スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

スウェーデンにおける鉄道競争(2): 高収益路線のキャパシティーの限界が課題

2014-01-25 17:40:31 | スウェーデン・その他の経済
前回は、これまで国鉄SJがほぼ独占してきた西部幹線(ストックホルム-ヨーテボリ)に今年から民間事業者である香港資本のMTRスウェーデン資本のCitytågが参入してきて、競争が激化することを書いた。

競争の結果、スウェーデンの二大都市を結ぶこの路線の切符が安くなるだろうと予測される。MTRは新型車両を引っさげて参入してくるし、Citytågは中古車両を使って低コストで特急列車を運行するため、SJも切符の値段を下げざるをえないだろう。関係者によると平均10~15%の値下げが見込まれるという。

平均的な価格が下がれば、これまで車やバス、航空機を使ってきた人が鉄道を利用するようになるだろうから、鉄道への需要はますます高まる。過去20年ほどを振り返ってみると、2012年の鉄道旅客輸送量は118億[人*km]で、1992年の約2倍に増えている。これから先も、旅客輸送量はさらに増加していくだろう。

(先日、ヨーテボリ大学で講義を12時に終えたあと、ストックホルムで3時から始まるセミナーに参加するために航空機を使った。電車では間に合わなかったためだが、空港までの移動30分+手荷物検査+待ち時間20分+搭乗時間1時間+空港からの移動30分と、鉄道を使った時よりもたしかに1時間あまり早いけれど、その間落ち着いて仕事をすることができないので、やっぱり鉄道のほうが快適だなとつくづく感じた。)


ストックホルムとヨーテボリを結ぶ西部幹線

問題は、鉄道インフラがこの鉄道サービスの需要と供給の増加に耐えうるのか、という点だ。現時点で、ストックホルム-ヨーテボリ間では特急とIntercityを合わせて21往復が運行しているが、MTRとCitytågが参入した後もSJは便数をほとんど減らさないため、すべての会社の便を合計すると1日30往復に増えるという。50%の増加だ。これに加え、貨物列車が1日6往復ほどしている。しかも、ここに挙げたのはあくまで二都市間を結ぶ便のみで、この他にもストックホルム近郊やヨーテボリ近郊では通勤列車が同じ路線を使って走っている。

実際のところ、鉄道インフラのキャパシティーは限界に達しているようだ。二都市間を結ぶ便数が1日21往復から30往復に増えることによるシワ寄せは、通勤列車や貨物列車が食らう。ストックホルムから1時間ほどのところにある町からの通勤列車の所要時間は、朝夕のラッシュ時には今よりも20分以上も遅れることになるという。貨物列車もかなりの遅れを見込んでいる。こんな状況に対して、鉄道貨物に大きく依存している林業・鉄鋼・機械などの産業界は大きく反発している。


左:ストックホルム-ヨーテボリ間の1日の便数(往復)。貨物も含む。
右:ストックホルム-ヨーテボリ間の参入以前と以後の旅客列車の総走行距離。黒は国鉄SJ、赤は新規参入企業

それ以上に心配なのは、そもそも鉄道インフラが持つのか、という点だ。鉄道インフラの管理と鉄道の運行指令を担当しているのは、国の行政庁の一つである交通庁(2010年まで鉄道庁)だが、この交通庁による鉄道の維持・管理は大きな問題を抱えているようだ。ここ数ヶ月の間にも、メンテナンス不足が原因とされる深刻な脱線事故が複数発生している。メンテナンスの問題が指摘されるのは、今に始まった話ではない。冬の寒波の度にスウェーデン各地で大幅なダイヤの乱れが発生するが、その主な原因は鉄道を運行するSJではなく、鉄道の管理を怠っている交通庁にあるようだ(よくあるのは、切り替えが故障して動かなくなるというもの)。国の会計検査院の報告によると、列車の遅れの責任の57%は交通庁にあるとしている。

では、交通庁にもっと予算を与えて、維持・管理を適切に行わせれば良いと思われるかもしれないが、実際、政府は予算を増額している。しかし、それにもかかわらず、鉄道メンテナンスは低下していると会計検査院は指摘している。では、何が問題なのか。これについては、メディア上でいろいろな議論が行われているが、「お金がどこに消えているのか」は、今のところ良く分かっていない。

一つの理由として挙げられるのは、交通庁は実際のメンテナンス作業を競争入札にかけた上で別の組織や業者に委託しているのだが、その際の業者の選定が、メンテナンス作業の質よりも低コストを基準に行われていることだというものだ。鉄道業界の労働組合も鉄道インフラの現状を憂慮しており、組合代表が「交通庁ではエコノミストが公共調達において力を持ちすぎている」と批判している。ちなみに、公的機関の公共調達における同様の問題(つまり、コスト重視による選定)は、高齢者福祉などでも問題となってきたが、EUの規定も影響しているのではないかと思う。ただ、EUが最近出したEU指令によって、価格だけでなく質も重視して事業者を選べるようになるようだ。


【 高速鉄道計画 】

再び、鉄道の輸送キャパシティーの限界の話に戻るが、このような話を聞くたびにつくづく思うのは、もっと早くスウェーデン版新幹線を作っておけばよかったということ。ストックホルムとヨーテボリ、そして、ヘルシンボリ・マルメを結ぶ高速鉄道新線のアイデアは既に90年代に持ち上がり、私も10年ほど前に利用者数の推計に関わったことがある。しかし、新幹線計画などというと、どうしてもコストと電車のスピードの話ばかりに焦点が集まりがちで、その時によく聞かれた反論は「スウェーデンは人口が少ないから採算が取りにくいし、建設コストは高速化による時間短縮のメリットに見合うものではない」というものだった。

しかし、より重要な論点というのは「新線を建設することで既存路線の混み具合を解消できる」ということだと私は思っていた。旅客輸送の一部が新線に移れば、在来線は貨物や通勤列車がより自由に使うことができる。その必要性は、近年ますます高まっているように思う。スウェーデン版新幹線は部分的な着工に向けて今年から入札が行われるが、あまりに遅すぎたと思う。


ストックホルムとヨーテボリを結ぶ高速鉄道の予定ルート(大雑把です)


【 鉄道自由化・上下分離の是非 】

最後に、鉄道自由化・上下分離の是非についてだが、これについては私は勉強中なので判断は保留。上下一体、つまり、同じ組織が運行もインフラ管理も行うのであれば、例えば、鉄道インフラに問題がある場合に、切符販売の収益を使ってメンテナンスを強化するなど、全体を見渡した鉄道事業の運営がしやすいと思う。また、一つの企業がすべての列車の運行を管理しているので情報の共有がしやすい。一方、上下分離方式のもとでは、鉄道運営・インフラ管理に関するそれぞれの意思決定が分権化されるし、ノウハウやメンテナンスの意欲が異なる運営主体が同じ線路を使って電車を走らせることになり、トラブルも生じやすい。しかし他方で、このような問題は、鉄道インフラの使用料を適切に設定したり、列車がトラブルを起こした場合の罰金を適切に設定したりすることで、ある程度は回避可能ではないかと思う。もちろん、これはあくまで情報がきちんと共有され、すべての経済インセンティブが「適切に」設定された場合の話だが。これはまさに、産業組織論の経済学の役目であり、私も議論を見守っている。

上下分離といえば、電力事業も同じだが、瞬時に電力を行き交いさせることができるのと比べ、鉄道事業の場合は列車を物理的に走らせなければならない。だから、システム全体がきちんと動くためには、管理すべき項目が電力よりも遥かに多いため、大変なことだと思う。電力事業では、少なくとも電線を流れる電気が、立ち往生をして線を塞いでしまうことはない。(だからと言って、電力インフラを管理する苦労を軽視するつもりはない。電力における自由化は私はうまく行っていると考える。)

自由参入が認められ、複数の事業者が高収益路線で競争することは「クリームスキミング」だが、その結果として懸念されるのは非採算路線が切り捨てられること。現に国鉄SJも高収益路線で生まれた利益で非採算路線の赤字を補っている状態なので、今後は、そのような路線の運行をやめるのか、国や自治体が支援を行って維持するのか選択を迫られることになるだろう。(ただ、旅客需要は少なくても貨物需要はかなり大きい路線などもあるので、旅客列車の運行停止が必ずしも廃線につながるわけではないが。)イギリスなどでは、自由化の結果、社会全体としてのコストが高まったという報告もあるようだ。

一方で、ヨーロッパの他の国々がイギリスやスウェーデンの例に倣って、鉄道自由化を今後進めていくならば、スウェーデンでの鉄道自由化で経験を積んだ国鉄SJがもしかしたら他国の鉄道市場に進出して、国際的なアクターに成長していく可能性もあるだろう。国鉄SJというとこれまではずっと守勢だったように感じるが、国外の鉄道市場に積極的な攻勢を仕掛けていく日が近いうちに来るかもしれない。電力市場におけるVattenfallのように。

スウェーデンにおける鉄道競争(1): 国鉄SJの新規投資とは・・・?

2014-01-17 19:03:26 | スウェーデン・その他の経済
今年からスウェーデンの鉄道の上下分離がさらに深化する。1990年代の鉄道自由化に伴い、もともと国の鉄道庁が管轄していた鉄道インフラ鉄道運行事業が分割された。鉄道インフラの整備・管理は鉄道庁(現・交通庁)が担う一方、鉄道運行事業を行う目的で設立されたのが「SJ AB」だ(ABは株式会社の意。SJの全株は今でもスウェーデン政府が所有しているため民営ではなく、あくまで国鉄。 乗っていた列車が遅れたりして腹をたてた乗客は、SJ ABを逆さに読んだりする・笑)。

その後、鉄道運行事業にはSJ以外の民間事業者の参入も徐々に緩和された。例えば、ルレオやキルナへ行く夜行列車の運行をSJと他の事業者との間で入札にかけ、一時期は TågkompanietConnex といった事業者が列車を走らせたこともあった。

また、ストックホルム-ヨーテボリ間ストックホルム-マルメ間の幹線では、Intercity(長距離各駅停車)列車の一部が Blå TågetConnex などの民間事業者によって運行されるようにもなった。ただ、現時点ではまだ1日にせいぜい1往復という頻度であるし、特急列車としての参入ではないため、SJの地位を脅かす存在ではない。私もストックホルム-ヨーテボリ間は鉄道で頻繁に行き来するが、そもそもSJのIntercityすら滅多に乗らないので、わざわざ民間のIntercityを選ぼうとは思わない。

ただ、そんなSJの独占状態も今年の秋から変化する。ストックホルム-ヨーテボリ間において、民間事業者が特急列車部門にも参入するためだ。実は、首都と第二の都市を結ぶこの西部幹線は国内でもっとも収益性の高い路線であり、SJの収益の6割を生み出している(うち大部分は特急列車による)。そんな高収益路線の特急列車に、民間事業者が参入してくるわけで、激しい競争が予想される。現在、参入を決めているのは CitytågMTR の2社だ。

MTRは言わずと知れた香港資本であり、既にストックホルム地下鉄の運行事業を担っている。ストックホルム-ヨーテボリ間では新型特急車両を投入し、1日最大7往復ほど運行する予定とのことだ。使用する車両は、スイスの鉄道メーカーStadlerの製造するFlirt Nordicというモデルで、6編成の購入を決めている(同モデルは既にノルウェー国鉄が使用している)。


ノルウェー国鉄の所有するFlirt Nordic

一方、Citytågはスウェーデン資本であり、費用を抑えて低価格をウリにし、乗客の獲得を目指すという。使用する車両は1970年代に製造され、ドイツで使用されてきた中古で、1日3往復ほど走らせる予定だ。

おそらくCitytågのほうは特急列車とはいえ停車駅の少ないIntercityという感じだが、MTRのほうは車両も新しくスピードも出るので魅力的で、私も興味がある。


【 この2社を迎え撃つ老舗の国鉄SJ 】

では、これら新規参入企業に対して、老舗のSJはどのように対抗するつもりなのだろうか? 既存の特急車両X2000(現在の名称はSJ2000)は1989年から製造が始まり、1990年代前半から使用が開始されたモデルであるため古い。新型車両の購入が急がれる。メディアの注目を集めたSJの対抗案は、先日1月16日に大々的に発表された。記者会見は「国鉄SJの150年の歴史の中で最も規模の大きな投資プロジェクトだ」という威勢のよい言葉で始まった。うわぁ、きた! どんな新型車両を購入するのだろう、と大きな期待をした。

しかし・・・、その中身はというと

「35億クローナを投じて、既存のX2000(SJ2000)全車両のアップグレードする」

な、な、なんと、新型特急車両の購入ではなく、既に使用が開始してから20年あまりが経っている旧モデルの刷新なのだ。記者会見をラジオで聞きながら肩からどっと力が抜ける気がした。

具体的には、
・アップグレードの対象となるのは、SJが現在保有する36編成すべて
・車体はそのまま
・ただ、電気系統、駆動・制御システムやITシステムなどはすべて最新鋭の技術を導入する。
・また、外装および内装を新しくする
・アップグレードの結果、10%の省エネが期待され、スピードが少しアップする(現在は最高200km/h)。また、乗り心地が今より良くなる。
・アップグレード作業は徐々に進めていく。刷新された最初のSJ2000が路線に投入されるのは2016年であり、2018年までにすべての刷新を終える。
・5社の競争入札の結果、技術部分のアップグレードはABBが14億クローナを掛けて行うことが決まった。(X2000は1980年代にSJとASEA(ABBの前身)が共同開発。ABBの鉄道部門はBombardierに買収されたため、ABBは今は鉄道を作ってはいないが、鉄道関連の技術開発は今も続けている)

当然ながら「なぜ新型車両を新たに購入しないのか?」という疑問の声も聞かれよう。国鉄SJは、「新型車両の購入も考慮して候補をいくつか見てみたが、スウェーデンの鉄道条件に既存のSJ2000以上に合うものが見つからなかった」と答えている。スウェーデンの鉄道条件、というのは、おそらくまず、カーブが多いことを指しているだろう。SJ2000は振り子列車であるため、スピードを落とさずにカーブを通過できる(乗車中、振り子機能が作動しなることが稀にあるが、それを経験すると振り子の有り難さがよく分かる。安全性の問題はなく、あくまで乗り心地の問題)。また、寒冷な気候も指しているだろう。冬場は線路の切り替えが故障したりして列車ダイヤに大幅な遅れが発生しがちだが、先頭車両にびっしりと氷が張り、停車駅でドアがガチガチに凍りついて開かなくなるくらいの寒さの中でも、線路さえしっかりしていればSJ2000はちゃんと走ってくれる。この頑強さ(robustness)はこれまでの運用から実証済みだ。

以上が、国鉄SJによる説明だが、理由は他にもあると思う。ストックホルム-ヨーテボリ間は既に述べたように、競争が激化する。線路は今の時点で既にかなりの過密状態なのに、運行本数がさらに増えるので、おそらくスピードは今以上にあげることが難しくなるだろう。だから、新型車両の導入による高速化にお金を掛けるべきではないと判断したと考えられる。また、ちょうど今、SJは大きなコストカットの必要性に直面してもいる(年間60億クローナの経常費用を50億クローナへカット)ので、新規購入は見送ったのではないだろうか。

ちなみに、SJは数年前にBombardier製の新型車両SJ3000の導入を決め、すでに路線にも投入されているが、これは主にストックホルム以北(Sundsvall線, Borlänge線)で使用されており、ストックホルム-ヨーテボリ間での運行は考えられていないようだ(私は少なくともこのSJ3000を追加注文して、ヨーテボリ線に投入してくれることを期待していた)。


【 SJ2000(X2000)のこれまで 】

振り返ってみると、SJ2000のアップグレードは今回が初めてではない。1990年代前半の運行開始から10年ほど経った頃、第1回のアップグレードが行われた。乗客である私にとっての大きな変化は、各座席にコンセントが取り付けられ、また、車内無線LANが装備されたことだった。ただ、この時のアップグレードも3年ほど掛けて徐々に進められたため、ノートパソコンのバッテリーが空のときに乗ろうとした列車が、アップグレード前の物だった時は、大いに困ったものだった。


一番初めの外装


2000年代にアップグレードされた後の外装


既に書いたように、SJ2000(少し前までX2000と呼ばれていた)を開発したのは、スウェーデン国鉄SJと、重工業メーカーABBの前身であるASEAであり、1989年から98年にかけて全部で44編成製造された(モデル名はX2であり、それぞれの編成には作られた順にX2 2001、X2 2002、・・・と番号が振られた)。

その後の話はWikipediaが詳しいが、SJやASEA(ABB)は、自国開発のこの高速鉄道技術の輸出も考えていたようで、アメリカのAmtrakなどにも一時期貸し出されたほか、中国の高速鉄道にも参入を目論んだようだ。しかし、実際に輸出されたのは中国への1編成だけだった。この編成は全44編成の中で一番最後に製造されたものであり、型番がX2 2044だったが、4という数字は不吉なので末広がりの8が良いと中国が言うので、X2 2088という型番に変えた上で輸出されたとか。おまけに、中国が1編成だけ購入した目的は、実際に運行することではなく、むしろ技術を学ぶためだったらしい(笑)。

スウェーデンでは、残りの43編成が国内の各路線で使用されたが、時おり事故が起きて、車両が大破したりすると、1編成、また1編成と数が減っていき、しまいには車両不足が生じる事態にもなった。特に2000年代後半からは気候変動・温暖化の議論などもあり、鉄道を利用する乗客の数が大幅に増えたために、SJは2編成を連結して14両にして走らせることもあり、車両不足に拍車をかけた(3編成連結も行われたという噂も聞いた)。そのため、中国に輸出され、技術をがっぽりと持って行かれた後はそのまま放置されていたX2 2088を、SJは2012年に買い戻しているから面白い。スウェーデン国内に存在するSJ2000は、現在全部で36編成。この調子だと、2030年になってもまだ使われていそうだ(笑)。

人間型ロボット(hubot)

2014-01-10 13:21:52 | スウェーデン・その他の社会
2009年頃だっただろうか、スウェーデンの夜のニュース番組で、日本に住む老夫婦がアザラシ型ロボットをペットとして可愛がる様子が取り上げられた。撫でたり、話しかけたりすると、表情や動作で反応するようにプログラムされており、老夫婦はそれで日々、気を紛らわしているとのことだったが、正直ゾッとした。所詮、プログラムされた機械にすぎないものを、生き物と同じように感情移入させるのは騙されているような気がするし、本来、人間同士の絆が果たすべき役割を機械が代わるのは、悲しい気がしたからだ。

しかし、その後、スウェーデンの老人ホームの一部でもこのアザラシ型ロボットを購入し、認知症のお年寄りの情操トレーニングに用いるようになっているという。


ところで、人工知能学会の学会誌の最新号の表紙が話題を呼んでいる。


何かと物議を醸しているこの表紙だが、これを見てハッとした。というのも、機械・ロボットの進化の行き着く先は、結局のところ人間型ロボットなのだと改めて気づかされたからだ。(性別分業を奨励する女性差別的なイラストだとの批判が上がっているが、私は過剰反応と思う。アイドルとかAKBとかメイド云々など、日本的な流行のノリで描いたものだろう。これを女性差別だと批判するのであれば、それ以上に批判されるべきものはたくさんあると思う)

実は、スウェーデンで現在、まさにこの人間型ロボットを扱ったTVドラマが放送されている。タイトルは「Äkta människor」、直訳すると「本物の人間」になる。第1シーズン(全10回)が2012年2月の放送され、現在はその第2シーズン(全10回)をやっている。

舞台は、近未来のスウェーデン。人間(human)型ロボット(robot)なので「hubot」(フボット)と名づけられたロボット達は、人間の日常生活の様々な場面に浸透している。倉庫内の物流をひたすらこなすhubot、家事労働をするhubot、老人と生活を共にし介護をしたり、話し相手になったり、趣味を一緒に楽しむhubot、工事現場で危険な作業をするhubot、職業安定所で失業者に適した仕事や職業訓練を紹介するhubot。


彼はhubotを小賢しい奴らと思っており、反感を募らせていく

hubotは次第に人間の仕事を代替していく。ただ、これはhubotに限らず、機械によるオートメーション化や産業ロボット、IT・パソコンで既に起きていることなので、何も新しいことではない。一方、hubotがそれらの機械と決定的に異なるのは、人間の顔形をしており、表情、動作、話し方も人間を真似て精巧に作られているので、hubotに対して情が移ってしまう可能性があるということだ。

例えば、「オーディ」と名づけたhubotを友達のように可愛がり、趣味や旅行を一緒に楽しんできた一人暮らしの老人。買い物の途中に制御不能になり、古い型なのでスクラップにするよう命じられるが、哀れに感じ、自宅に持ち帰ってひっそりと使い続ける。(そして、それがドラマのストーリーに大きく関わってくる)


また、ある女性は夫と息子と暮らしているものの、男性型hubotを所有し、ジョギングやトレーニングを一緒に楽しんだり、テレビを見たりしていたが、それに嫉妬した夫を見限って、hubotと一緒に別居し、愛人関係になっていく。


夫(左)の前で、hubot(右)と一緒に仲良くテレビを見ている妻(中央)

他方で、hubotが社会生活の様々な場面に浸透していくことで、人間が次第に追いやられていき、最終的に人間とhubotとの関係が逆転しまうことに不安を覚える人たちが、アンチhubotの政党を立ち上げ、社会運動につなげていこうともする。(その政党名が「Äkta människor(本物の人間)」)


「仕事に行くhubotの数は、仕事に行く本物の人間の数をそのうち上回ってしまうだろう」

hubotの意思決定の枠組みは人間がプログラムしたものとはいえ、その枠内で自立した思考ができ、感情を持っていると思わせるような動作をするようになったとき、人間はそのようなロボットとどのように付き合いを持っていくのか、というのがこのドラマの一つの主題だ。ストーリー全体にどこかメランコリックな哀愁が漂っている。

さまざまな人間やhubotが登場し、いくつかのストーリーが平行して進んでいくのだけれど、SF的要素も盛り込まれている。数多くいるhubotの中に、自律してモノを考えることができ、感情や意志を持つものが現れ、それが人間たちと対立していくのが一つの主題だ。また、hubotを「解放する」つまり、自律した思考と意志を持つことができるようにする秘密のパスワードを手に入れることも、ストーリーの根幹になっている。


hubot達を販売するマーケット

ただ、そういうSF的なノリだけでなく、もっと真面目なテーマも含んでいる。つまり、人間型ロボット(hubot)が人間社会の隅々にまで浸透した時、人間の生活や考え方はどのように変化するのか? そして、どのような問題が生じるのか? 倫理的な問題はあるのか?

所詮hubotは機械だと多くの人が分かってはいるけれど、日々の家庭生活・社会生活でhubotと接するうちに少なからずの人々が感情移入するようになる。そして、他の人がそのhubotを差別的に扱ったり、汚い言葉を投げかけると、感情移入した人間はその行いに対して、心を痛め、反発する。では、hubotにも人間に準ずる権利を認めるべきなのか? ある人が大切に可愛がっていたhubotを意図的に破壊した場合、所有者の精神的苦痛を考慮して、通常の器物破損以上の刑を科すべきなのか?

さらには、人間自身の実存的な疑問にも関わってくる。つまり、性能が高度になり、人間と同じような複雑な思考ができ、動作も精巧になってくると、じゃあ、結局、人間とhubotの違いは何だろう?という問いかけに繋がっていく。(タイトルである「Äkta människor(本物の人間)」は、そんな実存的な問題も意識していると思う)




主人公の一人。スウェーデン人の家庭にやって来るが、実は大きな謎を秘めたhubotだった・・・。


2012年の初めに放送された第1シーズンは、その後50ヶ国あまりの国で放映され、好評だったようだ(英語圏では「Real humans」というタイトルになった)。主人公の一人が韓国出身の国際養子の女性だったことも理由の一つなのか、アジアの中では韓国で放映され、同国のTVドラマ賞の外国部門を受賞したようだが、どうも日本ではまだ紹介されていないようだ。南欧やラテンアメリカの国々でも評価は高かったようだが、その理由の一つは、ドラマで登場する北欧的なライフスタイルや社会が、非常にシンプルで合理的であり、それがエキゾチックに感じられたことらしい。

スウェーデンの製作者は、SFドラマというと大抵の場合、多額の制作費用が掛かるものだが、このドラマは比較的低予算でも面白いSFができることを示せた、とコメントしている。

※ ※ ※ ※ ※

長くなってしまったが、最後に一つ。ロボットに情が移ってしまうのは、それの顔かたちが人間に近いからだと思っていたが、必ずしもそうとは限らないのかもしれない。先日、このようなツイートを読んで驚いた。




明けましておめでとうございます

2014-01-03 11:05:54 | Yoshiの生活 (mitt liv)

2012年10月にヨーテボリ大学経済学部で博士号を取得し、その後、同学部に講師という形でしばらく所属していましたが、2013年8月からストックホルム商科大学にある「欧州日本研究所」(European Institute of Japanese Studies)で研究員をすることになりました。それに伴い、住居も住み慣れたヨーテボリからストックホルムへと変えました。

ただ、現在でもヨーテボリ大学では、統計学とミクロ経済学の講義を担当しているので、ヨーテボリにも頻繁に足を運んでいます。