マリアテレジアの独り言

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神の選び・・・『イスラエルの民』 、 『聖マティア使徒』 そして 『聖母マリア』

2015-05-14 14:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

  今日は、神に選ばれた人たちやお人の話を三つ。  そして 『映画』 の話を一つ。

         『神の選び』 というのは本当に不思議なものです。
   人間の側から言えば、それは全く神から一方的に、神の恵みをいただくということです。

      聖書には、沢山の 『神が選んだ人々』 のことが書かかれています。
  アブラハム。 イスラエルの民。 ダビデや預言者。 聖母マリア。 使徒たち。そして 私たちキリスト信者。 他。

人間の世の中での選び、選ばれた後で役目を果たしてくださるのにふさわしいと思える方を、選びますよね。
        しかし。
     神の選びは、世の中の選びとは全く正反対の 『神の基準』 があります。
      劣った者。 見すぼらしい者。 目立たない者。 を選ぼれるのです。  なぜでしょうか? 
                                                だれも誇ることがないためなのです。

          事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。
               このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。
                    行いによるのではありません。
                それは、だれも誇ることがないためなのです。』
                                  エフェソの信徒への手紙 2章8節&9節

それでは。 

まずは・・・
一つ目の選びの話。
               『イスラエルの民(ユダヤ人):神の宝の民』

             『あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。
    あなたの神、主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び、御自分の宝の民とされた。
主が心引かれてあなたたちを選ばれたのは、あなたがたが他のどの民よりも数が多かったからではない。

         あなたがたは他のどの民よりも貧弱であった。
   ただあなたに対する主の愛のゆえに、あなたたちの先祖に誓われた誓いを守られたゆえに、
         主は力ある御手をもってあなたたちを導き出し、
     エジプトの王ファラオが支配する奴隷の家から救い出されたのである。』
                                       申命記 7章6節~8節

             貧弱。 故に、神は民を選ぶのです。

    一方。
  『選民』 は、
  神の協力者となり、
  他者よりも多くの責任を負い、自己をより多く犠牲にする。 と考える面があるように思えます。

        今日。とても感銘深い映画を見ました。
                『Defiance』 ディファイアンス:「果敢な抵抗」)
   
   実話に基づいた映画です。    『選民:ユダヤ人』 の話です。

1941年。ドイツ軍がベラルーシを占拠。 ナチス親衛隊と地元警察が『ユダヤ人狩り』 を始める。
 8月。 警官に両親を殺されたユダヤ人3兄弟、トゥヴィア、ズシュ、アザエルは、
           リピクザンスカの森に逃げ込む。  そして
         ナチス軍に捕まり死を待つだけの人たちの脱走を助け、森へ案内する。

脱走するのを恐れる人たち。 そして 『目には目を』とナチス軍を殺して復讐を成し遂げたいと望む弟たち。
        そんな人たちに・・トゥヴィアは諭します。
       『無意味に殺されるより、数日の命でも、自分の選択で、生活をしよう!』
       『敵を殺すことではない、皆で生き残ることが復讐だ!』 と。

         ナチス軍の襲撃で・・。 食料の不足で・・。 
   沢山の命が亡くなります。 襲撃を逃れるために、すべてを捨てて、新しい森へと逃げます。 

     なぜ故に???  『選民:ユダヤ人』は、ナチス軍に殺されるのか???
         思わず。。。 集団の中で、『レビ(祭司)』のような働きをしている紳士が 祈るのです! 
             
『神様! 一つの事を願うことをお許しください!
                   『選民であることを返上させて下さい!』 と。

        私は、その祈り』を聞いた時、滂沱の涙、を流しました。
  『選民』であるが故の『苦労』を、私はまるで知らない! 『選民』をまるで分かっていない! と。

       レビは、後に、神に懺悔します。
          神様! 私が間違っておりました。 『選民』でいさせて下さい! と。 

映画は続きます。

1942年。 隠れる森に爆弾が撃ちこまれる。 弟らが時間を稼ぐ間、兄・トゥヴィアが仲間を誘導、森の奥へと進む。
         ロープやベルトで全員をひと繋ぎにして、大きな沼を渡り切ると、そこにもドイツ軍がいて、銃撃戦になる…。

その後2年間。 森に残り、新しい共同体には学校と病院、保育所も作りました。
            追われながらも人数は増え続け、終戦時に生き残った者は1200人もいた。

              『選民:ユダヤ人』 の大勝利でした
            『敵を殺すことではない、皆で生き残ることが復讐だ!』 
 

                   信仰。 故に、神は民を選ぶのです。

そして・・・
二つ目の選びの話。

今日は5月14日。木曜日。    『聖マティア使徒 祝日』

  神は、聖マティアを選び宣教のために、使徒団に加えられました。

      『あなたがたがわたしを選んだのではない。
          わたしがあなたがたを選んだ。
             それは、
       あなたが行って実を結び、その実が残るためである。』
                               ヨハネ福音書 15章16節

                実を結び、残す。 故に、神は民を選ぶのです。

そして。
もうお一人。
今月・5月は『聖母月』。       
                   『聖母マリア』

神は、最も貧しく、最も無力マリアを選ばれ救い主の母となる使命を与え、恵みで満たしました。

         『天使は言った。
       「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。
       あなたは身ごもって男の子を生むが、その子をイエスと名付けなさい。
その子は偉大な人になりいと高き方の子と言われる。
神である主は、父ダビデ王座を下さる。
彼は永遠のヤコブの家を治め、支配は終わることがない。」』
                       ルカ福音書 1章30節~32節  

                貧しく無力。 故に、神は民を選ぶのです。 

まとめました。                                

   『選民』とは。
  お人より何か優れていたから、神に選ばれたとか、目を留めてもらえた、ということではないようです。
  自分には何も優れたところがないのに、『選ばれた。』  自分が選んだのではなく、神が自分を選んでくださった。
                 神の選びの根拠は、私にあるのではなく、神にある。

  『神の選び』とは。
  神の右手左手となることです。 神の御計画・『万民の救い』の完結のために、神の協力者になることです。

皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
大事な事が分かっているようで、分かっていないことが多いものですね。 謙虚になれます!

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記録。 今日・14 日は13㎞。

5時。16度。 いつものより30分早いので、いつもの時間ではお会いしない青年ランナー3人に出会う。
   出勤前であろうラン姿に・・・心の中でエールを送りながら 「おはようございます!」 の挨拶を交わし、
   頑張るお姿から・・・心の中で ”私も頑張ろう!” と勇気を頂きました!  私も頑張ります!

           5
月走行距離合計 60
km。


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