新甲州人が探訪する山梨の魅力再発見!

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38)富士山を”北口本宮富士浅間神社の登山門”から登る!

2012-10-20 | 山梨山行・富士山と御坂山塊

富士山を”北口本宮富士浅間神社の登山門”から登る!

10月13日(土)、富士北麓から五合目まで、「富士信仰の歴史の跡を辿る」登山ガイドツアーに参加してきました。

五合目のあたりは、”ナナカマドやダケカンバ”などの美しい紅葉の季節!

真っ赤なナナカマドや黄色いダケカンバの紅葉、オンタデの草モミジ・・・、

大きなフジアザミやヤマトリカブトなどの花を楽しみながら・・・、

富士信仰の文化遺産が多彩に残る”歴史の吉田口古道”を歩いてみました。

「富士山駅」から望む、快晴の富士山        紅葉が始まった五合目の色彩

20121013_002 20121013

 

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現在、富士登山は、富士スバルライン”五合目小御岳神社”までバスや車で簡単に行けるので、北麓~一合目~五合目までの吉田口登山道は、なかなか歩く機会が少ない。

ほとんど忘れかけられているのではないでしょうか!?

筆者も、春夏秋冬のお中道(大沢崩れ)歩きや富士スバルライン五合目から富士山頂上へ2度も登ったのに、山麓から五合目まで登ったのは、初めての体験です。

山麓から富士山へ登ったことがないと云う人は、多いのではないでしょうか!?

そうかと云って・・・、北麓富士浅間神社の登山門から中の茶屋~馬返し~一合目~二合目~三合目~四合目~五合目~経ヶ岳~六合目~七合目~八合目~本八合目~九合目~吉田口頂上(久須志神社)~剣が峰までを通して登る”時間と元気”がないので、なかなか北麓から頂上へ登る機会もない。

標準的には、2泊3日の行程をとれば無理はないと思うが・・・、決して無理をしないのも安全・安心登山の心得の一つですから・・・。

筆者は、今夏7月に、富士山頂へ登頂して来ました。

7月山開き後、夏休み前の山小屋が空いている時を選んで、且つ梅雨が中休みの7月10日(火)~11日(水)1泊2日の山行プランで、富士スバルライン五合目~富士山吉田口頂上へ登って来ました。

※本ブログ8月号で紹介しています。バックナンバー8月号(36)でご覧ください。

順序は逆ですが、その時、北麓富士浅間神社の北口登山門~一合目~五合目の山行は、気候が良く、秋の紅葉が始まってからにしようと考えていたのですが・・・。

丁度、運よく10月13日(土)富士吉田市富士山課と教育委員会・歴史民族博物館の主催で「古の草山・木山を歩む~富士山歴史散歩」のガイドツアーがあると云うので、参加させてもらいました。

注)富士山概念図では、草山は、北口本宮富士浅間神社~馬返し、

木山は、馬返し~五合目(天地境=森林限界)、焼山は五合目~頂上の植物の状態で区分されている。但し、現在は、温暖化の影響もあり、森林限界が六合目あたりまで上りつつあり、焼山の七合目あたりまで、オンタデが増殖しつつあり、森林限界は変化をしているのではないかと思われる。

昨年1月号のブログ取材で富士吉田市歴史民俗博物館を訪ねた時、学芸員の篠原武さんに勧められて、「富士を登る」と云うガイドブックを購入、拝読した。

筆者は、この本「富士を登る」をキッカケにして、一度は北麓から富士山へ登っ見なければならないと思ったものです。

富士を登る」は富士山の歴史・文化史蹟の解説のみならず、吉田口登山道ガイドマップとしても”優れもの”です。

北口本宮富士浅間神社から北口登山門、吉田口登山道に沿って、”歴史・文化遺産などが写真付・図説で詳細に解説されています。登山ガイドブックとしても必要な情報(登山道情報、標高、距離、標準歩行時間と見所などの全てを網羅しています。この本があれば・・・、誰でも安心して楽しく歩けます!

今回は、その「富士を登る」を執筆・編集された学芸員の”布施光敏”さんが直接ガイドをして頂けると云うので、「富士を登る」を手に「歴史の道~吉田口登山道」の史蹟を巡る登山ガイドツアーに参加して来ました。ラッキーです。

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富士山吉田口”古道”は、今も現役の県道”吉田口登山道”として、歩きやすく整備されています!

本来の”富士登山”は、北口本宮富士浅間神社の登山門(北口鳥居)が起点です!

本来、富士山吉田口登山道は、富士吉田市(上吉田)の北口本宮富士浅間神社の境内にある「富士山吉田口登山門」が起点であることをご存知ですか?

富士山吉田口”古道”は、今も現役の県道「吉田口登山道」として、歩きやすく整備されています。

富士スバルライン五合目の人気とは、うって変わって、富士山の文化遺産と自然の中に息づく動植物を楽しめる「ほんとうの富士山好きが歩く道」です。ある意味では”現代版富士信仰の聖地”なのかもしれません。

北口本宮富士浅間神社登山門 ※登山門は金鳥居から数えて「四番目の鳥居」

 

 

 

 

20120826_133北口本宮富士浅間神社吉田口登山門 

往古の扁額は「三国不二山」。三国は大和(日本)、支那(中国)、天竺(インド)で、三国一で二つとない「不二山」とも呼ばれた。

現在の扁額は「富士山」で、木製の鳥居は古来の神聖な雰囲気がある。今は、外国人の旅行者も大勢訪れています。

富士山NETによると、吉田口登山道は、古くから「北口」とも呼ばれていました。

この鳥居は、起源は明らかでないが、1612年(慶長7年)の古文書「印むすび」に記された第十六 後の門」が登山門ではないかと云われている。

富士講が栄えた江戸時代には、大勢の人々が、この登山門をくぐって富士山へ登拝したことでしょう!

1680年(延宝8年)の「八葉九尊」図に神社境内から登山道が延びている個所に鳥居が描かれており、登山門と推定されている。1860年(万延元年)の「富士山道しるべ」には、「富士登山門 当社の西の隅にあり、額に「三国不二山」の五字あり、これは天和2年朝鮮国春斉の書とされるとある。

又、「この所より(一合目)鈴原(社)迄行程三里余あり」の記述あり、江戸時代より古い歴史があったものと思われる。この登山門で、7月1日の山開きが行われる。

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そうだ・・・!北麓~五合目散策のまえに・・・、

北麓から富士山吉田口頂上までは・・・、一の鳥居から始まって・・・、由緒ある”8個所の鳥居”があると・・・、歴史民族博物館の資料に、解説があります。

?金鳥居 ?北口本宮富士浅間神社参道入口の鳥居 ?北口本宮富士浅間神社の大鳥居 ?北口本宮富士浅間神社の北口登山門 ?馬返しの石造り鳥居 ?七合目鳥居荘の鳥居 ?九合目の丸太鳥居 ?富士山頂久須志神社下の鳥居がある。

各々の”鳥居”は富士山信仰の結界(境界)を示し、登山改役所や山役銭の徴収役場が置かれる目印にもなっていたようです

鳥居と鳥居の跡も数えながら登るだけでも・・・、昔を偲ぶ楽しみがあります!

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筆者の”寄り道”ですが・・・、先ずは”一の鳥居”から”北口本宮富士浅間神社登山門”までの・・・”四つの鳥居”について記述しておきましょう。

”一の鳥居”は・・・、富士山駅の近く、上吉田の下宿、国道139号線と137号線の交差点に、”一の鳥居”と云われる「金鳥居」がある!

ほんとうは・・・、この「金鳥居」から富士(信仰)登山は、始まるのです!

今回のガイドツアーの集合場所から逆方向に離れているので、省略されているが、スタートの前に、紹介しておきたいと思います。

念のためですが・・・、吉田口登山道を登るには、「金鳥居」から始まり、北口本宮富士浅間神社の「登山門」へ至るまでに、”三つの鳥居”をくぐることになるのです。

一番目の鳥居が、関東から甲州街道を経て大月で分岐、”富士みち”を歩いて来ると、最初に至る鳥居が、”一の鳥居”と云われる「金鳥居」です。

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”一の鳥居”と云われる「金鳥居」は、扁額に”富士山”と書かれています!

「金鳥居」から望む富士山(ブログ2011年1月号掲載写真)

Photo「金鳥居」は、浅間神社の鳥居ではない。

”神霊富士山の鳥居”なのです。

新田朝臣源通純書の「富士山」の額字が掲げてあります。

「一の鳥居」と云われ、1788年(天明8年)、御師中鴈丸由太夫の発願により、御師講社、富士信仰者の寄進で金銅で建立されたが、その後台風で崩壊、再建を繰り返す。1944年(昭和19年)太平洋戦争で供出。1955年(昭和30年)に、現在の銅の鳥居が建立された歴史があります。

江戸時代には、この地上吉田に入る時、”俗界と富士山信仰の境界”として、”神聖な存在”であったそうです。「富士山」そのものが”神の聖域”なのです。

鳥居西側の柱の根元に、富士登山元標があり、金鳥居から富士山頂まで、4里13丁10間(17.145km)と記されている。

主に、関東から訪れる富士講の人々は、甲州街道の大月から”富士みち”を通って、上吉田に至るのが一般的であったそうで、上吉田の入り口に「金鳥居」と「登山改役所」が設けられ、大きな目印としたばかりではなく、「山役銭」と云う”入山料”を徴収して、富士信仰者の身を清め、「山行」の身支度を整えてもらい、神聖さを保っていたそうです。上吉田の御師宿の通りは、とても”神聖な領域”であったのです。

詳しくは”北口本宮の参道”とも云える御師宿の通りにある指定文化財「旧外川家住宅」を訪ねて下さい。富士吉田の事がわかる図書も販売しているし、詳しく教えてもらえます。

ブログ2011年1月号をご覧下さいhttp://yssoho.blog.ocn.ne.jp/blog/2011/01/

参考)甲斐国志によると、頂上まで登るのに122文(うち御師には6文)を山中4ヶ所でそれぞれ納めていたそうです。※現在価値で云うと1200円~1400円くらいではないかと概算されています。

現在、富士山の自然・歴史・文化資源保護のため、新たに入山料を検討されているようですが・・・、筆者は、賛成の意見です!

真に、”富士山を愛する人”のみ、マナーをもって登る人のみになって欲しいもの。

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北口本宮富士浅間神社参道入口の鳥居 

20120826115北口本宮の参道入口の鳥居は「ニの鳥居」

梨本宮守正王の筆によると云う額字も「富士山」です。 

この「二の鳥居」をくぐると”北口本宮富士浅間神社境内”に入る。

ここから長い参道が拝殿に続いている。

1913年(昭和2年)に計画、1916年(昭和5年)に建立。1973年(昭和48年)に銅板葺の鳥居になった。

副碑は、当時の浜口雄幸首相の筆で「御大典記念大鳥居建設 記念碑」と記されている。

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富士山大鳥居

北口本宮富士浅間神社参道を進むと、「富士山大鳥居」がある。

20120826_118 富士山大鳥居は、「三の鳥居」      

浅間神社隋神門の前にある。やはり富士山の鳥居です。

上野寛永寺門跡、曼珠宮ニ品良怒親王の書による額字は「三国第一山」です。

「富士山」そのものをご神霊とする大鳥居は木造で国内最大。

高さ約10m、明約7mで、1952年(昭和27年)建立。

 

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北口本宮富士浅間神社は、西暦110年(景行天皇40年)日本武尊が東征の途に、当地大塚丘に立たれて、「富士の神山は北方より拝せよ」と勅されて、祠を建てて祀ったのが起源とされ、その後、恒武天皇の御代、788年(延暦7年)にこの丘の北東に建てられたのが、現在の北口本宮富士浅間神社です。※上文司厚宮司による。

垂仁天皇の御代(紀元前29年~70年)、富士山の大噴火を鎮めるため、勅令をもって火山鎮護の神「木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)」を祀ったと云う説もある。

古来、崇高な山であった富士山は、神体山(即ち禁足地)であり、麓にて祭礼がおこなわれ、遥拝されてきた。その後、富士信仰が盛んになり、富士講によって、富士登山(登拝信仰)が発展してきた。

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「大塚丘」・・・北口本宮浅間神社の起源となる神聖な処!

大塚丘」の祠、「大塚山」とも云う。 

Photo_2 「大塚丘の祠」は、北口本宮富士浅間神社境内の北口に、今も、ひっそりと佇んでいる。

茂った樹木に囲まれて、今は、富士山の眺望はないが、日本武尊が東征の際、立寄ったであろう時には、おそらく何もない火山岩台地と大自然の草木がまばらにあった程度で、さぞかし、素晴らしい眺望であったであろう・・・。

昔むかし・・・、日本武尊が、東征の途に、ここに立寄って、「富士の神山は北方より拝せよ・・・」と云われたそうである。

何故なら、富士山は、何所から見ても・・・、山間に少しだけ覗いて見えるだけでも、感動を与えてくれる魅力を持っているからです。

特に、この北山麓から仰ぎ見る富士山は、剣ケ峰から切り落ちる大沢崩れの迫りくる猛しい表情を美粧し、包容力のある優美さを感じる魅力がある!

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吉田口古道ガイドツアーは、「浅間神社参道前駐車場」に、8:00AM集合・出発式!

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