スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

パナマ文書をめぐるアイスランド首相インタビュー

2016-04-06 23:32:07 | スウェーデン・その他の政治
今週日曜日の夜7時半、公共テレビSVTのニュースを見ていた。通常であればニュースの最後に天気予報があり、そのまま地方ニュースにバトンタッチをするのであるが、この日は天気予報のあとにニュースキャスターが再びニュースを読み始めた。そのニュースの内容は、アイスランド首相に資産隠しの疑いがあることが明らかになったこと、そして、その疑いはパナマの法律事務所から漏洩した膨大な数(1100万)の文書から明らかになったこと、さらに、その文書は世界的なジャーナリスト・ネットワークであるInternational Consortium of Investigative Journalists (調査ジャーナリスト国際連合:ICIJ)がこれまで長期にわたって分析してきたものであり、SVTのジャーナリストもそのネットワークのメンバーであったこと、そして、そのネットワークの定めた世界共通の解禁日時はその日の夜8時であるため、夜8時になればSVTのホームページで詳細を公開することが、淡々と伝えられた。

通常とは異なったニュース番組の終わり方であったため、見ていた私も思わずドキドキしてしまった。そして、それから間もなく世界的に公開されたパナマ文書の詳細は、世界のメディアを釘付けにしてしまうものであった。

スウェーデンに関しては、大手4銀行の一つであり、2013年まではスウェーデン政府も主要株主であったNordea(ノルディーア)が有力顧客に対して、タックスヘイブンにペーパーカンパニーを設立してスウェーデンでの課税を逃れるためのサービスを提供していた疑いがパナマ文書から浮かび上がってきたため、メディアを始め、金融監督庁などの激しい追及を受けている。

それ以上に大きな危機に陥っているのは、冒頭で触れたアイスランドである。現首相であるシグムンドゥル・ダヴィード・グンラウグソンは、2008年の金融危機で明るみになった政治腐敗からアイスランドを脱却させ、政治や行政への信頼回復を重要課題として取り組むことを自身の政治キャリアの中心に据えてきた政治家だというが、その本人がタックスヘイブンでの資産隠しに関与し、アイスランドでの課税を逃れていた疑いが持たれているからである。

このスキャンダルがアイスランド国民に伝えられたのは、国際ジャーナリスト・ネットワークICIJがこのパナマ文書に関するスクープニュースを解禁した日曜日だった。その夜、アイスランドではこの首相スキャンダルを扱った番組が放送されたという。そして、その番組にはジャーナリストの厳しい質問に驚き、その場を慌てて立ち去ろうとする首相の姿も映されていた。

そのテレビ・インタビューの場面であるが、ストーリー的にはとても良く出来ている。ちなみに、このインタビューはスウェーデンの公共放送SVTがアイスランド首相に申し込んだものだったのである。その経緯について、スウェーデンの公共テレビSVTの番組「Uppdrag Granskning」の情報を元に簡単にまとめてみたい。

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膨大な数のパナマ文書の分析は、最初にそれを入手したドイツのメディアだけの手に負えるものではなかったため、深い分析を得意とするジャーナリストのネットワークである調査ジャーナリスト国際連合(ICIJ)を通じて数百人のジャーナリストで手分けして分析することになった。この中には、スウェーデンの公共放送SVTの看板番組の一つであり、様々な資料や公開請求して得た文書の分析でスキャンダルを暴いていく「Uppdrag Granskning」のスウェーデン人ジャーナリストの他、アイスランドのフリージャーナリストも含まれていた。

以前から知人同士であったこの二人は、アイスランド首相に対する疑惑を数カ月前にすでに突き止めていたのであるが、その疑惑を何とかして当の本人に突き付けて、回答を得たいと考えていた。しかし、正攻法でインタビューを申し込んでも首相側がOKする可能性は低く、映像も良いものが得られないだろう。

そこで彼らが考えたのは、別の名目でインタビューを申し込み、首相をテレビカメラの前に誘い出して、そこで疑惑を突きつける手であった。ジャーナリストの彼らもこのやり方が「汚い」ものであり、物議を醸しかねないことは承知していたものの、それでも敢えて実行に移したという。

スウェーデン人ジャーナリストがアイスランド首相に申し込んだインタビューの名目は「2008年に始まった金融危機と政治危機をアイスランドがいかに乗り越えてきたか」をアイスランド首相に尋ねるという、ごく無難なものだった。だから、アイスランド首相もOKをしたようだ。インタビューではまず、国民の皆が税金を収めることが重要であること、そして、タックスヘイブンを利用した租税回避行為が深刻な問題であることを首相に語らせる。首相も、政治や行政は国民が信頼できるものでなければならないと強調している。

そうやって、首相が波に乗って答え始めたところで、スウェーデン人ジャーナリストが切り出す。「あなた自身はどうなんでしょうね? あなた自身がペーパーカンパニーに関わったりはしていませんよね?」

次第にうろたえるアイスランド首相。そして、自分の家族が関わるペーパーカンパニーの名前を出され、しどろもどろになってしまう。

その後、首相が慌ててカメラの前から立ち去る様子が下の動画に映っている。


(注:英語字幕はYoutubeのCCを押せば表示される。ちなみに、この動画はもとのインタビュー動画をノルウェーの新聞社が編集したものであるため、ノルウェー語で解説されている。インタビューそのものは英語だが、途中から登場するアイスランド人のフリージャーナリストがアイスランド語で質問している)

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ともあれ、タックスヘイブンを利用した租税回避行為には、スウェーデンもこれまで頭を悩ませてきた。スウェーデンはEUの中でも比較的早い時期から法人税を切り下げてきた国であるが、世界中に法人税率が0もしくは0に近い国や地域がある以上、そういったタックスヘイブンへの資産や所得の流出を阻止するための効果的な方法がこれまであまりなかった。かといって、他の課税制度との調和の問題から法人税をタックスヘイブン並に下げることは不可能である。一方、近年ではタックスヘイブンとして利用されている国・地域が次第にその地域で保有されている資産情報を他の国と共有するようになっている。スウェーデン国税庁もタックスヘイブンとのそのような協力関係の中でスウェーデン人の資産隠しを暴いていくことが次第にできるようになり、罰金を恐れて、過去の申告漏れを自分から事後申告するスウェーデン人も増えているようだ。今回のパナマ文書を発端とする様々な暴露も、そのような資産隠しを難しくしていこうとする動きに、大きな拍車をかけることになるだろう。