スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

Nordic Green Japan (その2)

2011-11-27 00:14:13 | スウェーデン・その他の環境政策
飯田哲也氏(ISEP・環境エネルギー政策研究所 所長)の基調講演の概要】

○ 日本の今の状況は、北欧で言えば1970年代に原子力の是非について社会を真っ二つにして議論した時代と良く似ている。

○ その後、スウェーデンではバイオマスの活用、デンマークでは風力発電、その他の国でも自然エネルギーを着実に増やしていった。

○ 1990年代のノルウェーから始まる電力市場改革。同じ頃、スウェーデンは環境税(二酸化炭素税)を導入し、それを巧みに経済と環境保全に結び付けていく。

○ そして、とりわけ地域からのデモクラシー。ボトムアップの中で、地域主導でエネルギーシフトを実現する。

○混沌を極め、進路の見出せない今の日本の状況の中で、北欧の辿った道程から学んで、日本のエネルギーの信頼と安心と安全を取り戻していく。とりわけ、人々が自分たちの意思によって、エネルギー社会を作っていく。その動きを起こしていくために、北欧との協力に期待したい。


テーマごとに分かれた分科会では、Geothermal and Tidal Energy、Wind Energy and Osmotic Energy、Bio Energy、Hydrogen and Transportation、Clean Maritime Transportation、Energy Policy and Energy Markets、Smart City - Sustainable Urban Development、Smart-Grid and use of Advanced ICT Solutionsなど多彩なテーマのプレゼンテーションがあった。

この中でOsmotic Energyという言葉を初めて耳にする方もおられるかもしれないが、これは淡水と海水との間の塩分濃度の違いから生まれる浸透圧を利用した発電方法だ(浸透圧発電・浸透膜発電・塩分濃度差発電などいろんな訳語があるようだ)。小規模分散型の発電技術の一つとして注目されている。



私がこのシンポジウムで初めて耳にした言葉はBiomass-CCSだ。CCSというと化石燃料(石炭・石油・ガス)を使った火力発電で生まれた二酸化炭素を地下空間に貯蔵する技術だ。もともと地中にあった炭素をエネルギーとして活用して再び地中に戻すので、大気中の二酸化炭素濃度に与えるネットの影響はプラス・マイナス・ゼロということになる。

この技術の信頼性は、議論の余地のあるところだが、それはさておき、Biomass-CCSとはこの技術をバイオマス発電に応用するということだ。つまり、農業・林業廃棄物などのバイオマスを活用して発電(できればコジェネ発電で温水も供給)を行い、そこで発生する二酸化炭素を地下に貯蔵するのである。バイオマスは植物が起源であり、その生成の過程で大気中から二酸化炭素を吸収している。だから、この場合、大気中の二酸化炭素濃度に与えるネットの影響はマイナスということになる。これがうまく行けば、非常に画期的な技術になりそうだ。

※ ※ ※


このシンポジウムを通して、日本人の専門家が様々な場で認めていたことは「日本の住宅の断熱性の悪さ」だ。確かに、日本の住宅は伝統的に暑さをしのぐために風通しをよくするよう作られている、という説明が反射的に聞かれるが、オフィスでは夏に冷房、冬に暖房を当然のごとく使い、一般家庭の多くでも冷暖房が常日頃使われている今の時代に、そんな言い訳は通用しないのではないだろうか? 新規建設の建物に要求する断熱基準、あるいは省エネ基準を高く設定してくるべきだったのに、それがほとんど行われずに、住宅やオフィスにおけるエネルギーの無駄が放置されてきたという現状は、なんとも情けない。政治や行政が率先してイニシアティブを取るべきだった分野だが、「日本の省エネ技術は素晴らしい」とか「環境対策は企業の自主性に任せる」などと触れ回って、そこで思考停止に陥ってしまったのではないか?


行政や政治に関連して言えば、初日のトーマス・コバリエル氏の基調講演の後に、こんな質問をした人がいた。

「様々なエネルギー形態の最適な利用は、一つの工場内では円滑に進められるが、一般消費者にとってはガスや電力が縦割りであるため、容易ではない。地域暖房のシステムもない。電力をそのまま暖房に使うという無駄が平気で行なわれている。どうやったら、発電排熱を暖房に活用できるようになるのか? エネルギー全体を考えて、社会にとっての統合化を図る鍵は?

これに対する、コバリエル氏の答えは、スウェーデンの例として「地域暖房(district heating)を整備し管理するのは主に地方自治体。そして、排熱などの熱源を持つのは製造業の工場だし、バイオマス発電を行い排熱を持っているのは林業や紙パルプ産業。自治体としては安価な熱源を活用したいし、産業側は無駄になるエネルギーを売ることで少しでも利益を得たい。この間で話し合いが行われ、利益がうまく分配できる。両者が得をすることになる」

では、それがなぜスウェーデンで可能だったか? という点に関しては、「スウェーデンは小さい国だから、お互い顔をあわせる頻度が多くある。だから、あるミーティングで交渉相手であった担当者と、全く別のミーティングでも顔を合わせる機会が頻繁にある。そのために、品位を保った交渉をする必要があり、話し合いがうまく行きやすい」と説明した。

ここでランチの時間となり、このやり取りはここで終わったが、私自身は「お互い顔をあわせる頻度が多くある」ことが重要な点だとは全く思わない。むしろ、自治体担当者のやる気と専門性の違いだろうと思う。

日本の自治体職員は、専門性が問われないまま新卒で一括採用され、その後、様々な部署を定期的にローテーションしながら、現場の仕事を少しずつ覚えていくが、スウェーデンの自治体職員は基本的にすべてのポストが専門職だ。そして、そのポジションの空きができるたびに求人が出され、専門性を持つ人が応募してくる。だから、自治体のリサイクル課や環境課で働く人たちの多くは大学でそれに関連した勉強をしているし、それは教育や高齢者福祉などの他の部署でも同じことだ。一方、それぞれの部署で経理やアドミニストレーションを担当する人は、それ専門の人を雇う。定期的なローテーションはない。ただし、その専門分野内における昇進などはもちろんある。だから、本人が自分からその職を辞めて別の職や企業に移ろうとしない限り、基本的にその分野で働き続けられる。そうすると、仕事に対するやる気も違うし、自分の専門性を生かしてその自治体の発展に貢献することができる

先ほどの地域暖房やエネルギーの分野でも、そこで働く自治体職員はその分野の現状や最新技術、世界のトレンドなどをきちんと把握しているから、自治体にとって効率的で利益になる(金銭的な意味に限らず)と思ったことを実現しようという意欲がわく。そのための知識やネットワークも持ち備えている。

これに比べて、もしその部署で働く職員の大部分が、他の部署から移ってきた人で占められ、そして3年後にはまた別の部署に移動させられる、というような職場だったらどうだろう? やる気は全く異なるだろう。その3年間、無難に仕事をこなせばよい、という保身的な考えをしがちになるのではないだろうか? それにそもそも大きなことを実現するための専門性もない。

このような、働き方・雇用慣行の違いによる生産性(非金銭的な面も含めて)や全体としてのパフォーマンスの違いは、このエネルギーの問題に限らず、私が今後もっと取り上げて行きたいと思っている。が、今回はこの辺で。

シンポジウムについて、あともう少し書きたいことがあるが、それは次回。

Nordic Green Japan (その1)

2011-11-24 01:23:15 | スウェーデン・その他の環境政策
10月、11月と日本を2度往復しました。少々の長旅は大丈夫だと思っていたものの、時差が体にこたえ、しかも日本滞在中のネット環境が良くなかったため、ブログの更新が滞ってしまいました。さらに、日本滞在中にヨーテボリ大学の同僚に不幸がありました。いろいろな場で私のことを推してくれた人だったので非常に悲しかったと同時に、スウェーデンに戻ってみたら仕事がたくさんあり、また、先日はストックホルムを訪れた日本の元大臣のヒアリングの通訳もお引き受けしたため、今日まで全く更新できませんでした。

どこから始めようかと迷ったものの、まずは東京で11月7~8日に開催されたNordic Green Japanという北欧5カ国の在日大使館が主催した環境技術シンポジウムについて。私もスピーカーの一人として参加しました。以下はその時のメモ。

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環境技術といってもこのシンポジウムの焦点は、自然・再生可能エネルギーの技術や、それを支えるインフラ面での技術や制度設計だ。このシンポジウムの企画そのものは1年前から始められたというが、その後、東日本大震災とそれに続く原発の大惨事があったため、結果として、今後の日本のエネルギーをどうして行くかを考える上で、非常にタイムリーな企画となった。シンポジウムが意図するのは、環境技術(グリーンテク)の分野での日本と北欧諸国の企業や研究機関のビジネスや連携を促進することだ。

さて、通常は北欧というと4カ国を考えるが、今回は北欧5カ国の大使館による主催イベント。5つ目の国とはどこかというと、アイスランドだ。人口30万人の小国だが、自然・再生可能エネルギーという面では、地熱エネルギーの大々的な活用を忘れてはいけない。

ただし、やはりシンポジウムでの関連講演の数を見ると、他の4カ国と比べて存在感は薄い。そのため、バランスを少しでも保つためだろうか、開会の挨拶はアイスランドの駐日大使だった。「日本は原子力なしでは絶対にやっていけない、と専門家は言ってきた。しかし、原子力への依存を減らすための選択肢はたくさんある」と彼は始める。

(訂正:開会の挨拶がアイスランドの駐日大使だったのは、一番駐日大使として長いことが理由だったそうです。)

その上で彼は、北欧5カ国それぞれの自然・再生可能エネルギーへの積極的な取り組みを一つ一つ紹介していく。アイスランドは地熱エネルギーの活用、デンマークは風力エネルギー、フィンランドはバイオエネルギー技術、ノルウェーは水力と風力と太陽光の発電技術、そしてスウェーデンはバイオエネルギー、スマートシティー、そしてスマートグリッド。

しかし、興味深いことにスウェーデンにはまだ原発がたくさんあり、フィンランドに至っては原子炉を新たに建設中であることは、一言も触れない。彼に続いてウェルカムセッションの基調講演をした北欧からのスピーカーもその点には全く触れない。もちろん、このシンポジウムのテーマは自然エネルギーを中心とした環境技術なのだけど、原子力については全く素通りなので、傍からみているとそのテーマを敢えて避けているようで滑稽にも思えた。

しかし、休憩を挟んだ後半のウェルカムセッションで、スウェーデンの元エネルギー長官であるトーマス・コバリエル氏がズバッと一言、指摘してくれた。

「フィンランドは原子力発電所の増設を積極的に行っているが、彼らはその行動を通じて、原発の新規建設コストが実は非常に高いものであることを、非常に明確な形で私たちに示してくれた」

彼の英語のスピーチは皮肉たっぷりだったが、後で動画録画を確認したところ、同時通訳ではこのアイロニーがうまく訳しきれていない様子だった。


トーマス・コバリエル氏(元スウェーデン・エネルギー庁長官、現・孫正義の自然エネルギー財団の理事長)の基調講演の概要】(私のメモより)

○ 風力・太陽光・バイオマスといった自然エネルギーの積極的な普及と、つなぎとして天然ガスの活用

○ 日本における地熱エネルギーの大きな潜在性。エネルギー庁長官時代にアイスランドを訪れたとき、同国のエネルギー庁長官は「地震国・火山国に住んでいる短所を逆に生かして、そのエネルギーをうまく活用しているんだ」と説明してくれた。地震があると地下活動が活発になり、地熱の発電量が増えるから、発電者は「地震をむしろ楽しんでいる」と表現していた。

○ 風力発電の急速な伸び。中国は過去2年間を通して、1時間当たり1.5基の風力発電所(風車)を建設してきた。
スウェーデンは、1日あたり1基を建設してきた。しかし、小国なので建設数で見た競争で世界有数になることはない。ただし、スウェーデンの人口を中国の人口に換算してみると、1時間当たり5基に相当(コバリエル氏、小さくガッツポーズ!)
日本は、中国の人口に換算すれば2時間に1基


○ スウェーデンは経済的にみても効率的に自然エネルギーの普及を進めてきた。林業や農業の廃棄物や家庭ごみを有効活用し、それを用いて発電するだけでなく、熱の有効利用も行っている。同時に、これらの産業の競争力も高めてきた。バイオマスの活用度合いを人口比で見れば、おそらく世界一になるだろう。

フィンランドについても言及しておきたい。
フィンランドは原子力発電所の増設を積極的に行ってきたが、彼らはその行動を通じて、原発の新規建設コストが実は非常に高くつくものであるということを、非常に明確な形で私たちに示してくれた。

電力の送電線網を各国間で統合することによって、発電者間の競争を促し、発電コストを抑えることができるし、供給安定性を高めることも可能となる。
自然エネルギー(風力・バイオマス・水力)の供給量が増え続けていく中、様々なタイプの自然エネルギーを共有し、融通しあうことで導入可能量が大きく伸びる。送電線網で統合された各地域がそれぞれの特性を生かす。風が強い地域からは風力発電の電力、日照時間の長い地域からは太陽光発電の電力、林業廃棄物のある地域からはバイオマスによる電力、といった具合に。

(続きは次回に)