スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

非常に惜しい大臣の辞任

2016-08-13 23:01:58 | スウェーデン・その他の政治
高校教育・知識向上担当大臣アイーダ・ハジアリッチが記者会見を開き、辞任する意思を表明した。飲酒運転で警察に捕まったことが理由だという。

先週木曜日の夜、デンマークの首都コペンハーゲンで友人と一緒にコンサートを楽しんだハジアリッチ大臣は、その後、車を運転して、デンマークとスウェーデンの間にある海峡をまたぐオーレスンド大橋を渡り、スウェーデン側の街マルメに移動しようとした。おそらくその晩はマルメで宿泊するつもりだったのだろう。そして、スウェーデン側に入ったところでスウェーデン警察が飲酒運転チェックを実施していたという。実は彼女はその4時間前赤ワインとシャンペーンを一杯ずつ飲んでおり、警察による呼気検査の結果、血中アルコール濃度0.2‰(パーミル)相当のアルコールが検出された。スウェーデンでは血中アルコール濃度が0.2‰以上の場合、飲酒運転とみなされ、罰金または懲役刑が科され、運転免許証も12ヶ月間取り上げられる。彼女いわく、充分な時間が経っているから体内のアルコールも減り、運転には問題ないと判断して車に乗ったそうだ。しかし、その判断は「人生で最大の過ち」だったと記者会見の中で述べた。


アイーダ・ハジアリッチ
出典: Mikael Lundgren/Regeringskansliet


アイーダ・ハジアリッチといえば、スウェーデン史上最年少である27歳で閣僚となった女性である。高校卒業と同じ年の選挙で18歳にしてハルムスタード市議会の議員に選出(比例代表制)され、その後、議員職を兼ねながらルンド大学で法学部に通い、学位を取得し、早くも22歳の若さで市執行部のメンバーになりフルタイムで議員職を務めるに至った。2014年の国政選挙ではあとわずかのところで議席を逃したものの、その後の組閣において社会民主党のロヴェーン首相が若くて能力のある彼女を大臣に起用したのだった。

私も彼女の活躍には非常に注目していた。彼女の生まれは旧ユーゴスラヴィア連邦のボスニア・ヘルツェゴヴィナであり、ムスリムの家庭で育った。そして、1992年に勃発したボスニア紛争で家を追われ、家族とともに5歳の時にスウェーデンに難民として受け入れられた経歴を持つ。だから、自身の政策領域である教育だけでなく、移民の社会統合やアイデンティティーについても、自分自身の経験に基いて議論に参加するなど、メディア上での存在感も大きな若手議員だった。私は彼女の話す、語気の少し強い(ボスニア語を感じさせる)スウェーデン語が気に入っていた。

誰にでも過ちはあるが、彼女の行為はスウェーデンの法に反したものであるから、立派な罪であり、その責任はきちんと取るべきである。だから、彼女をかばうつもりはない。しかし、興味深いのはヨーロッパの国々の間で飲酒運転の基準が大きく異なっている点である。先程も触れたように、スウェーデンでは0.2‰以上の場合、飲酒運転と見なされる。しかし、隣国のデンマークでは飲酒運転の基準は0.5‰なのだ。だから、彼女がもしデンマーク側で飲酒運転チェックを受けていれば飲酒運転とは見なされなかったことになる。デンマークと同様に0.5‰を基準値としているのはベルギーやフィンランド、フランス、ギリシャ、アイスランド、イタリア、アイルランド、スペイン、ドイツなどだ。一方、スウェーデンと同じ0.2‰という基準値を採用しているのは、ノルウェーやエストニア、ポーランドである。この他にも、ロシアの0.35‰やハンガリーやルーマニアの0.0‰といった基準値もある。イギリスに至っては、イングランドとウェールズが0.35‰であるのに対し、スコットランドが0.5‰というように一国内でも基準が異なる。(この点は、今後少なくともEU内で統一した基準を作っていくべきではないかと思う)


出典: SVT


ハジアリッチ大臣の辞任に話を戻すが、いさぎよさに好感が持てる記者会見だった。辞任表明のあと、SNSなどでは、きちんと謝罪して大臣ポストに残留する道もあったはず、とか、あまりに早まった決断だ、といった声もあったが、彼女は「私は小さい時から自分の行動に責任を持つように育てられてきたから、今回の件においてもそうしたい」とインタビューに答えている。

彼女のような状況に陥った場合、辞任残留か、2つの選択肢があるだろうが、残留という道を選んだ場合、謝罪のタイミングや言葉遣い、そして、事実関係の詳細をどこまで公にするか、といった重要ポイントを少しでも踏み間違うと、とたんにメディアの激しい追及を浴びることになり、挙句の果てにやっぱり辞任するという道を選ぶことになったかもしれない。それに対し、彼女は自分の過ちを認め、事件に至った詳細をきちんと明らかにし、辞任するという道を選んだようだ。(事実関係としては彼女が記者会見で明らかにしたことが正しいという前提でこの記事を書いている。そうではない、ということに今後なれば、彼女の辞任だけでは事は収まらないだろう)

また、彼女が潔く辞任を選んだことで、彼女のイメージに対する悪影響を最小限に抑えることができ、社民党内の重要ポスト、そして(2018年国政選挙で社会民主党が政権を維持できた場合に)内閣の重要への復帰を結果的に早めるだろうと見られる。

これはロヴェーン首相も指摘していることだが、彼女はまだ30歳にも達しておらず、今後、政界に復帰して活躍していくだけの時間はたっぷりある。これから先のことは分からないが、もしかしたら今後10年の間に、社民党の中心的な存在になっていくのではないかと、私は内心期待している。

内部告発者を辞職に追い込もうとした国連のスキャンダル

2016-07-25 23:50:42 | スウェーデン・その他の政治
昨年から今年にかけて大きな注目を集めた国連スキャンダルがある。停戦監視ミッションのために派遣された外国兵による人権侵害事件に対し、スウェーデン人の国連職員がその解決のために早急な行動を取ったにも関わらず、彼の所属する組織がその行動を良しとせず、彼を辞職に追い込もうとした事件である。国連の組織のあり方に疑問を投げかける大きなスキャンダル事件となった。

スウェーデン出身の国連職員はアンデシュ・コンパス(Anders Kompass)という、現在60歳の男性だ。若い時からラテンアメリカに興味を持ち、最初の頃はNGOの現地スタッフとしてフィールドで働きながら経験を積み、その後、スウェーデン外務省や国連に採用され、ラテンアメリカの貧困改善や紛争仲介に携わってきた人物である。


アンデシュ・コンパス(Anders Kompass)
<写真の出典: Dagens Nyheter 2015-11-27

2014年3月、ジュネーブにある国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)においてフィールド業務・技術協力部長(Director of the Field Operations and Technical Cooperation)として勤務していたコンパスは、中央アフリカ共和国に派遣されたフランス兵などの外国兵による人権侵害の疑いを解明するために、女性スタッフを現地に送った。中央アフリカ共和国は2013年に反政府軍が首都を制圧し、混乱状態にあった。民族的な対立が激化し、数万人を超える人々が難民となっていた。これに対し、旧宗主国であるフランスが2013年12月、治安維持と停戦監視のために軍隊を送っていたが、人権侵害の疑いについての調査が始まった時点では、国連がそのPKOミッションを引き継ぐ移行期にあった。

現地入りしたのは、ユニセフ(Unicef)での活動経験が豊富な女性スタッフだった。現地の住民にインタビューをし、その結果を報告書の形でまとめて7月にコンパスに提出した。その内容は悲惨なものだった。治安維持のために派遣されていた外国兵のうち16人(フランス兵11人の他、チャド兵、赤道ギニア兵など)が現地の少年13人(8~15歳)に対して、食料や現金と引き換えに性的行為を強要したという内容であった。首都バンギの空港付近には難民キャンプが設営され、外国兵はそこに避難する難民の保護に従事していたわけであるが、まさに彼らを保護すべき場において、兵士たちは家や両親を失った難民の少年を性的に利用していたのである。しかも、報告書からはそのような性的暴行が現在も続いていることが分かった。

コンパスは、外国兵らによる性的暴行を止める措置を国連が何も講じていない上、今後も早急な行動が期待できないと判断し、報告書を受け取ってから1週間後に国連ジュネーブ事務所のフランス代表部にその報告書を提供した。暴行に加わっていたとされる兵士の大部分がフランス兵だったからである(この時点ではフランス軍によるミッションから国連ミッションへの移行途中にあったが、国連の任命する指揮官がまだ存在していなかったために、彼らは依然としてフランス軍の指揮下にあった)。フランスの国連大使は、コンパスによる情報提供に感謝し、即座に実態解明のための行動を取ると彼に伝えた。実際に、この後、フランスは警察官を現地に送り、調査を開始している。コンパスは、フランスへの情報提供を自分の上司にも伝えた。当時、国連人権高等弁務官事務所は、組織の代表である国連人権高等弁務官が入れ替わる時期であり、新しい弁務官の着任を待つ間、副弁務官であるイタリア人のフラビア・パンシエリ(Flavia Pansieri)が組織の代表を務めていた。だから、コンパスの上司は彼女だったわけである。

しかし、この一件がその半年後に大きな物議を醸した。新たな国連人権高等弁務官として2014年9月に着任したのはヨルダンの王子であるゼイド・ラアド・アル・フセイン(Zeid Ra’ad al-Hussein、以下「ゼイド」)だったが、彼はコンパスの行動をよく思わなかったのである。彼は、組織内部の機密文書をコンパスが部外者に提供したのは越権行為であり、職務規則に反すると批判した。特に、文書に記載された被害者の少年の実名が部外者に漏れたことで、少年らの身が危険にさらされる恐れがあると指摘した。そして、2015年3月12日、コンパスに辞職を迫ったのである。コンパスは、自分の行為に問題はなかったと考え、辞職要求を拒んだ。


ゼイド・ラアド・アル・フセイン(Zeid Ra’ad al-Hussein)
<写真の出典: Wikimedia

彼の拒否を受けて、ゼイド国連人権高等弁務官は4月9日、国連事務局内部監査部(the UN office for internal oversight service, OIOS)に対してコンパスの職務規則違反の疑いを調査するよう届け出た。同時に、コンパスに停職を命じ、調査の間、ジュネーブの事務所から閉め出した。


【 内部告発の正当性 】

コンパスの行動は、正規のルートを経ずに重大な情報を部外者に提供したという点から内部告発だと見なされる。現在進行中の深刻な犯罪を早急に止めるために彼が取った行動は職務規定違反に当たるのか? また、彼に対する辞職要求と停職命令は国連の一組織としての正当な措置なのかどうか?

スウェーデン政府はコンパスの行為の正当性を支持した。例えば、スウェーデンの国連大使は国連高官に対して、コンパスが解雇されるような事態になればこの事件の経緯をすべてメディアに暴露するし、国連人権高等弁務官事務所へのスウェーデンの負担金の支払いを凍結すると脅したという(この時点では、コンパスを巡る一連の事件はまだメディアに流れていなかった。事件が明るみになったのは、英紙The Guardianによる2015年4月29日付のスクープ報道がきっかけのようである)。スウェーデンのヴァルストローム外務大臣もコンパスの件で、国連を批判する声明を発表している。

騒動が明るみになったことを受けて、ゼイド国連人権高等弁務官は記者会見を開き、コンパスの行為は職務規定違反だと改めて批判すると同時に、フランス政府は自国の兵士による人権侵害疑惑をきちんと調査する責任がある、と強調した。

私が思うに、フランス政府はコンパスから情報を得たからこそ、自国兵に対する疑惑の詳細について知り得たのであるから、ゼイド国連人権高等弁務官がコンパスの行為を否定しつつ、フランスの責任を強調するのは矛盾ではないだろうか。おそらく彼の言い分は、組織として公式なルートを通じてフランス政府に情報を提供し、問題解決を要請するのが望ましかった、ということなのかもしれない。一方、コンパスの主張は、それまでの経験からそれが期待できないし、現在進行形で現に起きている人権侵害行為に早急な行動が必要だと判断したからこそ、フランス政府に情報を自ら流すという決定に至ったということである。

コンパスと同じくスウェーデン出身であり、国連を舞台に活躍してきたインガ=ブリット・アレニウス(Inga-Britt Ahlenius)という女性がいる。彼女はスウェーデンの会計検査院の院長などを務めたあと、国連事務局内部監査部(OIOS)の部長を務めたことがあるが、彼女は雑誌のインタビューの中で「人権侵害に対して早急に対処する方法として、コンパスが取った行動は正しい」と答えている。また、被害者である少年の実名が書かれた報告書をコンパスがフランス側に提供したことについても「被害者や目撃者の実名が明らかでない状態で告発を受けても、フランス検察は何も行動を起こせないだろう。フランスは法治国家であるから、コンパスがフランスを信頼し、デリケートな情報を提供しても問題ないと判断したのは当然だ」と、コンパスを擁護している。


インガ=ブリット・アレニウス(Inga-Britt Ahlenius)
<写真の出典: Wikimedia

(ちなみに、アレニウスは国連事務局内部監査部の部長職を5年の任期満了にともない退くにあたって、バン・キムン国連事務総長を痛烈に批判する声明および書籍を発表したことで知られる。彼女によると、バン・キムンは式典などのお膳立てされた舞台に立って脚光を浴びたり、大きな改革を声高に打ち出すことをよく好む一方、リーダーシップ能力は全く無く、彼の任期中に「臭いものには蓋をする」という文化が国連の組織内にますます蔓延するようになったという。)


【 裁判所および調査委員会による判断 】

停職を命じられ、職場から閉め出されたコンパスは、国連紛争裁判所(United Nations Dispute Tribunal)に不服申し立てを行った。この裁判所は国連の組織内部に関わる紛争に判断を下す内部裁判所である。2015年5月6日、この裁判所はコンパスに対する停職命令は国連の規則に反しているという判決を下した。(ただ、ここでの判決は停職命令の妥当性だけを判断したものであり、彼が情報をフランス側に流したことの妥当性の判断は、国連紛争裁判所とは別の、国連事務局内部監査部(OIOS)という組織が行う。それについては後述。)

2015年5月26日には、パンシエリ副弁務官が記者会見を開いた。彼女は、上で触れたようにゼイド国連人権高等弁務官が2014年9月に着任するまでの間、一時的に国連人権高等弁務官事務所の代表を務めていた人物である。その彼女が記者会見の中で、フランス兵士による人権侵害を把握していたものの、他の業務が忙しかったために、組織として事件の解明に努めるのを怠っていたことを認めたのである。また、事実関係を知りたいフランス検察が彼女に対してさらなる情報提供を再三にわたって求めてきたものの、その年の4月になるまで対応しなかったことも認めた。その上で、彼女は7月に副弁務官を辞職した

コンパスへの処分や性的暴行に対する国連の対応について批判は、バン・キムン国連事務総長に対しても寄せられた。ちなみに、彼はこの前年の2014年12月に、中央アフリカ共和国における国連活動に関するレポートを発表しているが、国連兵による性的暴行については全く触れられていなかった。

激しい批判に応えるために、バン・キムン国連事務総長は2015年7月22日、外部組織による独立調査チームを発足させ、その代表にカナダ最高裁判所の元裁判官(女性)を任命した。この時点では、ゼイド国連人権高等弁務官の届け出を受けた国連事務局内部監査部(OIOS)がコンパスの件を調査中であったが、それとは別に、外部の目による調査が開始されたのである。

この調査チームは2015年12月に調査結果を発表した。コンパスが国連のフランス代表部に情報を提供したことは職務規定違反には当たらず、一般に許容される範囲内であるだけでなく、むしろ、そのような行動を取ることは彼の職務に含まれるという判断を調査チームは下したのである。

翌2016年1月には国連事務局内部監査部(OIOS)による判断も下されたが、ここでもコンパスには非がないという結果だった。


【 ラジオ番組に出演 】

この一連の事件は、メディアに明るみになった2015年春からスウェーデン国内やヨーロッパのメディアで大きく取り上げられてきた。ニュースを追ってきた多くの人々は、この2つの調査結果を聞いて、さぞかしホッとしたことであろう。コンパスは今年夏のラジオ・モノローグ番組の出演者の一人に選ばれた。このラジオ番組はSommar i P1といい、スウェーデンの夏の定番番組である。時の人、もしくは過去1年に話題になった著名人に90分の時間を与え、自由に語ってもらうのである。


<写真の出典: Sveriges radio

コンパスはこの番組の中で、内部監査部(OIOS)による調査が続く間の心境について語っている。彼はメディア上だけでなく、組織内においても発言したり、釈明したりする権利を全く奪われたという。彼に対する疑惑の内容は当初、国連内で全く明らかにされなかったために、セクハラや金銭の着服など様々な噂話や誹謗中傷が同僚の間で飛び交ったというが、彼は何も釈明できなかった。2015年5月に国連紛争裁判所が停職命令を取り消す判決を下したわけであるが、この時に公開された判決文の中に彼に掛けられた疑惑の詳細が書かれており、事情を同僚たちにやっと知ってもらえたことは小さな救いだったという。

しかし、その後も国連事務局内部監査部(OIOS)の判断が下されるまでは、この事件について何も発言ができず、職場において疎外感を感じる中、鬱病にかかったという。自分の取った行動は正しかったのだという、当初の自信は次第に衰えてゆき、自分を疑ったり、責めるようになっていったらしい。

しかも、自分自身を口封じした張本人であるゼイド国連人権高等弁務官が、こともあろうにスウェーデン弁護士会のストックホルム人権賞(Stockholm Human Rights Award)をその年秋に受賞したのである。確かに、ゼイドは過去に国際刑事裁判所(International Criminal Court, ICC)の発足や、女性の人権向上のための取り組み、国連兵による人権侵害についてのレポート作成(俗にZeid reportと呼ばれる)に携わるなどの実績があり、スウェーデン弁護士会もそれらを讃えたのであるが、タイミングが非常に悪かった。コンパスにしてみれば、人権を擁護するために行動を起こした自分を停職処分にし、辞職にまで追い込もうとした張本人が、そのような賞を受賞したことが精神的に苦痛だったという。(スウェーデン弁護士会にはこの年の賞の授与に対して非難の声が多く寄せられた)

最終的に疑いが晴れたわけだが、コンパスは今年の春、国連人権高等弁務官事務所を辞める道を選んだ。「自分たちの行動に責任を持てない組織で働き続けるつもりはない」と彼は説明する。今回の事件において職務上の権力を乱用した人物が罰せられることはなく、それらの人物をはじめ他の国連関係者からも何の謝罪もなかったからだという。

幸いにも、国連を去った彼をスウェーデン外務省が雇うことを決めた。南米の専門家として、南米諸国との外交戦略の策定に彼を起用するそうだ。スウェーデンは先日、国連安全保障理事会の非常任理事国に選出されたわけだが、そのような国連外交の場でも彼の知識を活用したい、とヴァルストローム外務大臣は語る。そして、「これは今回の事件で苦労を強いられた彼の労をねぎらう意味もある」と付け加えている。


マルゴット・ヴァルストローム(Margot Wallström)外務大臣
<写真の出典: SVT 2015-12-20

彼のような正義の内部告発者が、今回のような苦労をする必要のない世の中になっていくためにも、彼には今後も活躍して欲しいと願ってやまない。

EUを残留をめぐるイギリスの国民投票

2016-07-09 19:15:01 | スウェーデン・その他の政治
イギリスにおける国民投票の結果について書こうと思っていたが、遅くなってしまった。

私としては、離脱派の思わぬ勝利と、離脱の実行がもたらすであろう様々な経済的影響や英国分裂の危機に恐れをなした有権者(離脱派も含めて)が再度の国民投票を要求し、それが実行に移され、結局は残留派が勝利したり、もしくは再投票とまでならなくても拘束力を持たない国民投票の結果が次のイギリス首相によって無視されたりすることで、イギリスがEUに最終的にとどまるという可能性に僅かながらの期待を寄せている。

【 スウェーデンとイギリスの経済的な結びつき 】

スウェーデンは、イギリスとの結びつきが比較的強いこともあり、今後のイギリスのEU離脱に対して大きな懸念が持たれている。スウェーデンの輸出相手としてはイギリスは第3位(サービス)と第4位(商品)である。またスウェーデンの資本の直接投資先としてはイギリスは第7位であり、スウェーデン企業の国外投資の1割がイギリスに向けられている。また、スウェーデンに対する直接投資額の第3位はイギリスである。イギリスに進出しているスウェーデン企業は少なからずあるし、イギリスに渡って現地企業で働いているスウェーデン人も多い。学生なども合わせると10万人ほどのスウェーデン人がイギリスに居住していると見られている。彼らはEUのもとで、これまで特別なビザ申請などをすることなくイギリスに渡りビジネスをしたり、仕事に就くことができた。

そのため、イギリスがEUから離脱したあともイギリスでの居住や経済活動がなるべく支障をきたさないように、良好な経済関係をイギリスと維持していくことは、スウェーデンにとっての大きな課題である。もちろん、これはスウェーデンのみならず他のEU加盟国にとっても同じであり、離脱後のイギリスとどのような経済協定を結ぶべきかがEUレベルでも盛んに議論されている。可能性としては、EUがスイスと結んでいるような個別協定、EUがアイスランドやノルウェー、リヒテンシュタインと結んでいるようなEES協定、もしくはEUがカナダやアメリカ、日本と結ぼうとしているような二国間自由貿易協定などいくつかあるが、どれも2国間の対等で対称的な双方向の協定である。これに対し、イギリスのEU離脱派これまでイギリスがEUの中で享受してきた域内自由市場への労働・資本・商品のアクセス権を維持しつつ、同時にEU域内からの労働の移動を制限したり、EUへの負担金を払わなくても良いような協定を結ぼうと考えており、「それは虫の良すぎる話」とEUからは冷ややかな目で見られている。

一方、EUとしては、EUという経済連合の意義を見せつけようと、離脱したイギリスに不利な条件で経済協定を結ぶ道もある。しかし、そうなるとEU諸国にとっての経済的ダメージが大きくなってしまうし、他方で、だからといってEU加盟国と同等の権利をイギリスに与えてしまうと、EUに加入し、これまでどおりの負担金を払わなくてもEUの美味しい汁を吸うことができるという誤ったシグナルを発してしまうことになり、他の加盟国の離脱を招いてしまうかもしれない。だから、非常に難しいトレードオフに直面している。(注: EUから離脱し、別の形でEUと経済協定を結んだとしてもEUへの負担金が必ずしもゼロになるわけではない。例えば、EES協定を結んでいるノルウェーなどは一定の負担金をEUに支払っている。一方、そのような負担を強いられるにもかかわらず、非加盟国であるためEU域内市場のルールづくりに対しては当然ながら関与できない)


【 EU内の重要な政治的パートナー 】

スウェーデンに話を戻したい。イギリスはスウェーデンにとって重要な経済パートナーであるだけでなく、EU政治の場でも重要な協力相手であった。両国とも自由貿易に対しては基本的に好意的であり、保護貿易的な加盟国に対抗しながらEU内の市場整備や、アメリカ、カナダ、日本などとの自由貿易協定の締結に向けて取り組んできた。また、両国ともユーロ非加盟国であり、EU政治の場においてユーロ非加盟を理由に自分たちの影響力が削がれることがないように協力しあいながら政治的な力を維持してきた。さらに、EUがさらなる中央集権化と連邦政府化によって個別加盟国の政治的決定権をブリュッセルに移譲しようとする動きに対抗する上でも、スウェーデンとイギリスは仲の良いパートナーであった。

そんな重要なパートナーを失うことで、EUにおけるスウェーデンの影響力や発言力が減少してしまうのではないかという懸念がある。そのため、今後は難民の受け入れなどで立場の近いドイツなどとの協力関係を強化したり、理念的・政策的にスウェーデンと近い立場にある欧州委員会との関係強化を模索すべきだとの意見がスウェーデンでは上がっている。(他方で、難民の受け入れや労働者の保護、その他の社会政策の面では、これらの政策領域に消極的だったイギリスがパートナーとしていなくなることで、スウェーデンはより動きやすくなり、自分たちの主張をEUに訴えやすくなるのではという見方もある)


【 EUに対するスウェーデンの世論 】

スウェーデンの世論は圧倒的多数がEUに好意的であるため、今回のイギリスの国民投票の結果を受けて、スウェーデンでもEU離脱("Swexit")機運が盛り上がる可能性は非常に小さい。イギリス国民投票の直前に、スウェーデンの日刊紙DNが世論調査機関Ipsosと協力して行った世論調査では、66%の人々が「EUに残留すべき」と答えており、「EUから離脱すべき」と答えた29%を大きく上回った。


ただ、スウェーデンの世論が概してEUに好意的になったのは、比較的最近の話である。スウェーデンがEUに加盟したのは1995年であるが、その是非を問う前年1994年の国民投票ではEU加盟に賛成が52.3%、反対が46.8%と僅差であった。その後もスウェーデンではEU懐疑派が比較的多く、政権党であった社会民主党もEUに対する見方が党内で割れていた。中央党や環境党など、EU加盟後もEU離脱を長らく掲げていた政党もあり、これらの根強いEU懐疑派の存在は、ユーロ加盟を問う2003年の国民投票でユーロ加盟が否決された一因にもなった。(とはいえ、ユーロ加盟に反対した人のすべてがEU離脱はという訳ではない。私もEUには好意的だが、ユーロには当時も今も反対。)

そのような状況から、徐々にではあるがスウェーデンにおいてEUが一般に受け入れられてきた。加盟当初は、EUというと超国家的でスウェーデンの主権を奪う存在であり、非民主的だ、という見方が強かった。しかし、EUの経済統合がスウェーデン経済に与えるメリットや、気候変動や水産資源管理、テロや難民問題といった一国だけでは対処できない課題に対してEUとして協力して取り組むことの意義が次第にスウェーデンで理解されていった結果、今では与野党をまたぐ大部分の政党がスウェーデンが今後もEUに留まることに同意している。

EUからの離脱を表立って主張しているのは、極右政党のスウェーデン民主党だけである。イギリスと同様の国民投票をスウェーデンでも実施することを提案しているこの党の党首は、イギリスの投票結果を受けて「自由と民主主義の勝利だ」とコメントしている。一方、左派-右派というスペクトラム上では彼らと全く対極に位置する左党(旧共産党)は、これを機にEU加盟にともなってスウェーデンに課せられた諸規定の再交渉をEUと行い、例えば、他の加盟国からスウェーデンに来て働く人々がスウェーデンの団体協約の規定と同じ条件のもとで働くというルールが徹底されるようにすべきだ、と訴えている。ただ、この党のようにEUの現行制度を修正していくべきだ、という立場をとっているのはこの党にかぎらず、EUに賛意を示している他の政党にも言えることである。EU残留を支持しているからといって、現在の制度に満足しているというわけでは必ずしもない。先に触れたように、スウェーデン政府はEUがさらなる中央集権化を進め、第二のアメリカ合衆国になることには反対の立場である。そうではなく、一国だけでは対処できない政策領域に限って個別の加盟国をまたぐ超国家的な政策を実施していこう、という選択的な立場をとっている。さらに、そのような政策の決定プロセスがなるべく民主的になるように、さらなる制度の改良を求めているのである。

このように、スウェーデンにおけるEUの受容は、加盟から20年あまりが経った今、かなり高まっている。先に挙げた、イギリスの国民投票の直前にスウェーデンで実施された世論調査を詳しく見てみると、性別・年齢・学歴・所得水準のすべてのカテゴリーにおいて、EU残留派が多数であることが分かる。スウェーデンのEU加盟を問う1994年の国民投票時の世論調査では、男性の賛成派は59%、女性の賛成派は46%というように性別で差があった。また、学歴別に見ると基礎教育までしか受けていない有権者の43%がEU加盟に賛成だったのに対し、大学卒の賛成派は64%だった。また、若い世代ほどEU加盟に反対で、年齢が上がるにつれて賛成派が多くなるという明らかな傾向があった(賛成派は18-21歳で42%だったのに対し、71-80歳で61%だった)。それから20年経った今、性別による差がなくなり、年齢とのプラスの相関関係もなくなり、全体的に賛成派が増えたのである。



【 余談 】

今回の国民投票の結果は、EU離脱派が51.9%、EU残留派が48.1%という僅差で離脱派が勝った。これだけの僅差ということは、それだけ世論が大きく二分していたということである。その日の天候や偶発的な事象によって、どちらに転がっていても不思議ではなかった。そのような僅かな差によって、EU離脱という現状を大きく覆すような決定を行うことが果たして正しいのか疑問に思う。

で、この僅差という結果をニュースで耳にした時に、ふと思い出したのは、2年ほど前にたまたま目にしたネット記事である。

2年前というと、スウェーデンでは国政・地方同時選挙が行われた年であり、その時の国政選挙でも左派と右派の支持が伯仲していた。そして、選挙の結果、社会民主党を中心とする左派政党が4%ほどの僅差で穏健党を中心とする右派政党に勝利した。この結果に対して、スウェーデン在住の自称ジャーナリストが

この2大連合の得票差は4.4%と、それほどの大差ではない。有権者にとっては、「どっちに投票しても大した違いはない」ということなのだろう。

と真顔で(←きっと)記事中に書いていたのが、あまりに衝撃的でずっと頭に残っている。

今回のイギリスの国民投票でも、残留派・離脱派がほとんど同じくらいの支持を集めたわけであるが、それは有権者が「どっちに投票しても大した違いはない」などと考えていたということではない。どの選挙でも一定数の流動票があり、投票の直前になって投票先を決める人がいることは否定しないが、それでも大多数の有権者にとって残留派が勝利した場合と、離脱派が勝利した場合とではその後のイギリスの行く末が大きく異なることは理解していたであろう。両ブロックが伯仲しているということは、世論が二分しているということであり、それは「どっちに投票しても大した違いはない」という状況とは全く異なる。

ちなみに2014年の国政選挙では、左派政党の公約と右派政党の公約にあまり違いがない、という指摘は当時あり、それを根拠に上げたうえで「大した違いはない」と解釈するならまだ良い。しかし、得票率がほとんど同じだから、という理由では、そのような結論は導けない。ネットの普及ともに誰でもジャーナリストを名乗れるようになったのは良い側面もある反面、質の悪いジャーナリストも乱立するようになり、「ジャーナリスト」という言葉が持つ重みがずいぶんと軽くなったと感じる。

内閣改造後のロヴェーン政権

2016-05-25 22:24:30 | スウェーデン・その他の政治
スキャンダルなどで環境党の閣僚が二人辞任したのを受けて、ロヴェーン首相(社会民主党)は社会民主党と環境党からなる連立内閣の部分的な改造を実施。そして、新しい内閣を発表した。

辞任した二人というのは、環境党の党首の一人であり、環境大臣(兼 副首相)であったÅsa Romson(オーサ・ロムソン)と、住宅担当大臣であったMehmet Kaplan(メフメット・カプラン)。そのため、空席となったこの2つのポストの補充を行うことが、今回の内閣改造の大きな目的であった。当初は、社会民主党のロヴェーン首相が2つのポストのうちの1つを環境党から社会民主党に取り戻して、自党の党員を充てるのではないかとも噂されたが、環境党は2つのポストを維持することになった。

環境大臣には、現職のマルメ市議会議員であり市の執行部のメンバーでもあるKarolina Skog (カロリーナ・スコーグ)が、そして、住宅担当大臣には現職の欧州議会議員であり、環境党の党首をかつて務めたことがあるPeter Eriksson(ペーテル・エリクソン)が抜擢され、就任した。

また、社会民主党所属であり戦略・未来問題および北欧協力担当大臣は、これまでの活躍があまりなく、また、自分の側近を選ぶ際の政治任用のあり方がメディアで批判されたこともあり、別の社会民主党所属の政治家に代えられた。新たに閣僚に就任したのは、Ann Linde (アン・リンデ)。彼女はこれまで、内務担当大臣であるAnders Ygeman (アンデシュ・イューゲマン)の副大臣を務めてきた

ところで、この組閣に伴って、大臣の担当領域の変更や省の再編も行われた。例えば、先ほど触れたAnn Linde (アン・リンデ)はEUおよび通商担当大臣という新たなポストに就任し、戦略・未来問題および北欧協力担当大臣というポストは廃止されることになった。また、難民問題がスウェーデンにとっての大きな課題であることを踏まえて、法務大臣のポストに移民担当大臣という役職が加わったし、労働市場大臣のポストには難民自立支援担当大臣という役職が加わっている。また、エネルギー担当大臣はこれまでは環境省の管轄であったが、首相府に移管された、

環境党所属で、これまで国際援助担当大臣を務めてきたIsabella Lövin(イサベラ・ロヴィーン)は、先に触れたÅsa Romson(オーサ・ロムソン)が党首を辞任したあとの党大会で、環境党の党首の一人に選ばれることとなった(環境党は二人党首制を採用している)。複数の政党が連立で政権を構成する場合、第2党の党首が副首相というポストを兼ねるという暗黙のルールがあるため、前回の組閣(つまり2014年9月の選挙後の組閣)では党首であったÅsa Romson(オーサ・ロムソン)が副首相を務めることになったが、今回もそのルールが適用された結果、Isabella Lövin(イサベラ・ロヴィーン)副首相を今後、務めることになった。

以下には、新しい閣僚の一覧を示すが、新たに任命された閣僚赤字で、そして、担当領域が変更した大臣青字で強調している。

また、ニュースでは新たな閣僚にばかり注目が集まっていたが、実は隠れたところで、農林水産省が廃止されて、産業省に統合されたのである。

【 首相府 】

首相

Stefan Löfven (ステファン・ロヴェーン)
社会民主党 58歳

省間コーディネーションおよびエネルギー担当大臣

Ibrahim Baylan(イブラヒム・バイラン)
社会民主党 44歳


【 財務省 】

財務大臣

Magdalena Andersson (マグダレーナ・アンデショーン)
社会民主党 49歳

金融市場・消費担当大臣(財務副大臣)

Per Bolund (パー・ボールンド)
環境党 44歳

民生担当大臣

Ardalan Shekarabi (アルダラン・シェカラビ)
社会民主党 37歳


【 外務省 】

外務大臣

Margot Wallström (マルゴット・ヴァルストロム)
社会民主党 61歳

EU・通商担当大臣

Ann Linde (アン・リンデ)
社会民主党 54歳

国際発展協力・気候変動担当大臣(兼 副大臣

Isabella Lövin (イサベラ・ロヴィーン)
環境党 53歳


【 法務省 】

法務大臣(および移民担当大臣)

Morgan Johansson (モルガン・ヨーハンソン)
社会民主党 46歳

内務担当大臣

Anders Ygeman (アンデシュ・イューゲマン)
社会民主党 45歳


【 環境省 】

環境大臣

Karolina Skog (カロリーナ・スコーグ)
環境党 44歳


【 産業省 】

産業・技術革新大臣

Mikael Damberg (ミカエル・ダムベリ)
社会民主党 44歳

インフラ担当大臣

Anna Johansson (アンナ・ヨーハンソン)
社会民主党 44歳

住宅・デジタル化担当大臣

Peter Eriksson(ペーテル・エリクソン)
環境党 57歳

農林水産担当大臣

Sven-Erik Bucht (スヴェン・エーリック・ブクト)
社会民主党 61歳


【 教育省 】

教育大臣

Gustav Fridolin (グスタフ・フリドリーン)
環境党 33歳

高校・知識向上担当大臣

Aida Hadžialić(アイーダ・ハジアリッチ)
社会民主党 29歳

高等教育・研究担当大臣

Helene Hellmark Knutsson (ヘレーン・ヘルマルク・クヌートソン)
社会民主党 46歳


【 労働市場省 】

労働市場大臣(および難民自立支援担当大臣)

Ylva Johansson (イュルヴァ・ヨーハンソン)
社会民主党 52歳


【 文化省 】

文化・民主主義大臣

Alice Bah Kuhnke (アーリス・バ・クンケ)
環境党 44歳


【 防衛省 】

防衛大臣

Peter Hultqvist (ペーテル・フルトクヴィスト)
社会民主党 57歳


【 社会省 】

社会保険大臣

Annika Strandhäll (アニカ・ストランドヘル)
社会民主党 41歳

子供・高齢者および男女平等担当大臣

Åsa Regnér(オーサ・レグネー)
社会民主党 51歳

国民健康・医療およびスポーツ担当大臣

Gabriel Wikström (ガブリエル・ヴィークストロム)
社会民主党 31歳


【 過去の記事 】
2014-10-05: 社会民主党・環境党連立、ロヴェーン内閣の発足

パナマ文書をめぐるアイスランド首相インタビュー

2016-04-06 23:32:07 | スウェーデン・その他の政治
今週日曜日の夜7時半、公共テレビSVTのニュースを見ていた。通常であればニュースの最後に天気予報があり、そのまま地方ニュースにバトンタッチをするのであるが、この日は天気予報のあとにニュースキャスターが再びニュースを読み始めた。そのニュースの内容は、アイスランド首相に資産隠しの疑いがあることが明らかになったこと、そして、その疑いはパナマの法律事務所から漏洩した膨大な数(1100万)の文書から明らかになったこと、さらに、その文書は世界的なジャーナリスト・ネットワークであるInternational Consortium of Investigative Journalists (調査ジャーナリスト国際連合:ICIJ)がこれまで長期にわたって分析してきたものであり、SVTのジャーナリストもそのネットワークのメンバーであったこと、そして、そのネットワークの定めた世界共通の解禁日時はその日の夜8時であるため、夜8時になればSVTのホームページで詳細を公開することが、淡々と伝えられた。

通常とは異なったニュース番組の終わり方であったため、見ていた私も思わずドキドキしてしまった。そして、それから間もなく世界的に公開されたパナマ文書の詳細は、世界のメディアを釘付けにしてしまうものであった。

スウェーデンに関しては、大手4銀行の一つであり、2013年まではスウェーデン政府も主要株主であったNordea(ノルディーア)が有力顧客に対して、タックスヘイブンにペーパーカンパニーを設立してスウェーデンでの課税を逃れるためのサービスを提供していた疑いがパナマ文書から浮かび上がってきたため、メディアを始め、金融監督庁などの激しい追及を受けている。

それ以上に大きな危機に陥っているのは、冒頭で触れたアイスランドである。現首相であるシグムンドゥル・ダヴィード・グンラウグソンは、2008年の金融危機で明るみになった政治腐敗からアイスランドを脱却させ、政治や行政への信頼回復を重要課題として取り組むことを自身の政治キャリアの中心に据えてきた政治家だというが、その本人がタックスヘイブンでの資産隠しに関与し、アイスランドでの課税を逃れていた疑いが持たれているからである。

このスキャンダルがアイスランド国民に伝えられたのは、国際ジャーナリスト・ネットワークICIJがこのパナマ文書に関するスクープニュースを解禁した日曜日だった。その夜、アイスランドではこの首相スキャンダルを扱った番組が放送されたという。そして、その番組にはジャーナリストの厳しい質問に驚き、その場を慌てて立ち去ろうとする首相の姿も映されていた。

そのテレビ・インタビューの場面であるが、ストーリー的にはとても良く出来ている。ちなみに、このインタビューはスウェーデンの公共放送SVTがアイスランド首相に申し込んだものだったのである。その経緯について、スウェーデンの公共テレビSVTの番組「Uppdrag Granskning」の情報を元に簡単にまとめてみたい。

※ ※ ※ ※ ※

膨大な数のパナマ文書の分析は、最初にそれを入手したドイツのメディアだけの手に負えるものではなかったため、深い分析を得意とするジャーナリストのネットワークである調査ジャーナリスト国際連合(ICIJ)を通じて数百人のジャーナリストで手分けして分析することになった。この中には、スウェーデンの公共放送SVTの看板番組の一つであり、様々な資料や公開請求して得た文書の分析でスキャンダルを暴いていく「Uppdrag Granskning」のスウェーデン人ジャーナリストの他、アイスランドのフリージャーナリストも含まれていた。

以前から知人同士であったこの二人は、アイスランド首相に対する疑惑を数カ月前にすでに突き止めていたのであるが、その疑惑を何とかして当の本人に突き付けて、回答を得たいと考えていた。しかし、正攻法でインタビューを申し込んでも首相側がOKする可能性は低く、映像も良いものが得られないだろう。

そこで彼らが考えたのは、別の名目でインタビューを申し込み、首相をテレビカメラの前に誘い出して、そこで疑惑を突きつける手であった。ジャーナリストの彼らもこのやり方が「汚い」ものであり、物議を醸しかねないことは承知していたものの、それでも敢えて実行に移したという。

スウェーデン人ジャーナリストがアイスランド首相に申し込んだインタビューの名目は「2008年に始まった金融危機と政治危機をアイスランドがいかに乗り越えてきたか」をアイスランド首相に尋ねるという、ごく無難なものだった。だから、アイスランド首相もOKをしたようだ。インタビューではまず、国民の皆が税金を収めることが重要であること、そして、タックスヘイブンを利用した租税回避行為が深刻な問題であることを首相に語らせる。首相も、政治や行政は国民が信頼できるものでなければならないと強調している。

そうやって、首相が波に乗って答え始めたところで、スウェーデン人ジャーナリストが切り出す。「あなた自身はどうなんでしょうね? あなた自身がペーパーカンパニーに関わったりはしていませんよね?」

次第にうろたえるアイスランド首相。そして、自分の家族が関わるペーパーカンパニーの名前を出され、しどろもどろになってしまう。

その後、首相が慌ててカメラの前から立ち去る様子が下の動画に映っている。


(注:英語字幕はYoutubeのCCを押せば表示される。ちなみに、この動画はもとのインタビュー動画をノルウェーの新聞社が編集したものであるため、ノルウェー語で解説されている。インタビューそのものは英語だが、途中から登場するアイスランド人のフリージャーナリストがアイスランド語で質問している)

※ ※ ※ ※ ※

ともあれ、タックスヘイブンを利用した租税回避行為には、スウェーデンもこれまで頭を悩ませてきた。スウェーデンはEUの中でも比較的早い時期から法人税を切り下げてきた国であるが、世界中に法人税率が0もしくは0に近い国や地域がある以上、そういったタックスヘイブンへの資産や所得の流出を阻止するための効果的な方法がこれまであまりなかった。かといって、他の課税制度との調和の問題から法人税をタックスヘイブン並に下げることは不可能である。一方、近年ではタックスヘイブンとして利用されている国・地域が次第にその地域で保有されている資産情報を他の国と共有するようになっている。スウェーデン国税庁もタックスヘイブンとのそのような協力関係の中でスウェーデン人の資産隠しを暴いていくことが次第にできるようになり、罰金を恐れて、過去の申告漏れを自分から事後申告するスウェーデン人も増えているようだ。今回のパナマ文書を発端とする様々な暴露も、そのような資産隠しを難しくしていこうとする動きに、大きな拍車をかけることになるだろう。

「フィンランドが世界初のベーシックインカム導入を決定」の真相

2015-12-09 00:17:38 | スウェーデン・その他の政治
「全国民に毎月11万円、フィンランドが世界初のベーシックインカム導入へ」

「フィンランド、国民全員に800ユーロ(約11万円)のベーシックインカムを支給へ」

などという日本語ニュースをここ数日の間に目にした。元ネタは英語のニュースだろうと思って検索してみると、英語でも数多くのニュースサイトがこの話題に触れていることが分かる。

詳しい話を知りたいのでフィンランドのニュースサイトを見てみた。私はフィンランド語は読めないが、幸いにもフィンランド人口の約1割はスウェーデン語を母国語とするため、スウェーデン語で書かれたニュースサイトもある。そこで、フィンランドのスウェーデン語系大手紙Hufvudstadsbladetのサイトで、ベーシック・インカムに相当する「medborgarlön」「basinkomst」という単語を検索してみるけれど、ここ数日に書かれた記事は全く見つからない。国外でこれだけ騒がれているのに、現地フィンランドでは話題になっていないのはなぜか・・・?

疑問に思いながら、今度はフィンランド公共放送Yleスウェーデン語のニュースサイトを覗いてみたら、国外メディアの報道に対して「なに騒いでんの!?」という反応をしていたので爆笑してしまった。

「外国メディアを目にした人は、フィンランドが今すぐにもベーシック・インカムをすべての国民に導入すると理解しかねない。」

『しかし、計画から実現までには長い時間がかかる』と専門家は念を押す。」


では、実際にはどうなのかというと、近い将来の導入を視野に入れながら、フィンランド社会保険庁今年10月末に準備的な調査を開始したとのことだ。800ユーロなどという数字もまだ決まったものではない。最終的には全国民を対象にしたベーシック・インカム制度を実現することがフィンランドの現政権の狙いではあるが、それは社会保障制度の全体的な改革を意味するため、まずは改革案の選択肢をいくつか用意したうえで、それぞれの効率性や労働インセンティブに与える影響などを分析するための限定的な実験をフィンランドで実行するところから始めなければならない、という。

というわけで、今はその準備的調査が始まったばかりという段階だ。まず、他国ですでに試験的に導入されたベーシック・インカム制度の研究・評価をまとめて2016年春に政府に提出し、その後、フィンランドで実際に限定的な実験を実施する場合に、それをどのように行い、そしてどのように評価するのか、といった研究デザインを2016年後半にかけて考案。そして、その実験を2017年に実行する予定なのだという。

そうすると、その後はまず実験の評価をしたうえで、それに基づきながら、社会保険庁が政府に対して改革案を提出。そして、それを基に公聴制度を実施したり、議会で議論したりしたうえで、最終的に本格的な導入の是非が議会で決定されることになるだろうから、仮に実施されるとしてもまだまだ先の話である。この記事の一番最初に挙げた日本語記事が書いているような「社会保障の問題を考える際によく引き合いに出される制度ですが、北欧の福祉国家として高い評価を受けているフィンランドが世界で初めて国として導入することを決定しました」とか、「ベーシックインカムを支給する方向で最終調整作業に入ったことが判った」とか、そんなレベルでは全くない。

外国メディアの報道に対するフィンランド社会保険庁の見解(英語)
Contrary to reports, basic income study still at preliminary stage

ではなぜ、この瞬間に大きなニュースになったのか不明だが、最近はどこの国のメディアも自分たちで取材せずに、他のメディアの報道を引用して、伝言ゲームのように話題を拡散していく傾向にあるので、今回もそういう形で広まった話だろう。人の話を鵜呑みにせずに、もっと自分たちでしっかり取材してから報道してほしいものだ。

どのニュースメディアが発端なのかは分からないが、アメリカのTIMEが参照していたQuartzというメディアは、自分たちの最初の報道の誤りに気づき、修正している。

とはいえ、スウェーデンを始め、多くの国々で政治的な議題にすらなっていないベーシック・インカム制度の導入に、フィンランドが本格的に取り組み始めた、という事実については今後も注目していくべきとは思う。
(私自身はこの制度の意義については今のところ懐疑的ですが、もうちょっと調べて、考えたいと思っています)

記者会見でジャーナリストが事前に質問を提出することについて

2015-10-10 23:27:04 | スウェーデン・その他の政治
先日、安倍首相国連で開いた記者会見で、シリア難民の問題を質問され、チンプンカンプンな答えしかできなかった件について、ネット上のある記事が「出来レースだ」と批判していた。記者会見で質問できるメディア会社があらかじめ決められ、しかも、質問内容の事前提出が首相官邸側から要求されており、首相はそれらの質問に対してあらかじめ用意された原稿を読み上げていただけだったという。しかし、ロイター通信アメリカ公共放送NPRの外国記者が、あらかじめ提出していた質問内容に加えて、追加の質問をしたために安倍首相はまともな答えができなかった。そして、その追加質問の一つがシリア難民の問題だったという。

米記者から「出来レース」批判された安倍首相国連会見

この記事を掲載したサイトは、大手のメディアではなく、小規模のメディアサイトのようだ。この手のサイトは、大手メディアが伝えない有益な情報を提供してくれることがある反面、「隠れた真実」を見つけたことを強調したい一心で、大げさな表現を使ったり、事実を捻じ曲げて伝えたり、とてもとてもジャーナリズムとは呼べない質の低いものもある。特に、震災後には原発事故への対応や放射能の影響について、悪者を吊るしあげて叩いたり、反原発に都合の良い主張をするために、科学性を考慮しなかったり、意図的に無視したり、感情だけを頼りに書いたりした「自称ジャーナリスト」の記事がネット上で散見され、うんざりしたものだった。(大手メディアの記事でもそのような低質のものがあったから、独立メディアだけがダメというわけではないが、やはりジャーナリズムの訓練を受けた記者が書く大手メディアの記事や、かつて新聞社で働きながら経験を積んだ後に独立したフリージャーナリストの記事は、概して質が大きく異なると感じる。)

上の記事も、大袈裟な表現や断定的な表現が多く使われているので、すべてを文字通りに受け取ることは危険だが、それでもこの記事が指摘する「出来レース」の問題は重要なことだと思う。

質問する記者の側が質問を事前に提出することの是非については、その目的や利点として、

・首相がすべての質問に対して正確に答えられるわけがなく、価値のあるまともな答えを記者会見で得るためには事前に質問内容を提出しておいたほうがよい。

と、ある方が指摘してくださった(← ありがとうございます)。

一方で、事前に質問を提出するというのは、答えを用意するという意図以上に、政治家のメンツを保つためにお膳立てした舞台を準備する意図を強く感じる。そして、権力を監視する側のメディアがその手助けをしているのは非常に滑稽に思えるし、多かれ少なかれ癒着の関係が生じてしまうと思う。

また、確かに首相(あるいは他の政治家や官僚)がすべての質問に対してうまく答えられるとは限らないものの、記者会見はある特定の目的を持って開くものなので、どの分野に質問が集中するかは予想がある程度つくだろう。だから、うまく答えられないのはむしろ政治家の問題だと思う。それに仮に、その分野以外の時事ネタ的な質問が来ても、それにうまく答えるのが政治家の能力ではないだろうか。

アメリカに関しては私はよく知らない。ネット上で「scripted press conference」などと検索すると、大統領の記者会見でも質問記者があらかじめ指定されている、だとか、ブッシュ大統領の記者会見では質問と答えが事前に用意してあった(とか無かったとか)、いや、オバマ大統領でも同じことをやっている(とか、いないとか)などと、いろいろ騒がれているようなので、アメリカでは日本の記者会見のようなことはない、などとは必ずしも言い切れないような気がする。

では、スウェーデンではどうなのだろうか? スウェーデンの記者が首相やその他の政治家・官僚の記者会見に出席するときに、彼らが事前に質問を提出しているなんてことは、私は全く想像ができないし、もし、政治家・行政の側がそのようなことをジャーナリストに要求したりでもすれば、必ずジャーナリストの誰かがすぐさまリークして、大きなスキャンダルになるだろう。

ただ、私自身で断言する自信はないので、スウェーデンの大手メディアでジャーナリストをしている友人に直接尋ねてみた。彼女からの回答は以下のとおりである。

・スウェーデンでは首相やその他の政治家が記者会見を開くときは、その場にいる誰もが質問できる。私が参加した記者会見はそうだったし、同僚もそうだったと言っている。ただ、時間が限られている時には、すべての記者に質問の機会が与えられないことがありうる。それから、TV局やラジオ局が記者会見の模様を定時のニュース番組で使いたいために、早めに質問させてほしいと要望した時には、彼らを先にあてることはある。

事前に質問内容を要求されたことは今までに一度もない。質問を事前に提出したりすれば、そもそも記者会見の場でやりとりする意義が感じられない

例外は、外国の首脳がスウェーデンを表敬訪問する場合(例えば、オバマ大統領がスウェーデンを訪ねた時)である。スウェーデンとその国の首脳が揃って記者会見する際には、特定のメディアのジャーナリストが事前に選ばれて、彼らだけに質問の機会が与えられる。ただし、この場合も、質問内容を事前に提出する必要はない。(記者会見への参加そのものはジャーナリストであれば誰でも可能)


2011年、スウェーデンをロシアのプーチン首相(当時)が表敬訪問したことがあった。スウェーデンのラインフェルト首相(当時)との会談のあと、両首脳は共同で記者会見を開催したが、この時、ある外国記者が質疑応答時間の途中で質問しようとした。しかし、ラインフェルト首相の報道官が「ダメだ」と遮った。それを見たプーチンは「これが民主主義かい。ロシアの民主主義をみんな批判するくせに!」とすかさずロシア語でコメントし、「質問しなさい。私が答えます」とその記者に言ったのである。スウェーデン側はこれを遮ることをせず、記者の質問に対してプーチンが答える間、待っていた。小さな出来事ではあったが、非民主的であると常に批判されるプーチンが、スウェーデンで「民主的に振舞っている様」をメディアにアピールしたことは、ある意味、滑稽であり、スウェーデンのテレビでもニュースの片隅で取り上げられた。


ただ、上記のルールに照らせば、首脳会談後の記者会見で、質問しようとした記者が遮られたのは、事前に指名された記者ではなかったからだということが分かる。おそらく、表敬訪問の際の記者会見では、政治家の説明責任よりも、外交儀礼、つまり、お互いの国がメンツを失わないようにすることのほうが重視され、記者会見をある程度、コントロールすべきだという考えが背景にあるのであろう。

今回、問題になった日本の首相の記者会見は国連で開かれたものだったが、他国の首脳と一緒に開催した記者会見ではないため、上に書いたスウェーデンのルールのもとでは、誰もが質問できる記者会見であるべきで、事前の質問提出の必要もない記者会見となる。


(ちなみに、現在、紛争地から逃れてくる難民が大きなニュースとなっているので余談として付け加えるが、ジャーナリストをしている私の友人は、1992年のボスニア内戦でそれまで住んでいた村を追われ、両親とともに間一髪でセルビア人勢力の手を逃れて国外に脱出し、最終的にスウェーデンにたどり着き、難民として受け入れられたという経験を持つ。当時、小学生だった彼女はすぐにスウェーデン語を学んで、他のスウェーデン人の子どもと一緒に学校で学び、高校を出てから、ジャーナリスト向けの大学教育を受けて今の仕事についている。)

公共の場における不快な「ヘイト」広告 (その1)

2015-08-07 14:40:06 | スウェーデン・その他の政治
スウェーデンをはじめ、ヨーロッパの国々では路上の建物や橋などの建造物の壁、鉄道車両に落書きが目立つ。私有であろうが公有であろうが、それぞれの建造物には所有者がいるのであり、その所有者の許可なく落書きをすることは立派な犯罪である。それに、そこを通り掛かる多くの人の目に否応なく止まってしまうわけであり、多くの人は綺麗だった公共空間が汚されたことを不快に思うだろう。一部の人々が自己満足のために、何の価値も生まない破壊的な行為をする一方で、他の大勢の人が不快にさせられるのは非常に理不尽なことだと思う。

ただ、一方では、公共空間における落書きは一つの文化であり路上芸術品だ、という主張もある。たしかに落書きの中にはとても完成度の高いものもある。しかし、それは非常に稀なケースであるし、こちらから頼んでも無いものを無理に見せられる義務は私たちにはない。落書きがやりたいなら、パパやママの家の壁でも使えば、と言いたくなる。

しかし、落書きを擁護する主張の中には、考えさせられるものも少しはある。落書きは確かに誰かが頼んで書かれたものではないが、それは街中の公共空間にあふれる企業の広告だって同じではないか、というものだ。企業はお金を払うことで広告スペースを買い、本当は誰も見たくない広告を大勢の人に見せつけることができる。それなら、俺達が同じ公共空間を使って自分たちの落書きを描くことに何の問題があるのか?と。このようは主張は極左から聞かれる主張だ(落書きをするのは主に若者だが、確かにその多くが過激な左派のシンパであるようだ)。つまり、落書きは商業主義に呑み込まれてしまった私たちの公共空間におけるささやかな抗議だ、というわけだ。(左派政党の中には、街頭広告そのものを禁止すべきだと主張しているところもある)

ただ、この主張にも反論はできる。公共の場における広告は、倫理的な観点から一定の制限が掛けられているケースが多く、何でも広告に書けるわけではない。それに、彼らが「商業主義」と揶揄している広告収益の多くは、スウェーデンの場合、自治体や公共交通を運営する公社のもとに入っており、税収を補ったり、公共交通の経費の一部を賄ったりと良いことに使われている。

※ ※ ※ ※ ※


以上のような主張は、もう7年も8年も前に新聞で読み、ヨーテボリ大学の同僚と議論したことがあった。そんな議論を再び思い出させる出来事が今週あった。

80年代、90年代のネオナチ運動から始まり、今やスウェーデン議会に議席を持っている極右政党・スウェーデン民主党ストックホルムの地下鉄で大きな広告キャンペーンを展開したのである。

今回の彼らの標的は、スウェーデンの街頭で物乞いをしているロマの人々だ(ロマの人々の物乞いについては、私の過去の記事を参照のこと)。
【過去の記事】2015-05-08: スウェーデンの路上で見かける物乞いの人々について

ストックホルム中心部にある一つの駅の改札階からプラットフォーム階まで続くエスカレーターの天井に、次のような英語のメッセージを掲げたのである。

Sorry about the mess here in Sweden. =( We have a serious problem with forced begging! International gangs profit from people's desperation. Our goverment won't do what's needed. =) But we will! And we’re growing at record speed. We are the opposition and we promise real change! We are the Sweden democrats! Welcome back to a better Sweden in 2018!
(goverment は原文ママ。下の写真では正しい綴りだが、一番目につく部分のメッセージではミススペルになっていた。)

(筆者撮影)

文面から分かるように、これは外国旅行者に向けたメッセージである。スウェーデンの街の路上で目につく物乞いは、国際的な犯罪グループが窮状にある人々を利用して、組織的に行っているものである、と説明している。そして、その上で現在のスウェーデン政府は必要とされる対策を怠っている。自分たち(スウェーデン民主党)ならそれができる、と主張しているのである。

一見、「利用されている」とされる物乞いの人々に同情しているようにも見えるが、彼らの本意は「物乞いしているロマの人々 = 犯罪組織の一部」という印象を人々に与えることで、路上から彼らを強制排除すべきだという自党の主張に支持を集めることである。支持を訴える対象はもちろん、スウェーデンの世論である。だから、この広告キャンペーンは外国からの旅行者に対するメッセージという形を取りながらも、実際には、ニュースで取り上げられて話題になることでスウェーデンの有権者にアピールしようということなのである。

ロマの人々による物乞いが組織的なものか否かについては、上記のブログ記事でも触れた。スウェーデン民主党やその支持者は、物乞いをしている人々の背後にはマフィア集団がおり、ルーマニアやブルガリアから強制的、もしくはお金で釣ってスウェーデンに連れてきて街頭に座らせ、物乞いの人が集めたお金はすべてそのマフィア集団の収入になっている、と主張したり、スウェーデンにやってくるロマ人の本当の目的はスウェーデンで犯罪を犯して収入を得ることだ、などと説明してきた。それが、今回の広告の主張につながっているのである。

しかし、これまでの様々なメディア報道や行政担当者・研究者による調査レポートなどを総合してみると、実際には物乞いのロマ人の大部分は、自らの意志でスウェーデンや他のヨーロッパの国々へ物乞いに来ており、得た収入も自分たちのものにしていることが分かる。だから、forced begging(強制された物乞い)というわけではない(彼らは本国での生活環境の惨めさがゆえに、やむを得なく他国まで出向いて物乞いをしている、という意味では、自らの置かれた環境に「強制された」とは言えるだろうが、これはこの極右政党が使っているforcedという言葉とは意味が異なる)。

先ほど「ロマ人の大部分は」と書いたが、これも以前のブログ記事で書いたように、物乞いをするロマ人を悪用する人々は存在する。都市部など街によっては場所代を物乞いから徴収しているグループがいることは知られている。また、片腕や片脚のない人を人身売買で手に入れ、監視のもとで街頭に立たせ物乞いをさせている犯罪組織があり、2009年にスウェーデンで実刑判決も受けている。(ただ、そのようなケースは、現在の大量のロマ人の物乞いの波が訪れるずっと以前からある話だ)。ロマ人の中には、スウェーデン滞在中に自転車を多数盗み、それをルーマニアに戻るときにバスに詰め込もうとした人もいる。ただ、そういう物乞いが一般的だ、と見なせる根拠はない。現実は0か1かの両極論では捉えきれないと私は思う。

「組織的」という言葉も非常に曖昧な言葉である。例えば、よくあるロマ人の物乞いのケースでは、親類一族のうち、ある夫婦がスウェーデンで一年間、物乞いをし、その場所(多くはスーパーマーケットや商店、地下鉄駅の入り口)を次にやってくる同じ親類一族の別の夫婦に譲り渡す、とか、別のロマ人家族に売り渡すこともあるらしい。また、ある夫婦がスウェーデンへ物乞いに行く際に、その費用を親類同士で貸し借りしたり、彼らが出かけている間、子どもの面倒を親類同士で見る、ということもあるらしい。ものの見方によってはそのような行為も「組織的」と呼ぼうと思えば呼べるわけだが、それはしかし、スウェーデン民主党などの排斥主義者の使う「組織的」という言葉とは意味合いが大きく異なる。

スウェーデン民主党による今回の広告キャンペーンは今週月曜日から始まったものだが、私が許せないのは、0か1かという両極論のうちの片方の極論を使ってウソをつくことで、罪のない多くの人々にレッテルを貼り、それを自らの政治的プロパガンダに利用していることである。確かに、路上の至る所にロマ人が座っており、当然のように物乞いをされるのは心地よいものではない。私もかなりうんざりしている。しかし、ウソによって人々の感情に「憎しみ・ヘイト」を植えつけるようなプロパガンダは許すべきではない。実際のところ、物乞いをしている路上や寝泊まりしている場所(郊外に置かれたテントやキャビン)で、スウェーデン人から暴力行為を受けたことのあるロマ人は少なくない。ツバを吐かれるのもよくあることだという。放火事件も起きている。だから、今回のキャンペーンがそのような嫌がらせや犯罪行為を助長するのではないかと危惧している。

※ ※ ※ ※ ※


何ごとも百聞は一見にしかずだと思うので、このキャンペーンが始まった翌日である火曜日に、この地下鉄駅に行ってみた。改札階からプラットフォームまで降りるためにはこのエスカレーターを使わなければならない。すると、否が応でもこの広告の下をくぐり、目にしてしまうのである。非常に不快だった自分の住み慣れた社会ではなく、どこか見知らぬ国に来たような気がした。こんな広告が2週間も貼り続けられるのである。

そんな時に冒頭に挙げた「落書きと広告」の議論を思い出した。落書きをしている人達は、広告は「公共空間の商業的・政治的利用である」と批判してきたわけだが、広告もここまで来ると、そういった批判がよく分かるような気がしてきた。それに、不快なものを否が応でも見せつけられる、という点では、路上の壁に殴り書きされた落書きと大差はないと感じた。

私は商業的広告も政治的広告も公共空間から廃止すべきだ、などとは思わないけれど、ある程度の節度はあってほしい。上の写真の両側の壁には小さな広告がエスカレーターに沿って斜めに張ってあるが、普段はここにしか広告がない。この程度の広告であれば広告主がたとえスウェーデン民主党であっても、私は全く構わない。言論の自由を尊重する限り、ある特定の政党の広告だけを排除するようなことはすべきでない。(今回の広告は、普段は広告を置かない場所までも敢えて使っていることから、ストックホルム県公共交通SLはスウェーデン民主党とつながっているなどと言う人が出てくる可能性もあるので書いておく。広告を掲示するときは多くの場合、広告代理店が間に入っているが、代理店の側が出した広告案がたとえ前例がなかったり、突拍子のないものであっても、掲載する側(今回はSL)は自分たちの規定の範囲内であれば認める。それは決して珍しいことではない)

また、広告の大きさ・場所だけでなく、内容についても問題である。虚偽に基づいて特定のグループ(民族)の人間にレッテル貼りをするような内容であるからだ。今回の広告を認可したストックホルム県公共交通(SL)が利用者が不快に感じるかもしれない可能性をどこまで考慮したのかも気になる。SLの広告ポリシーには「人々の気分を害したり、公序良俗に反したり、特定の民族グループを傷つけるような広告は禁止する」とある。かつて、ある動物愛護団体が広告の申請をしたそうだが、写真がグロテスクであり、地下鉄利用者を不快にする可能性があるために認可が下りなかったこともある。遺跡ポンペイの壁画を使った広告が、壁画に描かれた女性の胸が露出しているという理由で当初は却下されたこともあった(笑)。私は今回の広告は、天井一面を使うのではなく、普段通りのサイズの広告にさせるべきだったと思う。美術館などにおける芸術作品の展示であればもっと柔軟なポリシーで良いと思う(民族中傷は別として)。人々はそれを見るか見ないかを選べるからだ。しかし、公共交通は違う。利用者は見ざるを得ないし、サービスの性格上、利用者がボイコットすることも難しい。

広告キャンペーンがニュースで話題になった直後から、様々な抗議アクションが行われた。

これはSNSを通じて瞬く間に広まった風刺画。スウェーデン語と英語を織り交ぜているのは、わざと。


自由党青年部の対抗キャンペーン



環境党青年部の対抗キャンペーン。路上にチョークを使って「Sorry about the mess here in Sweden. We have a serious problem with a racist party.」というメッセージを様々な国の言語で書いている。


面白いジョーク→ 「父と私で新しい地下鉄を敷設しようとしているところ。SLと競合して、市場から淘汰させるため。」


そしてその翌日の火曜日、ストックホルム中心部のNorrmalmstorg広場においてデモ集会が開かれた。私も含め1000人ほどが集まり、スウェーデン民主党とその広告を許可したSLに抗議した。




(ともに筆者撮影)

集会の後半は極左の人が演台に立って演説を始めたので私は適当にその場を離れたが、集会の参加者のうち100人ほどは終了後にそのまま地下鉄駅に殺到し、問題となっている広告を剥がしたという。逮捕者も出ている。2週間貼り続けられる予定だった不快な広告を、地下鉄の利用者が見なくてすむのでホッとする反面、実力行使にはやはり賛成できない。問題解決にはならないからだ。
動画(FB)

この実力行使の翌日、ストックホルム県公共交通(SL)は、剥がされた広告の再掲載を認めない、という決定を下した。同様の実力行使を再び受けるリスクが高く、その際に剥がそうとする地下鉄利用者(!)がエスカレーターの間の部分によじ登ってケガをしたり、他の利用者に危害が及ぶ可能性があるからだという。私を含め、抗議をしてきた人々にとっては結果的には良かったわけだが、その反面、このような形で事態が収束してしまうと、広告に許可を下したSLの責任がうやむやになってしまう恐れがある

(続く)

予算案の採決はどうなる?

2014-12-03 00:07:07 | スウェーデン・その他の政治
来年2015年の予算案採決が今日(12月3日)行われる予定だが、その前日である12月2日、キャスティングボートを握る極右のスウェーデン民主党がついに採決での票の投じ方を発表した。以前から予想されていたことではあったが、スウェーデン民主党は最終的な採決において、野党である中道保守4党連合が共同で提出した予算案を支持すると発表した。そうなると、与党である社会民主党・環境党および閣外協力をしている左党(旧共産党)の議席数を上回るため、与党側の予算案が否決され、中道保守連合の予算案が可決することになる。


左側が中道保守4党+スウェーデン民主党:190票
右側が与党(社会民主党・環境党)+左党:159票

2010年から2014年までの中道保守4党連立政権においても、スウェーデン民主党はキャスティングボートを握っていたわけだが、この4年間は予算案の採決において、スウェーデン民主党が自党の予算案を支持し、最終的な採決においては棄権してくれたおかげで、当時の与党であった中道保守4党の予算案が問題なく可決した。しかし、今回は最終的な採決において棄権しないというのである。

さて、今後のシナリオは?

予定では今日(12月3日)、採決が行われることになっているが、これを延期するという手が与党側にはある。つまり、一度提出した予算案を与党側が撤回し、国会の財政委員会において野党側(誰も相手にしないスウェーデン民主党を除く)と協議・妥協しながら修正予算案を編成し、それを国会に提出し、審議・採決にかけるというシナリオである。

そうではなく、もし与党側がそれでも今日の採決を決行した場合、一つの可能性として、スウェーデン民主党を除く中道保守の野党4党のすべて、もしくは、一部が棄権するケースが考えられる。果たしてそのようなことがありうるのか? あるとすれば、それは中道保守4党のすべて、もしくは一部が「スウェーデン民主党の手を借りてまでも、自分たちの予算案を通すつもりはない」と判断した場合だ(首相選出の時がこのケース)。ただ、この可能性はほとんどなくなってしまった。というのも、今日のスウェーデン民主党の発表を受けて、ロヴェーン首相(社会民主党)は中道保守4党の党首と緊急会合を開催したが、4党は与党側に妥協するつもりはなく、明日の採決では自分たちの予算案に票を投じる、と言って譲らなかったからだ。

今日の採決が決行され、予想通り、与党側の予算案が否決され、中道保守4党の予算案が可決された場合どうなるか? ロヴェーン首相は以前から「その場合は内閣は総辞職する」と宣言してきた。理論的には野党の予算案のもとで与党が政治を行うことは可能だが、それはあり得ないと言っているのである。内閣が総辞職した場合、可能性は2つだ。一つは、新たな選挙である。もう一つは、内閣の再編である。

一つ目の新選挙は、スウェーデンではあまり考えにくい。歴史的に見ると、内閣の続行が難しくなっても、新たな選挙ではなく新たに組閣を行うことで危機を乗り越えるケースがスウェーデンでは一般的だ。その理由の一つとして、新たな選挙が行われたとしても、次の選挙は、その選挙から4年後ではなく通常選挙から4年後なので、次の選挙がまたすぐやって来ることになり、政党にとって非常に費用がかかってしまうことが挙げられる。ただ今回に関しては、通常選挙から間もないため、新選挙をやっても、次の選挙までの期間はそれほど変わらない。一方、今の時点で新たな選挙を行ったところで、誰も得をしないという見方が強い。スウェーデン統計中央庁(SCB)による大掛かりな世論調査が先日発表されたばかりだが、それによると各党の支持率は9月の国政選挙の結果とほとんど変わっておらず、新たな選挙をやってもまた似たような結果になることが考えられるからだ(正確に言うと現与党が若干有利)。それに、野党の第一党である穏健党のラインフェルト党首は辞任を表明し、表舞台から退いているし、件の極右・スウェーデン民主党だって党首が燃え尽き症候群で療養中だ。


以上、いくつかのシナリオを描いてみたが、考えられうるのは、与党が今日の採決を延期した上で、中道保守政党との協議・妥協のもとで予算案を組み直し、彼らの支持を取り付けながら、予算を可決するというシナリオか、与党が今日の採決を決行した上で、否決され、内閣総辞職ののちに内閣を再編(中道右派政党との妥協を容易にするような政権。おそらく環境党が切り捨てられるかも)し、新たな予算案を編成し、国会で可決させるというシナリオが有力ではないかと思う。

過去数年間、スウェーデンの政治は左派ブロック(社会民主党・環境党・左党)右派ブロック(中道保守4党)による「ブロック政治」に彩られてきたが、上に示したどちらのシナリオとも、その打破が必要とされる。ブロックを越えた妥協というのはこれまでもスウェーデンの政治では何度も行われてきたし、極右にキャスティングボートを握られている今こそ、彼らの力を無力化するためにもブロックを越えた妥協が必要とされている。ぜひとも、より柔軟な妥協を各党が見せてくれることを期待したい。


1990年代初めにブロックを越えた妥協を成し遂げた経験がある社会民主党党首(当時)と自由党党首(当時)が現役の議員に対してコメント:「あんたら、もっと協力し合いなさい!」


では、極右であるスウェーデン民主党中道保守4党の予算案を支持する狙いは何か? この党は1ヶ月ほど前には「自分たちの政策により近い予算案に票を投じる」と表明していた。しかし、予算案の歳出面を見てみると、むしろ野党(中道保守4党)ではなく与党(社会民主党・環境党)の予算案に近い。というのも、スウェーデン民主党は、失業保険手当の給付水準の引き上げや、疾病保険手当の受給期間の延長、年金生活者の所得税の低減、医療・福祉部門の人員増強を公約に掲げており、これらに合致するのはどちらかと言うと与党側の予算案であるからだ。

では、敢えて野党側の予算案を支持することで得られるものは何か? スウェーデン民主党がしつこく要求してきたのは「難民の受け入れに充てられる予算の削減」であるが、それが実現できるのか? 答えはNOだ。というのも、上記のシナリオで説明したように、今後、与党は中道保守4党と協議や妥協を重ねていくとみられるが、難民の受け入れ政策に関しては、与党も中道保守4党も考え方は同じであり、協議や妥協によってこの部分の政策が大きく変わることは考えにくいからだ。

だから、結局、スウェーデン民主党の狙いは、スウェーデンの政治に荒波を起こすことで、自分たちの存在感を示すことだと考えられる💩。それに、支持者の手前、あとには引けなくなったという見方もできる。

見通しの分からない予算議決 (その2)

2014-11-21 20:23:13 | スウェーデン・その他の政治
前回は、予算案の採決の行方について書いたが、中道保守ブロックの4党は自身の予算案の提出にあわせて、ちょっとホッとするニュースも発表した。

中道保守ブロックの4党は、「予算採決における慣習を今後も守る」と発表したのである。この「慣習」とは何かというと、一つの予算案「全体」を採決の対象とする、というものである。つまり、それぞれの予算案を一つのパッケージとして捉えて採決を取るということであり、一たび採決された予算案に対しては、そのパッケージの中身を取り出して、個別の項目(たとえば、ある特定の税率の変更)を可決したり否決したりすることはしない、ということである。この慣習のお陰で、ある党が一つの予算案に対して「総論としては賛成だが、各論では反対」と言って、予算案の全体を可決させた後に、個別の項目を否決していく、という手を使うことが封じられているのである。

この慣習は、現在の予算編成プロセスが形作られた1990年代に確立したものであるが、実は昨年12月社会民主党などの左派政党は、この慣習を破ったのである。昨年12月に行われた2014年予算の採決では、当時の与党である中道保守ブロック4党の予算案が議会で可決されたものの、その後、社会民主党らはその予算案に含まれていた「国税所得税の課税最低限の引き上げ」という部分だけを取り出し、議会で審議に掛けたのである。課税最低限の引き上げは所得の高い人に有利となるため、左派政党は反対していたわけであるが、極右のスウェーデン民主党もこの部分に反対の意を示していたため、議決を取れば多数決で否決できることが事前に分かっていたからである。

【過去の記事】
2013-09-26:国税所得税の課税最低限の引き上げをめぐる駆け引き


結局、「国税所得税の課税最低限の引き上げ」社会民主党・環境党・左党とスウェーデン民主党による過半数で否決された。左派政党は当時の与党である中道保守ブロックに目に物を見せてやることができた(※注)わけだが、しかし、それは同時に自分たちの首を絞めることにもなった。というのも、彼らが今や与党となった今、野党に下った中道保守ブロックに同じ手で痛い目に遭わされる恐れがあるからだ。つまり、仮に与党の予算案が12月3日に可決したとしても、その後、野党がその予算案に含まれる個別の項目を取り出して否決することができるのである。自分たちも使った手なのだから、「そんなのルール違反だ」とは批判できない。そして、そのような慣習破りが許されてしまえば、せっかく可決した予算案が、後になって骨抜きにされ、予算決定プロセスそのものがカオスと化す恐れがあった。

だから、今の野党4党がそのような手を使わず、これまでの慣習を維持する、と発表したのは、現在の与党にとっても、そして、予算決定プロセスそのものにとっても非常に良いニュースであった。

ちなみに、「個別の項目を取り出して否決」といっても、どの項目でもいいかというとそうではない。歳出と歳入の大枠と、財政黒字もしくは赤字の大きさについては、予算案の可決の際に既に決められている。その後の調整によって、財政黒字を増やすことは許されるが、財政赤字を増やすことは許されない。だから、予算案から個別の項目を取り出して審議に掛けるときも、「国税所得税の課税最低限の引き上げ」を否決するというような歳入増につながる決定は認められるが、「☓☓手当の給付水準の引き下げ」を否決する、というような歳出増につながる決定はできない


※ 注
予算案というパッケージの一部を多数決にかけて、その部分だけ否決するという「慣習破り」が本当に許されるのかどうか、については最高行政裁判所が現在、判断している最中だ。
最高行政裁判所のHP

だから、社会民主党などが多数で否決した「国税所得税の課税最低限の引き上げ」はまだ宙ぶらりんの状態であり、この結果が出るまでは2014年の所得税の国税部分の課税最低限がどうなるかは分からない。年明けまでには結果を出してくれないと、来年の確定申告に影響が出てしまう。

見通しの分からない予算議決 (その1)

2014-11-17 15:49:14 | スウェーデン・その他の政治
社会民主党環境党からなるスウェーデンの新政権は、10月23日に2015年の予算案を議会に提出した。


これに対し、野党である中道保守ブロックと極右のスウェーデン民主党は自分たちの予算案を11月10日にそれぞれ提出した。(左党は閣外協力という形で与党の予算案に関与しているため、独自の予算案はない)

この3つの予算案をめぐる議会採決12月3日に行われる。採決ではまず支持が比較的少ない2つの予算案の間で多数決を取り、そこで多数を得た予算案と残りの予算案の間で次に採決を取り、そこで多数を得た予算案が最終的に選ばれることになる。

過去4年間の予算案採決では、スウェーデン民主党独自の予算案を提出した上で、まず自分たちの予算案に票を投じ、それが早い段階で否決された後、最後の採決(与党・中道保守ブロックの予算案 vs 社会民主党の予算案)では棄権したため、与党の予算案が否決されることはなかった。そのうえ、スウェーデン民主党は棄権を事前に発表していたため、採決の結果はあらかじめ予想がついていた

しかし今回は、スウェーデン民主党が、予算案をめぐる最後の採決で、今や野党となった中道保守ブロックの予算案に賛成する可能性も仄めかしながら、実際にどう投票するかをまだ明かそうとしていない。


【 与党の予算案が否決された場合 】

もし、スウェーデン民主党が中道保守ブロックの予算案に賛成した場合、この案が与党(社会民主党・環境党)案に数で勝るため、可決することになる。野党の組んだ予算のもとで与党が政策を実行することは考えにくいから、その後のシナリオは、(1) 内閣総辞職の後に新たな内閣の編成(2) 内閣総辞職の後に新選挙、の2つとなる。

(与党と中道保守ブロックの予算は、政策分野によっては予算配分がかなり似通っているため、予算の細かい配分を調節したりすれば、中道保守ブロックの予算のもとで与党が自分たちの政策を実行することも理論的には可能かもしれない。しかし、ロヴェーン首相は、与党の予算案が否決されたら総辞職する、と既に宣言している。)

内閣が総辞職すれば、もう一度、選挙をするというのは自然な流れだと思われるかもしれないが、スウェーデンの場合はむしろ(1)の新たな組閣が一般的だ。スウェーデン議会の任期は4年(以前は3年)であるが、その任期の途中で総辞職にともなう新選挙が行われても、そこから任期を改めて数え直すわけではない。定例選挙から与件の任期がすぎれば、新選挙からの年数に関係なく、再び定例選挙となる。つまり、議会の定例選挙の周期は新選挙の有無にかかわらず一定なのである。だから、次の定例選挙までの年数が少なければ、新選挙をやってもまた定例選挙となるため、政党としてもそれはちょっと面倒と感じてしまい、できれば新たな組閣で政治の危機を乗り越えようとするようである。(どこの国とは言わないが、毎年のように国会選挙を繰り返している選挙大好きの国もあるようだが・・・笑)

新たな組閣となった場合、社会民主党と環境党が再び連立を組むこともあるだろうが、それ以上にありうるのは、社会民主党だけの単独政権となることかもしれない。環境党を切り離したほうが中道保守政党の支持は得られやすく、したがって予算案が可決する可能性が高いと考えられるからだ。


【 与党の予算案が否決される可能性はどのくらいあるか? 】

極右のスウェーデン民主党は、予算案をめぐる最後の採決では「よりマシな」案に票を投じると宣言している。ただ、与党(社会民主党・環境党)の予算案中道保守ブロックの予算案を見てみると、スウェーデン民主党の一番の関心どころである「移民受け入れ」「社会統合」の予算はほとんど変わりがない。また、この党が減らしたいであろう「国際援助」も与党と中道保守ブロックはほぼ同じ額を充てている。

では、他の予算領域はどうだろうか?スウェーデンの予算には27の予算領域があるが、その一つひとつにおいて、与党と中道保守ブロックのどちらの予算案が、スウェーデン民主党の予算案に近いかを比べてみると、実は与党の予算案のほうが近いことが分かる。


赤は与党、青は中道保守ブロック、黄色はスウェーデン民主党

だからといって、スウェーデン民主党が本当に与党の予算案に賛成するか(もしくは、棄権するか)といえば、今のところ確証はないし、これらの数字には現れていない政策の違いもある。例えばエネルギー政策に関しては、スウェーデン民主党は原発賛成なので、同じく原発賛成である自由党のいる中道保守ブロックに考えが近い。いずれにしろ、実際に採決が行われる12月3日まで、どっちに転がるのか分からない。ほくそ笑んでいるのは、そのキャスティングボートを握るスウェーデン民主党である。

スウェーデン民主党は近年、党の「正常化」に努めてきた。つまり、極右というイメージをトーンダウンさせ、他の党と何ら変わらない、責任感のある党だというイメージを確立させようと努力してきた(とはいえ、人種差別・宗教差別的発言のスキャンダルが絶えないが・・・)。もしそうなら、今回の予算案の採決においても、政治や経済の安定性を大きく損なうであろう内閣総辞職とか新選挙につながるような選択は避けるかもしれない。また、新選挙になった場合、党首のジンミ・オーケソンが燃え尽き症候群で一線から退いている今、この党には不利かもしれない。一方で、彼らが政治に嵐を巻き起こそうと思えば、いくらでもできてしまう。

実際の採決まで結果が分からない、という今の状況を打開しようと思えば、中道保守ブロックを構成する4党のどれかが与党側に寝返ることをあらかじめ約束することだ。私は、選挙直後はこの可能性もあるのではないかと思っていたが、この4党は(少なくとも表面上は)これまでの結束を維持しているし、その証として共同で予算案を提出しているから、直前になって与党側に寝返る党が出てくる可能性は非常に小さくなってしまった。

ストックホルム沖の群島海域における領海侵犯疑惑 (その2)

2014-10-22 00:13:03 | スウェーデン・その他の政治
2014-10-20: ストックホルム沖の群島海域における領海侵犯疑惑 (その1)の続き

(追記:【 10月21日(火)夜 】の項を加筆しました)


【 10月20日(月)日中 】

金・土の捜索活動ではKanholmsfjärdenが中心だったが、日曜日に捜索範囲が拡大した後、徐々に南へと移っている。スウェーデン国防軍はおそらく何らかの手がかりは得ており、それが南に移動していることを把握はしているようだ。日曜日に国防軍が公開した目撃写真(前回の記事を参照のこと)は、地図上のJungfrufjärden(ユングフルー・フィヤルデン)付近の海域で撮影されたものだった。

月曜日の捜索活動の中心はMysingen(ミューシンゲン)。午後には、海軍が捜索活動に専念できるように、この海域の民間船の行き来が数時間にわたって禁止された。海軍の艦艇から10km離れるように指示が出たほか、上空も1300mよりも下の高度の飛行が禁止された。海域封鎖は今回の作戦が始まってから初めてのことであり、国防軍はかなり強い手がかりを得ているのではないかと思われたが、その後、国防軍からの詳しい結果発表はなかった。

2日前から話題になっている石油タンカーだが、その所有会社であるNovoship「スウェーデンや世界の注目がNS Concord号の動向に集まっていることを知り、非常に光栄に思うが、この船の動向は特に変わったものではない」と発表し、事件とは関係がないことを強調した。10月23日にPrimorskで荷物を積み、航海に出る予定になっており、それまで公海上で待機していると説明した。(ただし、これで疑いが晴れたわけではない)

前日に国防軍が一般公開した目撃写真を撮った男性が、この日、タブロイド紙Aftonbladet(アフトンブラーデット)のインタビューで「あれは間違いなく潜水艦だったと確信している」と答えた。この20代の男性は、タバコを吸おうと家の庭に出た所、静かな水面上に何かが突き出ており、それが5ノットほどの速さでゆっくりと5、6mほど進んだ後、水の中に消えていった、と説明している。

一方、明らかに誤りである目撃情報もあった。土曜日の午前中、Kanholmsfjärden海域に面した国道を車で走っていた民間人が、水面上に潜水艇が浮上しているのを見つけた。その潜水艇は静止しており、上部半分が水面上に出ているようだったという。この民間人は写真を撮ったものの、日刊紙Dagens Nyheter(ダーゲンス・ニューヘーテル)が詳しく確認した所、スウェーデンの民間会社が所有する観光用の潜水艇であることが明らかにあった。海軍が付近で大規模な捜索活動を行っている時に、この会社は通常通り、お客を乗せて群島海域の入江を潜行して、お客を楽しませていたのだという。「スウェーデン国防軍にも居場所は伝えているから問題ない」とのことだが、付近を通りがかる一般人にしてみれば、国籍不明の小型潜水艇と間違えても仕方がない。人騒がせな話である(笑)。


目撃写真



観光用潜水艇を所有するイベント会社のホームページより


【 10月20日(月)夜 】

再び、Jungfrufjärden付近の海域で撮影された目撃写真の話に戻る。国防軍はこの写真の信憑性が高いと考え、撮影場所を丸で囲んだ地図とともに一般に公開したわけだが、公共テレビSVTが月曜日午後、その写真と地図をたよりに撮影場所を突き止めようとしたものの、そのような場所が見つからなかったという。


一番下の赤丸が撮影場所だと説明された

国防軍が公開した地図とは別の場所で撮影された疑いが出てきたため、SVTが国防軍にその真相を追求したところ、地図で示した場所は完全に正しいものではなく、大まかな場所にすぎないことを認めた。正確な情報を公開しなかった理由として「こちらが手にしている情報を敵にすべて知らせたくなかった。公開した位置情報は正確なものではなく、あくまで大まかなものであることを説明すべきだった」と述べ、なかば意図的なものであることを認めた。しかし、その数時間後「いや、意図的なものではなく、こちらの手違いだった」と見解を改めている。

この晩のニュースはもう一つ。日曜日に住民が撮影し、国防軍諜報局と公安警察が探していた不審人物(前回の記事を参照のこと)の正体が明らかになった。水辺でマスを釣りに来ていたOve(オーヴェ)というおじいさんだった。「新聞に載った写真に私が写っていると、友人が教えてくれた。このストレートのジーンズは私に間違いない」とタブロイド紙Expressen(エクスプレッセン)のインタビューに答えている。公安警察に指名手配された感想は?との問いには「面白いね(Kul)」との答え。


私、怪しい人じゃないっす


【 10月21日(火) 】

この日は再び捜索海域が拡大され、Nämdöfjärden(ネムドー・フィヤルデン)からDanziger gatt(ダンジーゲル・ガット)にかけて広範囲で捜索活動が展開された。民間船の通行は禁止されなかったものの、海軍の艦艇から1km離れるように指示が出された。

昼過ぎ、日刊紙Dagens Nyheter(ダーゲンス・ニューヘーテル)が内部筋の情報として「当たり」があったことを報じた。ただ、それが何を意味するのかは明らかにされなかった。「当たり」があったとされた場所には、実際に複数の艦艇が集まってきた。海軍のダイバー数人が海に入ったことが確認されたものの、艦艇は2時間ほど後、再び散らばっていった。国防軍からはこの動きについての詳しい発表はなかった。

夕方に開かれた国防軍の記者会見では、これまでに発表された3件の目撃情報のほかに、新たに2件の目撃情報があることが明らかにされた。



【 10月21日(火)夜 】

タブロイド紙Expressenによると、件の石油タンカーはロシアのPrimorsk港に向かって東進を始め、スウェーデンから遠ざかっているという。この石油タンカーが果たして小型潜水艇の母艦かどうか、つまり、外見は石油タンカーの形をしているが中は別の構造になっているのではないか、という疑問については、海運業界の専門家は「ありえない」という意見が多い一方で、防衛大学校の専門家は、これまでの動きはやはり怪しく、事件との関連性がやはりあるのではないか、との見方をしている。

一方、日曜日にロシアのサンクトペテルブルグを出港した調査船Professor Logachevは、海中調査や海底探査を専門とする船であり、目的地はスペインのカナリア諸島にあるラスパルマスに設定されていたことは前回の記事で書いた。この船はその後、ストックホルム沖合いを通過し、ポーランドカリーニングラード(ロシアの飛び地)の沖合いまで達した後、そこでしばらく停泊していたものの、火曜日の晩になぜか北上を始めたとタブロイド紙Expressenは伝えている。(この調査船には出港直後からオランダ海軍の艦艇が3隻、張り付くように付近を航行しているとの情報があるが、オランダ海軍は「それはたまたまの偶然だ」と答えているという。)


以上が、これまでの動き。

今回の軍事行動が始まった当初から、スウェーデン国防軍「これはあくまで外国勢力の海中行動に対する情報収集活動であって、潜水艦狩りではない」と強調している。つまり、潜水艦もしくは何らかの人工物の存在と、その動きを確認することが目的であって、それを強制浮上させたり、破壊することは目的には含まない、ということであろう。今晩の記者会見では、国防軍が敵の潜水艦や潜水艇を見つけた場合は、武力を使って強制浮上させることになるとの見解を示していた。しかし、仮に存在が認められたとしても、状況によっては手は出さず、暗黙のうちに領海外に追い出す可能性もあるのではないかと思う。例えば、外務省や国防軍が、ロシアとの外交問題になることを恐れた場合などだ。いずれにしろ、この数日中にどのような展開になるのかが気になる。


○ 領海侵犯の目的はなにか?

さて、この未確認物体の目的はなにか? 国防軍が捜索を開始した金曜日以降、様々な説が議論されている。もし、ロシアの潜水艇であれば、これはロシアとNATOの対立が強まる中で、バルト海で存在感を誇示し、覇権を維持しようとするロシア軍が活動を活発させていることの一つの結果であろう。防衛大学校の専門家は、海中での侵入が疑われる事件はここ2年ほどの間に複数あったと語っている。

ロシア軍による威圧行動は、海の中だけではなく、空でも近年、頻繁に発生している。昨年のイースター休暇の深夜には、ロシア軍の爆撃機が戦闘機の護衛を引き連れながら、スウェーデンの首都ストックホルムを標的とした軍事演習をスウェーデン領空の間近で行っている。この時、(イースター休暇中のため?笑)スウェーデン空軍は無防備で、戦闘機をスクランブル発進させなかったため、国防軍の危機管理体制が大きく批判された。一方、NATOはロシア軍機の動きをちゃんと察知しており(たしかポーランドかバルト三国あたりから)戦闘機が緊急発進していた。

また、今年の6月にはバルト海の公海上で、通信傍受などの情報収集活動を行っていたアメリカ軍の偵察機RC-135が、スクランブル発進してきたロシア機に威圧されたため、恐れをなして進路変更。目の前にスウェーデン領ゴットランド島があったため、スウェーデン領空を飛ぶことで危機から脱しようとしたものの、スウェーデンはNATO加盟国ではなく、その米軍機はまず領空進入許可を得る必要があった。慌ててスウェーデンの航空管制当局に許可を求めたものの、拒絶されたため、「仕方なく」領空を侵犯する結果となった。(領空侵犯であるものの、スウェーデン空軍はそれまでのやりとりをすべて把握しており、米軍機であれば問題ないとして、スクランブル発進はしていない) その後、スウェーデン外務省はアメリカ大使館に抗議している。


7月には、領空進入許可を持たないポーランドの戦闘機が、スウェーデン領空の10kmほど内側を飛行する出来事もあった。(詳細は軍事機密を理由に明らかにされていないが、米軍機と同じようにロシア機に威圧された可能性もある)


また、スウェーデンの空軍機も、バルト海の公海上で通信傍受を行っている時に、ロシア軍機に大いに威圧される出来事が今年に入ってから複数回あった。近年、ロシア機は非常に好戦的で、スウェーデン機の数メートルのところまで接近することが多いという。国防軍通信傍受局(FRA)は、その時に撮影されたSu-27の写真をホームページ上で公開している。


また、つい最近も、国籍不明機に対してスクランブル発進したスウェーデンの戦闘機が超音速で飛んだために、スウェーデンの沿岸部に衝撃波が走り、ニュースになった記憶がある。

今回の事件も、活発になるロシア軍の対外活動の一環かもしれない。スウェーデンを標的にする理由としては、スウェーデンに脅威を与え、NATOへの加盟を思いとどまらせる意図があるのではないかとも憶測されている。(NATOへの加盟は、現在はスウェーデンの政治のアジェンダになっていないし、新政権も今のところはこれまでの非同盟中立を維持する考えだが、近年はNATOとの協力関係もますます強化されており、いっそのこと正式な加盟国になるべきだという考えも国内にはある) また、スウェーデンの領海に潜水艇を使って潜入することで、スウェーデン国防軍の反応を観察し、どの程度の防衛力があるのかを確認する意図があるのではないかという声もある。

さらに、スウェーデン空軍の少佐であり、軍事ネタに関するブログを、職務とは関係なく趣味で開設し、それなりの評判と信頼を集めているCarl Bergqvistによると、ロシアは90年代にスウェーデン領海内の海底にソナーや機雷・魚雷などを遠隔操作で扱うための施設を極秘に設置しており(ロシア側にそれを裏付けるものがあるという)、その機器の寿命が来たため、新しいものに取り替える目的でスウェーデン領海への侵入を活発化させているのではないか、との説を述べている。(どこまで信憑性があるのか私は知らないが、とりあえず紹介しておく)

また、スウェーデン軍による今回の捜索活動が発表された直後は、ロシアではなく、NATO軍の潜水艦という説もあった。というのも、その直前まで、NATO軍による大規模な軍事演習がバルト海のスウェーデン近海で行われていたからである(この演習には非加盟国のスウェーデンも参加している)。その時に参加したNATOの潜水艦がスウェーデン近海に潜んでいるのではないか、とか、ロシアの潜水艦を装ってスウェーデンに脅威を与えることで、スウェーデンの世論をNATO加盟に傾倒させようとしているのではないか、などといった陰謀論もあった。

今回の騒動の犯人として名指しされているロシア「NATOの軍事演習に参加したオランダの潜水艦の仕業だろ。多額の金を使って潜水艦探しをするよりも、とっととオランダ政府に問い合わせたほうが、費用がかからないし、納税者のためになるんじゃね?」との声明を発表している。(スウェーデン国防軍は、現在続く捜索活動の対象がロシアの潜水艦もしくは小型潜水艇だとは言っていないが、スウェーデンのメディアは、軍の内部筋から得た情報をもとに「ロシアの可能性が高い」と報じている)

しかし、オランダなどNATO加盟国の潜水艦であれば、スウェーデン軍は情報を持っているはずであるし、演習に参加したオランダ艦の居場所は分かっているので、その可能性は考えにくいだろう。無論のこと、オランダもロシアの主張をすぐに否定している。

ストックホルム沖の群島海域における領海侵犯疑惑 (その1)

2014-10-20 03:50:13 | スウェーデン・その他の政治
ストックホルム沖の群島海域における領海侵犯疑惑について、国内外で大きなニュースになっている。私もニュースを追っているうちに、サスペンス小説を読んでいるかのようにワクワクしてきたので、これまでの流れを簡単にまとめてみたい。時間がないので、走り書きであることをご了承いただきたい。

◯ 事件の流れ

【 10月17日(金)夕方 】

スウェーデン国防軍は、ストックホルム沖の群島海域の一つ、Kanholmsfjärden(カンホルムス・フィヤルデン)において大規模な軍事作戦を始めたと発表。その海域において「外国勢力による海中活動が行われているという情報を入手したため」であり、その情報は「信頼のおける情報源から得られた」と説明した。


Kanholmsfjärden(カンホルムス・フィヤルデン)


作戦には海軍の新型艦Visbyや旧型艦Sundsvallなど、対潜哨戒や爆雷投下の能力を持つ艦船や小型艇などが参加。参加部隊は海軍の海戦部隊や沿岸作戦部隊、予備役のほか、空軍のヘリコプター部隊などであり、総勢200人ほど。投光機などを用いながら夜を徹した捜索活動が続けられた。

ロシアの潜水艦や小型潜水艦の可能性が最初の段階から指摘されたが、国防軍は「国籍は不明」と答えた


【 10月18日(土)午前 】

日刊紙Svenska Dagbladet(スベンスカ・ダーグブラーデット)が、大規模な軍事作戦のきっかけとなった「信頼のおける情報源」とは群島に住む民間人である、との報道を、国防軍の内部筋の情報を元に伝えた。この民間人は17日(金)の昼過ぎにKanholmsfjärden(カンホルムス・フィヤルデン)の海域において不審物を目撃し、それを国防軍に通報したという。


【 10月18日(土)午後 】

国防軍は、この日の朝から兵力と対潜哨戒能力を増強して、外国勢力の海中活動を捜査していると発表。また、海中活動が行われている可能性のある海域を絞り込み、その海域に捜査活動を集中させているとも伝えた。








スウェーデン海軍の中では最も新しいコルベット艦 Visby


【 10月18日(土)夜 】

日刊紙Svenska Dagbladet(スベンスカ・ダーグブラーデット)が、さらなるスクープを発表。大規模な軍事作戦が展開される前日の16日(木)の深夜スウェーデン国防軍の通信傍受局ロシア語による通信を傍受したという。この通信は、ロシア軍が緊急連絡用に用いる周波数で発信されたものだった。

その翌日に、ある「信頼のおける情報源からの目撃情報」があり、大規模な捜索活動が始まったわけだが、その日(17日)の22時に国防軍通信傍受局は再び同じ回線を使った通信を傍受している。ただ、前日の通信とは異なり、この時は暗号化されており、内容は把握できなかった。一方、交信双方の発信場所は突き止めることができたという。それによると、一つはKanholmsfjärden(カンホルムス・フィヤルデン)であり、もう一つはバルト三国とポーランドの間にロシアが飛び地として領有しているカリーニングラードだった。ここにはロシア海軍の軍港がある。

日刊紙Svenska Dagbladetは、この情報の出どころは「スウェーデンの諜報活動に関わる人」とし、それが国防軍通信傍受局なのか諜報局なのか、それとも各部隊付きの諜報担当者なのかは明かしていない。しかし、この情報は現在の捜索活動に携わる複数の関係者にも確認を取り、信頼性が高いと判断したという。

17日(金)の午後に始まった軍事作戦(捜索活動)は、昼過ぎの目撃情報から2時間も経たないうちに開始されたわけだが、このスクープ情報が正しいとすれば、国防軍はその目撃情報が入る前から、「外国勢力による海中活動」を察知していたわけで、その素早さの説明がつくことになる。

また、ロシア軍の緊急連絡用回線を使ったロシア語による通信だったという点から、ストックホルムの群島海域において、ロシアの潜水艦もしくは小型潜水艇が事故を起こして潜水活動に支障をきたし、コントロールを失っている可能性が考えられるが、このスクープ情報をもたらした筋は、そこまでの確証はないと答えていたそうだ。一方、そのスクープ情報に対するスウェーデン国防軍の公式見解「ノーコメント」だった。


この晩の日刊紙Svenska Dagbladetのスクープはこれだけではなかった。国防軍が捜索している対象が仮に「外国勢力の小型潜水艇」だとすれば、近くの海域に母艦が存在する可能性があるが、それと思わしき艦艇が実際にストックホルム沖合いのバルト海に待機しているというのである。船名はNS Concordであり、リベリア船籍だがロシアのノヴォロシースク(黒海沿岸)にあるNovoshipという企業が所有しているという。この船は全長244メートル、幅42メートルで排水量が10万トンを超える石油タンカーであり、15日(水)からバルト海の公海上で待機し、錨を下ろすことなく、付近を行ったり来たりしているのだという。目的地はデンマーク海峡として登録されている。





この謎の石油タンカーは、スウェーデン軍が捜索活動を始めた17日(金)午後スウェーデンの沿岸から40海里の所にいたものの、日刊紙Svenska Dagbladetこのタンカーの存在を報じた直後の22時頃、東に進路を取り、遠ざかっていったという。また、それまではネット上の海上交通情報サイトMarinetraffic.comで確認できていたものの、突然姿を消したともいう。船に取り付けられた発信機を切った可能性が考えられる。

ただし、スウェーデンの海上交通庁の広報担当者によると、ただ単に発信機の電波の届かない海域に入ったためだという可能性もあり、今回の「外国勢力の海中活動」との関連を断定するのは早計だ、とコメントしている。また、石油タンカーが港の外や公海上でしばらく停泊することは珍しいことではなく、例えば、石油価格の動向を見ながら、利益が上がるタイミングを見計らって売買契約を結び、入港するというケースはあることだ、とも説明し、慎重に判断しなければいけないとしている。

一方で、このタンカーの目的地は「デンマーク海峡」と登録されているのに、それからかなり離れたバルト海のストックホルム沖合いで数日間も何を屯(たむろ)しているのか。それになぜ錨を下ろさないのか、という疑問点もあり、不信感が拭えない。

(ちなみに、このタンカーを所有するNovoshipという会社は、Sovcomflotというロシア国営企業グループに属すが、この社長はSergej Frankといい、2000年代初めのプーチンの第一政権において運輸大臣をしていた男であり、プーチンを取り巻く権力グループの1人だという。彼の息子は、プーチンの親友であり石油商社Gunvorで巨額の富を築いたGennadij Timtjenkoの娘と結婚しているという報道があるが、これだけでは今回の事件との関連性はなんとも言えない。さらに再び「ちなみに」だが、Timtjenkoはクリミア半島併合にともなうアメリカのロシア制裁の対象となっている男で、制裁が発表される前日に自分が持つGunvorの株をスウェーデン人のビジネスパートナーに売却している。)


【 10月19日(日)午前 】

スウェーデン国防軍による捜索活動は、規模がさらに拡大する。前日には、捜索海域が狭められたという発表があったものの、この日の捜索では前日よりも海域が拡大された。


【 10月19日(日)午後 】

スウェーデン国防軍は、メディアで報じられているロシア潜水艇の可能性について、「そのように断じることはできない」としながらも、「しかし、その可能性も現時点では排除できない」と答えた。

この日の午後は、新たな情報がメディアで報じられた。

まず、2週間前の出来事について。スウェーデン海軍の沿岸作戦部隊が小型艇で訓練をしていた所、海中の何らかの物体と衝突し、小型艇が大破。4人の兵士が海に放り出される事件が2週間前に起きていたという。小型艇は沈没したものの、兵士は近くの島に泳ぎ着くことができ、無事だった。場所は現在まさに捜索活動が続くKanholmsfjärden(カンホルムス・フィヤルデン)の海域であった。この時は、海中の大型ブイに衝突した可能性が指摘されたものの、もしかしたら外国の潜水艇であったかもしれないという。

また、日刊紙Dagens Nyheter(ダーゲンス・ニューヘーテル)は、該当海域の島にて黒い服を来てリュックサックを背負った不審人物が目撃され、国防軍諜報部と公安警察が手配中だと伝えた。この不審人物は、島に住む一般住民が目撃し、写真に撮っている。



さらに、この前日話題になった石油タンカーについてだが、東進をやめて、南に向かい始めた。そして、この日の午後、目的地をそれまでのデンマーク海峡からロシアのプリモルスクに変更したと、スウェーデンの海上交通庁が伝えた。また、日刊紙Dagens Nyheterの記者がヘリコプターでこの石油タンカーの上空まで飛び、様子を報道した。「2度ほど旋回してみたが、甲板には誰も見当たらなかった。しかし、操縦席にオレンジ色の服を着た男の姿が最後に見えた」と伝えた。タンカーは海面上に大きく浮いており、積み荷がないことが分かったという。



そして、ニュースがもう一つ。ロシアの調査船Professor Logachevが、昨夜、バルト海に面したサンクトペテルブルクの港を出港したというのである。この調査船は、海中調査や海底探査を得意とする船だという。航海の目的地はスペインのカナリア諸島にあるラスパルマスに設定されているとのことだが、今回の事件との関連性も考えられる。


【 10月19日(日)夜 】

スウェーデン国防軍は記者会見を開き、過去数日の間に不審物体の目撃情報が3件あったことを発表した。一つは、この前日にSvenska Dagbladetがスクープした、群島に住む民間人による17日(金)の昼過ぎの目撃情報だが、同じ日の午前中にも別の目撃情報があったという。また、19日(日)の朝10:15にも群島の間の海域で不審物が目撃されたことがわかった。水面上に何かがあり、この目撃者が写真に収めた直後に、海面下に沈んで姿を消したというのである。

国防軍は、その時の写真の一つを一般に公開した。



とりあえず、今はここまで。

第一次世界大戦とスウェーデン

2014-08-18 02:17:07 | スウェーデン・その他の政治
1914年夏に始まった第一次世界大戦からちょうど100年だ。7月終わりにセルビアに対して宣戦布告したオーストリアを支援する形で、ドイツが8月初めにロシアフランスに宣戦布告。露仏に挟まれたドイツは二正面作戦を避けるため、主力を中立国のベルギーに侵攻させ、開戦から6週間でフランスのパリを陥落させ、その勢いで打って返してロシアと戦う、というシュリーフェン計画を実行したものの、イギリスの参戦もあり、パリまであと僅かのところで頓挫。ドイツ東部でも動員に数週間かかると見ていたロシア軍の動きが予想以上に早く、結局、2つの戦線で同時に戦うことを余儀なくされる。一方、フランスもモラルの高い仏軍が負けるはずはないと確信し、普仏戦争で失ったアルザス・ロレーヌ地方を奪還すべく、開戦直後は攻勢に出た。どちらの両陣営でも大勢の若者が戦争にロマンと生きがいを見出し、高揚感に包まれたまま軍隊に志願していく。

「クリスマスまでには帰れる」と、両陣営とも短期決戦を見込んでいたが、戦線が膠着し、塹壕戦に突入。1918年の停戦まで、実に4年も続いた長い総力戦となった。

今年が開戦から100年であるため、公共放送であるスウェーデン・テレビ(SVT)は他のヨーロッパのテレビ局と共同で大きなドキュメンタリー番組を作成し、夏の間に8回にわたって放送した。当時の映像と、手の凝った再現ドラマを交えながら、実際に戦争に加わった各国の将校や兵士、市民などの手紙や日記をもとに、4年にわたって続いた総力戦の全体像を描いていて、非常に興味深かった。登場する実在人物の中には、息子を戦争に送り出して間もなく戦死の知らせを受け取ったドイツ人夫婦、独軍占領下のフランス少年、赤十字の看護婦、コサック兵に加わって従軍したロシア少女、年をごまかしてイギリス軍に入隊したイギリス人の中年ジャーナリストなどがおり、彼らの再現ドラマが同時並行で進んでいく。

スウェーデンは非参戦国であるためあまり登場しないが、それでも、パリのレストランで働いているうちに戦争が始まったためフランス軍に志願してドイツ兵と戦ったスウェーデン青年(途中で戦死)や、ドイツ軍に自分から志願して加わったスウェーデン将校、赤十字看護婦としてロシアで捕虜を看護したスウェーデン女性、女性参政権を求める活動家などが登場する。(日本からは、赤十字看護婦などの日記が少しだけ登場する)


【 スウェーデン 】

当時のスウェーデンがどういう状況だったのか、少し調べてみた。開戦当時のスウェーデンの人口は570万人。その4分の3は農村で暮らし、ストックホルムにはわずか38.6万人しかいなかった。産業革命はイギリスから大きく遅れて1850年代に徐々に始まったが、そんな産業化も1890年代から飛躍的に進んでいった。農業生産でも近代化が進んだ結果、1900年から1914年の間に生産高が倍増。1850年代から19世紀末にかけては貧困のために人口の4分の1がアメリカ大陸に移民するような状況だったが、国民の生活水準が上昇した結果、貧困はもはや過去のものとなり、アメリカへの移民も大きく減少していた。

スウェーデンは、東はロシア、南はドイツ、東はイギリスと、3つの大きな帝国に囲まれた状況の中、第一次世界大戦の勃発に際しては隣国ノルウェーとデンマークとともに中立を宣言した。とはいえ、ベルギーのように中立国であっても侵略される恐れはある。そのため、徴兵中の若者や動員令で集められた35-42歳の予備役が、沿岸部や要塞に配置された。この当時のスウェーデン軍の兵装の特徴はフェルト製の三辺帽だ。





中立宣言と(紆余曲折を経た)外交の結果、スウェーデンは第一次世界大戦に巻き込まれることはなかったが、完全な傍観者でもなかった。戦争開始に伴い、ドイツとロシアの国境地帯は戦場と化したために交通が断絶。開戦時にそれぞれの敵国に滞在していたロシア人やドイツ人・オーストリア人・ハンガリー人がスウェーデン経由で本国に帰国している。また、物流もスウェーデンを介して、東西を行き来することとなった。特に、同盟国であったフランス・イギリスとロシアを東西に結ぶルートとして、スウェーデンは大変重要な位置にあった。


スウェーデンの東の隣国はフィンランドであるが、当時はロシア帝国に属していた。スウェーデンとフィンランド(ロシア)の間にはバルト海が横たわるが、バルト海も戦場となっていたため、物資の輸送に海路は避けたい。そのため、スウェーデン北部の陸路が使われることとなった。開戦当時、フィンランドに面した国境のうち、スウェーデンの幹線鉄道が伸びていたのはKarungi(カルンギ)という小さな村のみだった。Karungiの南にはHaparanda(ハパランダ)という町があったが鉄道は伸びていなかった。そもそも、スウェーデン政府はロシア国境まで鉄道を伸ばすことには戦略上の理由から消極的だった。ロシアと戦争になった場合にロシア軍に鉄道を利用され、スウェーデン侵攻を容易にしてしまうことを恐れていたためである。しかし、国境貿易に鉄道はあったほうが良い。そんなジレンマの中での一つの妥協として、小さなKarungiまでは鉄道を敷いていたのである。






このKarungiがロシアとドイツおよび西ヨーロッパを結ぶ重要な拠点となったのである。スウェーデン南部の港に着いた物資や郵便物は、鉄道を使ってKarungiまで運ばれた。Karungiでは2000頭の馬が待ち構え、冬の間は凍ったトルネ川の上をソリでフィンランド側の村Karunki(カルンキ)まで届け、夏になると船に取って代わられた。同様に、ロシアからの物資・郵便物は鉄道で国境の村Karunkiまで届けられ、スウェーデン側のKarungiに運ばれ、鉄道でスウェーデン南部の港まで輸送された。




そのため、もともと寒村だったKarungiには開戦からまもなく数多くの掘っ立て小屋が建てられ、税関や郵便局のほか、銀行、ホテルや喫茶店が設けられた。ヨーロッパのあちこちから商人のほか、外交官やスパイ、密輸集団、そして、一攫千金を夢見る人々が集まり、その賑わいはまるで国際都市、いやゴールデン・ラッシュ時のクロンダイクのようだったという。Karungi郵便局が一日に取り扱う郵便物は13トンに達し、取扱量で見るとヨーロッパで最大となった。戦争難民も毎日500人のペースでこの国境を通過したらしい。

一夜にして始まったそんな賑わいも、また一夜にして終わりを告げる。1915年7月に幹線鉄道が南のHaparandaの町まで延伸すると、国境取引はHaparandaに舞台を移して続けられることになる。物資の行き来があまりに多いため、そのうち、スウェーデンとフィンランド(ロシア)の間に川をまたぐケーブルが張られ、ケーブルづたいに物資が運ばれるようになっていく。





【 スウェーデンを介した捕虜交換 】

戦争が長引くにつれ、参戦各国は大量の捕虜を抱えていく。物資不足で自軍の食糧にすらこと欠く中、捕虜は粗末に扱われ、非常に悲惨な状況だった。1915年、スウェーデン赤十字はストックホルムで国際会議を開催。ロシア、ドイツ、オーストリア、ハンガリーから政府代表団が招かれ、捕虜待遇を改善すべきであることが合意される。その後、スウェーデン政府は、ロシア軍によってシベリアに送致されたドイツ兵捕虜のもとに看護婦と救援物資を届ける活動を始めていく。

また、1915年8月にはスウェーデン外務省の仲介によって、ドイツ・オーストリア軍とロシア軍の間で捕虜交換を行うことが決定される。この時の経路も、やはりスウェーデン北部の陸路(Haparanda)であった。国境でロシア軍から引き渡された捕虜は、用意されたベッド付きの特別列車に乗せられ、スウェーデンを縦断し、南部の港町Trelleborg(トレレボリ)から赤十字船でドイツに搬送された。ドイツ軍に捕らえられたロシア兵捕虜はその逆ルートでスウェーデン北部へ運ばれ、ロシアへ帰国していった。こうして、スウェーデンを介して交換された捕虜の数は、ドイツ兵3500人、オーストリア兵・ハンガリー兵22000人、ロシア兵37000人、トルコ兵400人と、合計63000人になる。






ちなみに、レーニンは1917年4月に滞在先のスイスからスウェーデンに入国。ストックホルムで共産主義活動家を訪ねたあと、鉄道でスウェーデン北部のHaparandaに行き、国境を超えてロシアに帰国し、ロシア革命に加わっている。

欧州議会選挙 - 投票立会人として働く (その2)

2014-06-24 13:57:38 | スウェーデン・その他の政治
ずいぶん時間が開いてしまいました。スポーツイベントが幾つもあったためです。その結果は、次回以降に書くとして、とりあえず前回の続きを終わらせます。

※ ※ ※ ※ ※


朝11時になった。私の午前中のシフトが終了。1時半まで昼休憩だ。昼ごはんを食べながらラジオのニュースを聞いていると、「前日までに投じられた期日前投票の数が、前回5年前の欧州議会選挙と比べて大幅に増加した」と伝えている。前回の選挙では93万人弱だったが、今回は120万人を少し上回るという。このため、全体の投票率も前回を上回ると期待される。

昼ごはんを終えて投票所の小学校に戻る。まもなくして、ある有権者が夫婦でやって来た。妻は選挙管理委員会から送付された投票カードを持参していたが、夫のほうは「自宅に送られてこなかった」と言う。夫婦で同居しているので、妻と同じ投票区だろうと思い、選挙人名簿を確認してみるけれど名簿には名前がない。何かのミスで、隣の投票区に分類されたのかもしれないと、隣の教室の投票立会人に頼んで、その投票区の名簿をチェックさせてもらったが無い。市の選挙管理委員会に電話して問い合わせたが、この市の選挙人名簿にはこの男性の名前は見つからないという。私をはじめ、その場にいた投票立会人も首を傾げていた。

ハッと気づいて、その男性に「スウェーデン、もしくはEU加盟国の国籍を持っていますか?」と尋ねてみたところ、持っておらずケニア国籍であることがわかった。「だけど、スウェーデンにはもうずいぶん長く住んでいる」と男性は答える。確かに、スウェーデン語はほぼ流暢だ。

なるほど。残念ながら、欧州議会選挙はEU加盟国の国籍保持者でなければ投票権がない。スウェーデンにいくら長く居住しようが関係ないのである。実は、私もこの選挙では投票権がない(にもかかわらず、こうして投票立会人として働いているわけではあるが・・・笑)。ただ、この男性が誤解した理由もよく分かる。スウェーデンの地方議会(県・市)の投票権や国民投票(レファレンダム)の投票権は、スウェーデンでの居住が3年以上の外国籍保持者にも与えられるため、私も2003年のスウェーデンのEMU(欧州通貨同盟)への加盟の是非を問う国民投票では投票できた(国民投票より、国レベルの住民投票と書いたほうが良いかもしれない)。だから、この男性が今回の選挙で自分にも投票権があると誤解したのも無理はない。

さて、午後になってからの有権者の足並みも午前中とあまり変わらない。ポツリポツリと人が訪れるけれど、教室が混みあい、入場制限を設ける必要は全くない。4人の有権者が同時に教室内に居合わせ、いっぱいになったことが一度だけあった。

時間を持て余していたので一緒にいた投票立会人とこんな計算をしてみた。今回の選挙の有権者数は約700万人。ラジオの報道によるとこのうち120万人が既に期日前投票を済ませている。割合にして有権者全体の17%。投票率は5年前の選挙が45.5%。今回はそれよりも増えるだろうから、仮に50%とすると、この差の33%(50-17=33)が今日、投票所に足を運ぶことになる。私たちの働く投票区の有権者数は約1200人だから、この33%は396人。投票時間は午前8時から午後9時までの13時間なので、投票所にやってくる有権者の数の一時間あたりの平均は30人。つまり、2分で1人がやってくるという計算になる。今日の私たちの実感とよく合致しているな、と頷きあった。

スウェーデンの国政選挙の投票率は85%。それに比べると、欧州議会選挙の投票率はその半分ほどしかない。その理由は、国内政治に比べ、EUを舞台にした政治が身近には感じられないし、何を議論しているのかよく分からないという印象を持っているスウェーデン人が多いためだろう。しかし、それでも過去10年で見ると上昇してきてはいる。2004年が37.9%だったのに対し、2009年は45.5%となった(そして、今回は51.1%となったが、この時点ではまだ知る由もない)。

EUの立法府二院制に例えると分かりやすいと思うが、これまで大きな権力を持ってきた閣僚理事会(上院に相当)に対し、欧州議会(下院に相当)は徐々に権限を増してきた。そのため、欧州議会を通じてEUの政治に影響力を行使できるという期待が、投票率の上昇につながった一つの要因であろうし、今回の選挙キャンペーンにおいてはこれまでと比べてEUの具体的な政策が議論され、メディアも大きく取り上げたことがもう一つの原因だと思う。実際のところ、前回2009年の選挙以降、例えば漁業政策環境政策などで欧州議会がEUの政策を動かしたケースがいくつかあり、特に漁業政策の改革についてはスウェーデン選出の議員が大きく関わっていたため、スウェーデンでも大きく報道された。

これに関連して言えば、一国の国境を越えた問題、例えば、環境問題や経済問題、難民受け入れの問題などは、スウェーデンだけではなく、ヨーロッパレベルで取り組まなければ解決が図れない、と感じるスウェーデン人はどんどん増えているように感じる。今回の選挙では、他のヨーロッパの国々では、EUからの離脱を主張したり、EUの意義を否定する政党が躍進したケースもたくさんあるが、スウェーデンにおいてはそのような勢力への支持が限定的だったのは、そのような背景があるのだと思う。EUレベルの決定権各加盟国の主権とのバランスの問題は、スウェーデンでの選挙キャンペーンでも盛んに議論はされてきたが、「EUが何でもかんでも決めすぎ。加盟国それぞれが決定権を持てる領域をもっと増やすべき」という主張はあっても、「EUは必要ない」とか「EUから離脱すべき」という主張は極右政党に限られた。

夕方になると、一人の老女が杖をつきながらやって来た。外国訛りのあるスウェーデン語で、投票の仕方を尋ねられたので、一つひとつゆっくりと教えてあげると、指示に従って投票された。その後、時間があったので他の投票立会人も加わって一緒に世間話をしていたが、非常に和んだ雰囲気だったので、ある立会人が「母国語は何ですか?」と尋ねてみると、「ハンガリー語」だという答えが帰ってきた。そして、自分はハンガリーからの難民で、1956年にハンガリーで民主化運動が起き、ソ連軍が介入して制圧した時に国境を超えて国を逃れ、スウェーデンに受け入れられたのだと話してくれた。ハンガリーからの難民は私も何度か出会ったことがある。ヨーテボリ大学で事務をしている同僚も、親の世代が難民としてやって来た移民二世だ。「民主選挙で投票できるのは良いことですね」としみじみ語って、この老女が去っていったのが非常に印象的だった。

午後のシフトが終わり、ずいぶんとお腹が減っていたので、近くのショッピングモールに行くと、火災警報が鳴ったために消防車が数台駆けつけ、屋内にいた客や従業員が建物の外に避難したところだった。誤報のようだが中にはしばらく入れないようなので、全く逆の方向にあるスーパーまで歩いて行く羽目になった。

夜のシフトは午後8時から。投票所が閉まる9時までの間、特に変わったことはない。5月下旬なので日はずいぶん長く、日の入りは9時すぎで外は明るい。

投票所となっている教室の入口には、各党の投票用紙が置かれていて、有権者はそこから自分で選んで封筒に入れて投票するわけだが、有権者がどの党の投票用紙を選んだかは、周りから丸見えである。民主選挙の重要なポイントの一つである秘密投票の原則が守られていないのでは、と思う人もいるかもしれない。私がスウェーデンで初めて投票した2003年の国民投票(↑先述)の時に私も戸惑った。近くにいた投票立会人に私が「Ja」を選んだのか、「Nej」を選んだのか、あるいは「白票」を選んだかが丸見えだったからである。


しかし、間もなく知ったのは、ここではすべての党、あるいは選択肢の投票用紙を選んで投票所に入り、衝立の向こうで誰にも見られない状態で票を封筒に入れれば良いということであった。投票における秘密投票の原則は投票用紙を選ぶ時点ではなく、衝立の向こうで投票用紙を封筒に入れる時点で保証されるものである、ということは今回の投票立会人のための事前講習でも強調されていた。

さて、夜9時になったので投票は終了し、開票作業に取り掛かる。投票は終了しても、投票所そのもののドアを閉めるわけではない。開票作業を外部の者がだれでも監視できるように、投票所は開かれたままなのである。

まず、期日前投票を投票箱に入れる作業から始める。前回書いたように、期日前に投じられた票は、投票日当日にその有権者の所属する投票区の投票所に送られてくるわけだが、すぐに投票箱に入れるわけではない。期日前投票をしても、投票日当日に後悔票を投じることができるため、その場合はその有権者の期日前投票を無効にしなければならないからである。

今回は、そのような後悔票を投じた人が3人いたので、その人たちの期日前投票を分けて特別なビニール袋に入れる。そして、残りの期日前投票を投票箱に入れる。

そして、投票箱にすべての票が入ったことを確認してから、蓋をあける。まず、数の確認。今日投票した人と期日前に投票した人の数の和が、票の数と一致しなければならない。投票立会人はみんなドキドキだったが、幸いにもピッタリと一致した。

次に、開票作業開始。各票は小さな封筒に入れられているので、まずその封筒を破いて票を取り出すことから始める。ただ、破きやすいような工夫がしてあるため、そんなに時間が掛からない。破いてみると、中に票が2つ入ったものが5件あった。この投票所では有権者が票を投じる際に、封筒には1票しか入っていないことを念入りにチェックしていたので、おそらく、期日前に投じられた票であり、期日前投票所でのチェックが甘かったことが原因ではないかと思う。そういった二重票は即日開票ではカウントせず、選挙管理委員会の判断を仰ぎ、数え直し作業後の最終結果でカウントすることになる。(判断については、2票とも同じ党の場合はその党への1票としてカウント、2票が異なる党の場合は無効にするのだと思うが、いずれにしろそういう判断は私たち立会人ではなくて選挙管理委員会がする)

この他、開票作業においては、どう対応すべきか、頭を悩ますケースがいくつかあったが、幸い私はこの前日に日本から戻ってくる飛行機の中で必要な資料や選挙法の重要な部分は目を通していたので、あまり自信のなさそうな私たちの代表をうまくサポートできた。

各党の得票数を集計。この合計も、全ての票数(選挙管理委員会の判断を仰ぐ票は除く)と一致しなければならないわけだが、ここでもピッタリ一致。夜10時半すぎに選挙管理委員会に電話を入れ、開票結果を通知。投票所として使われた教室の片付けをして、撤収。票そのものも指定された袋にきちんと小分けして、代表が直接、市の選挙管理委員会に届ける。私が帰宅のためのバスに乗ったのは11時過ぎだった。

公共テレビSVTではこの晩、夜8時からずっと開票特番を放送している(開票作業中に見ることはダメ)。出口調査の集計結果が夜9時に発表されたあと、実際の開票結果が発表されるのが夜11時。何故11時まで待つかというと、EU加盟国の中にはスウェーデン時間の夜11時に投票所が閉まるところがあるためだ。そのため、スウェーデンのある投票所での開票作業が早く終わったとしても、それがすぐに報道されるわけではない。

私が11時過ぎにバスに乗って、携帯電話でテレビ放送を見たところ、ちょうど開票結果が発表されたところだった。この時点で9割ほどの投票所で集計が終了していた。バスを乗り継いで家に着いたのが夜中の0時。この時は、99.5%の投票所で集計が終了していた。


前日に日本から戻ってきて、今日は朝早くから働いた。長い一日だった。