「ヂョン・ヨンドゥ 地上の道のように」 水戸芸術館

水戸芸術館
「ヂョン・ヨンドゥ 地上の道のように」
2014/11/8-2015/2/1



水戸芸術館で開催中の「ヂョン・ヨンドゥ 地上の道のように」を見て来ました。

1969年に韓国・晋州に生まれ、同国のほか、MoMAでも個展を開くなど、世界的に活動を続ける現代作家、ヂョン・ヨンドゥ。日本では2013年の「アーティスト・ファイル展」にも出展がありました。

また旧作において水戸の高校生をモデルにするなど、かねてより日本、ひいては水戸とも関わりを持つ作家だそうです。

そのヂョンが改めて水戸に滞在し、当地の人々とのコミュニケーションを踏まえて行ったのが、今回の個展、「地上の道のように」です。

出品は写真、映像ほか、3Dデバイス型で鑑賞する体験型インスタレーション、計14点です。会場内、携帯電話とスマートフォンのみ撮影が出来ました。


「思春期」 2010-2011年 特殊紙にインクジェットプリント

まず冒頭、まるで西洋絵画展のような光景が目に飛び込んできます。「思春期」です。暗がりの夜の屋外、キャンプファイヤーでしょうか。炎を囲んでは暖をとる人の姿が写されています。さもカラヴァッジョやラ・トゥールを思わせる光の陰影。まさに絵画のようですが、実のところ写真でした。そして写真という実景ながらも、どこか芝居がかった舞台の一コマを見ているような趣きもあります。絵画のようで絵画ではなく、実景のようで、非現実的な空間にも見える。漠然とした違和感を覚えながら次の展示室へと進みました。

すると映像です。タイトルは「シックス・ポイント」。横に長いスクリーンです。ニューヨークの街の姿が映し出されていました。


「シックス・ポイント」 2010年 Video(28分44秒)

ただしここでも奇妙な感覚を覚えてなりません。と言うのも、リアルな街にも関わらず、どこかこの世ならざる、非現実的な街を見ているような印象があるのです。そもそもこの街は実際に一本の道路で繋がっているのでしょうか。(答えは解説シートにありました。)また映像にも関わらず、人は一切動いておらず、影のみがただ右から左へと動く。さらに手前の道路と奥の建物が切り離されているようにも見えます。

現実と非現実がない交ぜになったような街の光景、果たしてこの街は本当にニューヨークにあるのかという問いが頭から離れることはありません。言ってしまえば書き割りのようでもありました。


「奥様は魔女」 2001年 マルチスライドプロジェクション

さてヨンドゥは常に人とコミュニケーションをとって制作を続ける作家です。その一つの表れが「奥様は魔女」と題されたスライドでしょう。ここではモデルによる現実の自分と理想の自分を交互に見せています。つまりまず先にモデルの現実の姿をありのままに写し、次いで本当に就きたい職業などに演じた姿を捉えているのです。


「奥様は魔女」 2001年 マルチスライドプロジェクション

この夢に扮した姿こそがヨンドゥの作り上げた虚構ですが、それが本来的に実現していないという点においては、今の現実を半ば痛烈にまで突きつけているとも言えます。ようは夢の姿に扮していても、実際は違っている。少なくともここでは夢は映像の中でしか成り立ち得ない。そう簡単に夢は実現し得ないということを表しているとも受け取れるわけです。


「日常の楽園#2(ソウル)」 2010年 Video(26分31秒)

夢を見ることで逆に現実を知ることが出来る。ヨンドゥは何もユートピアのみを見せているわけではありません。その意味では映像の「日常の楽園」も、現実と虚構、空想がない交ぜに提示した作品と言えるのではないでしょうか。


「日常の楽園#2(ソウル)」 2010年 Video(26分31秒)

二面のモニターにはソウルとシンガポールが何気ない街角が映されていますが、次第にそこへ人の手によって無数の小道具が設置され、いつしか全く原型を留めない「楽園」と化します。ただしこれも書き割りに過ぎません。「楽園」のアイデアこそヨンドゥが対話を重ねた人物から採用されたそうですが、結果完成した「楽園」のモニターの外には何ら変わらない現実がまた広がっています。見たいもの、夢は果たして得られるのか。そんな問いをヨンドゥが発しているようにも思えました。


「ドライブ・イン・シアター」 2014年 ミクストメディア

とは言え、少なくとも写真や映像上において、ヨンドゥはまるで手品を繰り出すように夢を見せてくれます。「ドライブ・イン・シアター」です。展示室内にはタクシーが一台置かれ、観客は運転席ないし助手席に座ることが出来ます。すると目の前のスクリーンに窓ガラス横の背景と自分の姿が重なって映ります。

つまりここではタクシーに乗り込む自分が映画の主人公になるわけです。巨大な駐車場に車を停めては中から映画を見るドライブインシアター、日本ではもう残っていないそうですが、その構造をそっくり借りつつ、見ているはずの映画の主人公に自分がなれるという仕掛けは端的に面白いもの。見ている自分と映画の自分は果たしてどちらが本物なのか。その辺も曖昧になってきます。

一方で映画をそのまま素材に利用した作品がありました。「卒業」、「東京物語」などと名付けられた二連の写真です。


「東京物語- B camera」 2013年 二連の写真

例えば「東京物語」は小津安二郎の映画からとられたもの。右にはさながら映画のワンシーンを映していますが、左はそのシーンを撮影する様子自体を映す、つまり撮影しています。ようは一つの場面を異なった二つのカメラで捉えているわけです。

ただし映画のワンシーンを捉えた写真と思っていた画面を横から見ると、本来の作品とは異なった書き割りで表現されていることが分かります。映画を言わば三次元的に再現しつつ、さらに再現した映画を異なった視点で見る。ともに現実であり、また虚構とも言えます。ちなみに「東京物語」は東日本大震災の被災地で撮影されたそうです。


「ブラザーフッド-B camera」 2013年 二連の写真

それに朝鮮戦争を主題とした韓国映画「ブラザーフッド」は北朝鮮との国境の非武装地帯で撮影されたとか。映画の舞台と再現の舞台が巧みに絡み合います。

ラストの3点はいずれもヨンドゥが水戸に滞在しや経験を元に制作された作品です。


「ワイルド・グース・チェイス」 2014年 Video(4分49秒)

ここでキーパーソンになるのが白鳥健二氏。水戸在住の全盲のマッサージ師です。白鳥氏は通勤時にほぼ毎日、自宅から仕事先をカメラで撮影しています。そのことを聞いたヨンドゥは、白鳥さんの写真を元にスライドショーを作成。彼が好きだという小曽根真のピアノをBGMに取り込んだ映像作品、「ワイルド・グース・チェイス」を完成させました。


「ワイルド・グース・チェイス」 2014年 Video(4分49秒)

目の見えない白鳥さんの写した写真、夜景では激しくブレ、昼間の景色でも指が写り込んでいたりします。しかしあえてそれをヨンドゥは映像に使用しています。

現実と非現実をない交ぜにして見せるヨンドゥ、それは白鳥さんのとの出会いから、見えることと見えないことの関係についても考えさせられることにもなったそうです。


「ブラインド・パースペクティブ」 2014年 ミクストメディア

その一つの結実であるのが3Dデバイスによる体験型インスタレーション、「ブラインド・パースペクティブ」と言えるでしょう。同館で最も細長い通路状のスペースに散るのは無数のゴミ。天井付近まで堆く積まれています。主に県内から集められたものだそうです。

海岸などで打ち上げられたゴミも多いのでしょうか。ひしゃげたビニールのパイプにロープ、それに浮きや梱包材のようなものも目につきます。そして床を見やれば黄色の点字ブロックがほぼ真っすぐに繋がっていました。


「ブラインド・パースペクティブ」 2014年 ミクストメディア

一目見て震災の瓦礫を思い出しました。ともかく生々しい。臭いこそありませんが、まさしくゴミの山、全ての素材は本来の機能を完全に失っています。

この通路を鑑賞者は歩くわけです。その際に3Dデバイスを頭につけます。するとどう見えるのか。驚きました。自然の「楽園」が広がっているではありませんか。


「ブラインド・パースペクティブ」 2014年 ミクストメディア

青空の下、岩山からは滝が落ち、水しぶきをあげながら小川が流れています。草原の向こうには山々が連なります。森を抜けると大きな湿地帯が開けてきました。まるで尾瀬です。ゴミはまるでなく、全てが自然、思わず深呼吸したくなってしまいます。もちろん人の気配もまるでありません。耳を澄ませば鳥のさえずりも聞こえてきました。


「ブラインド・パースペクティブ」 2014年 ミクストメディア

しかしデバイスを外せば目の前にあるのはゴミの山。しかも自然はあくまでもバーチャルに作られたもの、つまり虚構に過ぎないことが分かります。そして実はその自然もコンピューターで描かれたものです。リアルな自然ではありません。さらに足元からは点字ブロックのゴツゴツした感触が伝わります。にわかに現実に引き戻されました。

水戸との関わりを色濃く反映しているのは、ラストの映像「マジシャンの散歩」です。全50分超の超大作、導くのは一人の韓国人マジシャンです。


「マジシャンの散歩」 2014年 Video(53分)

映像は白鳥さんの家の前からはじまります。マジシャンはいわゆるエスコート役ということでしょう。白鳥さんを誘う形にて水戸の街を歩きます。その合間で街の人に語りかけ、また次々とマジックを披露します。途中でバスに乗り込みました。向かうは水戸中心部。ゴールは芸術館の近辺です。

はじめはマジックを含め、完全なるドキュメンタリーなのかと思いましたが、よく見ていると何かが違うことが分かりました。つまりここでも現実と非現実が混ざり合っているのです。マジックはもちろん種のあるものですが、それだけではありません。マジックも、彼の語りもが、周囲の現実を変化させていますが、そこにも何らかのフィクションが差し込まれています。


「マジシャンの散歩」 2014年 Video(53分)

また手品で扱われた素材と現実の光景が時に重なり合うのも面白いもの。突如マジシャンがカッコウの産卵の話をして、マジックで手の中に卵を出したと思い気や、カッコウの彫像が姿を見せる。すると近くの信号からカッコウの鳴き声が流れ出しました。マジックが現実に何らかの作用を与えているかの如く行われています。

ふと展示室を振り返って驚きました。そこには映像内に出て来たカッコウの彫刻が吊るされていたのです。マジックは映像のみならず、展示室にまで及んでいる。ほかにも雨を降らしたり、シャツの色を変化させたりするなど、マジックは水戸の街を巻き込んで進行します。

ラストに白鳥さんが登場し、小曽根の軽やかなピアノのもと、とある仕掛けにて視点は水戸全体へと広がりました。そこにもまたマジックがあります。解説シートに「本当におこっていることは一体何でしょうか。」とありましたが、確かに見ていても本当のことはよく分かりません。目の前の現実は必ずしも全て事実ではなく、虚構が入れ混じる。それは時に複雑な入れ子状になって提示され、見ている我々の認識、感覚を揺さぶります。

まさに映像そのものが一つの奇術、イリュージョンです。現実は決して掴みきれないもの。見ているものとは何か、夢は果たして得られるのか。実は見ているようで見えていないのではないか。真実とは何か。ここには展示全体を貫くキーワード、言い換えればヨンドゥの問いやメッセージが散りばめられています。まさに展覧会のラストに相応しい集大成というべき作品でもありました。

さて観覧についての注意ポイントです。3Dインスタレーションの「ブラインド・パースペクティブ」は原則一人ずつしか参加出来ません。また体験時間は約1人5分です。

私が出向いた時はちょうど5名ほど先に並んでいる方がいたため、体験までおおよそ25~30分ほどかかりました。ただし混雑時は事前に名簿に名前を記載すると、特に列に加わらずとも、指定の時間に出向けば体験出来ます。

3Dインスタレーションは会場の終盤、最後の作品の一つ前の通路での展示です。先に待ち時間を確認した後、一度戻る形で順に作品を見るのも良いかもしれません。

また先にも触れましたが、映像の「マジシャンの散歩」が50分ほどあります。(全ての映像作品の所要時間は全部で2時間半程度です。)時間に余裕をもって出かけられることをおすすめします。



それにしても新旧作を交えながら、ラストに白鳥さんとの交流を元にした三部作を持ってくる展開しかり、水戸芸の展示構成の巧さには改めて感心させられました。

2月1日まで開催されています。ずばりおすすめします。

「ヂョン・ヨンドゥ 地上の道のように」 水戸芸術館@MITOGEI_Gallery
会期:2014年11月8日(土)~2015年2月1日(日)
休館:月曜日。但し11月24日、1月12日は開館。11月25日、1月13日は休館。年末年始(12/27~1/3)。
時間:9:30~18:00 *入館は17:30まで。
料金:一般800円、団体(20名以上)600円。中学生以下、65歳以上は無料。
住所:水戸市五軒町1-6-8
交通:JR線水戸駅北口バスターミナル4~7番のりばから「泉町1丁目」下車。徒歩2分。
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