スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

スウェーデンの食品庁が「コメの摂取制限」を勧告したことについて

2015-09-30 02:06:31 | スウェーデン・その他の社会
火曜日、スウェーデンにおいて食品の安全性を監督する役割を担う食品庁は、一般市民に向けた食物摂取に関する勧告のうち、コメの摂取についての勧告を変更した。変更内容は

6歳未満の子どもにはライスクッキーを食べさせないこと。
6歳以上の子どもを含む全ての子どもは、コメやコメからできた食品(牛乳粥、ビーフン・春雨、朝食シリアルなど)を食べる回数を一週間にせいぜい4回までに留めること
・大人でも、これらの食品を毎日食べている人は、摂取量を減らし、週にせいぜい6回までにするよう努めること。
・コメを食べる場合は、玄米ばかりを食べないようにすること。

というものである。これに加え、既に数年前には

ライスドリンクは6歳未満の子どもに飲ませないようにすること。

という勧告も出されていた。

これらの勧告の理由は、コメには他の食品よりもはるかに高い濃度の無機ヒ素が含まれているからだという。

コメといえば、日本ほどでないにしろ、スウェーデンでもジャガイモやパスタ、スパゲティーの代わりに鍋で茹でて食べることがある。外食でも、寿司をはじめ、タイ料理やインド料理を食べるときに主食として出てくる。こちらで食されるコメの種類にはいくつかあり、ジャスミン米(タイ産・中国産)や、バスマティ米(インド産)、牛乳粥に使う短粒種(見かけは日本米に似ているが産地の多くはイタリア・スペインなどの南欧)などがある。

また、朝食シリアルの一部にはポン菓子(爆弾あられ)の状態でコメが入っていることがあるし、上記の勧告で名指しされているライスクッキーは、子供用のお菓子としても人気がある(発泡スチロールのような食感のやつ)。また、コメでできたスパゲティーやパンは、小麦グルテンに対してアレルギーを持つ人に代替食品として好まれているし、ラクトースや大豆のアレルギーで牛乳や豆乳が飲めない人のためにコメからできたドリンクもある(アレルギーでない人にも低コレステロールの健康食品として売られている)。


ライスクッキー



ライスドリンク(詳細はこちら



今回の勧告は、これらのコメ製食品の摂取量を制限したほうが良い、ということなのである。スウェーデン人は平均、週に3回ほどコメやコメ製品を食べているという。スウェーデン以上にコメを食べている日本人は、この勧告に対してどう反応すればよいのだろうか?

このニュースを火曜日のお昼頃にラジオで聞いた私は、とっさに「これはきっとスウェーデンに輸入されているコメの産地が特定の地域に集中しており、その地域で栽培されるコメのヒ素含有量がとりわけ高い、ということなのだろう」と考えた。しかし、いくらニュースを聞いても、新聞社のサイトを読んでも、どの産地のコメに気をつけるべきかが書かれていない。

そこで、食品庁がこの日に発表したオリジナルのレポートを夜になってから読んでみることにした。詳細は以下のとおりだった。


【 食品庁によるコメ製品の調査 】

ヒ素は自然界の土壌にもともと存在するし、鉱山での操業活動の結果としても排出される。ヒ素は、有機ヒ素無機ヒ素という形で食物中に存在しうる。このうち、無機ヒ素は人体に対して高い毒性を持ち、ガンの原因となりうる。そのため、スウェーデンの食品庁およびEUの食品安全当局(Efsa)は、人体によるヒ素摂取量をなるべく抑えるように努めている。

今回、食品庁はスウェーデンの市場で流通している63製品のコメを買い求め、無機ヒ素の含有量を測定した。この63製品の中にはジャスミン米、バスマティ米、その他の長粒種、粥・リゾット用の短粒種などが含まれるほか、精米だけでなく、玄米も含まれている(玄米は健康食品として販売されている)。産地は、インド、タイ、パキスタン、カンボジア、エジプト、ギリシャなど(驚いたことに中国産はサンプルの中にない)。また、産地の表示がない製品や、アジアとかEUなどとしか表示されていないものもある。

結果は、次のグラフの通り。つまり、63のサンプルの最小値が製品1kgあたり30マイクログラム(30 µg/kg)、最大値が177 µg/kg、平均値が80 µg/kg(中央値は72)だった。


コメに含まれる無機ヒ素の量(製品ごとに検査)

"Del 1 Kartläggning - Oorganisk arsenik i ris och risprodukter på den svenska marknaden"より

さて、この値が高いか低いかの判断だが、一つの目安としてEUが来年2016年1月から導入するコメ製品中の無機ヒ素含有量の上限値(maximum limit)を挙げてみる。その上限値とは、

・コメでできたクッキーやビスケット:300 µg/kg
・玄米、パーボイルド米:250 µg/kg
・精米:200 µg/kg
・乳児や子供向け食品の材料として使われるコメ:100 µg/kg

だ。だから、今回調査されたすべてのサンプルは、玄米や精米に対して設定された上限値を満たしてはいるものの、子供向け食品原料に対しての上限値(100 µg/kg)を上回っているサンプルは11あることが分かる。

種類別に見てみると、ジャスミン米、バスマティ米の無機ヒ素含有量が低い一方、玄米は高くなる傾向にあり、差は統計的に有意であるという。


産地別に見てみると、産地間で統計的に有意な違いは見られなかったという。玄米を除いて比較しても、違いは確認できなかったという。(下図の黄土色の棒は、玄米であることを示している)


また、有機栽培とそれ以外のコメにも違いは見られなかった。


食品庁は、コメだけではなく、コメから作られた食品についても同様の検査を行っている。その結果は次のグラフ。


ご覧のとおり、ライスクッキーは他の食品に比べて、全体的に高い濃度の無機ヒ素を含むことが分かる。製造の過程で凝縮するのだろうか? 2016年1月にこの種類の製品に対して導入される上限値 300 µg/kg(上記参照)を上回っている製品も一つある。今回の勧告で、とりわけライスクッキーが名指しされているのも、これが一つの理由である。

食品庁はさらに、それ以外の一般的な食材についても無機ヒ素の含有量を調べている。大まかにまとめると
・魚: 10~21 µg/kg
・その他の穀類、およびその製品:4~15µg/kg
・砂糖類: 2~12 µg/kg
・果物: 7 µg/kg以下
・野菜: 3 µg/kg以下

であり、コメが非常に際立っていることが分かる。


【 健康リスクの評価 】

さて、健康への影響についてだが、先ほど挙げたEUの上限値はあくまで製品の製造・販売メーカーに課せられた基準であり、健康リスクとは直接の関係がない。健康リスクの観点からすると、無機ヒ素の摂取量は可能な限りなるべく減らしたほうがよい、というALARA(As low as reasonably archivable)の考え方をEUは採用しており、生産者に課す上限値は今後、定期的に更新され、厳しくなっていくものと考えられる。(余談だが、ここでの上限値はICRP111の「参照値」によく似ている)

ところで、摂取量はなるべくなら減らしたほうが良い、とは言っても、自然界にはもともとヒ素が存在し、ほとんどの食品の中にこれが含まれている以上、ゼロにすることは不可能である。では、どの水準で折り合いを付けるべきか? スウェーデンの食品庁が自らのリスク計算に基いて選んだ「許容水準」は、「1日あたり、体重1kgあたりの無機ヒ素摂取量:0.150 µg」という水準だという。

では、一般的なスウェーデン人の無機ヒ素摂取量は、この「許容水準」とくらべてどうなのだろうか? 食品庁は5年ほど前に実施したスウェーデン人の食生活調査の結果を用いて、以下の様な推計を行っている。


コメやコメ製品を消費する人が、食品全体から摂取する無機ヒ素の量

"Del 2 Riskvärdering - Oorganisk arsenik i ris och risprodukter på den svenska marknaden"より

「95パーセンタイル値」とは、摂取量の低い人から順に並べて全体人数の95%の位置にいる人の摂取量ということ。つまり、全体の人数が100人なら摂取量が95番目に少ない人(上から5番目に多い人)の値であるし、全体が1000人なら950番目に少ない人(上から50番目に多い人)の値である。「全体の中で摂取量がかなり多い人の値」と解釈すれば良いであろう。( N はそれぞれのサンプルサイズ)

まず、成人を見てみると、性別を問わず、摂取量が平均的な人も相当多い人も「許容水準」である「1日あたり、体重1kgあたりの無機ヒ素摂取量:0.150 µg」を下回っている。一方、11・12歳児を見てみると、平均的な人はOKだが、摂取量の多い子どもは「許容水準」を上回っている8・9歳児も同様で、摂取量が多い子どもは「許容水準」を上回っている。最後に、4歳児を見てみると、摂取量が平均的な子どもですら「許容水準」を上回っていることが分かる。4歳児の摂取量そのものは多くないが、体重がまだ少ないために、体重1kgあたりの摂取量が大きくなってしまうのであろう。今回の勧告で、特に幼児のコメ摂取制限が強調されたのは、この推計が根拠となっていることが分かる。


【 日本のコメはどうか? 】

さて、私の最初の疑問に戻りたい。果たして、コメの無機ヒ素含有量が高いという問題は、スウェーデンをはじめヨーロッパが輸入しているコメに限った話なのだろうか?

食品庁が今回、調査したコメ63製品のうち、精米に限ってみると、無機ヒ素含有量は最小値が30 µg/kg最大値が約148 µg/kg中央値は60~70 µg/kgくらいか)だった。(始めから3つ目のグラフで、黄土色で示された玄米を除いたサンプルが精米である。それを参照してほしい)

では、日本米の精米はどうだろうか?

農林水産省のHP(← ロゴのフォントが嫌い・・・)によると、日本の精米に含まれる無機ヒ素は、最小値が20 µg/kg最大値が260 µg/kg平均値・中央値が120 µg/kgなので、スウェーデンの食品庁が今回調査したサンプルよりも全体的にずっと高い値であることが分かる。
(注: 1mg = 1000µg


また、どう考えてもスウェーデン人よりも日本人のほうがコメの摂取量ははるかに多い。だから、無機ヒ素による健康リスクはスウェーデンよりも日本のほうがずっと高いことが想像できる。

<追記>
「日本人の無機ヒ素摂取量とその健康リスク」という論文によると、日本人の長期平均的な無機ヒ素摂取量は1日あたり19 µg/日(中央値)とある。この値を、先ほど示したスウェーデン人の平均的な摂取量と比べてみると、はるかに高いことが分かる。

では、日本人もコメを控えるべきなのか? 私自身はどう判断していいのかわからない。コメをはじめとする農産物・海産物を通じたヒ素の摂取によって、実際に健康被害が生じているのといった研究結果が日本であるのかどうか知らないし、スウェーデンの食品庁のリスク評価や許容水準の決定の仕方が妥当なのかどうかもよく分からない。(日本人の摂取量から考えると、スウェーデン食品庁はかなりconservativeな値を選んでいるようにも思える)

一方、このページによると、畝山智香子 著『「安全な食べもの」ってなんだろう?』という本には「毎日ヒジキ(無機ヒ素を含む)を1g食べる発がんリスクは27mSvの被曝と同じ。3食ご飯だと+20mSv」と書かれているというから、日本人が日常的に晒されているヒ素の健康リスクは、1kgあたり100ベクレル程度のレベルで騒がれていた食品中の放射性物質の健康リスクよりもはるかに高いことが分かる。一方で、同じく農林水産省のHPによると

食品安全委員会は、日本人が食品を通じて摂取するヒ素に関して、「日本において、食品を通じて摂取したヒ素による明らかな健康影響は認められておらず、ヒ素について食品からの摂取の現状に問題があるとは考えていない」、また、「特定の食品に偏らずバランスの良い食生活を心がけることが重要」としています。

だそうである。

Twitterで、ある方の「それぞれの社会・生活・価値観や感じ方などとの関係で、どう折り合っていくか考えるしかないんだな、と思った。」というコメントを読んだが、私もそのとおりだと思う。私自身は、今回の勧告を受けて、無機ヒ素のことを少し意識するようにはなるかもしれないが、自分の生活スタイルを変えて、コメを食べる量を心掛けて減らすようなことまではしないだろう。


今回のスウェーデン食品庁のレポートには、コメの炊き方を工夫すれば無機ヒ素が半分から4分の1になることが示されている。ただ、その工夫というのは「通常よりも3~4倍の水で米を炊き、余った湯を最後に煮捨てる」という方法なので、日本人にはあまり参考にならないかもしれない。

多めの水で米を炊き、途中で余った水を自動的に処分してくれ、最終的に炊き上がったご飯の炊き加減はこれまでと変わらない、というような炊飯器を、日本の炊飯器メーカーで開発してくれる所があれば、もしかしたら将来にヒット製品になるかもしれない。

実験では米を洗うことの効果も調べているが、この洗い方というのが、スウェーデンで米を炊くときに一般的にされる洗い方、つまり、水を入れてちょっとかき回す、という程度なのだ。スプーンで10秒間かき回して水を捨て、洗う前と後でヒ素の量を比較しているが、この程度の洗い方では有意な変化は無かったという。日本的に米を研いだ場合にどうなるのかを知りたかった。

難民受け入れに対する世論が変化

2015-09-17 02:47:38 | スウェーデン・その他の社会
ここ数ヶ月間、ほぼ毎日のようにニュースで見聞きしてきた難民の悲劇。北アフリカやトルコからヨーロッパに渡ろうとする難民が地中海で遭難したニュースや、周辺国での難民キャンプの惨状を伝えるニュース、そして、ギリシャやイタリアに何とか辿り着いたもののそこで立ち往生してしまった難民のニュース、さらに、フランスのカレー海峡で足止めにされた難民・・・。

もう、日常茶飯事のニュースとなり、聞き流してしまう人も多くなってしまったかもしれない。今年に入ってからは、普段はヨーテボリを拠点にスウェーデン近海をパトロールしているスウェーデン沿岸警備隊の巡視船ポセイドン号が、EUによる地中海での難民救難作戦に参加したこともあって、現地からの様々な報道やドキュメンタリーがスウェーデンのテレビで放送されたものの、それがFacebookなどで大きく話題になったり、シェアされたりすることはなかった。

しかし、9月2日(水)にメディアで報道された、クルド人難民の男の子が溺死したというニュースは、その衝撃的な写真とともに瞬く間に世界に広まった。あの日のFacebookやTwitterにおける私のTLの「異常さ」はよく覚えている。普段は難民に関するニュースをシェアすることがないスウェーデン人の友人が、関連する新聞記事や著名人の訴えをシェアしたり、それらに「いいね」していたからだ。

それ以前も、難民の惨状を伝える報道はスウェーデンのメディアでも毎日のようにあったし、難民問題に熱心な人はFacebookでそのような話題をシェアしてはいたけれど、大部分の人達は大きな関心を示すことなく読み流してしまっていたように思う。選挙キャンペーンが続いていた昨年8月、当時のラインフェルト首相はスウェーデンがシリアからの難民を積極的に受け入れることを発表し、スウェーデンの人々に「心を開いて難民を受け入れてほしい」と請願した。しかし、選挙では難民受け入れの大幅な制限を掲げる極右政党のスウェーデン民主党が躍進し、その後も継続的に支持を伸ばしてきたという事実に対し、大きな不安がスウェーデン社会を包むようになっていた。

だから、今年の4月と7月にスウェーデン移民庁が、今年予想される難民申請者の数を相次いで下方修正させた時には、そのニュースにむしろホッとした人が多かったのではないかと思う。(下方修正の理由として、スウェーデンにおける難民申請手続きの待ち時間が長く、難民にとって魅力的な国では無くなったことが挙げられていた。逆にドイツは、シリア難民に対する手続きを大幅にスピードアップさせたため、むしろドイツに多く集中していると報じられた。)

しかし、9月2日のあの衝撃的な写真を境に、スウェーデンに住む人々の意識が大きく変わった。大勢の人々が戦乱で家を失い、街を焼かれ、帰る場所がなく庇護を求めている。スウェーデンとして、彼らを難民として受け入れるのは当然のことではないか、という思いを改めて強くした人が多かったように思う。またその頃、ドイツ南部のミュンヘンにハンガリーやオーストリアから列車で到着する難民の人々を、地元のドイツ人が大歓迎する動画がニュースやFacebookなどで広まっていた。だから、ドイツに負けていられない、と感じた人も少なくなかっただろう。

9月6日(日)にまずストックホルムで、人道的な難民受け入れ政策への支持を表明する「Refugees Welcome」という大きな集会が開催された。この日は雨だったにもかかわらず15000人もの人々が集会に参加した。

9月8日(火)にはヨーテボリでも、同様の「Refugees Welcome」集会が開かれた。この時はヨーテボリ大学も大学として集会を支持し、趣旨に賛同する学生や職員に参加を呼びかけるメールを送っていた。火曜日の夕方、職場から帰宅途中の人なども含め10000人が、ヨータ広場に集まった。


ヨーテボリ大学経済学部の元同僚のKatarina Renström撮影。彼女の許可を得て掲載

このほか、ウプサラマルメなどでも同様の集会が開かれ、大勢の人々を集めた。


【 スウェーデンに到達した難民の人々 】

その後、セルビア・ハンガリー国境でのハンガリー警察の横暴や、それでもハンガリーを無事通過してドイツに到達した難民の人々の一部がデンマークに流れ、デンマークでの警察の対応が悪いことなどがメディアで報道されたが、そのうち、スウェーデンにもその波が押し寄せてきた。

(ただし、忘れてはならないが、シリア人などの難民がこの時初めてスウェーデンに到達したわけではない。今年に入ってからスウェーデンで難民申請をした人の数は、今回の出来事の前の段階ですでに5万人に達しており、その多くがシリア人である。)

デンマークで立ち往生しながらも、何とかスウェーデン行きの列車に乗り、オーレスンド海峡を越えてマルメにやって来た人もいれば、北ドイツのザスニッツ港からフェリーでスウェーデンのトレレボリ港を目指した人もいるし、同じく北ドイツのキール港からスウェーデンのヨーテボリ港に到達する難民もいる。

彼らのうち、一部は入国地でスウェーデン移民庁に難民申請をするが、少なからずの人々はストックホルムなど別の街に行こうとする。おそらくその街に親族がいるのか、もしくは、スウェーデンを通過して、ノルウェーやフィンランドで難民申請をするつもりなのだろう(イラク難民であれば、スウェーデンよりもフィンランドのほうが受け入れられやすい、という話を新聞で読んだことがある)。

だから、スウェーデン南部のマルメからストックホルムに向かう列車には、たくさんの難民が乗車していた。私の研究室の同僚であるアンドレーも、講義するためにたまたまルンド大学へ行っていたが、帰りの特急列車のなかには、難民と思しき人たちを何人か見かけたという。その同僚が教えてくれたが、終着駅であるストックホルム中央駅の一つ前の停車駅であるソーデルテリエ・シード(Södertälje syd)駅で何人かの警察官が乗ってきたという。列車はその後、ストックホルムに向けて発車したが、車内では警察官が、難民の人々を歓迎する内容のアナウンスを4ヶ国語で喋ったうえで、車内を歩きまわって彼らに声をかけて回っていたという。どうやら、アラビア語などのできる警察官、あるいは通訳も一緒だったようだ。

この車内アナウンスの内容をもっと知りたかったが、彼からこの話を聞いた直後にFacebookでこんな書き込みが回ってきた。まさに、この話である。


涙が出てきた。今、電車に乗っているのだけれど、警察官が4ヶ国語で車内アナウンスしている。「この列車に乗っている、庇護を求める全ての難民をスウェーデンに温かく歓迎します。スウェーデンでの生活を気に入ってもらえることを願っています。ストックホルム中央駅では警察官が皆さんの到着を待っていますが、安心して話しかけてください。」このアナウンスの後、警察官は列車内を回ってすべての難民に温かい明るい声で話しかけていた。難民の隣に腰掛け、一人ひとりに時間を掛けて、心から歓迎の言葉を伝えている。警察官は笑みを浮かべ、いかにも気分が良さそうだ。私の車両にいる、スウェーデンへ入国したばかりの難民は落ち着いていて元気そうだ。その上、外では太陽が照っている。


ハンガリーでは警察に暴力を振るわれ、また、デンマークでも警察の悪対応を経験した難民の人も多い。そんな彼らが、この車内アナウンスがどのように感じたのだろうか。

ストックホルム中央駅では、難民申請を受け付ける移民庁の職員や警察官のほか、スウェーデン赤十字のボランティアが待ち構えている。


写真の出典: Dagens Nyheter


昨日、ストックホルム中央駅で筆者が撮影した写真。スウェーデン弁護士協会も職員を置いて、難民からの相談に対応していた


スウェーデン国鉄SJも、マルメ発ストックホルム行きの臨時列車を運行して、難民の人々の移動をサポートしている。また、通常は車内検札の時に乗客に身分証明書の提示を求めているが、それを撤廃すること、さらに、車内で切符を買おうにもお金が足りない人がいた場合に列車から無理に下ろすことはしないことを決定している(ただし、これはあくまで社内の車掌向け内部通達なので、切符を持たなくても列車に乗って良い、と公に発表しているわけではない。一方、上記した難民向けの臨時列車は無料で乗れる)。

先週一週間だけで、スウェーデンで難民申請をした人の数は5200人に上るという。

(一方、デンマークは難民申請先として不評であるようだ。デンマーク政府は難民申請者を減らすために、これまで中東や、難民が多く滞在しているトルコなどの新聞にわざわざ新聞広告を出して、デンマークでの難民審査は厳しいことや生活支援のための給付が減額されることなどを強調してきたことがその理由の一つだという。)


【 急激な世論の変化 】

スウェーデンの世論は、この2週間で大きく変化した。
赤十字をはじめとする民間団体の募金には、短期間でかなりの額の寄付が集まったというし、企業によっては、社内旅行や社内イベントをやめて、寄付するところも出てきた。

世論の変化を具体的に物語っている世論調査結果もすでに存在する。

偶然にも、スウェーデン公共テレビ(SVT)は、クルド人難民の男の子の溺死のニュースが世界を駆け巡る直前の9月1-2日に、ある調査機関を通じて世論調査をしていた。質問は「難民とその家族に対する難民ビザ発給に関して、スウェーデンの難民受け入れ政策を今後どうしていくべきだとあなたは考えますか?」

このことを知った大手日刊紙SvDは、事件前後におけるスウェーデン世論の変化を知る絶好の機会だと考え、ニュースが話題になった後の9月4-6日に、同じ調査機関を通じて同じ質問を用いた世論調査を行ったのである(ただし、ランダムで選ばれた調査対象は一つ目の調査と同じ人ではない)。

結果は次のようであった。

黒:「受け入れ数を減らすべき」
灰色:「受け入れ数を今の水準に維持すべき」
青:「受け入れ数を増やすべき」
右端:「分からない」

このように、「受け入れ数を減らすべき」「分からない」が減少し、「受け入れ数を今の水準に維持すべき」「受け入れ数を増やすべき」が増加していることが分かる。この変化は統計的に有意であるという。

上の結果は、スウェーデン人全体の結果であるが、支持政党ごとの結果も見ることができる。

まず、左派政党(社会民主党・環境党・左党)の支持者に絞った場合の結果は次の通り。


次に、右派政党(穏健党・中央党・自由党・キリスト教民主党)の支持者に絞った場合は次の通り。

もともと左派政党の支持者のほうが、「受け入れ数を増やすべき」を選ぶ人が多かったわけだが、右派政党の支持者でもその選択肢を選ぶ割合が大きく伸びている上、「現状維持」を選ぶ人も増えていることが分かる。

最後に、極右のスウェーデン民主党の支持者の場合は次の通り。

まあ、これは予想通り、という感じがするが、それでも「減らすべき」ではなく「現状維持」が増えている点は注目すべきであろう。

では、今回の出来事をきっかけにスウェーデン民主党への支持率が減少するだろうか? 残念ながら、私はそこまで楽観視はしていない。今回の出来事で心を動かされた人のほとんどは、スウェーデン民主党を支持しない人たちである。この党の支持者の多くは、世の中で何が起ころうが、難民の惨状がいくら伝えられようが、今後もおそらくスウェーデン民主党を支持し続けるだろう。だから、支持の上昇スピードが若干遅くなることはあっても、減ることは難しいのではないかと思う。

(ちなみに、今週月曜日、民放TV4は調査機関NOVUSを通じて実施した政党支持率調査の結果を発表した。それによるとスウェーデン民主党がさらに支持率を1.4%ポイント伸ばし20.8%に達したという。しかし、この上昇は統計的には非有意である。また、調査期間は8月24日から9月13日であるので、今回の出来事が世論に与えた変化を判断する材料としては使えない。)


【 政治の変化 】
世論だけでなく、政治でも変化があった。

受け入れた難民に対して、スウェーデンは国として住居を提供しなければならない。しかし、増え続ける難民申請者に対して、提供できる住居の数が足りていないことがこれまで問題となってきた。住居は、スウェーデン移民庁と契約を結んだ自治体が用意し、提供するという形をとることが多いが、自治体によって受け入れ数(対人口比)が大きく異なり、中には難民をほとんど受け入れていない自治体もある。

これまで、難民の受け入れは各自治体の自主性に任せられてきた(ただし、費用の金銭的な負担は国が一定の基準に基づいて行う)が、人口に応じた受け入れを国が義務付けるようにすべきではないか、という議論がスウェーデンで続いてきた。

現在の社会民主党・環境党による連立政権、および閣外協力の左党はこれまで賛意を示してきたが、今回、これまで反対してきた自由党が、急に意見を変え、賛成側に回った。そのため、議会で賛成派が多数となり、実施される見込みが強くなった。

また、連立政権および左党は、野党側(スウェーデン民主党を除く)との協議を持ち、難民の受け入れと彼らの社会統合いう大きな課題に対して、国としてどう取り組むかを与野党の垣根を超えて議論した。スウェーデンではまもなく来年の予算案が議会に提出されるが、移民庁の予算強化や、難民を受け入れる自治体への財政支援、難民への語学教育予算の強化、難民の子どもの学力支援などが盛り込まれることが決まっている。

社会統合という面では、受け入れた難民をなるべく早く職に就けることで、経済的に自活してもらうとともに、スウェーデン社会の一員になるのを円滑にすることも大きな課題である。公共テレビSVTの調査によると、2014年にスウェーデンに受け入れられたシリア難民のうち、37%は大学教育保持者であり、この割合は、スウェーデンの失業者全体における大学教育保持者の割合よりも高いという。しかも、彼らの中には医者や歯科医など、スウェーデンで不足している技能を持つ人もいる。もちろん、スウェーデンとシリアでは、資格・技能の水準にも差があるため、すぐにスウェーデンで働けるわけではなく、母国での資格・技能をスウェーデンでの資格・技能に変換する手続きが必要となる。現在の問題は、その審査と手続きに時間がかかり過ぎることであり、その改善も大きな課題である。と同時に、この部分での取り組みを強化すれば、なるべくたくさんの難民の人々を、一日でも早くスウェーデン社会の中で活用することができる。現政権はこの問題に対しても積極的に取り組むことを発表している。

ちなみに、このように難民の受け入れと彼らの社会統合に予算をつぎ込むことについて、他の社会保障や社会福祉の予算が削られて、スウェーデン人がそのしわ寄せを被るという人もいる。特に、極右政党は、難民にではなく、スウェーデンの高齢者のために予算を使うべき、というような宣伝をしているが、これは正しくない難民の受け入れやそれに関連する予算の多くは、途上国に対する経済援助(ODA)予算から拠出されている。ODA予算は毎年、だいたい決まった額が計上されており、難民関連の予算はここから出されているので、社会福祉など他の予算領域を圧迫しているわけではない。一方、難民関連の予算が増えれば、途上国で貧困支援などを行っているNGOなどに対するため、これはこれで批判を受けてはいる。したがって、極右政党が、難民への予算か高齢者のための予算か、といった二者択一で世論を煽りたいのであれば、彼らはODA予算そのものを標的にすべきであろう。

※ ※ ※ ※ ※


長々と書いてしまったが、スウェーデンを始め、西欧の世論が大きく変化したのはとても良いことだと思う。難民の受け入れに様々な形で支援をしたいと感じているスウェーデン市民が増えたことは素晴らしい。この熱意が一時的なものではなく、これからもずっと継続していくことを願っている。

実際のところ、難民の受け入れは簡単なことではない。様々な苦難を乗り越えてきた人たちは精神的にも大きな問題を抱えている人もいるだろうし、彼らがスウェーデン社会の中で社会の一員として暮らしていくためには、中長期の支援が必要となる。

直接的・間接的に彼らの支援をする方法は、やる気と時間さえあればいろいろあるように思う。私自身も教育の面で自分にやれることをいくつか考えている。

それから、ネトウヨのサイトがスウェーデンを槍玉に挙げて「難民が社会を乗っ取る」と煽ったり、「イスラム教徒がもうじき大多数になる」などと事実にもない情報を撒き散らしているらしい。また、そこまであからさまなプロパガンダでなくとも、事実を捻じ曲げたり、自身の無知や偏った情報だけを頼りに情報発信しているサイトも有るらしい。私自身はそういうサイトは時間の無駄なので見ることはないが、一方で、そういうサイトを信じている日本人も少なからずいるようである。だから、日本語によって正しい情報を発信することも、自分にできることの一つだと考えている。ただし、ネトウヨサイトを相手にするのは本当にくだらないと思うので、そんなに時間を割く気にはなれないけれど。