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como siempre 遊人庵的日常

見たもの聞いたもの、日常の道楽などなどについて、思いつくままつらつら書いていくblogです。

八重の桜 第11回

2013-03-19 23:27:04 | 過去作倉庫11~14
今週のアバンタイトルは、いきなり「ならぬものはならぬ!」という、父・権八(松重豊)のカミナリからはじまります。な、なにがそんなにダメなの…?と、おりしもその瞬間にかぶる、「千葉県知事選挙 森田健作氏 当選確実」のテロップ。森田健作。ならぬものはならぬのか。そうか…。
…っと、つい納得してしまいましたが、第一報ともに「ならぬものはならぬ!」なんて言われた森田氏にはお気の毒でした(笑)。狙ったわけではないでしょうが、大河ドラマって年に一回くらい、こういうボケやらかしますね。
いや、ボケテロップも芸のうちです。今週は、スウィーツ展開とホームドラマ展開と歴史ドラマ展開絶妙な塩梅で、どこも手を抜いてなく、無駄もなく、どこをとっても見ごたえがありました。
 このドラマの脚本、職人的に上手だなあ。ここしばらく、史劇・スイーツ・ホームドラマのバランスが壊滅的におかしいのを見続けてきたので、ことしは、ふつうにそのバランスがとれているというだけで感動してしまいます。こんなハイクオリティだとは夢にもおもわず、去年・一昨年あたりから「どうせまた朝ドラ女作家のお手盛りスイーツ」ぐらいのこと言ってバカにしていたのを、ほんと、心から、もう地面に頭擦りつけて、猛反省したいと思います。
っと、いちどそのことはきちんと謝っておきたかったので。この場を借りてお詫びをすませましたところで、今週もまいりましょう、

第11話「守護職を討て」

○今週は思いっきり魅せます!! 尚之助の桜

 もう来週あたり八重ちゃんが揚げ出し豆腐を作ってもおかしくないと思うなあ(爆)
 というわけで順不同で、スイーツ場面からまとめさせていただきますね。冒頭、ならぬものはならぬっ!!と、おとっつぁまが雷を落としていたのは、三郎ちゃん(工藤阿須加)が、佐川官兵衛(中村獅童)が選抜する特殊部隊に志願したい、と言ったことでした。まだ子供なんだし…と慰める八重ちゃん(綾瀬はるか)を、三郎ちゃんは、お姉ちゃまになにがわかるんだ!とキレて、佐川さまに実力をみせようと稽古を挑み、ボコボコにされて却下されます。
 で、なんで三郎ちゃんが特殊部隊を志願したかっていうと、部屋住みの二男坊で、まして10代では、藩に対してなんか意見をいう資格も機会も全く無いわけですよね。そこで、尚さま(長谷川博已)の作っている地元産新式銃を、自分からもプレゼンしたい三郎ちゃんは、まず藩士と同等の資格を得るため、部屋住みの者を採用している佐川マン部隊(違う…)に、活路を見出したというわけです。ううっ、けなげな子だな~。
 そこを一歩深読みすると、三郎ちゃんがアタマっから「姉上になにがわかるんだ、わかるわけねえ」とかいってお姉ちゃんに事情をうちあけなかったのは、ほんとに、八重ちゃんには何もわからないからなんだよね。男の立場ってもんが。
 部屋住みだから、居候だから、モノが言えない、その屈辱とか焦燥感みたいなのは、女の八重ちゃんには共有できない感情の世界。これはもうジェンダー論の次元ではない、この時代の藩と言う組織の、男と女の、根本的に相容れない違いですよ。そこをしっかり踏まえているのは、注目されていいです。ダメな大河脚本だと、ここで八重ちゃんが藩のエライ人のとこにアポなし突撃して直訴とかするんだけど、そういうことを夢にも発想しないところが、非常にまともですよ。
 だからってボーッと鈍感でいるのではなくて、彼女が黙って一歩下がって、男たちのそういう悲しみを肌で感じているというとこが、いまは大事だとおもいます。
 いや、そんな大真面目な話より今週のみどころはですね、尚さまが、そんな荒れる10代の三郎ちゃんをやさしく慰めるんだ。「覚馬さんとおなじだ…」と言って。そうか…いつも貴方の心のなかには覚馬さんが…ってそういう話ではなく(爆)、ここで尚さまが三郎ちゃんを諭す場面が、もう、御馳走様でしたッてくらい良かったのよ。ほんと、いいよねこの人。癒し系イケメン! もう、ちょっと画面割って中に入って、三郎ちゃんと一緒に慰められたいって思ったもん(無理)。
 で、尚さまが三郎ちゃんを諭してくれたのをみて感動した八重ちゃんは、日新館に出勤する尚さまを追って行って、「ありがとう」とお礼をいいます。ここで尚さまが持っていた風呂敷の中身が、あの、取っ手付きの岡持ちみたいな箱(なんていうんだあれ)でもおかしくなかったと思うし。ここで「今夜はなにがおあがりになりたいですか?」「揚げ出し…」なーんて言っても違和感のない空気が流れたなあ。あの癒しパワーは健在ですね。
 それはそうと尚さまって、山本家の夕食にも席がなかったみたいだし、ご飯とかどうしているんだろう。下宿人あつかいで、ルームサービス…ならいいがまさか角場で寝泊まりしているんじゃなかろうか。洗濯なんかもやっていたようだし(注・自分のフンドシやなんかではない)。と、尚さまの居候の境遇がふと心配になったりしたので、さわやかに職場にご出勤になる朝のひとこまが描写されたのは、なんか安心できて、よかったです。余計なことですけどね。

○ そしてもう一発は 平馬の桜

 佐久間象山先生(奥田瑛二)が肥後の刺客・川上彦斎に惨殺され、覚馬(西島秀俊)たちは激昂。しかも、後難を恐れた松代藩は、後ろ傷を理由に佐久間家を取り潰し、象山先生の業績にドロをぬってしまう。
 おりしも、池田屋事件の報復に燃える長州藩が、国許から大挙上京してきて、山崎天王山に陣を敷き、武力行使の構えをませており、そんな一触即発の時期に有能な外交官の秋月悌二郎(北村有起哉)が左遷され、国許に返されてしまいます。
 秋月の身を案じた容保様(綾野剛)は、病気のために帰国する横山主税(国広富之)に、帰国後の引き回しを内々に頼むのでしたが…容保様も具合悪そうで、ここで横山さんと、「体をいとえよ…」「殿こそ…」とかいって涙をこらえて見つめ合うのはジーンときました。横山さんって、このあとすぐ亡くなってしまって、これが別れになるんだよね。同時に、頼まれた秋月悌二郎の引き回しも、結局は…
 まあ、それは先の話として、今週のみものは、平馬の桜です。そう、梶原平馬(池内博之)。
 いまさらだけど、このドラマってほんと男優陣が充実してて、毎週眼福に事欠きませんよね。先週、いっそ週替わりでオープニングダンスでも、などと言いましたが、今週あたりは、ほとんど乙女ゲー状態じゃないかと思ってしまった。ワイルド系お兄様(覚馬)、癒し系お兄様(尚之助)、同級生・幼なじみ(山川大蔵)、エロカッコいい上司(梶原平馬)、おもろい上司(秋月悌二郎)、王子様(容保様)、執事(神保修理)……と、キャラもよりどりみどりで、好みのところをつまみ食いできます。美味しすぎます。
 ハッ…。失礼、脱線しました。平馬の桜でしたね。
 帰国する悌二郎から、長州の暴走をなんとしても食い止めてくれと頼まれた覚馬・平馬・大蔵(玉山鉄二)の三人は、町人に変装し、長州軍が結集している天王山に偵察に行きます。大藩の、それも中堅の管理職クラスの人たちが、コスプレしてホイホイと偵察なんかに行くかっていったら、行かねえだろと思いますが、そこはドラマですから面白ければヨロシイのです。バカバカしくないていどに面白ければ、こういうのもありなのです。ようはこの場面の平馬さまが面白かったので許してしまうのです。
 もう、平馬様ったら。少し前に久坂玄瑞としてこの天王山から出陣した前世の記憶など完ぺきに喪失した、みごとなボケっぷりでしたわ。これで久坂玄瑞だった過去をきれいに上書きしました。
 コスプレ三人男は、天王山にいき、参詣にまぎれて長州の本陣に忍び込んで、そこで真木和泉(嶋田久作)が祝詞をあげて(この祝詞がやたら上手くて、本職の神職の人かと思ったらナマ祝詞だったのでビックリ)、長州の必勝祈願と、「奸賊松平容保に死を!!」みたいな檄を飛ばしているのを見て、ショックをうけるわけですね。そして、長州の出陣は長州藩の世子(毛利定広)の到着を待って、10日後くらい、というスケジュールもキャッチします。
 ですが、これが見つからないわけはなく、案のじょうで「怪しい奴」とか言って捕まるわけですね。口を開いたら会津の者だとバレてしまうのですが、ここで平馬様が、あやしい関西弁で「わてら御朱印もらいに来ただけですねん~」みたいなこと言って、ボケをかましてその場を切り抜けます。すごい怪しさですが(笑)。真木和泉が、無慈悲に「斬り捨てろ」というんだけど、桂小五郎(及川光博)が、「出陣前だし、あんまり後生の悪いことはしないほうが」といい、コスプレ三人衆は九死に一生を得るのでした。
 いやあ、いい人だなあコゴちゃん(笑)。このエピは創作としても、桂小五郎って人はどっかボケているというか、甘いとこがあって、それでさまざまな局面で切り抜けたような運の良さもあるので、まあ要するに、良い人だったのでしょうね。そんな感じもチラッとでてました。
 でも、コゴちゃんも久坂玄瑞も、そうとう祇園あたりであそんだわけだから、平馬様のあやしい関西弁くらいわかっていいと思うけど。その平馬様も、「だてに祇園であそんでいるわけではない」みたいなことを豪語してましたが、このあたりも、やがて二葉夫人との間にできる亀裂の含みが、チラリチラリと。

○ そのほかの今週のみどころ

 このドラマでいいなあと思うのは、幕末史をかざる事件の取り扱いの正確さと、その要領のよさですよね。
 特に禁門の変の前夜、長州軍がぞくぞくと洛外に結集して、大きな軍事的脅威になっていく緊張感など秀逸です。そこで、長州征伐の勅がでるかでないかという朝廷周りの駆け引きや、一橋慶喜(小泉孝太郎)のあいかわらず日和見的な態度など、淡々としたドキュメンタリータッチだけで、非常に迫力と説得力がありますよ。
 長州追討の勅が出る場面なんか、ドライな史劇タッチでほとんど感情を混ぜないのに、御簾が上がった瞬間の孝明帝(市川染五郎)と容保の一瞬交わす視線なんかに、むしろより濃い情念が感じられて、うわぁ~~……っと、ああまた取り乱しちゃってすみませんw 
 あと、長州追討の勅を前にして、詭弁を弄して責任逃れしようとする一橋慶喜。これがまた超うまくて唸りました。政治家の口の巧さと誠意のなさが、ほんと、まったく作った風がなくイヤミもなく、それこそ地でいってて、これは、かつてないナチュラル慶喜ではないでしょうか。
徳川慶喜の役が異様にハマったというのが、意外なようで意外でない、これこそ争えない政治家の家の血ってもんなんでしょうな。米百俵の小林虎太郎のほうが良いなんていって、申し訳なかったわ。


今週の八重ちゃんドロナワ学習会

幕末ブログ「元治夢物語」からの同時代視点。

 ここに「元治夢物語」というテキストがあるんですが、これは、馬場文英という幕末の人が、文久~元治年間の京都の動乱を、つぶさに書き留めた同時代レポで、まあいうなれば当時のブログのようなものですね。幕末のブログふう同時代レポとしては有名な「藤岡屋日記」なんかあるけど、あれより時間が短くて、発信が京都というのが独特。
この作者は民間人なんだけど、福岡藩邸の出入り商人という立場で、政治向きのことなんかけっこう詳しく知るチャンスがあったようなんです。また本人も書くことが好きで、凝り性でもあり、暇でもあり、その文章の存在があとで上の方にも知れて世に出ることになった…という、まさに幕末ブロガーですよね。
 そのへんのことを詳述してると長くなるので、、興味のあるむきは岩波文庫から出てるので読んでください。

 その元治夢物語から、禁門の変前夜のようすを、ざっとご紹介します。超訳で(笑)

「長州には、去年の八月の京都の動乱で七卿がたが落ち延びていて、そこに諸国の脱走人とか、前科持ちとか、浮浪の徒みたいなヤバげな連中がわらわら集まってこれを奇兵隊とか称してました。その連中が「宰相様親子(毛利敬親・定広)と七卿様方の濡れ衣を晴らして、俺らの気合を見せたろーじゃねえの」と、いろいろデモとか署名活動などしてアピールしてたんですが、ぜんぜん相手にされないので、ブチ切れ。「こうなったら京都にいって、帝まわりの外道連中を掃除してからじゃね。話はそれからだ」と、手っ取り早く仲間を募り、その物騒な顔ぶれが、浜忠太郎(注・真木和泉の変名)、久坂義助(玄瑞)、来島又兵衛、寺島忠三郎、入江九一……以下以下、総勢だいたい4百人が、6月19日に三田尻の港から出発したわけです。全員よろいかぶとを用意して、重火器・小火器も船に積んで、もう死ぬ気っていうか、殺る気まんまんでした」

「21日、奇兵隊が大阪に到着。ほとんど出陣みたいな大げさなパフォーマンスで、船に赤白の旗をなびかせて淀川を遡行し、山崎から上陸して天王山へ布陣しました。関所の番人がビックリして京都に報告。それと伏見には、長州の家老・福原越後が、こっちは長州の上士クラスの藩士団を引率して上陸し、伏見奉行所に『京都に用があるんで、3日ばかり厄介になります』と届け出たので、奉行所もビックリですよね、「やばすぎる。よくわからんけど、とにかくやばすぎる」と、厳戒態勢をしいて、京都にも早馬を走らせました。
 伏見・山崎の市民も怯えて、とりあえず貴重品をまとめて非難したり、火事場見舞いに外からくる人もいて、一時町中混乱したんですが、長州藩士は意外と大人しく、すぐにヤバいことになりそうでもないので、少ししたら落ち着きました」

「京都市内では、『けさ、長州藩士が戦支度で伏見を出て佐賀天龍寺に布陣』の第一報が入ると、すぐに禁裏の九門を閉じて、会津中将松平容保様は甲冑を着用、バッチリ戦支度を決めた藩士総勢6,7百人、白旗をなびかし、貝・鉦・太鼓を打ち鳴らし、刀槍・重火器・小火器もものものしく御所に馳せ参じました。
 夜になると篝火をたいて、一晩中厳戒態勢。この雰囲気だけで京都じゅうが恐れおののいて、生きた心地もなく一晩すごしたわけですが、まあこれといった変事もなく夜が明けると、とりあえず安心して、警備も解散ということになりました。
 でも、このときから九門はガッチリ閉鎖され、出入りは脇のくぐり門から。会津中将は宿舎に帰らず、御所御花畑に泊まり込み、二十四時間御所の警備に当たられたわけです」

「18日、長州藩士に主上の布告がでました。
『長州藩士は、言いたいこともあるのだろうけども、多人数で武装して、重火器などを構えるのは危険でもある。また、伏見まで来て歎願をしている家老たちも、どう説得しても納得しない。去年の八月十八日の御処置は濡れ衣である、真の叡慮ではないはずだ、などなど、兵力をバックに居座って朝廷を威嚇するなど、無礼でもあり、不届き極まる所業である。よって、天朝より征伐の勅が下される。ついては、今後上京してくる者はもちろん、国元の防長二国についても同様で、そちらで不穏な活動があるようなら遠征して誅伐するので心せよ』
 これを聞いた在京の諸藩の士、「キターーーーッッ!!」ってなもんで、すぐに馬には鞍、刀槍の鞘ははずし、大砲鉄砲にタマをこめ、兵糧の準備まではじめて、特に若者は、「一発手柄を立ててビッグになってやるぜ!」と無責任なこといって、明日の開戦をハイテンションで待っていました」。

(奇兵隊関連の説明とか、多少史実と違うところもあるんですが、そこが同時代レポの面白さってことで。超訳ですがそのままにしました)
また来週!


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