「ボッティチェリとルネサンス」 Bunkamura ザ・ミュージアム

Bunkamura ザ・ミュージアム
「ボッティチェリとルネサンス フィレンツェの富と美」
3/21-6/28



Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の「ボッティチェリとルネサンス フィレンツェの富と美」のプレスプレビューに参加してきました。

フィレンツェに生まれ、イタリア・ルネサンスの代表的な画家として知られるサンドロ・ボッティチェリ(1445-1510)。工房作を含め、全17点の作品が一堂に揃うのは、日本で初めてのことだそうです。

さていきなりですが、この展覧会、端的に横と縦、二つの軸で捉えていくとより楽しめるかもしれません。

はじめは横軸、タイトルにもある「フィレンツェの富と美」です。ルネサンスの時代にフィレンツェはいかなる経済的発展を得たのか。さらにボッティチェリの制作にどのような影響を及ぼしたのか。展示ではフィレンツェの経済と美術の両面について紹介しています。


「フィオリーノ金貨」 1525-1303年 グラッシーナ、アルベルト・ブルスキ・コレクション

フィレンツェの富、冒頭は金貨でした。「フィオリーノ金貨」です。時は1252年、ボッティチェリの生まれる150年以上前のものです。トスカーナ侯国から独立したフィレンツェ、この年に最初の金貨を鋳造します。それ以前の硬貨は銀でした。裏には守護聖人のヨハネが刻まれています。フィオリーノは金を正確に含有した価値の高い硬貨、大変美しいとも評判になり、ヨーロッパ中を席巻。後に広域の基軸通貨として利用されます。


サンドロ・ボッティチェッリ「ケルビムを伴う聖母子」 1470年頃 フィレンツェ、ウフィツィ美術館

若きボッティチェリの「ケルビムを伴う聖母子」も、額の内側に金貨の模様が施されていました。これらは当時、経済力を持っていた両替商の組合のものだとか。ゆえに組合の本部のために描かれたと考えられているそうです。


右:マリヌス・ファン・レイメルスヴァーレに基づく模写「両替商と妻」 16世紀半ば アントワープ王立美術館

金融業の発達したフィレンツェ、両替商や高利貸しの仕事の様子を伝える作品も少なくありません。例えばフランドルの画家、マリヌス・ファン・レイメルスヴァーレに基づく「両替商と妻」です。貨幣を念入りに調べる両替商夫妻、右奥は見習いの少年です。いわゆる高利貸しとは異なった姿で描かれていますが、一部には道徳的な要素も盛り込まれています。北方で大いに好まれた主題でもあります。

経済力をつけたフィレンツェはヨーロッパ各地に銀行の支店を設立。陸路や海路を問わずに各地との人の往来も活発になりました。


左:フランチェスコ・ボッティチーニ「大天使ラファエルとトビアス」 1785年頃 フィレンツェ文化財特別監督局

フランチェスコ・ボッティチーニの「大天使ラファエルとトビアス」も旅人のための描かれた作品です。この時代の商人の息子は10代の後半になると海外の支店に送られます。そこで重宝されたのがラファエルとトビアスのモチーフです。神の使いラファエルによって安全に案内されるトビアスの物語。それを現実の旅に置き換えています。トビアスは若い旅人に代表して描かれることが多いそうです。

豊かな商人の私生活を垣間見る展示もありました。ずばり結婚と出産です。ラムダウ・フィナリ文庫の「凱旋図」の画家による「トラヤヌス帝の裁き」は、通称カッソーネと呼ばれる婚礼用の長持の前面部分に描かれたもの。新婦が新郎の家に移り住む場面です。カッソーネを抱え、婚礼の贈答品を持つ人々の列が続きます。最後尾にいるのが新郎と新婦でした。


フィレンツェの画家「出産盆」 1420年頃 イタリア、個人蔵

「出産盆」も珍しいのではないでしょうか。これは子どもの誕生を祝う儀礼で使われた盆、表面には「愛の園」と呼ばれる主題が描かれています。泉の脇のオレンジとマツの木は永遠の生を象徴しているそうです。

金融や商業の発達したフィレンツェ。その存在なくしてはボッティチェリの名作も誕生しなかったかもしれません。つまりボッティチェリは主に裕福な銀行家の注文によって絵を描いていました。さらに中核となるのはメディチ家です。ボッティチェリは一族の絶大な信頼を得ることに成功します。


右:サンドロ・ボッティチェリ「聖母子と洗礼者聖ヨハネ」 1477-1480年頃 ピアチェンツァ市立博物館 *展示期間:3/21~5/6

銀行家との関係を見る「銀行家と芸術家」(第5章)のセクションこそ本展のハイライト。今回の目玉でもある横幅5メートルの大作「受胎告知」のほか、日本初公開となる「聖母子と洗礼者聖ヨハネ」など、帰属を含め10点のボッティチェリ作品がずらりと並んでいます。


左:サンドロ・ボッティチェリ(工房)「ヴィーナス」 1482年頃 トリノ、サバウダ美術館

また面白いのはボッティチェリ工房作とされる「ヴィーナス」です。一目見ても分かるように、かの傑作「ヴィーナスの誕生」の女神の姿と瓜二つ。貝殻のかわりに石の台座の上に立つヴィーナス。髪の靡く様こそ異なるものの、立ち姿はほぼ同一です。目はどこかあらぬ方向を見て恍惚としています。こうした黒を背景にしたヴィーナス像は本作を含め、全部で3点知られているそうです。

銀行家らのフィレンツェ支配層は芸術作品を時に自邸に飾るために制作させました。いわゆる「美」的な芸術に囲まれた彼らの生活。ここに「富」が結びつきます。経済的繁栄と文化的成熟との関係。フィレンツェのルネサンス文化は「美」と「富」が互いに補い、時に刺激し合うことで初めて生まれたとも言えるのかもしれません。

さてもう一つは縦軸、つまり時間の流れです。ボッティチェリの画業を制作年代順に追いかけています。

というのもボッティチェリの作品、これまでも見る機会こそありましたが、そもそも国内で15点超まとめて展示されること自体が初めて。よっていくつかの年代の異なる作品を参照、比較することで、画風の変遷なりを辿ることが出来るわけです。

本展において最も早い段階の作品は先にも取り上げた「ケルビムを伴う聖母子」、制作は1470年。ボッティチェリが25歳の頃に描いた作品です。


右:サンドロ・ボッティチェリ「ロレンツォ・デ・ロレンツィの肖像」 1496-1502年頃 フィラデルフィア美術館

一方で最も遅いものとしては1500年頃の「ロレンツォ・デ・ロレンツィの肖像」が挙げられます。おおよそ55歳前後の作品です。さらに工房との作品を含めると1510年頃の「鞭打ち」に及びます。つまりボッティチェリ最晩年の作品です。


左:サンドロ・ボッティチェリ「受胎告知」 1481年 フィレンツェ、ウフィツィ美術館

いわゆる盛期として評価の高い「受胎告知」の制作は1481年。それらと1500年頃の晩期の作品と比べて何が違うのでしょうか。

率直なところ、ボッティチェリの画風、工房作云々はさて置き、私のような素人でもかなり変化していることが分かります。

一言でいうと晩年の作品は表情がやや硬い。優美さよりも、どこか悲哀、あるいは神秘的な雰囲気を帯びています。また何とも重苦しいまでの緊張感を見て取れるのではないでしょうか。


左:サンドロ・ボッティチェリと工房「聖母子」 1500年頃 リール美術館

ボッティチェリと工房作の「聖母子」はどうでしょうか。画面中央で幼きイエスを抱く聖母。目は殆ど閉じたかのように伏していています。物悲しい。温かみはあまり感じられません。

こうした晩期のボッティチェリの作品からは、フィレンツェを取り巻く、社会、あるいは政治体制の変化を見ることが出来ます。というのも1492年に最大のパトロンであったロレンツォ・デ・メディチが死去。ドメニコ会の修道士サヴォナローラが台頭し、メディチ家の支配体制を批判。結果的に2年後にメディチ家は追放されます。そしていわゆる神権政治を行いました。また贅沢品や美術品などを糾弾し、宗教上好ましくないとして、それらを焼却してしまうという過激な手段にも訴え出ます。

ボッティチェリもサヴォナローラの考えにかなり影響を受けたそうです。メディチ家の没落。少なくとも「美」と「富」の観点からすればフィレンツェの活力は削がれたことでしょう。そうした社会的背景とボッティチェリの画風の変化をあわせ見るのも興味深いことかもしれません。

NHKEテレの「日曜美術館」での本展の特集が放送されます。

NHKEテレ「日曜美術館」
「微笑みに秘めた真実 ~ボッティチェリの女神~」
出演:中野京子さん(西洋文化史家)ほか 
予定:4月26日(日) 9:00~9:45 *再放送:5月3日(日・祝) 20:00~20:45

なおボッティチェッリの「聖母子と洗礼者聖ヨハネ」は5月6日までの期間限定での展示です。ご注意ください。


右手前:フィレンツェの工房「聖アンドレアの聖遺物容器」 1532年頃 フィレンツェ、メディチ家礼拝堂博物館

ルネサンス、フィレンツェ、そしてボッティチェリの絵画。単に名品を紹介するだけでなく、背景となる経済、政治的関係にも言及した硬派な展覧会という印象を受けました。見せる上、思いの外に読ませます。

6月28日まで開催されています。

「ボッティチェリとルネサンス フィレンツェの富と美」 Bunkamura ザ・ミュージアム
会期:3月21日(土・祝)~6月28日(日)
休館:4月13日(月)、4月20日(月)。
時間:10:00~19:00。
 *毎週金・土は21:00まで開館。入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1500(1300)円、大学・高校生1000(800)円、中学・小学生700(500)円。
 *( )内は20名以上の団体料金。
住所:渋谷区道玄坂2-24-1
交通:JR線渋谷駅ハチ公口より徒歩7分。東急東横線・東京メトロ銀座線・京王井の頭線渋谷駅より徒歩7分。東急田園都市線・東京メトロ半蔵門線・東京メトロ副都心線渋谷駅3a出口より徒歩5分。

注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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