新甲州人が探訪する山梨の魅力再発見!

東京から移住して”新甲州人”になった元観光のプロが探訪する”山梨の魅力再発見!”
旅人目線の特選記事を抜粋して発信!

甲府「武田の杜」、深緑の山嶺に映えるアジサイ園!17-07

2017-07-03 | 山梨、里山の美しい四季!

山梨県は、都道府県別「健康寿命」で、日本一になった!

平成27年12月公表の都道府県別健康寿命統計データ(厚労省)

山梨県は病気予防や健康意識の高まりも要因だが・・、食育も盛んだ!

筆者は、その要因の一つに山梨県土の77.8%(全国第3位)を山岳

・森林で守られて、恵まれた環境も忘れてはならないと思う。

甲府盆地の風景は美しいばかりではない。加えて自然環境の恩恵に感謝

今号は、甲府市内、ベッドタウンのすぐ傍に大自然が守られ

ている自然豊かな「武田の杜」と「千代田湖」を紹介します。

閑静な住宅地の中心にある「千塚公園」から望む「武田の杜」片山!

写真の山嶺の山麓に、山宮町、羽黒町の環境の良い住宅地が開かれる。

甲府駅前から路線バスで約20分のところ。もし、東京なら考えられない住環境

にある。背景山嶺ピークは片山(大宮山)標高665.2m。

その右側(東)の「和田峠」を越えると下帯那町。そこに「千代田湖」

がある。 そしてその山並みに沿って西側一帯に「武田の杜」が広がる!


秩父多摩甲斐国立公園「千代田湖」付近の案内図

「千代田湖」は、正式名称は「丸山貯水地」。

名前のいわれは、旧西山梨郡千代田村大字帯那字丸山・針原にあるため

「丸山ため池」となったが、現在は「千代田湖」と呼ばれている。

かつて甲府市は上水道の水源を荒川に求めるにあたり、不足する下流

荒川沿岸の農業用水を補給するため上流帯那川の流れを集めて造られた。

溜池工事は、昭和8年~12年(1933~37)頃。

水面積26ヘクタール、水量145万立方メートル。水深13m。

山梨県甲府市の北西部にある湖。面積は約0.25平方キロメートル。

湖面標高は550m。

へら鮒釣りのメッカ「千代田湖」! 

湖畔沿いは一周2.5kmの舗装道路が整備され、リゾート環境があるところだが、

定住している人も多い。秩父多摩甲斐国立公園の最南部に位置している。 

また、湖畔に近い「和田峠」は甲府の夜景を眺める展望スポットで、

これから夏になると、夕涼みや夜景を眺めるカップルや家族で賑あう!


 「千代田湖」は、甲府の隠れ”リゾート”! 

千代田湖」は、甲府市街と昇仙峡の中間に位置することから、

交通の便も良く、甲府から車で約20分の距離なので、ボート遊び、

釣りなどの市民の憩いの場となっており、特に、”へら鮒”釣りには、

大人気スポット。月曜日にもかかわらず多くの釣り愛好家が楽しんで

いるのを見ると・・・、良く釣れるらしい!

特に、顔がゴッツい鮒は山梨らしく「信玄鮒」と呼ぶと聞く。

注)筆者も蓮花の多い場所に、1m近い鯉の死骸が浮いているのを見つけて

釣り人に聞いてみると、かつては、全長1m位の大鯉が釣れたと云う。

へら鮒も全長30~40cmくらいの大物が釣れるらしいので覚えておこう。


「千代田湖」ルートを利用する時は「武田の杜」も訪ねて見て下さい。

 「武田の杜」は健康の森とも云い・・・森林浴を楽しめる遊歩道も整備

されており、森林セラピー基地の散策が楽しめる!?

散策すると、気分爽快になり、健康促進になる観光のあり方もお薦めです!


「千代田湖」は、甲府駅北口、山梨交通バス6:51発

「上帯那」行に乗る!「千代田湖」へは約20分で行ける。

注)マイカーは問題ないが、最寄りバス便は「山宮循環バス」が便利。

しかし山宮の武田の杜入口下車で「武田の杜」へ行くには、少し山登り

の覚悟がいるので、早朝便に乗って「千代田湖」へ先に行くことにした。

ネット情報を見て6月20日(火)~7月2日(日)にあった

「武田の杜」・あじさいまつりの静かな翌日7月3日(月)に、

「武田の杜」・あじさい園を訪ねた!

早朝バス便に乗れたので、先に「千代田湖」の蓮の花を訪ねた。

「武田の杜」6月末~7月初め「樹林に映えるアジサイ園」が美しい!

「武田の杜」アジサイ園が目的だが、先に「千代田湖」の蓮の花を見る!


甲府駅北口山梨交通バス6:51発「上帯那」行で、通学生ら数人と乗った

バスに、観光客は二人だけ。7:10AM過ぎ、もう山嶺の「千代田湖」へ着。

第一印象は「長閑なリゾート地」のような環境だと思った・・・!

何と・・・、そこ甲府「千代田湖」は”へら鮒”釣りのメッカだった!

「千代田湖」は”へら鮒釣り!のメッカ!大きな鯉や鮒が釣れる! 

へら鮒釣りの人は、湖畔に車を置いてそれぞれがお気に入りの場所に

陣取っている。湖に浮かぶボート桟橋は二箇所あって、殆どが釣り人が、

湖面のスポットにボートを留めて何時間も釣りを楽しんでいる様子だ。

早朝にかかわらず約数十人は見える。


 釣り舟の桟橋は、朝早くから釣り人を待っているボートが整然と並ぶ!

 

朝早い人は、夜明けから釣りを楽しんでいるようです。釣り舟は事前確認要。

貸しボートは、2500円。5月~8月は、早朝5時頃から営業しているよう。

甲府市下帯那町1353 「千和」ネット検索でも釣り情報などが得られます。


 筆者のお薦めは、梅雨の合間なら「千代田湖」の蓮の花・・・!

6月下旬~7月初め「千代田湖」は、美しい蓮の花が咲く!

  

偶然だが、蓮の群生の中に小さな丸太が浮いていて、その上に休んでいる

のは、何と銭亀が二匹、仲むつまじい夫婦亀かも!


 真っ白い蓮の花が素朴で美しい!暫し、シャッターを楽しむ!


千代田湖の蓮の花

 


「武田の杜」は健康の森として、”甲府市民憩いの場”に・・・!!

「武田の杜」は昭和48年に設置。甲府駅より北西に約4kmの位置にある。

甲府市北部に国有林、県有林、私有林を合わせ、2500㌶の広大な森林だ。

千代田湖畔沿いの静かな車道を歩く(徒歩約30分)と間もなく「武田の杜」

入口へ至る。「武田の杜」豊かな自然に親しむ癒やしのスポット、健康の森。

富士山や南アルプスを背景に甲府盆地を一望できる美しい森林公園!

「武田の杜」には、森林学習展示館を始め、野鳥昆虫観察小屋、

ログキャビンキャンプ場など、自由広場を中心に「健康の森」として、

世界遺産富士山を望む森「森林セラピー基地」として認定されている。

詳しくは、http://y-zouen.jp/takeda/ 

武田の杜入口※車はこの道を進むと管理サービスセンター前に駐車場がある。

先ず最初に「武田の杜」サービスセンターを訪ねて、散策情報を伺うのが良い。

「武田の杜」サービスセンター(管理事務所)は、甲府市山宮町井山3371。

TEL055-251-8551 

「さくらまつり」は、2017年は、4月9日(土)~10日(日)

「あじさいまつりは、〃6月20日(土)~7月2日(日)でしたが、

2018年以降は、念のため再確認要。


「武田の杜」健康の森の散策路は、整備されて歩き易い自然散策路!


「あじさい園」はアジサイの群生がとても自然林に馴染んでいる!

 


自然林に馴染んだ「あじさい園」は、シャッターを押したくなる!


現在、あじさい群は約2000株になったそうで、種類も楽しめる!


大自然に融合した”あじさいの群生”と散策路の様子!


「片山(大宮山)」は標高665.2mの展望地。樹額に富士山!

案内資料によると、平成24年10月、天皇・皇后両陛下が県立「武田の杜」を

ご訪問。中核施設の「森林学習展示館」で「恩賜林100年の歩み特別展」を

ご覧の後、展望広場から甲府盆地を囲む恩賜林を一望されたとのこと。

上記写真左は、その記念に建てられた御行幸記念碑とのことで、

山頂まで軽舗装されていて、行幸の際に整備されたものらしい。歩き易い!

この展望広場は、「荒れた国土に緑の晴れ着を」をスローガンとして、

昭和天皇・香淳皇后の御行幸を仰ぎ、昭和25年に開催された「第1回全国植樹祭」

の会場となった甲府市片山恩賜林の山頂部にあたる。


梅雨空の中、出迎えてくれた”富士山”の勇姿・・・。元気をもらいました!


 山頂から望む甲斐駒ヶ岳     鳳凰三山のシルエットが望めた!

雲の中だが、シルエットは素晴らしい!次回は晴天を期待したい!

紅葉の季節に、また来たいな・・・!!


森林セラピー基地の石標  国際ソロプチミスト「山梨の森」木標

石標は山梨県立「武田の杜」保健休養林「健康の森」セラピー基地

注)森林セラピー基地は、リラックス効果が森林医学の面から実証され、

さらに関連施設などの自然・社会条件が一定の水準で整備されている地域

のことで、現在、全国では62の森が認定されています。

さらに森林セラピー基地には森林セラピーロード(散策路)が2本以上

必要だが、甲府「武田の杜」健康の森コースは4本のコースが設定されている。

①癒やしの小径 中の平コース 1.4km 初級 

②癒やしの小径 西の平コース 2.2km 初級

③五感の森コース 約2.3km 初級・中級

④外周コース   約5.0km 中級・健脚向き

その他歩道コースもあり、遊歩道は全長約20kmに及ぶ広大な森林エリアである。

木板サインは、国際ソロプチスト「山梨の森」と記されている。

山梨県の女性らは、時々、ここに集まって、”元気をもらっている”ものと想像する。

従って、筆者の歩いた感じでは、ロングウオーキングに向いたスニーカーか、

軽登山靴などを履いた方が歩き易いと思う。整備はされているが、

中高年は山道も歩くので、ストックなど用意されていると歩き易いと思います。

服装は、準登山スタイルがベターで、蜂や蚊対策などもあった方が無難です。

HPやパンフレットに書かれているので、ご自身で確かめて下さい。


「武田の杜」展望休憩室はデッキから望む南アルプスが素晴らしい!

注)梅雨の合間で台風前であったので、運良く稜線は見えたが、

天気の良い日にまた訪ねて見たいところ・・・!

※上記掲載写真の南アルプス(鳳凰三山)方面はここから。


 森林学習展示館は、山梨の森林・林業の様子が良く分かります。

静かな環境で見て回ると、久し振りに「勉強した」気分になった。

検索で諸資料あり。


附録写真だが、ここが自由広場でセラピー基地の拠点となっている。

写真右は、おにぐるみの実!樹木や植物に興味があれば、こんな写真も撮れる。

植物図鑑の宿題が増えます。ぜひ好きな方はデジカメを持参し散策して下さい。

バードウオーチングも面白そうです。この季節にウグイスの声も聞けましたョ。


「千代田湖」へのアクセスは甲府駅北口から山梨交通のバス便もある!


 「武田の杜」は、甲府駅より北西約4kmに位置する。

山嶺のピークは、片山(大宮山)は標高665.2m。

東京郊外で有名な高尾山より少し高いだけだが、車でも山上まで登れる。

従って、千代田湖から武田の杜へも舗装された車道を歩くが、武田の杜

に入ると、自然散策路が整備されていて、全長約22kmの整備された

遊歩道を歩くことができる。しかも、遊歩道には道標が31ケ所も設置

されていて、これほど安心できる山嶺の散策路は他には少ないであろう。

筆者も、東京調布在住時代、高尾山を奥庭の如く歩いたが、人混みで

迷うことはないが、もちろん、必要最低限の標識は整備されている。

今回、初めての散策路も歩いて見たが、分かりやすい道標で歩き易かった。


帰路は別の道を下り、甲府市山宮町のバス停「千代田湖入口」で、

山梨交通、山宮循環バス「甲府駅行」に乗るコースを取った。

山宮は循環バスが豊富にあるので便利。下りは、バス停まで約40分。

車道なので舗装道路の下りのために、少々ふくらはぎが疲れたが・・・、

下り道の中腹でベンチが置いてある「みはらし広場」に立ち寄って見た。

近づいた甲府市街地(目の前)に甲府富士屋ホテルや湯村温泉の宿が軒

を並べているので、帰り道に立ち寄り湯でして帰れば良かったのかも!

注)山宮町の高台の閑静で見晴らしの良さそうな住宅地を抜けると、

急に都会的住宅地に至るが、どちらが住みやすいやら、山腹の高台に

住んでいる高齢のご夫人が坂を登って来たので声をかけてみると・・・、

「若い頃は、見晴らしが良くて喜んだが、今は坂の上り下りが結構、

キツいですョ」と言っていた。


山梨県は「都道府県の森林面積割合」で全国第3位、

現在でも県土の77.8%が山岳・森林に守られている。

その守られた自然環境の中で、山梨県は健康寿命日本一

になったのではなかろうか・・・!?

改めて、近年、山梨県の居住人口が減少しているのは残念だが・・・、

首都圏などが都会化で段々と破壊されている国土を見るにつけ・・・、

特に、都会から山梨を選んで移住して来た者には、山梨県は良い処もたくさんあり、

恵まれた自然環境の中に暮らしていることを・・・改めて感謝したい。

お陰で、筆者もリタイアー後、山梨に移住して以来、夫婦とも少々高齢になった

ものの、風邪ひとつ引かなくなって、甲府盆地をサイクリングして楽しめるほど

元気に暮らせていることを感謝している!

山梨県に居住する皆さんも県土の良さを見直す機会を得たのではないだろうか!?

職場環境を除けば、東京では考えられない恵まれた居住環境です!


県土の自然環境を表すデータ「都道府県・森林面積の割合」を分析すると、

1位:高知県 83.4%  ランクA

2位:岐阜県 79.1% ランクA

3位:山梨県 77.8% ランクA 3474.01K㎡/県土4464.99K㎡

4位:島根県 5位:奈良県 6位:和歌山県が上位Aランクであるのみで、

首都圏は、

42位:神奈川県 39.0% 43位:東京都 35.9% 44位:埼玉県 

45位:千葉県 46位:茨城県 47位:大阪府 30.4%と下がり、

若い頃は憧れた都会は、現在は自然破壊が激しく、殆どが崩壊寸前である。

この山岳に囲まれ、森林が約78%も守られているお陰で、空気は清んでいて、

清涼な水は豊富にある。筆者もそれが気に入って山梨県に移住して良かったと思う。


平成25年「健康寿命」調査統計※厚労省が3年に1回調査。

自然環境だけでは「健康寿命」は向上しないようだが、念のため分析をしてみた。

平成25年「健康寿命」調査データ(厚労省)によると・・・、

男)第1位:山梨県72.52才 女)第1位:山梨県75.78才。

  第2位:沖縄県         第2位:静岡県

  第3位:静岡県         第3位:秋田県

と県別の環境分析では、第一は病気予防と健康対策の成果と思われるが、筆者は、

上記のように山岳と森林が保全され、森林の占める面積の割合が県土の77.8%

守られていて、自然環境が優れていることではないかと考える。

そのお陰で、清涼な水が豊富で、空気も新鮮に保たれている!

都会化する山梨県内の市街地も、今のうちから、自然環境保護について大切に

考え直す機会を与えられているものと考えます。まだ今からでも間に合うと思う!

それは、「武田の杜」のような広域の恩賜林をベースに、県有林、国有林、私有林

が環境保全されながら有効に活用されることが一番重要な役割ではないかと思われる。


 

 

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日蓮上人の身延山久遠寺、樹齢400年のシダレ桜が咲く!17-04

2017-04-01 | 山梨、里山の美しい四季!

日蓮上人が開山した甲斐の身延山久遠寺に見事に咲く大シダレ桜!

鎌倉時代、文永11年(1274)、日蓮上人が甲斐国波木井(はきい)のの地頭(領主)

南部実長(さねなが)の招聘により開いた身延山久遠寺・・・。

大伽藍の象徴として、祖師堂の前に、春には樹齢400年超のしだれ桜が満開を迎える!

注)筆者が以前に撮影した満開の素人写真ですが、今年の開花状況は行かれる方は情報を再確認して下さい。

4月上旬、身延山久遠寺祖師堂前に樹齢400年を越えるシダレ桜が満開を迎える!

身延山頂を見上げる塔頭・宿坊には、爛漫の桜が乱れる!

身延山「塔頭・宿坊が軒を連ねる」西谷の里にはヤマ桜も咲く!


甲斐(山梨県)には、往古の歴史とともに咲き乱れる桜の花がある!

今号(4月号)は「甲斐・身延山久遠寺の桜風景」を紹介します!


山梨県内の桜の名所としては、筆者のお薦めは何カ所かあるが、今号では未だ

紹介していない「身延山久遠寺のシダレ桜」と春爛漫の大伽藍周辺を紹介します。

注)文中の久遠寺に関する解説は、ウイキペディア、久遠寺HPなどを参照抜粋している。


日蓮上人開山の「身延山久遠寺」は花見だけではもったいない! 

身延山西谷の桜風景は、荘厳の世界に包まれた宿坊を見守る!


 「身延山久遠寺」は、日蓮上人が開山した「日蓮宗総本山」

文永11年(1274)、甲斐国波木井(はきい)郷の地頭南部六郎実長

(波木井実長(じつなが)が佐渡での流刑を終えて鎌倉に戻った日蓮を招聘。

日蓮は西谷の地に草庵を構え、法華経の読誦(どくしょう)広宣流布及び弟子

信徒の教化育成、更には日本に迫る蒙古軍の退散、国土安堵を祈念したと云う。

弘安4年(1281)日蓮により十間四面の大坊が整備され、創建年とされる。

日蓮によって名付けられた「身延山妙法華院久遠寺」を正式名としている。


身延山久遠寺の総門から荘厳の地へ三門を潜る瞬間に荘厳の境地へ入る


身延山久遠寺の三門と本堂を一文字に結ぶ287段の石段は、キツいが登る人も多い!


 

※三門は「空、夢相、無願」の三解脱を表す。

石段を登り切ると覚りの喜びが生ずると云われ、一度はチャレンジしたい!

結構、一段、一段は高いので、高齢者には手すりの利用をお薦め!


二十六世日暹(にっせん)上人が、寛永八年(1632)に、佐渡の仁蔵の

発願によって完成したもので高さ104m。

身延山久遠寺の三門と本堂を一文字に結ぶ287段の石段は、南無妙法蓮華経に

準えて7区画に分かれています。その中で、菩提梯は、覚りに至る梯(きざはし)

のことで、この石段を登り切れば涅槃の本堂に至ることができることから、覚り

の喜びが生ずることを意味すると云う。※現地解説版より


身延山五重塔(平成25年5月落慶)祖師堂前のシダレ桜は樹齢400年超


身延山久遠寺へは三門を潜り右へ進み写真左の甘露門から入ると仏殿の前


 ヒッソリと咲くヤマ桜も美しい!桜の花も色とりどりで自然に融和している!


 西谷のヤマ桜や宿坊は自然界に溶け込んだ爛漫の桜群がある!見事だ!

 


西谷の宿坊の里は、爛漫の桜と同時に花桃の競演が見られる!


西谷は「草庵跡、御廟所」の静寂が保たれる荘厳の地!

 

日蓮上人が身延へ招聘された時の草庵跡(左)とその奥に御廟所(右)がある!


西谷の里と呼びたい荘厳の地は久遠寺を訪ねる人も意外に見過ごしている!


身延山久遠寺へ行くなら奥之院思親閣と頂上の展望を楽しみたい!  

身延山(標高1153m)山頂には奥之院思親閣があり眺望は素晴らしい!


 奥の院思親閣、現在はロープウエイで片道7分で登れる!

そうすれば、頂上駅の展望台で上の写真のように富士山と富士川の眺望が広がる。

もちろん、往古の日蓮は、西谷の草庵から高座石、洗足652m願萬稲荷を登り、

千本杉、感井坊を経て標高962m、1051mの尾根筋を経て奥の院へ登った

と云う。筆者は歩いて登ったことがないので・・・、一度はチャレンジしたい。


 身延山山頂から望む大パノラマは一寸した登山気分の大展望! ?


身延山山頂の標高1,153mの向こうに見える山は、手前が日本一人口が

少ない早川町の集落と富士見山(1640m)。その向こうに冠雪が見えるのが、

白根三山(農鳥岳3026m、間ノ岳3189m、北岳3193m)。

展望は静岡側から笊ケ岳(2629m)、荒川三山(中岳3083m、悪沢岳

3141m、千枚岳2879m)、塩見岳3047m、白根三山、鳳凰三山

(地蔵ケ岳2764m、観音岳2840m、薬師ケ岳2780m)、赤岳2899m、茅ケ岳

1704mなど、南アルプスや八ケ岳が覗き、パノラマ大展望が望める。

身延山久遠寺が桜が咲く頃には冠雪がまぶしく、眺望は一年中で最も美しい!

山々の案内版は頂上に鳥瞰図が掲示してあり、一般の人でも分かりやすい。

まさに、楽々に高山へ登ったパノラマ眺望が楽しめる!


日蓮聖人追考之遺蹟と云われる奥之院思親閣の仁王門


 

奥之院思親閣には大考殿、開基堂、育恩殿などが構えられ・・・、

仁王門を入ると常護堂、鐘楼、祖師堂などがあり、歴史観を楽しめる。


奥之院思親閣は、久遠寺裏山身延山山頂にあり、往古、日蓮は望郷の念おさえ

がたく、折に触れては身延山の頂上へ登り、故郷房州(千葉)安房勝浦の両親

を思い回向した場所で古来は東孝閣とも呼ばれ現在では親を思うお堂思親閣

と呼ばれている。


日蓮没後、加賀前田利家側室寿福院の外護により、堂宇が建立された。

育恩の祖師とも呼ばれる日蓮上人像、六老僧像 、参十番神、常護稲荷大菩薩、

草分稲荷大菩薩、子安八幡大菩薩を祀っている。


三門の前に身延山観光案内処※新宿直行高速バスも運行されて便利! 


 

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北杜・小淵沢、南アルプスと武田史跡「馬場の里」!16-05

2016-05-03 | 山梨、里山の美しい四季!

北杜・小淵沢は、諏訪方面とリゾート大泉・清里への分岐だが・・・、

観光客が素通りする小淵沢・笹尾の里を歩いて見ると・・・、

そこには、往古の武田史跡「笹尾砦跡」と「馬場の里」があった!

そして、雄大で穏やかな、美しい里山風景が広がっている!

穏やかな散歩道!小淵沢・笹尾の里から望む甲斐駒ケ岳と鳳凰三山

小淵沢・笹尾の里から見る八ケ岳連峰の雄姿!

 


今号は、「小淵沢・大滝湧水と馬場の里コース」を紹介します。

※小淵沢ウオーキングは、観光客は素通りするので長閑な里山歩きができる!

①小淵沢駅(約1.5km約20分)~②大滝湧水公園(約1km約15分)

③三峯の丘(約1.5km約20分)~④大イトザクラ(約3km約45分)

⑤城山公園(笹尾塁跡)(約1km約15分)~⑥「馬場の里」

(金比羅神社・約1km約15分)~⑤諏訪神社(約3km約45分)~

⑥小淵沢駅のコースがお薦め!徒歩約12km、約3時間を見込む。

注①小淵沢駅前観光案内所で頂いた小淵沢ウオーキングマップと、JR東日本の

   ”駅から歩くウオークラリー「えきほ」”マップ参照。

   但し、歩くマップ情報は事前に確認のこと。何故なら歩く情報は現地には殆どない・・・。

   ウオーキングの標識は、要所にはあるので、問題はないが、所々不安な場所がある。

注②コース中、レストランは2箇所しかない。しかも場所は時間とミスマッチなので、

   小淵沢駅下車の際、ホームで”山のごはん”など名物駅弁を買って持参すると

   ベタ-・・・!


 JR中央本線小渕沢駅下車・・・、

小渕沢町の南側、松向、上笹尾、下笹尾には、往古を偲ぶ里山が残る!

電車からも見える「大滝神社と大滝湧水公園」

 


大滝神社と大滝湧水公園=※現地解説版参照

名水百選の一つ八ケ岳南麓広原湧水群「大滝湧水」

この公園は、大滝神社を中心として約5000㎡の広大で、懇々

と清水が湧き数百年を経た杉林が鬱蒼し冷涼・清閑の神域である。

伝承によると、里の井戸水が濁った時には大滝湧水を注ぐと清澄

の水になると伝わる。湧水は日量約22000㎥の湧出がある。

水田の灌漑用水の他、にじますの養殖に使われている。

夏冬とも12℃の水温に保たれている。

大滝神社は武淳川別命(たけぬなかわわけのみこと)が当国巡視の

折、清水湧出を賞賛し、自ら祭祀して大滝神社が起こしたと伝わる。

伝説では、紀元前崇天皇10年9月東海に派遣された四道将軍の

一人に名が記され推定紀元前88年頃の話であるが故不詳。日本書記伝。


三峯の丘、広大な平原台地に三峯を眺める絶景ポイント!

三峯の丘は・・・、大展望の里!

注)「悟空里山の看板」は目印になるが、別荘地の宣伝なので注意。

正面に甲斐駒ケ岳、鳳凰三山、富士山、八ケ岳と入笠山の先に奥穂高の遠望!

 

詳しくは白州みちくさ案内http://homepage2.nifty.com/whitesand/s-alps/kb_01.htm


里山の歴史を語る「神田の大イトザクラ」!

大イトザクラの背景に八ケ岳連峰天然記念物大イトザクラは養生中

昭和34年に指定された山梨県指定天然記念物「神田の大糸ザクラ」は、

  現在、樹勢回復のため養生中ですが、一見の価値あり・・・!

  樹齢は不詳だが、まれに見る大木で樹形は見事!

  本樹はシダレザクラだがエドヒガンの変種と云われ、花色は多少紅色が濃い。  


城山(篠尾塁=笹尾塁跡)は往古甲斐国平定の要所であった!

 小淵沢高原「城山(篠尾塁跡)」と甲斐駒山梨の米処「武川村」を見下ろす!

①城山は篠尾塁跡、又、笹尾塁跡と呼ばれ、下笹尾にあり小渕沢、小荒間、

     両道の番所へ各一里の位置。

          古甲斐国武田氏の時代、諏訪氏との対峙の要害として築かれた城山(砦)。

      里人は平安末期、建久元年(1190年)、鎌倉時代へ遷る時代であるが・・・、

         逸見清光の建塁にて、笹尾岩見守守護せりと言い伝えられている・・・。

         注)笹尾岩見守は史実では不詳。

      武田信虎・信玄の時代、甲斐国平定に重要な役割を果たした処。

             特に信濃国諏訪対峙の時代、篠尾塁は甲斐国の要害として貢献。

      ※現地解説参照。

     この地は七里岩上西端にあり、東西は深山峨々とし、南は高岩壁立して、

           下を釜無川が流れる自然地形の要塞である。

           七里岩台地は、西側に釜無川、東側に穴山地点で塩川が流れ浸食崖を形成。

       七里岩は甲斐国南東~北西30km(約7里)に及ぶので、七里岩と呼ばれる。

     注)この七里岩南東端に韮崎があり、後に武田勝頼が新府城を築城した話は有名。

   城山には、甲斐国志に載る鐘釣穴もあり、城山の南へ少し下ると洞穴があり、

    ここにて、鐘打ち鳴らすと鳥原にて太鼓を打ち相応ずと云い伝う。

    数十人を容るべし「鐘釣穴」と名づく。(甲斐国志記)

 ②写真右、釜無川の向こうに見える武川村は・・・、

            今は武川米と呼ばれるブランド米の産地で有名。

     古代は真衣郷に比定され、平安時代には甲斐国三御牧の一つ

     真衣野牧が設置されており、朝廷へ貢馬したと云う。

      注)吾妻鏡の建久5年(1194年)条に鎌倉へ貢馬した武川御牧が見られる。

      鎌倉時代末期、甲斐源氏の一条時信が子孫を配した処と伝わりる。

      武田時代には「武川衆」と呼ばれる武士団が盤踞したことで有名。

      室町時代永享5年(1433年)には、武田信長と守護代の跡部氏の戦い

    にも参戦。戦国時代には、武田信玄の弟武田信繁を寄親とした。

      徳川時代には、徳川氏に属し、徳川幕府に貢献している。

  注)徳川第五代将軍綱吉の時、大老格・側御用人に出世した柳沢吉保は

     甲斐一条氏の末裔を称し武川衆の血筋。甲斐国甲府城主、譜代大名。


金比羅神社と馬場の里は、長閑な風景と往古を偲ぶ散歩道・・・!

 馬場の里の古を偲ばせる金比羅神社   「馬場の里」の開拓碑

金比羅神社は、金比羅山(丸山)の中央にあり、七里ケ岩台地の最高峰。

   武田信玄は、金比羅大神を祀り、この里の繁栄と健康を祈願し、宇津保木

   と呼ばれていた地名を敢えて金比羅山と名付けたと云う。

   往時は石の祠が据えられ、その後建立された嘉永六年の御神灯があった。

場の里は、七里ケ岩の崖上にある笹尾塁跡を中心に、金比羅山、馬場池

   などからなり、素晴らしい展望が開ける。   

   昭和59年地域活性化を求め「むらおこし」事業を取り入れて整備事業が行われ、

   約1.3kmの遊歩道が現在も活かされている。

   写真右は、「馬場の里」整備事業を記念して建立された石碑。

   現在は売店は閉鎖し、ひっそりとした散策路である。 


諏訪神社・・・笹尾の里の氏神様!

笹尾の鎮守「諏訪神社」

 

諏訪神社は、現在も旧村社として下笹尾359番地に所在して、里人の鎮守の神。

   伝崇天皇10年、四道将軍として東海に使わされた武淳川別命(たけぬなかわ

   わけのみこと=別名建沼河別命)が諏訪明神より建御名方命を勧請して祀った。

   注)上古天皇第10代崇天皇の命により東海へ派遣された将軍。

   建御名方命は諏訪にあった頃この地を御狩場とし、当地の篠を御狩矢として献じた

   ことから、将軍は諏訪大神の分霊を石に刻して祀ったと云われる。

   康平年間、新羅三郎義光が社領を寄進して社殿を建立。

   武田氏の時代に滝一条の城主笹尾岩見守が営繕管理を行った。

   注)笹尾岩見守の実在は史実で証されていない。

   慶長8年徳川家康が黒印地1石1斗5升2合、永三六文八分を寄進。

   明治6年村社に列す

     棟札によると、初めは現在地のわずか東方にあったが、元文3年(1738年)

   現在地に社殿を建立して遷されたと云われる。この社殿建立は上笹尾・下笹尾の

   氏子が御普請で行い、代官所から御普請金が下附された。

   境内社には、稲荷社、山神社、道祖、秋葉社、疱瘡社、金比羅社他九社ある。

   ※小渕沢町誌等参照。  


笹尾の里山を歩くと奥秩父山塊の金峰山や霊峰富士山の風景!

笹尾の里山は、奥秩父山塊の金峰山から霊峰富士山まで望める穏やかで美しい里山!


笹尾の里、甲斐駒と鳳凰三山の大パノラマは山梨一の絶景ポイント!

甲斐駒と鳳凰三山を背景に広がる田園風景!畑の畔に咲く菜の花と南アルプス

 


笹尾の里歩きは里山の魅力そのままに、5月は野花の散策街道!

 里山の道端に咲くヤマツツジの群落    5月中旬だというのに、満開のサクラを堪能!

 


  優雅に、ライラックの花も咲く!       至るところに花ダイコンが彩る!

 


小渕沢町は、里の地名に・・・、往古の小字名が活きている!

 小淵沢町の地域は、あらまし、こんな形の里山を形成している。

 今回の散策地は、松向、上笹尾、下笹尾の地域です。昔の字名が地名で呼ばれている。

  


 

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信玄堤の春は、桜と冠雪の南アルプスが美しい!16-04

2016-04-07 | 山梨、里山の美しい四季!

甲斐・信玄堤の春・・・!

爛漫の桜と冠雪の南アルプス、八ケ岳&富士山の遠望が美しい!

信玄堤は雄大な冠雪の名山パノラマが堪能できる桜の名所です~

信玄堤は爛漫の桜と八ケ岳を背景に美しい風景だ!写真中央の凸部が”竜王鼻”と呼ばれる。

信玄堤(しんげんつつみ)は山梨県甲斐市竜王にある歴史遺産的な堤防です。

JR中央本線竜王駅下車 徒歩約25分 車は甲府昭和ICより約10分

但し、道案内はないので予め地図で調べて行く必要がある。歩行は結構趣がある。

散策の帰り道には甲斐市役所隣JA農産物直売所「いーなとーぶ」へ立ち寄ると良い。


信玄堤は歴史的遺産に感動・・・!美しいパノラマ風景が堪能できる!

今号は”信玄堤の美しい桜と冠雪の山岳パノラマ風景”を紹介します・・・!

信玄堤から釜無川の向こうには、桜の季節に、冠雪の南アルプス山岳パノラマが

広がる!北西側から山梨のシンボル、荘厳な”甲斐駒ケ岳(2967m)”・・・、

その左に鳳凰三山《地蔵岳、観音岳(2841m)、薬師岳》、辻山、千頭星山(2139m)

大崖頭山(2186m)、夜叉神峠(1770m)、農鳥岳(3026m)、左側西南方面に、

甲府盆地のやすらぎを象る”櫛形山(2052m)”が連なる! 

※掲載写真は少々範囲が狭いが、現地には「信玄堤から見た山々」として分かりやすい絵図がある。

信玄堤から見る南アルプスの山々 右奥が甲斐駒ヶ岳、中央の冠雪が鳳凰三山、左冠雪は農鳥岳


信玄堤の桜の見頃は、3月末~4月上旬!

基点は「三社神社」・・・!

 


 三社神社石鳥居は、甲斐市指定有形文化財 造立年代は不詳(承応元年修復)

往古、推定桃山時代の造立と考えられているそうです。

三社神社は天頂2年(825年)国中地域に未曾有の水害がもたらされたことにより、

第53代淳和天皇が一宮浅間神社(木花開耶姫)、二宮美和神社(大物主命)、

三宮玉諸神社(大国魂命)へ釜無川の水坊祈願を行うよう勅使を遣わしました。

このため三社神社は三社の祭神を合祀しています。

現在、「大御幸祭」として毎年4月15日に神事が執り行われ、多くの人で賑わう。

甲斐市:現地掲示版による


 信玄堤を歩くと・・・、こんな風景に出会える!

信玄堤のシンボル「甲斐駒ヶ岳」の雄姿に感動する!

 


 釜無川対岸には、南アルプス冠雪の鳳凰三山(地蔵岳、観音岳、薬師岳)!

 


これぞ信玄堤の圧巻!往古より甲斐国が誇れり聖牛と八ケ岳の風景・・・!

 


甲斐国は山間地域であるが・・・、

国中地方(中央地域)では平野部である甲府盆地が広がる。 

古来から特に釜無川、御勅使川の合流するこの地点は、大雨による水害が度々 

発生する地域で安定した定住は困難であったが、天文11年(1542年)武田信玄 

が国主になってなってから堤防築造が着工され、甲斐国志によれば、初めは植林 

などが行われていたが、釜無川と御勅使川合流地点である竜王の高岩(竜王鼻) 

に堤防を築いて御勅使川の流路を北へ移し、釜無川流路を南に制御する試みが 

なされたという。

現地解説版、ウイキペディア等参照によると・・・、

この聖牛は、洪水の流れを弱めるために考えられた往古の河川工法で、

戦国時代甲州が発祥の地と云われる。

三角の形をして上の部分が牛の角のように見えるので「聖牛」と呼ばれる。

聖牛は大きさで「大聖牛」、「中聖牛」、「小聖牛」の三種あるが、

信玄堤に設置されているのは「中聖牛」です。

この歴史的遺産とも云える「信玄堤」と「聖牛」が人々の暮らしを守って

来たと思うと感慨ひとしおです!


信玄堤公園の南端「信玄橋」にて、富士山のこんな風景が飛び込んで来る!


信玄堤の風景は穏やかな散歩道!暖かい春の風景にのんびり散策・・・!

  


 信玄堤の名は!?

山梨大好きの何でも”信玄”ではない!その由緒を記しておきます。

永禄3年(1560年)8月2日の武田信玄印判状(保坂家文書)によれば、堤防管理

のため棟別役を免除される代わりに、川除へ集団移住(竜王河原宿)が促されてお

り、一応、完成みたと考えられている。

河川工事はおよそ20年以上にもわたったと云われる。以上の旨から、信玄堤は

戦国時代甲斐守護武田信玄(晴信)により築かれたと云われる由縁となっている。

史料では、「竜王川除場」と記されており、「信玄堤」の呼称は江戸時代後期から

見られ、近代以降に一般化したと云われる。霞堤(かすみてい)とも云う。

「信玄堤」と呼ばれる堤防は武田氏以降のものを含め県内各地にも存在する。


 信玄堤情報:

信玄堤では、毎年、春の桜、秋の紅葉のライトアップが開催されています。

幽玄の美しい風景は、とても人気です。

甲斐市まちできweb版

http://www.city.kai.yamanashi.jp/docs/2016033000106/


 

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一宮桃源郷は南アルプスの眺望が抜群!16-03

2016-03-24 | 山梨、里山の美しい四季!

山梨の里山に春が来た!あちこちに、桃の花が咲く・・・!

ご存じ、山梨には春爛漫の花々と大自然の”屈指の風景”がある!

まもなく里山一面に桃の花が咲く!これぞ”桃源郷の花畑”である!

3月号は、山梨四大桃源郷の一つ「一宮桃源郷」を紹介します!


~一宮桃源郷~

一宮桃源郷から望む南アルプスの全貌  一宮桃源郷から臨む白根三山と鳳凰三山!

山梨四大桃源郷は、バックナンバーでも紹介したので各解説は省略します。

①塩山桃源郷 ②新府桃源郷 ③白根桃源郷 ④一宮桃源郷の四ヶ所あります。

紹介する「一宮桃源郷」は四大桃源郷の中で”南アルプスが最も美しく映える風景”です!

一宮桃源郷から覗く甲斐駒の雄姿   一宮桃源郷から臨む南アルプスの大パノラマ!       


一宮桃源郷は生産量日本一の要!パノラマ風景のスケールも抜群!

山梨県の桃の生産量は日本一!

平成25年度桃収穫量ランキング

①山梨県39100トン②福島県29300トン③長野県15400トン 

しかし、収穫量と同様にこのスケールの大きい美しい風景に感動する!

 

一宮桃源郷から望む大蔵経寺山方面                      一宮桃源郷花見台の無料駐車場

 


一宮桃源郷から眺める南アルプス                      一宮花見台にヤマ桜咲く風景 


桃源郷は絵物語の世界のように                            こんな環境で育つ桃は美味しさも抜群

 


夫婦でサイクリングも気持ちよさそう                        この奥に見えるのが花見台/展望地

 


山梨の桃源郷は、全国に誇れる風景を堪能できる!

南に富士山、西に南アルプス、北に八ッ岳、東に奥秩父山塊が望める!

「笛吹市桃源郷春まつり」・・・、

2016年は3月27日(日)~4月24日(日)

詳しくは、笛吹市観光商工課 TEL055-262-4111

http://fuefuki-kanko.jp/content/springfes_2016/

この一宮桃源郷は、西北に南アルプス、北東に奥秩父山塊の大パノラマが展開する。

但し、南の富士山は御坂山塊が手前にあるので臨むことはできない!


甲斐国の時代、浅間神社が甲斐国一ノ宮と格付けされ、地名も「一宮」と呼ばれる

ようになったという。

往古、天平時代聖武天皇の勅願で行政の要「国分寺」が置かれ、古来より甲府盆地

甲府盆地の産業と文化の中心地であったところです。

笛吹川の支流で水はけが良い扇状地で肥沃な耕地に恵まれた一宮は・・・、

「日本一桃の里~いちのみや」がキャッチフレーズで、桃の有名ブランドです。

特に、一宮桃源郷の花見台がある一宮町土塚と金沢地域は標高も高く、昼夜の

寒暖差も大きくて着色の良い、糖度の高い桃を生産している。


山梨は、桃(もも)以外に、葡萄(ぶどう)、李(すもも)も・・・、

全国一の生産量になっていて、可憐な李の花や葡萄の花も楽しめる!

さくらんぼ、柿、りんご、なし、梅なども評価が高く、食べる楽しみも一番だが、

開花の季節から、眺める楽しみも”いっぱい”です。


甲斐国には、往古に”五山の送り火”があった・・・!?

その一つ、一宮花見台の奥山に、廃寺大積寺の大積寺山があることは、

山梨通でも意外に知られていない!?

往古には「大積寺山」の送り火があったと言う!

山奥に、菩提山長谷寺と争った大名刹「廃寺・大積寺」があったようだ!

「甲斐国志」の記述を一つづつ拾って分かったことで、かつて山梨県のIT広報で、

大久保山の大文字焼のことを知った時、「甲斐の四大送り火」の一つと解説して

いたので、興味を引かれて電話取材してみたが、窓口では三つしか知らなかった。

今は、観光イベントで復活した「”送り火ならぬ火祭り”」と言う三つのイベント

人々は知るのみである。また広報も、その”三つの火祭り”しか紹介されていない。

①鳥居焼=柏尾山(かしわおさん)➩柏尾山大善寺

②笈型焼=大蔵経寺山(だいぞうきょうじやま)➩菩提山長谷寺

 注)現在は、笛吹市の観光イベントとして電照の笈型焼で復活している。

③大文字焼=大久保山(おおくぼやま)➩現在は妙亀山広厳院にて採火式が行われる。

この「大文字焼」は、甲斐国志巻40古跡部第三大積寺の跡の項に「大積寺山」で

行われていたことが記載されている。

「大積寺(たいしゃくじ)」は甲斐国志では「帝釈寺山」と書いたようで、寺院の

名は「帝釈寺」とも言った。往古に実在した大刹であったそうだ。

塔頭千坊と言われ菩提山長谷寺と競った大寺院であったと伝わる。

注)菩提山長谷寺は柏尾山大善寺と競っていた。

近年発掘調査もされ、実在したことは証されたが詳細は不明のままだ。

平安期~昭和時代まであったらしいが、創建や由緒も不詳である。

④錫杖焼(しゃくじょうやき)=奈良原山(ならばらさん)➩廃法華寺

⑤這藤焼(はいふじやき)=境川藤垈地域 ➩ 不詳

注)甲斐国志では「藤垈の域、同村の山・・・」と記すのみ。

以上、甲斐国志古跡部を読みとると、上記五箇所あったことが分かる!

想像するに、一宮に国分寺が置かれ、そこから全ての送り火が拝める位置にある

ことは、調べて見ると「見えたであろう」と思えることから・・・、

筆者は、「甲斐の四大火祭り」は実は”五山送り火”であった!?」のではないかと

検証してみたが、楽しみを越えない範囲に留めた。

素人の筆者でも、早計に京都のように「五山送り火」とは呼べない。

送り火は国分寺法華霊滅罪寺の精霊送りが、旧盆の7月14日(盂蘭盆)に行われたこと

で一宮に置かれた国分寺を基点にすると、丁度五箇所の山とも視野に入ることから興味

もっている。

まさに「五山の送り火」と言いたくなるが、臨済宗の五山文学や時代考証も合わない。

また、三箇所の寺院の創建・由緒も不詳のままであるので、ここから進めようがない

ので今回はここまでとします。どなたか、詳しくご存知なら教えて下さい。


 

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