないような気がしてならない。
しかし、世の中の流れは確実にそうなりつつあるわけで、ケータイ電話が文章作成のツールになることは現実の問題と化している。
日本のケータイ電話は「ガラパゴス化」ということが言われている。
その言わんとするところは、本来の機能を乗り越えて、余分な機能が異常に繁殖して、日本独自の進化をしたという点にあるということである。
基本的に我々旧世代に属する人間からすれば、ケータイ電話である以上、通話さえ出来ればそれで満足であるが、使い切れない機能など無い方がよほど助かるのだけれど、メーカーはそれを許さない。
日本の工業製品にはこういう部分が非常の多いと思う。
例えば車でも、ただ単にものを移動させる道具としての機能を超越して、使う人の居住性までも重視する思考になって来ているが、本来の車の目的は、地点間の物の移動の為の道具に過ぎなかったはずである。
その本来の単機能なものに、さまざまな付加価値をつけて、限りなく高機能にするというのが我々のもの作りの底流には流れていると思う。
ならば、それを使う側も、その機能に合わせた使い方の開発というのも、大いに奨励されてしかるべきであるが、これが案外使いきれていない。
それが使い切れないというのも、旧世代の大きな欠点なのかもしれない。
旧世代のものの考え方としては、今更、新しいことに挑戦するよりも、今まで使い慣れた方法で十分だと、いう発想がある限り、前向きの思考にはならなのであろう。
しかし、それは知性では解っているけれども、最初の一歩が踏み出せないというのが、今の年寄りの深層心理だと思う。