スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

女性議員の比率が高い理由 & 若手候補者の下剋上

2014-09-29 22:37:32 | 2014年選挙
前回の記事では、当選した国会議員の女性比率が43.6%になったことを書いた。この値はその4年前の選挙における45.0%よりも若干減ってしまったが、それでも国際的に見ると高い。では、どうして女性比率を高くできるのか?


【 女性議員比率が高い理由 】

その理由は、比例代表制の選挙制度候補者名簿の順序にある。スウェーデンの選挙制度は全国を29の選挙区に分けた中選挙区の比例代表制だ。各党はそれぞれの選挙区における獲得議席数に応じて候補者名簿の上位から順番に当選者を決めていく(特定の候補者を繰り上げ当選させる補完的制度については後ほど触れる)。

その候補者名簿を見てみよう。まずは社会民主党のストックホルム県選挙区の候補者名簿だが、女性候補者には印をつけてみた。一番目の男性候補者に続いて、女性候補者と男性候補者が完全に交互に連なっている。


社会民主党の別の選挙区の候補者名簿も見てみよう。これはヨーテボリ市選挙区だが、今度は第一位が女性でその後、男性候補者と女性候補者が交互に並んでいる。


そして、当選議席数に応じて上から順番に当選者が決まる。だから、社会民主党では女性候補者も男性候補者とほとんど同じような確率で議員に選ばれることになる。

では、なぜ、そしていつから男女が交互に並ぶ候補者名簿が作られるようになったのか? 以下は私が社会民主党の女性部会(社会民主女性同盟)の代表から以前、直接聞いた話だ。女性の政治参加と男女平等を求める動きは、女性参政権を求める運動として20世紀始めころから徐々に始まっていき、戦後、特に1970年代からますます強まっていったものの、ブルーカラー労働者が支持者や党員の多くを占める社会民主党は伝統的に男性中心の価値観が根強く、パルメ首相やその後を継いだカールソン首相を始めとする党執行部がいくら男女平等に積極的な考えを持っていても、党全体の価値観の変革は遅く、改革意欲も低かった。そこで、社会民主党の女性部会は1990 年代前半「社会民主党が男女平等政策をもっと積極的に推し進めたり、選挙の際に男女交互名簿制を導入したりしないのであれば、私たちは独立して、新たに女性党を結成するぞ」という脅しを掛けたという。社会民主党は、党の支持者の半分以上が女性であったから、女性議員たちが新たな党を結成すれば支持者が社会民主党から流れ、大きな打撃を受ける恐れがあった。そのため、社会民主党では1994年の国政選挙および地方選挙(県・市)から男女交互名簿制を導入するようになったという。

他の党も次第にこの動きに倣っていったようで、例えば、保守政党である穏健党の候補者名簿を見てみても、ストックホルム県選挙区の名簿では、完全に交互ではないにしろ、ほぼ交互に近い形で男性と女性が並んでいることが分かる。


ただ、同じ穏健党のヨーテボリ市選挙区の名簿を見てみると、候補者20人中、女性は7人しかいないことが分かる。このように同じ党の中でも選挙区によってまちまちであるようだ。


ついでなので、すべての国政政党の候補者名簿(国政選挙のみ)の女性割合を調べてみた。下のグラフから分かるように、社会民主党や左党、環境党といった左派政党は、全候補者に占める女性の割合がほぼ50%か、50%を上回っている右派政党でも極右のスウェーデン民主党を除けば、候補者の42-44%を女性が占めていることが分かる。



ここで一つ思い出してほしい。前回の記事で各党の女性議員の比率を紹介したが、その中で女性比率が際立って低かったのは、スウェーデン民主党自由党だった。自由党は、「男女平等」を選挙キャンペーンや政策論争でも大々的に主張していたから、自らのイメージを汚してしまう結果となった。スウェーデン民主党は上のグラフから分かるように候補者の女性比率も低いから、議員の女性比率が低いのも無理はないが、不思議なのは自由党だ。自由党の候補者の女性比率は44%でそんなに悪くない。例えば、自由党のストックホルム県・ストックホルム市選挙区の候補者名簿を見てみると、ほぼ交互に男女が並んでいる。



それなのに、自由党の当選議員を見てみると女性の比率はわずか26%にしか達していない。このからくりは何だろう?

この謎解きの答えは、各選挙区の候補者名簿のトップ候補者にある。自由党のように得票率が一桁台に留まる政党は20前後の議席しか獲得できない。全国には29の選挙区が存在するから、全く議席が取れない選挙区もあるし、獲得できたとしてもせいぜい1議席という選挙区がほとんどだ。だから、候補者名簿全体でいくら女性候補者の比率が高くても、各選挙区のトップ候補者を男性ばかりが占めていれば、当選する議員はおのずから男性ばかりが占めてしまうことになる。

試しに、29選挙区それぞれにおける各党の候補者名簿をチェックして、トップ候補者に占める女性の割合を計算してみた。結果は、自由党が31.0%。つまり、女性がトップ候補者である選挙区は、全29選挙区のわずか約3分の1しかないのである。



ただ、自由党だけが特別なわけではない。社会民主党穏健党トップ候補者に占める女性の割合は3割を切っている。それなのに、当選議員に占める女性比率は社会民主党が47%穏健党が52%だ。これはなぜかというと、これらの党は規模が大きいので、各選挙区ではトップ候補者だけでなく複数の議員が当選しており、トップ候補者の性別が議員全体の性別割合にほとんど影響を与えていないのである。(上のグラフにおいて同様に比率の低いキリスト教民主党に関しては、1人当選区ではやはり男性当選者が多いが、2人の議員が当選しているストックホルム市選挙区でたまたま2人とも女性であったため、女性議員の割合を若干押し上げてくれた)

参考までに、トップ候補者、第3位までの候補者、第5位までの候補者、候補者全体のそれぞれに占める女性の割合を政党別にグラフにしてみた。


(注:スウェーデン民主党はすべての選挙区で単一の候補者名簿を使用しているので名簿が一つしかない。自由党はストックホルム県選挙区とストックホルム市選挙区で共通の名簿を使用しているので名簿は28。その他の党は29。穏健党と自由党はそれぞれの選挙区ごとの名簿の他に全国統一名簿も使用しているが、後者は計算に入れていない)


【 特定の議員を繰り上げ当選させる制度 】


どの候補者が議席を獲得するかは、各政党が事前に決めた候補者名簿の順序に従う。しかし、有権者がどの候補者を当選させたいかを意思表示できる制度もあったほうが良いということで、1998年から補完的に導入された個人指名制度がある。有権者は投票の際に、その選挙区で立候補している候補者を最大一人選び、名前の前にチェック ☑ ができるのである(このオプションは行使してもしなくても良い)。そして、ある候補者に対するチェックの数が、その選挙区において候補者が所属する政党の得票数の5%を超えた場合、その候補者は候補者名簿での順序に関係なく、繰り上げ当選できるのである。

今回の選挙では、この制度によって11人の候補者上位の候補者を押しのけて、繰り上げ当選することになった。(一定数以上のチェックをもらい、繰り上げ当選する権利を得た候補者の中には、もともと候補者名簿での順位が十分に上のほうで、この制度がなくても当選していた候補者もたくさんいたが、それらはここには含んでいない)

以下は、その11人。


環境党・ヨンショーピン県選挙区。名簿では4位だった26歳女性は環境党学生部会の代表を務めていたので、おそらく若い有権者の人気を得ることができ、64歳男性、28歳女性、42歳男性を押しのけて繰り上げ当選。


環境党・ソーデルマンランド県選挙区。51歳男性が54歳女性(現職国会議員)を押しのけて当選。


環境党・ヴェストラヨータランド県北部選挙区。40歳女性が57歳男性を押しのけて当選。


左党・ヴェストマンランド県選挙区。59歳男性が39歳女性を押しのけて当選。彼は、市議会選挙で左党が過半数を獲得してきたFagersta(ファーゲシュタ)市でこれまで市長を務めてきた、カリスマ的左党議員。


社会民主党・イェムトランド県選挙区。4位の30歳男性が2位の48歳男性と3位の50歳女性を押しのけて当選。


キリスト教民主党・ヨンショーピン県選挙区。3位にいた27歳男性(現職国会議員)が1位の54歳男性(現職閣僚)と2位の58歳女性(現職閣僚)を押しのけて当選。まさしく下剋上


自由党・ヨーテボリ市選挙区。5位の29歳男性が、1~4位の同世代候補者との戦いを制して当選。


自由党・ウプサラ県選挙区。35歳女性が59歳男性を押しのけて当選。


自由党・ヴェストラヨータランド県北部選挙区。28歳男性が64歳女性を押しのけて当選。


穏健党・ヴァルムランド県選挙区。3位の38歳男性(現職国会議員)が2位の42歳男性を抑えて当選。


中央党・スコーネ県南部選挙区。31歳女性が44歳男性を押しのけて当選。


全体としてみると、この制度のおかげで当選した議員にはどちらかと言うと若い候補者が多いようだ。若い候補者のほうが、自分への個人票を集めるためのキャンペーンを張るのが上手だろうし、有権者も若い人のほうがこの個人指名制度を利用して、チェックを入れる人が多いからだと思う。(この制度を利用しない有権者もたくさんいるが、それはどちらかと言うと高齢者に多いのではないかと思う)

また、繰り上げ当選する候補者が現れる確率は大政党よりも小政党のほうが高い。繰り上げ当選のためのハードルは、その選挙区において候補者が所属する政党の得票数の5%なので、得票数が比較的少ない政党の候補者のほうがハードルは低くなる(ただ、得票数があまりに少ない党だとそもそも獲得議席がゼロになってしまう)。

最後に、この制度は男性候補者に有利なのか、女性候補者に有利なのか? 今回、繰り上げ当選した11人の候補者のうち4人が女性だが、この結果だけではどちらとも言えない。性別よりも年齢のほうがより大きな影響力を持っているのではないかと私は感じる。

2014年国政選挙の最終結果: 投票率・女性比率・年齢比率

2014-09-22 00:13:08 | 2014年選挙
票の数え直し作業が金曜日から土曜日にかけて終了し、2014年国政選挙の結果が確定した。即日開票の結果から得票率が僅かに変わった結果、キリスト教民主党の議席が1つ減り、一方、環境党の議席が1つ増えることになった。環境党は4年前の国政選挙に比べてあまり振るわなかったが、同じ議席数を維持することができた。



投票率は、前回お知らせしたとおり1.2%ポイント伸びて、85.8%となった。第二次世界大戦後におけるスウェーデンの国政選挙投票率をグラフにしてみた。70年代・80年代には90%台に達した投票率はその後、80%にまで下がったが、いま再び上昇傾向にある。



今回、なぜ投票率が伸びたかについては様々な意見があるが、主なものを挙げると

・選挙キャンペーンをメディアが集中的に報道し、党首討論や政策ディベート、政党デュエルなど、政策論戦のテレビ・ラジオ番組が今年は特に多く、有権者の関心を惹きつけた。

・社会民主党を中心とする左派ブロックの優勢と、それにラストスパートをかけて果敢に差を縮める穏健党を中心とする右派ブロックの間の戦いがスリリングだった。

政治に対する関心や信頼が低くて普段はあまり投票に行かない層を、スウェーデン民主党が惹きつけ、投票所に足を運ばせた。

政治・政治家に対する有権者の信頼が近年、高まる傾向にある。その理由は私も考えている最中だが、簡単に思いつくものとしては、ヨーロッパの国々が経済危機や財政危機にさらされてきた中、スウェーデン政府が歳入・歳出をきちんと管理して盤石な財政を維持し、マクロ的な経済不安を払拭してきたこと。

期日前投票の利便性の高さ。2010年の選挙では票を投じた人の33.3%が期日前に投票をしているが、今年の選挙ではその割合が36.1%に上昇している。


【 当選議員の男女比 】
当選した349議員のうち、男性は197人、女性は152人で、女性議員の割合は43.6%となった。前回2010年の選挙では45%だったから、若干低下してしまった。政党別に見てみると面白い。


多くの党において女性議員の比率は40-60%のスパンに収まっているのに対し、スウェーデン民主党22%という低い数字が際立っている。また、自由党26%と低い。自由党は選挙戦においては自らを右派陣営におけるフェミニズムの党だと主張し、「Feminism utan socialism」(社会主義に依らないフェミニズム)というスローガンを選挙ポスターにも用いていた。だから、この低い女性議員比率は党の自己イメージにとって大きな痛手となったことであろう。

(自由党のこの選挙ポスターを誰かがパロディー化して「Feminism utan feminism」(フェミニズム不在のフェミニズム)とか「Feminism utan kvinnor」(女性不在のフェミニズム)に変えて笑いを誘ったことがあったが、案外まちがいではなかったようだ(笑)。)




【 年齢別の議員比率 】
当選した議員のうち、最年少は21歳最年長は81歳だ。年齢別に数えてみると、
21-30歳: 42人(12.0%)
31-40歳: 77人(22.1%)
41-50歳:104人(29.8%)
51-60歳:101人(28.9%)
61-70歳: 23人( 6.6%)
71-80歳: 1人( 0.3%)
81歳- : 1人( 0.3%)


選挙権も被選挙権も18歳から与えられるので、18歳や19歳の議員が誕生することは珍しいことではないが、今回は10代の国会議員は出てこなかった。一方、上記の「21-30歳」をより詳しく見てみると、21-25歳が12人いることがわかる。

過去の記事
2010-10-20: 18歳の国会議員の誕生
2010-11-08: グスタフ・フリドリーン 「議員が一生の仕事であってはならない」(その1)
2010-11-10: グスタフ・フリドリーン 「議員が一生の仕事であってはならない」(その2)


歳取った長老たちが幅を利かせているどこかの国会とは非常に対照的だが、他方で、スウェーデンの議会には60歳以上の議員がもうちょっといても良いのではないかとも思う。

下は、政党別の年齢比率と、年齢のメディアン(中央値)をまとめたもの。



極右のスウェーデン民主党に若い議員が多く、メディアンの年齢が38歳となっている。その次に若いのが、環境党、左党、自由党だ。

(注:ここでの年齢は生まれた年から割り出したもの。誕生日を一つ一つ調べて選挙投票日時点での年齢を割り出すのは面倒なので、誰もが今年すでに誕生日を迎えたという仮定で計算している)

上のグラフは10年スパンの年齢別グラフだが、5年スパンのグラフも作ってみた。ただ、煩雑で見にくくなってしまった。参考までに。


投票率は上がったかも! & 今後のプロセス

2014-09-18 17:56:35 | 2014年選挙
気になる投票率だが、どうやら上昇した可能性が高い

即日開票の結果によると投票率は83.3%だった。ただし、これは暫定的なものであり、最終結果ではない。即日開票では、投票日直前に投じられた期日前投票の送付が間に合わずカウントされていない(※注)し、判断の難しい票についてはカウントしない。これらの票は、投票日の翌日から約1週間かけて行われる数え直し作業の時にカウントしたり、正式な判断を下して票数に加算され、最終結果が発表される。

前回2010年の国政選挙の投票率を見てみると、即日開票では82.1%、そして最終結果では84.6%だった。だから、即日開票同士を比較してみると、1.2%ポイントほど伸びていることが分かる。最終結果では即日開票の投票率よりも少し上昇するから、もし上昇幅が同じくらいならば、最終結果においても前回より投票率が上昇していることになる。(この記事を書いている時点で、数え直し作業は95%終わっているが、それによると投票率は85.3%に達している)

参考のために、過去4回の国政選挙の投票率をまとめてみたい。

2002年 即日開票 79.1%、最終結果 80.1%
2006年 即日開票 80.4%、最終結果 82.0%
2010年 即日開票 82.1%、最終結果 84.6%
2014年 即日開票 83.3%、最終結果 85%超???(乞うご期待) 85.8%!
<追記>
金曜日の午前中にすべての票の数え直しが終わった。それによると、投票率は85.81%で、4年前よりも1.24%上昇したとのことだ。Bravo!


(※注)
期日前投票は、実は投票日当日でも可能だ。投票日当日に自分の属する投票所に行けない場合、当日でも開いている期日前投票所が全国にあるのでそこに行けば投票できる(ただし、当日の期日前投票所の数は限られている)。ここで投じられた票は即日開票にはカウントされず、その後の数え直し作業の時に加算される。


【 今後のプロセス 】

第一党となった社会民主党ステファン・ロヴェーン党首は、国会議長から内閣の編成を託され、組閣作業を続けている。社会民主党は少なくとも環境党と連立を組むと見られているが、2党の獲得議席数を合わせても137議席。左党を足しても158議席にしかならず、過半数の175議席には程遠い。そのため、安定した政権運営のためには、右派ブロックの政党とも手を組む必要がある。

社会民主党に比較的近いのは、中央党自由党であるが、この2党は旧共産党である左党を毛嫌いしており、左党が加わる協力関係に参加する可能性は薄い。

そのため、なんと社会民主党のロヴェーンは早くも投票日の翌日「左党とは組まない」と宣言してしまった。どうせ左党と連立を組んでも過半数には行かない。それなら、彼らを早々に切り捨てることで、中央党や自由党の支援を取り付けやすくし、過半数に達しようじゃないか、という賢明な選択だ。それに、今の段階で左党を切り捨ててしまったところで、左党が穏健党やスウェーデン民主党と組んだり、彼らの法案や予算案に賛成することはまずありえないので、結局、社会民主党を支援するか、採決で棄権するしかない、という読みもある。つまり、組閣において今の段階で彼らを切り捨てても、いずれ自分たちの後押しをしてくれるのだから問題ないということだ。当然ながら左党のヨーナス・ショーステット党首は驚きと怒りを露わにしている。

9月29日に国会議長の選出が行われる。複数の党が候補者を出した場合、採決を3度行っても過半数の支持を集める候補者がいなければ、3回目の投票で一番多くの支持を得た候補者が議長に選ばれる。

その後、9月30日に国会が開会され。首相の選出が行われる。ここで、もしスウェーデン民主党が右派陣営と協力した場合、反対が過半数となり、その候補者は否決される。首相選出は4回まで試みることができるが、それで決まらない場合は再選挙となる。

首相が選出され、内閣が成立すると、新内閣は遅くとも11月17日までに予算案を提出しなければならない。ここでもしスウェーデン民主党が与党側(社会民主党+環境党)の予算案を却下し、野党(右派ブロック)の予算案を通した場合、与党側が右派ブロックの予算をベースに政権を運営することは考えられないので、内閣は辞職することになる。この場合、野党側が新たな内閣を作るか、もしくは国会解散となり、総選挙が行われる。


内閣の不成立と再選挙を防ぐためには、社会民主党中央党 and/or 自由党の協力を取り付けることである。(andになるかorになるかは、社会民主党から既にそっぽを向けられた左党が、それでも社会民主党と環境党からなる連立政権を消極的に支援するかどうかに掛かっている。左党が協力するなら、中央党か自由党のどちらかの協力だけで過半数に達する)

私は再選挙や解散総選挙の可能性は小さいと思う。各党が政治の世界での力比べに明け暮れているうちにスウェーデン社会は刻々と動いていくし、政策も実行していかなければ経済が停滞してしまい、競争力を失ってしまう。だから、グズグズしていられないという焦りを(スウェーデン民主党を除く)すべての党が感じているだろう。どの党も無責任な党だとは思われたくない。だから、安定した政治運営のために、中央党自由党社会民主党+環境党に政策分野ごとに協力・妥協する可能性は十分に高い。

このような状況(少数与党)にスウェーデンの政治が直面するのは、何も初めてのことではない。90年代には中央党が少数与党だった社会民主党政権と協力関係を築いていたし、2010年からこれまで政権を担ってきた中道右派連立も過半数に達せず、分野によっては環境党と協力関係を結び、政策を実行してきた。スウェーデン民主党が左派陣営の案に同調して、内閣の法案を否決したことが10回ほどあったが、内閣の予算案そのものが否決されたことはなかった。なぜなら、スウェーデン民主党は独自の予算案を毎回提出し、その案に賛成していたので、野党(左派ブロック)の予算案が可決することがなかったからである。

今回の新たなチャレンジとしては、スウェーデン民主党が既に野党(右派ブロック)の予算案への賛成を仄めかしていることである。そうなると、与党の予算案が国会を通らず、政治的危機に陥ってしまう。そのため、左派陣営・右派陣営の垣根を越えた協力や妥協が今まで以上に必要とされているわけだが、中央党も自由党もそれは分かっているので、うまく立ち振る舞ってくれると思う。

今回の選挙結果は非常に残念な結果となったが、これを契機にブロック政治を解消させることで、この残念な状況を少しでもポジティブな方向に変えていってほしいと思う。

国政選挙の開票結果

2014-09-17 00:04:47 | 2014年選挙
投票日当日は投票立会人として、一つの投票所で朝から夜遅くまで働いた。その話は次に置いておくとして、まずは選挙結果から。

左派ブロック(社会民主党+環境党+左党)43.7%に対し、これまで政権を握ってきた右派ブロック(穏健党+中央党+自由党+キリスト教民主党)39.3%しか獲得できず、左派が勝つことになった。



今回の得票率と前回2010年の選挙での得票率の比較(灰色)、および配分議席数


しかし、以下の点が非常に残念な結果となった。
左派ブロックが投票日直前までの世論調査が示していたほど得票率を伸ばせなかった
○ 特に、スウェーデン民主党を抑えて第三党になってくれることを期待していた環境党がボロボロだった
○ また、4%のハードルを超えて議席を獲得する可能性があったフェミニスト党が3.1%に留まり、議席獲得を逃した。
○ 極右のスウェーデン民主党は事前の世論調査では10~11%くらいは獲得すると予想されていたが、それを大きく上回った
○ キリスト教民主党が(おそらく戦略的投票のお陰で)生き残った。

上の図を見れば分かるように、左派ブロック(社会民主党+環境党+左党)のそれぞれの党の得票率は前回の選挙とほとんど変わっていない。特に社会民主党については、モーナ・サリーンを党首に据えて大敗を喫した2010年の選挙よりも僅かに回復したのみである。

したがって今回の選挙では、左派が支持を伸ばしたために勝った、というよりも、右派(現政権)がコケたために左派が結果として勝った、と言える。

上の図を見ると、穏健党が大きく支持を減らし、その分がそのままスウェーデン民主党に流れたようにも見えるが、それは必ずしも正しくない。詳しくは続きをどうぞ。

(注:ちなみにここで示している開票結果は、即日開票の結果である。今週一週間かけて、すべての票の数え直しが行われている。ここでは、即日開票の際に判断が難しかった票についても県の選挙委員会による判断がくだされるし、即日開票に間に合わなかった期日前投票の票もきちんとカウントされ、おそらく金曜日頃に最終結果が発表される。そのため、得票率や配分議席数は若干変化する可能性がある。)


【 大敗した穏健党 】

リーマン・ショックや財政危機に見まわれ財政赤字が拡大したり、危機の後遺症で経済が停滞しているヨーロッパの多くの国々に比べ、スウェーデン経済はその危機を早く脱出し、順調に成長している。国の債務残高もGDP比で40%前後と非常に低い水準にとどまっている。だから、そんな好条件のなかで政権を担う党が大きく負けたことに、海外メディアは首を傾げているようだ。

今回の大敗の理由を分析するにあたっては、前回2010年の選挙でなぜ穏健党が30.1%も獲得できたかを考える必要がある。ラインフェルト首相のもとで穏健党は支持率30%台という快挙を達成できたわけだが、その理由は党にとっての内因外因との両方による。

まず、外因から。政敵である社会民主党はこの時、モーナ・サリーン(女性)が党首に就いていたが、人気が芳しくなかった。また、選挙に先駆けて、環境党と旧共産党である左党と連立を組むことを発表していた。しかし、本当は社会民主党に票を投じても良いと考えている有権者の中には、これらの二党、特に左党に不信感を抱く人も多く、彼らの票が左派ブロックから右派ブロック、特に穏健党に流れてしまう結果となった。

次に、穏健党そのものの内因だが、「責任ある経済・財政運営」という強みが有権者の信頼を得ていた。リーマン・ショックや財政危機のためにヨーロッパ経済が大波に揉まれている中で、スウェーデンは財政状況も健全で、危機からの立ち直りが早かった。2010年の選挙において穏健党は左派政党ほど社会保障や教育などへの公共投資を公約に掲げてはいなかったが、ヨーロッパ経済がそのような混乱の渦中にあるなか、多くの有権者は歳出拡大ができないのは仕方がないと考え、危機を乗り切るには2006年から2010年まで4年間の実績がある穏健党に票を投じたほうが賢明だと考えたのだった。

しかし、様々な危機がひとまず過ぎ去った今、穏健党の売りどころであった「責任ある経済・財政運営」を有権者はそれほど重要だとは思わなくなってきた。一方で、社会保障・社会福祉の綻びも目立つようになっていた。そもそも穏健党は2002年の選挙で前党首が「大規模な減税」だけを全面に打ち出して選挙戦に挑んで大敗し、その廃墟の中から穏健党を立て直したのがラインフェルト党首であったが、その次の2006年の選挙で彼が国民に約束したのは、社会民主党が掲げるのと同じくらいの社会保障・社会福祉政策漸進的な減税を同時に実現することだった。ラインフェルトは、就労インセンティブの強化と社会保障制度の効率化・スリム化でそれを実現できると訴えたのである。このビジョンに多くの有権者が共感し、政権交代となったわけだが、それから8年経ち、減税は達成されたものの、一方で学校教育や高齢者福祉の質の低下や、失業手当を始めとする社会保険の地盤沈下が問題として取り上げられるようになった。

にもかかわらず、今回の選挙戦で穏健党は相変わらず「責任ある経済・財政運営」を全面に打ち出して選挙戦に挑んだ。2006年の選挙戦の時のような新しい社会ビジョンは提示されなかった。これまで続けてきた減税はストップさせたものの、増税はほとんどするつもりがない。そして、国庫という財布の紐ばかりを気にするあまり、社会保障への公共支出はあまり拡大できないし、新たな改革を行う余裕もない、と有権者に理解を求めた。しかし、他のヨーロッパ諸国に比してこれだけ経済が安定的に成長しているなら、もっと社会保障への歳出を拡大してほしい、と感じる有権者も多く、彼らが穏健党から離れていった。この時、増税してでも良いから社会保障への歳出を増やすべきだ、と考える人は社会民主党に流れ、いや、増税するよりも難民の受け入れを減せば財源を確保でき、社会保障に充てることができる、というスウェーデン民主党の分かりやすいレトリックに惹かれた人たちがスウェーデン民主党に流れたようである。

下のグラフは、2010年の選挙で穏健党に投票した人がどこに流れたか、また2014年の選挙で穏健党に投票した人がどこから来たか、を公共テレビSVTの出口調査の結果を元に私が計算したものだが、社会民主党スウェーデン民主党への流出が激しいことがわかる。また、他の中道右派政党への流出も流入を上回っており、穏健党がほとんどの党に対して負けたことが分かる。

穏健党の不調は投票日の前から明らかだったので、新たに「私たちはスウェーデンを造っていく」というスローガンを打ち出し、住宅の新規建設を公約に盛り込んだりしたが、時は既に遅かった。


あくまで出口調査結果を元にした推計であり、不確実性も高いので、0.3%ポイントを下回る政党については「その他」(灰色)に含めた。
「初回投票者」とは主に初めて選挙権を得た18歳~22歳までの若者である。



【 支持が伸びなかった社会民主党 】

2010年選挙で穏健党に流れた票の一部が社会民主党に戻ってきたわけだが、社会民主党の得票率はほとんど変わらなかった。それは、社会民主党の支持者の一部がスウェーデン民主党に流れてしまったからである。

下のグラフは、2010年選挙で社会民主党に投票した人がどこに流れたか、また2014年選挙で社会民主党に投票した人がどこから来たか、を示したものだ。スウェーデン民主党に対して2.2%ポイントの票が流れ、逆に0.5%ポイントの票がスウェーデン民主党から流れこんでいるため、純減は1.7%ポイントである。それに対し、穏健党からの流入は2.3%ポイント、流出は0.6%ポイントであり、純増は1.7%ポイントである。つまり、穏健党から社会民主党へ流れた票とほぼ同じ数の票が、社会民主党からスウェーデン民主党へ流れたということである。フェミニスト党へは0.5%ポイント失っている。

>



【 支持が低迷した環境党 】

フェミニスト党への流出が一番多かったのは環境党だ。0.9%ポイントの支持者がこの党に支持を変えている。この中には、投票日当日の記事で私が書いたように、フェミニスト党に4%ハードルをクリアさせて議席を獲得させたい戦略的な投票行動も含まれているだろう。

非常に驚いたのは、環境党の得票率が選挙に先駆けて行われていた数多くの世論調査による予想を大きく下回ったことだ。世論調査では10~13%の得票率が予想されており、スウェーデン民主党との間で熾烈な第三党争い(銅メダル争い)を展開していると報じられていたから、いざ投票が行われ、わずか6.8%という得票率を目の当たりにすると呆然としてしまう。

おそらく、環境党の支持者は他の党、とくにスウェーデン民主党の支持者に比べると、電話による世論調査に応じる可能性が高く、その結果、世論調査の多くが環境党の得票率を過大評価していたと見られる。(逆にスウェーデン民主党の支持者は世論調査を断るケースが多く、過小評価されていたことが考えられる)

また今回の選挙では、環境問題・気候変動問題にはほとんど焦点が当てられなかった。今年の夏は記録的に暖かかったし、気候変動の結果とみられる極端な気象現象がスウェーデンでも確認されているのに、これらの問題が選挙を前にしたディベート番組などでも主要テーマとして取り上げられることが残念ながらなかった。環境党はガソリンに掛かる二酸化炭素税の引き上げ(リットルあたり0.70クローナ)を公約に盛り込んでいたが、それが多くの有権者(とくに農村部)にはネガティブに映ったようである。






【 躍進したスウェーデン民主党 】

スウェーデン民主党は既成政党に対する不満票を集めて、大きく票を伸ばした。不満票をうまく集めることができた理由は、よく言われるように移民・難民受け入れの大幅な抑制という公約のほか、今回の選挙戦では高齢者に特にターゲットを絞り高齢者福祉の充実や、中道保守政権の導入した勤労所得税額控除によって勤労所得よりも重く課税されている年金所得への所得税を軽減するという公約が、一部の高齢者に受け入れられたためだと思われる。



○ 難民の受け入れに対する不満

これについては、ラインフェルト首相の夏演説に触れておかねばならない。スウェーデン政治の恒例として、夏休みが終わった頃に各党の党首が自分たちの好みの場所を選んで、メディアや支持者を招き、演説をする。Sommartal(夏演説)と呼ばれるこの演説では、通常は秋から始まる国会での意気込みや政策方針を説明するのだけれど、今年は選挙が直後に控えており、選挙キャンペーンの一環としての位置づけがあった。穏健党の党首であるラインフェルト首相は、その演説の中で難民受け入れへの理解を国民に求めたのである。まず、イラクやシリア、ガザにおいて人道的な状況が深刻化していることに触れ、スウェーデンへ庇護を求める難民の数も大きく膨らむだろうと述べた。そして、「スウェーデンの人々にお願いしたい。心を開いて、危険に晒されたこれらの人々を迎え入れてほしい。戦乱から逃れようとする難民の数はユーゴスラビア紛争の時の数に匹敵している。ユーゴ紛争の時に私達が多くの難民を受け入れたことを思い出してほしい」と続けた。また「それには大きな費用が掛かる」とも触れ、しかし、スウェーデンにはそれだけの経済的余裕があることを説明したのであった。

私は彼のこの演説はとても良いものだと感じた。難民の受け入れには費用が掛かる。これは当然のことだ。住居を確保したり、生活保障をしたり、スウェーデン語の教育も提供しなければならないため、短期的には費用がかかる。しかし、スウェーデンの多くの政党はこれまでその費用について触れるのを避けてきたように思う。場合によっては、費用が掛かることすら認めようとしないケースもあった。そして、その点をスウェーデン民主党が突いて「こんなに費用が掛かっているんだぞ」と批判し、彼らの支持が伸びる一つの要因になってきたと思う。この点は私もヨーテボリ大学の同僚と何度か議論しかことがあるが、費用が掛かることは事実として認め、その上で、戦乱を逃れてきた人を人道的に受け入れるのは意義があることだし、長期的に見ればスウェーデン社会や経済にとってもプラスになることを国民に説明していくべきではないかと思っていた。

だから、ラインフェルト首相がそれを明確に発言したのはとても良かったと思うし、これで、「費用が掛かっている」「いや、掛かっていない」といった不毛なやりとりに終止符が打たれると期待した。

一方、ラインフェルト首相の意図はもう一つあった。穏健党のところで触れたように、穏健党は今回の選挙戦において新たな歳出を極力拒んできた。失業保険の給付額上限が据置きされてきたのに引き上げるつもりはないし、年金生活者の所得課税の引き下げもするつもりがなかった。そして、その理由として、穏健党は増税をほとんどしないから財政的な余裕が無いことをこれまでは説明していたのだが、この夏演説でさらに、難民の受け入れには費用がかかるからということを自らの消極的なマニフェストの言い訳に使ったのである。

そのため、彼の夏演説はむしろ彼の意図とは逆の効果を持ってしまった。特に失業者や疾病給付の受給者、それから、低所得者層で経済成長の恩恵をなかなか感じられない人たちが、「自分たちの状況を改善してくれないのに、難民の受け入れに予算を使うのはおかしい」と感じ、スウェーデン民主党の支持率を逆に増やしてしまった可能性がある。


○ 社会一般に対する不満票

では、難民や移民に対する反発が、スウェーデン社会で大きく増加しているかというと、これは判断が難しい。ヨーテボリ大学政治学部が毎年、スウェーデンの住民を対象に様々なテーマに関して世論調査を行っており、難民の受け入れに対する人々の考えについても質問している。「スウェーデンは難民の受け入れ数を減らすべきか?」という問いに対して、「非常に良い・まあまあ良い考えだ」と答えた人の割合を見てみると、長期的なトレンドとして減少傾向にある。



だから、難民の受け入れ、という具体的な政策に対する不満だけでなく、社会一般に対する不満スウェーデン民主党への支持を高めたと考えるべきだと思う。これまでの中道保守政権のもとで、社会保険の給付条件が厳格化され、給付水準も実質的に引き下げられたため、これまでせっかく社会保険料を払ってきたのにいざというときに十分な給付を受けられない人が増えている。それにともない、貧富の格差も拡大してきた。穏健党が支持を失った理由の一つはまさにこの点であるが、かと言って、社会民主党も社会給付の大きな引き上げを謳っているわけではないし、増税をするとも言っている。そもそも、右派ブロックも左派ブロックも掲げている政策主張にあまり違いがないと感じている有権者も多い。だから、社会に不満を感じている人の票が、第三極としてのスウェーデン民主党に流れたのであろう。

また、選挙戦において他の政党同士が繰り広げている、数字を使った雇用政策や税制に関するややこしい議論に比べて、「難民・移民の受け入れを90%減らせば☓☓億クローナの財政的余裕が生まれ、社会保障や福祉に充てることができる」という分かりやすい主張に惹かれた人も多かっただろう。(ただ、ヨーテボリ大学の同僚が詳しい試算をしてみたところ、彼らが言っている半分も財政的余裕は生まれないという結果になったw)

実際のところ、公共テレビSVTの出口調査によると、スウェーデン民主党の支持者に比較的多いのは失業者や社会給付受給者、ブルーカラーの人々、政治に対する信頼が低い人だという結果が出ている。また、男性が支持者の多くを占めているという。


○ ネオナチ性のトーンダウン

この政党のルーツは、80年代終わりか90年代頃のネオナチ運動に端を発しているが、現在の執行部は世論一般に支持を伸ばすためにその極端性をトーンダウンさせて、他の党と変わらない、普通の党であるというイメージを全面に打ち出してきた。党員が差別的な発言をすることを厳しく取り締まり、表向きだけは「差別をしない党」という体裁を取り繕ってきた。

その結果、この党に票を投じるのはモラル的なハードルが高いと感じていた人でも、以前よりは気軽に投票できるようになってきたと思われる。

ただ、党の執行部はそのつもりでも、草の根の党員には、非常に醜い差別的考えを持っている人たちもたくさんおり、今回の選挙戦でも差別的なコメントをフェイスブックや他のサイトで行っていることが発覚した候補者が次々と辞退する結果になった。


※ ※ ※ ※ ※


投票日の翌日、今回の国政選挙の結果を分析するセミナーが大学研究者やメディア、ジャーナリスト、利益団体などを対象に、ストックホルムで開かれた。事前申込者で満員の会場では、公共テレビの出口調査を総括しているヨーテボリ大学の教授や、大手新聞の論説委員が選挙結果をどう解釈するかについて熱く議論した。



社会民主党政権時代の財務大臣であったパー・ヌーデルも登場し、ラインフェルト首相の夏演説について触れたが、彼は「難民の受け入れは、長期的にはスウェーデン社会が抱える人口学的チャレンジ(つまり、少子高齢化)に対する一つの解決策として有効であるから、その側面からの意義をもっとしっかり説明すべきだった」と語っていた。

今日の総選挙の見どころ: 果たして左派陣営が過半数を取れるか!?

2014-09-13 23:18:22 | 2014年選挙
ついに総選挙の投票日がやって来た。私は早朝から投票立会人として働き、夜8時の閉場後は開票作業を行うが、国会・県議会・市議会の3つの選挙が同時に行われるため、開票作業はおそらく深夜までかかることになるだろう。終電を逃すことも十分考えられるので、研究室に泊まった時のために寝袋を持参するつもり。

開票番組は非常に白熱することになるだろう。注目は、左派陣営が勝つか、現在の連立政権である右派陣営が勝つか、ということではない。これまでの世論調査の結果からは左派陣営が勝ち、政権および首相が変わることはほぼ間違いないと見られている。選挙戦が終盤に近づくにつれて、両陣営の差が少しは縮まったものの、日刊紙 Dagens Nyheter(DN)の一番最近の世論調査でも左派(社会民主党+環境党+左党)が46.3%に対し、右派(穏健党+自由党+中央党+キリスト教民主党)が39.6%と、いまだに左派が優勢だ。



では、なぜ白熱するかというと、それは左派陣営が過半数を取れるかどうかでその後の政権運営が大きく変わるためだ。

スウェーデンの国政選挙では「4%のハードル」が存在する。つまり、得票率が4%を下回る政党には1議席も与えられない、という小党乱立を防ぐためのルールだ。スウェーデンの選挙制度は中選挙区比例代表制であり、しかも、全国で見た議席配分が全国の得票率になるべく近づくように調整するシステムが組み込まれている。しかし、この「4%のハードル」が存在するために、投票率がそのまま議席配分と一致するとは限らないのである。

上に示したDagens Nyheter(DN)の世論調査に基づけば、フェミニスト党の支持率が3.6%であるから、4%を下回っているため、議席数は0となる。そのため、フェミニスト党とその他を除いた得票率で349議席を配分すると、左派が170議席右派が145議席、極右のスウェーデン民主党が34議席となる。

総議席数は349であるため、過半数を取るためには少なくとも175議席が必要だ。だから、この計算では左派は過半数を取れない。もちろん、右派も過半数は取れない。その結果、極右のスウェーデン民主党がキャスティング・ボートを握ることになる。「それだけは避けたい」と多くの人が願っているところだ。このシナリオは【シナリオ1】として、下の表に示した。




【シナリオ2:フェミニスト党が4%に達して議席を獲得した場合】

もしフェミニスト党が支持率を伸ばしたらどうなるか? 欧州議会選挙では5.2%の得票率を記録したから、あり得ない話ではない。仮に左派3党の票がいくつかこの党に流れ、フェミニスト党が4.0%、つまり、ハードルぎりぎりの得票率を獲得したと想定してみよう。

すると、左派陣営(社会民主党+環境党+左党)の議席は162となる。しかし、これにフェミニスト党の14議席を加えると176となり、過半数に達することになる。

フェミニスト党は政策主張が右派陣営よりも左派陣営に遥かに近いので、このように左派陣営に含めることは何も問題ないと思われる。


【シナリオ3:キリスト教民主党が4%を下回って議席を喪失した場合】

右派陣営の中のキリスト教民主党は、支持率が長らく低迷しており、これまでの世論調査でも幾度となく4%を下回っている。そのため、選挙本番でも4%に達しない可能性もある。

仮にキリスト教民主党の票が他の右派政党に流れて、得票率が3.9%となった場合を想定してみよう。この場合、左派陣営が177議席を獲得するため、過半数になる。


【シナリオ4:フェミニスト党が4%を超え、キリスト教民主党が4%を下回った場合】

これはシナリオ2シナリオ3が同時に起きた場合の話だが、この場合は左派陣営(社会民主党+環境党+左党)の議席は169となる。ただ、フェミニスト党が15議席を得るので、合計184議席となり、過半数を余裕で達成する。


※ ※ ※ ※ ※


さて、どのシナリオが現実的か? 私が望んでいるのはシナリオ4だが、戦略的投票者がキリスト教民主党に票を投じ、生き残らせる可能性が無視できない。つまり、本当はキリスト教民主党を支持なんかしていないけれど、この党が4%を下回ってしまうと彼らの議席がすっぽりと抜け落ちてしまい、右派陣営がさらに不利になるために、敢えてキリスト教民主党に票を入れる右派陣営の他の党の支持者たちだ。私は、今回の選挙ではキリスト教民主党は見捨てられる可能性が高いと以前このブログに書いたが、現在の世論動向を見ていると、これまでの選挙と同様に戦略的投票者によって救われる可能性が高いように思われる。残念ながら。

以前の記事 2014-02-01:国政選挙に向けた世論動向と戦略的投票行動

ただ、戦略的投票者は左派陣営にも存在しうることを忘れてはならない。つまり、フェミニスト党に敢えて票を入れることで、この党に4%ハードルをクリアさせ、議席を獲得させようとする人たちの存在だ。実際のところ、左派陣営が過半数の議席をとれなければ、極右のスウェーデン民主党にキャスティング・ボートを握らせてしまうリスクは多くの有権者が認識している。それを防ぐための一つの方法は、フェミニスト党に議席を取らせることだ。この数日間、私のFacebookのタイムラインでも、本当は社会民主党や環境党、左党を支持している友人が「今回はフェミニスト党に投票することにした。みんなもそうしよう!」と呼びかけているのを何度か見かけた。

だから、シナリオ2が実現する可能性は十分にあると思う。果たしてそうなるか、全国に6,000近くある投票区のすべての開票作業が終わるまで目が離せない。私は開票作業をしているため、残念ながら開票特番をリアルタイムで見ることはできないけれど。

選挙ポスター(右派政党編)

2014-09-12 23:13:28 | 2014年選挙
【 穏健党(保守党) 】


25万の新たな雇用はほんの始まりに過ぎない。(これからもっと増えて行くよ、ということ)
みんなが必要とされるスウェーデンに票を投じよう。


豊かさとは補助金ではなく、働くことによって生み出されるもの。
25万の新しい雇用が生まれ、政府債務が減少を続けるスウェーデンは正しい方向に向かっている。私たちの目標は2020年前に就業者を500万人に増やすことだ。


学級のサイズを小さくして、もっと多くの知識を生徒に与えよう。
私たちが求めている学校は質が高く、腕の良い教員がいる学校、そして、すべての生徒の知識を高めてくれ、誰も置き去りにされることのない学校だ。子供が学校から帰宅するたびに、子供がなにか新しいことを毎日学び、教員にきちんと面倒を見てもらったことが親に分かるような学校であるべきだ。


以下はネガティブ・キャンペーン。社会民主党を始めとする左派ブロックが政権を取るとこんな恐ろしいことになるぞ、と脅す宣伝。私は好きではない。


RUT(家事サービス労働の税額50%控除制度)よ、安らかなれ。
もし、左派ブロック(赤緑政党)が政権を取ると、数多くの良い政策に別れを告げなければならない。RUT税額控除制度を維持したいならば新しい穏健党に投票しよう。


若者雇用の終わり。
もし、左派ブロック(赤緑政党)が政権を取ると、数多くの良い政策に別れを告げなければならない。若者向けの社会保険料減免措置を維持したいならば新しい穏健党に投票しよう。


学校選択制度よ、さらば。
もし、左派ブロック(赤緑政党)が政権を取ると、数多くの良い政策に別れを告げなければならない。子供の通う学校を選ぶ自由を維持したいならば新しい穏健党に投票しよう。


レストラン消費税減額措置もこれでオシマイ、
もし、左派ブロック(赤緑政党)が政権を取ると、数多くの良い政策に別れを告げなければならない。ストックホルムにおける雇用機会をふやしたければ新しい穏健党に投票しよう。(ストックホルムにおける、とあるのは、このポスターがストックホルム住民向けの広告であるため)


ドッカーン! 国防軍が煙となって消え去ってしまう。
もし、左派ブロック(赤緑政党)が政権を取ると、数多くの良い政策に別れを告げなければならない。近代的なスウェーデン国防軍を望むならば新しい穏健党に投票しよう。



【 自由党 】

社会主義に依らないフェミニズム。
(党首:ヤーン・ビョルクルンド)


学校教育に投票しよう。
(教育政策に力を入れている自分たちに票を投じよう、ということ)


学校教育を国の管轄に置こう。(現在は自治体の管轄)
すべての学童に同じチャンスが与えられるべき。


教師が決定権を持つべき。(教師の権威を高めようということ)


成績評価は(学力向上の)役に立つ。
(学校教育のより早い段階で学童の成績評価を導入しようということ)


話ばかりしていないで、もっと手を動かそう。徒弟制度(見習い制度)を拡充していこう。
(高校において実務的な職業教育をもっと増やそう、ということ)


左派が福祉に口出すことにNo。選択の自由にYesと言おう。
(左党が掲げる "Nej till vinster i välfärden"(福祉部門における利潤追求にNo)というスローガンをパロディー化して "Nej till vänster i välfärden" に変えている)



【 中央党 】

地産(地消)の政治


中小企業を成長させよう。そうすれば国全体が成長する。


再生可能エネルギーを増やして、環境を良くしよう。


車をストップさせるのではなく、二酸化炭素の排出をストップさせよう。
(環境党の政策では二酸化炭素排出だけでなく自動車社会そのものが止まってしまう。それに対し、自分たちの政策は自動車社会を維持したままで二酸化炭素排出を抑えるものだと主張している。)


より多くの中小企業 = より多くの雇用


すべての食物から抗生物質を排除して、味わおう。



【 キリスト教民主党 】

雇用が増えれば福祉も増える。


小さな子供はサイズの小さなクラスが必要だ。


尊厳に年齢制限はない。高齢になった時の介護を自分で決められるようにしよう。


いたわるべきは患者であって、県(の財政)ではない。


数学の知識を向上させよう。学校教育に体育を毎日取り入れよう。
(この党は教育政策に対する影響力はほとんどないくせに・・・笑)



【 スウェーデン民主党 】
「イスラム教は社会の ###」、「ユダヤ人は ###」などと人種・宗教差別的なことを言っている党のプロパガンダを私のブログで流すのは非常に不本意です(### には差別的な表現が入る)が、国政政党でもあるので私のコメント付きで紹介します。


スウェーデン、頑張れ!
(党首:ジンミ・オーケソン)


本当の意味での変革!


年金生活者に掛けられている懲罰的課税を撤廃しよう。今、マジで。
(勤労所得税額控除のおかげで年金所得に対する所得税課税が勤労所得よりも重くなっているため、その差をなくそうということ)


ここにやって来る移民(難民)を減らして、紛争地での支援を増やそう。
(この党のお決まりのフレーズ。途上国への開発援助にすら本音では消極的なくせに何を言うか・・・)


犯罪者に対する刑罰を厳しくしよう。被害者に対する支援を増やそう。
(スウェーデン民主党の党員や候補者には、犯罪歴のある者が多いことは良く知られた事実。だから、刑罰が厳しくなれば自分たちに降り掛かってくるんだけど、分かっているのかしら・・・?)

選挙ポスター(左派政党編)

2014-09-11 21:01:38 | 2014年選挙
【 社会民主党 】

すべての人にとってのより良いスウェーデン。(党首:ステファン・ロヴェーン)


すべての人にとってのより良いスウェーデン。(財務大臣候補:マグダレーナ・アンデショーン)


今こそ雇用が増えるようにすべき時。


今こそ知識(教育)に力を注ぐ時。


今こそ思いやりを重視すべき時。


学校(教育)の危機をさらに4年続ける気?
すべての人にとってのより良いスウェーデン。
9月14日には政権を変えよう。


今こそ学級のサイズを小さくし、腕の良い教員を増やす時。


今こそ雇用、インターンシップ、教育をすべての若者に90日以内に提供する時


今こそ福祉サービス部門の人員を増やし、福祉サービス企業の利潤追求に歯止めをかける時



【 環境党 】

スウェーデンは冷たい社会になってしまった。今こそ温かい政治の時。
(党首:グスタフ・フリドリーンとオーサ・ロムソン)


温かくなるべきは政治のほう。気候ではなくて。


温かくなるべきは政治のほう。気候ではなくて。


スウェーデンには為されるべき仕事がある。今こそ新しい政治の時。
(具体的には鉄道インフラのメンテナンス向上を写真によって示唆している。)


生徒たちに教師を取り戻そう。今こそ温かい学校政策の時。



【 左党 】

党首:ヨーナス・ショーステット。福祉は売り物ではない。


学校教育は売り物ではない。


福祉は売り物ではない。



【 フェミニスト党 】

フェミニストを国会へ送り込もう。


フェミニストに議席を与えよう。


レイシストを国会から追い出して、フェミニストを入れよう。

若者の雇用をどう増やすか?

2014-09-08 00:39:27 | 2014年選挙
9月14日の投票日に向けた選挙戦は、今年の本予算が議論された昨年秋から既に始まっていた。これまでを振り返ってみると雇用・労働市場問題が主要テーマとして議論が続いてきたように思う。先日もある日刊紙が、今回の選挙戦は「jobbval(雇用をめぐる選挙)」と呼べる、と評していた。

スウェーデンの失業率はここ4年ほどは8%前後を推移しており、EUの中でもそれほど低いとは言えないが、専業主夫・主夫などが少なく、男女ともに労働力率が高いため、就業率を見てみるとEUの中でも高い部類に属す。下のグラフを見ると分かるように、就業率はリーマン・ショック(2008年)やITバブル崩壊(2001年)以前の水準に戻っている。また、非労働力の割合が現政権下で減少傾向にあることが分かる。90年代なかばからしばらく20%前後を推移してきたことを考えれば、その内実を議論する余地はあるとはいえ、凄いことである。つまり、現在は労働力率が100-17.5=82.5%なのである。(以上の数字はすべて16-64歳のもの)


就業率


非労働力率

とは言っても、現状に安泰しては選挙に勝てない。若年者の失業問題については、このブログでも以前触れたように「失業率」という指標が示すほどは深刻ではないにしても、仕事に就けず苦労する若者がいることは事実なので、彼らの雇用状況を改善してやらなければならない。


【 社会保険料減免措置の継続およびその拡張について 】

2006年秋に政権に就いた中道保守連立政権は、若年者を雇った場合の社会保険料の減免を公約に謳っていたが、早くも2007年からそれを実行した。18-25歳の被雇用者に対して雇い主が払う社会保険料のうち、年金保険料を除く部分を半分に減額したのである。その後、2009年からはその部分が4分の1に減額され、また26歳の被雇用者にも適用されることとなった。

現在の社会保険料の料率は31.42%であり、このうち10.21%が社会保険料であるから、それを除く部分とは21.21%であり、これが4分の1に減額されると5.30%となる。だから、若年者を雇った場合の社会保険料は15.49%となる(計算通りに行くと15.51%となるが、この僅かな差0.02%が何なのか分からない)。そのため、社会保険料の料率はほぼ半分になったといえる。減額した分は、国庫によって補填されるため、若年者でも社会保険の恩恵はそれまでと同じように受けられる。

労働コスト全体で見ると、若年者を雇った場合はそれ以外の人を雇った場合に比べて、コストが87.9%になったということである。(←115.49/131.42)

スウェーデンは最低賃金がないが、それに相当する初任給が世界的に見ても比較的高く設定されている上、年齢上昇に伴う賃金の上昇が緩やかであるため、若年者と中高年の従業員の労働コストがそれほど変わらないという傾向が、特に低技能の職で強い。社会保険料の減額は、賃金そのものを変化させることなく労働コストを下げ、若年者に対する労働需要を高める狙いがあった。

さて、この制度の是非を巡って、激しい議論がこれまで続いてきた。社会民主党をはじめ左派政党はこの制度を廃止したい。というのも、国庫の負担が大きいのに対し、メリットが小さいからである。これは、経済学による分析でも明らかである。実証研究によると、年間の国庫負担額が170億クローナに達するのに対し、この減免制度によって直接的に生まれる雇用は6000~10000に過ぎず、さらに、この制度の適用年齢のすぐ上の年齢層(27歳とか28歳とか)の若者の雇用は不利となり、逆に減ることになるので、雇用の純変化はこれよりも小さくなる。ある試算によると、この制度によって生まれる雇用一人分のコストは100~160万クローナになるという。つまり、コスト・パフォーマンスが非常に悪いということなのだ。

一般に、特定の年齢層全体に適用される補助金制度では、制度がなくても雇われていたであろう人にも補助金が支払われるため、無駄が多い。それに対し、同じ若者でも職に就くのが難しい人だけに絞った補助金制度はコストがずっと低いし、ピンポイントで効果を発揮しやすい。この社会保険料の減免制度についても、大手の労働組合であるLOは「この制度で雇われている若年者の75%は制度がなくても雇われていた人たちだ」という推計をしている。

しかし、現在の連立政権の第一党である穏健党と中央党は、この減免制度のさらなる拡充を公約に掲げているのである。すなわち、23歳以下の若者については社会保険料を15.49%からさらに下げて10.21%にする、というのである。非効率な政策をさらに拡大したいのだ。

現在の労働市場大臣であるElisabeth Svantesson(エリザベート・スヴァンテソン)はかつて経済学の博士課程に在籍し、博士号の一つ手前のLicentiatという学位を保持している。2003年にヴェクショー大学で開講されていた「労働経済学」という研究生向けの講義を私と同じ時に受けていた。彼女も「一般的な補助制度」の非効率性は知っているはずだ。しかし、選挙戦におけるテレビ討論などでは現在の減免制度とその拡張を全面的に擁護している。この制度は、彼女の前々任者の時に導入されたものであり、彼女自身が直接関わったないので、党の方針として単に擁護しているだけなのか・・・?(とはいえ、彼女は大臣就任以前からスウェーデン議会の労働市場委員会の主要メンバーだったはず) とにかく、彼女の本音を聞いてみたいところだ。

既に触れたように、社会民主党などの左派政党はこの制度には無駄が多いとして、その撤廃を公約に掲げている。そして、仕事に就くのが難しい若者に焦点を絞った以下のような政策を提案している。


【 高齢者福祉施設での研修プログラム 】

若い失業者が多くいる一方で、人手不足の職場もいくつか存在する。例えば、高齢者介護の現場だ。人手不足のためにストレスを抱えた職員がたくさんいるし、世代交代で退職していく現在の職員を若い労働力で補っていかなければならない。しかし、そのためにはある程度の技能と教育が必要になる。

そこで、野党である社会民主党は失業期間が90日を超えた若者に対して、高齢者福祉施設でフルタイムの75%の時間を実際の仕事をする研修にあて、残りの25%の時間を准看護師になるための勉強をするという研修&教育プログラムへ参加を勧める、という案を提示している。このプログラムの定員は2万人で期間は12ヶ月。研修に対する給与と教育の費用は国が全面的に負担する。総費用は28億クローナだから、現政権の社会保険料減免措置に比べると遥かに少ない費用で、失業中の若者を吸収できるし、うまく行けば、人手不足の介護職に定着してくれるだろう。


【 高校職業科の強化と現場研修 】

現政権のもう一つの若年者失業対策は、高校教育から勤労生活への移行を円滑にすること。具体的には、高校の職業科を充実させ、労働需要にマッチしたものにし、さらに高校の教育課程の中に実際の職場での現場研修を織り込んで、生徒に実務を学ばせることだ(徒弟制・見習い制度)。ただ、これらの改革は既に実行されている。

現政権からの新たな提案は職業科や見習い制度を選ぶ生徒に対する経済的保障を増額し、より多くの生徒を惹きつけようとすることである。通常、高校生に支払われる勉学手当は毎月1050クローナ(16000円)であるが、職業科と見習い制度を履修する高校生にはさらに月1000クローナが増額されている。それをさらに増額して、月3050クローナ(46000円)にしようという提案である。


【 レストラン消費税減免の是非 】

これも若年者や低能の労働力の雇用を増やすための施策であるが、2年ほど前からレストランで食事した時の消費税が通常の25%から12%へと引き下げられることになった(アルコールは25%)。飲食の値段が下がれば、需要が増え、飲食業における雇用が増えることを狙ったものである。

もちろん、その分だけ税収は減る。では、それに見合うだけの雇用増が見られるのか・・・? これが大きな問題である。需要の価格弾力性に大きく依存するだろう。私も詳しく追えていないが、実証研究ではあまり効果が無い、という結果が出ていたような気がする。

そういうこともあり、社会民主党などの左派政党は、2年ほど前から始まったこの制度を撤廃し、元の税率に戻すことを公約に掲げている。これに対し、現政権側は「そんなことをしたら、若者の職が奪われる!」と反論している。

※ ※ ※ ※ ※


このようにスウェーデンの選挙戦では、日本とは比べ物にならないほど政策の具体的な選択肢について政治家が議論を繰り広げている。しかも、こういった議論を夜のゴールデンタイムに公共テレビや民放が放送し、また公共ラジオも多くの人が聞いている朝夕の通勤ラッシュ時に放送している。

男女平等をめぐる議論

2014-09-05 04:59:42 | 2014年選挙
選挙キャンペーンの中心的な争点とまではならないにしても、盛んに議論されてきたテーマの一つは男女平等だ。

今年5月の欧州議会選挙では、その半年前からフェミニスト党が突如として頭角を表し、男女平等反差別(性別・人種)を掲げながら5.2%の得票率を得て議席を獲得したことは大きなニュースとなった。左派の既成政党である環境党や左党(旧共産党)、そして社会民主党にとっても男女平等は大きなテーマであるが、フェミニスト党の快進撃に触発されて、これらの党でもその議論が加速しているように感じる。

右派陣営の中ではリベラル主義を掲げる自由党が男女平等を主要な争点に選び、「Feminism utan socialism(社会主義に依らないフェミニズム)」というスローガンを掲げている。つまり、左派政党のいう男女平等・フェミニズムはアプローチが社会主義的であり、自由党はそれに代わるアプローチで男女平等を実現することを謳っているのである。


フェミニスト党と自由党の選挙ポスター

さて、男女平等・フェミニズムというテーマでは、スウェーデンでは特に男女の経済的な平等に焦点が当てられて盛んに議論されている。男女の経済的平等とは、性別にかかわらず、また夫婦であってもそれぞれが経済的に自立した生活を送れること、そして、その条件が皆に等しく与えられることであり、その実現は国の男女平等政策の目標の一つとなっている。

では、現状はどうか。男女の賃金格差を見てみよう。スウェーデンの統計中央庁(SCB)によると、業種や職能、職階、学歴などの違いを加味した上で男女の平均的なフルタイム賃金を比較した場合、女性の平均的賃金は男性の93%であるという(2012年)。一方、そのような違いを加味しないで比較した場合は、女性の平均的なフルタイム賃金は男性のそれの86%となる。これは、女性が一般的に賃金の低い業種や職種に偏っていたり、高い職階(管理職・役員)に女性が少なかったりするためである。

また、以上の比較はフルタイムで働いたと仮定した場合の賃金比較であるが、実際には女性のほうがパートタイムで働く割合が高いし、労働力率・就業率は男性よりも若干低いので、1年間の勤労所得を比較すると女性の平均的な勤労所得は男性の80%にしか及ばない(以上、数値はすべて2012年のもの)。

経済的平等といった場合、現役時代だけでなく、老後の経済的平等をも指す。スウェーデンの公的年金制度では、現役時代の勤労所得に比例して年金給付額が決まるので、現役時代の経済的格差は、そのまま老後の生活水準にも影響をおよぼすことになる。2012年時点での年金受給者を見ると、女性の年金受給額の平均は男性のそれの66%である。そのため、現役時代の経済格差をいかに小さくしていくかが政策的課題とされているのである。

では、何を是正していくべきか。(1) 雇用の際の差別をなくしたり、(2) 業種や職能、職階、学歴が同じなのに存在する男女間の賃金格差をなくす(つまり、上記の93%を100%にする)ことは当然であろう。これらは差別の問題である。しかし、それだけでなく、(3) 女性の多い業種の賃金を全体的に押し上げたり、(4) 管理職や役員の女性比率を高めていったり、(5) フルタイムで働く女性が増えるようにしていくこともそれと同じくらい重要である。


【 育児休暇保険の制度改革 - 「パパ・クォータ制」】

これらの問題の多くは、家事労働や育児労働の分担が不平等であることに起因していると考えられる。特に育児休暇である。スウェーデンの育児休暇保険制度では、1974年からは男性にも受給権が与えられるようになった。これは世界で初めてのことだったが、しかし、残念ながらそれだけでは男性の育児休暇の取得率は増えなかった。育児休暇保険の支払い日数に占める男性の割合は1980年の時点で僅か5%。1990年になっても7%とほとんど変わらなかった。

一つの打開策として、育児休暇のうち1ヶ月間は父親が取らなければ、その分の手当がもらえない、という「パパ・クォータ制度」が1995年に導入される。そして、2002年にはこれが2ヶ月に延長された。また、2008年からは夫婦が育児休暇を等しく取れば取るほど減税が受けられる「平等ボーナス制度」が導入がスタートした。


上のグラフは、育児休暇を取る男性の割合を示したものだ。青の棒育児休暇保険の利用者に占める男性の割合。1980年代終わりは25%だったのが、今では45%に達している。しかし、この青い棒で示した統計では男性が1日でも育児休暇を取れば、育児休暇保険の利用者としてカウントされる。

なので、育児における男女の負担をより正確に見るためには、育児休暇保険の支払い日数に占める男性の割合を見たほうが良い。それが、赤い棒で示した統計だ。それよると、男性が取得している育児休暇の割合は、1990年に7%だったものが、徐々に上昇して25%にほぼ到達した。

しかし、それでも25%である。50%までにはまだ程遠い。そこで、さらなる対策が議論されている。社会民主党パパ・クォータを3ヶ月に延長すべきだと主張しているし、環境党最大16ヶ月認められている育児休暇保険の利用期間を3分割して、3分の1を母親、3分の1を父親に固定し(つまり、その期間は母親もしくは父親が育児休暇を取得しなければ制度を利用できない)、そして残りを夫婦で自由に配分できるような制度を提案している。一方、左党フェミニスト党などはより抜本的な改革が必要ということで、2分割、つまり、16ヶ月を夫婦で完全に二分することを提案している。

一方、現政権である中道保守連立の中では、この記事の冒頭で触れた自由党が社会民主党と同じ「パパ・クォータの3ヶ月化」を主張している。ただ、現政権の第一党である穏健党はパパ・クォータを延長することには消極的である一方、育児休暇の分担を等しくするほど減税が受けられる「平等ボーナス制度」の拡充を提案している。

もっと奇抜な提案をする党もある。現連立政権に加わりながら、今や存続の危機にあるキリスト教民主党は、なんと「パパ・クォーターなんか撤廃してしまえ」と主張しているのだ。育児休暇の分担は夫婦が自分たちで決めることであり、政府が勝手に押し付けるのは良くないという考えからである。しかし、そもそもパパ・クォータ制が導入された理由には、政策介入がなければ男女の平等な育児休暇負担が遅々として進まないからであり、キリスト教民主党の提案はそのような議論や苦労を全く無視したものである。保守を掲げる穏健党よりも保守的な党であるが、そんな党がそれでも選挙ポスターに「男女平等」を掲げているのは非常に滑稽である。ただ、若者の支持はほとんど失っており、支持者の大半は高齢者である(奇抜な、と書いたのはもちろん皮肉)。ちなみに、右翼政党であるスウェーデン民主党もパパ・クォータの廃止を主張している。



【 女性の多い教育・福祉部門の給与向上 】

既に触れたように、女性の平均的な賃金が男性よりも少なくなりがちなのは給与水準が比較的低い学校教育や保育・高齢者介護などの仕事に女性が多いことが一つの原因である。これらの職業のステータスを高め、給与水準を高くするための議論も盛んに続けられている。

例えば、自由党は学校教育や福祉部門において、きちんとした教育と経験を積んだ職員がキャリアの道を歩めるように、国庫を財源としたボーナス制度を導入することを提案している。また、これは現連立政権全体に言えることだが、福祉部門において公的・民間サービスを競合させることで、能力に応じた適正な給与が決まるようにすることを主張している。

一方、左派政党は、キャリアを積みたい職員に限らず、職員全体の給与水準が上がっていくように国庫による補填を提案している。また、社会民主党や左党などは、現政権のもとで保育や高齢者福祉などの質が低下した結果、家庭での無報酬労働が増え、それを主に女性が負担することで男女平等に歯止めがかかっていると指摘した上で、福祉部門の財源を充実させることでサービスの質と現業職員の給与を向上させ、現役世代が福祉の不安なく、安心して働けるようにすべきだと主張している。


【 パートタイマーのフルタイム化 】

女性の生涯賃金が男性よりも低くなり、それが年金受給額の男女格差に繋がっているわけだが、その理由の一つはフルタイムではなくパートタイムで働く女性の割合が高いことである。2013年の時点でパートタイムで働く女性の割合は30%で、これに対し男性は11%である。1987年にはパートタイムで働く女性の割合が45%男性が6%であったことを考えると、女性の割合が減少し、男女間の差も減っていることが分かるが、それでもまだ大きな格差が残っている。

パートタイムで働く主な理由は、子育てなど家庭の事情でパートタイムのほうが働きやすいから、というものの他、パートタイムの仕事しか見つからないという理由も大きい。前者の場合は、育児休暇保険のところで書いたように育児労働の不平等な分担を改善していくことが鍵だと思うが、後者の場合は、本当はフルタイムで働きたい人がフルタイムで働けるようにしていかなければならない。例えば、高齢介護などの福祉部門においては、職員のシフトを構成する上でパートタイムで雇ったほうが雇い主に都合が良いため、職員をパートタイムで雇う場合が多々ある。雇い主は主に地方自治体などであるから、彼らに働きかけてフルタイムを希望するパートタイム職員のフルタイム化を要請したり、そのための財政支援を行うことなどが主に左派政党から提案されている。


※ ※ ※ ※ ※


各党の政策主張の違いを事細かにここで説明する時間はないが、このように現在の社会が抱える問題について、具体的な対策を各党が提示して議論しているのは面白い。百家争鳴というと大袈裟かもしれないが、それくらい様々な内容の提案が各党から出されている。そして、その効果の是非をめぐる議論については学術界の専門家の研究ともリンクしているし、アイデアそのものが学術界の研究に基づいていることも稀ではない。