スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

フェイスブックがルーレオ市でのサーバーセンター建設を正式に発表

2011-10-31 07:06:51 | コラム
先週の木曜日、Facebookルーレオ市で記者会見を開いた。以前から噂になっていたが、大規模なサーバーセンターの建設を正式に発表したのだった。

Facebookが建設するのは、3つのサーバーセンター。それぞれ28000平方メートルの広さであり、全部でサッカー場12個分に相当するという。そして、1つ目は間もなく建設が始まり、一年後に早くも運転開始をする予定だ。

投資総額は明らかではないが、30億クローナとも50億クローナとも言われる(360~600億円)。Facebookにとっては世界で3番目のサーバーセンターとなる。ヨーロッパでは初。

この記者会見にはなんと、スウェーデンの産業大臣も同席していた。というのも、スウェーデンの産業政策にとっても大きな関心ごとであるからだ。そのため、Facebookのこの巨額の投資に対しては、EUの地域振興支援の枠組みを通じて1億0300万クローナ(12億4000万円)を供与することを決めたのだった。ルーレオ市はスウェーデン北部のいわゆる過疎地域にある「中核都市」である。そのため、企業立地を促進することで、この地域の雇用や産業の振興につなげたい。


1ヶ月ほど前に就任した28歳の産業大臣

地元ルーレオ市にとっては、製鉄所が1940年にこの地に生産拠点を置いて以来で、最大規模の投資になるという。建設過程で300人の雇用が生まれるし、完成すればサーバーセンター1つにつき30~50人が必要となる。また、関連産業の誘致やこの町にあるルーレオ工科大学との連携も期待できる。従来型の産業ではなく、新しいIT産業の誘致はこの町にとっても非常に魅力だ。

実際のところ、ルーレオ市「The Node Pole」というブランド名を掲げて、同様のサーバーセンターの誘致を積極的に行いたい構えだ。Node(ノード)とは英語で「ネットワークへの接続ポイント」を意味するが、スウェーデン語で北極を意味するNordpol(ノードポール)とうまく掛けている。

ルーレオ市は確かにスウェーデンの「北のはずれ」であるし、そもそもスウェーデンそのものがヨーロッパの「北のはずれ」に位置するわけだが、IT産業が従来型の産業と違うのは、ITインフラと電力さえあれば場所を選ばないという点だろう。この点では、スウェーデン政府が世界的にもかなり早い時点でブロードバンドをはじめとするITインフラの整備に力を入れてきたことが功を奏したといえる。また、電力に関しても、Facebookの代表者はスウェーデンの電力価格が安いことが一つの魅力だった、と語っている。

しかし、一番の魅力はやはり寒冷な気候だ。サーバーやその他のIT機器からは大量の熱が発生するため、空調設備を使って冷却する必要があり、そのために大量のエネルギーが必要となるが、もともと寒冷な気候であればその必要性も減る。よって、経費や環境への負荷も減る。

一方、ルーレオ市のこの立地場所に限った局所的な問題は、サーバーセンターから空調設備を通じて放出される大量の熱によって、周囲の温度が1~4度上昇することだ。そのため、ルーレオ市が位置するノルボッテン県の認可当局は、空調からの熱をそのまま大気中に放出するのではなく、うまく活用する方法がないかどうかを調査するよう、Facebookに対して認可の際に注文をつけたようだ。おそらく、ヒートポンプを使って水を温めて地域暖房に使う、という方法が安価で現実的な方法ではないかと思う。

<過去の記事>
2011-07-08:高い安全性が求められる電子データ保管場所
2011-07-10:高い安全性が求められる電子データ保管場所(2)

ストックホルムでの木を守る運動(ニレ1971年・オーク2011年)

2011-10-28 07:10:05 | スウェーデン・その他の環境政策
先日のスウェーデンツアー報告会(三軒茶屋)でも、レーナ・リンダルさんの講演会(スウェーデン大使館)でも話に出た、ストックホルムの「ニレの木を守る運動」

これは1971年5月のこと。ストックホルムの中心部にある王立公園地下鉄駅への出入り口をつくるため、13本のニレの木を切り倒すことが決まった。これに対して、数千人の住民が反発し、1週間にわたって木の周辺を占領した。

これに対し、市側はある晩、警察を用いて強制退去を行い、実力行使で木を切り倒そうとし、警察と活動家双方にケガ人が出る事態となった。その後、市の側は計画を撤回し、地下鉄の出口の位置をずらすことで問題は解決した。市民が市や政府の強硬的なやり方に反対し勝利したという象徴的な出来事であると同時に、行政側も都市計画や公共事業の実施において市民との対話を重視する必要性を認識する契機となった。





実は今、新たな反対運動ストックホルムで起きている。立派な住宅街が立ち並ぶオステルマルム地区の片隅に公共テレビSVTの本部あるが、その前の通りにオーク(セイヨウナラ)の巨木が立っている。樹齢は500年とも1000年とも言われ、ストックホルムの町よりも古いのではないかと考えられる老木だ。テレビ局の前にあることから「テレビ・オーク」もしくは「テレビ局前のオーク」(TV-eken)という愛称で親しまれてきた。



150年前に描かれたこの巨木。当時、周りには何もなかった。

10月12日、ストックホルム市交通課はこの大きな老木の切り倒しを決定した。理由は、菌や腐敗による根の侵食が激しく、健康状態が良くないこと、そして、いつか倒れることになれば通行人に危害を与える危険があるため、としている。早くも10月24日に切り倒す予定だと発表した。

市は老木にもそのことを伝える告知文を掲げた。この巨木のもとを訪れる市民は日増しに多くなり、名残惜しみながら最後の別れを告げていた。一方、市の決定に異議を唱える人々も増えていった。彼らはこの決定が政治決定ではなく、あくまで市の役人レベルで決定されたものであることをまず批判した。また、木の状態が悪いにしろ、適切な対策を施すことによって、その大部分を残すことは可能だと指摘。さらに、本当は現在進められているストックホルム市の路面電車の延伸の邪魔になるからではないか、と伐採の理由そのものに異議を投げかけ始めた。

ある市民は「千年近くもこの場所に立ち続けた木の切り倒しを、たった2週間の間に発表から実行に移すなんておかしな話だ」と新聞記者に述べている。また、市が巨木に掲げた告知文には誰かが「くだらん話だ。本当は路面電車が目的だろ?」とか「(王立公園の)ニレの木だって(健康状態が悪いから)伐採しなければならないと言ったくせに、40年経った今でもちゃんと立っているじゃないか」と落書きをしている。さらに「確かに老木だが、私たちが敬意を持って適切な処置を施せば、あと数百年は花を咲かせ続けるだろうに」と述べる市民をいる。


先週末の日曜日には大勢の市民がこの木の周りに集まってデモ集会を行った。中には、1971年のニレの木をめぐる運動に関わった「ベテラン」もいた。伐採当日に警察がやって来て、木の周りから人々を追い払い、伐採を実行するかもしれないと危惧して、「ハンモックなどを持って木の上に陣取ろう」と提案したりした。そして、人々の一部は伐採が予定された月曜日まで居座った。市が予告した朝8時30分がやって来たが、市の作業員は現れず、実施の延期を発表した。

ストックホルム市は現在、ノルウェーからも樹木の専門家を呼んで、この老木の健康状態を判断してもらうことを予定している(セカンド・オピニオンということだろうか?)。また、伐採に反対する人々はこの地区を管轄する市議会の地区委員会に働きかけて、政治問題化させ、政治的な決定によって老木を保存することを狙っている。地区委員会を構成する市議会議員のうち、社会民主党環境党の市議会議員は老木の保存に積極的だが、ストックホルム市議会の連立与党を構成する保守系政党は「これは市の交通局が決定すべき問題であり、彼らに再度調査を行うように指示した」として、現在のところ政治的に取り上げることは考えていないようだ。

現在、伐採に反対する人々は木の保存と交通の安全確保を両立する道を模索するとともに、計画が正式に撤回されるまでは24時間体制で監視を続けている。

<写真がいくつか・1>
<写真がいくつか・2>
<地区委員会での協議>

1時間ごとの電気料金の課金が来年からスウェーデンで可能に

2011-10-11 00:38:57 | スウェーデン・その他の環境政策
電力需要のピークをいかに抑えるか?

日本の今年の夏の課題はまさにこれであったが、大口顧客に対する節電の要請や罰金制度、そして、各家庭に対する呼びかけなどによって、今年の夏は乗り切った。

しかし、節電を行って電力需要のピークを抑えるために一番効率的な方法は、強制呼びかけに頼るのではなく、利用者一人ひとりの経済勘定に訴えることであろう。例えば、電気の単価が一時間ごとに変化し、需要のピークに差し掛かるにつれて高くなっていくのであれば、単価の高い時間帯はなるべく電気を使わないようにしようとするインセンティブが利用者に働くようになる。


電力市場のこれまでの常識は、需要側の変動に合わせて供給量を調節する、というものであった。だから、電力需要が大きく増える平日・日中は、日本であれば火力発電所を稼動させてピーク需要を何とかして賄おうと努力してきたし、スウェーデンであれば水力発電所(貯水型)の流水量を増やすことによって、発電量を需要側の変動に合わせるという方法が取られてきた。

しかし、この制度の問題点は、ピーク時の電力需要が伸び放題であれば夏季の1日わずか数時間の間のピークを賄うだけのために電力会社はわざわざ発電所を新設しなければならない、ということだ。たとえ、その施設の一年を通した稼働率がわずか数%であったとしてもだ。

また、電気料金が一日もしくは一ヶ月を通して一定であれば、仮に利用者のほうが需要ピーク時には電気を使わず、代わりに電気が比較的豊富にある時間帯(例えば夜や早朝)に使うという努力をしたとしても何も報われないことになる。

だから、これからは需要側を電力の供給状況に柔軟にあわせていくための制度も必要となってくる。

日本では深夜料金昼間料金を分けて課金する制度が導入され、電気温水器などの電気製品は電気代の安い夜間に動かすなどの工夫が取られている。しかし、もし1時間ごとに電気代が異なるようになれば、どうだろう? つまり、電力需要電力供給のバランスによって1時間ごとに電気の単価を変えるというシステムである。そうすれば、朝から日中にかけて徐々に電気代が上がっていくようになり、13時~14時に単価が最も高くなり、その後、夕方にかけて減少していき、炊事の17時~20時頃に再び高くなって、再び減少し、夜中が最も安くなるだろう。利用する側は、単価の違いに合わせた電気の使い方を意識するようになるだろう。

スウェーデンではこれまで深夜料金と昼間料金との区別はなく、月間を通して、もしくは年間を通して一定の単価が課せられてきた。(←月ごとに変動するか、それとも1年もしくは2年という長い期間にわたって固定かは利用者が選ぶ契約の種類による。)

しかし、数年前から時間単位の課金を可能にする準備が始められ、2010年までにスマートメーター(1時間ごとの使用量を記録できる電気メーター)大口・小口利用者の91%に設置された。そして、今年6月23日に来年から時間単位の課金を始めるための法案がスウェーデン議会に提出され、可決した。(続く・・・)


法案提出の日に日刊紙に掲載された産業大臣自身によるオピニオン記事。
「持続可能なエネルギーには、積極的に選ぼうとする消費者のためを考えた新しいツールが必要となる」

スウェーデン放射線安全庁の機関紙(2)- 事故後の監視体制とはるばる到達した放射能

2011-10-08 23:28:31 | スウェーデン・その他の環境政策
ヨンショーピン大学の経済学部で勉強していたときの友人で、現在は民生災害対策庁で働く人が、3月11日の大震災やそれに続く福島原発の惨事の直後、「スウェーデンの民生災害対策庁でも通常の24時間警戒体制を増強しながら日本の事態の推移を見守っている。夫が育児休暇中だから子どもの面倒を見てくれている」と連絡をくれたことがある(この夫も私の同級生)。

彼女が働くこの民生災害対策庁は、民生部門のさまざまな側面における防災計画を策定したり、訓練を行ったり、実際に災害が発生したときには援助・救助活動のコーディネートを行う機関だ(防衛省の管轄下にある)。3月11日の日本の大震災に際しては、EUの枠組みの中でスウェーデンが日本に対して行う援助活動をコーディネートしたり、原発事故を含むさまざまな災害対策として、スウェーデンが日本の今回の経験から学べることは何かを分析していた。日本から英語で発表された資料や記事の中に日本語が混じっているときには、訳を手伝ってあげたりした。

ただし、原発事故に関しては、この庁よりも専門性が高い放射線安全庁が存在するため、放射線安全庁との協力関係のもとで事態の推移を分析していたようだ。


【放射性安全庁が直ちに敷いた緊急監視体制】

前回紹介した放射線安全庁の機関紙の中では、事故発生直後の放射線安全庁の様子が描かれている。庁内では3週間にわたって緊急監視体制が敷かれたという。仕事場を庁内の指令センターに移動させ、職員総数の半分である130人が3シフトで事態の推移を見守った。主に国内での事故に備えて、このような緊急監視体制の準備が通常からされているが、今回の日本の事故に際しても、その手順に則った指令センターの設置が数時間ほどで行われたようだ。

(スウェーデン国内では今年の2月から、上に示した民生災害対策庁や放射線安全庁などの中央官庁や自治体などの職員、電力会社、業界団体、保険会社、中央銀行、金融機関、警察、メディアなど、総勢6000人が関与する大規模な原子力事故訓練が開始されていた(4月に終了)。そのため、つい数週間前に訓練したことが実践できた、とこの訓練に関わった担当者は述べている)

3シフトによる24時間体制の緊急監視では、福島原発から放出された放射性物質の量やその内訳、分散の仕方などが気象条件や日本政府や東電の記者発表をもとに分析されたという。ただし、日本から発信される情報は非常に少なかったため、放射性安全庁で勤務する専門家は、存在する情報をもとに現在の実際の状況を予測したり、影響の大きさを推計していた。

[私も放射線安全庁の専門家がかなり早い段階で「空焚きが続いた炉内の炉心(燃料棒)はもうほぼ融けている」とメディアでコメントしていたのを覚えている。当時の日本からの発表にはそのような情報はなかったし、ようやく部分的メルトダウンを認め始めていた頃だったと思う。おそらくそのようなシミュレーションや予測が根拠になっていたのだろう。諸外国がこのように事態を深刻に捉えていたことに対し、日本では「現状を知らず大げさなことを言っている」とか「不安を煽っている」などと批判があったが、結局、東京電力などがずっと後になって発表した報告書でも、空焚きが始まってわずか数時間でメルトダウンしていた可能性が高いことが判明している。]

その上で、スウェーデン外務省に対し、日本に滞在する自国民へのアドバイスを提案したり、食品庁や税関に対して輸入食品の基準値などにかんするアドバイスを提供したり、メディアに対する記者発表や市民からの問い合わせに対応していた。


【福島原発からの放射能はスウェーデンに到達したか?】

これについても、機関紙の中で少し触れられている。スウェーデン国内には6箇所に大気フィルター観測所が設置されている。これは国外で行われた大気圏内核実験の影響を感知することを目的として防衛研究所が1950年代に設置したものだが、以前にこのブログで取り上げたように、ソ連が国外に隠していたチェルノブイリ原発事故世界で最初にスウェーデンで検出されたときにも威力を発揮した。

2011-04-02:発生から2日後に発覚したチェルノブイリ原発事故

福島原発からと見られる放射性物質をこの大気フィルターが最初に検出したのは、最初の放出があった3月12日から9日後だったらしい。まず、ヨウ素131が検出され、その後、半日から1日ほどしてセシウム134や137も検出されるようになった。ただし、量はごく微量であった。ヨウ素131の最大値は1m3あたり2.15mBqセシウム134の最大値は1m3あたり0.445mBqセシウム137の最大値は1m3あたり0.557mBq。いずれもストックホルムの観測所での値が他の観測所よりも高く、また3月末に最大値に達している。ここに示した数字はそれ。機関紙によると、これらの放射能による被曝線量は全部あわせても0.1マイクロシーベルほどにしかならないという。

また、大気フィルターによる検出と平行して、国内の16地点では牧草からサンプルが採取され、放射性物質の検出が行われた(4月上旬)。その結果は以下の通り。
  • 最も高い濃度のヨウ素131が検出された場所はスコーネ地方のTorekovという場所で、牧草1kgあたり34Bqだった(ストックホルム11Bqヨーテボリ14Bq)。ヨウ素131による汚染が最も懸念されるのは牛乳だが、ヨウ素131を1kgあたり34Bqを含む牧草を乳牛が1日50kg食べたとしても、牛乳に移行するヨウ素131は1kgあたり14Bqという低い水準にとどまるという。

  • 牧草のサンプル調査から検出されたセシウム134の最大値はヴェクショーで1kgあたり4.9Bq(ストックホルム1.9Bq、ヨーテボリ2.4Bq)だった。また、セシウム137の最大値は同じくヴェクショーで6.5Bq(ストックホルム 検出されず、ヨーテボリ3.0Bq)。ただし、セシウム137は半減期が30年と長いため、ここにはチェルノブイリ事故のときに降下したセシウム137も含まれている。ヴェクショーに次いで、イェーヴレでは6.4Bqという値が検出されているが、この大部分は1986年に降下したものであろう。(これに対し、ヨウ素131の半減期は8日、セシウム134の半減期は2年であるため、チェルノブイリ事故のときに降下したこの二つの物質はもうほとんど崩壊している)
さらに、放射線安全庁は国内の28箇所にガンマ線観測所を持っており、観測結果を1時間ごとに放射線安全庁の本部に送っているが、ここでは通常よりも高い放射線量は検出されなかったという。福島原発から到達した放射性物質から出る放射線量は非常に低い値であったため、自然放射線量の変動幅内に収まったからであろう。

スウェーデン放射線安全庁の機関紙(1)- フィルター装置の説明など

2011-10-06 00:54:35 | スウェーデン・その他の環境政策
スウェーデンの原子力・放射線監督行政は、かつては原子力施設の監督をする原子力監督庁と、身の回りの放射線(原子力施設・医療現場のレントゲンや放射線治療・紫外線・レーザー光・電磁波)から人々の健康を守るための行政を司る放射線防護庁に分かれていたが、2008年半ばに合併され放射線安全庁となっている。この機関が環境省の管轄下にあることは、このブログで以前触れたが、前身となった2つの機関も同様に環境省の管轄下にあった(ただし、原子力監督庁は以前は産業省などの下に置かれていたこともあるようだ)。

<以前の書き込み>
2011-03-28:原発の安全性をどの省が監督するべきか?

この放射線安全庁は機関紙を年に4回発行しているが、今年は年初に1号目を発行して以来、新しい号の発行が止まっていた。しかし、2・3号合併号、という形で先日やっと発行された。巻頭の言葉を読むと、日本の原発事故のために当庁の行政活動(原子力監督行政)を再検討せざるを得ず、これまで職員に余力がなかったから、と書かれている。

最新号の特集テーマは、当然ながら日本の原発事故だ。特集記事のタイトルは「福島での事故はまだ終わったわけではない」というものだ。(英訳すれば、The accident in Fukushima is far from over


事故から半年が経った現在の被災地の状況や、放射線セシウムによる地表汚染、除染活動の状況について書かれているほか、スウェーデンの原子力発電所は大丈夫なのか? 地震や津波のリスクがないとしても、他にどのようなリスクが考えられるのか? 万が一、事故が発生した場合に備えてどのような安全バリアーが備え付けられているのか? などが分かりやすく説明されている。

ただ、やはり監督を行っている行政機関の発行であるので、どちらかというと、ちゃんと監督をしています、福島の事故を受けてストレステストを行っているところです、安全対策はしっかりされています、安心してね♥ という雰囲気がどことなく漂っている。しかし、それでもスウェーデンの省庁で働く公務員は基本的にジェネラリストではなく、それぞれの分野の専門家であるため、専門知識にしっかり基づいて客観的に書かれていることは確かだと思う。

私が興味深いと感じたのは、もしもスウェーデンの原子炉で外部電源からの電力供給が停止し、予備電源も機能せずに炉心溶融が起きたときはどうなるかが図解されている箇所だ。


まず、炉心が露出し始めて1時間が経てば、露出した部分から溶融が始まる。その後、4時間から7時間が経つと圧力容器内の水が完全になくなる。炉心はほぼ完全に融け、圧力容器の底を突き破る。しかし、格納容器の底には多量の水が張ってあるため、溶融した炉心はこの水によって冷却されることになる。ただし、格納容器内の水も溶融した炉心の熱によって次第に蒸気になっていくので、外部からの注水が必要になる。その場合は、消防車などの可動式装置によって注水が行われる。

耐震性があり、格納容器の土台の部分がしっかりしていれば、土壌に流れ出たり、外部に漏れる恐れは少ないと解釈してもよいのだろうか。

ただ、注水がうまく行かなかった場合はどうなるのか? 付近の放射線量が高すぎて消防士が近づけなかったら? 放射線防護機能のある消防車が本当にスウェーデンにあるのか? 何台? 注水に失敗して格納容器内の水も空になった場合は、どうなるのか? 土台を突き破ることになれば、それを阻止する対策が何かあるのか? ヘリコプターを使うことも考えているのか? このような疑問も浮かんでくる。


一方で、感心したのは、大気中への放射能の放出を抑えるフィルター装置がしっかり備え付けられている点だ。まず、圧力容器内の水がどんどん蒸発していけば、圧力を緩和するために格納容器内に蒸気を放出するわけだが、格納容器内でも圧力が高まっていけばいずれは大気中に放射能を含む水蒸気を放出せざるを得なくなる。放出しなければ、外部からの注水も難しくなる。福島第一原発ではこの時、ストレートに大気中に放出してしまった(爆発が起きて建屋そのものも吹っ飛んだ)。

このニュースがスウェーデンで報じられた直後、放射線安全庁の専門家がテレビでインタビューを受けていたが、彼がすっかりあきれていたのを私は覚えている。「先進国の原子炉に当然のごとく取り付けられているフィルター装置が福島原発には取り付けられていなかったなんて!」


では、このフィルター装置はどのようなものかというと、換気扇や空気洗浄機のフィルターみたいなものではなく、150立方メートルの水が入った大きな水槽だ(上図の右端の装置)。格納容器内の圧力が高くなりすぎると、放射性物質を大量に含む格納容器内の水蒸気が配管を通じてこの水槽に送られる。この時、水蒸気は水に戻り、水蒸気と一緒に運ばれていたヨウ素セシウムなどの微粒子は水中に留まる。また、水蒸気には固体のヨウ素だけでなく気化したヨウ素も含まれているが、これは水槽の水にあらかじめ添加してある化学薬品と反応して化合物になり、水中に留まるのだという。こうして、水蒸気にもともと含まれていた放射性物質の99.9%が濾過された上で、大気中に放出される。(ただし、99.9%という数字には希ガスは含まれていないようだ。希ガスはこの装置では捕獲できず、大気中に放出される。しかし、半減期は非常に短く、短期的な問題にすぎない、と説明されている)

このフィルター装置が福島原発に装着されていたら、と考えると悲しくなる。

<注> イラストは放射線安全庁の機関紙15ページより

稀な事故が一度起きれば、しばらくは安心か?

2011-10-04 23:21:09 | コラム
1ヶ月ほど前に

「このような原子力事故が再び日本で起これば、日本の国土のかなりの部分は農業も居住もできなくなるという緊張感を持って、今後のエネルギー供給・利用のあり方を議論して欲しいものだと思う。」

と書いたが、その後、別のところで

「原発事故は確かに怖いけれど、『めったに起こらない』と言われる事故が今年3月に起きたのだから、しばらく似たような事故は起きないのでは?」

という内容のコメントを読んだ。

確かに「しばらくは安心だ」と信じたい心理も分からないではないが、確率という観点から考えればそんなことはないだろう。互いに独立した事象が発生する確率は、一つの事象が過去のどの時点で発生したかに依存しないからだ。ある出来事が一日のうちに発生する可能性が1%であるとすれば、それが今日発生しようがしまいが、明日発生する確率もあさって発生する確率も同じく1%である。

例えば、飛行機の墜落事故も統計的に考えれば起きる確率は非常に低いものだが、大きな事故が今日起きれば、「しばらくは事故が起きない」と言ってその後1年くらいは安心できるのだろうか?

東京大学出版会の『統計学入門』という本に、こんなコラムがある。(← 京大時代に古本市で買ったものが今でも研究室の片隅に置いてある。たまに日本語の統計用語が知りたいときに使っている)


原発の事故もこれと同じで、めったに起きないと言われる大きな事故が半年前に起きたのだから、しばらくは安心、というわけではない。

中の見えない袋に999個の白玉1個の赤玉をいれて、その中から玉をランダムに1つ取り出すという例を想定すれば、この航空機事故にしても原発事故にしても、取り出した玉は再び袋に戻して、新たな玉を引くという場合と同じである。だから、ある時にたまたま(0.1%の確率で)赤玉を取り出したとしても、次に玉を引くときにはその赤玉をまた袋に戻して玉を引く。白玉を引き出した場合も同様に戻す。したがって、今回取り出した玉が白玉であろうが赤玉であろうが、次回に赤玉を取り出す確率は今回と同じ0.1%である。「互いに独立した事象」とはそういうことだ。

これに対し、地震はどうだろうか? 大きな地震が発生した場合、その後、1年間に大きな地震が発生する確率は、地震発生以前と同じだろうか? 例えば、大きな地震が一回起きたことによって、その付近の地殻変動や火山活動が活発になり、似たような大きな地震がその後しばらくの間、誘発されることもあるだろう。それとは逆に、それまで貯まっていた大きなエネルギーが一つの大地震によって放出されたおかげで、その後数十年は地震のリスクが大幅に減少する、というケースもあるだろう。地震の専門家ではないのでそのあたりの詳細はよく分からないが、いずれにしろ地震については「互いに独立した事象」とは言えず、飛行機事故の例のような考え方はできないだろう。

ただし、厳密な話をすれば、飛行機事故や原発事故でもそういうケースもあるかもしれない。つまり、一つの事故が起きたことによって、その後、一定期間の間、新たな事故が起きる可能性が減少するというケースである。例えば、深刻な飛行機事故が起きたために、同型機すべての点検が行われた結果、事故以前よりも事故リスクが少し低くなったとか、福島原発の事故を受けて、日本中の原発で安全チェックが強化されたり、ストレステストがきちんと行われた結果、事故リスクが下がったりする場合もある。ただしその場合でも、新たに行われるストレステストがそれまでの安全管理態勢を抜本的に変えるということでない限り、そもそも正確な計量化が不可能なくらい低いリスクがちょっとだけ低くなるに過ぎず(例えば0.1%の確率が0.08%になるとか)、「1回事故が起きたから、今後しばらくは安心」という次元の議論とか、「赤玉を一度取り出してしまえば、もう袋の中には赤玉がなくなる」という考え方とは根本的に異なる。

再び問題発生 - リングハルス原発

2011-10-02 03:28:19 | スウェーデン・その他の環境政策
ヨーテボリの南方にあるリングハルス原発の4基の原子炉は、現在そのすべてが定期点検や火災にともなう停止のために運転が完全に止まっている。うち3基は10月初めまでに運転が再開される予定だったが、先月終わり、原子炉を監督する放射線安全庁4基すべての再稼動の禁止を命じた。

その理由は、スプリンクラーなどの冷却装置の内部で、溶接の残滓が見つかったからだという。しかも、この残滓は定期点検で発見されたものではなく、今年5月に発生した2号機の火災を受けて、内視鏡を使った綿密な検査を行っていたときに発見されたものらしい。過去の作業の記録をさかのぼると、スプリンクラー部分での溶接作業が行われたのは1980年代終わりから1990年代初めにかけてであり、残滓はおそらくその時から放置されていたようだ。

<過去の記事>
2011-05-12:定期検査中のスウェーデンの原子炉にて小規模の火災

残滓が見つかったのは2号機と4号機だが、定期点検のために停止している1号機と3号機にも念のために再稼動の禁止が発令された。放射線安全庁は、この原発を所有する電力会社に対して、新たな安全点検を行うとともに、どうしてこれまでの定期点検や安全装置の確認などで、この問題が発見されず20年近くも放置されたのかを調査するように命じた。それが発表されるまでは、再稼動の禁止が解除されることはない。

ただし、同様の安全点検はスウェーデンの他の二つの原発、フォッシュマルク原発オスカシュハムン原発にも命じられたが、こちらでは運転の停止が命じられることも、停止中の原子炉の再稼動が命じられることもなく、通常運転のかたわらでスプリンクラーの安全確認が行われるという。

スウェーデンは夏に電力需要が一番低く、暖房の必要性の高い冬に一番高くなる。だから、通常は定期点検が夏の間に行われる。この点検は秋にまで差し掛かることもあるため、現在でも国内10基の原発のうち6基(うちリングハルス原発が4基)が運転を停止しているが、放射線安全庁が今回発令した再稼動の禁止によって、リングハルス原発の運転再開はずれ込むことが予想されるため、電力需要の高い冬場にどれだけの原発が運転できるのかが不明確になってきた。

スウェーデンでは、今年初めの冬とその前の冬厳冬であった上、原子炉の多くが不調で停止を繰り返したため、需要曲線と供給曲線の双方が通常よりも大きく変動し、電力価格が高騰することになった。「この冬はそうならないように、原発をちゃんと動せるように精一杯努力する」と電力会社の代表者が意気込みを語っていた矢先の再稼動禁止となった。


原発への依存度が着実に減ってきているとはいえ、スウェーデンはまだ電力需要の4割弱を原発に頼っているから、需要が高まる冬場の原子炉の動向によって価格が大きく変動するという、非常に脆弱な電力供給システムとなっている。

「原発の調子が悪いのは古いからであって、それならば新しく建て替えればよい」という意見も国政政党の自由党を中心に根強いが、今から計画を立てたとしても完成までに少なくとも10年はかかるというから、今の問題を解決できるわけではない。また、経済的なリスクを恐れて、大手の電力会社は原子炉の新設(← 既存の更新という意味で)に尻込みしている。

だから、より現実的なのはバイオマス発電や風力発電などを着実に増やしていくとともに、省エネ・節電を総合的に行っていくことだ。そして、そのための条件をスウェーデンはきちんと整備しつつある。それについては、また別の機会に。