スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

ますます深刻化する賃貸住宅不足の問題 (その3)

2014-07-30 00:02:35 | スウェーデン・その他の社会
前回の続き。

前回2回にわたってスウェーデンの賃貸住宅の事情について詳しく書いてきたが、大学に進学したり、新しい仕事を始めたりするために別の町に引っ越して、すぐにでも住宅が必要な人はどうやってやりくりしているのだろうか?


【 学生向け住宅 】

大学のある街には、学生であることが入居の条件になっている賃貸住宅がある。そのため、通常の賃貸住宅よりは入居しやすい。しかし、学生向け住宅も供給不足のために、待ち時間がどんどん長くなっているのが現状だ。そのため、一般の賃貸と同じように待ち時間の長さによって空き物件が配分されている。入居するのに1年以上も待たなければならないケースも稀ではない。

詳しく話し始めると長くなるが、学生向け住宅と言っても様々だ。部屋は個室(トイレ・シャワー付)だがキッチンやリビングルームは他の学生と共同というコリドー・タイプのものもあれば、一般の賃貸住宅と変わらないアパート・タイプのものもある。コリドー・タイプの学生住宅は人気はあまり高くなく比較的入りやすいと言われるが、それでも今では1年ほど待たないと入れないこともある。

私がスウェーデンで最初に生活を始めた時は交換留学生だったので、住宅に関しては大学が面倒を見てくれ、コリドー・タイプの学生住宅に住むことができた。


個室で最低限必要なものは揃っている。





キッチンとリビングルームは共同なので楽しかった。


一方、ヨーテボリで博士課程に在籍している間はアパート・タイプの学生住宅に住んでいた。ただ、学生しか住んでいない集合住宅群ではなく、ヨーテボリ市の住宅公社が持つ一般の賃貸住宅団地の一部を学生住宅管理会社が借りて、学生に貸している所だったため、隣人は学生以外の一般人が多く、非常に静かで良い環境だった。何よりも、4階建ての最上階にある私のアパートから見渡せるヨーテボリの景色が最高だった。だから、人気も高いところで、1年半の待ち時間を貯めて、やっと入居権を獲得できた。ただし、この物件が空いたのが春学期が始まってしばらく経った頃だったので需要が比較的低かったことも幸いした。学期始めにそのアパートを手に入れようと思ったら、3年以上の待ち時間が必要だっただろう。




景色が綺麗なアパートだった


立地条件の良い学生住宅はこのように競争が激しいため、手に入れるためには4年以上の待ち時間が必要なこともあるという。ただ、そうなってくると、卒業が間近に迫っている学生も多いため、せっかく入居しても間もなくして出なければならないなんて、まるで笑い話の世界である。


【 分譲住宅を買う 】

学生向け住宅とはいえ、入居するのに最低でも1年以上待たなければならないとなると、その間はどうするのか? それから、学生以外の若者はどうやって住む場所を見つけるのか?

賃貸住宅が見つかりそうにもない場合、分譲住宅を買うという手がある。ただし、分譲住宅の購入には住宅ローンを組む必要があるし、購入物件の価格の少なくとも20-25%ほどの貯金も必要となる(物件価格の75%以上を借りた場合、75%を超えた部分のローンには割高の利子率が適用される)。もちろん住宅ローンを組むためには銀行の審査があるから、定職を持たない人や収入の少ない学生は難しい。スウェーデンでは高校を卒業すれば、実家を出て一人暮らしをし、経済的にも親から独立するのが基本だが、住宅難のために親の経済的支援を受けながら、仕方なく分譲住宅を買うケースも近年増えている。

ちなみに、分譲住宅と言っても「買って終わり」ではなく、その集合住宅に組織される居住人組合の会員となり、月々の手数料を払わなければならない。それプラス、住宅ローンに対する月々の利払いや元本の返済があるので、月々のコストは同等の賃貸住宅の少なくとも2倍になる。もちろん、立地、物件価格、ローンの大きさによって異なる。(であるから、賃貸住宅も家賃規制を撤廃して市場価格に移行すれば、賃貸家賃は今の水準の1.5-2倍くらいにはなるだろうと想像できる)


【 賃貸住宅の又貸し 】

経済的に余裕のない若者にとって、より現実的な解決策は、一般のアパートの又貸しを見つけることである。これには、賃貸住宅の又貸し分譲住宅の又貸しの2通りがある。まずは、賃貸住宅の又貸しから。

これまで書いてきたように賃貸住宅の家賃には規制が掛けられ、市場価格よりも相当安く抑えられている。そして、賃貸住宅を求めている人は多く、待ち時間も長い。もし、賃貸住宅の又貸しを全く自由に認めてしまうとどうなるだろうか? 賃貸住宅に住みたがっている人は山ほどいるから、又貸しする際の家賃を高く設定しても、借り手はいるだろう。そして、その差額を自分の懐に入れて、収入にすることができるならば、自分が住むよりも又貸しを続けたほうが得になる。そうすると、賃貸住宅の持ち主はその賃貸契約をずっと保持し続け、手放そうとはしなくなる。その結果、賃貸住宅の回転が遅くなり、住宅不足がさらに深刻となる。その上、そうやって又貸しの家賃が市場価格になってしまえば、家賃の変動から賃貸居住人を守るためにそもそも導入された家賃規制の意味が全く無くなってしまう。又貸しで住んでいる賃貸居住人は又貸し家賃の変動に晒されることになるからだ。

だから、賃貸住宅の又貸しには様々な規制が掛けられている。又貸しは正当な理由があり、住宅管理会社が認めた場合か、住宅会社が認めなくても賃貸紛争裁判所が認めた場合にしかできない。正当な理由とは例えば、別の町や国で働いたり勉強したりするために、賃貸アパートをしばらくの間、空けるといった場合や、ボーイフレンドやガールフレンドができて同棲を始めようと思うけれど、うまくやっていけるのか分からないので、もしも別れて、住む場所が必要になる時のことを考えて賃貸アパートをしばらくの間、保持しておきたいといった場合だ。上記のような理由がなく賃貸アパートを離れる場合は、賃貸契約は解約しなければならないのである。

また、又貸しの家賃にも規制がある。自分が住宅会社に払っている家賃よりも高い家賃を、又貸しで借りて住む人から徴収することは基本的にできない。自分の家具をアパートに残したままで又貸しする場合には、その家具のレンタル料ということで又貸し家賃に上乗せが可能だが、それでも、元の家賃の10~15%ほどの上乗せが限度だ。このような規制があるのは無理もない。もし、そもそもの家賃規制がなければ住宅会社は市場価格に基づく家賃収入を得ることができたのだが、家賃規制のおかげでそれができない。しかし、その利益が何の経済的リスクも背負っていない又貸し人に流れてしまうとしたら本末転倒であろう。

又貸しのルールは以上である。しかし、賃貸住宅の不足が深刻であるため、違法な又貸しも横行している。例えば、賃貸契約の保持者が住宅会社や裁判所の許可なく又貸しするケースである。もし、違法な又貸しが住宅会社にバレた場合はルール違反としてすぐに賃貸契約の取り消しとなるから、又貸しをしている人も又貸しで住んでいる人もヒヤヒヤであろう。住宅会社が連絡を取ってきた時に、又貸しで住んでいることがバレないように、その賃貸アパートの本来の契約人であることを取り繕うとして冷や汗をかいた、などという話は私も複数の友人から耳にしたことがある。

それから、家賃に不当な上乗せをして又貸しをするケースもある。又貸しで借りている人がそのことに気づいた場合、賃貸紛争裁判所に訴えて判断を仰ぎ、返済を求めることができる。


【 分譲住宅の又貸し 】

分譲住宅はその持ち主の個人所有物なので、その又貸しに対して賃貸住宅の又貸しほど厳しい規制はない。しかし、又貸しで住む側にとっては、その物件が分譲住宅であろうが賃貸住宅であろうが、「賃貸」であることに変わりない。家賃の変動から賃貸居住人を守るべきという考え方は、分譲住宅の又貸しにおいても適用されてきたため、分譲住宅の又貸しであっても、又貸し家賃はその住宅と同等の賃貸住宅の家賃に準ずることという規定があった。分譲住宅の又貸しと賃貸住宅の又貸しとの間で家賃の二重価格が生じることも防げた。

しかし、2013年から規定が変わり、分譲住宅の又貸しでは、その住宅の月々の資本コスト(現在の市場取引価格に利子率を掛けた値)に見合った又貸し家賃を取ることができるようになった。この規定変更の目的は理解できなくもない。というのも、既に書いたように分譲住宅は個人の資産であるから市場金利に見合った収益を上げても良いという考えがあるだろうし、それに、分譲住宅の所有者の多くは住宅ローンを抱えているのでその利子コストを補いたいだろう。また、資産の価格変動というリスクも背負っている。(これに対し、賃貸住宅の契約者はそのような経済リスクは何一つ背負っていない)

だから、2013年の規定変更以来、分譲住宅の又貸し家賃は大きく上昇している。また、以前に比べて又貸しすることの経済的メリットが大きくなったので、又貸し市場における供給も大幅に増えているようだ。

ちなみに、分譲住宅に高い家賃を設定して又貸しするケースは、規定変更以前もあっただろうと思われる。住宅不足が長らく深刻であったし、又貸し家賃にも規制があることを知らない人は、大家(分譲住宅の持ち主)が提示する又貸し家賃を甘受、あるいは仕方なしに受け入れてきたのであろう。分譲住宅の又貸しであっても、その条件が法律の規定に反する場合は賃貸紛争裁判所の判断を仰ぐことができる。


【 間借り 】

賃貸住宅や分譲住宅の物件全体を又貸ししてもらう、という方法の他に、そのうちの一部屋だけを間借りさせてもらう、という手もある。もちろん、トイレ、シャワー、キッチンは自由に使えないので、短期的なその場しのぎの手として使うのが一般的だ。


【 賃貸契約の違法購入 】

賃貸住宅や分譲住宅の又貸しでは違法行為も横行していることに触れたが、もっとあからさまな違法行為がある。賃貸契約の売買だ。つまり、賃貸アパートに住む権利を買った上で、月々の賃貸家賃を支払って暮らすということである。賃貸家賃の売買は法律で禁止されている(売った側が最長2年の懲役)。契約権の売買を認めてしまえば、家賃を規制する意味が薄れてしまうからだ。

しかし、賃貸住宅に対する需要超過の状態が続けば、人々は頭を使って、何とかして自らの欲求を満たそうと考える。それが市場の力とも言える。待ち日数なしで今すぐにでも賃貸住宅に住みたい人がいるのに目をつけて、空いた賃貸物件を闇で売る賃貸住宅会社がいるのである。

このシリーズの第一回目で書いたように、かつては賃貸物件に空きができると自治体が管理する賃貸斡旋サービスに通知し、そのサービスを通じて新しい居住人を探さなければならなかったが、それは1993年に撤廃された。だから、住宅会社が空いた物件の新しい住人を自分たちで見つけることも可能だし、賃貸契約そのものに値段を付けなければ全くの合法だ。しかし、お金を払ってでも賃貸住宅に今すぐ住みたい人がいる今、その権利を高値で販売しようとする住宅会社や仲介業者が出てきても不思議なことではない。

闇市場での賃貸契約の取引価格はいくらか? 例えば、二部屋(キッチン付き)で30万クローナ(450万円)という数字を耳にしたことがある。分譲住宅を買うこととは比べ物にならないほど安いが、分譲住宅とは違って、退出時に販売するなどしてお金が戻ってこないことに注意しなければならない。だから、例えば20年住んだ場合、単純計算で1250クローナ + 賃貸家賃が月々のコストになるし、もし、5年だけ住んで引っ越すならば5000クローナ + 賃貸家賃が月々のコストになる。


【 早い者勝ち賃貸物件 】

自治体が管理する賃貸斡旋サービスは、物件獲得に必要な待ち年数が非常に長いことは既に書いたとおりだが、時おり「早い者勝ち物件」が登場する。通常の斡旋プロセスでは、空き物件が出てくるとホームページなどを通じてまず登録者に通知して、関心のある人を募り、その中で最も待ち年数の長い人を数人選んで下見をしてもらい、契約を結ぶという流れなので時間がかかる。住宅会社によっては、ある特定の賃貸物件の新入居者を手っ取り早く見つけてしまいたいこともあるらしく、そのような物件が「早い者勝ち物件」として、自治体の賃貸斡旋サービスのホームページに登場するのである。

この場合、待ち年数には全く関係なく、一番初めに申し込んだ人が物件を獲得できる。ただし、そのような物件がいつ登場するのは不明なので、そのような物件を手に入れたいと思ったら、常に斡旋サービスのホームページにアクセスして、ブラウザの「更新」ボタンを一日中、押し続けなければならない(笑)。

世の中には、意外な所にビジネスチャンスを見出す人がいるが、「早い者勝ち物件」の検索も例外ではない。自治体の賃貸斡旋サービスのサイトに登場する「早い物勝ち物件」をいち早く見つけて、その情報を携帯メッセージ(SMS)を使って即時に知らせてくれる有料サービスが存在するのである。このサービスは、複数の自治体の賃貸斡旋サービスのサイトを自動的に監視するコンピュータ・プログラムを作って運用しているようだが、そんなサービスを提供している業者が今や複数存在する。

※ ※ ※ ※ ※

スウェーデンの若者に話を聞けば、それぞれの苦労話を聞かせてくれるだろう。又貸しや間借りを繰り返しながら数ケ月ごとに引っ越しを繰り返している若者も稀ではない。大学の秋学期は8月の終わりから始まるが、移り住んだ街で住む場所が見つからないために部屋の間借りで急場をしのぐ学生もいるし、間借りならまだ良いほうで、友人のアパートのリビングルームのソファーだけを借りてそこで寝泊まりしたり、あるいは、大学の学生自治会が緊急措置としてスウェーデン陸軍から軍用テントを借りて大学の敷地に張り、新入生に寝床を提供したり・・・。住宅探しにおいては、友達同士のネットワークが非常に有効に機能する。

過去の記事:2009-08-29 大学新入生が急増。ホームレス学生も


私もヨーテボリの学生アパートに入居するまでは、遠距離を電車で通学したり、友人のつてで島の一軒家の離れに住んで、連絡船で通っていたこともあった。



(続く)

ますます深刻化する賃貸住宅不足の問題 (その2)

2014-07-18 17:14:51 | スウェーデン・その他の社会
前回の続き。

【 賃貸住宅の供給不足 】

では、なぜ賃貸住宅の新規建設が増えないのだろうか?

最も大きな理由は、賃貸住宅を建設してもそれに見合う収益が得られず、投資を回収できないからだ。既に書いたように、街の中心に近い魅力的な場所にある賃貸住宅の家賃も、ずっと郊外にある賃貸住宅の家賃もほとんど変わらない。街の中心のほうが土地の値段はもちろん高いから、新規建設コストも高くなる。しかし、家賃規制が存在するためにそれに見合った高い家賃を取ることができない。よって、人々が欲しがっている魅力的な場所に新たに賃貸住宅を建てようとするインセンティブが働かないのである。住宅を新たに建設する側にとって、儲からない賃貸住宅を建てるよりも、市場メカニズムで値段が決まる分譲住宅を建設したほうがはるかに儲けになるのである。


分譲住宅を建設した場合と、賃貸住宅を建設した場合と、どのくらい収益が異なるかを比較するために簡単な計算をしてみたい。広さが35-40平米のワンルーム(キッチン付き)の賃貸住宅の家賃はだいたい月々3500-3800クローナである。年に換算すると42000-45600クローナだ。仮にこの家賃が毎年2%のペースで上昇していくとしよう。利子率を5%とした場合、この賃貸住宅から将来にわたって得られる家賃収入の現在価値を計算してみると147万-160万クローナとなる。

一方、ストックホルムの中心街にある、同じ広さのワンルームの分譲住宅の市場取引価格を見てみると250万-300万クローナだ。

もう一つの例として、3部屋+キッチンのアパート(80平米)で収益の比較をしてみよう。賃貸住宅の場合の家賃は月々6700-7500クローナだ。この賃貸住宅から将来にわたって得られる家賃収入の現在価値は281万-315万クローナとなる。

それに対し、ストックホルムの中心街にある、同じ広さのワンルームの分譲住宅の市場取引価格を見てみると、500-550万クローナだ。

ここに示した分譲住宅の市場価格はあくまで中古物件の取引価格なので、新築であればこれよりもさらに高く売れる。しかも、分譲住宅の場合、その後のメンテナンスは住宅会社ではなく買った住人が負担することなる。それに対し、賃貸住宅の場合はメンテナンス費用も住宅会社が負担しなければならない。だから、これから新たに集合住宅を建てる場合に、分譲住宅と賃貸住宅のどちらが収益性が高いかは一目瞭然であろう。


【 人口と住宅の数の伸びの比較 】

ストックホルムとヨーテボリの人口の伸び住宅数の伸びを比較してみたい。下の図は、1990年における人口および各種住宅の数を1とした上で、その後のそれぞれの変化を示している。ストックホルム地域全体では人口が32%も増えていることが分かる。一方、賃貸住宅の数は18%しか増えていない。また、分譲住宅にしても23%増であり、人口の伸びよりもはるかに遅れを取っている。賃貸だけでなく、住宅そのものが足りていないことが伺える。


広域ストックホルム(通勤圏。ストックホルム市だけではなく近隣の自治体も含む)

(注:住宅の数は1990年時点での数にその後の新規建設分を毎年足しあわせたものである。実際には毎年いくらかの住宅が壊されているため、実際の数はこれよりも少なくなるため、住宅不足はさらに深刻となる。ただ、スウェーデンの住宅の平均的な寿命は日本よりもはるかに長いことに留意する必要がある)

ヨーテボリも見てみよう。人口の伸びが23%であるのに対し、賃貸住宅の数は16%しか増えていない。ここでも賃貸住宅が不足していることが分かる。一方、分譲住宅のほうは過去3年ほどで大きく増え、人口の伸びに追いつきつつあることが分かる。


広域ヨーテボリ(通勤圏。ヨーテボリ市だけではなく近隣の自治体も含む)


このように家賃規制は、賃貸住宅の新規建設にも影響を与えているのである。

(注:住宅不足の深刻度をおおまかに把握するために、人口の伸びと住宅の数の伸びを単純に比較してきたが、これでは実は不十分だ。というのも、もし住宅がもっと簡単に手に入ればストックホルムやヨーテボリ地域に移り住んだであろうけれど、住宅が見つからないために諦めた、という人は統計に全く含まれていないからである。そういう人(潜在的移住者)も含めると住宅不足はもっと深刻になる)


【 高くつく新規物件 】

ちなみに、価格規制(家賃規制)を維持したままでこの供給不足の問題を解決する方法もある。それは、供給曲線を右にシフトさせること、つまり、賃貸住宅をたくさん作ることで供給のほうを需要に追い付かせるということだ。


1960年代から70年代にかけて、スウェーデン政府が大々的に行った「100万プログラム」がそれにあたる。なるべく安い建設費で、100万件にも及ぶ大量の住宅を作ろうという建設プロジェクトである。スウェーデンの郊外の団地に行けば、当時流行りだったという機能主義(ファンクショナリズム)的無味乾燥の醜い(笑)建物がたくさん建っているが、その当時に建てられたものだ。確かに、デザインはいまいちだが、家賃規制という制度が潜在的に孕んでいる需要超過・住宅不足の問題を解決する手段としては有効であったようだ。

現在でも、当時の「100万プログラム」ほどの規模ではないにしろ、新しい住宅地の建設は自治体が中心となって進められている。ただ、街の中心部にはあまり場所がないので、通勤可能な、少し離れた郊外が多い。賃貸住宅の不足が今や社会問題となってため、自治体は住宅公社などを通じて、新規物件の一定割合を賃貸住宅として建てているようである。しかし、最近よく耳にするのは、やはり建設コストが将来的な家賃収益よりも高くなり、割に合わないということだ。

これでは、誰も賃貸住宅を建てようとしなくなる。そのため、現在では一つの妥協策として、新規の賃貸物件に限っては、規制家賃ではなく、建設コストに見合った高めの家賃を設定できるようになっている。

しかし、今度はその家賃が他の賃貸物件と比べてあまりに高すぎることが問題になっている。賃貸住宅を所有する住宅会社の多くは、新しい物件だけでなく、ずっと昔に建てた古い物件も持っているだろうから、すべての物件の家賃を全体的に引き上げることで、新規建設に掛かる投資コストを賄うことが本来はできたはずだ。しかし、これまで何度も書いてきたように家賃規制があるために古い物件の家賃を引き上げることができない。そのため、新たな建設コストをその新規物件の家賃だけを極端に引き上げることで賄わざるを得ない。その結果、古い賃貸物件と新しい賃貸物件の差が大きくなってしまうのである。例えば、最近建設されたワンルームの家賃は6000クローナを超えることもあるほどだ(先述の通り、古い物件なら3500-3800クローナほど)。

このことによって、さらにおかしな現象が発生している。先に言ったように、街の中心部は新規建設のスペースがもはやなく、古い物件が多い。新規の賃貸物件はそれから少し離れた郊外に多い。そして、新規物件は建設コストに見合うように家賃を高めに設定できる。だから、魅力的な街の中心の賃貸よりも郊外の賃貸のほうが家賃が高いという、家賃の逆転現象が起きているのである。



賃貸住宅の新規建設を阻んでいる要因として、もう一つ挙げられるのが、自治体による規制だ。新規建設プロジェクトについてはその自治体に決定の独占権が与えられており、認可のプロセスに時間が掛かり過ぎる、という批判がよく聞かれる。ただ、その一方で、認可のプロセスに時間が掛かる主な理由は、水辺の環境保全や周辺住民の意見を聞くプロセスがあるからであり、行き過ぎた開発を防ぐためには必要だという見方もできる。


では、賃貸に住みたいけれど、賃貸住宅が手に入らない人たちはどうしてやりくりしているのか・・・? 続きは次回に。

ますます深刻化する賃貸住宅不足の問題 (その1)

2014-07-14 20:38:44 | スウェーデン・その他の社会
住宅というのは所得にかかわらず誰もが必要とする基本的な財であるから、誰でも住宅の質に見合った適正な家賃を払うことで、安心した暮らしを送ることができるべきだ。と書くと、確かにもっともだと思える。もし、賃貸住宅の家賃がその住宅に対する需要と供給で決まってしまうと、景気の変動にともなって、あまりに高い家賃が付けられ、所得の低い人は住めなくなってしまうこともあるかもしれない。だからといって、ここで「家賃は需給に関係なく、一定額に設定しましょう」と決めてしまうと、さてどうなるか・・・?

スウェーデンの都市部で年を追うごとに深刻化している賃貸住宅不足の問題の根源は、この経済メカニズムを無視した家賃決定の仕方にある。そして、今では同様の問題が、地方の町でも顕在化している。



【 賃貸住宅の家賃の決まり方 】

スウェーデンでの賃貸住宅の家賃は、需給に関係なく、その住宅に住む人にとっての「利用価値」に基いて決められる。この利用価値には、住宅の部屋の数や大きさ、室内の設備(例、キッチン・調理器具・冷蔵庫など)、共有スペースの設備(エレベーター、洗濯室)などが含まれる。一方、便利な街の中心にあるのか、それともずっと離れた郊外にあるかといった立地条件は加味されない。つまり、住宅の大きさや質が同じであれば、それがスウェーデンのどこにあろうとほとんど同じ家賃が設定されるのである。しかも、この制度は自治体の管轄する公営の住宅会社だけでなく、賃貸物件を持つ民間の住宅会社にも適用される

家賃の決定に際しては、それぞれ全国組織である賃貸居住人組合、住宅業界団体、公営住宅会社連合会がまず中央交渉を行い、家賃のベースを決める。そして、そこで決められたベースを元に、それぞれの住宅会社とその地域の賃貸居住人組合が個別の物件の家賃を決めていく。プロセスとしては、労働市場の賃金水準の決め方とよく似ている。家賃のベースを決めるときに近年まで参考にされてきたのは、自治体が管轄する住宅公社の家賃だ。住宅公社は利潤を追求せず、住宅の資本コストや管理に掛かる人件費をカバーできるだけの家賃を設定するが、それがベースとなり、民間会社の賃貸住宅の家賃もそれにほぼ準じた水準に設定されてきたのである。

この制度が導入されたのは1969年だが、それ以前も家賃規制は存在し、それは第一次世界大戦にまで遡る。スウェーデンは非参戦国だったが、戦争に伴う好景気のために都市部で住宅不足が発生し、賃貸住宅の家賃が急激に上昇したため、その時点で住んでいる人が急に家を追い出されることがないよう保護することが目的で、家賃規制が導入された。第一次世界大戦が終われば住宅不足も解消したため撤廃されたものの、第二次世界大戦で再び住宅不足に陥り、同様の家賃規制が導入。それがその後も維持され続け、1969年から現在の制度に移行した。

制度のそもそもの目的は、住宅の需給変動にともなう家賃の変動から賃貸居住人を保護することだ。

この制度のおかげで、スウェーデンの賃貸住宅の家賃は便利な街中でも驚くほど安い。ストックホルム市の中心部の魅力的な立地にあるワンルーム(キッチン付き、35-40平米)の賃貸住宅が月々3500クローナ(約5万円)前後で借りられる。

いや、正確に言えば、「運が良ければ」借りられるのである。


【 家賃規制がもたらす需要超過 】

大学で経済学を学ぶと、まず最初にミクロ経済学の理論と現実社会への応用をひと通り教えられる。私もミクロ経済学の授業の一部を担当したことがあるが、需要と供給によって本来は価格が決められている財・サービスの価格に対し、市場外の力によって規制を加えた場合にどうなるかを説明する際の具体例として、住宅市場をよく使う。

規制によって均衡価格よりも低い価格を設定した場合、供給に対して需要が上回る需要超過の状態になる。また、消費者余剰と生産者余剰の和も小さくなるので、社会全体にとって非効率が生じる(右図の影の部分)、と教える。


需要超過が発生した場合、もし(入札などによって)一番高い価格(この場合、家賃)を提示した人が賃貸契約を結べるというシステムであれば、需要と供給は自然と調整され、両者が一致する。これが市場メカニズムだ。しかし、価格が規制されていればそのような調整はない。では、限られた数の賃貸物件をどのようにして、借りたい人たちに配分するのか? 一つの方法は「待った時間の長さに応じて」である。

スウェーデンの自治体の多くは、賃貸住宅の斡旋サービスを管理している。1993年まで一つの法律があり、賃貸物件を持つ住宅会社は、自治体公社や民間会社を問わず、空きができるとそれを自治体に伝える義務があり、自治体の斡旋サービスを通じて新しい入居者を見つけるというシステムになっていた。そのような義務は今は撤廃されたが、今でも自治体の住宅公社や大手の民間住宅会社は自治体の賃貸斡旋サービスを利用して入居者を見つけている。

自治体による賃貸斡旋サービスでは、賃貸住宅に住みたい人はまず登録をする。登録をした日から「待ち日数」がカウントされる。空き物件がアナウンスされると、関心を持った人はその意思表明をする。そんな人が複数いれば「待ち日数」の一番長い人にその物件が与えられる

賃貸住宅を求めている人は多い。住宅を探す場合、賃貸以外の選択肢としては分譲住宅だが、分譲住宅は住宅ローンを組む必要があるし、ある程度の貯金も必要となる。それに、分譲住宅の価格は賃貸住宅とは違って市場メカニズムで決まるうえに、月々の手数料もあるから、利子支払いなどを含めた毎月の総コストは、部屋の数や住宅の質がそれと同等の賃貸住宅の家賃に比べたらずっと高くなる。所得の低い人や、定職を持たない若者は住宅ローンを組むのが難しいから、月々の家賃を収めるだけで手軽に住める賃貸住宅を求めている。

さらに、スウェーデンは人口が順調に増え続けており、しかも、都市部や地方の中核都市に人口が集まっている。その結果、賃貸住宅への需要がますます高まっているのである。

例えば、ストックホルム市が管理している賃貸斡旋サービスに現在、登録している人の数は43万人に達している。(このうち50%は既にストックホルム市の住民であり、34%はストックホルム県の別の市に住んでいる人。残りは県外、もしくは不明。この斡旋サービスが扱っているのは主にストックホルム市内にある住宅公社や民間会社の物件だが、周辺自治体の物件の一部も扱っている)

下のグラフは、このストックホルム市の管理する賃貸斡旋サービス登録者総数(水色)とその年の新規登録者数(青色)の推移を表したものだ。見ると分かるように、登録者総数はこの10年で2004年の10万人から4倍以上に膨れ上がっていることが分かる。


現在、登録している43万人の中には、今は分譲住宅などに住んでおり賃貸住宅は必要ないけれど、賃貸のほうが月々のコストが安いから、とりあえず登録しておいて待ち日数を稼ぎ、将来的に賃貸住宅を手に入れたいと目論んでいる人も多い。一方、今すぐにでも賃貸住宅を求めている人は、この43万人のうち8万人ほどいる

登録者数が増えていけば、空き物件に対する競争が激しくなるから、契約を勝ち取るために必要な「待ち日数」の長さもどんどん長くなっていく。下のグラフは、賃貸物件の契約を勝ち取った人の「待ち年数」の分布を2011年、2012年、2013年に分けて示したものだ。


2011年には「4-6年」が一番多かったが、全体的な分布は年を追うごとに右にシフトし、2013年は「6-8年」が一番多くなっている。ただ、これはあくまでストックホルム市の賃貸斡旋サービスが仲介した物件の全体の統計であることに注意してほしい。ストックホルム市内の魅力的な場所にある賃貸住宅に住むために必要な「待ち年数」は15年から20年と言われる。だから、子供が生まれた時に子供の名前で登録しておけば、その子が成人した頃に賃貸アパートが手に入るというような状態だ。

(ただ、自治体の賃貸斡旋サービスにはそれぞれの規定があり、例えば、ストックホルム市の斡旋サービスの場合は18歳以上でなければ登録できない。また、ストックホルム市のサービスでは登録料を1年ごとに徴収されるが、自治体によっては無料で登録できる斡旋サービスもある。さらに、賃貸住宅を獲得した場合に、それまでの「待ち日数」がリセットされる斡旋サービスもある一方で、そのまま「待ち日数」が溜まり続け、数年後に別の賃貸住宅を探したいときにそれを活用できる斡旋サービスもある。ストックホルム市内にある共同組合形式の賃貸住宅会社はストックホルム市の斡旋サービスを利用せず、独自の登録システム(待ち行列)を管理しているが、そこでも「待ち日数」が溜まり続ける。何十年も前から登録している人がたくさんいるので、その組合の持つ賃貸住宅の空き部屋を獲得したいと思えば、30-35年待ちが当たり前というトンデモナイ状態だ。)

こんな状態だから、一つの空き物件が斡旋サービスの登録者に通知されると、その物件に対して2000人や3000人が関心を示すケースも全く珍しくない。もちろん、契約を勝ち取れるのはその中で待ち日数の一番長い人だ。(下見をして1番の人が辞退すれば、2番目の人にチャンスが回ってくる。)

ヨーテボリ市の管理する賃貸斡旋サービスでは、一つの空き物件に対して関心を示す人の数は平均で800-900人という。(ストックホルムの数字は調べてみたが分からなかった)


【 若者に対するしわ寄せ 】

この結果、不利を被っているのは、例えば若者や、別の町からストックホルムに引っ越してきた人だ。特に、仕事や勉学のためにストックホルムに住みたい、もしくは、住まなければならない人は、待ち日数も少ないから、賃貸住宅の契約をすぐに手に入れるのは不可能に近い。「数年間待ってから~♪」なんて余裕もない。

一方、長い間待つ苦労を重ねた上で、ようやく賃貸物件を手に入れた人にとっては、賃貸契約そのものが既得権益となる。街の中心の魅力的な立地条件にある物件が、街のずーっと郊外にある同様の物件と比べて、家賃がほとんど変わらないのである。それに、分譲住宅と比べても月々のコストははるかに安い。だから、手放したくない。その結果、本来なら分譲住宅に住むくらいの経済的余裕のある人が、安い賃貸に住み続けているケースもたくさんある。それに、彼らは入居した時点で何年も待ち続けてきた人なので、中高年も多い。住んでいる賃貸住宅が、ライフライクルの変化にともなって自分の生活に合わなくなり、例えば、本当はもっと大きな(もしくは小さな)アパートに住みたい、と思っても、手放すのが惜しくて住み続ける。そのような人たちが、経済的に余裕のない若者が最も必要としている賃貸住宅にずっと居座り、賃貸住宅市場の流動性を阻害しているのである。

では、そもそもなぜ賃貸住宅の数が増えないのか? それについては次回。

自信を少しは取り戻したラインフェルト首相

2014-07-10 23:11:25 | 2014年選挙
先週、ゴットランド島で開かれた政治ウィークは、興味深いセミナーがたくさんあり、私にとっても非常に良い勉強になった。受け取った情報が多すぎて、それを消化するのに時間が掛かりそうですが。

木曜日、7月3日の夜7時から始まったラインフェルト首相の演説がちょっとだけ印象的だった。

ただ、その話の前に、時をさかのぼること1ヶ月。夏至の頃から始まる長い夏休みが間近にせまる中、公共テレビSVT6月上旬の日曜日夜ラインフェルト首相をスタジオに招き、様々な政策課題にどう取り組むつもりなのか、そして、9月中旬の国政・地方同時選挙に向けてどのようにキャンペーンを展開していくのかを問いただした。

しかし、その時の彼は、あたかも悪いことをした児童担任の先生に呼び出されて叱られ、色々な言い訳をしているような姿で、自信なさそうに、うつむきながらボソボソと小声で喋るだけだったので、見ている私まで何だか哀れな気持ちにさせられてしまった。


浅い答えでは納得せず、厳しく問いただすアナウンサー


今にも泣き出しそう・・・。泣かないで♡

世論調査では、昨年の後半から現政権である中道右派連立の劣勢が続き、左派ブロックとの差がどんどん開きつつあったので、「この人はもう諦めたのか」とも思えてしまった。

しかし、ゴットランド島の政治ウィークでの彼の演説は、それに比べたら随分と自信を取り戻した様子で、自分たちの政策の成果を誇り、返す刀で左派ブロックの批判をしていたから、支持していない私でも少し安心させられた(笑)。きっと、政策秘書か選挙キャンペーンの実行委員長か誰かが、「もっと自信を持った様子をアピールしろよ」とアドバイスしたに違いない。いや、あの哀れな姿をテレビで見た人なら、誰でもそう言いたくだろう。


途中で、フェミニストグループFEMENの4人の活動家がトップレスでラインフェルト首相の演説を妨害しようとしたが、間もなく警察に取り押さえられ、舞台裏へと連れて行かれた。その時、彼がとっさに「表現の自由も人によって色々なやり方があるのですね」とコメント。観衆の笑いを誘うのがうまかった。


(FEMENの目的は、フェミニスト的な主張ではなく、ゴットランド島で進められている石灰岩の採掘をストップさせたい環境運動だった)

政権交代がほぼ確実となった今、社会民主党にとっての敵とは・・・?

2014-07-01 00:29:31 | 2014年選挙
毎年この時期恒例の「政治ウィーク (Almedalsveckan)」が日曜日からゴットランド島でスタートした。政党、労働組合、業界団体、自治体、行政機関、各種NPOなどが一堂に集結し、セミナーを開いたり、政策討論を行ったりする。今年は3000を超えるイベントがこの一週間の間に企画されており(しかもその大部分は日曜日から木曜日までの間)、ゴットランド島はとてつもない活気だ。

(この政治ウィークについては、私の過去の記事を御覧ください。)
2008-07-14: ゴットランド島の「政治ウィーク」


初日の日曜日に、最新の世論調査が発表された。


社会民主党・左党・環境党からなる左派ブロックが、現在の連立与党右派ブロック(極右のスウェーデン民主党は含まない)を相変わらず上回っており、9月半ばの国政選挙では左派ブロックが勝つと見てほぼ間違いないだろう。今回の世論調査では左派ブロックの合計が49.8%と、過半数を若干下回ったが、一方でフェミニスト党が急激な勢いで支持を伸ばしている。彼らは右派政党と組むことは考えられないから、左派ブロックに加えるとすると53.5%となる。この党は今回は議席獲得に最低限必要な4%を下回っているが、ちょうど1ヶ月前の欧州議会選挙の時のように激しいラストスパートを掛けるであろうから、議席獲得の可能性は非常に高い。

他方、右派ブロックのキリスト教民主党4%を下回る可能性が高く、そうなると彼らの得票率は議席配分からすっぽり抜け落ちることになる。そうなると、左派ブロックが議席配分においてさらに有利になる。

だから、9月の国政選挙では社会民主党とおそらく環境党の連立政権が誕生し、左党フェミニスト党が閣外協力という形で政権を支えることになるだろう。首相になるのは現在、社会民主党の党首であるStefan Löfven(ステファン・ロヴェーン)、そして、財務大臣になるのは国税庁の上級職員という経歴を持つMagdalena Andersson(マグダレーナ・アンダーション)だ。

(注:Löfvenを「ロフヴェーン」とする訳をどこかで見かけたが、これはおかしい)


Stefan Löfven(ステファン・ロヴェーン)と Magdalena Andersson(マグダレーナ・アンダーション)


※ ※ ※ ※ ※


左派ブロックの第一党である社会民主党にとって、敵はもはや右派ブロックでも、その中核をなす穏健党でもない。もちろん、9月の選挙までの間、左派ブロックの優勢を維持しなければならないのは当然であるが、今の社会民主党にとっての最大の敵は、他の左派政党と言っても過言ではない。

5月25日の欧州議会選挙では、他のヨーロッパ諸国とは異なり「左の風」がスウェーデンに吹いたわけだが、その風は社会民主党を迂回して、環境党やフェミニスト党に向かい、彼らに対する支持率を大きく押し上げた。

(過去の記事)
2014-05-28: 欧州議会選挙の結果

環境党やフェミニスト党に対する追い風はその後も続いている。フェミニスト党の支持率の推移を見ると、急激な伸びがよく分かる。昨年11月の時点ではわずか0.3%だった支持率が、たった数ヶ月のうちに2.3%にまで伸びている。グラフは今年4月で終わっているが、その翌月の5月の世論調査では3.9%に達したあと、今回6月の調査では3.7%だった。



ただし、これらの党が支持を奪っているのは右派政党からではなく、主に社会民主党からだ。

下の図を見れば分かるように、左派ブロック(フェミニスト党も含む)全体としては50%以上を安定的に推移し、右派ブロックを完全に制してはいるが、社会民主党だけの支持率を見てみると、今年2月に35.1%を記録したあと、ずっと減少している。



社会民主党は大きな政党であり、党内のイデオロギーの違いはかなり大きい。党内では社会民主党の左派と右派が常に力比べをしている。そのため、あまり思い切った政策を党として打ち出すと、党の中から反発が上がることも多く、党執行部はバランスをうまく取りながら党運営を行わざるを得ない。しかし、一部の支持者にとっては、それが非常にじれったくも感じられる。特に、男女平等の政策がまだまだ足りないと感じる人たちの中には、社会民主党を見限って、フェミニスト党に支持を変えている人も多い。(その結果、欧州議会選挙ではフェミニスト党が躍進した)。環境政策についても同じで、左派にシンパシーを感じる若い有権者が、社会民主党ではなく、環境党を支持する傾向が強い。

だから、今の社会民主党にとっての課題とは、いかにしてそういう人たちの支持を党に繋ぎ止めて、これ以上、支持率が低下しないようにすることであろう。しかし、どうやって支持を繋ぎ止めるのか・・・?

フェミニスト党や環境党と張り合って、社会民主党のほうが男女平等と環境政策のそれぞれで2つの党に勝っていると訴えることも一つの方法だろう。しかし、既に触れたように社会民主党は大所帯なので、あまり思い切った政策を打ち出すと、党内に不協和音が生まれるからそれは難しい。

むしろ、フェミニスト党や環境党のように特定の政策分野のみに焦点を置く「偏った」政党と比べて、社会民主党は幅広い政策分野を重視した責任ある党であることを訴えていく方法しか残されていないように思う。昨日も、ゴットランド島で開かれている「政治ウィーク」の一つのイベントで、社会民主党の党首が公開インタビューを受けていた。その中である有権者が「自分は男女平等が非常に重要な政策課題だと思っているけど、フェミニスト党という政党が存在する今、わざわざ社会民主党を支持して票を投じる理由なんてあるの?」と社会民主党党首に迫っていた。彼はまさに「自分たちの党は、様々な政策分野においてバランスの取れた、現実的な政策を実行しようとする、責任感のある政党だ」と答えていた。

果たして、より大きな変化を望む支持者を、そのような方法によって社会民主党に引き留めることができるのか? 私は非常に難しいと思う。おそらく、左派ブロック全体では選挙に勝つだろうが、左派ブロックの中では票が割れ、それでも第一党になるであろう社会民主党はきわどい政権運営を余儀なくされることになるだろう。