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メモ2022.4.06 ― つながりとしての思春期

2022年04月06日 | メモ
 メモ2022.4.06 ― つながりとしての思春期


 作者の「あとがき」によれば、『諫早思春記』(浦野興治 2007年7月)は、初めは連作短編小説で書き始めたが、途中から長編小説へと構想が変わってきたとある。作者が投影されていると思われる主人公の耕平の高校生活から卒業までの時間がこの作品の世界の時間となっている。そうして、そのような時間は、地域や姿形は違っても現在では誰もが通過する普遍的な時間でもある。

 今ではずいぶん学校化して、保育園や幼稚園に通うのは普通になっている。この作品の時間の頃はそうでもなかった。わたしの学校体験は小学校から始まっている。学校へ通う以前は、家族とその周辺の地域を行き来する、いわば自然な「つながり」の、遊び中心の生活世界であった。ここから、小学校の学校生活が始まると、一日の大半を学校空間に居らざるを得ないため、以前の世界のつながりは以前のままということはなく、切断されたり変貌したりしていくことになる。こうして、学校社会を中心とした「つながり」のなかに誰もが置かれ、それを強いられることになる。

 中学生から高校生の時期、すなわち思春期の頃になると、実際に付き合うかどうかは別にして異性意識や異性関係、一般化すれば他者意識や他者関係が、靄(もや)がかかったような様相で先鋭的な課題として押し寄せてくる。そうした中で、ひとりひとりがなんとか自分の場所を築いていこうとする。これは、成人して学校を出て仕事に就いていく、いわゆる社会に出る、そこでの「つながり」の形成に対しては、模擬的なとも見なせるような初めての意識的な「つながり」を迫られる体験である。

 小学校までは、通ってくる子どもの地域はその学校周辺の地域になっている。それでも、当人たちにすれば、小学校に入るまでの自分の生活圏とは違った見知らぬ者同士として学校生活を始めることになる。中学校になると、市内のいくつかの小学校からひとつの中学校に通ってくるようになり、小学校よりも地域性がより大きくなる。国立の付属小中学校や私立の小中学校など以外は、公立の小中学校は義務教育で原則としては学校選択の余地はない。しかし、高校になると学校の選択ができるようになり、通ってくる子どもたちの地域性もさらに大きくなる。

 主人公の耕平は、湯江(現在は諫早市高来町になっているが、当時は北高来郡湯江町)から汽車通学している。この作品は、耕平たち登場人物たちが生きたその地域性の匂いや感覚を表現するように、語り手の地の文は、今ではこの列島全体に十分に流通している書き言葉としての標準語が使われているが、会話部分は、諫早地域の言葉(方言)が使われている。ただし、読者の便宜のために使われた方言には註が付けてある。通学範囲が主に諫早地区で、そこから通ってくる子どもたちだから、諫早地域の言葉(方言)として言葉は共有している。しかし、諫早地域のさらに各小地域での互いに少し異なる固有の学校以前の生活や小中学校での生活を携えて、ひとつの高校に集まり、高校生活していくことになる。

 「第三話 恋する」で、主人公の耕平は同級生の田代順子と付き合いたいと思い近づくが失敗に終わる。そして、湯江地区の小学校のときの耕平の同級生だった里子と再会する。耕平の小学校以前の自分の生活圏での遊びには、近所の里子も加わったりしていた。しかし、里子は男勝り(「男女(おとこおんな)」)でいじめても泣かないから、耕平は可愛げがないなと思っていた。一方、里子は自分はすんなり遊び仲間に入れてもらえず邪険にされたことを耕平に対する不満として持っていた。しかし、小さな地域での子どもらとしての親和のふんいきは存在したものと思われる。そんな親和的な表現(愛情表現)しか取れなかったのだろう。

 卒業して、里子はデザイン系の東京の大学に通うため出発する日、大学に落ちて四月から長崎の予備校通いになる耕平は里子を見送りに行く。この行動の描写からも耕平が里子に親和感(愛情)を持っているのは確かだ。里子は夏休みには帰省するといい、耕平はそれを心待ちにする気持ちも持っている。しかし、この後、東京に行ってしばらくして里子は交通事故で死んでしまう。

 しかし、いずれにしても誰もがこうした小地域での遊びを通した親和的な表現(愛情表現)の生活、そして小中学校の学校生活、さらに地域性が拡大して一般には男と女としての異性への意識の物語が芽ばえる高校生活へ入って行く。これ以降は、大学や専門学校などの学校生活に入る者も多いが、愛や恋がテーマになりつつ、その後は小社会での職業生活に入って行くことになる。この作品は、つながりとしての思春期の時期をよく描いていると思う。


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