スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

スウェーデンの新紙幣のデザインが発表される

2015-02-17 14:19:16 | スウェーデン・その他の経済
スウェーデン中央銀行は、今年から来年にかけて導入される新紙幣・新硬貨のデザインを発表した。

現行の紙幣は30年ほど前に導入されたらしいが、今回の新紙幣のデザインは「文化人」がテーマで、作家や映画監督、俳優、歌手、国連職員など、世界的に知られる人物がモチーフに選ばれた(人選は既に数年前に発表されていた)。また、それぞれの人物に関連のある地方の風景がバックグラウンドに用いられ、スウェーデンの多様な風土を反映する配慮もなされている。(とは言っても、ストックホルム以北は「ノルランド」だけだが・・・)

出典:スウェーデン中央銀行のHP

【 20クローナ紙幣 】
童話作家 アストリード・リンドグレーン(Astrid Lindgren)。現行紙幣と同じ紫色。
スモーランド地方特有の岩のゴツゴツした田園風景や森林

【 50クローナ紙幣 】
スウェーデン西海岸・ヨーテボリを代表する歌手・作家 エーヴェット・トーベ(Evert Taube)。現行の黄色より少しオレンジ掛かっている。
ボーフース地方の群島や灯台、線刻画群

【 100クローナ紙幣 】
女優 グレータ・ガルボ(Greta Garbo)。
ストックホルムの市庁舎、王宮、ガムラスタン

【 200クローナ紙幣 】
映画監督 イングマール・ベリマン(ベルイマン)(Ingmar Bergman)
ゴットランド島・フォーロー島の海岸や自然石柱

【 500クローナ紙幣 】
オペラ歌手 ビルギット・ニルソン(Birgit Nilsson)
スコーネ地方のオーレスンド海峡大橋

【 1000クローナ紙幣 】
第二代国連事務総長 ダーグ・ハマーショルド(Dag Hammarskjöld)
ノルランド地方の山岳地帯


現行紙幣は、20クローナ、50クローナ、100クローナ、500クローナ、1000クローナなので、200クローナ紙幣が新たに登場することになる。また、硬貨も現行の1クローナ、5クローナ、10クローナに加えて、2クローナ硬貨が登場する(正確には再登場)。

日本では2000円紙幣を流通させようとして大失敗に終わったが、スウェーデンでは既に20クローナ紙幣が日常的に使われているので、200クローナ紙幣や2クローナ硬貨の浸透は、おそらく問題ないだろう。

一方で私が理解できないのは、硬貨のレパートリーをもっと増やさなかったこと。20クローナ(約300円に相当)や50クローナ(約750円に相当)は硬貨でも良いと思うのだけど・・・。

ただ、いずれにしろ現金の使用はますます減っているから紙幣や硬貨の必要性は少なくなっている。市中に流通する紙幣の総額は、2009年から2014年の間に1000億クローナから750億クローナへと25%減少したという。一方、紙幣の枚数で見てみると、減少は3億5400万枚から3億2500万枚で、減少率は8%に留まる。つまり、紙幣の利用は主に500クローナや1000クローナなどの高額紙幣で大きく減っていることがこのことから分かる。実際のところ、1000クローナ紙幣の流通量は、2014年のわずか一年で3分の1も減ったという。

私も自分の銀行口座の利用明細を見てみたところ、2014年にATMで引き出した現金の合計はたったの700クローナ(約1万円)だった。1年の間にである。クレジットカードやデビットカードでほとんどの買い物が済ませられる。500クローナ紙幣や1000クローナ紙幣を使う必要は全くない。だから、せっかくハマーショルド元国連事務総長が紙幣に登場してくれたけれど、出会う機会は残念ながら無いだろう。イングマール・ベリマンも使わないだろうな・・・。

ちなみに、今でも1000クローナの高額紙幣が使われる機会というのは、主にマネーロンダリング(資金洗浄。犯罪者が不正に得た収益を市中で使うために、その出処をばれなくする行為)や、銀行や国税庁に捕捉されたくない怪しい商取引だという。だから、せっかくならハマーショルドに警察官か何かの制服を着せた上で、「マネーロンダリングは違法です!!」みたいな警告文字を紙幣に加えて欲しかった(笑)。煙草のパッケージの警告のように。

これらの新紙幣は、今年秋から流通が順次、開始される。
まず、今年2015年10月20、50、200、1000クローナの紙幣が、そして、来年2016年10月100、500クローナの紙幣と新硬貨(1、2、5クローナ)が導入される(10クローナ硬貨は現行のまま)。予定では、2017年6月末までに旧紙幣の回収が終了することになっている。

新たに導入される偽造対策などについては、スウェーデン中央銀行のHPを参照のこと。

Lars Vilks(ラーシュ・ヴィルクス)を狙ったデンマークでの銃撃事件

2015-02-16 00:09:39 | スウェーデン・その他の社会
週末の土曜日、デンマークの首都コペンハーゲンで起きた銃撃事件で標的となった一人は、スウェーデン人の芸術家Lars Vilks(ラーシュ・ヴィルクス)だった。彼については、このブログの3つ前の記事でたまたま触れたばかりだった。

2015-01-14:風刺画雑誌『Charlie Hebdo』に対する襲撃事件


私は、彼の「風刺」には全く共感しない。「言論の自由」を盾にしながらイスラムに対する蔑視表現を「芸術」と呼び、「言論の自由」の限界を試すという名目でイスラム教徒をネチネチと攻撃することに、何の意義も見いだせない。しかし、テロや暴力はそれ以上に絶対に許してはならない

彼にも私にも表現の自由がある。誰にも禁止はできない。しかし、そこで表現されるものに、好きだ、とか、嫌い、と言うことはできるし、表現の中身や、その背景にあるモラルに対して批判することも可能だ。「言論の自由」に反対することと、言論の中身に反対することを混同してはならないと思う。

「風刺」には「風刺」で対抗、というのも一つの手かもしれない。彼が視野狭窄に陥りながら、真顔でイスラム教をネチネチと差別し、冒涜しているサマを皮肉って描き、「ちょっと冷静になって自分の姿を鏡で見てみろよ」というメッセージを含意した風刺である。

2007-09-07:ムハンマド論争、今度はスウェーデンで・・・(1)
2007-09-09:ムハンマド論争、今度はスウェーデンで・・・(2)
2007-09-17:風刺画の作者殺害に懸賞金

スウェーデン中央銀行、政策金利をマイナス0.10%に。

2015-02-13 03:07:23 | スウェーデン・その他の経済
2013年以降、インフレ率が0%前後で低迷を続けていることを懸念したスウェーデン中央銀行は、2014年10月27日に自国の政策金利であるレポ金利(オーバーナイト金利)を0%に引き下げた。

【その時のブログ記事】2014-11-09:スウェーデンのインフレ率はなぜ上昇しなくなったか?

ただ、インフレ率はその後も低空飛行を続け、さらなる金融緩和策が議論されてきた。そして昨日(2月12日)、新たな決定が発表された。その要点は、次の3つだ。
・政策金利(オーバーナイト金利)をさらに引き下げマイナス0.10%とする。
・100億クローナ規模の国債買いオペによる量的緩和を実施する。
・今後の政策金利の予測を下方修正する。


スウェーデン中央銀行の政策金利(レポ金利)の推移

これらの金融緩和策は、昨年から議論されてきたことである。ただ、昨日の中央銀行理事会の決定が下される直前の市場関係者の間では、マイナス金利も国債買いオペもまだ少し先ではないかという見方が一般的だった

また、国債買いオペについては、スウェーデンの市場長期金利はすでに低水準なので実施したところで効果は僅かなものだろうし、そもそもスウェーデンの財政は財政均衡ルールのおかげもあり、近年はほぼ均衡しているので、市場に出回っている長期国債も品薄であり、実施する余地があまりないのではないかという声も耳にした。

だから、今回の理事会の決定ではせいぜい政策金利予測の下方修正が行われるくらいだろう、という見方が強かったのである。

しかし、スウェーデン中銀の理事会はその予測を見事に裏切りマイナス金利国債買い取りも一気に決定してしまった。ちなみに、もう一つ別の緩和策としては、為替市場への介入によるクローナ安への誘導も巷では話題に上がっていたが、これは今回は見送られた。スウェーデンは近年、大きな貿易黒字を記録しており、ここでさらにクローナ安への誘導を中銀が実施したりすれば、他国からの反発が懸念されていた。

金融政策を実施する際の一つの基本として、その政策が金融市場に実質的な効果を持つためには「市場を驚かせる」ことが必要である。つまり、市場の期待を上回ることをしないと効果がない、ということである。今回の中銀の決定はそのマニュアル通りの決定だといえるだろう。(たしかリーマンショック直後も、市場では0.5%か1.0%ポイント程度の利下げが行われると見られていたのに、その期待を見事に裏切り、1.75%ポイントの利下げが実施されたことがあった。)


【 あまり例のないマイナス金利 】

経済学では「金利はマイナスにはならない」と習った。不況時の金融政策として、中央銀行は政策金利を引き下げることで景気に刺激を与えようとする。しかし、政策金利を0%近くまで下げても景気が回復しなかったり、デフレが続く場合は、打つ手がなくなってしまう。むしろ「流動性の罠」の問題が発生が懸念される。だから、日本やEUなど、景気とインフレ率の低迷に悩まされる国々では、次なる手として量的緩和が実施されてきた

一方、政策金利をマイナスに設定するのはあまり例がない。デンマークスイスなどが実施したことがあるが、その目的は今回のスウェーデンのようにインフレ率を高めるためではなく、為替レートの抑制だった。デンマークはユーロ加盟国でないものの、自国通貨をユーロにペッグし、一種の固定相場制を取っている。スイスも完全な変動相場制ではなく、ユーロとの為替変動に制約をかけていた時期があった。南欧諸国の財政危機・債務危機が大きな問題となった時に、信頼性が比較的高いこの両国の債券に投資資金が流れ、為替レートに上昇圧力が加わったことがあった。その際、その圧力を緩和するためには自国の金利を引き下げる必要があったが、すでに政策金利が0%に達していた両国が取った手段は、政策金利をマイナスに設定することであった。

果たしてこの手段が、インフレ率の押し上げにも効果があるのかどうか。


【 そもそも現在の低インフレがどれだけ問題なのか? 】

という問題提起は、以前のブログ記事でもした。原材料価格は変わらないのに製品価格が上昇しないため、賃金を切り下げざるを得ず、消費が落ち込む結果、製品価格がさらに押し下げられるというデフレ・スパイラルが続くという状態であれば大きな問題だ。しかし、現在のスウェーデン経済は、そのような状況とは大きく異なる。むしろ、現在の低インフレの一つの要因は原油価格の下落であり、これはサプライサイドからスウェーデン経済にプラスに働くと考えられる。(つまり、1970年代のオイルショックとは逆のショックである)

これは以前のブログ記事でも指摘したが、「低インフレだ!」とか「消費者物価指数が上がらない!」とニュースで大きく取り沙汰される時に用いられるのは、CPI消費者物価指数・スウェーデン語ではKPI)の1年間の変化率だ。しかし、このCPI(KPI)には家計が持つ「住宅ローンの利払い」が含まれており(比重は9.246%)、この部分の変動が消費者物価指数を上下に大きく動かす要因となっている。しかも、さらに問題なのは「住宅ローンの利払い」が、金融政策の意図とは逆の方向に消費者物価指数を動かしてしまうことである。つまり、インフレ率を底上げしようという理由で中央銀行が政策金利を引き下げると、「住宅ローンの利払い」は減少するため、消費者物価指数はさらに下がってしまうのである。

0%前後を低迷している現在の低インフレの大部分が、この「住宅ローンの利払い」要因によって説明される。そのため、金融政策の効果を分析するためには、CPI(KPI)に基づくインフレ率ではなく、住宅ローンの影響を除去したCPIF(スウェーデン語ではKPIF)という指標を見なければならない。

CPI(KPI)とCPIF(KPIF)の違いは、下の赤線と青線を比べればよく分かる。


ただし、CPIF(KPIF)にも問題がある。スウェーデン中央銀行にはどうしようもできない外的要因が含まれているからである。その最たるものが、原油価格に大きな影響を受けるエネルギー・燃料費である。スウェーデンの原油輸入価格は過去半年間で半分になり、それがガソリン価格を大きく押し下げている。もちろん、これはインフレ率のも抑制にも繋がっている。だから、燃料費・エネルギー価格を除去したインフレ率を見る必要がある。

以前のブログ記事を書いた時には気がつかなかったが、スウェーデン中央銀行はCPIF(KPIF)からエネルギー価格を除去したインフレ率も計算している。それを示したのがグラフ中の黄線だ。エネルギー価格を含む通常のCPIF(KPIF)よりも若干高いことが分かる。グラフの最後は2014年12月であるが、ここで青線と黄線が大きく開いているのは、ガソリン価格が12月に10%も減少したからである。(ちなみに、自動車の燃料費の比重は3.805%、住居光熱費の比重は4.860%)

2000年以降を通して見てみると、エネルギー価格を除いたCPIF(KPIF)は0.5%から2.5%の間を推移していることが分かる。グラフの一番下に加えたのは、スウェーデン・クローナの為替レート(世界各国の通貨を重要度に応じて加重したもの)であるが、黄線の変動はクローナの為替レートの変動とよく一致している。つまり、クローナ安の時は輸入価格が上昇するので物価は上昇方向に動くし、クローナ高の時は輸入価格が下降するので物価も下がる方向に動く。(2001年のクローナ安はITバブルが弾けたことによる影響、2008年後半のクローナ高はリーマンショックによる影響)

こうして見てみると、現在の低インフレは、主に住宅ローンの利払いの減少とエネルギー価格の減少が大きな要因であり、それらを除いたインフレ率は通常よりも若干低いものの、ニュースなどで騒がれるほど極端に低いものではないことが分かる。また、現在、上昇傾向にあることも分かる(これは中銀も指摘している)。10月に行われた政策金利の引き下げ(0%へ)が為替レートをクローナ安に誘導している結果かもしれない。


【 住宅バブルへの懸念 】

インフレ率ではなく、経済成長率を見てみると、スウェーデンは2012年に一時的にマイナス成長であったものの、13年は再びプラスに転じ、14年は年率で2%程度となる見込みである。これまでの断続的な利下げが景気刺激策としてうまく機能してようである。

むしろ現在の懸念は、これまでの利下げ、そして今回のマイナス金利が、市場金利を低下させ、住宅市場をさらに加熱させることである。住宅価格はここ数年で飛躍的に上昇し、家計の負債残高もGDPの200%前後に達している。現在のところは「住宅バブルではない」という見方が優勢だが、危険な状況に達する日も遠くないように感じられる。

だから、現在の低インフレをあまり大袈裟に懸念して、マイナス金利まで導入する必要があったのかどうか、私は疑問である。消費者物価指数を本当に引き上げたいのであれば、もっと簡単な方法がある。例えば、原油価格の減少分に相当する輸入関税の引き上げ、もしくは、環境税・ガソリン税の引き上げである。国内市場の需要喚起が必要であれば、マイナス金利を設定するよりも、政府がインフラ整備などの公共投資を拡大したほうが遥かに効果があるだろう。無駄な公共事業はいらないが、鉄道の整備や住宅の増設など、スウェーデンには必要とされているインフラ整備がたくさんある。金利が歴史的に低い今こそ、そのようなプロジェクトを前倒しでしてほしい。スウェーデンは財政均衡に努力してきたおかげで、中央政府の債務残高はGDP比で40%を切っている。だから、財政赤字が少々発生しても、懸念する必要はない。

無論、上に挙げた政策は、中央銀行の領域ではなく、スウェーデン政府が財政政策として実施すべきことである。しかし、スウェーデンがいま置かれた状況が強く示しているのは、インフレ・ターゲット(2%)の達成は金融政策だけでは難しく、財政政策も併せて行う必要があるということだと思う。