スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

スウェーデンのゲーム産業

2015-07-17 13:55:32 | スウェーデン・その他の経済
スウェーデンの文化産業の輸出といえばこれまでは音楽産業が大きな注目を受けてきたが、近年はそれに加えてゲーム産業が熱い。企業数、従業員数、売上高、利益のいずれにおいてもここ数年の間に急激に伸びている。そして、売上高の9割以上は外国での売り上げによるものである。

スウェーデンの国内市場は小さい。だから、国内のゲーム制作会社は最初から英語で製品を作り、世界市場に売りだし、世界を相手に勝負している企業が多い。つまり、”Born global” なのである。また、ゲームの質に対しても世界的に高い評価を受けている。小粒の製品を数多く作ってお金を稼ぐという商売スタイルではなく、トリプルAクラスと呼ばれる、質が高い反面、開発に多額の投資を必要とする作品の開発に焦点を絞り、ヒット作品を生み出してきた。

ヨーロッパのゲーム業界が集まるGames Developers Conference(2014年)でも、業界関係者の投票によってスウェーデン(とイギリス)が、ヨーロッパにおけるゲーム先進国に選ばれている。
《詳細》

2005年から2013年までのスウェーデンのゲーム産業の成長をグラフにしてみた。



2008年のリーマン・ショックにともなう金融危機の直後には、確かにスウェーデンのゲーム産業も苦境に立たされた。当時、200人以上の従業員を抱えていたGrinという大手メーカーが倒産に追い込まれた。また、開発に必要な投資の確保も難しくなった。しかし、2年も経たないうちに再び成長路線に復帰しただけでなく、その後、飛躍的なスピードで売上や利益が拡大しているのである。

一つの要因は、危機にともなうリストラによって、それまで肥大化傾向にあった組織がスリム化され、効率化が図られたことである。(これは無論、他の業界にも言えることであろう)

また、リーマン・ショックと時をほぼ同じくして、業界を取り巻く環境にも変化が起こった。従来のようにDVD-ROMという形で物理的にゲームを販売する、という形に代わって、SteamやGamergGateといったプラットフォームや自社HPを通じたオンラインでの販売が普及し始めたのである。そして、スウェーデンの企業はかなり早い段階にそのトレンドに飛び乗った。

その結果、これまで多額の固定費用が掛かっていた販売・流通経費が抑えられるようになり、製品価格が下がることで需要が喚起されるようになったし、収益の増大にも繋がった。また、企画・開発・販売といったサイクルが短縮され、利益が出るまでの期間が短くなったためにリスクが小さくなり、投資を集めやすくなった。低予算のゲーム製作者でも、大手のゲーム販売会社・ゲーム出版会社に頼ることなく、低コストで作品を販売することが可能になったことによって、MinecraftMagickaのように思いがけない成功を記録したインディーズ作品もある。

リーマン・ショック後に起こったもう一つの変化は、スマートフォンの普及である。そして、そのスマフォで気軽に遊べるゲームの市場が新たに誕生した。また、FacebookをはじめとするSNS内で遊ぶブラウザゲームの市場も急激に成長を始めた。これらのゲームは「トリプルAクラス」のゲームとは対照的に「カジュアルゲーム」と呼ばれ、低コストで開発することができる一方、宣伝次第では大きなヒットも可能だ。しかし、その反面App StoreやGoogle Playは誰でも容易に作品を公開できるから、多数のゲームが無管理のまま、ひしめき合っており、埋没する可能性も高い。だから、宣伝が大きなカギを握っている。

近年のスウェーデン企業はその両方のセグメントにおいて成功しており、それが上のグラフが示している急激な成長につながっているのである。北欧では、フィンランドでもゲーム産業が比較的盛んだが、フィンランドは「Angry birds」に代表されるようなカジュアルゲームが主であり、スウェーデンとはその点で異なる。

代表的な作品といえば、「トリプルAクラス」では
Battlefieldシリーズ


Just Causeシリーズ


Mirror’s Edge


Magicka


Europa Universalisシリーズ


Crusader Kingsシリーズ


「カジュアルゲーム」においては
Minecraft


Candy Crash Saga


Quizduell

(日本語版は クイズクラッシュ。詳細はこちら


2013年にApp Storeで最も収益を得たゲームの上位2つは、ともにスウェーデン製のCandy Crush SagaMinecraft(正確にはそのスマフォ版)だった。

スウェーデンのゲーム企業の成功をもたらしている一つの要因は、公式フォーラムを通じたユーザー、プレーヤーとのやり取りを非常に重視していることではないだろうか。公式フォーラムは英語だから世界中から参加できる。そして、フォーラムの場でゲームの感想やバグ報告、ゲームをより楽しくするための提案などがプレーヤーからなされる。企業の側は、そのような声を汲み取り、定期的にバグ修正パッチや改良パッチを提供したり、拡張キットを販売する。また、プレーヤーがゲームを改造・改良し(Modding)、そのModを公式フォーラムで頒布することを認めていることも大きな特徴だ。プレーヤーが作ったModの中に素晴らしい物があれば、企業側がそれを採用して、改良パッチや拡張キットを通じて公式版に取り込んでしまうことも珍しくない。さらに、公式版の発売に先駆けて、フォーラム内で限定的にベータ版をユーザーにテストプレーしてもらうこともよくある。ユーザーの生の声を製品に取り入れ、改善した上で発売出来るだけでなく、そうやってテストプレーしたユーザーが、その作品の面白さをSNSを通じて広める「宣伝大使」にもなってくれるという利点を持っている。

もちろん、この点はスウェーデンの企業に限ったことではなく、他のヨーロッパやアメリカの企業でも言えることであろう。一方、日本の企業はこの点が弱く、いまだにModが不可であったり、ユーザーとの双方向のやり取りが重視されていない、という声を聞く。

世界中のユーザー、プレーヤーとこのようなやり取りが可能なのは、英語でのコミュニケーションを難なくこなせるというスウェーデンの強みによるところが大きいだろう。冒頭に書いたように、スウェーデンの企業は当初から世界市場を想定して製品を企画・開発・販売している。また、人材も優秀なら世界中から採用しており、企業によっては30カ国の人材が同じ場で働く、人材多様性の高い企業もあるそうだ。

以下に、スウェーデンの代表的なゲーム企業を挙げてみる。(私はこの業界の専門ではないので間違いもあるかもしれない)

Mojang(アメリカMicrosoftの傘下)

◯ Minecraft
・世界で最も多く売れたPCゲーム(2014年時点)
・国連機関UN Habitatは、途上国の若者に都市計画への参画を促すプロジェクトを2016年に始める予定で、そのプロジェクトはMinecraft内で自分の構想する都市を作るというもの。
◯ Scrolls

King Digital Entertainment

もともと本社はスウェーデン。現在はアイルランドに本社。スウェーデンのスタジオも存続し、重要な開発拠点となっている。
◯ Candy Crush Saga
・Facebook上やスマフォアプリで遊べるゲームの中で、最も利用者の多いゲームの一つ。2014年の情報によると、世界中で1億人以上の人が毎日プレーしている。
・ゲーム制作会社Kingは、このゲームとBubble Witch Sagaのおかげで競争相手のZynga(アメリカ)を制して、Facebook用ゲームの制作会社としては世界一に踊り出た。

Paradox Development Studio

◯ Europa Universalisシリーズ
◯ Crusader Kingsシリーズ
◯ Hearts of Ironシリーズ
◯ Victoriaシリーズ
・ともに歴史シミュレーションゲーム。根強いファンが世界中にいる。Paradox Interactiveは販売・出版会社。

EA Digital Illusions Creative Entertainment (DICE)(アメリカElectronic Arts (EA)の傘下)

◯ Battlefieldシリーズ
◯ Mirror’s Edge
◯ Star Wars Battlefornt
◯ グラフィック・エンジンFrostbiteの開発

Massive Entertainment(フランスUbisoftの傘下)

◯ Ground Controlシリーズ
◯ World in Conflict
◯ Tom Clancy's The Division
◯ Assassin's Creed: Revelations
◯ Far Cry 3
◯ グラフィック・エンジンSnow Dropの開発

Avalanche Studio

◯ Renegade Ops
◯ Mad Max
◯ Just Causeシリーズ

Starbreeze

◯ Syndicate
◯ Brothers: A Tale of Two Sons
◯ Storm

G5 Entertaiment

・モバイルゲームを多数


以上が、スウェーデン国内での従業員数や売上高、利益で見た場合の大手メーカーだ。ここから分かるように、企業によっては外国企業の傘下に入っているものもある。しかし、これは決してネガティブなことではなく、むしろ、スウェーデン企業の技術やブランドが積極的に評価された結果であるとスウェーデンの業界は見ている。また、外国の親会社はトリプルAクラスのゲーム開発に必要な投資を提供してくれる資金源にもなっている。

技術やブランドが評価された例としてはMojangがその代表例だ。この企業は上記の企業Kingで働いていたプログラマーMarkus Perssonが、趣味で始めたMinecraftを商品化するために独立し、設立した個人企業だった。その後、Minecraftが大ヒットし、そこにマイクロソフトが目を付け、2014年に25億ドルで買収。Markus Perssonは雑誌フォーブスの「世界の億万長者 "World's Billionaires"」の一人に数え上げられるまでに至った。彼は今や、Skypeを作ったNiklas Zennströmや、Spotifyを作ったDaniel Ekに次ぐパイオニアの一人と賞賛されている。

また、ゲーム産業と一口に言っても、ゲーム製作だけに携わっているとは限らない。上記のリストのEA DICEUbisoft Massiveのところでグラフィック・エンジンと書いたが、これは高度な3D技術を使ったゲーム製作を円滑にするためのツールのことで、ハードウェアやソフトウェアに対して「ミドルウェア」と呼ばれる部類に属すものだ。このようなツールを、自社のゲーム製作に使うだけでなく、他の企業にライセンス販売することによって収益を得ている企業もある。

「ミドルウェア」と言えば、注目を集めているスウェーデン企業が他にもある。ウプサラにあるImagination Studiosは、モーションキャプチャー技術に特化した企業だ。モーションキャプチャーとは、人間の体の要所にセンサーを取り付け、体の動きを正確にアニメーションに取り込む技術であり、この会社は国内外の大手のゲームメーカーにその技術を提供している。

ヨーテボリにあるIlluminate Labsという企業は、ゲームのグラフィック内で使われる光・照明の技術に特化した企業で、EAなどの大手ゲームメーカーにその技術を販売してきた。この企業も技術が評価され2010年にアメリカ企業Autodeskに買収されたが、今でも研究開発をヨーテボリで行っている。

カルマルにあるLocalize Directは、ゲームやアプリの翻訳(ローカリゼーション)を円滑に進めるソフトウェアを開発している企業で、大手のゲームメーカーがこの技術を活用している。

もう一つ別の例を挙げたい。ウプサラにあるHansoftは、ゲームやソフトウェアの開発の際のプロジェクト・マネージメントを円滑にするツールを開発している企業である。顧客の多くはゲーム制作会社だが、このツールは業界の外でも良い評価を受け、航空機のボーイング社にも採用されている。

さらには、国内外のゲーム製作会社から、コンテンツ(DLC)やデザインなどの作成、特殊なコンポーネントの開発、他のプラットフォームへの移植、企画コンサルタントを請け負っている企業もいくつかある。

スウェーデンの他の中小のゲーム関連企業を下に挙げておきたい。列挙するつもりはなかったのだけど、リストアップし始めたら次から次へと出てくるので、私が知るかぎりの企業を挙げておきます。

Arrowhead
・Magicka
・Helldivers
Free Lunch Design
・Icy Tower
・Hello Adventure
FEO Media
・Quizduell, Quizkampen
Ghost(DICEの子会社)
・Need for Speed: Rivals
Easy Studio(DICEの子会社)
・Battlefield Heroes
Expansive Worlds(Avalanche Studioの子会社)
・The Hunter
MAG Interactive
・Ruzzle
Star Stable Entertainments
・Star Stable
Image & Form
・SteamWorld Dig
Scattered Entertainment(日本のDeNAの子会社)
・The Drowning
Coffee Stain Studio
・Sanctum 2
・Goat Simulator (ゲーム・ジャムで企画・開発された)
MachineGames(ZeniMax Mediaの子会社)
・Wolfenstein: The New Order
Fatshark
・War of the Roses
・Hamilton’s Great Adventure
Bitsquid
・グラフィック・エンジン Stone Giant
DDM Agents
・ゲーム企画・開発をコーディネートするコンサル
Zeal Game Studio
・A Game of Dwarves
Stardoll
・ブラウザで着せ替え人形
Dennaton Games
・Hotline Miami
Nifflas
・Knytt Undergound
・NightSky
Simogo
・Year Walk
Midasplayer
・モバイルゲームを多数
Mindark
・モバイルゲームを多数
SimBin
・レーシングカー・シミュレーター
Southend Interactive
・R-Type: Dimensions
・Lode Runner
・Sacred Citadel
・Ilomilo
Talawa Games
・Unmechanical
Stunlock Studios
・Bloodline Champions
Level Eight
・Megastunt Mayhem
・Robbery Bob
Zordix
Toca Boca
Pieces Interactive

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3 コメント

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質問があります (マイケル)
2015-07-23 16:02:54
はじめまして。スウェーデンについて調べていたら、このブログにたどり着きました。

最近スウェーデンについて気になっていることがあります。それはYouTubeの動画などでよく見かける「このままではスウェーデンは将来人口の過半数をイスラム系移民が占めるようになり、イスラム教的な価値観の国になってしまうだろう」などというものです。移民が特定の地域のみに密集したり、移民による放火や暴動がたびたび起きるなど治安が悪化していると動画では主張されてました。

このような事は本当に起きているのでしょうか?スウェーデンに長年暮らしているブログ主さんなら真実を知っているはずだと思い、質問しました。もしよろしければお返事ください。
ゲーム産業 (kana)
2015-08-07 00:17:07
初めまして!
スウェーデンのゲーム産業について調べていたら、こちらのブログに辿りつきました!
今、日本のゲーム関連会社で働いており、休暇とリサーチ兼ねて8月いっぱいストックホルムに来ております。
この記事がよくまとまっており、大変参考になりました。
Yoshiさんはストックホルムにいらっしゃるのでしょうか?
それともヨーテボリですか?機会が会ったら、ぜひ会ってお話を伺いたいと思いました。
Unknown (Yoshi)
2015-08-08 01:24:50
コメントありがとうございます。
yoshihiro.sato@hhs.se までメールを頂けますでしょうか?

/ Y

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