スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

スウェーデン版新幹線の予定経路と駅が発表される(その2)

2016-02-19 23:01:52 | スウェーデン・その他の社会
前回の続き。

【 新幹線の必要性 】

スウェーデンに新幹線(高速鉄道)を建設することについて、私自身は否定的に感じていた時期もあった。巨額の資金を投じて新しい路線を作るくらいなら、現在すでにある線路を改修したり増強したりすることで、頻繁に起こる列車の遅延を減らすことを優先すべきではないかと考えていたからだ。

しかし、その後、様々な討論や賛否両論に耳を傾けながら分かってきたことがある。新幹線を建設する主な目的は、当然ながら都市間の所要時間を短縮して鉄道の利便性を高めることで、航空機や車から乗客を鉄道にシフトさせることである。これは気候変動対策のためにも必要なことである。ただ、それだけが目的ではない。在来線の負担を軽減することも重要な目的であるのだ。

環境への意識の高まりや、鉄道の利便性が向上したことなどによって、過去20年にスウェーデン国内の鉄道利用客は2倍近くに増加している。一方、鉄道インフラのキャパシティーはこの旅客需要の伸びに全く追いついていない。また、鉄道による貨物輸送は現在でもスウェーデンの林業や鉄鋼などの重工業を支える重要な柱であるため、在来線には貨物列車も走っている。その結果、限られた線路の上を旅客列車と貨物列車がひしめき合って、キャパシティ一杯に鉄道インフラを利用しているのが現状なのである。そのため、線路上で少しでもトラブルが発生すると数多くの列車が影響を受ける結果となる。それに、インフラを現在のようにそのキャパシティーの限界まで活用していれば、メンテナンスももっと増やさなければならないはずなのだが、それがおろそかになっているため、信号トラブルや架線切断、切り替えポイントの故障といったトラブルが多発している。

だから、スウェーデンの鉄道のキャパシティを引き上げることはいずれにしろ、必要なことであり、それならいっそのこと新しい路線を敷設することで、在来線の過密度を減少させ、通勤列車・ローカル列車や貨物列車が在来線をもっと自由に使えるようにしたい。それと同時に、新路線は高速列車の運行も可能な高規格にすることで、鉄道の利便性を高め、利用者をさらに増やそう、というのが、このプロジェクトの意義なのである。

【 総費用 】

しかし、いくら一石二鳥のプロジェクトだからといって、際限なく費用をつぎ込めるというわけではない。実際のところ、総工費については不確かな点が多いようだ。8年ほど前に行われた最初の試算では、総建設費が1250億クローナ(1.8兆円)になるという結果になった。しかし、その後の試算で1700億クローナに上方修正され、昨年末にはさらに2560億クローナ(3.8兆円)へと引き上げられた。また、プロジェクトを管理する交通庁の報告書によると最大3200億クローナかかる可能性もあると指摘されている。しかも、これらの数字は新線の建設費用だけであり、新駅や車両庫の建設や在来線との接続線の敷設や在来線の改良などにかかる費用は含まれていないのである。

費用の大部分は国が国債の発行などによって賄い、今後数十年にわたって返済していく予定だ。しかし、新幹線の新設によって地元経済が潤うことになる沿線の自治体にも、総費用の最大10%を限度として分担が求められている。沿線自治体では住民の増加や商業活動の活性化が期待されているため、自治体は住宅公社を通じて新たな住宅やオフィス施設の建設などを計画しており、完成後の売却収入・家賃収入などを新幹線プロジェクトの分担金の支払いに充てると考えられる。しかし、プロジェクトの総費用がどんどん膨張してしまうと、自治体の負担もそれに比例して増加していくであろう。自治体側も青天井に負担できるわけではないため、すでに自治体連合会は「費用負担のあり方は非現実的であり、スウェーデン政府がより多くの財政的責任を追うべきだ」と批判している。

一方、スウェーデン政府の負担が増えすぎてしまうと、毎年の国債返済が交通庁の予算を今後数十年にわたって圧迫し、今ですら問題の多い在来線のメンテナンスがさらにおろそかになるのではないか、という懸念もある。スウェーデン政府としては、環境・道路関係の税を建設費に充てる案なども考えているようだ。

巨大プロジェクトの一つのファイランス方法としては、Public-private partnership(パブリック・プライベート・パートナーシップ(指定管理者制度))もある。これは、株式会社などの営利企業からも出資を募り、建設後は施設の運営・管理をその企業に代行させるやり方である。建設費が巨額になるのであれば、この方法を活用することで国庫負担を軽減すべきだという声は産業界などから上がっている。しかし、同様のPPP制度が活用された過去のプロジェクトであるストックホルム・アーランダ国際空港地下駅の建設(および既存在来線との接続路線の敷設、そしてアーランダ・エクスプレスの運行)プロジェクトがあまり良い評価を得ていない。運営を代行している管理企業が多額の使用料を要求して大きな利益を得ている結果、利用者の便益が損なわれているとの見方が強い。また、現在建設が続いているストックホルムのカロリンスカ大学病院もこのPPP制度が使われているが、その費用負担のあり方に批判が相次いでいる。むしろ記録的な低金利の今なら、国が国債発行で費用を賄うほうがまだマシだと考えられる。

【 どの技術を用いるか 】

新幹線のルートの決定と平行して、技術の選定や入札手続きの準備なども進められている。スウェーデンの新幹線計画に参入しようとしているのは、日本や中国、韓国、ドイツ、フランスなどだ。インフラ担当大臣であるアンナ・ヨーハンソンは昨年、日本と韓国に視察に行っているし、スウェーデン議会の交通委員会も2つのグループに分かれて、日本と中国をそれぞれ訪れている。

どの国も新幹線計画への参入に躍起になっているが、中国の攻勢は激しいようだ。自国に視察に来たスウェーデン議会・交通委員会のメンバーに対して、「中国の技術を使えば工期は短く、建設費も大幅に安く済む」ということを強調したらしい。セメントによる基礎や支柱などの大部分を、現場で型に流し込んで作るのではなく、あらかじめ規格化し、工場で大量生産し、それを現場に運んで鉄道を建設する工法である上、路線の大部分を高架で建設するため、土地の取得などの費用や手続きが軽減されることがその理由であるようだ。議会・交通委員会の視察団に同行した民間コンサルが、中国でひどく感銘を受けたらしく、そのことをスウェーデンに帰国後にメディアに話したので話題になった。新聞にもオピニオン記事を書いて、中国の凄さをやたらと強調していた(中国へ行った経験はあまりない人で、お膳立てされて見せられたものをそのまま信じてしまった話しぶりだった)。すぐさまスウェーデンの大学研究者に「ちょっと落ち着け」という感じでたしなめられていた(笑)。その研究者が言うには「スウェーデンのこれまでの経験から考えると、地盤がしっかりしており、地価も安いため、高架よりも接地型の線路を建設したほうが経費が抑えられる。中国のやり方がスウェーデンで必ずしも安上がりだとは限らないし、建設労働者の賃金も中国とは異なる」と指摘している。

高架で建設するという点では、日本も同じだろう。スウェーデンにおいてはどのような工法が適しているのか、私にはよく分からないが、技術力や安全性という面で日本にも健闘してもらいたいと思う。

スウェーデン版新幹線の予定経路と駅が発表される(その1)

2016-02-10 17:22:58 | スウェーデン・その他の社会
スウェーデンの高速鉄道計画がさらに一歩前進した。今月初めに予定経路と予定駅が正式に発表されたのである。

高速鉄道(新幹線)構想といえば、スウェーデン国鉄SJが特急列車X2000を導入した1990年代から浮上し、その利点やコストが次第に議論されるようになっていった。首都のストックホルムから第2の街ヨーテボリ第3の街マルメを結ぶ路線であり、特にこの新線が敷設されるであろう沿線の自治体が大きな関心を寄せてきた。中でもストックホルムとヨーテボリ、およびストックホルムとマルメの中間に位置するヨンショーピン(Jönköping)市はこれまで在来線の幹線から外れた場所に位置し、ローカル線に乗り換えなければ鉄道による到達が不可能であったが、この新線が敷設されるとヨーテボリ行き路線とマルメ行き路線の分岐点となる可能性が高いため、このプロジェクトの実現を積極的にスウェーデン政府に働きかけてきた。また、スウェーデンの高速鉄道をそのままデンマークに接続し、さらにはドイツに到達させるという「ヨーロッパ・コリドー」構想を打ち上げ、そのためのロビー団体を作ったりもしていた。

2月1日に発表されたスウェーデン版新幹線の予定経路と駅
出典: Sverigeförhandlingen

ヨンショーピン(Jönköping)は、私が修士課程を履修したヨンショーピン大学がある街だが、修士号を取得した後、私はしばらくリサーチ・アシスタントとして経済学部で働いていた。その時の仕事の一つがまさに高速鉄道計画に関するもので、例えば、この新幹線ができた時の旅客数をモデルを使って推計するというものだった。ただ、どの自治体に駅を作るのかなどは全く決まっていない時期であったため、大学から言われたとおりに私が推計をしたところ、私が推計モデルの中で駅設置を仮定しなかった自治体から不満の声が上がり、推計をやり直すということもあった(笑)。

このスウェーデン高速鉄道計画には当然ながら多額の投資費用と長い工期が予想されるため、スウェーデンが経済危機に見舞われた1990年代はおろか、2000年代に入ってからもスウェーデン政府は及び腰であった。特に穏健党(保守党)は長い間、このプロジェクトに否定的であったものの、政権を握っていた2014年に態度を変え、連立政権を組んでいた他の3党とともに計画の実現を決定したのだった。その後、社会民主党と環境党が政権を奪ったものの、その計画作業はそのまま継続され、そして今回、その予定経路と予定駅が正式に発表されたのだった。

【 計画の概要と予定経路 】

スウェーデンの在来線の現在の最高速度は時速200kmであるが、その在来線とは別に新たな鉄道を敷設して、最高時速320km程度の高速列車を走らせるというのがこのプロジェクトである。これにより、現在では3時間かかるストックホルム-ヨーテボリ間が2時間で、また現在は4時間半かかるストックホルム-マルメ間が2時間半で結ばれる予定だ。また、大都市間の高速輸送(日本で言う「のぞみ」号)だけでなく、近隣の街を結んで通勤客も利用できるように時速250km程度の高速ローカル列車(「こだま」号のようなもの)も走らせる計画である。例えば、ストックホルム-ニューショーピン(Nyköping)-スカヴスタ空港(Skavsta)-ノルショーピン(Norrköping)-リンショーピン(Linköping)を結ぶ列車や、ヨーテボリ-ランドヴェッテル空港(Landvetter)-ボロース(Borås)を結ぶ列車がそれである。

着工は早くとも2017年であり、ストックホルムからリンショーピン(Linköping)までのÖstlänken(オストレンケン)と呼ばれる区間が2028年までに完成、そして残りの区間が2035年までに完成する計画である。

さて新線の敷設経路であるが、ストックホルムからヨンショーピンを経てヨーテボリに至る路線については大まかな経路がすでに決まっていた。一方、ヨンショーピンから分岐してマルメに至る路線については、どこを通し、どこに駅を作るかが大きな議論となってきた。



最短経路にするならば(2)の候補が望ましい。しかし、人口14万人弱のヘルシンボリ(Helsingborg)にも停車させようとすると(1)の経路になる。一方、スモーランド地方の中核都市であるヴェクショー(Växjö:人口8.5万人)に停車させようとすると(3)の経路となり、少し大回りになる。

ヴェクショー(Växjö)といえば、地方大学(リンネ大学)のある、この地域では比較的大きな街であるものの、鉄道の幹線から外れた場所にあるため、ストックホルムから特急列車で向かおうとすると途中でローカル列車に乗り換えなければならず、不便である。だから、この街にとって現在構想されている新幹線を自分たちの街に通すことは切実な願いであった。

しかし、今回の正式な経路発表では(2)の最短経路が採用されたため、ヴェクショーの願いが叶うことはなかった。

3つの候補のどれを選ぶか、行政の担当者は苦渋の決断を迫られたであろう。高速鉄道の利用者を増やし、建設プロジェクトから得られる便益を高めるためには、なるべく人口の多い場所に線路を敷設したほうが良い。しかし、だからといって距離が長くなってしまうと、そもそも時間短縮のために建設する高速鉄道のメリットが薄れてしまう

実際のところ、2都市間を鉄道で移動するのに要する時間とその2都市間における鉄道の旅客シェアは綺麗な反比例の関係になっている。だから、所要時間が長くなるとその分、鉄道を選ぶ人が減り、逆に飛行機を使う人が増える結果となる。


出典:Lundberg (2011) Konkurrens och samverkan mellan tåg och flyg

上のグラフは、2都市間の鉄道による所要時間とその2都市間の鉄道の旅客シェア(飛行機と鉄道の合計に占める鉄道のシェア。車・バスは含まれていない)の関係である。日本の新幹線沿線の都市も登場するので簡単に説明すると、
・東京-広島:所要時間 4時間弱、鉄道旅客シェア 54%
・東京-岡山:所要時間 3時間強、鉄道旅客シェア 61%
・東京-大阪:所要時間 2時間半、鉄道旅客シェア 88%

となっている。

スウェーデンの場合は、現時点で
・ストックホルム-ヨーテボリ:所要時間 3時間強、鉄道旅客シェア 65%
・ストックホルム-マルメ:所要時間 4時間半、鉄道旅客シェア 39%

であることが分かる。


スウェーデン版新幹線の建設によって、それぞれの所要時間が期待通りに短縮できれば、航空機から乗客を奪うことができ、その結果、
・ストックホルム-ヨーテボリ:所要時間2時間、鉄道旅客シェア90%
・ストックホルム-マルメ:所要時間2時間半、鉄道旅客シェア75%

にまで鉄道旅客シェアを伸ばせるかもしれない。上のグラフは、あくまで各国の様々なケースの平均であり、実際の鉄道旅客シェアは、一日に何便走っているのかといった利便性や、航空機と比べた場合の快適さ遅延の頻度などに左右されるわけだが、予測できる乗客数増加の一つの目安にはなるであろう。

一方、期待した時間短縮が本当に実現できるのかどうか、気になる点もある。例えば、この高速鉄道(新幹線)のために在来線とは別に新たな線路を敷設するわけだが、その新線の起点はストックホルム中央駅ではない。その南西50kmのところにあるヤーナ(Järna)という集落を起点とするのである。そのため、ストックホルム中央駅を出発した新幹線は、まず在来線を通ってヤーナに行き、そこから新線へ乗り入れるということになる。そのため、最高時速320kmを出せるのはそれ以降ということになる。

(ヘルシンボリを経る(1)の案が不採用になったのは距離が長くなるという理由だけでなく、ヘルシンボリからルンドまでの区間がすでに過密であるために在来線を使わなければならず、スピードが出せないから、という理由もあるかもしれない)

【 おまけ 】

新幹線の経路と停車駅を決める過程では、ヴェクショー市以外にも様々な自治体が「うちの自治体にもぜひ駅を!」と働きかけを行っていた。だから、もしそれらの希望を全て受け入れて新幹線の経路を作っていたらどうなっていたか?というジョークの画像がFacebookなどで出回っていた。ここまで来ると、在来線よりも所要時間が長くなってしまいそうである(笑)


次回は、この高速鉄道計画の費用や必要性、メリット・デメリットなどについて書きたい。
(つづく・・・)