スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

記者会見でジャーナリストが事前に質問を提出することについて

2015-10-10 23:27:04 | スウェーデン・その他の政治
先日、安倍首相国連で開いた記者会見で、シリア難民の問題を質問され、チンプンカンプンな答えしかできなかった件について、ネット上のある記事が「出来レースだ」と批判していた。記者会見で質問できるメディア会社があらかじめ決められ、しかも、質問内容の事前提出が首相官邸側から要求されており、首相はそれらの質問に対してあらかじめ用意された原稿を読み上げていただけだったという。しかし、ロイター通信アメリカ公共放送NPRの外国記者が、あらかじめ提出していた質問内容に加えて、追加の質問をしたために安倍首相はまともな答えができなかった。そして、その追加質問の一つがシリア難民の問題だったという。

米記者から「出来レース」批判された安倍首相国連会見

この記事を掲載したサイトは、大手のメディアではなく、小規模のメディアサイトのようだ。この手のサイトは、大手メディアが伝えない有益な情報を提供してくれることがある反面、「隠れた真実」を見つけたことを強調したい一心で、大げさな表現を使ったり、事実を捻じ曲げて伝えたり、とてもとてもジャーナリズムとは呼べない質の低いものもある。特に、震災後には原発事故への対応や放射能の影響について、悪者を吊るしあげて叩いたり、反原発に都合の良い主張をするために、科学性を考慮しなかったり、意図的に無視したり、感情だけを頼りに書いたりした「自称ジャーナリスト」の記事がネット上で散見され、うんざりしたものだった。(大手メディアの記事でもそのような低質のものがあったから、独立メディアだけがダメというわけではないが、やはりジャーナリズムの訓練を受けた記者が書く大手メディアの記事や、かつて新聞社で働きながら経験を積んだ後に独立したフリージャーナリストの記事は、概して質が大きく異なると感じる。)

上の記事も、大袈裟な表現や断定的な表現が多く使われているので、すべてを文字通りに受け取ることは危険だが、それでもこの記事が指摘する「出来レース」の問題は重要なことだと思う。

質問する記者の側が質問を事前に提出することの是非については、その目的や利点として、

・首相がすべての質問に対して正確に答えられるわけがなく、価値のあるまともな答えを記者会見で得るためには事前に質問内容を提出しておいたほうがよい。

と、ある方が指摘してくださった(← ありがとうございます)。

一方で、事前に質問を提出するというのは、答えを用意するという意図以上に、政治家のメンツを保つためにお膳立てした舞台を準備する意図を強く感じる。そして、権力を監視する側のメディアがその手助けをしているのは非常に滑稽に思えるし、多かれ少なかれ癒着の関係が生じてしまうと思う。

また、確かに首相(あるいは他の政治家や官僚)がすべての質問に対してうまく答えられるとは限らないものの、記者会見はある特定の目的を持って開くものなので、どの分野に質問が集中するかは予想がある程度つくだろう。だから、うまく答えられないのはむしろ政治家の問題だと思う。それに仮に、その分野以外の時事ネタ的な質問が来ても、それにうまく答えるのが政治家の能力ではないだろうか。

アメリカに関しては私はよく知らない。ネット上で「scripted press conference」などと検索すると、大統領の記者会見でも質問記者があらかじめ指定されている、だとか、ブッシュ大統領の記者会見では質問と答えが事前に用意してあった(とか無かったとか)、いや、オバマ大統領でも同じことをやっている(とか、いないとか)などと、いろいろ騒がれているようなので、アメリカでは日本の記者会見のようなことはない、などとは必ずしも言い切れないような気がする。

では、スウェーデンではどうなのだろうか? スウェーデンの記者が首相やその他の政治家・官僚の記者会見に出席するときに、彼らが事前に質問を提出しているなんてことは、私は全く想像ができないし、もし、政治家・行政の側がそのようなことをジャーナリストに要求したりでもすれば、必ずジャーナリストの誰かがすぐさまリークして、大きなスキャンダルになるだろう。

ただ、私自身で断言する自信はないので、スウェーデンの大手メディアでジャーナリストをしている友人に直接尋ねてみた。彼女からの回答は以下のとおりである。

・スウェーデンでは首相やその他の政治家が記者会見を開くときは、その場にいる誰もが質問できる。私が参加した記者会見はそうだったし、同僚もそうだったと言っている。ただ、時間が限られている時には、すべての記者に質問の機会が与えられないことがありうる。それから、TV局やラジオ局が記者会見の模様を定時のニュース番組で使いたいために、早めに質問させてほしいと要望した時には、彼らを先にあてることはある。

事前に質問内容を要求されたことは今までに一度もない。質問を事前に提出したりすれば、そもそも記者会見の場でやりとりする意義が感じられない

例外は、外国の首脳がスウェーデンを表敬訪問する場合(例えば、オバマ大統領がスウェーデンを訪ねた時)である。スウェーデンとその国の首脳が揃って記者会見する際には、特定のメディアのジャーナリストが事前に選ばれて、彼らだけに質問の機会が与えられる。ただし、この場合も、質問内容を事前に提出する必要はない。(記者会見への参加そのものはジャーナリストであれば誰でも可能)


2011年、スウェーデンをロシアのプーチン首相(当時)が表敬訪問したことがあった。スウェーデンのラインフェルト首相(当時)との会談のあと、両首脳は共同で記者会見を開催したが、この時、ある外国記者が質疑応答時間の途中で質問しようとした。しかし、ラインフェルト首相の報道官が「ダメだ」と遮った。それを見たプーチンは「これが民主主義かい。ロシアの民主主義をみんな批判するくせに!」とすかさずロシア語でコメントし、「質問しなさい。私が答えます」とその記者に言ったのである。スウェーデン側はこれを遮ることをせず、記者の質問に対してプーチンが答える間、待っていた。小さな出来事ではあったが、非民主的であると常に批判されるプーチンが、スウェーデンで「民主的に振舞っている様」をメディアにアピールしたことは、ある意味、滑稽であり、スウェーデンのテレビでもニュースの片隅で取り上げられた。


ただ、上記のルールに照らせば、首脳会談後の記者会見で、質問しようとした記者が遮られたのは、事前に指名された記者ではなかったからだということが分かる。おそらく、表敬訪問の際の記者会見では、政治家の説明責任よりも、外交儀礼、つまり、お互いの国がメンツを失わないようにすることのほうが重視され、記者会見をある程度、コントロールすべきだという考えが背景にあるのであろう。

今回、問題になった日本の首相の記者会見は国連で開かれたものだったが、他国の首脳と一緒に開催した記者会見ではないため、上に書いたスウェーデンのルールのもとでは、誰もが質問できる記者会見であるべきで、事前の質問提出の必要もない記者会見となる。


(ちなみに、現在、紛争地から逃れてくる難民が大きなニュースとなっているので余談として付け加えるが、ジャーナリストをしている私の友人は、1992年のボスニア内戦でそれまで住んでいた村を追われ、両親とともに間一髪でセルビア人勢力の手を逃れて国外に脱出し、最終的にスウェーデンにたどり着き、難民として受け入れられたという経験を持つ。当時、小学生だった彼女はすぐにスウェーデン語を学んで、他のスウェーデン人の子どもと一緒に学校で学び、高校を出てから、ジャーナリスト向けの大学教育を受けて今の仕事についている。)

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2 コメント

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Unknown (中野多摩川)
2015-10-11 19:40:09
既にご承知かと思いますが、フリージャーナリストの江川紹子さんも先日の首相記者会見で質問できなかったとツイートしていました。
手を挙げていないNHKの記者に質問を促したりしていたともツイートで見ました。
こうしたことが報道の自由度ランキングに影響しているのかもしれませんね。
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Unknown (Yoshi)
2015-10-12 07:55:49
それ、私も読みました。

「首相会見終了。例によって当ててもらえませんでした~。首相が長々しゃべるので、幹事社以外は2人だけ(外通と共同通信)。わらしなんかは最初から、眼中にないって感じですにゃん。」

同じくフリーランスの畠山理仁さんも

「第二次安倍内閣が発足した2012年12月から現在までの2年9か月余、総理大臣記者会見でフリーランスの記者が質問者として指名されたことは一度もない。その事実を書いたところ「出席できるだけで感謝しろ」との反応があった。たしかに福島県知事記者会見のように出席すらできない例もある。」

と書いていますね。
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