新甲州人が探訪する山梨の魅力再発見!

東京から移住して”新甲州人”になった元観光のプロが探訪する”山梨の魅力再発見!”
旅人目線の特選記事を抜粋して発信!

24)甲州・勝沼、恒例の”ぶどうまつり”は、リピーターが多い!

2011-10-11 | 山梨、里山の郷土愛!

甲州・勝沼の秋、恒例”ぶどうまつり”は葡萄の豊穣に感謝と祈りを込めて・・・!

2011年は10月1日(土)、秋の晴天に恵まれて、盛況に行われました・・・!

”勝沼ぶどうまつり”は、1954年(昭和29年)勝沼町(現甲州市勝沼)が誕生した年に始まって以来、今年で第58回を数える人気のお祭りです!最近は”ワイン通”が増えて、年々リピーターが増えています!※ぶどうまつり誕生秘話は地元記事を追記しています。

今年は、葡萄やワインのファンが首都圏などから、約6万7千人(甲州市広報)も訪れました。若いカップル、家族連れ、ワイン通の大人達がそれぞれ楽しんでいましたよ。貴方は来たことがありますか?一度は訪ねてみることをお薦めします。

”甲州ぶどうの無料サービス”や”500円グラスのフリー・ワインテイスティング”等、来訪客の至福の笑顔を誘います。筆者も毎年長い行列に加わって”ワインまつり”を楽しんでいます・・・。

甲州ぶどう感謝祭”と”ワインフェスティバル”と言ったイメージのイベントです。

イベント村、ワイン村、ぶどう村、鳥居焼きなど、多彩で楽しいフェスティバルです!

イベントステージでは、地元の幼稚園児やKSKバンド、消防団、Y-Kids、勝沼おどり等、多彩な演奏や踊りなどショープログラムがあり、心から歓迎をしています。

Photo ”勝沼ぶどうまつり”は、718年(養老2年)行基上人が創建の柏尾山大善寺・鳥居平で行う”鳥居焼き”の火祭りが起源だそうです。

・古代信仰の時代に起こったとされ、往古は陰暦7月14日のお盆の火焚き行事(護摩法要)として、村人の無病息災を祈願する行事であったが、近年になって、お客様とともに”葡萄豊穣を祈念と感謝するまつり”に変わったものだそうです。

・・・だからポスターに、鳥居焼きと花火が・・・!?                     甲州市”かつぬまぶどうまつり”ポスター(複写)

ぶどうの国文化館の歴史読本(上野晴朗著)によると、鳥居焼きは、大善寺の山号になる「”柏尾山”の西平において、長さ150間、幅百間(272m×181m)の鳥居形に薪を点置し、これを焼く」と、古い記録にあるそうだ。

・また、大善寺の話では「28色の星(宇宙本体)を表し、大松(松明)28本を中心に祀り、周りに大松337本を捧げ、合計366本(1年相当)の松明を並べて焼くので、遠くから見ると鳥居形に見えるのだと説明されている。

・そもそも鳥居は神社の門と考えられるが・・・、古代には、村の入口や出口を守る門とする意識が強く、つまり鳥は神様の乗り物で、村を守ってくれるから、鳥居の名前が伝承されているようです。

「鳥居焼き」には、昔からこんな伝承があります・・・!

鳥居平から、甲府盆地の西方に、山梨の地名発祥の地と言われる”足ひきの山梨岡”が見えるが、その山裾に、「山梨岡神社と菩提山長谷寺」がある。伝承によると・・・、昔、大善寺が壇林随一を誇っていた頃、菩提山長谷寺と権勢を競い、柏尾山と菩提山の衆徒(しゅと=多くの僧、僧兵)が山伏問答を行い、口論の末、柏尾山側が菩提山側の”鳥居”を奪取し、これを焼却して凱歌を上げたのが始まりで、報復のため、菩提山側は、柏尾山側の笈(おい=修験者が仏具衣類など入れて背負う箱)を持ち逃げして焼き払い、うっぷんを晴らしたと言い伝えられている。以来、両山では、お互いに相手方の鳥居と笈を、双方から見える相対する山に燃やす場所を作って、火祭りを行うことが年中行事になったといわれているそうです。(上野晴朗著「ぶどうの国文化館歴史読本」より)

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勝沼ぶどうまつりは、”もてなしいっぱい!”の感謝祭・・・!?

Photo_3 会場近くで、端正込めて栽培した葡萄の房が・・・・、白いユニフォームをまとって来客を歓迎してくれた。

ほんとうは、もう出荷したかったのに、10月初旬には、遠いところから、ぶどうの味覚を楽しみに訪れる観光客のために残しておいてくれたものですよ!

祭りが終わると、葡萄の収穫は殆ど終わりになります。

甲州ぶどうのサービス風景       ワイン村のテイスティング      賑わいのぶどうまつり会場

Photo_3Photo

PhotoPhoto_2

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・地域の多彩な飲食テント村もたくさん並び、何を食べようかと悩むくらい多彩です!

ところで、永年東京国分寺でレストランをやっていた吉田さんご夫婦が、最近、甲斐大和の笹子峠道(旧甲州街道の昔道)にある「駒飼宿」に、古民家を再生した「大黒屋・サンガムCafe」をオープンされました。

その”大黒屋・サンガムCafe”がテント村に出展されていたので、ここで紹介をしておきます。

詳しくは、http://daikokuya-sangam.on.omisenomikata.jp

先日、お茶を飲みに立寄って見たら、とても”憩いのあるCafe”でしたヨ!

奥さんの飾らない暖かいもてなしがとても印象に残っています。

名物は、”オーガニックカレー”840円~で、ネパールから来ている青年が沸かしてくれるお茶”オリジナルチャイ”525円は、珍しく、とても癒やされるお茶を飲ませてくれます。

何故、”大黒屋・サンガムCafe”だけ紹介したかと云うと・・・、ぶどうまつり会場のブースも若い女性に人気で・・・、声をかけられないくらい忙しくご主人が働いておられたので、せめてこの機会に紹介だけはしておきたいと思ったのです。

大黒屋・サンガムCafe”の吉田さん夫婦は、数年前から”勝沼の朝市”などに出展をしていたことから、すっかり地元の人々と馴染み、暖かい人情や数人の先輩移住者などの親切な助言支援もあって、この地がすっかり気に入り、本拠を”田舎暮らし”に替えてしまったという気さくで、人懐っこいご夫婦です。

吉田さんのご主人は、地元甲州でイベントがあると、協力を惜しまず、何処でも出展をして、”里山暮し”を堪能している”里山が大好きな都会人”でもあるようです。

Photo_3 ご主人がテント村で働いている姿に感動して、あえてここで紹介させてもらったものです。

とても多くのお客さんの目を引いていましたよ!

・特に、若い女性のお客さんが興味をもっているようですね!

筆者は、また”名物オーガニックカレー”を食べに立寄らせてもらいたいと思っています・・・!よろしく!

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甲州・勝沼のぶどうは、今や”日本の誇り”です!

勝沼のぶどうは、近年、推定約150品種を各農園が競って栽培をしていて、かなり高品質で美味しい葡萄が増えています。ぶどう農園によっては、オリジナル品種の開発に取り組んでいて、収穫シーズンに葡萄農園を訪ねると、東京の果物店では見たこともなく、食べたことの葡萄を食べさせてもらえるのが一番の楽しみです。そのことを知った人たちは・・・、毎年でも”わざわざ訪れるからこそ味わえる勝沼の楽しみ方”を覚えて、リピーターになっているようですネ!

ちなみに、甲州市のガイドブックに登録している葡萄農園は、114軒(2011年)あります!

2005年の地域研究年報では、JAフルーツ山梨・勝沼ブロックだけでも、世帯数比の70.6%を占める計1956軒の組合員数が登録されていました。想像以上です。

ぶどう農園の観光入込客数は、推計約60万人とも言われ、”葡萄様々の里”です!

勝沼へ訪れるリピーターは、漠然と訪ねているわけではなく、葡萄農園の開発、改良、収穫情報等を調べ、ワイン情報を集め、甲州ヌーボーの出来、不出来も事前に調べて訪れている人が増えています。

生産者もそのことをどうとらえるかは、それぞれで良いのですが、少なくとも、今年来た客が来年また来るとは限らないので、肝心の顧客ニーズを知ることは、無視できないですネ!

ぶどう品種は、世界で5000品種以上・・・!?

日本では何品種・・・?山梨では何品種・・・?

筆者が山梨で一目置く葡萄研究家(国際センスのぶどう農園経営を行う実業家)植原葡萄研究所では、非公開ですが、確か推定で約2000品種近くのデータファイルがあるように伺っています。

しかし、葡萄品種数は、毎年、新しい品種が開発され、常に市場評価によって、生食用ぶどう品種販売ランキング(50位)、ワイン用品種販売ランキング(25位)でレポート公開されているように、毎年入れ替わるし、昨年生産しても、今年は中止する品種もあって、データベースで実際のぶどう品種数を確定するのが困難なようです。

注)現在のところ、一昨年、山梨県果樹試験場を訪ねて、山梨県で栽培している葡萄品種数を訪ねたが明解な方はおられず、上記の通りなのです。仕方なく、フルーツパークの葡萄品種の展示写真を数えたら、新品種が44品種、ワイン用含む葡萄品種は263品種、合計307品種が展示してあったのを記録しています。

従って、近年、概ね約300品種くらいの品種数が推定できるが・・・、これは葡萄図鑑的な品種数で、現在、実際に栽培されている品種数とは、あきらかに異なると思います。

また、一定期間(数年間)の実際の栽培品種数に絞ると、専門家のなかでは、約150品種くらいではなかろうかと推定されている人が多いようです。

ひと言でいうと・・・、「葡萄はクローン品種ではないので、品種数を特定するのが難しい果物」(植原葡萄研究所)と言われています。

従って、お断りしておきますが、上記品種数はあくまで私流の把握手法なので、正確な数値として使用はできません。ご承知下さい。また風土により新しい品種に変わることもあり、生産地によって同じものが別の名称で呼ばれるなどあるので・・・、なおさらです。

筆者はぶどう品種があまりにも多いので、品種数を解明したいと思い、あちこち調べ尽くしてみたが・・・、以上のような状態で途方に暮れ、数えるのを中断しています。中途半端をご容赦下さい。

ぶどう生産農家の方でも、日本に何品種あるか?山梨に何品種あるか?を訪ねても、正確に把握している人は今のところ訊ねあたりません。どなたかデータベースで把握している方がおられたら教えて下さい。

近、勝沼の観光葡萄農園は、来訪客がより楽しめるよう、一軒で20~40品種の栽培に取り組んでいるところが増えて来ました。ブドウ狩りも7月~10月迄楽しめ、時期を選べば・・・、より珍しい品種にも出会えますヨ!

収穫品種の種類が最も多い時期は、概ね8月中旬~9月中旬がお薦めです!

そんなわけで・・・、数え切れないくらい品種があるということを知るだけでも、楽しみは倍増ということにしておいて下さい!

ワイン用ぶどうの生産も、特に原産甲州ぶどうの白ワインが世界的に評価されて・・・、各ワイナリーは、競って高品質のワイン用ぶどうの生産のため、直営農園の研鑽にも凌ぎを削っているとのことです。

※甲州市のガイドブックに公開されているワイナリーは33軒(2011年)です。

近々、数年分の「ぶどう品種の売上ランキングデータ」を頂戴し、データベースの傾向分析をしたいと思っています。

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鳥居平は、特に美味しい葡萄が収穫される処として有名です!

甲府盆地の東山と云われる東端の丘陵地にあたり、日照時間も長く、高い山の台地が、葡萄生産の最適地なのだそうです。

目印は、柏尾山山腹の鳥居の形を樹木伐採地と、「シャトー勝沼」のぶどう農園辺りで、このワイナリーには、”鳥居平”というラベルの優れものワインもある。

「ラストラン鳥居平」は、施設、料理、サービスが三拍子揃った”勝沼でのお薦めレストラン”です!人気のパン工房があって、観光バスで訪れるお客さんは一目散にパン工房へ走る!ここの美味しいブドウパンは大人気で、レストランでも食べられます。パン工房では生クリームのクリームパン、めったに買えない(すぐ売り切れる)食パンなどが、筆者のお薦めです。

余談ですが・・・、国道20号線沿いに「シャトー勝沼」が経営する”里の駅”があります!

そこに、もっと大きなパン工房があって、いつでも出来たてパンを買えるので大人気です。

ついでですが・・・、地元新鮮野菜や食材・産品の市場もあって、とても安くて美味しいものが並んでいますヨ!筆者も久しぶりに家内とパンと野菜を買いに立寄りました。筆者が一所懸命に感心する”パン工房の長井君”も頑張っていました!

「シャトー勝沼」の詳しいことは・・・、http://www.chateauk.co.jp

”鳥居平”からの秋の紅葉風景は絶景です!勝沼全体が見渡せるばかりでなく、甲府盆地全体の視界が開け、遠く南アルプス連峰を望めます!

この”鳥居平”から見る晩秋の眺望が如何に美しいか・・・!?

甲州市のポスターの複写で済みませんが・・・、ご覧ください!

注)ぶどう畑の紅葉の絶景を紹介するため、筆者の素人写真では撮れない甲州市の宣伝用に作成された展示ポスター複写ですが、ご容赦下さい。

Photo_2 甲州市近代産業遺産「宮光園」展示ポスターより

・撮影者は伺ってなくて済みませんが、”勝沼の秋”を象徴する美しい公開ポスターなので複写して紹介させて頂きました。

・葡萄葉の紅葉は、主に、甲州ワインとして世界に認められている葡萄品種”甲州”の葉などが紅葉するそうで、全ての葡萄の葉が紅葉するわけではないのです。

・そのこともあって、甲州ぶどう発祥の産地、甲州ワイン醸造発祥の勝沼らしい”甲州ぶどうの紅葉”と題して、新たに皆さんに知って欲しいと・・・、紹介しました。

・ブログ読者の皆さんは、間もなく紅葉シーズンになるので、あちこちの紅葉情報を頼りに、出かけられると思いますが、ぜひ、”勝沼葡萄畑の紅葉の美しさ”を見に来て下さい!!

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勝沼ぶどう畑の紅葉シーズン、毎年11月3日が、”甲州ヌーボー”の解禁日です!

最近は、”ヌーボー”を楽しみに、勝沼を訪れる人が益々増えています!

11月5日(土)”ワインツーリズムやまなし2011”が勝沼・塩山・一宮で行われます

甲府・石和御坂八代は、11月6日(日)です。

特にワイナリー巡りで、テイスティングを楽しむ人は、車の運転ができないため、”勝沼ぶどう郷駅”、”塩山駅”から市内循環バスが運行されます。

・臨時便の市内循環バスを利用し、葡萄畑の景色を堪能しながら、前9月号「勝沼の魅力は・・・!?」で紹介した古代史の勝沼、グルメ、気さくな人々との触れ合いで、ふる里気分を満喫して下さい。注)前述のぶどう葉の紅葉は、全ての品種ではないので、ご承知下さい。

問い合わせは、「ワインツーリズムやまなし事務局」TEL055-232-2122へ

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追記:

勝沼の郷土史のことなら知らないことはないくらい勉強されている室伏さん「通称”室さん”」が、”2006年のブログ「室さん講座」~ぶどうまつりはとんでもないお祭り~の中で、近隣笈焼き、大文寺焼きの調査をテーマにした記事があり、その中に、勝沼の鳥居焼きとぶどう祭りの誕生秘話を掲載されています。

この記事を読むと・・・、江戸時代には、仏教弾圧で送り火の習慣もなくなって中断されていたこと。明治40年に復活したが大洪水に襲われたこと。明治41年~43年と続けたが、明治43年に再び大水害を被って中止になったこと。

その後、勝沼・祝地区の青年団が中心で、観光的なイベントをやろうということになって、昭和9年10月15日、初めてぶどう祭りを開催したが、次の年から日中戦争になって中止。

戦後になって、昭和22年に一宮浅間神社で、峡東地域の果樹祭りとして復活開催したこと。

昭和29年(1954年)勝沼町誕生を機に、正式に10月15日”第1回”ぶどうまつりが開催されたそうです。

※勝沼町の誕生は、地元の青年の情熱と団結力の結晶でもあったのでしょう!?

http://haj.web.infoseek.co.jp/k-z/muro-kouza/2-budomatsuri.html

この”ぶどうまつり”の誕生秘話を拝見すると、勝沼の当時の青年団の人々の情熱と団結力が伝わります。その伝統を現在も引き継いで58年になる”ぶどうまつり”は、筆者のブログで、カテゴリー分類をしている「山梨、里山の郷土愛」のテーマに相応しいと思いました。

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コメント

12)えんざん桃源郷の”ひな飾りと桃の花まつり”は・・・・・・・・、熱い郷土愛のまつり!

2011-02-22 | 山梨、里山の郷土愛!

甲州市えんざん桃源郷に・・・、”桃の花”が咲く春!

重要文化財「甘草屋敷」の”ひな飾りと桃の花まつり”!

甲州市えんざん桃源郷 第9回「ひな飾りと桃の花まつり」は、平成23年2月11日(祝)~4月18日(月)まで開催されています。祭りの案内は、こちらから複写できます。enzantougenkyohinakazarimomonohanamaturi.pdf」をダウンロード

”えんざん桃源郷ひな飾りと桃の花まつり”は、今年で第9回を数える。最近は首都圏を始め遠来のお客様に知られるようになって、”まつり期間中は、何と5万人ものお客様が訪れる評判の高い”ひな飾りと桃の花まつり”になっています。

郷土を愛する皆さんの”厚い人情が篭もる「雛」飾り”です!

この地に住んで人々の歴史の育みを知ることで、始めて分かったことがあります。それは、この甘草屋敷(かんぞうやしき)の”ひな飾り”が、あちこちにあるような、ただ、昔の”古いひな人形を集めて展示”するだけのひな祭りとは違い、それは、郷土を愛するボランティアの人々のあつい思いが集って、”将来へつなげる歴史を刻み続ける素晴らしいドラマ”があることです。

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せっかく”塩山のひな飾り”を訪ねて頂くなら、先ず、えんざん桃源郷のことも少々紹介しておきます!

※本題の”ひな飾り”の写真と記事は、後半に掲載しています。※急ぐ方はスクロールして下さい。

Photo 甲州えんざん桃源郷に、桃の花が咲き始めました!

・2月初め、全国に大雪の降った寒い日、甲州えんざん桃源郷には、もう、早咲きの桃が咲き始めました!

・ひな飾りの準備をしている「甘草屋敷}に持ち込まれた初咲きの桃の花は、鮮やかなホワイトピンクの色が、明るい春の到来を告げています。

・この花は、温室栽培の桃の花ですが、塩山桃源郷といわれる里山に拡がる一面の桃畑には、桃の蕾が膨らみ始めています。”桃の花が咲くと、塩山の春”です!

塩山桃源郷は、富士山と南アルプスが同時に望める山梨随一の絶景スポットなのです

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塩山桃源郷から望む富士山!

・青空だと、御坂山塊の後ろに真白な富士山が覗いて見えます。

塩山桃源郷から眺める南アルプス方面のパノラマ風景!

登山が趣味の筆者は、眺望の良い住まいで、毎日、美しい山々を眺めて楽しんでいますが・・・、我が家の東西南北から一度に”七座の日本百名山”が見えると言って喜んでも、漠然とこの美しい山々を毎日見ている地元の人々は、山々の名前も知らない人が多いので、もったいないことです。もちろん、富士山や南アルプスは知っていますから、安心して下さい。

注)この写真は昨年4月上旬撮影のものです。プロの写真や実際の眺望は、もっと色彩が鮮やかです。素人写真で、ご容赦下さい!

・桃源郷へ上ると、眼前に塩山のシンボル塩の山がぽっかり浮かび、石和方面に大蔵経寺山から帯那山への稜線が手前にあって、その先に鳳凰三山(薬師岳、観音岳、地蔵岳)が覗いて見える。さらにその奥には、白根三山(日本で標高第2位の北岳、間ノ岳、農鳥岳)が堂々と連なる。幼稚に喜べば・・・、日本で一番高い富士山(3776m)、第2位の北岳(3193m)が、同じ個所で同時に見えるところは、山梨県の中でも少々高い山に登らないと見られません。ついでですが、甲州市には、3月頃ザゼン草が咲く小倉山(バス停から約30分で登れる展望の絶景の山)などもあります。

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山梨県には、”四大桃源郷”があります!

①甲州市塩山の”えんざん桃源郷”・・・・・・・

②笛吹市東八代の”一宮桃源郷” ※南アルプスと八ケ岳方面の遠望が美しい

③韮崎市の”新府桃源郷” ※武田勝頼ゆかりの新府の里は、武田家先祖の”武田の荘”も近い

④南アルプス市の”白根桃源郷” ※南アルプスを背に、富士山の遠望が美しい。

・・と、4ケ所の美しい桃源郷があります。

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”えんざん桃源郷”・・・、

①首都圏からJR中央本線か中央高速道で山梨県に入る場合は、最も近くて便利なところにある桃源郷です。起点の甘草屋敷まで、車だと高速勝沼ICから約15分(無料駐車場完備)、電車だとJR塩山駅から、わずか徒歩1分のところです。

②JR塩山駅構内、甲州市観光案内所(TEL0553-33-5958)で案内とガイドマップがもらえます。見どころいっぱいで、美しい景色のウォーキングコースです。

③美しい富士山と南アルプスが同時に望めるのは、塩山桃源郷だけです。

※特に、桃の花が咲く頃は、真白い雪化粧の富士山や南アルプスのパノラマ展望が美しい!

快晴の日は、”咲き乱れるピンクの桃の花”と”澄んだ青い空”と”真白い雪化粧の山々”のコントラストが、他では見られない美しい絶景です。訪れた人々の歓声が聞こえてきます!

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”ひな飾りと桃の花まつり”

甘草屋敷の”ひな飾り”は3300点”煌びやかで、とても綺麗です!

甘草屋敷の”ひな飾りと桃の花まつり”は、甲州市が譲り受けた重要文化財「旧高野家住宅”甘草屋敷」が甲州市の玄関口塩山駅前にあることで、遠来のお客様の”迎賓館”として、何か”温かいもてなし”ができないかと考え・・・、郷土を愛する皆さんの熱意で生みだされたものが”ひな飾りと桃の花まつり”なのだそうです。

①館長の広瀬さん達が中心になって、地域の旧家で保存されていた「亨保雛」や「五楽人」など古雛の展示協力を得たことをきっかけに、一つ一つ収集して、これだけのひな壇を組めるようになったものだそうです。また、見事なつるし雛飾りは、紗耶加人形家元の志村とみ先生の指導もあり、地元のボランティアのご婦人達とともに、甲州独自に編み出した和紙人形細工で、”つるし飾り”は毎年10月頃から、約30人のボランティアの皆さんが、夜なべ仕事で半年もかけて、これだけのつるし飾りが来上がったものなのです。地域の人々の智慧と労力が結集して、これだけの華やかで楽しいひな飾りになっているのです。話を伺って感動です!

古雛壇に飾る江戸時代の”お内裏さま”の中でも、”享保雛”は貴重な逸品です。

②「なぜ貴重な逸品か?」 ちょっとだけ、その理由を知るために、歴史を紐解いてみます。

ひな飾りや雛祭りの歴史など詳しくはウイキペディア百科事典などを参考に作成したダイジェストPDFレポートをご覧ください・・・「hinamaturi_no_rekishi.pdf」をダウンロード 

雛祭り”は、女の子の健やかな成長と幸せを祈る”上巳(じょうし・じょうみ)の節句”に行う行事として、今でも続いている五節句の一つです。”桃の節句”とも呼ばれています。

・唐の国から伝わり、大和時代後期、文武天皇御代、大宝元年(701年)、”上巳の節会”として宮中の公式行事として採用されたのが始まりだそうです。

・平安時代になって、京の貴族社会で”雛あそび”(当初は遊びごと)として流行り、古来中国で上巳の日に、川で身を清め不浄を祓う習慣(上巳の祓い)があったものが日本にも伝わって、厄除け祈願を込め、生涯の災厄を紙人形に身代わりさせて、川や水辺に流す儀式(流し雛)と結びついて普及し、江戸時代になって全国に広まったそうです。

・天正年間以降、江戸時代になって、「ひな遊び」が「ひな祭り」へと変わっていきました。

・江戸時代初期、「立ち雛」や座った形の「座り雛(寛永雛といわれ男女一対の内裏雛を飾るだけのもの)」が作られてから、身分の高い武家子女の嫁入り道具の一つに数えられるようになったことで、次第に華美になり、贅沢になっていった。

・その後、人形は精巧さを増し、十二単を着せた「元禄雛」や大型の「享保雛」が作られたが、これらは豪勢な金箔張りの屏風の前に、内裏人形を並べる立派なものであった。

「享保雛」は、時代ドラマ「暴れん坊将軍」で有名な八代将軍吉宗の時代、江戸庶民の雛祭りにも”倹約令”が下り、一時的に、贅沢で大型のひな人形が禁止される時代があってその頃作られたものは数センチの小雛に代わったため、大きな享保雛はほとんど残されていないのです。そのため、貴重な逸品となっているものなのです。

・江戸時代後期には、「有職雛」と呼ばれる宮中の雅な装束を正確に再現した人形が現れ、さらに今日に繋がる「古近雛」が作られて、従者人形や五人囃子など華やかに壇飾りをするようになって、現在に至っています。

※”千羽鶴”ならぬ”千吊雛(せんちょうびな)”とでも名付けたいような2300個の幸せの祈りがこもった”つるし雛”飾りは見事です。※ひと組の輪に吊るされている雛は1輪49ケのモデルが中央につるされ、甘草屋敷の標準つるし飾りは、1輪7本の紐に、各5ケ、計35ケの寄数で、30組が雛壇の周りに飾られている。館内や巽蔵など甘草屋敷全体で、何と2300ケの祈りを込めた手作りの雛人形がつるされているのです。注)縁起のため吊るしという漢字は使わない。

※その他、塩山熊野神社で、奇祭として伝承されている”ほうこうじ”人形が珍しい。11人の男が白装束をまとい、その装束には、1体310ケ、合計3300ケの”ほうこうじ(注)”を縫い付け踊る祭りだが、その”ほうこうじ”を女の人がもぎ取ると、子宝に恵まれるという”幸せづくり”の人形も展示されています。

注)”ほうこうじ”は飛騨高山の”さるぼぼ”(猿っ子人形)に似ているが、這い這いする赤ちゃんの姿をした”這い子人形”で、色柄も異なり、祭りの男装束に飾る甲州独特の人形になっています。

③甘草屋敷の他、恵林寺「武田信玄公宝物館」、協賛展示として、ドライブイン信玄館、滝本院、JR塩山駅、勝沼ぶどうの丘、道の駅「甲斐大和」など、甲州市広域観光ポイントで、”ひな飾”りが見られます。

④えんざん桃源郷では、”ひな飾りと桃の花まつり”と言って、単なる雛まつりではなく、甲州市の春を堪能できる観光スポットに、ひな飾りを展示して、花いっぱい、春いっぱいの楽しみが満載で、遠来の観光客のも皆さんを”もてなす”まつりなのです。

山梨の桃源郷でも、”ひな祭りと桃源郷の桃の花まつり”が同時に楽しめるのは、ここだけです!

このような物語が、甘草屋敷のひな飾りの評判を盛り上げているのです!

幸せの祈りを込めた”ひな飾り”は、一つ一つ手作りをしたボランティアのご婦人の皆さん(約30人)の情熱を感じるばかりでなく、甘草屋敷の来訪客をもてなすボランティアガイドの皆さん(約30人)の暖かい人情ガイドとの連携に感動して、評判があちこちに伝わっているのだと思います。

ひな飾りが鮮やかで綺麗だと云うだけではなく、来訪の皆さんは、子供の頃を思い出したり、孫娘のことを思ったり・・・、ささやかな幸せの祈りが伝わって来るようだと思い思いに感動されています。

何か穏やかで、温かい気持ちを思い出す雰囲気が、評判を呼んでいるのだと思います。

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”郷土を愛する優しいお母さん達”が厚い思いを込めて・・・、

JR塩山駅北口で下車すると、特急の停車する駅前では考えられないような”時代をタイムスリップしたような”武田信玄像”と”甘草屋敷”が眼前に現れます。

PhotoPhoto_2JR塩山駅前・北口

・武田信玄像

・重要文化財旧高野家住宅

「ひな飾り」の館はここ

・”武田信玄”のことは有名ですが、何故、信玄像が塩山駅前にあるのかというと・・・、武田信玄の廟所「乾徳山恵林寺」がこの塩山にあるのです。信玄や武田家のゆかりがあちこちに残こされていることで”町の歴史の象徴”としているのです。”甲州の鎌倉とも言われています。

薬草の花咲く歴史の公園 重要文化財 旧高野家住宅 「甘草屋敷」

・旧高野家は、”八代将軍吉宗”の頃、亨保5年(1720年)幕府の採薬使、丹羽正伯が当家の甘草を見分した際、幕府御用に取り立てられて、江戸小石川の幕府薬草園(暴れん坊将軍でも馴染みの小石川療養所の薬草園?)へ上納していた名家。平成5年より、重要文化財高野家住宅を甲州市(旧塩山市)が寄附を受けたことで、文化財建造物として、保存事業、公園整備などを行っているため、極めて見事に保存されています。

・古民家建築の旧高野家屋敷も見どころがたくさんあります。※この建物は19世紀初頭の建築と云われています。

①茅葺(現在は茅葺型銅板葺)切妻出窓屋根様式(中央に二段の突き上げ屋根)の実用的で美しい建築デザイン。甲州独特の古民家建築です。特に、屋根を支える棟持柱大黒柱)は、これに梁を重ねて渡した間に見せ抜き通して、漆喰塗りとした妻壁の構造は、優れた美観を形成しています。

②屋敷は、4932.07㎡あって、江戸末期から明治初頭にかけての屋敷構えがそのまま残されています。母屋はもちろん、巽蔵(たつみくら)、馬屋、東門、文庫蔵、小屋の5棟、附けたりとして、地味棚、裏門、座敷門の3棟が重要文化財の追加指定を受け、名称も旧高野家住宅とされています。幕府御用の甘草など薬草を栽培した歴史で有名で「甘草屋敷」ともいわれています。

重要文化財の建物だけでも一見の価値があるが・・・、単なる史蹟めぐりだけではありません。季節毎に催される魅力のイベントは、地域のボランティアの人たちが集まって、情熱のほとばしる素晴らしい運営がなされています!

甘草屋敷は、郷土史を知りつくし、郷土を愛することでは最たる一人である”館長の広瀬国光さん”ならではの情熱と先達魂だと思いますが・・・、他とは違い、この重要文化財は、地域の人々の生き甲斐にも密着して、観光ボランティア活動の皆さんの本拠地にもなっています。広瀬館長自らが先頭に立って、ボランティアの皆さんとの協働による手作りのイベント等が活発に行われて、見事に活かされているのが、凄いですね。注)11月号甘草屋敷の枯露柿体験で紹介。

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ひな飾りの準備”に勤しむボランティアの皆さん・・・!

Photo_2 地域の振興に先頭に立って働いておられる甘草屋敷館長の広瀬国光さん!

・郷土を愛し、郷土史のことを知り尽くしている方で、筆者がいろいろと教えを乞う頼りになる人です。

・広瀬さんの青年のような情熱は、見習うところが大です。

・お孫さん達は、お寺の絵を描いたりして、美術展で入選をするような血筋を残しておられるようで・・・、感心します。

約30人のひな飾りを作って頂いた地域の主婦の皆さんと一緒に、準備作業に勤しむ姿には、頭が下がります。

・雛飾りが終わって段取りができると、いよいよオープンです。このシーンでも、ボランティアガイドの皆さん約30人の人たちが交代で、来訪のお客様のご案内と”もてなし”を分かりやすいお話で説明をして頂いています。せっかく訪ねたなら”広瀬館長さんやボランティアガイドさんのお話を伺えば、より楽しいですよ!

・筆者は、皆さんの作業を写真を撮らせてもらいながら、じっと見ているだけですが・・・、穏やかな館長さんの人柄は、笑顔で働きをしながら、主婦の皆さんの意見を良く聞き、飾り準備を上手にまとめておられる姿には感心しました。誰にでも、できるものではありませえん。素晴らしい人がこの町にもおられますね!

Photo_3つるし雛の飾り付け準備をしている主婦の皆さん。

・甲州市塩山下塩後で、紗耶加人形家元として和紙人形づくりの師匠をしておられる志村とみさんを中心に、甲州市の約30人のボランティアの主婦の皆さんが、毎年、10月から半年くらいかけて、つるし雛は制作しておられます。

・来訪のお客様に喜んで頂こうと、配置や飾り付けには、とても熱意が籠って、真剣な眼差しです!

Photo

座敷に飾られていく様子

・段々と楽しみが増して行きます!

Photo_4 今年の新作デザイン

暖簾になった、新作”つるし雛”

・丁度、真中に写っているのが、ひな飾りづくりを指導しておられる志村とみ先生。

ほんとうは、この”ひな飾り暖簾”を手で触って、身の災いを除け、幸せ祈願の雛人形を開いて奥の間へ入って頂きたかったのですが、繊細な紙細工のため、大勢の来訪客を考慮して、触れない高さに位置を上げました。玄関へ入って、奥の間の方を見ると、鮮やかなインパクトがある新作”ひな暖簾”です。

この”ひな飾り暖簾”は、筆者も気に入りました!

可愛い女の子の部屋や雛段のある部屋の入口に、この”ひな飾り暖簾”が掛っていると、細工を手で触って、邪気をうつし、心を清めて子供と向かい合えと言われているような願いを感じます!ひな人形をくぐるアイデアがとても良いですね!家庭でも「流し雛」の謂れに似たような儀式の祭りにも使えますね!?

”紗耶加人形”は、甲州市塩山下塩後の紗耶加人形家元「志村とみ」先生が考案されたもので、35年周年になるそうです。和紙の人形づくりを始めた時、初めての人形に付けた名前でもあり、好きな言葉”さわやか”な人生を願うイメージを”紗耶加”という漢字で表現して名付けたものだそうです。色紙や短冊に、和紙で作った人形や背景を張って作る作品が主流で、住まいでもスペースを取らず飾れること、多彩な模様がある和紙を使って、気軽にできる楽しさもあることで、奥が深い繊細な和紙づくりの人形は、全国的に人気が広まっているようです。志村先生は、東京浅草橋でも教室を開催されていたことがあって、あちこちで活躍中です。

注)甘草屋敷では、樋口一葉の部屋に「紗耶加人形展」を開催中です。一見の価値がありますよ!

Photo_3甲州市のひな飾り準備に集う熱いご婦人達!

”紗耶加人形家元の志村とみ先生”を中心に、ひな人形づくりを行っている約30名のボランティアの皆さん

残念ながら、作業中に急にお願いして写真を撮らせて頂いたので、全員をご紹介することができませんでした。目立たないところでも一所懸命、郷土のためにボランティアをされているご婦人の皆さん、ほんとうにありがとうございます。

・雛飾りの準備作業を拝見していたら、「来訪のお客様に、喜んで見てもらいたい!」と思いを込めて飾り付けをされている皆さんは、

真剣そのもので、凄い情熱を感じました。

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甘草屋敷の”見事なひな飾り”を一部ご紹介します!

Photo_16Photo_5 ひな人形づくり

・体験教室の風景

・峡東CATVの取材をうける志村とみ先生と体験教室の生徒さん

・「百聞に一見にしかず」で、この写真では、魅力の全てを表現できません。

多くのブログは、素晴らしい展示写真を主体にブログなどで紹介されていますが、このブログでは、先に甲州市塩山桃源郷の素晴らしさ、塩山の町の印象、そして、郷土を愛する大勢のボランティアの皆さんの活動があって、活き活きしている人々の姿を、先に、つたない文で、紹介しています。読んで頂くのは、大変ですが、歴史は、このような人々の営みで育まれていくので、後々の記録にでもなればという思いで、記事を書いています。あしからず!

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・上段左はモデル49ケ飾り。

・上、中段、奥の間を中心に見事な約650点の雛壇と2300点のつるし雛かざり

・中段左が享保雛

・中段中央、一番手前が”文化年間の五楽人”

・下段左が甲州独特の「ほうこうじ」祭りの人形装束

・下段中央は、売店にある甲州市大和の珍しい「うらじろまんじゅう」、「枯露柿」など郷土の味覚。

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6)”枯露柿づくり体験”でもてなす「甘草(かんぞう)屋敷」のボランティアの皆さん

2010-11-11 | 山梨、里山の郷土愛!

重要文化財の「甘草屋敷」は甲州市JR塩山駅北口前にあります。この駅の北口に降り立つと最初に迎えてくれる美観シーンが「甘草屋敷」で、ほとんどの訪問者は感嘆しています!新宿から1時間20分、特急が停車する駅で「駅前がこれほど風情のあるところはない」と言っています。注)南口はバスターターミナルや低層商業施設が少々あり”お洒落美観”はありません。

塩山をJR中央線で初めて訪ねる人に、北口から塩山観光をスタートされるように薦めます。タクシー乗り場には常時駐車しています。タクシーの方は、ここから西沢渓谷、大菩薩峠、恵林寺、放光寺、川浦温泉、枯露柿の松里地区方面へは行きやすい最寄口でもあります。

Photo 今回、東京の知人で観光、ホテル、レストラン業界のオーソリティである春口大先輩が、山梨学院大学の講義の帰りに塩山に途中下車して、訪ねて下さった。丁度、甘草屋敷では「ころ柿づくり体験」が行われ、その講習が終わって、”枯露柿”がつるされた直後に訪れて頂いたので、その美しい景観を背景にした記念写真を掲載しました。

枯露柿がつるされた「甘草屋敷」の柿色格子の景観が何と美しいこと!観光パンフレットの表紙を飾るシーンで”温かい人々の営み”を伝えてくれる古民家史蹟なのです。

Photo_2 「甘草屋敷」の”ころ柿づくり”体験は、まちの観光ボランティアの皆さんで運営されています。※みなさんは無報酬で、真心から”おもてなし”をしていることを知っておいて下さいね。

首都圏から、「ころ柿体験」に訪れるお大勢の客様のために、まず、収穫した大粒の”甲州百匁柿”を皮むきします。その手伝いの情景です。皆さんがほんとうに優しい顔をしているのがわかりますか!?

※善意の心づくしに脱帽ですね!毎日延20人くらいのボランティアが手伝っているとのこと。

素晴らしいまちの人々ですね!

Photo_3 「ころ柿づくり体験」へ参加した人々は真剣です。参加費は一人500円(入館料含む)で、自分で皮を剥いて作った大粒のつるし柿を2ケ持ち帰りが出来ます。自分の家の軒先で天日で干して、約1カ月経つと、美味しい枯露柿が出来上がりますが、琥珀色に輝く大きなつるし柿の並ぶ情景はほんとうに見事で美味しそうですね。

私も2年前に、ころ柿づくりを教えてもらって、作って見ましたが、とても愉しく、約1ケ月間、軒先で乾き具合と色具合を見ながら、”ころころ”とひっくり返して、全体に天日がいきわたるように干し続ける作業行程は、意外に手間がかかります。その「ころころ」返して作るところから、”ころ柿””枯露柿”と云われるようになったようですよ。「枯露柿」も高級感があって良いブランド名ですが、「ころ柿」も可愛いい名前ですね!

「最初の体験では、熟成するまで待ち切れず、途中で食べてしまった」ことを覚えていますが、それでも自分で作った”ころ柿”なので、とても美味しかった思い出があります。それ以来、農家の皆さんが、その気持ちを心得て、食べごろになるまで熟成干しして出荷して頂いている苦労を分かるようになったつもりです。だから、極上粒は1ケ@700円~900円もするのかと・・・。体験は楽しんで、なお色々なことを教えてくれる想い出です。

”枯露柿は松里ブランドが極上品”と言われて評判です。武田信玄が干し柿を奨励し、美濃の国の蜂屋柿を移植したのが始まりだといわれています。江戸の昔から、甲州八珍果として上等の献上物になっていて、今に伝えられています。甲州百匁柿は他に類を見ない大粒で、自慢の特産品です。ぜひ、賞味して見て下さい。他にない絶品ですよ!

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Photo_4 「甘草屋敷」内には市の”こども図書館”があります。古い農家の畳のある部屋で子どもの本が読めます。丁度、この日は塩山愛育園の元気な子供たちが愉しそうに学習をしていたので、写真を撮らせてもらいました。

子供さん全員をカメラに収めることが出来ないで済みません。全員を写そうと声を掛けるたびに、せっかくの素晴らしい笑顔がかしこまってしまったので、瞬間に撮ったスナップ写真を掲載させてもらいました。YS

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「甘草屋敷」は、山梨県東部に分布する江戸時代の養蚕農家の典型で、茅葺き(現在は銅板葺き)で切り妻造りの重要文化財に指定された旧高野家の古民家史蹟なのです。江戸時代、八代将軍吉宗の治世(1720年頃)に、幕府の採薬使、丹羽正伯が当時高野家の薬草園を見聞して、幕府御用が申し渡されて以後、薬草の甘草(かんぞう)を栽培して幕府に納めていたところなのです。「ドラマ暴れん坊将軍(吉宗)でご存知の小石川療養所にあった小石川薬草園」に、ここから薬草が納められていたと思うと、とても身近に感じますね!?

現在は、重要文化財として市が所有管理をしていて、「薬草の花咲く歴史の公園」として、まちを訪れる人々をお迎えしています。 ※市の広報による。

結構、重要文化財は維持管理にお金がかかるだけで、”見せ物的”な施設が多いのですが、この施設は、歴史資源のことが良く分かっているだけではなく、”まちは人々の温かい触れ合いがあってこそ良いまち”ということを心得た廣瀬館長さんならではの運営力だと思いますね。善意のボランティアの人々と一緒になって、訪れる人々を親切にもてなして、この施設は、人々のために”活かされていている”のが良いですね!YS

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