スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

更新が滞っているわけ

2012-05-25 00:12:16 | コラム
最近、更新が滞っているが、一つの理由は学部生向けの「基礎統計学」の科目責任者になったため、雑務や講義の準備で時間的余裕が無いためだ。

統計学は私たちが日々の生活で常に接するものであり、統計の使い方次第では容易に嘘をついたり、真実とは異なる方向に人々の感情を突き動かすことが可能だ。

昨日もツイッターで話題になったのは『福島県の子供の病死者数が増えている』というものだったが、その根拠となっていたのは以下のようなグラフだった。



なるほど、2011年の子供の病死者数が2010年と比べて増えている、と思われるかもしれないが、Y軸をみれば分かるように、各月の事例数がわずか一ケタ台、数か月分を積算しても20前後にしかならない。このようなわずかなサンプル数では、2010年と2011年の間に有意な差があるかどうかを言うことはできないだろう(つまり、偶然性を排除できない)。しかも「累計」を折れ線で示す必要性が理解できない。その上、そもそもこのような文脈で意味を持つのは「病死者数」ではなく、母集団に対するその割合であろうから、むしろそれを示すべきだろう。

この「デマ」に対する検証については、詳しくはPKAnzug氏による検証 『福島県の子供の病死者数が増えている』?を参照のこと。

このようなおかしな情報を、安易に拡散する人たちがおり、一人歩きしていくという現象がネット上では度々見られる。元の情報の著者本人は、これだけでは有意な差があるとは言い切れない、という旨を書いていたものの、それを拡散する人たちの中には、そのことを無視して「福島の子供たちがすでに影響を受けている事が解ります。事態を楽観してはいけない、このままでは悪くなる一方です」などと誇大に解釈して拡散する人もいる。

統計学の基礎的な知識がもっと一般に広まっていれば、このような不確かな情報を安易に拡散する前に立ち止まって自分の頭で考える人が増えるだろう。そうすれば、デマの拡散を抑えることができる。

私が担当しているのは、経済学部や経営学部で学ぶエコノミスト養成課程の学生だが、基礎レベルの統計学くらいは理系や社会科学だけでなく、人文系の学生や一般の人々も知っておくべきだと思う。

私が京都大学で統計学を学んだときの大学教授(一般教養科目だった)は酷かった。具体的事例を示さずに、公式や定理の話ばかりをするので、それが現実にどのように適用できるのか全く分からずじまいだった。結局、スウェーデンに来てから、統計学と計量経済学は一から学び直すことになった。

だから、この春、ずっと悩んできたのはどうやったら分かりやすく統計学の初歩を教えることができるか? どのような切り口で? そして、興味を引かせるための具体的事例として何を扱うべきか?などだ。そのようなことを考えながら、スウェーデン語で講義する(1年生・2年生向けの講義であるためスウェーデン語)。

何事も経験だ。あと1週間で試験になり、この仕事も一段落つく。

計測が難しい若年者(15-24歳)の失業率 (その2)

2012-05-05 17:16:37 | スウェーデン・その他の経済
前回は、公式統計による若年失業率(15-24歳)を額面通りに理解しないほうが良いということを書いた。そして、その理由として「失業者」の定義に「求職中の学生」が含まれてしまうことを挙げ、2012年3月時点の若年失業率である25.2%から「求職中の学生」を学生を除けば、だいたい15%くらいになることを示した。

今回はその続きだが、実はごく最近まで、スウェーデン中央統計庁「求職中の学生」を非労働力と定義して失業率を算出し、それを公式統計として発表していた。しかし、それではILO(国際労働機関)が定める「失業者」の定義と異なるとして、EUはEU指令を通じてスウェーデン政府(および他の加盟国)に対し、ILOの定義を採用するよう要求していた。社会民主党政権は長い間、渋っていたが、2006年秋に政権に就いた中道右派連立は、2007年10月からILO基準に基づく失業率に移行することを決定したのだった。

旧定義新定義(ILO基準)の大きな違いは、まず、求職中の(フルタイムの)学生が失業者と見なされるようになったこと、そして、もう一つは労働力統計で捕捉される年齢層16-64歳から15-74歳に拡大されたことである。

そのため、2007年10月を境に、失業統計(とその基礎になっている労働力統計)に断絶が生じることになった。ただし、中央統計庁は過去の失業統計に新定義を適用した場合の失業率も、時間をさかのぼって算出し公表している(一方、旧定義による失業率の算出は2007年末で終了)。

それをグラフで示すと以下のようになる(月ごとの失業率)。


労働市場全体の失業率(旧定義:16-64歳、新定義:15-74歳)

ここから分かるように、新定義と旧定義の間で1.5-2%ほどの差がある。つまり、スウェーデンは新定義(ILO基準)に移行したことによって、一夜にして失業率が急上昇してしまったのである。

では、この差異はどこから生じているか?、労働力統計が対象とする年齢層の拡大(64歳→74歳)は大した影響がない。65-74歳の人で働き続けている人は一定の割合(この年齢層の総人口の13%ほど)いるが、それ以外の人はほぼ全員が非労働力であり、失業者はほとんどいないからだ(ただし、分母には影響を与える)。

むしろ、新旧の定義による失業率の差は、若年層の失業率の違いから来ている。下のグラフは15-24歳だけに限った場合の失業率を、新旧それぞれの定義で示したものだ。


若年者の失業率(旧定義:16-24歳、新定義:15-24歳)

ここから分かるのは、まずこの世代の失業率は季節間変動が非常に大きいことである。特に、新定義では山と谷の差が10%ポイント以上、年によっては15%ポイントもある。また、春先から6月にかけて高くなっていき、8月に急落するという一定パターンも見受けられる。これはおそらく、夏休みの間のサマージョブ探しが年明けから少しずつ始まり、夏休みを前にした6月にピークを迎えるからではないかと思う。そして、夏休みの真っ只中である7月になると新定義の失業率が旧定義のそれと一致するのも興味深い。つまり、夏休み中は「求職中の学生」がほとんどいなくなることを意味している。

以上から分かるのは「求職中の学生」を失業に含めるか含めないかで、15-24歳の若年失業率にここまで大きな差が出ることだ。

では、それ以外の年齢層の失業率はどうか? 下の図は、35歳以上の失業率を示したもの。


35歳以上の失業率(旧定義:35-64歳、新定義:35-74歳)

ここから分かるように、新定義と旧定義の間の差はほとんどない。月によって若干の変動はあるが、レベルの差は全くないといってよい。

この図では25-34歳を入れなかったが、それはこの年齢層では大学生が多く含まれるため、若年層(15-24歳)ほどではないにしろ、ある程度の乖離が生まれるからである。


25-34歳の失業率

今回は統計データばかり掲示したけれど、結局言いたかったのは、2007年10年新定義(ILO基準)に移行したことによって、若年者の失業率がだいたい10%ポイント上昇し、全体としても1.5-2%ほど上昇してしまったことである。先に、社会民主党政権は新定義への以降を渋ってきたと書いたが、それは政権党として失業率が数字の上で上昇するのは困るからでもあるし、それだけでなく、中央統計庁の職員・分析官も新定義に基づく失業率を政策議論で用いるのは、誤解を招く恐れがあるとして反対していたからである。

ついでに言えば、実は現在の政策議論において、もはや野党となった社会民主党は、中道保守政権を批判する材料として、若年者の失業率が25%と高いことを槍玉に挙げているのだが、ご覧の通りここで使われている統計は、自分たちが採用するのを渋っていた定義に基づく統計である、というのは皮肉な話である。

計測が難しい若年者(15-24歳)の失業率 (その1)

2012-05-01 01:03:16 | スウェーデン・その他の経済
以前から取り上げたいと考えていたことに若年失業者がある。25歳未満の若者若年者と捉えたとき、彼らの失業率が高いことはこれまでもスウェーデンで議論されてきた。

最新の失業統計である2012年3月の数字を見てみると、15-74歳まで労働力全体に対する失業率は7.7%だが、15-24歳の若年者だけに絞って見てみると25.5%と実に3倍以上に膨れ上がる。

バブル崩壊後の金融危機に悩むスペインでは若年者の失業者が50%前後という。スウェーデンはそこまで高いわけではないが、この統計からは多くの若者が仕事に就けないという厳しい現状が窺え、国内の政策議論でも80-talisterna90-talisterna(80年代、90年代生まれ世代)を指して「失われた世代」と象徴的に呼ばれることもある。

しかし、統計を読むときには注意が必要である。この25.5%が意味しているのは果たして何かを吟味する必要がある。(一般に、“%”“何人に一人”という統計があれば、何が分母で何が分子かを考えることくらいはしなければならない)

25.2%という数字を額面通りに捉えて、若年者の4人に1人が仕事に就けず、悲惨な状況にあると考えても良いだろうか?

話を進める前に一つ。失業率は、労働力(=就業者+失業者)に対する失業者の割合である。ちなみに、労働力のほかに、労働市場に参加していない人たちもいる(例えば、長期にわたり病気を患っている人、専業主婦・主夫や、退職者・年金生活者など。学生も本来ここに入るべきなのだが、それが今回の焦点) この労働力非労働力を足すと労働力人口になる。

さて、この25.5%という数字はスウェーデンの公式統計であるわけだが、これは中央統計庁が定期的に行うサンプル調査に基づいている。しかし、この調査の問題点は、失業者に学生の一部が含まれてしまうことである。学生は本来は非労働力とみなすべきであろう。しかし、実は「失業者」の定義は「過去4週間に求職をしたことがある人」となっているため、週末や空いた時間のアルバイトや夏休みのサマージョブのために学生が仕事探しをすれば、たとえ本業が勉学であっても失業者とみなされ、失業率の計算に加えられてしまう。

実際のところ、このような「求職中の学生」若年失業者の実に半分を占める。では、彼らを失業者とカウントしなかった場合の若年失業率はいくらになるかというと、もともとの数字が25.2%であり、若年失業者のちょうど半分が「求職中の学生」だったとした場合、14.4%になる。(えっ、どうして12.6%にならないのか、って?)


では、「求職中の学生」を失業者に含むことの是非についてはどうだろう?

例えば、既に挙げた、(1)学業が本業だがアルバイト(週末バイト、夏休みのサマージョブ)を探しているというケースがある。これを失業とみなすのは不適切だろう。

次に、(2)本当は学業はしたくないのだけど、仕事がないので仕方なく大学に身を置いて勉強している(その片手間で求職活動)、というケースもある。例えば、学士あるいは修士の学位をもう取ったのだけど、労働市場に出ても仕事がない。生活に困る。だから、何らかの大学科目に登録して勉強を続け、国の学生手当を受け取りながら生活をする、という場合だ(ただし、学生手当はちゃんと単位を取ることが条件なので、なるべく簡単な科目がよい)。これは、おそらく失業者とカウントすべきだろう。

ただ、これに関連して言うならば、難しいケースもある。例えば、企業で働いていたけれど、不況で失業してしまった。仕事探しをしようにも不況のために当面は見通しが暗い、だから、一般大学や職業大学で学ぶという場合だ(たとえば少し前に書いた風力技術者養成課程など)。これは、どうだろう? 確かに、仕事があれば仕事に就いていたという点では失業者かもしれないが、失業を契機にある一定期間、勉学に打ち込むと決めているのであれば、失業者とカウントしないほうがよいだろう。極端な話をすれば、高卒で簡単に就職ができるならば大学にわざわざ進む人はずっと少ないだろうが、実際はそうではないから大学に進む。そういう人は失業者か、というとそうは言えないだろう。(おそらく(2)との違いは、短期間の繋ぎとして勉強しているのか、ある一定期間、勉学を本業にする決意を持っているか、ということだろう)

このように、何を失業と定義するのかは難しい。本当は上記の(1)と(2)のうち、(2)だけをカウントして失業率を算出すべきだろうが、そのような細かい調査はなされていない。これはスウェーデンに限ったことではなく、ILOの決めた失業の定義を採用する国ではどこも同じようだ。

以上の話をまとめるならば、「若年失業率は25.2%だ」という数字を額面通りに受け取ってビックリするのではなく、実際に失業と言えるのは25.2%と先ほど算出した14.4%の間のどこかだ(おそらく14.4%にずっと近いのではないか)と考えたほうがよいと思う。

もちろん、14.4%という数字自体も確かに大きなもので、労働市場全体の失業率である7.7%の2倍近くあるということは問題だが、ただし、成人の失業率と若年者の失業率を単純に比較できないことも確かである。次回に続く。