スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

『沈黙の海 - 最後の食用魚を求めて』

2009-11-28 16:15:04 | コラム
発売日は間近です。お買い求めください。
11月30日に開催される東京・六本木のスウェーデン大使館でのミニセミナーについては、スウェーデン大使館のホームページにも掲載されています。



<内容紹介・その1>
スウェーデン西海岸には、数世紀にわたって小規模な沿岸漁業で生計を立ててきた漁村があった。そこでは、「海が許容する以上の魚は獲らない」というのが漁民たちのルールだった。

しかし、1980年代に入ると他の漁港から大型の漁船が次々とやってきて、この漁港の沖合いで操業を始めた。最初はなす術もなく眺めていた地元の漁民も、負けじと海に繰り出し、夜も週末も関係なく漁を行うようになった……。

かつては「海の魚は尽きることがない」と考えられていた時代もあったが、1950年代に先進国が漁業を産業的に大規模に行うようになって以来、世界中の海で魚の枯渇が懸念されるようになってきた。

スウェーデンなどヨーロッパ諸国の行政機関も、漁の規制と漁船数の削減が必要だと認識するようになったが、彼らの行った政策は逆に乱獲を助長することになった。沿岸漁業を営んできた小型漁船を次々とスクラップにしていく一方で、大型漁船のさらなる近代化が推し進められている。また、がんじがらめ規制のために、スウェーデン近海だけでも毎年数千トンにおよぶ魚が陸揚げできず、海やゴミ処分場にそのまま投棄されている。

問題はヨーロッパだけに留まらない。新たな漁場を求めるヨーロッパの漁船のために、EUはアフリカなど途上国近海の漁業権を買い取り、そこで新たな乱獲が行われている。そのために生活の糧を失った地元の漁民が経済難民や海賊となることで、新たな問題が生まれている。

本書は女性ジャーナリストである著者が3年がかりでまとめたもので、スウェーデンで刊行されるやいなやベストセラーとなり、人々に衝撃を与えた。その内容は、漁業大国日本の漁業や私たちの食に対しても、大きな示唆を与えるものである。


<内容紹介・その2>
著者がこの本の中で議論しようとしているのは、本当はバルト海のタラではない。クロマグロでもウナギでも、イルカでもない。

個別の種が絶滅し、姿を消すことが問題なのではない。本当の問題は、私たちの海に生息する魚を獲り尽くすことによって、海の生態系全体が変化してしまうことなのだ。一つの種が姿を消すと、それは全体のバランスを狂わすことになる。そして、いずれは陸上の環境にも影響を与えかねない。

漁業による魚の乱獲を巡っては、めったに議論されない別の視点もある。魚は誰のものなのか? 私たちすべてのものである共有資源が、多額の公的助成金を受けた少数の漁師によって獲り尽されようとしている現状は、果たして正しいことなのだろうか? EUが私たちの税金を使って発展途上国の漁業権を買い取り、ヨーロッパの漁船が途上国の海を空っぽにしている現状は、果たしてよいのだろうか?

著者イサベラ・ロヴィーンは、まずスウェーデン近海における水産資源の乱獲の調査から始め、次第にノルウェー北部の養殖場や、ブリュッセルにおけるEU政治の裏舞台、そしてアフリカ西部の島国カーボヴェルデへと調査を拡大していく。

『沈黙の海』は、世界中の海の海面下で何が起きつつあるのかを明確に示した貴重な本である。今すぐにでも皆さんがお読みになることをお勧めしたい。


<本文より抜粋>
私が漁業について本格的に関心を持ち始めたのは、ウナギに関する情報を読んでからであった。2003年10月のある日、スウェーデン水産庁からの記者発表がたまたま職場の机の上に置かれていた。私は一度目を通すと、その文章に釘付けになってしまい、何度も何度も読み返した。そして最後には、私の読み間違いではないことが明らかになった。

そこに書かれた事実はあまりに明白だった。水産庁が伝えるところによれば、サルガッソ海からヨーロッパへ流れてくるシラスウナギ(ウナギの稚魚)の量がここ20年あまりの間に99パーセント減少したという。

そして、さらに驚くべきことがその続きに書かれていた。水産庁としてウナギ漁の禁止を発令するほどの正当な理由は見当たらない、というのである。その理由はというと、そうすればスウェーデンの漁師に大きな打撃を与えることになるから、というのが水産庁の見解であった。

では、緊急措置として何を行うのだろうか。
いや、何もしない、というのである。


<著者の紹介>
Isabella Lövin(イサベラ・ロヴィーン)
1963年生まれ。ジャーナリスト。ストックホルム在住。消費者問題や食・環境の問題を扱う雑誌のレポーターやコラムニストのほか、公共ラジオで社会問題を扱う番組の編集長を務めてきた。本書が評価されて、2007年にスウェーデン・ジャーナリスト大賞や環境ジャーナリスト賞などを受賞。2009年夏より欧州議会議員。

新刊案内とミニセミナーの案内

2009-11-23 00:22:54 | コラム
前回書いたようにバルト海の生態系バランスが乱れ始めている兆候が近年になって現れ始め、その原因の一つが、かつては豊富に生息していたタラの枯渇であることが明らかになってきた・・・。

2002年秋、こんな疑問から自ら調査に乗り出した一人の女性ジャーナリストがいた。彼女はそれまで環境ジャーナリストや文化ジャーナリストとして雑誌の編集長を務めたり、公共ラジオの番組で社会問題を扱ったりしていたが、それらの仕事を辞めた上での本格的な調査だった。

すると、スウェーデン近海ではバルト海だけでなく、ヨーテボリを中心とするスウェーデン西海岸でも漁業資源の枯渇が深刻であることが分かってきた。タラだけでなく、カレイやヒラメ、ホワイティング(タラ科の魚)といったかつては一般的だった魚が、最新機器を取りつけたトロール漁船を使っても、なかなか獲れにくくなっていたのだった。

問題の根源は明らかだった。数が減り続けている魚の群れを、より多くの漁船が追いかけ回している、という事実だった。水産資源の管理がなぜきちんと行われてこなかったのか? スウェーデンの行政機関は、なぜ事態がここまで深刻になるまで問題を放置してきたのだろうか・・・?

このような疑問に対する答えを追い求めながら、彼女はスウェーデンだけでなくヨーロッパ全体でも同様の問題があることに気づく。ヨーロッパ近海では、水産資源が減少してきたにもかかわらず、漁船の数や漁獲能力は増え続ける一方だった。そして、彼ら漁師の仕事を確保するために、EUはアフリカをはじめとする途上国の漁業権を買い取り、漁を行わせていた。途上国の沿岸部では本来、地元の漁師が小規模な沿岸漁業を通じて生計を立てていたものの、ヨーロッパから遥々やってくる効率的な近代漁船のおかげで、彼らの漁も次第に成り立たなくなり、貧困に追い込まれることになっていた・・・。

彼女は自らの調査や取材を一冊の本にドキュメンタリーとしてまとめ、「Tyst hav(沈黙の海)」と題して2007年夏にスウェーデンで出版した。スウェーデン国内では発売と同時に大きな反響を呼び、様々なメディアに取り上げられ、社会的な議論を呼び起こした。

そして、私の翻訳による日本語版が今月末に日本で発売される!

『沈黙の海 ― 最後の食用魚を求めて』(出版社・新評論より)
本の目次:
1.ウナギ
2.警告
3.鳴らされない警鐘
4.共有地の悲劇
5.ヨーテボリの漁船がやって来るまでは・・・
6.漁業への補助金行政
7.発展途上国との漁業協定
8.EUの共通漁業政策と「乱獲の義務」
9.魚の養殖 - 果たして最善の方法か?
10.解決への糸口
エピローグ「2秒間」
訳者あとがき

そして、この発売記念もかねたミニセミナーが11月30日に、東京・六本木のスウェーデン大使館で開催される!

☆ スウェーデンブックセミナー ☆
「知識ある食生活からはじまるサステナビリティ ― 2冊の本による日本への問いかけ」
11月30日(月)18時
会場:スウェーデン大使館 主催:持続可能なスウェーデン協会


セミナーの詳細や参加申し込みは上のリンクをクリック!

バルト海の3つの現象の共通点とは?(2)

2009-11-20 02:34:50 | コラム
前回紹介したバルト海における3つの現象、つまり(1) アオコの大量発生(2) 海鳥の大量死・発育不良(3) タラの枯渇、に共通するものは何だろうか? 答えは、3つとも互いに関連し合っているということだ。

より正確に言えば、(3) タラの枯渇 が(1) と (2) と (3) の背景にあるということだ。((3)が(3)の背景にあるというのは、タラの枯渇がさらにその枯渇を助長している、という悪循環に陥っているということ)

バルト海の生態系は、次のような食物連鎖の絶妙なバランスの上に成り立っている。

他の魚を食べる魚(タラ・サケ)やネズミイルカ
↓↓↓
動物プランクトンを食べる魚(ニシン・スプラット)
↓↓
動物プランクトン

植物プランクトン


一番上に位置する魚としては、ネズミイルカ(トゥンムラレ:tumlare)が以前から数を減らしてきただけでなく、既に触れたようにタラが過去20年ほどで激減した。
(ちなみに、サケは野生種はほとんどいなくなり、現在バルト海に生息しているのは人工孵化され放流されたサケがほとんどだ)

そして、これらの動物が数を減らすと、彼らの餌であったニシンやスプラット(ニシン科の小魚)が天敵がいなくなったのをいいことに数を大きく増やすことになる。実際にこれらの魚の大量繁殖は確認されている。すると今度は、ニシンやスプラットが餌としている動物プランクトンが枯渇することになる。そして、逆にこのことによって今度は動物プランクトンが餌としてきた植物プランクトンが大量発生する、という連鎖反応が起きることになる。

アオコ植物プランクトンの一つだ。だから、この説が正しければ、生態系の頂点に立っていた肉食魚やイルカが姿を消したことが、巡りめぐってアオコの大量発生につながっているということになる。

他の魚を食べる魚(タラ・サケ)やネズミイルカ[枯渇]
↓↓↓
動物プランクトンを食べる魚(ニシン・スプラット)[大量発生]
↓↓
動物プランクトン[枯渇]

植物プランクトン[大量発生]



また、食物連鎖の途中に位置している動物プランクトンは、先に触れた理由で数が減っており、それを増殖したニシンやスプラットが奪い合う状況になっている。その結果、ニシンやスプラットの一匹あたりの重量が大きく減少し、痩せた魚が多くなっている、という現象も確認されている。

前回書いたように、海鳥の大量死の原因は、ビタミンB1(ティアミン)の不足によることが明らかになっているが、ティアミン不足の原因は、実は海鳥が餌としているニシンやスプラットの組成に何らかの変化があったためではないか?という説が近年浮上している。(私は正確なことは分からないが、ティアミンは動物プランクトンによって生成されるということだと思う)

さらに、タラの枯渇によって、ニシンやスプラットが大きく増えたために、これらの魚にタラの卵や稚魚が食べられやすくなり、タラの減少にさらに拍車がかかるという悪循環に陥っている。

――――――――――

複雑な相互依存関係の上に成り立っている自然の生態系。一つの魚の枯渇や絶滅は、その種の存続だけでなく、その生態系を織り成している他の種にも大きな影響を及ぼすことになる。(続く・・・)

バルト海の3つの現象の共通点とは?(1)

2009-11-18 11:56:53 | コラム
スウェーデンのバルト海沿岸部では10~15年ほど前から、アオコの大量発生が問題になってきた。夏になり海水温が上がった頃に、植物プランクトンが大量に発生して、海面を緑色や黄色に変える。植物プランクトンの中には毒素を発するシアノバクテリア(藍色細菌)もあるから、人間や犬がそんな海水の中で泳いだりすると、気分を悪くしたり、神経が障害を受けることもある。だから、7月のせっかくの夏休みなのにバルト海沿岸の海水浴場が閉鎖されてしまう。そんな出来事が、近年ますます頻発するようになってきた。


港町カールスクローナ(Karlskrona)に迫るアオコの潮
写真の出典:スウェーデン沿岸警備隊

バルト海は、スカンディナヴィア半島やフィンランド、バルト三国、そしてポーランドやドイツに囲まれた内海だ。スウェーデンとデンマークの狭い海峡を通じて北海へ、そして大西洋へと通じてはいるものの海水の出入りは少なく、バルト海のすべての海水が完全に入れ替わるまでに30年から60年がかかると言われる。そのため、富栄養化の影響は長期にわたって残ることになる。しかも、外海との出入りが少ないのに対して周辺河川からの淡水流入は常にあるため、バルト海は塩分濃度の低い汽水だ。だから、アオコの発生が容易なのだ。

バルト海の富栄養化(リンや窒素の流入)を抑制するために、スウェーデンやフィンランドでは無リン洗剤の普及や下水処理場の設置が行われ、20年以上も前に完了している。化学肥料の使用規制などを通じて、農業排水に含まれる富栄養化成分の抑制も行われてきた。残る大きな課題は、ロシア・サンクトペテルブルグやバルト三国、ポーランドにおける下水処理場の普及や、農業排水の対策などだ。

しかし、アオコシアノバクテリアの大量発生が近年、ますます頻発するようになった背景には、富栄養化だけでなく別の原因もあることが濃厚になってきた・・・。それは何か?

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アオコの話とは別に、バルト海沿岸では10~20年ほど前から奇妙な現象が確認されている。カモメやムクドリ、カモ、その他の海鳥の一部で大量死が頻発しているというのだ。鳥が次第に力を失って飛べなくなったり、飛んだ鳥が墜落したりして、岩場にたくさんの死骸をさらしている。また、産み落とされる卵の数が減っただけではなく、無事に孵化したり孵化後に生き残る可能性も低くなっている。

この原因はしばらくの間、環境ホルモンではないかと疑われていたが、繁殖能力や卵の孵化だけでなく成鳥の成育や飛行能力にも影響が出ていることから、もっと別の原因があるのではないかと考えられるようになった。

そして明らかになったのは、ビタミン不足という要因。ビタミンの中でもB1(ティアミン)は脳や神経の発育に欠かせない重要な栄養素だ。人間でもティアミンが不足すると脚気(かっけ)になるが、この病気がバルト海沿岸の鳥の間に蔓延しているために、大量死が相次いでいるのではないか、というのだ。病気の鳥にティアミンを人工的に投与したところ病気から回復したという。

写真の出典:Dagens Nyheter

では、なぜビタミンB1(ティアミン)が不足するようになったのか・・・? この点については、まだ明確な答えが得られてはいないが、近年、一つの仮説が提唱されている。それは何か?

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バルト海でさらに起きている深刻な問題とは、乱獲による水産資源の枯渇だ。魚の中でも特に、底生魚であるタラの状況が深刻だ。80年代の豊漁をいいことにスウェーデンを含むバルト海沿岸諸国がタラを獲りまくったおかげで、90年代以降はタラの水揚げ漁が大きく落ち込むこととなった。研究者による推計によると、タラの成魚の生息量も過去20年で激減し、BPA(個体群を維持するために必要とされる量)の24万トンを大きく下回るまでに至った。


バルト海のタラ成魚の生息量

タラは肉食魚であり、ニシンやスプラット(ニシン科の小魚)などを食べているが、タラが激減したために、現在はニシン・スプラットが大量発生している。ニシンやスプラット動物プランクトンを餌としているが、タラの卵や稚魚も食べてしまう。だから、タラの減少にさらに拍車がかかるという悪循環に陥っている。

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さて、バルト海を巡る3つの現象を上に紹介してみたが、一見すると個別に生じていると思われるこれらの現象には、実はある共通点があるのだ。それは何だろうか? 次回のお楽しみ。

コペンハーゲン会議の次に向けた2段階ロケット案

2009-11-16 15:22:30 | スウェーデン・その他の環境政策
12月のコペンハーゲン会議(COP15)では拘束力を持った数値目標を盛り込んだ国際的な合意に至るのは難しい、と前回書いたが、APECの会議でもそれがさらに決定的になった。アジア・太平洋諸国の首脳は「無理だ」という声明を会議の最後に発表した。

だから、コペンハーゲン会議も当初の期待とは裏腹に、より現実的な路線で行かなければ、何も成果が上がらない大失敗ということになりかねない。

そんな危機感をあらわにしたのはコペンハーゲン会議の開催国であるデンマークのラスムセン首相。彼は何とAPEC会議が開かれていたシンガポールに電撃でサプライズ訪問し、「2段階ロケット」の妥協案を持ちかけた。まず、コペンハーゲン会議では大枠の合意に至ることを目指し、その上で来年に別の国際会議を開催し、削減目標や細かい詳細に関して拘束力を伴う議定書の制定を目指すというものだ。(ただ、電撃訪問は彼自身で決めたものではなく、APEC会議が極秘裏に彼を招待していたようだ。彼はオバマ大統領や中国主席と個別の会談を持っているが、サプライズ訪問でそんなことができるわけではない。)

見方によれば、早急な対策が望まれる問題の先送り、と解釈することもできるが、一方で、当初の会議の目的が達成できない以上、2段階でいくという妥協案は仕方がない。国際的な協議が今後も続けられていく分だけよいと見るしかない。オバマ大統領もデンマーク案を支持し、「完璧を目指すあまり、何も達成できなかったでは元も子もない(Vi får inte låta det perfekta bli det godas fiende)」と発言していたという。


コペンハーゲン会議の次に願いを託して・・・

2009-11-10 08:01:35 | スウェーデン・その他の環境政策
気候変動(地球温暖化)抑止に向けて国際的な協議を行うための国連会議(COP15)12月半ば(8日~18日)にデンマークのコペンハーゲンで開催される。1997年に締結された京都議定書が規定してきたのは2008~2012年における達成目標であったため、それ以降の目標設定が必要となっている。だから、192カ国から15000人の代表団が集まる今回の国際会議はそのための会議なのだ。

しかし、拘束力を持つ削減目標を先進国や途上国に課す議定書を締結する、という当初の野望は残念ながら挫折することになりそうだ。

というのもコペンハーゲン会議に先駆けた様々な準備段階において、各国間の合意形成が当初に期待されていたほどスムーズに進まなかったからだ。例えば、ニューヨークでの国連会議(9月下旬)では、温暖化をめぐる国際協議の場で初めて面と向かって協議したアメリカ中国の動きが注目されたが、オバマ大統領も胡主席もCO2削減の意欲は口にしたものの、具体的な目標の提示は全くなされず、EUをがっかりさせた。EUは2020年までに1990年比で20%の削減を提示しており、さらにコペンハーゲンで具体的な国際合意が結ばれれば、目標を30%に引き上げる決定を行ったが、他の主要国から積極的な具体策を聞くことができなかったからだ(ちなみに、この国連会議では、EUを代表するスウェーデンのラインフェルト首相が、鳩山政権率いる日本が掲げている25%削減という目標を高く評価していた)。

次は、9月末にアメリカのピッツバーグで開催されたG20首脳会議。これは、先進国からなるG8に加えて中国・ブラジル・インドなど新興産業国を加えた首脳会議だが、ここでは途上国が温暖化ガスの排出削減を行うために必要な資金を先進国がいかに捻出していくかが協議されるはずだった。しかし、議論の焦点は主に金融危機に対する取り組みに集まり、温暖化問題については深い議論がなされず、よって具体的な合意にも至らなかった。

その次の挫折は10月下旬に開催されたEUの首脳会議だった。ここでは、温暖化対策のための途上国に対する技術・資金提供を巡って、EU各国がどれだけに資金を拠出していくかが議論の一つだった。しかし、この時はEUの基本条約となるリスボン条約の批准を巡る協議にてこずり、温暖化対策のためにEU全体としてどれだけの額を途上国に拠出するかについては具体的な額が明示されずに終わった。EU議長国であるスウェーデンは毎年1000億ユーロに及ぶ資金をEUが途上国における温暖化対策のために拠出することを提案していたが、金融危機の影響が大きい東欧諸国が自国からの資金の拠出に強く反発した。それだけでなく、ドイツとフランスが「EU以外の国々がどれだけの削減目標を提示するのか拝見してから」と言い出したのだ。一方で、イギリスはスウェーデン案を支持してくれた。


そして先週、EUアメリカと首脳会談を持った。正確に言えば、EU議長国であるスウェーデンのラインフェルト首相オバマ大統領の会談だった。アメリカは前政権とは大きく異なり、温暖化対策へための積極的な政策を打ち出そうとはしているものの、国内では医療保険改革を巡って激しい議論が戦わされ、残念ながら温暖化対策に関して国内の意見をまとめる時間的な余裕がないのが現状だ。ラインフェルト首相とオバマ大統領は二日にわたる協議を続けたものの、ここでも具体的な約束をアメリカから引き出すことができなかった。合意に至ったこと言えば、EUとアメリカの間で環境・エネルギー技術の協力を行うための委員会を設けることくらいだった。

コペンハーゲン会議まで残すところあと1ヶ月だが、残念ながら今年の会議(COP15)では拘束力を持った具体的な削減目標を設定するのは無理となりそうだ。ラインフェルト首相もオバマ大統領との会談のあとで「そう認めざるを得ない」と発言している。

国際合意に至るための障害は一見複雑だが、実は単純なCatch-22的状況だ。アメリカをはじめとする先進国は、途上国が削減義務を負わなければ自分たちは積極的な協力はしない、と言っている。一方、途上国は途上国で、先進国がより大きな削減義務を負わなければ、自分たちは国際的な取り決めに参加するつもりはない、と言っている。さらに、彼らは削減ための経済的な負担は先進国が負うべきだとして、資金の提供を先進国に求めている。しかし、先進国側は金融危機で大きな痛手を食らい、途上国に対する資金供与に世論の支持を取り付けるのが難しい状況となっている。

先週末は、スペインのバルセロナで、コペンハーゲン会議に向けた最後の事前協議が行われたが、ここでは熱帯雨林の伐採抑止をめぐってわずからながらの進展が見られた。一方、それと時を同じくしてスコットランドでは、G20の蔵相会議が開かれ、途上国への資金提供を巡って、何らかの合意を達成しようという再度の試みが行われたものの先進国と途上国が対立し、大きな進展はなかった。スウェーデンのボリ蔵相「先進国側は新たな援助額を提示し、その代わりに途上国には拘束力を持つ削減義務を受け入れるように迫ったがうまく行かなかった」と落胆をあらわにしている。

残念ながら、今回のコペンハーゲン会議はタイミングが悪かった。昨秋の金融危機がなければ、国際的な合意形成も少しは円滑に進んだであろう。今回のコペンハーゲン会議は、京都議定書に相当する重要な議定書を締結する場ではなく、むしろ来年、もしくは再来年の議定書作りに向けた準備会合の一つとなりそうだ。

それまでにできることと言えば、経済力と意欲と問題意識のある国や地域が独自の取り組みを進めていくこと。そして、いざ他の国々が本格的な危機意識を持って対策に乗り出すときに、手本となり賞賛されるように努力することだと思う。


ツノガレイ

2009-11-05 09:23:47 | コラム
更新の時間がないため、再び魚の登場です!

今回の魚はrödspättaもしくはrödspottaと呼ばれるカレイ。ヨーテボリを中心にスウェーデン西海岸の沿岸部で一般的に獲れる魚で、赤い斑点があるのが特徴です。ヨーテボリの魚屋ならたいていどこにでもあります。

分類上はカレイ目カレイ科カレイ亜科ツノガレイ属。何だかカレイの仲間の中でもカレイの王道を行く魚のような響きです。確かに、頭の部分が急に細くなっており、「ツノ」という和名がつけられた理由が分からないでもありません。英名はEuropean plaice






醤油・みりん・酒・生姜で煮ると美味しい。

ポルタヴァの戦い (3)

2009-11-01 18:26:35 | スウェーデン・その他の社会
ポルタヴァの戦いから300年経った2009年6月28日、ウクライナの町ポルタヴァでは300周年を記念する式典が開催された。地元の市が計画したこの記念式典にはスウェーデンやロシアから代表が出席し、ロシア兵やウクライナのコサック兵、スウェーデンの兵士の衣装をまとった人々による当時の戦いの再現が小規模ながら行われた。式典の目的はあくまで一つの歴史を振り返りながら、これからの将来に向けて3国が良好な関係を築いていく意思をアピールすることだった。


スウェーデンにとって、この敗戦は遠い過去のことであるため、感傷的に振り返るというような動きは全くない。

一方、ウクライナ人にとっては複雑だ。ポルタヴァの戦いに先駆けてスウェーデンを支援することに決め、ロシアを相手に戦ったコサックの君主マゼーパを祖国の英雄と見る傾向が強いからだ。ウクライナのコサックたちは17世紀半ばにポーランドに対して反乱を起こし独立を勝ち取り、その後、ロシアの影響を排除しようとしてスウェーデンについてロシアのピョートル大帝と戦った。そして、ポルタヴァでの敗戦は、その後1991年にソ連から独立するまでの288年間におよぶ長いロシア支配を意味することになったのである。

1991年のウクライナの独立以降、ウクライナでは民族感情を表立って表現できるようになった。ソ連時代には、スウェーデン国王カール12世を「敵」としか見なせなかった。マゼーパにしても、あくまで「裏切り者」だった。しかし、現在ではカール12世を中世後半から近代にかけてのロシアの拡大に真っ向から挑もうとした最初のヨーロッパ君主だと讃える見方もある。だから、彼らにとっては「ポルタヴァでの敗戦はウクライナにとっては悲劇となった」というわけだ。

他方で、ウクライナ人の3分の1ほどはロシア系もしくは新ロシア派であり、ポルタヴァの戦いにおける「勝利」という側面をむしろ強調したかった。だから、この式典に際して新たに建立されることになったカール12世のブロンズ像には強く反発している。

2004年を振り返ってみれば分かるように、ウクライナでは大統領選挙の時に新ロシア派のヤヌコヴィッチ親EU派のユシチェンコが対立し、「オレンジ革命」と称される激しい政争が繰り広げられた。それに最近も、ロシアからのパイプラインによるガス供給を巡って、ウクライナとロシアは険悪な関係にある。だからこそ、現在の政治的な争いが、300年前という遠い過去に起きた歴史的な出来事の解釈にも影響を与えている。

しかし、考えてみれば、スウェーデンの当時の国王カール12世が意図していたのは、ロシアをいかに倒すかということであり、そのためにウクライナのコサックを利用したに過ぎない。ウクライナ人に自由と独立国家を提供しようなどという意図はこれっぽっちもなかっただろう。マゼーパにしても、ウクライナ人に自由を!いうよりも、自分の権力の維持が専ら念頭にあったのだろう。だから、後世の人々が激しい感情移入による勝手な解釈を加えて、歴史を現在の政争に用いようとするのは滑稽といえば滑稽だ。

300周年記念に際して、親EU派であるウクライナのユシチェンコ大統領は「300年前にウクライナとスウェーデンの間で結ばれていた同盟関係を私は記念したい」と発言していたという。これに対して、スウェーデン政府や外交官は「私たちが記念したいのは、あくまでポルタヴァの戦いという歴史的事実だ」と述べて、ウクライナの民族感情に同調するつもりはないことをはっきりさせていた。