ブログ・Minesanの無責任放言 vol.2

本を読んで感じたままのことを無責任にも放言する場、それに加え日ごろの不平不満を発散させる場でもある。

「アメリカの鏡・日本」

2012-05-29 07:40:23 | Weblog
物置き小屋に農器具を出し行った時、奥の方にこの本があった。
「アメリカの鏡・日本」という本であるが、物置に入れっ放しになっているぐらいなので相当に古いものだ。
奥付きによると1995年に初版となっている。
この本の著者、ヘレン・ミア―ズという人は女性の東洋学の権威で、戦前と戦後に合わせて2度日本に駐在したことがあると書かれている。
1945年日本の敗戦に際して、日本に進駐してきたGHQで、労働委員会を務め、日本の戦後の労働法規に携わった人ということになっている。
この本は1948年に書き上がっていたが、その当時まだGHQのトップにいたマッカアサーは、この本を読んで、この本の日本語訳を許可しなかった。
その意味するところは、この本はアメリカの恥部を曝け出していたからマッカアサーとしては、それを日本人に知られるのが怖かったという事である。
この本の題名にとなっている「アメリカの鏡」としての日本ということは、戦後・勝者として日本を糾弾することは、アメリカの立ち居振る舞いを批判するに等しい、ということを指し示しているという事を述べているのである。
問題は、この部分は基本的にアメリカ側の問題点であるが、この本はそういう経緯を経て1953年昭和28年に日本で翻訳出版された。
その時の題名は『アメリカの反省』というものであったが、この本が日本で出た時に、日本側では何の反響がなかったという事だ。
このあたりの我々の同胞の政治感覚というのは一体どうなっていたのであろう。
我々には「亭主の好きな赤烏帽子」という言葉がって、勝者には徹底的にこびへつらう事が処世術して生きているが、それの具体的な例とでもいうことなのであろうか。
戦前の政党政治がメルトダウンして、軍人に政治が席巻されてしまった構図は、我々日本人、日本民族には、政治ということが成り立たないということを指し示しているのかもしれない。
戦前の日本の政党政治が大政翼賛会に収斂してしまったということは、我が民族の特質として、政治について議論する能力がもともと備わっていない、という事が露呈したに過ぎない。
民主的な議論をするということは、何処かで妥協点を見出さないことには政治としての意味を成さないわけで、議論が何処まで行っても平行線のままでは、政治的な答えを出したことにはならない。それではただ単に烏合の衆がピーチクパーチク囀っているだけのことであって、何の意味も無いという事だ。
我々には議論をするところまでは理解できるが、その議論の中から妥協点を見出して、落とし所に納める、と言う事が出来ないのである。
その場にいる全員の賛成を執拗に追い求めようとするので、妥協点がなかなか見つからないわけで、少数者の意見をも汲み取ろうとする善意があるが故に、全体の答えが定まらないのである。
全体がOKと言わないから、最後は力で押し切ろうとする。よって、その部分を故意に悪し様にピックアップすることで、スケープゴートを仕立てて偽善者ぶるのが常である。
私がこの場で言いたいのは、アメリカ人の著者が「対日戦はアメリカの専横であり、行き過ぎであったのではなかろうか」と疑問を呈しているのに、負けた吾々の側は、それに何一つ応えようとしない無神経と言うか、無教養と言うか、自虐的というか、余りにも不甲斐ない我が同胞の対応である。
アメリカという勝者の親玉の連合国軍最高司令官のマッカアサー元帥が、アメリカの議会で証言しているように、「日本が戦争に嵌り込んだのは、彼ら自身の生きんがための自衛戦争であった」と述べているのに、何故に我が祖国の知識階層が「世界に迷惑を掛けた」などという陳腐な議論をしているのかという事である。
敗戦直後、正確には1948年昭和25年、あの戦争にも出征出来ないほど老いた、老いていたが故に生き延びた年取った旧帝國大学の教授連中が「平和問題談話会」という組織を結成した。
問題は、その会の趣意書の内容であるが、これこそ人間の本質を知らない理想論のみの羅列で、こういう大学教授の存在は、まさしく戦争を知らない将軍の存在と軌を一にするものである。
日本の敗戦は明らかに戦争指導者、政治指導者が戦争の本質、近代的な戦争の本質を全く知らないままでいたことの当然の帰結であって、敗戦の責任は一重に彼らにあることは言うまでも無い。
普通に常識のある人が普通に考えて、アジア大陸から太平洋の全域に兵力を分散して、戦争に勝てると思う程馬鹿げた話も無いではないか。
1945年昭和20年の時点で、日本の戦域はアジア大陸から太平洋の全域に広がっていたわけで、これを優秀であるとされた海軍兵学校や陸軍士官学校を出た人達が、それこそ真面目に戦い抜こうと指導していたわけだが、こんなことは素人が考えても如何にもナンセンスそのものではないか。この延長上に1945年昭和20年の時点で、東京にいながら徹底抗戦、本土決戦を遂行しようと真剣に考えていた軍人、戦争のプロがいたことを我々はどう考えたらいいのであろう。
戦後になって、旧帝国大学の教授連中が、「平和問題談話会」という組織を結成して、理想論をぶち上げた振る舞いも、この戦争を知らない軍人と同じレベルの馬鹿な話であって、有史以来、連綿と生き続けてきた人間の本質をいささかも理解していないアホな学者だと言う事だ。
「戦争を知らない軍人」と「人間の本質を知らない大学教授」というのは、いずれも自らの手でものを作ることなない、社会の寄生虫のようなものである。
こういう愚昧な人間を崇める行為は、我々、庶民、一般大衆の側の責任になることを考えると、それがブーメランのように帰ってくることを十分に勘案しなければならない。
戦争のプロフェッショナルとして軍人ならば、勝って当たり前、負けるような作戦を実施したならば、受け取った給料を返せと言いたくなる。
日本は戦争に負けてアメリカに占領された。軍人・軍部がアホだった歴然たる証拠ではないか。
戦争に負けた責任は一重に戦争を知らない将軍たちにあることは言うまでも無い。
勝った連合軍側は、日本が再び暴れまくるような強い国になっては困るので、戦争放棄を憲法の中に組み込んで、再び戦争をする能力を断ち切ってしまった。
それを諸手を挙げて喜んでいるのが、人間の本質を知らない大学教授達の蓮っ葉な理想主義というか、平和主義というか、馬鹿げた思考である。
戦争を知らない将軍たちによって日本は奈落の底に転がり落ちたが、そこから這い上がった新生日本には、今度は、人間の本質を知らない大学教授という寄生虫に席巻されてしまったという事だ。占領から脱皮して、真の新生日本を立ち上げようという時に、「共産主義国の同意のない独立は罷り成らぬ」と応じた「平和問題談話会」の大学教授の連中は、一体どういう思考をしていたのであろう。
まさしく昭和20年の東京にいながら本土決戦を言う愚と同じレベルの愚昧な思考ではないか。
大学の象牙の塔の中に、こういう愚昧で、人間の本質をいささかも知らない大学教授という寄生虫を飼っていたとしたら、その後日本が良くなるわけがないではないか。
戦後の日本の知識階層がそうであればこそ、この本が翻訳出版された時点で、我が同胞の誰もが評価しなかったというのも無理からぬ話だと思う。
ルース・ベネジェクト女史の『菊と刀』も、あれだけの労作であるにもかかわらず、日本の学者の評価はあまり芳しくないが、あれは日本の学者諸氏のヤッカミが機能しているのかもしれない。
この本もルース・ベネジェクト女史と同じように女性の執筆者であるが、日本の行動を忠実にトレースすると、あの戦争の元の所では、日本にのみに非があるとは言い切れないという部分を克明に掘り下げている。
むしろアメリカの行き過ぎの部分をあぶり出しているが、こういう部分を日本語で披歴すると、日本の学者としては、自分たちの存在感が薄くなってしまうので、故意に無視したのかもしれない。終戦直後の我々、日本国内の雰囲気としては、全ての責任を軍人と軍部に転嫁せねばならない時期であったので、その時流に棹さすような所見は、回避せざるを得なかったのかもしれない。
問題は、この時流というキーワードである。
私の考えでは、日本の敗戦の直接的な要因は、馬鹿な戦略にあると思うが、その馬鹿な戦略を起案し推し進めたのは、日本でも特に優秀とされていた海軍兵学校や陸軍士官学校の卒業生・OBであった。
そういう連中が負ける戦をしたということは、そういう連中が世間で言われているほど優秀ではなかった、馬鹿だったということである。
そういう連中が結果として戦争を知らない将軍となり、馬鹿な作戦を強いたので、結果として敗北に至ったという事だ。
前にも述べたように、アジア大陸から太平洋の全域に戦線を拡げて、どうやって戦争を遂行するのだ、と考えれば素人でも作戦の失敗は一目瞭然ではないか。
戦後の日本でも、本来ならば理性的な判断をする立場の帝国大学の教授連中が、浮ついた理想主義を振り廻して、祖国の独立に棹さすような発言をするなどということは、馬鹿の極みである。
この本の執筆者は、そういう我々サイドの偏向したバイアスを全部取り除いて、歴史的事実の羅列で以て日本を眺めると、マッカアサー元帥の言った「日本は絹以外の生産物が無く、自存自衛の道を歩んだ」という論拠の正当性が浮き彫りになってくる。
戦前の我々の同胞が一人残らず軍国主義に被れ、戦後の我々同胞の大部分が、反政府、反体制に心を寄せる風潮は、私の言葉で言い表せば、「時流に迎合する」という言い方になる。
何故そうなるかという時、その答えはやはり自分で考えることが出来ず、自分で判断を下すことが出来ないからだと思う。
自分で判断を下せば、失敗した時に責任は自分に降りかかってくるので、それが恐ろしくて決断できないでいるのであろう。
その事は、精神的な自立が不完全で、自己の確立が不完全燃焼のままなので、人間としての人格が成熟し切れていないという事だと思う。
とかく弱くて小さな魚が群れたがるのと同じで、個々の心がか細いので、群れで行動して、「あれがやれば自分もやる」、「バスに乗り遅れるな」という心境であろうが、こういう時流を見定める所業においても、目端の効く人間はいるもので、そういう人間が海軍兵学校や陸軍士官学校に雲霞の如く集まったのが戦前で、戦後はそういう人間が官庁や優良企業に集中したという事だ。
結果として、そういう連中が帝国主義を推し進め、戦後はバブル景気を押し上げたわけだが、そのこと自体は、人間の基本的な生存権の施行以外の何ものでもない。
地球上の食物連鎖は自然の摂理であって、人間の編みだした思考ではコントロールできるものではなく、地球上のありとあらゆるものが自然に摂理に則って生存していることから考えて、人間の行う所業に人間の英知や理性でその価値観を決めることはあり得ないことなのである。
「戦争が悪い」という価値観は、人間が勝手にそう思い込んだ価値観に過ぎず、神の前には何の価値も見出さないのである。
戦争、目に見える形の武力行使をしなければ、あるいは回避すれば自らが生き残れないケースもあるわけで、そういう場に及んでも尚も「武力行使は駄目だ」という戦後の日本の知識階層は、人間の本質を知らない馬鹿で無責任な人達と言わざるを得ない。
人間が生きる、生き抜くということは「正義や不正義」、「善や悪」という価値感では測れないわけで、主権国家が生存競争を生き抜こうと必死に国益を模索している時に、そういう議論を展開して、さも立派な人間かのように振舞うことは、生を弄んでいるにすぎず、時間の浪費以外の何ものでもない。
それが判らないから、人間の本質を知らない馬鹿だ、と私がいうのである。
そういう馬鹿だからこそ、日本が独立をして新生日本国を立ち上げようという時に、独立に反対する旧帝国大学の教授連中の存在が疎ましいのである。
まさしく日本を奈落の底に突き落とした戦争を知らない将軍たちと発想の元の部分が全く同じ精神構造をしているではないか。
発想の原点が同じという部分は、戦争を知らない将軍たちも、人間の本質を知らない大学教授たちも、自分たちの思い込みに酔いしれて、他者の意見を封殺する行為が、軍人も大学教授も全く同じ行動パターンを呈している、という事である。
そして、当人たちはその事に気が付いていないので、自分たちは一生懸命天皇の為、国家の為、国民大衆の為に行動していると思い込んでいるが、それは明後日の努力をしているわけで、現実を無視した徒労を一生懸命遂行しているのである。
「裸の王様」の話と同じで、誰も正直に「そんなことをしても無駄だ、戦争には勝てない」と本当のことを言う勇気を持っていなかったので、全ての努力が全て無駄であったということだ。
ここで大事なことは、「裸の王様」の話と同じで、現実を直視して正直にものを言う子供の存在を、異分子、異端者として、我々の同胞が排除してしまう力学の存在である。
戦後になって反政府・反体制を売り物にしだした旧帝国大学の教授連中は、「戦前は治安維持法があったので、物が自由に言えなかった」と言っているが、冗談ではない。
彼らは仲間内の密告が恐ろしくてものが言えなかっただけで、その意味ではテロが恐ろしくて委縮した政治家と同じである。
彼らの周囲にいた仲間は、皆彼の存在を妬ましく思い、彼の不幸を望んでいたので、彼に何かの瑕疵があれば、率先して官憲に密告したのである。
こういう心の動きも極めて人間的であって、それこそ人間の本質でもあり、大学の先生方はそういう人間の本質にも疎かったという事だ。
結局、大学教授という人種は「夢を食う獏」のような存在で、人間社会に対して何の存在意義も見出せない不要の長物だったということに行きつく。
戦前の日本で、共産主義者を官憲に突きだすことは、国に貢献する行為でもあったし、官憲は官憲で、自分の実績、つまり何人もの容疑者を捉えて自分の功績を上げたいので、微罪で引っ張ってきては脅した、ということも多々あったに違いない。
この本の本旨は、日米戦において、アメリカは正義漢ぶって日本を糾弾しようとしているが、日本をあそこまで追い詰めたのはアメリカの責任でもある、という事を述べようとしている。
この内容を知れば、占領軍のトップであるマッカアサー元帥も、その内容を当時の日本に知らしめることは大いに躊躇せざるを得なかったに違いない。
だとすれば占領されている側の我々からすれば「それ見た事か!」という反応が起きて当然であるが、当時はどうもそうならなかったみたいだ。
そりゃそうだと思う、日本の大学の偉い先生方が、「日本は占領のままの方が良い」とのたまっている状態であるとするならば、こんな日本がいくら新生日本と粋がって見ても、良い国になる筈がないではないか。
日本の最高学府の偉い先生方が、自分の祖国が「占領のままの方は良い」とのたまう国が真に良くなるわけがないではないか。
「平和問題談話会」の先生方は、絵に描いた餅をさも立派な画餅に仕立て上げるべく、立派そうな言葉を並べ、立派な理想や理念を説き綴っているが、自分の身の回りの生の人間の姿を、自分の目で見ようともせず、空理空論のみを重ねて、それで平和が築けると思い違いしている図は、まさしく戦前の戦争を知らない将軍たちが、アジア大陸から太平洋全域を戦場とした愚と全く軌を一にしているではないか。
空理空論に走り、目の前の現実に目をつぶり、立派な言葉で国民大衆を惑わし、時流に便乗し、世相の旗振り役を演じ、責任は他者に押しつける生き様は、戦前の帝国軍人の生き様と瓜二つではないか。
旧日本軍の高級将校高級参謀らも、旧帝国大学の先生方も、基本的には並みの同胞以上に高度な教育を受けられたにもかかわらず、他者の存在に目が届かず、自己の利益に振り回されたということは日本の教育、特に高等教育というものが倫理の向上には何ら役に当たっていないという証拠である。
江戸幕府の崩壊寸前の時期にあった吉田松陰の松下村塾は、明治という新時代になって、多数の人材を世に送り出したが、ここではそうそう特別に高度な教育を施したのではないと考える。
ごく普通の人として在るべきミニマムの道徳を説いただけで、並みの人間が呻吟するほど難しい学問を教えていたわけではないと思う。
ところが近代の教育では、ミニマムのモラルを説いていては学問としての価値が認めにくいので、人として在るべきミニマムな心構えを蔑にする傾向が進み、それが備わったものと備わっていないものの格差を生み、ここに高等教育を受けた人たちの驕りが芽生えたと考えざるを得ない。
普通の人間が普通に地図を見て、世界全域に兵力をばら撒いて戦争に勝てると考える人はいないと思う。
祖国が独立するという時に、その独立に反対する馬鹿な大学教授のいる国が良い国になるわけがないではないか。
こういう発想は、普通の人の普通の発想ではないわけで、自分たちは特別な教育を受けた特別な人間だ、と思い込んでいるアホな集団の驕り以外の何ものでもないではないか。