マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

情報源・・・新聞 そして 『神の子、かまわないでくれ。まだ、その時ではないのに。』

2021-06-30 13:50:25 | 日々のこと。 世界のこと。
6月30日。水曜日。晴れ。

6月の最終日。
今年もコロナ禍の中で半年が終わります。

          『ボケの実』
  
           いつになったら、黄色く熟すのだろう?

   一ヶ月前のブログに、大きくなって『ボケの実酒』を作る楽しみを綴りました。
         それ以来毎日眺めているのだけど、
     一ヶ月間まるで熟さない、熟度はまるで後退しているようです。
          こんなものなのでしょうか?


          葡萄の実が大きくなってきました。
        
        ぼつぼつ実の房に袋がけをしましょうかしら?
           今が袋がけの時期なのかしら?


      バラの花々が咲き終わって、枝をドンドン伸ばしています。
      
         新枝は切り落とすべきなのかしら?


     花々や木々の成長を、小さな我が家の庭で楽しむ私でも
          色々の疑問が湧いてきます。
       『答』をどこで見つけましょうか?
 ご近所のお庭の手入れ具合をチェック 又 ブログの皆様の畑の手入れ記事をチェック。
 それらが私の大切な『情報源』です♡♡  実地?で学んでいます。 感謝!感謝!


植物に限らず・・・
世界情勢や、国内情勢の情報をどこで見つけるのか?
政府の働きのチェックをどこでするのか?
『情報源』はお人それぞれなのですよね。
私の情報源は、活字好きで、新聞一辺倒です。
それでも・・・
一社の新聞だけの情報では、新聞社の傾向に合わせて、
情報が偏りがちになりますよね。
そこで、『1週間試し読み0円』で、他社の新聞を手に入れました。
他社の新聞と我が家購入の新聞の、読み比べをしてみました。
それぞれの新聞の特徴が顕著で、報道の違いが大きくあるのです。

     新聞の読み比べで、我が家の購読新聞の傾向がよく分かった私です。
     今日も、私は、大好きな『Old Media 』:『新聞』の情報源を楽しみます。
                           感謝!感謝!

そして。

今日は6月30日。年間第十三水曜日。

『今日の入祭唱』

  『神よ、どうか御心に留めてください、御自分の嗣業の部族とされた民を。
  あなたはいにしえよりのわたしの王、この地に救いに御業を果たされる方。』



『今日の福音 イエスの御言葉』

   『そのとき、イエスが  向こう岸のガダラ人の地方に着かれると、
    
          悪霊に取りつかれた者が二人、
        墓場から出てイエスのところにやって来た。
    二人は非常に狂暴で、だれもその辺りの道を通れないほどであった。

        突然、彼らは叫んだ。
      「神の子、かまわないでくれ。
    まだ、その時ではないのにここに来て、我々を苦しめるのか。」


    はるかかなたで多くの豚の群れがえさをあさっていた。
    そこで、悪霊どもはイエスに、
    「我々を追い出すのなら、あの豚の中にやってくれ」 と願った。
    イエスが、「行け」と言われると、
    悪霊どもは二人から出て、豚の中に入った。
    すると、豚の群れはみな崖を下って湖になだれ込み、水の中で死んだ。


       豚飼いたちは逃げ出し、町に行って、
     悪霊に取りつかれた者のことなど一切を知らせた。
    すると、町中の者がイエスに会おうとしてやって来た。
  そして、イエスを見ると、その地方から出て行ってもらいたいと言った。』
        マタイによる福音書 8章28-34節



   イエスの時代。
   ユダヤ人の考え方では、災いや病気等は『悪霊の仕業』であると思われていました。
   その悪霊は、一般の人より賢いと考えられていました。

賢い悪霊は、『イエスは神の子』 と知っていたのです。
イエスは、人々を苦しみから救うために来られたので、悪霊をも追い出す。そのことを悪霊は良く知っていたのでしょう。
悪霊は、 悪霊の住まいといわれている『湖の底』へ帰るようにと、イエスに言われることを恐れたのでしょう。
湖の底ではなく、せめて、豚の中に閉じ込めてくれ!
『神の子、かまわないでくれ。我々を苦しめないでくれ。』
悪霊が取り付いた人の言葉で、悪霊は、神の子・イエスに叫んだのです。

   更に・・・

      悪霊は、『まだ、その時ではない』と叫びました。
      『イエスが悪霊に打ち勝つ時はまだ来ていない!』 と叫んだのです。

   ところが・・・
      
      イエス様は、すでに、悪霊に打ち勝っているのです。

   それに加えて・・・

   イエスの時代。
   ユダヤ人は、豚は汚れた動物と考え、豚は飼いませんでした。
   ところが・・・  
   イエス様は、今回は、豚を飼っている人たちのいる『異邦人の地』:『ガラダ人の地方』を訪れたのです。
   その異邦人の地で、悪霊に取りつかれたゲラサの人を癒やし、悪霊たちを豚の中に送りこまれたのです。

     イエス様は、すでに、異邦人の救いのためにも働いていらしたのです。
       そこは、ガリラヤ湖東岸の切り立った断崖の湖に突き出ている場所で、
         後に、『悪霊追放の奇跡』を行なった跡に、教会と修道院が建ちました。

     
   それでも、
   ガラダ人の地方の皆さんは、イエスのなさったことの意味を理解することができなくて・・・
   豚の群れが、崖を下って、ガリラヤ湖で溺れ死んだのを見て、恐ろしくなり、
   イエスを見ると、その地方から『出て行ってもらいたい』と追い出したのです。

私たちも、
イエス様が悪霊に勝った福音を信じるなら、
悪霊の働きが私たちの及ぶと恐れる必要はないのです。
信じられるように、祈りましょう。

『今日の拝領唱』

   『神よ、立ち上がり、御自分のために争ってください。
どうか、しいたげられた人が再び辱められることなく、御名を賛美することができますように。』

         詩編 74章22&21節

皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
今の時代は何事もメディアに頼って判断してしまいがちですが、懐疑の心は忘れてはいけませんよね。
自分の過去の経験すらも、世の中の変化の早さについていっていない『古い情報』かもしれませんからね。 

小さな収穫・・・大いなる喜び。 そして 『聖ペトロ 聖パウロ使徒 祭日』・・・『あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。』

2021-06-29 05:30:00 | 自然・花々・樹木・ガーデニング・畑
6月29日。火曜日。晴れ。

昨日夜中は大雨。
夜中の大雨の音に目を覚ましました。
ところが、嬉しいことに、
今朝4時過ぎには雨上がり。


 夜中の雨のしたたる・・・   『初収穫』
 
   小さな収穫でも、 大いなる喜びがあります。 今年の初収穫です♡♡


   コロナ禍で、世界の苦しみを思わずにはいられない日々。
   けれども、木々や花々 そして 野菜は変わりなく成長しています。
   コロナ終息までの日が、今しばらく続くとしても・・・
   有り難いことに、そこかしこで、希望の灯を見つけることができるものです。


 夜中の雨のしたたる・・・   『娘からの誕生日プレゼント』
 
         毎年、『娘の愛』 を思い出させてくれます。

   土と植物を相手にしていると・・・
   神の周期・計らいを確信させてくれて、
   どんな非常事態時でも、魂が解放されて、大いなる喜びがあります。

    
今朝も、雨が止んで、私はいつものように早朝ウォーキングを楽しめました。
公園で、いつものように『銅鐸』を鳴らしながら祈りをささげることができました。
                         感謝!感謝!


  『いつくしみ深い神よ、
新型コロナウイルスの感染拡大によって、 今、大きな困難の中にある世界を顧みてください。

病に苦しむ人に必要な医療が施され、
感染の終息に向けて取り組むすべての人、 医療従事者、病者に寄り添う人の健康が守られますように。
不安と混乱に直面しているすべての人に、支援の手が差し伸べられますように。

   希望の源である神よ、
わたしたちが感染拡大を防ぐための犠牲を惜しまず、
世界のすべての人と助け合って、この危機を乗り越えることができるようお導きください。』

     『新型コロナウイルス感染症に苦しむ世界のための祈り』より


そして。

今日は6月29日。

     『聖ペトロ 聖パウロ使徒 祭日』
  

       初代教会の『中心的指導者である二人』
二人の使徒を祝うこの祭日についての最古の記録は、258年に書かれたものである。

使徒の頭であるペトロ。
(出生:紀元1年頃  教皇就任:30年頃(30歳頃) 死去:紀元64年から68年頃(64歳~67歳))
ペトロが漁をしているとき、通りがかったイエスから「人をすなどる者にしよう」と言われ、イエスの後に従った。
エルサレムをはじめ、広く宣教活動を行なった。
更に、生前のイエスから、
『あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。』
と約束され、イエスの後継者となり、弟子たちの長となりました。  
          マタイによる福音書 16章18-19節
最後に、復活されたイエスからは、『わたしの羊を飼いなさい』と言われ、ローマ教会を導いた。 
第一代ローマ教皇となったのです。

後に、代々のローマの教皇は、全教会の司教団の頭・教皇としてペトロの使命を受け継ぎ、
     ペトロが進んで十字架に逆さまにつけられて殉教した場所に、
      『サン・ピエトロ大聖堂』 を建てた。
 
   そのため教皇職は、 『ペトロの座』 とも呼ばれている。

聖パウロ。  (出生:紀元5年  死去:紀元67年)
キリストの時代に、小アジアのタルソに、ローマ市民として、生まれた。
ユダヤの律法や母国語以外にギリシャ語などを学んだあと、エルサレムに遊学しだ。
遊学後、初めは、徹底的に、イエスの弟子たちやキリスト教徒を迫害していた。 
                使徒言行録 9章4節 参照
イエスに直接に会うことはなかったパウロに、復活したイエスが現われて、
イエスに呼びかけられたパウロは、
改心し、大逆転し、異邦人の使徒としてキリストの教えを宣べ伝えた。

二人は、
異なる『使命』を与えられていたが、「キリストのもとに人々を一つに集め、」
   二人とも、同じ頃に、 信仰の証しのために命をささげました。
 
チェコ共和国ブルノ中心部のペトロフ丘の上にある・・・『聖ペトロと聖パウロ記念大聖堂』・・・高さ84メートルの尖塔

    60年代半ば。ネロ皇帝によるキリスト教迫害の時代に、ローマで殉教した。
        『毎日の読書』より

『今日の入祭唱』

  『福音のために働き、血の証しによって教会の礎となった使徒たちは、
     主の杯から飲み、神の友となった。』



『今日の集会祈願』

   『すべてを治められる神よ、 使徒ペトロとパウロの殉教をたたえて祈ります。
教会が信仰の礎となった使徒の教えを受け継ぎ、その真理を世界に証しすることができますように。』



『今日の福音 イエスの御言葉』

   『イエスは、フィリポ・カイサリア地方に行ったとき、 弟子たちに、
       「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」
                        とお尋ねになった。

      弟子たちは言った。
    「『洗礼者ヨハネだ』と言う人も、『エリヤだ』と言う人もいます。
   ほかに、『エレミヤだ』とか、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」


      イエスが言われた。
   「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」

      シモン・ペトロが、
    「あなたはメシア、生ける神の子です」 と答えた。

      すると、イエスはお答えになった。
      シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。
       あなたにこのことを現したのは、
      人間ではなく、わたしの天の父なのだ。


        わたしも言っておく。
       あなたはペトロ(岩の意味)
     わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。

        陰府の力もこれに対抗できない。

      わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。
     あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。
     あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」』

       マタイによる福音書 16章3-19節


ペトロの信仰宣言:『イエスはメシア・救い主、生ける神の子です。』 
  『あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。』
          と、イエス様はペトロにおっしゃいます。


   沢山の人々が、イエスのもとに集まります。
 
病人さんたちも、困っている人たちも多くいました。
彼らは、イエスから癒され、パンをいただくために集まったのです。
その通りで、イエスは、病人を癒し、パンを増やしてすべての人に満腹するパンを与えました。
それでも、人々の中には、イエスを信じる人は少なかったのです。


   そんな時、
   ペテロは、弟子たちを代表して、
   『あなたはメシア、生ける神の子です』と『信仰宣言』をしたのです。

    そして、
   イエス様は、ペトロの信仰はまだ浅い信仰だと知ってはいたのですが、
   『あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。』 と、
     ペトロに『新しい名前』 と 『新しい使命』を与えたのです。
       『教会の頭』となさったのです。

    『教会の頭』 とは 『イエスに倣うこと』です。
    それは、イエスの歩んだ、『苦しみの道、受難の道』 を歩むことです。
    その道を歩むすべての人を、励まし支える道なのです。
    『神の友』となる道なのです。『茨の道』なのです。


私たちも、
私たちにとっての信仰とは、
ただキリストについて知ることだけではないのです。
加えて・・・キリストご自身を知ったうえで信頼することです。
イエスの『呼びかけ』に応えることなのです。
力を祈りましょう。

『今日の拝領祈願』

   『恵み豊かな神よ、
 私たちが、初代教会にならい、使徒の教えを守り、心と思いを一つにして、
   あなたの愛に生きることができますように。』



皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
コロナ禍で外出がままならず、家庭菜園を始めた方々が多いと聞きます。
土を耕して体を動かし、収穫の野菜で心が嬉しく、心身共に健康志向ですね。 お元気で!    

Myワイナリー・・・究極の『長寿の秘訣』・・・それぞれの人生 そして 『私に従いなさい。』

2021-06-28 12:06:42 | ワイン。おいしいもの。お勧めスポット。
6月28日。月曜日。晴れ。

ワイン新酒が届きました。

  
     我が娘婿殿の友人の『ぼんじゅーる農園』の新酒六種類のうちの三種類
         今年の味はどんな味でしょう。 楽しみです。

   婿殿の友人が、京都から長野へ移住して、ワイナリーを開園したのは、2008年。
   開園以来13年が過ぎ、立派なワイナリーに成長しました。
   婿殿と我が娘と孫達は、ぼんじゅーる農園の収穫ボランティアに参加しています。
   私も便乗させていただき、
   『ワイン用葡萄の収穫』に参加させていただいたのは、5年前の2016年9月22日。
      懐かしく思い出しました。


    毎夕の・・・   『一杯のワイン』
  
         My至福の時・・・ 『カクテルアワ-』

     一杯の、毎日の赤ワインは、『長寿の秘訣』だそうです。

   婿殿の友人は、ワイン好きが高じて、『Myワイナリ-』を造ってしまいました。
      京都での医者の人生からの大転換
   長野県では、ワイナリーオーナーと医者の『二本立て人生』を送ります。
   こういう風に、自分の思うままに『My人生』を造り上げる人生こがとが
      究極の『長寿の秘訣』につながるのでしょうね。


   私は、せめて、一日一杯の赤ワインで、長寿を目指すことにいたしましょう。
   私の思いは一つです。 
   若い人たちの人生を、私ができる何らかの方法で応援したいということです。
     それぞれの人生に カンパーイ! 感謝!感謝!


そして。

今日は6月28日。年間第十三月曜日。

        『聖イレネオ司教殉教者 記念日』
     

130年頃。 小アジアのスミルナにまれ育った。おそらくギリシア人。

 スミルナで少年期を過ごし、同地の司教の聖ポリカルポの弟子として教えを受けた。

177年。43歳。 ルグドゥヌム(現在のリヨン)で司祭に叙階。
        
 司祭として働く時、モンタノス派の問題について検討するため、リヨンからローマへ派遣された。
 リヨンに戻ると、殉教した司教フォティヌスの後継者として、司教に選ばれた。

202年頃。72歳。 殉教したと伝えられる。
  
ヘレニズムの中から形成されたと見られるグノーシス主義に対して、カトリックの信仰を擁護する著作を残した。
     特に『異端反駁』は有名。
             『毎日の読書』より

『今日の入祭唱』

   『キリストを信じ、キリストの愛のために命をささげた殉教者は、
      キリストとともに終わりなく喜び歌う。』



『今日の福音 イエスの御言葉』

   『そのとき、イエスは、 自分を取り囲んでいる群衆を見て、
      弟子たちに向こう岸に行くように命じられた。

        そのとき、ある律法学者が近づいて、
   
  「先生、あなたがおいでになる所なら、どこへでも従って参ります」と言った。
         イエスは言われた。
「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない。」

        ほかに、弟子の一人がイエスに、
    
    「主よ、まず、父を葬りに行かせてください」と言った。
       イエスは言われた。
      「わたしに従いなさい。 
  死んでいる者たちに、自分たちの死者を葬らせなさい。」』

       マタイによる福音書 8章18-22節


イエス様は、チャンスをとらえて、弟子たちに、
イエスに従おうとする者には覚悟が必要なことを話します。
すべてにおいてキリストに従い、自分のすべてを主にゆだね、
主と『同じ道』を歩む覚悟が、イエスの弟子たちに要求されるのです。


        イエスについていく人には、 
      イエスの御言葉を受け入れるだけでなく、
  『イエスの生き方』を生きる、行動が必要なのです。


      イエス様は、どこで寝るかも決まっていないほどです。
  イエス様は、自分の思いではなく、必要とされる所へ、どこでも赴くのです。
イエスは、人にいつも迎え入れられるのではなく、反対されることが多々あるのです。
  弟子たちは、そんなイエスにつまずくのではなく、自分も反対されることを覚悟するのです。
父親に親孝行することは、弟子の大切な勤めではあります。  
  一方、イエスに従い、イエスの仕事を続けることは、イエスの呼びかけであり、
     世のすべての人への務めであリ、急がれることです。
 父親の葬りは、弟子となることなく家に残る人に任せるのです。
   イエスに従うことにも、命があります。イエスに従うことも、親孝行なのです。
   

    イエスは、
  イエスのもとを訪ねて、自分の希望を申し上げる律法学者と弟子の青年二人に、
    弟子となる価値を教えながらも、
  二人の自由を認め、弟子になるか否かの決心を二人に任せます。


私たちも、
イエス様は、一人一人の自由を認め、尊重するお方です。
イエス様からの一人一人への呼びかけに気づき、
呼ばれたことを大切にしたいものですね。
祈りましょう。

    
『今日の集会祈願』

   『いつくしみ深い神よ、
 司教聖イレネオは、正しい教えを伝え、教会の一致を守るために命をささげました。
    信仰のために殉教した聖イレネオの模範に励まされて、  
 わたしたちが信仰と愛に強められ、平和と一致のために尽くすことができますように。』



皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
皆様は、ワクチン接種を終えられましたか?健康でいらしてください。 お元気で!

驚きの数字・・・6ヶ月と33cmと3ヶ月ぶり そして 『あなたがたのゆとりが他の人々の欠乏を補う。いつか彼らのゆとりもあなたがたの欠乏を補うことになる。』

2021-06-27 09:30:00 | 日々のこと。 世界のこと。
6月27日。日曜日。曇り。

今日から6月も最終週です。
今年も又コロナが収まらぬまま
半年・6ヶ月が過ぎていく。

大きな数字に驚く今日です。


      33cm・・・ 『巨大アジサイ』
 
 
 普通は20cmくらいでしょうか? 肥料の与えすぎでしょうか?
 花も葉も、美しいを通り越すほどに、驚異の大きさに育ちました。
 今年のアジサイは、例年に比べて、花も美しく、色合いも鮮やかです。
 ジョロでせっせと水を、”大きく咲いてね!”と話しながら与えた、お返しでしょうか♡♡

     限りある命を・・・今を精一杯輝く姿に、教えられます。


    3ヶ月ぶり・・・  『教会ミサ』
 

      我が教会はとても信徒数が多い大きな教会です。
コロナ禍の感染予防のためにと・・・
まずは、全信徒を4グループに分けての、月一回のミサ出席となりました。
更には、緊急事態宣言のためにミサ自体が中止となりました。
そして、今日は、緊急事態宣言解除による『3ヶ月ぶりのミサ』出席です。感謝!感謝!
久しぶりに元気に再会できた喜びを、言葉ではままならず目で話し合いながら、友と喜び合いました。感謝!感謝!


予期せず、不意に与えられた『事態』を、文句を言う以上に、『楽しむ』こととしましょうと考えることにした私。
    徹底したSTAY HOMEの毎日で、『3ヶ月ぶりの外出』です。
    STAY HOMEを守ったことで、大きな達成感と満足感があります。
    もうしばらく頑張ります。
    今朝は、日々の運動とは違う外出の疲れを、久しぶりに味わいました♡♡

       『人の運は、現在を持って測れませぬ』
          といわれるように
   先に希望を持って、今のすべてを受け入れる柔軟さを学ぶコロナ禍です。



そして。

今日は6月27日。年間第十三主日。

『今日の入祭唱』

    『すべての民よ、手を打ち鳴らせ。
   神に向かって喜び歌い、 叫びをあげよ。』

       詩編 47章2節


『今日の第二朗読 使徒パウロの言葉』

『兄弟たち、
あなたがたは信仰、言葉、知識、あらゆる熱心、わたしたちから受ける愛など、
すべての点で豊かなのですから、
この慈善の業においても豊かな者となりなさい。


あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っています。
すなわち、
主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。

     それは、
主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです。


他の人々には楽をさせて、あなたがたに苦労をかけるということではなく、
   釣り合いがとれるようにするわけです。

あなたがたの現在のゆとりが彼らの欠乏を補えば、
いつか彼らのゆとりもあなたがたの欠乏を補うことになり、
こうして釣り合いがとれるのです。


    「多く集めた者も、余ることはなく、
 わずかしか集めなかった者も、不足することはなかった」
     と書いてあるとおりです。」』
   コリントの信徒への手紙Ⅱ 8章7&9&13-15節


   使徒パウロが、コリントの信徒へ、第一の手紙を出してからも、
      コリントの街では色々のことが起こりました。


  その一つは、
  イエスを直接知っているユダヤ教からキリスト教への改宗者たちが、
  自分たちのほうが、パウロよりも、キリストの教えを良く知っていると言い、
    パウロの使徒としての威厳に疑いをだかせたり、
    パウロへの反対や対立を扇動していたのです。
  そこで、
  パウロは、この騒動を収集するために、
    落着いた人柄のテトスを、コリントへ派遣しました。
又、自身は、住まいのエフェソからコリントの信徒へ第二の手紙を書いたのです。

                        『聖書100週間手引』より


   パウロは、『諸教会の助け合い』を呼びかけたのです。
   コリントから遠く離れたエルサレムの教会のために、
   物質的にも経済的にも、協力し合うように勧めるのです。
   コリントの信徒が、自発的に施しを実施するように勧めるのです。
      互いの犠牲が、教会の一致を招くのです。


  キリストは、神であるのに・・・
    人類すべての人が、キリストの貧しさによって豊かになるように、
  神の身には固執せず人間となり、人間の貧しさ(限界)を身に着けたのです。
同様に、
  私たち人間も・・・
     イエスの模範に倣って、
    豊かな者は、欠乏する者を補うことが大切なのです。
     又、立場が逆になるときもあるのです。
    私たち一人一人が、互いに支え合い、悩み苦しむときの力になるのです。
       互いの釣り合いが、人間関係にはとても大切なのです。 

       ・・・等と、手紙で、コリントの信徒を励ますパウロです。


わたしたちも、
使徒パウロの励ましの助言を身に受けて、
互いに助けあい、励まし合いたいものですね。
とても難しいことですが、人生の挑戦課題ですね。
”情けは人のためならず” と日本でもいわれますね。

『今日の拝領祈願』

   『救いの源である神よ、
 変わることのないあなたの愛のうちにとどまり、
    豊かな実りをもたらすことができますように。』



皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
落着いた心持ちで、新しい週も穏やかに過ごしたいものですね。 お元気で!

葡萄の実り・・・『自家製ワイン』 そして 『ただ、ひと言おっしゃってください。そうすれば、いやされます。』・・・『わたしはこれほどの信仰を見たことがない。』

2021-06-26 11:37:38 | 自然・花々・樹木・ガーデニング・畑
6月26日。土曜日。曇り。

葡萄の実の育つ季節です。

     我が家の・・・    『葡萄の実』
 
         葡萄の実が大きくなってきました。

         葡萄といえば、母の『自家製ワイン』
       自分で育てた葡萄で、ぶどう酒を造っていた母。
     発酵させた葡萄をこすために、さらしにいれて、天井からつるし、
    一滴一滴としたたり落ちるぶどう酒を、ボールで受け止めていました。

    貴重な、少量の自家製ワインを、母と父の二人はおいしそうに飲んでいた。
        夫婦の幸せな時間だったのでしょう。

     母が自家製ワインを造っていたのは、私が成人する前のことで、
    その景色は良く覚えているが、お味見をしたことはない。残念である。
  母が造っていた年齢をはるかに超えた私ですが、私も今年は造ってみようかしら?
          Wine Loverの私としては、
  
  たったのワイン5本 『5月に飲んだワイン』 新酒の時期で純米大吟醸にはまりまして・・・
   チリ。チリ。チリ、イタリア。オーストラリア。日本。日本。 ワインを飲んで世界旅行です♡♡ 

     自家製ワインこそが『究極の贅沢ワイン』となりそうです。

  究極といえば・・・

         自分の手で、自分の目で、自分の足で、
    何事も、映像で見るのではなく、体験することが究極の贅沢ですよね。

       NHK『大河ドラマ』ファンの私としては、
          新しいシリーズが決まると、
その時代に、その主人公になりきるつもりで、その現場に何回か足を運びます。調査検証です。
                              大河ファンとしての楽しみです♡♡
        今年の大河ドラマは『青天を衝け!』
      ところが、コロナ禍のために現地調査がままなりません。

     せめてもと・・・
     遅ればせながら
     昨日から、こちらも大ファンの司馬遼太郎の『最後の将軍』を読みながら、
      徳川慶喜の追体験?をしています。面白い。感謝!感謝!


そして。

今日は6月26日。年間第十二土曜日。

『今日の入祭唱』

 『主の聖なる人々よ、主を畏れ敬え。 主を畏れる人には何も欠けることがない。
     主に求める人には、良いものの欠けることがない。』

          詩編 34章10-11節


『今日の福音 イエスの御言葉』

     『そのとき、 イエスがカファルナウムに入られると、
        一人の百人隊長が近づいて来て懇願し、
 
          『イエス様に懇願する百人隊長』

   「主よ、わたしの僕が中風で家に寝込んで、ひどく苦しんでいます」 と言った。

    そこでイエスは、
      「わたしが行って、いやしてあげよう」 と言われた。
   すると、百人隊長は答えた。
「主よ、わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。
      ただ、ひと言おっしゃってください。
     そうすれば、わたしの僕はいやされます。


        わたしも権威の下にある者ですが、
     わたしの下には兵隊がおり、一人に『行け』と言えば行きますし、
         他の一人に『来い』と言えば来ます。
     また、部下に『これをしろ』と言えば、そのとおりにします。」

     イエスはこれを聞いて感心し、 従っていた人々に言われた。
         「はっきり言っておく。
    イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない。


      言っておくが、
       いつか、東や西から大勢の人が来て、
     天の国でアブラハム、イサク、ヤコブと共に宴会の席に着く。
        だが、御国の子らは、外の暗闇に追い出される。
        そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。」

     そして、百人隊長に言われた。
      「帰りなさい。あなたが信じたとおりになるように。」
        ちょうどそのとき、僕の病気はいやされた。』

          マタイによる福音書 8章5-13節

 
イエス様は、百人隊長の『信仰宣言』を、大変にお褒めになりました。 

  百人隊長の『信仰宣言』
    『主よ、わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。
     ただ、ひと言おっしゃってください。そうすれば、わたしの僕はいやされます。』

  英語では・・・
     『Lord, I am not worthy that You should come under my roof,
       but only speak a word, and my servant will be healed.』

                       マタイによる福音書 8章8節                

  この百人隊長の『信仰宣言』は、
  イエス様がそれを聞いた後に、大変感心され、 イエス様の『一言』につながったのです。

 『はっきり言っておく。イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない。』 


          信仰は、『言葉』で言い表わされるものです。
   それは、『祈りの言葉』で表わされることもあり、個人の『言葉』でも表わされるのです。

  

 部下の病気の回復をイエスに願う百人隊長は、
 当時は、イエスを家にお迎えする資格のないといわれていた、異教徒でした。
  それ以上に、
 私の家にまでおいでいただくことは、恐れ多いことです。
    イエス様に家までお越しいただかなくても、『一言』おっしゃってくだされば、
       部下の病気は完全に治る。 との深い信仰の持ち主でした。

 イエス様は、
 百人隊長の『言葉』を聞いて、その信仰の深さと強さに驚き、
   『イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない。
                           とおっしゃったのです。


    イエスの『救いの保証』のためには、キリストへの『信仰』が必要なのです。
    『救い』は、ユダヤ人だけでなく、信仰を持つ全世界の人々に及ぶのです。


  現在のわたしたちは、
   『キリストの食卓』であるミサにおいて、
    声高らかに『信仰宣言』をした後、
 
      『聖体拝領』をします。

   その『信仰宣言』は・・・

日本語ミサでは・・・
     「神の食卓に招かれた者は幸い。
  『主よ、あなたは神の子キリスト、永遠のいのちの糧。
    あなたをおいてだれのところに行きましょう。』


英語ミサでは・・・
百人隊長の『信仰宣言』を繰り返すのです。
     
  「Happy are those who are called to his supper。
   『Lord, I am not worthy to receive you,
  but only say the word, and I shall be healed.』


私は
イエス様にほめられた『百人隊長の信仰宣言』が大好きです。
しばらく過ごしたアメリカ生活で、毎日曜日のミサで唱えた
『百人隊長の信仰宣言』を、
日本のミサでも、聖体拝領の列に並ぶ時に心の中で唱えます。
私の聖体拝領は、英語と日本語の二回の『信仰宣言』で成り立つのです。
                      感謝!感謝!


『今日のアレルヤ唱』

  アレルヤ、アレルヤ。
   『彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであった。』
         イザヤ書 53章4節    アレルヤ、アレルヤ。


皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
暑すぎず穏やかな天気の土曜日です。素敵な週末をお過ごしください。

オンライン・聖書100週間クラス・・・『ダニエル書&ダニエル書補遺』 そして 『御心ならば、わたしを清くすることがおできになります・・・よろしい。清くなれ。』

2021-06-25 14:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。
6月25 日。金曜日。晴れ。

今日は 午後2時~4時。
週一の『オンライン・聖書100週間・聖書通読会』です。
コロナ禍でも、クラス開催が可能な「オンラインクラス」。
感謝!感謝!です。


      『オンライン 聖書100週間・聖書通読会』
  
 
  全聖書を、100週間、実際には120週・3年半で通読するのが『聖書100週間』です。
        それはとてつもなく長いのですが・・・
      仲間がいるから、喜びのうちに読み通せるのです。


 全聖書は、旧約聖書・1884ページ と 新約聖書・480ページ、2364ページの書物です。
 聖書100週間の一クラスで読む量は、今日は35ページ、毎回が半端なページではない。

         ところが不思議なもので・・・
   頭と心を集中しなくては読めない量の多さと内容の複雑さがあるからこそ、
      毎回、”やった~!” という達成感を味わうのです。
    
   又、
        「いくつもの時代を同時に読む」時・・・
     自分もそのいくつもの時代の一人間として生きて存在しているような、
  その時代時代の人々と同じ体験をして、同じ目線で時代を見、考えることができるのです。
         100週間の創設者・ルドールズ神父様の
         一回を細かく区切って読むのではなく
     大量を読む意図はそんなところにもあるのかと気づき、感動します。
     歴史は、その時代風景、又 その時代の人間像を理解してこそ、
         その本質が見えてくるものですよね。


     苦労があるからこそ、やめられない「聖書100週間」なのです♡♡


    今日の『通読範囲』 は 『ダニエル書1~6章 と ダニエル書の補遺』 です。
       紀元前164年頃に、時代を振り返って、書かれた書物です。

      内容は、ユダヤ人たちのバビロン捕囚の終わった頃(BC538年)~
     アンティオコス・エピファネスの時代(在位BC175年~164年)までに、
         興亡した帝国を素材にしています。
      迫害の中で、ヘレニズムに命をかけて抵抗するユダヤ人たちに、
 「強大な国々や地上の権力はいつか倒れ、権力を握っていた者の名も忘れ去られてしまうが、 
     主なる神の支配は永遠に終わることなく続く」ことを強調して、
        励ましをあたえていくのです。  


      仲間は、『ダニエル書とその補遺』 をどう読み解くのでしょう!? 
      今日も、楽しい『オンライン・聖書100週間』です。 感謝!感謝!



そして。

今日は6月25日。年間第十二金曜日。

『今日の入祭唱』

   『彼らが攻め寄せてくる災いの日、 主はわたしの支えとなり、
  わたしを広い所に導き出し、助けとなり、喜び迎えてくださる。』

        詩編 18章19&20節


『今日の福音 イエスの御言葉』

   『そのとき、 イエスが山を下りられると、 大勢の群衆が従った。
      すると、
    一人の重い皮膚病を患っている人がイエスに近寄り、ひれ伏して、
 
 
   「主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」 と言った。

      イエスが手を差し伸べてその人に触れ、
      「よろしい。清くなれ」と言われると、
       たちまち、重い皮膚病は清くなった。


        イエスはその人に言われた。
     「だれにも話さないように気をつけなさい。
 ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めた供え物を献げて、人々に証明しなさい。」』
     マタイによる福音書 8章1-4節

山上の説教の後・・・
イエスがカファルナウムの町にお帰りになる途中、
沢山の人がついてきました。
イエスの『説教』に感動したからですが、
まだ『本当の信仰』はなく、迷っていました。
今日は、そんな場面の話です。


      そんな時・・・
   一人の重い皮膚病を患っている人が、イエスに近づいたのです。
   彼は、イエスを主と認めた信仰の証しである『主よ!』、と呼びかけたのです。
      イエスは、『神の力』を持つ方と認め、
 『主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります』と呼びかけたのです。

   イエスは、彼の信仰を認めて、『清くなれ!』 とおっしゃったのです。
     『たちまち、重い皮膚病は清くなった』のです。

        『さあ、行きなさい。あなたの信仰があなたを救ったのです。』
               マルコによる福音書 10章52節

 イエス様が人の病を癒されるとき、
       「あなたの信仰があなたを救ったのです」と、しばしば宣言されます。


    イエスの時代、
    重い皮膚病の人は、人々から隔離されたところでひっそりと暮らさなければなりませんでした。
 それでも、
今日の重い皮膚病の人は、イエス様一行が通られると知り、飛び出して、必死になって、イエス様に声をかけました。
イエス様は、そんな病人さんを見て、「あなたの信仰があなたを救ったのです」と言われ、
  彼を罪(当時は病気は罪の結果と考えられていました)から解放し、彼を自由な人に戻されたのです。
     イエス様は、理不尽な律法を廃するためにも、働かれる方です。

私たちも、
”イエスは主!” と信じて、
日々癒やしをいただきながら、
困っている方の力に少しでもなれたらいいですね。
信仰でできるようになります!
信仰を祈りましょう。

    
『今日の集会祈願』

   『聖なる父よ、 
あなたはキリストによってわたしたちをあがない、神の子としてくださいました。
   あなたの愛を受けた民を顧み、御子を信じる人々に、
    まことの自由と永遠の喜びをお与えください。』



皆様!
ご訪問に感謝いたします。
皆様方のブログが、コロナ禍で外出記事もままならない日々のため? その人らしい個性が際立ちますね。
お一人お一人の特徴あるブログが、素敵です。勉強になります。感謝しています。
私は、キリスト者としての生活やその日の福音で感じたこと、を書く毎日です。お粗末様です。
外出記事や、外食記事や、世の中ウォッチング記事を書ける日が近く来ますように! お元気で!

何も変わらぬ朝・・・4日ぶりの早朝ウォーキング再開 そして 『洗礼者聖ヨハネの誕生 祭日』・・・『この子の名はヨハネ。』

2021-06-24 05:30:00 | スポーツ・ランニング・自転車・水泳・ゴルフ・散歩・・・
6月24日。木曜日。晴れ。

今朝は、
ワクチン接種後の自主用心期間を終えて、
4日ぶりの早朝ウォーキング再開です。

   
今朝も・・・
            『夜明けの太陽 と 銅鐸』
    
                       神戸市埋蔵文化財センター
    弥生時代に製造された・・・『釣鐘型の青銅器』・・・当時は何に使ったのでしょう

 私は、太陽を拝みながら、🔔鳴らします🔔

  一つ目 🔔カ~ン

      『いつくしみ深い神よ、
新型コロナウイルスの感染拡大によって、今、大きな困難の中にある世界を顧みてください。
病に苦しむ人に必要な医療が施され、
感染の終息に向けて取り組むすべての人、医療従事者、病者に寄り添う人の健康が守られますように。』


      今朝も元気に、鐘をならしながら祈れることが嬉しい。有り難い。

  二つ目 🔔カ~ン

      『希望の源である神よ、
わたしたちが感染拡大を防ぐための犠牲を惜しまず、
世界のすべての人と助け合って、この危機を乗り越えることができるようお導きください。』
 
         『新型コロナウイルス感染症に苦しむ世界のための祈り』より

       今朝も世界のコロナ禍終息を祈ります。

   三つ目 🔔カ~ン

      『今日も私の大切な家族を神様の御手にゆだねます。』

   信心を持って単純に『祈りの言葉』を繰り返すこと・・・それが『祈り』のはずです。


そして  
今朝も・・・

          『教会の十字架』
 
         人々を、街を、見守る十字架です。 


        今朝も変わらぬ・・・教会前道路
     若い青年二人のランニング姿。 『駅行き』のバスの運転手さん。
   腰の曲がった母親に自分のバッグのひもをつかまらせて散歩の息子と母の姿。
      
     いつもながらの
      軽い会釈を交わし会いながら・・・皆様の一日の無事を祈ります。

        4日ぶりの街の姿は、何も変わりませんでした。
      変わらないのが、いつもそこにある、何よりなのです。
     私も、今日は明日の『聖書100週間オンラインクラス』に向けて、
      猛勉強の一日です。 変わらない木曜日に感謝!感謝!

    

そして。

今日は6月24日。

         『洗礼者聖ヨハネの誕生 祭日』
     
      『燃えて輝くともしび火』 ヨハネによる福音書5-35 
 とイエスが呼ばれた洗礼者ヨハネに対する崇敬は古くから行なわれております。

      イエスの誕生の六ヶ月前にあたるこの日は、
     母の胎内にあったとき聖霊に満たされて(ルカ1-41)
       荒れ野で『悔い改めの洗礼』を宣べ伝え、
 救い主キリストを迎える準備をした洗礼者ヨハネの喜ばしい誕生を祝う日です。

     洗礼者聖ヨハネは、メシアであるイエスを指し示したために、
        最大の預言者、最後の預言者と言われます。
           『毎日の読書』より


『今日の集会祈願』

   『すべての人の救いを望まれる神よ、
 あなたは洗礼者ヨハネを遣わし、人々に救い主を迎える準備をさせてくださいました。
   あなたの民を信仰の喜びで満たし、救いと平和の道に導いてください。』



『今日の福音 洗礼者聖ヨハネの誕生

   『さて、月が満ちて、 エリサベトは男の子を産んだ。
 
     『聖家族と聖エリサベツと洗礼者ヨハネ』 
                 アンドレア・デル・サルト 作品

近所の人々や親類は、主がエリサベトを大いに慈しまれたと聞いて喜び合った。
    八日目に、その子に割礼を施すために来た人々は、
     父の名を取ってザカリアと名を付けようとした。

  ところが、母は、
  「いいえ、名はヨハネとしなければなりません」 と言った。

  しかし人々は、
  「あなたの親類には、そういう名の付いた人はだれもいない」 と言い、
   父親に、「この子に何と名を付けたいか」 と手振りで尋ねた。

  父親は字を書く板を出させて、
  「この子の名はヨハネ」と書いたので、人々は皆驚いた。
       すると、
   たちまちザカリアは口が開き、舌がほどけ、神を賛美し始めた。
       近所の人々は皆恐れを感じた。


    そして、このことすべてが、ユダヤの山里中で話題になった。
       聞いた人々は皆これを心に留め、
    「いったい、この子はどんな人になるのだろうか」と言った。

      この子には主の力が及んでいたのである。
         幼子は身も心も健やかに育ち、
    イスラエルの人々の前に現れるまで荒れ野にいた。』

      ルカによる福音書 1章57-66&80節  

    『荒野の洗礼者ヨハネ』 
 
                      バルトロメ・エステバン・ムリーリョ作品
『ヨハネは、らくだの毛衣を着、腰に革の帯をしめ、いなごと野蜜を食べ物としていた。』
                      マタイによる福音書 3章4節


  『洗礼者ヨハネの誕生』は、『新しい時代』=『救い主の時代』の始まり
                                 を意味します。
     それは
  『イエスの誕生』で始まる『新しい時代』の、ちょうど6ヶ月前の出来事でした。

当時のイスラエル社会では、子どもの名前をつけることは、大切なことでした。
名前は、先祖の名を継ぎ、その人自身を表わしたのです。

    ところが、 ヨハネの父・ザガリアも 母・エリザベトも、
      ヨハネの名を『ヨハネ』とすることで同意し、
    その名は親戚にはない名で、 回りの人たちを驚かせました。

      『近所の人々は皆『恐れ』を感じた。』ということは、
        そこに『神の業』を感じたからでしょう。
          敬虔な気持ちを抱いたのでしょう。


 周りの人々は、
 ヨハネの出生に伴って 父母・ザガリアとエリザベトに起こったことを考えて、
    『ヨハネ』は神から望まれた名前であることを納得しました。
   ヨハネには、神に選ばれた『特別の使命』があると感じたのでしょう。

      ヨハネは、どういう人になるのでしょう?
         誰にも分かりませんでした。
    ここから、『新しい時代』が始まるということなのです。

私たちは、
信仰の目で見て、
私たちの回りで『神の働き』を見いだすことができれば
幸いですね。 喜びになります。
『神の働き』を見出すことができるように祈りましょう。
それは、私たちの『新しい時代』の始まりの予兆かもしれませんからね。


『今日のアレルヤ唱』

 アレルヤ、アレルヤ。
『幼子よ、お前はいと高き方の預言者と呼ばれる。主に先立って行き、その道を整える。』
               ルカによる福音書 1章76節   アレルヤ、アレルヤ。
       
           『聖母子と幼児ヨハネ』  ラファエロ作品


皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
安全安心は、自分で守るべきことになってしまいましたね。
自粛生活で、安全安心の日をお送りください。 お元気で!

『沖縄慰霊の日』・・・歴史教師との出会いが生徒たちの人生を変える・・・『奇跡の教室』 そして 『あなたがたは、その実で彼らを見分ける。すべて良い木は良い実を結ぶ。』

2021-06-23 10:31:37 | 大学。大学院。本。コンサート。ラジオ。映画。
6月23日。火曜日。晴れ。

今日は『沖縄慰霊の日』
76年前の今日、
3ヶ月にわたった沖縄戦の戦闘が終結した日です。
沖縄の人々が味わった絶望や痛みに思いを寄せる日です。

一人一人が『歴史』と向き合うことが、
世界を良い方向に変えていくのでしょう。
昨日は映画:『奇跡の教室』を観ました。


       ある歴史教師との出会いが、生徒たちの人生を変える・・・
 
       『映画』:『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』

    学ぶことこそが未来を変えるエネルギーになりえる・・・。
    本物を知る教育が人生を変えるエネルギーになる・・・。
    それは、
    歴史を知ることがいかに思春期の人生をひっくり返す作用があることか・・・。


   高校の一クラス生徒たちが、『アウスシュビッツ収容所』の歴史を知ることで、
        今の自分たちを変え、
      将来の自分たちの人生に大きく影響していくのです。


孫娘との約束が私にはあります。
孫娘は、父母に連れられて、あちこちの外国の旅を経験しています。
そんな孫娘の、自らの希望で、行きたいところがあります。
それは『負の世界遺産』:『アウスシュビッツ収容所』です。

                 ヨーロッパの高校の修学旅行生たち
今は中二の孫娘にとって、一年半後の、高校生『自主旅行計画』です。
私は高校入学祝いに連れて行くと、孫娘に約束しています。


     昨夜の映画で、私も再び、「アウスシュビッツ収容所」の歴史
         映画の中の高校生たちと共に、学び直しました。
    
      アウスシュビッツ収容所の隣にある、『ビルケナウ捕虜収容所』

    場所はポーランドの古都クラフクの西にある街オシフィエンチム
    当時ポーランドは人種差別も比較的少なくユダヤ人にとって住みやすく、
    200万人ものユダヤ人がいたそうです。

    ヨーロッパの各地から、
    ユダヤ人、政治犯、ロマ人(ジプシー)、病気の弱者、の沢山の人たちが、
    「アウスシュビッツ収容所」へ運ばれてきました。
     『収容所』から、労働力にならない女、子ども、病人さんたちは、   
        さらに、『ビルケナウ捕虜収容所』に送られます。
  
        そこで百数十万人以上の命が奪われました。

   映画「シンドラーのリスト」で、夏にこの貨車でギュウギュウ詰めで、
   運ばれてきた汗だくのユダヤ人にお水をホースでかけていたシーンが、
   私の脳裏に蘇えりました。


        今日は、戦後生まれの私ですが、
          『映画』を見ることで、
    戦争の惨事の意味を問い直し、私の将来へ教育とする、ことに致します。
    『歴史』に『映画』に、そして『本』に教育される私です。感謝!感謝!

私も、孫たち、若い人たちを、アンヌ女性教師のように、可能性を信じて、共に歩んでいきたいものです。
       できる範囲で、『歴史の事実』を語り継ぎたいものだと、
       気持ちを新たにした『沖縄慰霊の日』の今日でした。合掌。
                      


そして。

今日は6月23日。年間第十二水曜日。

『今日の入祭唱』

   『あなたの御言葉は、私の道の光、私の歩みを照らす灯。』
        詩編 119章105節


『今日の福音 イエスの御言葉』

      『そのとき、イエスは   弟子たちに言われた。
 

         「偽預言者を警戒しなさい。
   彼らは羊の皮を身にまとってあなたがたのところに来るが、
         その内側は貪欲な狼である。

       あなたがたは、その実で彼らを見分ける。
    茨からぶどうが、あざみからいちじくが採れるだろうか。
    
     すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。
        良い木が悪い実を結ぶことはなく、
      また、悪い木が良い実を結ぶこともできない。


    良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。
     このように、あなたがたはその実で彼らを見分ける。」』
       マタイによる福音書 7章15-20節


   旧約時代。  『預言者』は、『神の言葉』 を告げる人でした。
イエスの時代。 『神の言葉』を話す人と自称する『ファリサイ人』を『偽預言者』である、
           ファリサイ人は、神の言葉ではなく、自分の言葉を話している、
                 と、イエスはおっしゃっるのです。

  『偽預言者』は、『言葉』と『行い』は、往々にして自分の誇示のためでした。
        誰もが、偽善者になる危険性を持っています。
       自分の行動は、 神のためですか? 自分のためですか?
        常に反省しながら、行う事が大切ですね。


         『真の預言者』は、イエス様です。
      その『御言葉』は、『神のこと』を話されました。
      その『行い』は、神に導くことを目指されました。
      その『目的』は、人々が『本当の信仰』を持つことでした。 
         イエス様は、常に、『神様』のためでした。


私たちも、
その生活が、イエスに倣うものでしょうか?
自己顕示から出る生活でしょうか?
いつも反省し、学びながら、穏やかな日々を送りたいものです。
力を祈りましょう。

『今日のアレルヤ唱』

 アレルヤ、アレルヤ。
  『わたしのうちにつながっていなさい。そうすれば、わたしもあなたがたのうちにいる。
      わたしにつながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。』

        ヨハネによる福音書 15章4-5節   アレルヤ、アレルヤ。


皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
『沖縄慰霊の日』の今日、又 懐かしい人々の『慰霊の日』には、
先人たちに思いを馳せ、感謝し、偲び、先人たちから学び直したいものです。お大事に!

プランター家庭菜園・・・『紫蘇の初穂収穫』 そして 『人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。命に通じる門は狭く、その道も細い。』

2021-06-22 10:59:56 | 自然・花々・樹木・ガーデニング・畑
6月22日。火曜日。晴れ。

今日も
小さな喜び、小さな感動、
を探して一日を充実させていきます。
今日は
小さなプランター家庭菜園の収穫です。


 娘が送ってくれた苗が根付きました・・・  『紫蘇』
 
    娘の愛情と私の愛情 『合体作品』 野菜への愛の合体です。

    今朝収穫して、『紫蘇たっぷりの冷や奴』、初穂を味わいました♡♡
       今年の夏中の食卓を賑わしてくれることでしょう♡♡


 今年も植えました・・・    『ミニトマト』
 
       びっしりと育ってくれたミニトマトのあかちゃん

    今夏も、陽が落ちた頃の『カクテルアワー』、彩ってくれることでしょう。
        自家製味噌で『もろきゅう』と『ミニトマト』
        初穂収穫のカクテルアワ-の日が楽しみです。


 夏のカクテルといえば・・・   『モヒート』
 
         モヒートのための『ミント』も育っています。

   ヘミングウェイの愛した『我がモヒートはボデギータに!』まで出かけるのは、
           コロナ禍もあって、夢の夢です。
      せめて、夏が来たら・・・・『我がモヒートは我が家に!』


      今日は、私はコロナワクチン二回目接種後二日目です。
  昨日は、アスリートのキン肉マンの私のせい? 太ももの筋肉痛がひどかったです。
  今朝からは、ワクチン接種後の特徴の一つの筋肉痛、も消えてすっきりすっきりです。 
     明日は、三日ぶりのウォーキングも可能のようです。 感謝!感謝!




そして。

今日は6月22日。年間第十二火曜日。

『今日の入祭唱』

   『新しい歌を主に向かって歌え。 主は驚くべき御業を成し遂げられた。
     右の御手、聖なる御腕によって、主は救いの御業を果たされた。』

        詩編 98章1節


『今日の福音 イエスの御言葉』

   『そのとき、イエスは  弟子たちに言われた。
 
  「神聖なものを犬に与えてはならず、また、真珠を豚に投げてはならない。
     それを足で踏みにじり、向き直ってあなたがたにかみついてくるだろう。


   人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。
         これこそ律法と預言者である。


      狭い門から入りなさい。
     滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。


       しかし、
       命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。
  
           それを見いだす者は少ない。」』

            マタイによる福音書 7章6&12-14節


今日のイエス様は、弟子たちに『宣教の心得』を伝えたのではないでしょうか?

     神聖なものを犬に与えてはいけない。
     真珠を豚に与えてはいけない。
 
        両方ともに比喩ですよね。

★宣教するとき、弟子たちの話を聞き入れない人があれば、そこを立ち去りなさい。
  神聖なる『神の言葉』であっても聞きたくない人に、無理矢理に勧めるのはよくない。
  神聖なものを、犬や豚に与えるような結果を生み出します。
  聞きたくない人に、無理矢理に勧めると、逆効果になるときもある。
         と、おっしゃるイエス様です。

   同時に、
  あなたがたが人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。
       と、お人と積極的に関わる必要性もおっしゃるのです。

★私たちが人にしてもらいたいことは、愛。理解。受容。親切。赦し。 ですよね。
   誰でも望むことは同じです。 それをしなさいとイエス様は話しました。

   更に、
   狭い門から入りなさい。

  ★人を愛し、赦し、受容し、赦し、『隣人を自分のように愛すること』・・・
    それは、実行するには苦しみの伴う『狭い門』なのです。
  それは、
  自分のしたいことを諦め、 又 人のために犠牲を払うこともあリます。
  そんなことはできっこない、できなくて当然と思う場合もありますでしょう。

 それでも、イエス様はおっしゃるのです。

 命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。

  ★人を愛し、赦し、受容し、赦し、『隣人を自分のように愛すること』
   それは 『命に通じる門』 であり、入る人の少ない『狭い門』なのです。

      
        イエスに従うことは、『命への道』であり、
    『狭い門』:『犠牲を必要とする門』を通ることなのです。


私たちも、
イエスと共に生きる時、それは命に通じる道なのです。
信仰を守る道であり、そのためには犠牲が必要なのです。
イエスと共に生活できるようになりたいものですね。
揺るぎのない信仰を祈りましょう。


『今日のアレルヤ唱』

 アレルヤ、アレルヤ。
  『わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。』
       ヨハネによる福音書 8章12節   アレルヤ、アレルヤ。


皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
日本国民の中でワクチンを望む人たち全員に接種完了の日が近いことを願います。
平和で、穏やかで、平安な日々が世界に早く戻りますように! 

今日は昼が一番長い日・・・『夏至』 そして 『人を裁くな。偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。』

2021-06-21 06:30:00 | 自然・花々・樹木・ガーデニング・畑
6月21日。月曜日。晴れ。

今日は夏至。


    朝6時半・・・  『うろこ雲の中に太陽』
 
                            感動して、思わずMy書斎から
   
       『夏至』とは、北半球では「一年で一番昼が長い日」
          春分や秋分の日の丁度間になる日。

      『うろこ雲』とは、「うろこ雲が出たら3日のうちに雨」
       低気圧や前線が近づいているときに現れやすいため、
          天気が下り坂になっており、
       雨が近づいているということが読み取れるそうです。

  巡り巡ってくる、毎年変わることなく繰り返される自然の営みに、畏敬の念が湧きます。
      当たり前のことのようでも、そのすばらしい営みに、頭を下げる。


            本格的夏の到来です。
        新しい1週間が・・・  新しい夏が・・・
        世界の平和をもたらしますようにと祈ります。

        私は、昨日、2回目のワクチン接種を終えました。
        少しでもコロナ収束のお役に立てるかなと・・・。
                     感謝!感謝!


今日も祈りましょう。

    『いつくしみ深い神よ、
新型コロナウイルスの感染拡大によって、今、大きな困難の中にある世界を顧みてください。
病に苦しむ人に必要な医療が施され、
感染の終息に向けて取り組むすべての人、医療従事者、病者に寄り添う人の健康が守られますように。

     希望の源である神よ、
わたしたちが感染拡大を防ぐための犠牲を惜しまず、世界のすべての人と助け合って、
この危機を乗り越えることができるようお導きください。』

   『新型コロナウイルス感染症に苦しむ世界のための祈り』より


そして。

今日は6月21日。

     『聖アロイジオ・ゴンザカ修道者 記念日』
    

1568年。 ロンバルディア(イタリア北部)で、カスティリョーネ公爵の家庭に長男としてまれる。
  母親から宗教教育を受け、熱心な信仰生活を送るようになった。
1585年。17歳。 公爵としての相続権を弟に譲って、
  反対する父親の許しも得て、ローマでイエズス会に入会。
  アロイジオは、自分自身に厳しく、信仰を深めることに努め、目上が派遣するどんな所でも忠実に働いた。
1591年。24歳。ローマにペストが流行したとき、神学生として病院で献身的に疫病患者の看護にあたったが、
  自らもペストに感染し、24歳の若さでくなった。

     アロイジオは、『青少年の守護の聖人』といわれる。
          『毎日の読書』より


『今日の集会祈願』

『すべての賜物の与え主である神よ、
青年アロイジオは、あなたの恵みによってたぐいのない清さを保ち、償いの生活を送りました、
聖人の助けを願うわたしたちが、その清さと償いの模範にならい、罪と戦うことができますように。』



『今日の入祭唱』

   『どのような人が、主の山に上り、聖所に立つことができるのか。
       それは、潔白な手と清い心をもつ人。』

         詩編 24章3-4節


『今日の福音 イエスの御言葉』

       『そのとき、イエスは  弟子たちに言われた。
 
            「人を裁くな。
       あなたがたも裁かれないようにするためである。

         あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、
 
           自分の量る秤で量り与えられる。

      あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、
       なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。


          兄弟に向かって、
   『あなたの目からおが屑を取らせてください』 と、どうして言えようか。
        自分の目に丸太があるではないか。

     「偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。
そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる。」』
    マタイによる福音書 7章1-5節


   イエス様は、人が『偽善者』であるのを、よくご存じでした。

     人は、人の悪いところはすぐに気づくのです。
     人は、自分には甘く、悪いところには目をやらない。
  自分には、人よりも『大きな欠点』があることに気づかないのです。

   人は、人の欠点を探し、すぐに改めるようにと、注意するのです。
    人は、自分の欠点に目をやらず、自分の改める必要に気づかないのです。


          天秤は正直です。
    『私の裁き』 と 『お人の裁き』は、バランスをとるのです。
      片方が重すぎると、バランスはとれません。
      私がお人を裁くのと『同じ量』、お人も私を裁くのです。
      『私の裁き』と『神の裁き』もバランスをとるのでしょうね。
         神には必ず赦しがあると甘えるようではいけませんね。



自分の欠点を認めることは、 『神の恵み』と言えるのでしょう。
自分の欠点だけを隠すことは、信仰の妨げになります。
自分の欠点を認め、相手の欠点を受容できる人は、人から信用される人になれるでしょう。
神が慈悲深いように、私たちも互いに慈悲深くなれるとき、
心に平安が訪れ、悔い改めの心が沸くのです。

  
      イエス様は、『裁くな!』 とおっしゃったのです。
      裁きは、比較であり、天秤のアンバランスを呼びます。
    すべての人が神から大切にされているように、私たちもすべての人を大切にする。
       それを、イエス様はお望みなのです。

私たちも、
聖アロイジオに倣い、
一人一人の神の恵みの豊かさを認めることができ、
日々感謝のうちに送りたいものですね。
裁くことがないように、力を祈り求めましょう。


『今日のアレルヤ唱』

 アレルヤ、アレルヤ。
 『神の言葉は生きており、力を発揮し、心の思いや考えを見分けることができる。』
     ヘブライ人への手紙 4章12節     アレルヤ、アレルヤ。


皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
いよいよ夏本番です。水分補給とマスクを怠らず、今週もご自愛の日々をお送りください。
お元気で!