スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

鉄道版LCCによるスウェーデンの特急路線の価格・サービス競争

2015-05-19 23:36:06 | スウェーデン・その他の経済
スウェーデンの鉄道では1990年代以降、徐々に自由化が進められてきたが、その鉄道自由化も今年の3月から新たな段階に突入した。

スウェーデン国鉄SJがこれまで独占を維持してきたストックホルム-ヨーテボリ間の特急列車部門に、香港の鉄道会社であるMTRが参入し、3月21日から特急列車の運行を開始したのである。

ヨーテボリは西海岸にあるスウェーデン第二の街。そのため、ストックホルム-ヨーテボリ間の幹線鉄道は高収益路線であり、国鉄SJの重要な収入源である。そこにクリームスキミング(美味しいところだけを取っていく競争行為)をする手強い競争相手が登場し、旅客の獲得競争が始まったのである。MTRは香港地下鉄の運行会社としてスタートしたものの、近年は国外にも積極的に進出し、2009年からはストックホルム地下鉄の運行事業に参入しているし、ロンドンやメルボルンの近郊列車の運行なども担当している。


MTRの購入した新型車両(出典:MTR)

MTR Expressという名称で参入してきたMTRのウリは、購入したばかりの新型車両と、エルゴノミクスを考慮した乗り心地の良い座席。そして、サービスと価格だ。国鉄SJの特急列車SJ 2000(X 2000)に比べ、切符の価格は最大で6割も安いと宣伝している。しかも、24時間以内なら払い戻しも可能。また、新型車両は車体がアルミ製で軽く、エンジンも高性能であるため、省エネによる低コストが期待できるという。(さらに、一等車と二等車を分けて車内の内装や座席の配置を変えるような事はせず、席はみな同じスタンダードである。すべての乗客に最高の快適さを提供し、「階級のない」列車の旅を満喫していただきたい、とMTRは説明している。)

一方、所要時間で国鉄SJと競争するつもりはないらしい。国鉄のSJ 2000が3時間前後でストックホルムとヨーテボリを結ぶのに対し、MTR Expressは一番早くても3時間19分かかる。その主な理由は、MTRの購入する列車にはSJ 2000のような振り子機能が備わっていないため、カーブであまりスピードが出せないからである。

その新型車両についてだが、MTRはスイスのStadler社からStadler Flirt Nordicというモデル(5両編成)を6編成、約100億円をかけて購入した。これは、従来のStadler Flirtというモデルを北欧の気候に合わせて改良したものだ。興味深いことに、発注から最初の車両の納入までの期間がわずか1年と非常に短い。通常は3年以上かかる納期をここまで短縮できた秘密は、ノルウェー国鉄の発注への便乗である。ノルウェー国鉄は、所有する既存の列車を全面的に刷新するために数年前からStadler社と交渉を行い、ノルウェーの気候にあった車両を81編成、購入することを決めていた。そして、技術の改良やノルウェーでの走行試験も済んでいた。それを知ったMTRは、それなら一緒に便乗して同じモデルを6編成作ってもらおう、ということにしたのである。すでにノルウェー向けの生産は始まっていたから、さらに6編成を生産することは難しいことではない。その結果、納期を1年に短縮できたのであった。

MTRは購入した列車を使ってスウェーデン国内での試験走行を繰り返し、3月21日に晴れて営業開始に踏み切ったわけであるが、当面は平日4往復、週末は1日2往復、合わせて週24往復という頻度で運行する。そして、夏休みを終えた8月以降は、平日8往復、週末に1日4往復と便を倍増する予定らしい。


たまたま自宅前で1月15日に撮影。5両×2編成連結で試験走行を行っていた。

MTRが3月に営業運行を開始してから私はストックホルムとヨーテボリを何度か往復したけれど、まだMTRの新型車両には乗っていない。MTRは確かに値段が安い。片道185クローナから切符が売られている。これに対し、国鉄SJは一番安い時でも350クローナはかかる。しかし、国鉄SJのほうが今のところ私にとって使い勝手が良い点は、1時間に1本という運行本数の多さである。また、MTRとの競争に応えるべく、国鉄SJもサービスを少し向上させている。例えば、黒のメンバーズカード(ゴールデンカードのようなもの)を持っている乗車頻度の高い客には、通常は変更の効かない切符でも同じ日の列車であれば無料で予約変更をさせてくれる。これは非常に嬉しいサービスだ。


ここ数ヶ月、よく見かける国鉄SJの新聞広告。「ストックホルム-ヨーテボリ間の発着回数が全宇宙で一番多い」のはSJだ、と宣伝している。

また、MTRが新型車両を引っ提げて参入してきたのに対抗して、国鉄SJも1990年から使ってきた現行のSJ 2000(X 2000)を全面的にリノベーションして、順次投入していくことも発表している。つまり、車体や台車は同じものを使いながら、動力・制御システムや内装などを刷新するということである。当初は、SJも新型車両を購入するのではないかと見られていたが、現行車両のリノベーションだと新らしい車両の購入よりも半分ほどのコストですむために、その選択肢が選ばれた。すでに何編成かはリノベーションが行われるスイスのABBの工場に送られている(X 2000はABBの前身であるASEAというスウェーデンの重工業メーカーの鉄道製造部門で作られた)。

したがって、順次進められていく国鉄SJのこの車両改良によって乗り心地がどこまで良くなるのか、そして、MTRが8月以降に運行本数を大幅に増やすことによって利便性がどこまで高くなるのか、さらに、サービスや価格の面での競争がどこまで進むのか、など、国鉄SJと新規参入者MTRとの今後の展開に注目が集まっている。

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スウェーデンの鉄道はもともと国の事業体が管理や運営を行ってきたが、1988年鉄道運行部門(上)と線路などのインフラ管理部門(下)とに上下分離され、鉄道自由化がスタートした。分割された「上部」の鉄道運行は、その後はSJが国営企業として事業を行ってきたが、2001年からは利益追求を目的とする株式会社に改組された(ただし、国が100%の株式を所有。その意味ではSJはいまでも国鉄。ちなみに何度も言うようだが、SJのSはスウェーデンのSではない!)。一方、SJ以外の事業者にも鉄道運行が許されるようになり、1990年からは地方のローカル路線の運行に関して民間会社や自治体公社を交えた入札が行われるようになり、2000年代に入ってからは長距離夜行列車の運行を巡っても、SJと新規参入企業が入札によって争うようになった。

ただ、ここまでの鉄道自由化においては、ある特定の区間の列車運行をどの企業が担当するかを入札にかけて決める、という形での「競争」であった。しかし、次のステップとして、一つの区間において複数の企業に列車を走らせて価格やサービスの質の面で競争させる、という形での競争が認められるようになった。その結果、数年前からはストックホルム-ヨーテボリ間やストックホルム-マルメ間の幹線において、国鉄SJだけでなく、民間企業もが同じ区間で列車を運航するようになったのである。ただし、これまではIntercityと呼ばれる都市間各駅停車の列車のみだった(各駅とは言っても、駅間の距離はかなり長い)。

そして、ついに今年の3月21日からはストックホルム-ヨーテボリ間の特急列車部門においてもSJとそれ以外の企業との競争が始まったのである。

このように、鉄道自由化によって国鉄SJとそれ以外の企業との競争が進んでいったわけであるが、これはあくまで「上部」つまり、鉄道運行の部分での競争にすぎない。「下部」つまり、鉄道や信号、切り替えなどのインフラ部門の事業においては競争は望めないから、いまだに独占である。その独占を担ってきたのは、1988年に鉄道の上下分離が行われた際に、鉄道インフラだけの管理を目的として設立された鉄道庁という行政庁である(数年前に道路インフラなどの管理を行う道路庁と統合され、交通庁に改組)。しかし、この「下部」の部分がきちんと機能しない限り、「上部」でいくら競争させても、人々がその競争の恩恵を享受するのは難しい

現に、スウェーデンで今問題なのは、鉄道インフラを担当する交通庁そのメンテナンスをずさんに行っており、鉄道や架線、信号システム、そして切替ポイントなどがずたずたであることだ。ストックホルムに住んでいると、特に中央駅から南にかけての区間で頻繁に信号不良や切替不良、架線切断などのトラブルが発生し、国鉄SJだけでなく同じ線路を共用している地域交通SLの近郊列車などが一斉に立ち往生することが毎週(ときには毎日)のように発生している。統計を見てみても、鉄道の遅れの半分以上はインフラのトラブルによることが分かる。

では、交通庁による鉄道インフラ管理がなぜ杜撰なのか、については、一時は国(産業省)から配分される予算が不足しているから、という見方もあったが、最近は交通庁がメンテナンスの実施を外部委託する際の公共調達のあり方や、その競争のあり方などが原因とする見方も強くなっている(先述の通り、「下部」である鉄道インフラ部門は交通庁による独占であるものの、実際のメンテナンス業務については交通庁は入札を通じた公共調達によって競争をさせている)。

スウェーデンの鉄道はここ数年、特にトラブルが増加しているが、果たしてその原因が交通庁のマネージメント能力の問題にあるのか、上下分離を基本とした自由化そのものにあるのか、それとも、自由化そのものは良いとしても新たな制度のもとでの各エージェント間の価格設定(線路の通行料や遅延時の罰金など)やインセンティブ構造に問題があるのか、大変興味深いテーマである。

スウェーデンの路上で見かける物乞いの人々について

2015-05-08 09:52:06 | スウェーデン・その他の社会
中東や北アフリカの国々からヨーロッパへ渡航する難民の数が増え続けていることが、ヨーロッパをはじめ世界の国々の大きな課題となっている。中東からは特に内戦の続くシリアからの難民がここ数年、大きく増えている。

スウェーデンはシリアからの戦争難民を積極的に受け入れており、受け入れ数を見るとドイツには及ばないものの、ドイツよりも遥かに人口の少ない国であるため、人口比で見た場合にはヨーロッパの中で一番多くのシリア難民をスウェーデンは受け入れている。そのため、スウェーデンの難民受け入れ政策に対して、世界各国で大きな関心が持たれている。シリア難民の積極的な受け入れの是非についてはスウェーデン国内でもいろいろと議論されてきたし、昨年9月の総選挙のキャンペーンでも何度も話題にのぼった。

一方、私が先日、日本に滞在した時に日本人の学生の方からこんな声も耳にしたが、これは大きな誤解である。

「この間、ストックホルムを訪ねたが、街頭には物乞いが溢れていた。スウェーデンの難民政策はどうなのか、と疑問を持った」

「ホストファミリーと話をしたら、日々路上で物乞いをするだけで働こうとしない人々はおかしいと思う、と話してくれた。難民受け入れ政策に対する反発がスウェーデン国内でも高まっていると感じた」


これらの声を聞いて、「あぁ、やっぱり誤解されているんだな」と感じた。

普段、「移民政策」として一緒くたにされがちなので、誤解される方がいらっしゃるのは無理もないことである。しかし、物乞いの問題EU政治の一つの結果であるので、スウェーデンの難民受け入れ政策とは分けて考える必要がある

スウェーデンが第二次世界大戦前後から現在にかけて紛争地域からの難民を寛大に受け入れてきたことは事実だが、そのことと現在、スウェーデンの街々の路上で物乞いの人々が目立っていることとは直接的な関係がない。したがって、街頭で目にする風景やそれに対するスウェーデン人の感想を根拠に、難民受け入れ政策について論じるのはナンセンスである。

(このようにおっしゃっておられた学生の方を批判するのがこの記事の目的ではありません。同じような誤解をしている方は他にもたくさんおられると思います。その誤解を解くことが目的です。念のため。)




【 路上の物乞いは誰か? 】

近年、ストックホルムやヨーテボリのような都市部だけでなく地方の街でも、路上の物乞いをよく目にするようになった。しかし彼らは、難民としてスウェーデンに受け入れられた人々や難民申請中の人々ではない。そのほとんどが、ルーマニア出身のロマの人々である(ブルガリア出身のロマ人も一部含まれる)。
Wikipediaより:ロマ人の説明

彼らは本国ルーマニアの社会で何世代にも渡って差別を受けており、非常に惨めな生活を送っている。問題は構造的で、ルーマニア社会からすれば「彼らは能力がなく怠け者」と差別し、教育や雇用の機会を彼らから奪っている。だから、ロマの人々は少しでも現金を得るために、路上で物乞いをしたり、ゴミをあさって少しでも生活の足しにしようと努力する。それを見たルーマニアの他の人々は「やっぱり、彼らは怠け者で働かない」と差別の拡大再生産を続けていく。

そんな彼らに大きな転機が訪れたのは、2007年のルーマニア(およびブルガリア)のEU加盟である。EU域内の労働力移動の自由という原則のもと、ルーマニアと他のEU加盟国との間を自由に行き来することが可能になったのである。教育に乏しく、勤労経験を欠いた彼らが他国に行っても、雇用にありつけるわけではない。しかし、同じ物乞いをするにしても、国全体の平均的な所得が低いうえに、ロマの人々を常に差別しているルーマニアで物乞いするより、所得水準がより高く、差別の少ない国へ行って物乞いをしたほうが、手にできる現金も多くなる。そんな期待から、EUの他の国々へ物乞いによる出稼ぎに行く人が増えていった。

スウェーデンの路上では、確か2012年頃からよく見かけるようになったと思う。5年のタイムラグは何だろうか? おそらく、2007年にルーマニアがEUに加盟した直後は、他のEUの国々の情報が少なかったため、出稼ぎに行こうと思う人は少なく、すぐには増えなかったのだろう。もしくは、ルーマニアに近い国々に最初は出て行ったのだろう。しかし、時間とともに、出稼ぎをした経験者が少しずつ増えていくと、その経験談をもとに自分も出稼ぎに出ようと考える人が増えていき、そして、5年ほど経って北欧にもその波が到達したと考えられる。また、他のEU加盟国では、物乞いをする行為や(以下で触れるように)3ヶ月以上の滞在者に対する取り締まりを強化する国も増えているため、現状では取り締まりがあまりないスウェーデンへ来る人が近年になって増えているのであろう。

だから、スウェーデンの路上に物乞いの人々が増えているのは、スウェーデンの難民受け入れ政策ではなく、EUの東方拡大の結果なのである。物乞いに対しては、スウェーデンでも、もうウンザリだと感じている人も少なからずいるし、他方では、彼らが置かれた状況を少しでも改善すべく、支援に取り組んでいる教会団体やNPOがある。

ルーマニアが既にEUに加盟している以上、ルーマニア人のEU域内移動だけを禁止することはできない。そもそも、加盟交渉の段階でこの国が抱える構造的な差別問題について、その解決に向けた道筋をしっかり付けた上で加盟を認めるべきだった。まさか現在のような状況になろうとは、当時、予測できていたのであろうか?


【 物乞いをするロマの人々の実態 】

ちなみに、EUに加盟しているからといって、他の加盟国に無制限に滞在できるわけではない。3ヶ月の間は無条件で滞在することが認められている。しかし、その後は「経済的にアクティブ(economically active)である」場合にのみ、滞在の権利が認められる。

では「経済的にアクティブである」とは、
・企業を経営している。
・被雇用者として働いている。
・求職活動を続けている
(スウェーデンで雇用を得ることが実際に可能だと判断される場合に限る)。
以上の条件の一つを満たしていることである。この場合、3ヶ月以降も滞在が許されるし、生活保護の受給も可能である。また、自営業や被雇用者の場合は社会保険料を通じた各種の社会保険給付や、各種社会サービスを受けることができる。

また、経済的にアクティブではなくとも、学生や年金生活者の場合には、自活に必要なお金があり、本国で医療保険にきちんと加入していれば、3ヶ月以降も滞在が可能である。

そして、それ以外のケースでは3ヶ月を過ぎたら国外へ退去しなければならない。だから、3ヶ月ごとにEU加盟国を転々とする物乞いの人びともいる。ただ、シェンゲン協定加盟国の場合、入国時のパスポート・コントロールはなく、そのためいつ入国したかは分からないから、実際のところ警察が滞在期間を取り締まるのは難しく、3ヶ月以上の滞在者もいる。(それでも、国内の外国人登録などによって取り締まりを強化しようとしている国もある)

(余談だが、スペインなど南欧の国々で物乞いをした後に、スウェーデンへ来たルーマニア系ロマ人のインタビューを新聞で読んだことがあるが、「スウェーデンは街ゆく人々が比較的親切だ」と答えていた。これは分からなくもない気がする。それに南欧に比べたら、経済状況も良いから人に物を恵もうとする気持ちもより起きやすいだろう。)

スウェーデンの極右政党の支持者の中には「彼らはスウェーデンの福祉制度の恩恵にあずかろうとしてスウェーデンにやって来て、我々の税金を奪っていく」などと煽った発言をする者がいるが、この大部分は間違いである。彼らのような3ヶ月以内の滞在者には、生活保護や各種の社会保険給付などの適用外である(法に反して3ヶ月以上滞在していても同じ)。また、各自治体にはホームレスの人々を救済するための仮宿などの施設を持っているが、彼らは対象外である。ただ、緊急の場合はこの限りではない。急病人には医療処置を施すし、外気温があまりに下がれば、自治体も見かねて施設を開放して彼らを受け入れる(ただ、ストックホルム市の場合、その条件が零下7度なので、それはあまりに厳しすぎるのではないか、などの議論を耳にしたことがある)。また、ルーマニアに戻ろうにもお金がなく戻れない人々のために、自治体がルーマニアまでのバスのチケットを買い与えることもある。ただ、これらの支援は、県や自治体の予算全体からすれば僅かなものにすぎない。(一方、教会団体やNPOなどで彼らの支援を行っているところはいくつかある)

また、スウェーデンでたまに聞かれる話として、「彼らはマフィアなどの犯罪組織が集団でスウェーデンに送り込んでおり、彼らが物乞いで集めたお金はその犯罪組織の収入源になっている」というものがあるが、この説の大部分は正しくない。マフィアが収入を得るために彼らをスウェーデンに連れてきて、物乞いに仕立てて、街頭に座らせているわけではない。彼らは収入を得るために、家族を本国に残して自主的にやって来ている。この場合、親族ぐるみ・村ぐるみで協力しあって、本国に残した子どもの世話をしたり、自分の物乞いの経験談を共有しあったりするケースが多いようだ。そういう意味では「組織的」とは言えるかもしれない。一方、既にスウェーデンにやって来ているロマ人たちに目をつけて、ルーマニアのマフィアが脅迫や暴力などで彼らから「場所料」を徴収しているケースはあるようだ。これは、ヨーテボリなどで何度か報道されたことがある。つまり、人通りの多い場所は、場所の取り合いになる。たくさんの人が一度に物乞いをしても良い収入は期待できない。そこで、マフィアがそれを取り仕切って、人通りの量に応じた「場所料」を強制的に徴収しているということだ。

<追記: マフィアが立場の弱い人や身障者を人身売買を通じて買って、乞食に仕立てて、彼らの収入を横取りしているケースも若干はあると報告されている。ただ、物乞いの大部分がそのようなケースだというわけではないようだ。>

さらに、物乞いをしている彼らが携帯電話を持っていることもあることが指摘されている。これは私も目にしたことがある。そして、そのために「物乞いは見せかけで、彼らは本当はそんなに貧しくはないはず」という疑う人もいるようだが、彼らの支援をおこなっているNPOや彼らと接点のある行政担当者の話によると、物乞いをするロマの人たちにとって携帯電話はお互いに連絡をとりあったり、本国に残した家族と連絡をとったりするために、半ば欠かせないものになっており、食料や他の必需品の経費を切り詰めてでも、毎月の少ない収入(せいぜい2000クローナほどと言われる)を使って携帯電話を購入する人も珍しくないとのことである。


【 難民としてスウェーデンに来た人は物乞いやホームレスにはならないのか? 】

これまで、路上で目立つようになった物乞いの人々スウェーデンの難民受け入れ政策とは関係ない、ということを何度も強調してきたが、では、スウェーデンに難民として受け入れられた人は、もしくは難民としての庇護を申請中の人は物乞いをしていないのだろうか?

その可能性はかなり低い、というのが答えだ。難民申請中の人や難民として認定された人には国が一時的な住居を提供するし、日々の生活を支えるために経済的支援を行う義務が国や自治体にある。もちろん、その水準はそれほど高いものではないし、急増している難民申請者の数に住居の供給が追いつかず、限られた住居に何人もが住まわされていたり、住居の質が低いことなどが問題になっていることは確かだが、それでも最低限の生活保障は与えられているし、ホームレスとなったり物乞いをせざるを得ないというケースは聞かない。

(難民支援をもっぱら民間団体ばかりに頼っている日本では、この点が誤解されているかもしれない、というコメントを先日、友人から頂いた。)

そもそも、スウェーデンの難民受け入れの歴史は長いのに対し、物乞いがスウェーデンの路上で顕著となったのはごく近年のことである。それ以前のホームレスといえば、スウェーデン人で(薬物使用など)何らかの理由で自治体による支援を拒んだ人がほとんどだったし、物乞いといえばバルト三国などから一時的に来ている人がちらほら見られた程度だった。


いずれにしろ、路上で物乞いをする人がますます増えており、それをどのように問題解決するかは大きな課題であり、「路上での物乞い行為を禁止すべきか」といった議論も続いている。また、ロマの人々が、他国に行ってでも物乞いをしようとする背景には、本国ルーマニアの悲惨な差別社会があり、その解決を図ることが根本的には必要である。ただ、スウェーデン政府も在ストックホルムのルーマニア大使やルーマニア本国の社会担当大臣などを呼んで、協議を持ったりしてきたが、話し合いはこれまで平行線をたどっている。