龍の声

龍の声は、天の声

「真説 楠木正成の生涯

2017-07-31 07:41:44 | 日本

「真説 楠木正成の生涯」家村和幸著


◎叱るよりも誉める

楠木正成が部下を諫めるときは、かりにもその悪しきことを言わず、無礼な悪口を吐かなかった。その部下の過去のよかったことや、誉れを指折り語ってから、最後に一言こう付け加えた。
「これゆえに、正成はそなたに頼んだのである。今回のような過失は、それまでの良きことがあればこそ、恥と去れよ。気持ちを引き締めて、今後は無いようにせよ。」
このように言って、10日、20日、あるいは100日の間、対面しないでおれば、その者の情けの深さを思い、わが身にとって何とも恥ずかしく、また誠にかたじけないとだけ思うことから、再び過ちを犯す者は少なく、正成を恨む者もいない。
人の上に立つ者は、皆かりそめにも、自分の腹が立ったからといって、人に恥をかかせること、無礼な悪口は言わないものである。心得ておくべし。


◎正成は、観音経を長年信仰し、読誦を続けていた。


◎腹を立てるのは愚人の為すところである。

どんな場合にも、賢い人は腹を立て、起こることがない。腹を立てるのは、愚人の為すところである。
なぜかというと、
人が無道をすれば、我はそれに与(くみ)しないまでのことだからである。
人が何らの過ちも無いのに、過ちを犯したと言うのであれば、詳細にわたり弁明するまでのことだからである。
忘れがたいほどに深い恨みがあれば、その人に参会しないまでのことだからである。
そして、人が危害を加えたなら、我も報復するまでのことだからである。
ただ腹を立てたところで、何の効果があろうか。
こうしたことから、道に適っている人は、怒らずにその事を為すのを以てよしとするのである。
内心から腹を立てるのは、全て物の意をわきまえていない人の為すことではないか。


◎短慮は失うものが多い。

思慮が足りなければ、過失が多くなる。

一つには、後悔が残る。
二つには、物狂おしい。
三つには、その愚が顕れる。
四つには、智ある人が親しまず。
五つには、他人に仇の思いをなす。
六つには、器量・才能をだめにしてしまう。
七つには、病が生じる。
八つには、争いが多い。
九つには、苦労が多い。
十には、衆悪を発するということである。

人たる者は十分承知しておくべきことである。


◎楠木の最後

正成は、正氏に向かって、「人間は死ぬ間際に何を思うかによって、来世の生の善悪が決まるという。九界(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上・声聞・緑覚・菩薩)のいずれかに生まれたいか?」と問うた。
正氏は明るく笑いながら、「七度までも人間に生まれ、朝敵を滅ぼしたいものです。」と答えると、正成は嬉しそうに「罪深い思い出はあるが、私の願いも同じだ。では、さらば。再び人に生まれてこの本懐を遂げよう。」と約束し、兄弟差し違えて倒れた。
大楠公・楠木正成、享年43歳。
一族16人、部下等50余人が一斉に腹を切った。