スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

エコ・ドライビングの義務化

2008-01-29 07:47:34 | スウェーデン・その他の環境政策
日々の生活で車に乗るのは必要だとしても、化石燃料の使用を少しでも抑えたい、ということで、燃費のよい車が開発され、ハイブリッド車が開発されてきた。それに加え、スウェーデンでは「エコ・ドライビング(EcoDriving)」という、燃料の消費を極力抑える運転の仕方が注目を集めるようになってきた。

教習課程の中にこのエコ・ドライビングを取り入れていることをキャッチフレーズにした自動車教習所が登場したり、企業に対して環境認証取得のための講習を行う際に、エコ・ドライビングについてしっかり情報提供をする機関なども増えてきている。また運送会社の中にも、主に燃料費の節約のために、自社のトラックの運転手にエコ・ドライビングの講習を受けさせる会社もある。(これももしかしたらガソリン税(二酸化炭素税)のせい?)

ただ、これまでは教育機関や企業の自主的な取り組みに過ぎなかった。

しかし、スウェーデン社会はそれだけに留まらず、さらに一歩踏み込んだ政策を行政が取ることとなった。

実は昨年(2007年)12月以降、運転免許証の新規取得の際に、このエコ・ドライビングの習得が義務づけられることになったのである。免許証を取るための実技試験では、これまでは
- (1) 自動車に関する技術的知識と操作
- (2) 道路交通規則に関する知識とその応用
- (3) 道路交通安全に関する知識とそのための行動の仕方
のそれぞれについて、一定水準を満たしていることが合格のための条件だったのだが、これからは
- (4) 環境に関する知識と燃料節約のための運転法(エコ・ドライビング)
が加わったのだ。

エコ・ドライビングを具体的に説明すると、例えば

・ファースト(1)での走行時間をできるだけ短くしよう。数メートルしか走らないうちに上のギアへ切り替えよう。
・ギアの切り替えの時にできる限り途中のギアを飛ばそう。(2)から(4)とか(3)から(5)といった具合に。
・加速はなるべく早く(ただし、エンジンは最大3000回転/分を限度に)
・できるだけ重いギアを使おう(新しい車であれば、時速50kmの段階で(5)に入れられる)
・ギアの切り替えによる減速効果をなるべく利用しよう。(スウェーデン語ではMotorbromsa(モーター・ブレーキ)と言うんですが、日本語は何でしょうか・・・?)
・停止はなるべく避けよう(赤信号や渋滞に差し掛かるときは、早めに減速する)
・近視眼的ではなく、先を予見した運転を心掛けよう。
・下り坂ではアクセルをなるべく踏まないようにしよう。
・必要のない追い越しはやめよう。
・タイヤには空気が十分入っていることを確認しよう。
・アイドリングはもちろん禁止。
・外気が寒いときに使うエンジンの予熱装置は+10度以下で既に使おう。(マフラーの触媒は寒いと機能が低下する。予熱装置を使えば触媒の作用効率もあがり、有害物質の排出も少なくなる)

などだ。効果は、まず環境に対する負荷が減らせること。そして、燃料の節約のためにガソリン代が浮くこと。(スウェーデンの道路交通局の試算によると、通常の運転と比べて約1割節約できるらしい。一方、スウェーデンの自動車教習所連盟の試算によると2割も節約ができるという。)

世界的なガソリン価格の高騰に加え、スウェーデンではガソリン税(二酸化炭素税)が高いので、それぞれの家計にとっても燃費の抑制は大きな課題なのだろう。

道路交通局によると、よくある誤解は「スピードはなるべく落とした方がエコ・ドライビングになる」ということらしいが、これは正しくないという。のろのろ運転はむしろ燃料の消費を高める。実際、エコ・ドライビングに沿った運転法をすれば平均速度はむしろ上がるのらしい。交通事故の数との関連はどうなのか気になるところだが、一方でエコ・ドライビングには「先を予見した運転を心掛けること」が含まれているから、むしろ減るのかな?


運転歴の長いTVレポーターが、ヨーテボリ市内で試しにエコ・ドライビングの講習を受けてみた。インストラクターが様々な注意をする。もし、これが運転免許の実技試験だったら、かなりの減点になっていたらしい。「彼(レポーター)は既に免許をもっていたから運がいい」とスタジオの女性のコメント。
動画(TV4)

<注>加速は早く、とはいえども、この動画の途中に登場する急発進はダメな例です。


<追記:日本語による情報>
燃費を2割向上させるお得な運転術
理屈でおぼえる燃費向上ドライビング

20、20、20・・・ 。EUの新しい温暖化対策

2008-01-26 22:26:21 | スウェーデン・その他の環境政策
EU委員会は新しい温暖化対策を発表した。今後、細かい部分における協議が続けられ、最終的にEUの決定となるのは2009年春になるらしいが、大枠に変更はないと見られている。

この政策目標は、EU全体として2020年までに温暖化ガスの排出量を1990年比で20%削減すると同時に、使用エネルギー全体に対する再生可能なエネルギー(水力・太陽・風力・バイオ)の割合を20%にまで引き上げる、というもの。(運輸部門は燃料の少なくとも10%をバイオ燃料にするという目標も含まれている)

2009年の気候変動国際会議(COP15?)で排出抑制のために世界的な合意が結ばれれば、EUはこの目標を30%減にまで引き上げる用意があるという。


EU委員会の議長José Manuel Barrosoは「ここまで意欲的(アンビシャス)な温暖化対策を掲げることができる国は他にない」と誇らしげに語る。
写真の出典:SVT

そして、EU全体としての目標のもと、各国が達成していくべき排出削減目標と再生可能エネルギーの目標割合が、それぞれの加盟国に対して課せられている。

写真の出典:SVT

スウェーデンに課せられた目標は、EU加盟各国の中でもかなり厳しいものになった。温暖化ガス排出量を17%減すとともに、再生可能なエネルギーの割合を49%にまで引き上げるというものだ。(後者の目標には、電力源だけでなく、運輸・交通の燃料や暖房の熱源も含む)

再生可能なエネルギーの割合の目標が49%と聞くと、何とも高い目標だ!と驚くかもしれないが、スウェーデンは既に40%程を達成しているのだ。この割合は既にEUで一番だ。電力源の43.7%が水力発電であるというのが理由の一つだ(ただ、これは地理的にスウェーデンが恵まれているだけであって、積極的な努力とはあまり関係がないかも)。もう一つの理由は、地域暖房の熱源に木材の廃材などのバイオマスが活用されているためである。

再生可能なエネルギー49%、という目標を達成するためには、スウェーデンも社会全体でさらなる努力をしなければならない。まず、電力源に関してだが、現在のところ電力源の43.7%は水力発電、46.4%は原子力発電、そして9.1%を火力発電に頼っており、風力やバイオマスなどは1%にも満たない。新規のダム建設はほとんど無理だと考えられている。だから、風力、太陽光、バイオマスなどの活用を伸ばすことが鍵となる。また、運輸・交通の燃料にしても、バイオ燃料などのさらなる普及が求められている。(ただ、バイオ燃料に関しては問題も多い)


2006年の発電総量:140.1TWh

また、温暖化ガス排出量を17%削減するという目標についてだが、スウェーデンは2006年までに8.75%の削減を達成している。ということは、これから2020年までにこれまでの削減量とほぼ同じ量を減らす必要がある。そのためには、運輸・交通部門における削減が不可欠とみられるため、今後、燃料にかかる二酸化炭素税のさらなる引き上げが検討されている。

このように高い目標が課せられたスウェーデンだが、首相や環境大臣は「達成可能で、現実的な目標だ」とのコメントを発表した。実は、昨年末の時点では「再生可能エネルギー55%」というさらに厳しい目標が課せられる懸念があったので、むしろホッとしているようだ。

道路特定財源の暫定税率を巡る攻防

2008-01-24 07:39:31 | コラム
道路特定財源の暫定税率を巡って、日本では大きな政争になっているようだ。

道路整備の財源確保のために、道路特定財源のうちのガソリン税(揮発油税や地方道路税)や自動車重量税などがこれまで暫定的に本来より引き上げられていたのだが、この暫定措置がこの3月末で期限切れになるなるという。

では、その後どうするのか?、を巡って自民党と民主党が火花を散らしている。

「暫定期間が過ぎた以上、元に戻すべきだ」との正論を主張し、さらに「そうすればガソリン代が1リットルあたり今より25円ほど安くなる」と、消費者に対する効果を全面に打ち出して支持を得ようとする民主党に対し、自民党は「暫定税率をさらに10年間延長」を主張している。自民党が懸念しているのは、暫定税率の廃止に伴い、地方の財政が大きな打撃を受け、道路建設だけでなく、地方の教育、社会福祉に悪い影響が出ることのようだ。

政府・自民党による暫定税率存続の法案の国会提出を受けて、民主党は「ガソリン値下げ国会」と銘を打ち、法案に対する批判を展開し始めた。

暫定税率が本来の税率に戻された場合、国や地方の歳入は2兆円ほど減るものと見られている。道路建設に大きく依存したまま今に至った地方の経済・産業構造も大きな問題かもしれないが、それが現状である限り、地方経済に大きな打撃を与えることは必死であろう。この点からすれば、政府・自民党の主張にも一理ある。

――――――
ただ、私が残念だと思うのは、議論の中で「温暖化対策」という視点が抜けていること。

暫定税率廃止によって、仮にガソリン価格が今より25円安くなったとすれば、ガソリンの消費量は現在よりも増えることはあっても、減ることは無かろう。(ガソリン価格以外の他の条件が一定のもとで)


日本の2007年の環境白書によると、2005年における二酸化炭素排出量は基準点である1990年と比べ増加していることがわかる。しかし、その内訳を見てみると興味深いことに、産業部門や工業プロセスからの二酸化炭素排出量は90年比で減少していることが分かる。環境白書の指摘するとおり、省エネ技術の導入などの取り組みにおける産業界の努力の成果のためであろうし、もしかしたら、生産拠点の海外移転による産業空洞化も影響しているのかもしれない。

一方、民生部門(業務その他、家庭)、運輸部門の二酸化炭素排出量は、1990年と比較して大幅に増加しているのだ(業務その他:45%増、家庭:37%増、運輸:18%増)自家用乗用車は運輸部門に含まれ、この部門の排出量の半分近くを占めている。

だから、今後とも産業部門における省エネの努力が必要とされていることもさることながら、民生・運輸部門においてより積極的な省エネ努力や、各消費者のライフスタイル転換、そして、新技術の導入が特に重要だということが言えるのではないだろうか。

――――――
しかし、残念ながらこの環境白書では、二酸化炭素削減のための手段として、新技術の普及ばかりが強調されているように思われる。ではその技術普及を実際にどのように奨励・促進していくか?、という点が見えてこない。「家計を含めた各経済主体が新技術を積極的に導入していけば二酸化炭素排出を抑制していける!」と、 いくら口で訴えたところで、普段から意識のある人を除けば、一般の人々の日々のライフスタイルや新技術導入に働きかける効果は限定的なものに留まるのではないだろうか。

それを乗り越える一つの手段は、税制や補助金制度を効果的に活用して、二酸化炭素の大量排出をもたらすようなライフスタイルや製品には課税によって意図的(政策的)に「価格」を高く設定し、そうではないものには減税やあるいは補助金によって「価格」を安く抑える。つまり、税制・補助金制度によって、人々が日々の行動を変えるための「経済的インセンティブ」を与える、というやり方だ。

以前、このアイデアはこのブログでも紹介した。
社会の望ましい発展のための経済的ツール(2007-10-11)

スウェーデン政府は2020年までを視野にいれた「長期的社会ビジョン」の中で、経済インセンティブの活用持続可能な社会発展のための重要なツールの一つと位置づけている。スウェーデンが温暖化対策において世界的にみて先進国だと言われる理由の一つは、単に各経済主体の自発的努力に頼るだけでなく、政策サイドからの積極的な“市場介入”の効果も多いのではないか、というのが私の見方だ。

――――――
そういう見方に立ってみると、この道路特定財源の議論を、長期的な日本社会の発展ビジョンや温暖化対策という文脈の中で捉え直し、暫定税率の延長、という選択肢だけでなく、暫定税率の環境税への転換、という選択肢が活発に議論されてもいいと思う。


P.S.
日本で「環境税化」を活発に主張しておられるブログがあります。しょうさんのブログ
参考にさせていただきました。

知人の70歳の誕生日パーティー

2008-01-22 09:01:39 | Yoshiの生活 (mitt liv)
私のいる研究棟にある退職教官が研究室を構えておられる。

長い間、ヨーテボリ大学で教官をし、その傍らヨーテボリ市議会の議員をしたり、1991年から2003年までは国会議員の職にも就き、所属の党の副党首をも務めていた。


国会議員時代

凝り固まった考え方を嫌い、様々な考え方に耳を傾け、しかも、現実主義者であるため、議員時代は政敵からも高い評価を受けていた人だ。

大学教官としての実績と併せて、こういった議員時代の経験が買われた彼は、65歳の退職後も大学でいくつか講義を担当したり、執筆活動をしている。毎日のランチの席では私のような若い研究者の議論の相手になってくれる。私も研究で躓いたり、迷ったりすることがあると、個人的に相談に乗ってもらったり、意見を求めたりする。いわば「mentor」的な存在だ。

そんな彼の70歳の誕生日パーティーが先週末、シニア向け文化会館でこぢんまりと、しかし盛大に行われた。まずライブの弦楽演奏のもとシャンペンを片手にmingleが始まり、その後、晩餐会、そして、彼の友人によるジャズバンドの演奏が続いた。


大学の同年代の同僚や中央・地方の議員、さらには文化人も多かった。というのも、彼の父親は有名な歴史学者でスウェーデン・アカデミーの終身メンバーだったこともあり、親類には文化人が多いからなのだ。ついでに言えば、彼はヨーテボリ・チェス同好会の代表もやっているので、同好会仲間もいた。

そんな会に招いてもらっただけでも嬉しかったのに、さらにビックリしたのは、ある別の国会議員にも会えたこと。以前、スウェーデンの国会議事堂の見学をした時のことだが、ちょうど開かれていた本会議の壇上でユーモアを交えた面白い演説していた国会議員がいたのだが、その人も彼の友人として招かれていたのだった。その人は国会を退き、ちょうど先日、私の住む県の県行政の知事に任命されたばかりだった。できたての名刺をくださった。


その大学教官に話を戻そう。彼はこれからもパートタイムで大学教官を続ける。願わくば、これからも私にとっての良き「mentor」として相談相手であり続けて欲しいな。

新しい「スウェーデン版」モノポリーの最終結果!

2008-01-19 23:21:47 | コラム
「スウェーデン全国の街の名前を使って、新しいスウェーデン版モノポリーを作ろう」という企画が立ち上がり、昨年の秋に、街の選定のための一般公募が行われた。

限られた22の場所を巡って、激しい投票合戦が繰り広げられた。中間発表では、ストックホルム、ヨーテボリ、マルメなどの大都市を押しのけてスウェーデン北部の地方の街が善戦していた。以前、投票の途中の段階において私のブログで取り上げたところ「これはまさに地域愛着票!」とのコメントも頂いた。

さて、最終結果はどうなったのか・・・? 既に昨年12月には発表されていたのだけれど、取り上げるのが遅くなってしまいました。


最終結果は、一番右端です。色つきの部分は「ストックホルム版」での通りの名前です。

中間発表では首位に輝いていたSkellefteå(フェレフテオ/シェレフテオ)を抑え、Umeå(ウメオ)が追い込みで一位を制したのだった! この首位争いでは、やはり最終的には人口の大小が鍵を握ったのかもしれない。

10位までを改めてみてみると、
(1) Umeå(ウメオ)
スウェーデン北部の中核都市。人口75600人
(2) Skellefteå(フェレフテオ/シェレフテオ)
スウェーデン北部の都市。人口35500人
(3) Arvidsjaur(アルヴィツヤウル)
スウェーデン北部の町(過疎地)。人口4600人
(4) Vinslöv(ヴィンスローヴ)
スウェーデン南部 スコーネ地方のHässleholm市にある一集落。人口3800人
(5) Kiruna(キルナ)
スウェーデン北部の町。人口18100人
(6) Hammarstrand(ハンマルシュトランド)
スウェーデン北部 Rågrunda市にある一集落。人口1000人
(7) Mariestad(マリエスタード)
スウェーデン中南部の町。人口15400人。
(8) Stockholm(ストックホルム)
8位でやっと登場。言わずと知れたスウェーデンの首都。人口792600人
(9) Örnsköldsvik(オーンフォルスヴィーク)
スウェーデン北部の都市。人口28600人
(10) Växjö(ヴェクショー/ヴェクフォー)
スウェーデン南部の都市。59600人

私の住むスウェーデン第2の都市Göteborg(ヨーテボリ)は13位にやっと登場。人口は493100人です。

(注:上に挙げた人口は、コミューンの名前の場合はコミューンの人口、集落の名前の場合はその集落だけの人口です。ストックホルムやヨーテボリの人口には周辺コミューンの人口は含まれていません)

と、こんな具合にスウェーデン北部の都市や町や村が上位を独占することになりました。

製品の販売開始は今年5月を見込んでいるとのこと。
「それまでウメオ市の住民は、スウェーデンで一番高い町だという考えに慣れ親しんでおこう(そして、ゲームを見たときに驚くことがないように準備しておこう)。あくまでモノポリーの世界だけでの話だが・・・。」とメーカーのサイトに書いてある。

愛情は血よりも濃い-国際養子について(3)

2008-01-17 08:53:23 | スウェーデン・その他の社会

この人もテレビ(TV4 "Kalla fakta")や新聞のコラム(Aftonbladet)で有名な人。
Lena Sundström(レーナ・スンドストローム) 生まれは韓国
(下の記事とは直接は関係しません。念のため)


社会庁のこの調査発表と時を同じくして、SVT(公共テレビ)も国際養子の子供が抱える問題を一連のドキュメンタリー番組の中で取り上げた。2002年4月のことだった。(私は当時、スウェーデンに来てまだ2年足らずで議論のすべてが理解できた訳ではなかったが、かなり驚かされた。国際養子の子がすでに何人か友達にいたからだ。)

ここでも、公的機関の従来の見解:「養子の子も心身ともに順調に発育している」に反して、実際には問題を抱える子供が多く、彼らが社会に助けを求めようにも、公的機関側に彼らの問題を理解して適切な手助けをするための知識や準備体制が欠如している、そして、そのような状況が長い間、放置されてきた、との見方が強調されていた。

このドキュメンタリーでは、2人の人物に焦点が当てられた。1人はタイから養子に取られた女性。今では(放送当時)28歳になるが、13歳の時に家出をし、その年に初めて自殺を試みたという。「なぜ自分だけ他人と違うのか、と常に悩んでいた。自分が養子だということを苦々しく感じ始めたのは10代になってからだったが、大きな衝撃が一度に押し寄せた。その後、深刻な鬱と麻薬と自殺未遂を繰り返した。」

もう1人は養子として引き取った息子を、前年に自殺で亡くしたお母さん(彼は20歳前後だった)。「Fredrik(息子の名)は長い間、精神的に苦労していた。そのことが私にはとても辛かった。ただ、彼は私の前では元気な姿を見せようと無理をしていたようだった。ある日、庭の木の下で首を吊っていた。」このお母さんは、養子の子が普通の子よりも鬱になりやすい、という話はそれまで一度も耳にしたことがなかったという。息子の死後「自殺で子供を亡くした親の会」の会話セラピーに参加するようになったが、驚いたことに彼女の会話グループの参加者の半分が養子の子の親だったという。

社会庁の発表やこのドキュメンタリーは、スウェーデン社会に大きな衝撃を与えた。「国際養子の最大の目的は、その子供によりよい未来を与えること、という建前とは裏腹に、子供の視点がないがしろにされていたのではないか?」、との批判が相次いだ。それに加え「国際養子はむしろ、子のない親の欲求を満たすのが一番の目的だったのでは?」と言う人もあった。さらには「国際養子はすぐにでもやめるべきだ」という声も聞かれるほどだった。

そんな中、スウェーデン最大の日刊紙DNは『愛情は血よりも濃い』というタイトルで大きな社説を掲載したのだった。

「社会庁の調査結果は一つの事実だが、問題提起のそもそもの出発点が間違ってはいないか? もし国際養子の是非を問おうとするなら、国際養子の子とスウェーデン生まれの子との比較ではなく、むしろ、国際養子の子がそのまま生まれ故郷に留まっていた場合と、スウェーデンに養子に取られた今の状況との比較を考えるべきだ。彼らは不運にも、育てることのできない、もしくは育てる意志や愛情のない家庭に生まれたのだということを忘れてはならない。」

それから、社会庁の調査では17172人の養子の子が対象となり、このうち56人が自殺で亡くなった(0.032%)ことに言及した上で、

「一つ一つの自殺は大きな悲劇であることは疑う余地のないことだが、以上のことを考慮すれば、逆にほとんどの養子の子供たちは多かれ少なかれ幸せな人生を築いていることにも着目すべきだ。」

と書いていた。

ドキュメンタリー番組の指摘する通り、養子の子に特有の悩みや問題に対処する態勢が、スウェーデン社会に整っていなかったとすれば、これは改善すべき問題だろう。一方で、この社説の指摘するプラスの部分も、確かにその通りだと思う。

実際、養子の是非を問う声が叫ばれたり、養子の子に同情する声がある中で、「番組で描かれているような苦難はほとんど感じなかった」とか「今では“育ての親”が自分の本当の親だと思えるほど、深い愛情を受けてきた。私は根っからのスウェーデン人だ、とはっきり言える」という投書なども寄せられていた。だから、アイデンティティー形成における苦難などの問題は、もしかしたら、養子だからという要因以上に、家庭環境や親のサポートなどの要因も大きいように思う。

私の友達の中にも何人か養子の子がいるが、大学で優秀な成績を収めて、今では法律専門家としてバリバリ活躍して、家庭を築いている友達もいるし、たくさんの友達に囲まれて皆と全く同じく大学生活を送っている人もいる。育ての親の愛を全身に受けているベトナム生まれの高校生も知っている(彼の妹もベトナムからの養子だが、血の繋がりはないという)。“生まれ故郷に残してきた”自分のルーツに関心を持って、大人になってから文化や言葉を学んだり、里帰りをしたり、養子の人同士の会に加わる人もいれば、そういう関心が全くない人もいる。

「韓国からの養子の会」
「タイからの養子の会」
------
最後に・・・、

そう考えてみると、個人個人のアイデンティティーというのは、人それぞれなんだな、と改めて思う。それが外見や生まれ故郷とは必ずしも結びつくのではない、という点も興味深い。そういう“まとまりのない”人々が集まって、スウェーデンという一つの社会が形成されている点も面白い。

(終わり)

愛情は血よりも濃い-国際養子について(2)

2008-01-15 08:22:13 | スウェーデン・その他の社会
前回書き忘れたが、国際養子でスウェーデンの里親に引き取られた子供の中には、婚外子も多かったらしい。これらの国では、正式に結婚していないカップルの間にできた子供が蔑(さげす)まれていた。経済的な理由に加え、このような理由で子供を育てていくのが難しく、国際養子に出した家庭もあったようだ。

――――――
国際養子の受け入れが本格的に始まったのは70年代以降。これはスウェーデン社会にも大きな変化をもたらしたに違いない。その時点で、既に労働移民という形でイタリア人・ギリシャ人・ユーゴ人が国内に多くいた。それに、第二次世界大戦前後にもフィンランドやバルト3国から人々が難民として受け入れられていた。だから、外国人の受け入れにスウェーデン社会も少しは慣れていただろう。

しかし、国際養子としてやってくる子供たちは韓国・インド・エチオピアといった遙か彼方で生まれ、外見的にも“本来の”スウェーデン人とはかけ離れていた。しかも、移民や難民とは違い、彼らには生まれ故郷との精神的・文化的・言語的な繋がりが全くない。さて、社会全体としてどのように受け入れていくべきなのか?

彼ら自身は自分たちを「スウェーデン人」と認識している。周りの人間も次第に国際養子の存在を認識し始めるにつれ、彼らを他の子供たちと区別なく「スウェーデン人」として扱わなければならないことを理解するようになる。ちょっとでも対応を間違えればその子を傷つけてしまうことにもなりかねない。変な同情をしたり、特別扱いをしても、相手に変な意識をさせてしまう。だから、一般の人も神経をとがらせ、その他方で、見た目には平静を装いながら接することを心がけたのではないだろうか。

しかし、それ以上に苦労をしたのは、国際養子を受け入れた里親、そして何より、受け入れられた子供自身だったであろう。物心ついた頃から自分はスウェーデン人だと認識している。名前もスウェーデン人の名前を持っている。その他のアイデンティティーなんて考えられない。しかし、そのうち、自分の外見が他の子供たちと違うことに気付き始める。自分に対する周りの人たちの接し方にも、何かしら違いがあることに気付き始めるかもしれない。普通の子供よりも何か特別扱いされているとか、変に意識されている、と感じるかもしれない。

周りの人たちの接し方もいろいろだろう。養子の子供も他の子供と分け隔てなく普通に接することができる人。または、彼らは敏感で傷つきやすいから特別にケアしてやる必要がある、しかし、その特別意識を外見に表すべきではない、と努力する人たち(しかし、それが遅かれ早かれ子供に伝わってしまうかも)。それから、事情を知らずあからさまに外見の違いを口に出し「どの国から来たのか」などと尋ねる人たち。

自分のアイデンティティーは「スウェーデン人」であり、この点は周りの子供たちと全く変わらないのに、たまにちょっと違った目で見られる。時には「どの国から来たのか」というような質問を投げかけられる。そのうち「なぜ、他の子供のように普通に扱ってもらえないのか?」と自問する子供がいてもおかしくない。実際、幼年期から思春期にかけて、アイデンティティーの形成に失敗する子供も多くいたようだ。

スウェーデンの“育ての親”の愛情にしっかり支えられて、この困難をうまく乗り越え(もしくはそのような困難をほとんど感じずに)大人になる人たち。一方で、困難に打ち勝てず、例えば、グレてしまう人たち。

――――――
90年代に、国際養子の子供と他の子供たちの発育状況の比較をした調査がなされたが、ここでは「精神面での発達において大きな違いは見られない」との結果が発表されている。そのほかの調査でも「養子の子供たちも健康にすくすく育っている」というプラスの評価がなされ、これが公共機関や国際養子仲介NPOなどの公式見解となっていた。

他方で、養子の子が抱えがちな、彼らに特有の悩みや問題について、大規模な調査が行われる、ということはあまりなかったようだ。

国際養子制度はあくまでその子供により明るい未来を提供するために存在する、という建前があったがゆえ、それに反する調査結果が出ては困る、という懸念があったのだろう。それから、ネガティブな調査結果が発表されることで、成長過程にある子供たちを傷つけてしまうのが怖かったのかもしれない。


しかし、2002年4月、社会庁衝撃的な調査結果を発表した。

- 国際養子で迎えられた人の自殺率は、スウェーデン生まれの人に比べて3.7倍も高い。
- 国際養子で迎えられた女性の10人に1人が自殺未遂のために病院で治療を受けた経験がある。
韓国からの養子の死因の1位は自殺である。
- 国際養子で迎えられた人は、スウェーデン生まれの人に比べて、アルコール中毒や麻薬中毒で治療を受けるケースが多い。

(続く・・・)

P.S. 暗い話になりましたが、次回は、その衝撃的なニュースに対し、スウェーデン社会でどのような反応がなされ、どのような議論が展開されたか、について書きます。「実はそんなに暗い話ばかりではないよ」という点も指摘したいと思います。

愛情は血よりも濃い-国際養子について(1)

2008-01-12 08:30:45 | スウェーデン・その他の社会
スウェーデンの公共テレビ(SVT)の19:30ニュースの敏腕キャスターはKatarina Sandström(カタリーナ・サンドストローム)という女性だ。名前を見ればスウェーデン人だと判断が付くが、放送を見れば、典型的なスウェーデン人ではない外見をしていることにすぐ気づく。


それから、以前、保守(穏健)党・青年部の代表をしていたTove Lifvendahl(トーヴェ・リーヴェンダール)という女性も名前はスウェーデン人のものだが、外見はそうではないと分かる。


さらに例を挙げれば、スウェーデンの若手女性作家Astrid Trotzig(アストリード・トロツィーグ)も外見は少し違う。


スウェーデン的な名前なので、外国生まれの移民系の人でないとしたら、スウェーデン人とのハーフ?

いや、そうではない。実は国際養子なのだ。スウェーデンでは子供に恵まれない家庭が、別の国から子供を里子として迎えて、自分の子供として育てることがよくあるのだ。

国際養子は1960年代末から徐々に増え始める。スウェーデンには自分の手で子供を育てたいと望む家庭がある一方で、世界の各地には貧しさのために子供を育てていくことができない家庭や、戦禍の中で親を失った子供が存在した。これらの子供たちには愛情を与えてくれる“育ての家族”が必要だった。ならば、子供のないスウェーデン人家族のもとに彼らを里子として受け入れよう、というアイデアが生まれた。それが子供にとっても、受け入れる家庭にとってもプラスだと考えられたからだ。国際援助の一環としての意味もあった。たとえその子供がスウェーデンとは程遠い国から来た、外見が異なる子供であっても、受け入れる家庭は寛容したのだった形式的なことには拘らないスウェーデン人の「合理性」が、このような発想を生み出し、それを可能にしたのではないかと私は思う。

1970年代終わりまでは、特に韓国、インド、エチオピアからの国際養子の受け入れが多かった。韓国は朝鮮戦争後の混乱で、子供が生まれても育てていくのが経済的に困難な家庭が多くいた。引き取ることを希望する家庭が北欧にいて、物質的にも愛情にも恵まれた環境の中で育ててもらえるのであれば、子供にとってはそれが一番いい、と生みの親は泣く泣く子供を手放したのではないだろうか。 インドなどでは、孤児院から引き取られた子供も多かったと聞く。(上のニュースキャスターの女性はエチオピア生まれ、他の二人の女性は韓国生まれ)

ちなみに、これは人身売買ではない。子供を手放す側と引き取る側の間で、金銭や報酬などのやりとりは禁止されている。子供の受け渡しには、スウェーデン政府の認可を受けた民間NPOが仲介する。また、里親になるにあたっては、市のソーシャルワーカーによる家庭環境の調査を受けたり、民間NPOによる事前講習を受けたり、これから同じく里親になる家庭と一緒にグループ・カウンセラーを受ける必要がある。外国からの子供を育てるための心構えをしっかりした家庭のみが、国際養子を受け入れることができるのである。

スウェーデンの里親に引き取られるのは多くの場合、生後数週間や数ヶ月の段階だ。スウェーデンで戸籍が登録され、遅かれ早かれスウェーデン国籍を取得し「スウェーデン人」になる。また、通常の親子と同様、里親と里子の間にも法的な繋がりが規定される(養育権、相続権etc)。一方、多くの場合、血縁の親とのやりとりはそれ以降全くなくなるようだ。だから、子供が物心ついたときには、既にスウェーデン語を操り、スウェーデン文化に浸り、スウェーデン人の“両親”の愛情のもとでスウェーデン人として育てられてきた“自分”を発見するのである。

(ただアイデンティティー形成にあたっては、他の子供以上に苦難が多いことは想像がつくであろう。これに関しては、後ほど書くつもりです)

彼らは文化的にはスウェーデン人。だから「韓国系スウェーデン人」とか「エチオピア系スウェーデン人」と表現は間違いではないかと私は思う。だって彼らには“系”と呼べるほどの韓国やエチオピアとの文化的繋がりやそのアイデンティティーを持っている訳では無いのだから。(この点で移民とは大きく異なる)

このような形で、1960年代末以降これまでに47000人を超える外国の子供たちがスウェーデンの里親に引き取られてきた。中でも一番多かったのが韓国からの養子で8500人にのぼる。現在でも毎年1000人前後の国際養子があるが、経済成長を果たした韓国からの提供者はもはや無く、90年代以降に多いのは、ベトナム、中国、アフリカ、南米、東欧(ポーランド・ロシア)などだ。

ヒロインの第2のスタート

2008-01-08 08:01:08 | コラム
走り高飛びのエースKajsa Bergqvist(カイサ・ベリクヴィスト)が、ついに引退を発表した。

1976年生まれ。1990年前半からユース大会で徐々に実力を見せていき、2000年のシドニー・オリンピックで銅メダルに輝く。記録は2.01m。その後も次々と記録を伸ばし、2003年には屋外で2.06mを達成。スウェーデンの記録を塗り替えた。さらに、2006年には屋内で2.08mを跳破! 屋内の世界新記録を樹立した。


左:Kajsa Bergqvist(カイサ・ベリクヴィスト)
写真の出典:Dagens Nyheter

世界トップの大会では、
-2000年:ヨーロッパ選手権(屋内)
-2001年:世界選手権(屋内)
-2002年:ヨーロッパ選手権
-2003年:世界選手権(屋内)
-2005年:世界選手権
の5大会にて金メダルを獲得した。

彼女に欠けているのは、オリンピックの金メダルだけだと言われ、2004年のアテネ・オリンピックに期待が寄せられたが、直前に国内の小さな大会でアキレス腱を傷めてしまい欠場。ただ、それから再び立ち直り、2006年の屋内世界新を達成したのだった。次の北京オリンピックで、今度こそ金を!とスウェーデンは沸き立っていた。

しかし、去年2007年に大阪で開かれた世界選手権では、思うように記録が伸びず、彼女にとって初めてメダルを逃した選手権大会となった。その年の大晦日、スウェーデン人映画監督と結婚。その時点で既に引退への意思が固まっていたようだ。

「次のオリンピックに挑むとしたら、目標は金メダルしかありえない。そのためには自らが100%モチベーションを感じた状態でなければならない。果たして、そのような燃えさかる炎が自分の中にあるかどうか。秋の間、じっくり考えて、この決断に至った。」

人生の晴れ舞台にもいつかは終わりが来る。自らの体力だけが武器であり、若い世代が次々と挑戦を挑んでくるスポーツの世界では、その晴れ舞台の時間もとりわけ短い。その終わりが遠くない将来にやって来ることを意識しながら、それでもベストを目指して練習に励むアスリート。過酷な世界だと思う。

普通の人にとっても、それは定年退職であるかもしれないし、自分がそれまで打ち込んできたある一つのキャリアの終焉かもしれない。でも、それは長い人生の中のある一つの幕が終わったに過ぎず、同じようにやりがいのある「幕」がこの先、いくつも待ち構えていて、そこでは自分の新たな側面が生かせると思い込むしかないのかもしれない。そして、そう思っている限り、ちゃんとその通りになるに違いない。

第2のスタートを切るカイサ・ベリクヴィスト。まず計画しているのは、これまで長きにわたって滞在していたモナコから、スウェーデンに引っ越すことらしい。

忙しいカール・ビルト外相の大きな趣味

2008-01-07 03:18:34 | スウェーデン・その他の政治
スウェーデン人の中で最も忙しく世界中を飛び回っている人といえば、おそらくこの人、カール・ビルト(Carl Bildt)外相だろう。2006年10月に外相のポストに就いてから1年間に40以上の国外出張を行ってきた。(去年の春には国王夫妻とともに東京にも)

驚くことに、これだけ忙しいにも関わらず、彼には大きな“趣味”があるのだ。それは何とブログを書くこと。しかも彼のブログ、人気が非常に高くて、一週間の訪問者が5~6万に及ぶという。

タイトルは「Alla dessa dagar」(英訳は“All these days”だが、日本語で意訳すれば“渦中の日々”くらいになるのかな?) 以前は「En utrikesministers liv och vardag」(外務大臣の生活と日常)というサブタイトルが付いていたが、今ははずされた。(その理由は後述)

内容は、日々の国内外ニュースに対する個人的コメントや、休みの日の生活、外交の裏話(もちろん限られた範囲内で)、受けた批判に対する返答、などなど。私はてっきり何人かの秘書が代行して書いているのかと思ったが、本文はすべて彼自身が書いているとのこと。基本的に毎日更新されるからスゴイ! おまけに、2つ以上の書き込みがなされる日もある。

メディアや評論家、新聞記者も彼のブログを日々チェックしている。時には、彼のブログの書き込みを根拠にニュース速報が流れたりすることもある。

例えば、不公正だと批判されていた昨年12月のロシア総選挙の直後にロシア外相と会談したビルト外相は、会談後、自身の小型パソコンから「プーチン大統領は自身が望む選挙結果を導くため、国営テレビのプロパガンダや政治資金の操作を通して手はずを整えてきた」とブログに書いた。これは記者会見で正式なコメントが発表される以前だったらしく、スウェーデンの新聞はこの書き込みを頼りに会談の第一報を書いたのだった。

それから、世界中の政・財界の重鎮が一同に集まる極秘国際会議(Bilderberg conference)にビルト外相の参加が噂されたことがあったが、このときスウェーデン外務省はメディアに対してノー・コメントを貫いた。しかし、ビルト外相がその開催地からブログにて「私は今××にいる」と書き込んだので、メディアはそれをもとに「今年はビルト外相も参加」と記事に使ったのだった。

さらに、元首相パーションとの政争の中で、カール・ビルトが「パーションは嘘をついている」とブログにて反論すると、メディアもそれを参照したりもした。


公式な晩餐会の合間にメールのチェック? それとも、ブログの書き込み?
「いま食べたキャビアはイマイチだった・・・」 な~んて

簡単な登録さえすれば、彼のブログに誰でもコメントをできるのも凄い! 一つの書き込みに100近くものコメントが寄せられることもある(基本的に返事はしない)。ただ、相手が現役の外相本人とだけあって、極左・極右からの極論や、ある特定の民族に対する誹謗中傷もなかには混じっている。彼がある民族問題を取り上げたときには「××人を根絶やしにすべき」というような中傷が寄せられた。彼自身、コメントの管理は定期的に行っているというものの、時には1ヶ月以上もブログ上に放置されたこともあった。スウェーデンには1998年に「電子掲示板の管理責任に関する法」ができ、ブログの所有者がブログ上のすべての情報に責任を持つことになっている。民族差別的な誹謗中傷は大きな犯罪であるため、昨年の夏にはビルト外相のブログ管理責任を問って、検察が立件に向けた準備調査を開始したこともあったほど。

ビルト外相もかなり懲りているらしいが、中には価値のあるコメントや情報もあるため、コメント機能を削除するつもりは無いのらしい。去年4月の段階では「コメントもすべて私一人で管理しているから、大変」と言っていたが、最近は何人か側近に頼んで不適切なコメントを削除しているようだ。

さて、問題はそれ以上に、一国の外相が政府というチャンネルを通さず、個人的なブログで自由に発言するのが許されるのか?ということだろう。彼ももちろん配慮がある人なので、何でも好き勝手に書いているわけではない。それに、外相としてではなく、あくまでビルト個人として書いている、という。(サブタイトルが削除されたのもおそらくこれが理由だろう)

ただ、彼がいくらそのつもりでも、彼個人の書き込みが現政府の立場の表明と受け取られてしまうこともある。例えば、外国の大統領・首相に対する個人的な批判発言が、外相としての発言として受け取られ、外交問題に発展することもある。なので、彼の属する保守党内からも「ブログ上で何でもかんでも喋りすぎ」との批判がある。

私としては、政府の堅苦しい(そして退屈な)公式発表よりも、彼自身の考えがブログで読めるのは嬉しい。

だから今後も、一国の外相という立場と、個人ブログの著者という「二重の役割」が両立していけるのか、注目したい。

カール・ビルトの個人ブログ:Alla dessa dagar

(あの鼻は“つけっぱな”(しかも眼鏡と一体化したやつ)との噂もあったが、やっぱり本物らしい・・・)
文中の写真の出典:Dagens Nyheter
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P.S. 彼はもともと英語でブログを書いていたのだが、外相になってからはむしろスウェーデン人の読者に向けて発信しようということで、英語ブログは2007年1月以降更新されず。
カール・ビルトの英語ブログ:Bildt Comments


両方やってくれたら面白いのに・・・。

明けましておめでとう

2008-01-04 07:34:44 | Yoshiの生活 (mitt liv)
ヨーテボリのほうでは魚介類が豊富に手に入るということで、大晦日はロブスターやザリガニ、牡蠣など、ちょっとした高級品を食べる習慣がある。私も今年初めて年越しにロブスターとザリガニを買って来て、友達と食べて年を越した。

ヨーテボリ沖で獲れたロブスターとザリガニ



うちのアパートからの0時の風景


明けましておめでとう!
今年もよろしくお願いします!


最近はおかげさまで、このブログを見に来てくる訪問者の数も増えて、この秋以来、gooブログのベスト1000に入るようになりました。

読者の方の興味も幅広く、それに私自身の関心も多岐に渡っているので、今年もいろいろなトピックを書くつもりです。

「あなたのブログは読むのが大変!」という素直な意見も頂きます。率直な意見だと思います。ただ、これからも多彩な話題を扱っていこうと思うので、できれば興味のあるトピックだけ目を通して頂くだけで結構です。あとは適当に無視してくださいね。