スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

2009年の春予算

2009-04-16 05:17:37 | スウェーデン・その他の経済
スウェーデン政府が春予算を発表した。


スウェーデンでは毎年9月に本予算が国会に提出され、審議を経て可決される。これが次の年の予算年度(1月~12月)に実行される。ではこの春予算は何なのかというと、本来は日本の補正予算ではなく、(1)その年の秋の本予算に向けて具体的な方向性や優先順位を前もって示す、予算折衝のたたき台の役割を持つものだ。しかし、現在のように経済状況が刻々と変化するような場合には、(2)年内に追加的な財政支出を行うという、補正予算の役割を持たされることもある。

では、2009年の春予算の内容はどうだったかというと、大きな柱は2つ

一つは、既にこのブログでも紹介した、地方自治体への財政支援策。自治体の財政の大きな部分を占めている所得税の税収が大幅に減少する中、その税収減を穴埋めするために、国が特別の予算を計上し、特別地方交付金として地方自治体に配分するものだ。

ただし、これも既に触れたように、この財政支援策は来年からであり、今年は一切行われない。だから、春予算に関する上の説明で言うと(1)のほうであり、「秋の本予算で必ず盛り込みますよ」ということを今の時点で約束しているに過ぎない。(10年:7億クローナ、11年:5億クローナ、12年:5億クローナ)

一方、もう一つの柱は、今年から既に支出が行われるもので(2)の補正予算的なものに該当する。では、対象は何かというと積極的労働市場政策。つまり、失業者が受身的に失業給付を受け取るのではなく、彼らを積極的に家の外に出して、職業訓練を受けさせたり、そのために必要な基礎教育を提供したり、人手不足の産業で職場インターンシップを受けさせて、産業間の転職をよりスムーズにするものだ。このために、今年分の労働市場政策関係費10億クローナ(130億円)上乗せするという。

ちなみに、スウェーデン政府は昨年12月の段階で補正予算(83億クローナ)を計上していたから、この10億クローナ分は言ってみれば第2次補正予算と見ることもできるだろう。

2008-12-23:緊急財政出動プラン
----------

さて、春予算を提出した財務大臣アンデシュ・ボリ(Anders Borg:保守党)は二方向から叩かれている。一つはもちろん野党だが、もう一つは経営者・産業界団体だ。彼らは「ボリ財務省は、積極的労働市場政策にお金をつぎ込むとはいっているが、失業者を給付漬けにすることに関しては、社会民主党の財務大臣そっくりだ。」と批判する。

確かに、この批判の最初と最後の部分については頷ける所もある。彼の属する保守党は、数年前は「積極的労働市場政策なんていらない。労働市場庁も廃止してしまえ。」という主張を繰り返していたから、そのような時と比べると、積極的労働市場政策の意義を認めるようになった現在の保守党は様変わりしたとも言える。

野党は、社会民主党を筆頭に「積極的労働市場政策にお金を投じるのはいいが、内容が不十分であり、この規模では意味のある職業訓練や職場インターンシップは行えない。失業者をせいぜい教室に座らせて、履歴書の書き方だとか、求職活動の仕方を講義することくらいしかできない。」と批判する。また、現政権が2007年以降、減税を行うと同時に、失業保険の給付水準を抑制したり、失業保険組合への国庫補助を削減してきたことを批判し、「失業が増えている今やるべきことは、全く逆のことだ。」と非難している。
----------

私としては、積極的労働市場政策によって、失業者の雇用能力(employability)を向上させ、職業・産業間の移動をスムーズにすることはとてもよいことだと思う。しかし、これも要は何を行うかであり、あまりケチなことをやっても、それこそ教室に座って履歴書の書き方を学ぶような安上がりなことしかできない。90年代の経済危機に際して失業者が大幅に増加したときに、積極的労働市場政策は無駄だ、という批判の声も聞かれたが、結局は何をするかであり、積極的労働市場政策、それ自体がダメというわけではない。いくつかの事後評価によると、実践的で現場とリンクした職業訓練プログラムなどは、失業者の失業期間を短縮させる有意な効果があるという。

現在、不況が続くとはいえ、一部の産業は人手不足であり、求人を行っているから、そのような産業へ失業者がうまく移動できるようなコーディネートが必要だ。一方で、求人の絶対数が格段に少ない現在、積極的労働市場政策にも限界がある。結局、この政策は求人がある場合には有効だが、そうでない場合には、別の方法で労働需要の喚起を図る必要がある。そして、それでも限界がある場合には、失業者を一定の期間、手厚い失業給付などで保護し、世界的な景気が回復して、スウェーデンの産業活動が上向きになるのを待つしかない。

最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ねい)
2009-04-18 07:33:10
Yoshiさん、タイムリーな記事をありがとうございます。

最近、私のところに問い合わせのある記者の方にこのブログを紹介しているので、ご迷惑をおかけしているかもしれません。

穏健党(ボリ大臣とリットリン雇用大臣)が穏健党の同僚を攻撃(本当に嫌いなんだなあ、と思いますが)してまで労働市場政策の強化にこだわることは正直言ってびっくりしました。とはいえ、このボリ財務大臣の「ぶれない姿勢」こそが、穏健党が歴史的な支持率を得ている源泉ではないかと思うのですが、どうでしょうか?

しかし、「イデオロギーを超えて今スウェーデンが必要としていることは(理論的に?)正しければ躊躇せずに実行する」という姿勢はこの経済危機の中で国民の信頼感(あいつは好きではないけど仕事はできる)を得るために不可欠な態度だと感じます。
(だって、ボリ大臣ってどうみても庶民受けするタイプじゃないですよね…)

それに比べて社民党の政治家は自分がないというか、国民経済を守る姿勢が感じられないですね。スウェーデン語が理解できない外国人の自分でさえそう思うのですから、スウェーデン人にとっては社民党が穏健党に取って代わられたという感じなのかも知れません。

とにかく、経済危機の間中に支持率を上げている=国民の信頼感を得ている(「ポニーテールで見た目変だけど真面目で仕事はしっかりするよね」)希有な政府として、その秘訣(?)を探る価値は多いにあると思いますが、日本の状況とあまりにもかけ離れているので、どう伝えればいいのか…。格好の素材だと思いますが、また相談に乗ってください。
返信する
IGBP公開講演会 (H.Usui)
2009-04-19 18:14:50
昨夜上記の講演会が石狩当別町で開かれました。その講師にゲーテンブルグ大学教授LeifG.Anderson氏がいましたが、このゲーテンブルグがこんな町があったかな、地図で調べなきゃと思っているうちに暇がなくて現地に来てしまいました。よく考えたらGothenburgをドイツ語読みにすれば、やっと気が付き貴兄のいる大学ではないですか。しかし今時ヨッテボリイと発想しない人もいるんですね。当別町は20年スウェーデンと交流があるんですけど。
返信する
Unknown (Yoshi)
2009-04-19 22:06:22
お久しぶりです。

>最近、私のところに問い合わせのある記者の方にこのブログを紹介しているので、ご迷惑をおかけしているかもしれません。

大丈夫です。時間の許す限りで対応しています。

>このボリ財務大臣の「ぶれない姿勢」こそが、穏健党が歴史的な支持率を得ている源泉ではないかと思うのですが、どうでしょうか?

それとあとは、メディアの伝え方にも原因があると思いますよ。昨年後半以降、社会民主党について報じるときには、否定的なスタンスで書くことが多いように思います。世論もメディアの報道の仕方に流されている部分もあるでしょうし、世論調査の結果自体が世論に影響を与えるという現象も明らかに見られていると思います。(なので、世論調査の結果をそこまで気にする必要があるものなのかどうか・・・。)

とはいえ、経済危機以降の政権側の政策とそれに対する野党側の反論を見ていても、野党側も主張に魅力が感じられません。結局、政策の違いはあまりないのに、無理して批判しているように思います。与党の政策の代わりに何をしたいのか、が一部の政策領域を除いては見えてきません。

>(だって、ボリ大臣ってどうみても庶民受けするタイプじゃないですよね…)

ボリ財務省は、実は経済学の博士課程を履修している途中に、財務省の政策秘書だか中央銀行の政策エキスパートとして引き抜かれたような面白い経歴を持っています。彼の議論を聞いたり、記事を読んでいると、ちゃんと経済学の素養があることが伝わってくるので、同業者(?)として実は私には信頼できる、筋の通った行政官と感じられます。そういう本来は「庶民受けするタイプ」でない人間が、一つの重要な省のトップに立って、国民に対する説明責任を果たしながら舵取りを行っているのは、とても面白いことだと思いますよ。

続きはメールで・・・
返信する
Unknown (Yoshi)
2009-04-19 22:13:04
Usuiさん

見つけました。
http://www.town.tobetsu.hokkaido.jp/kikaku/index.data/kikouhendoutosyoku.pdf#search=%27IGBP%E5%85%AC%E9%96%8B%E8%AC%9B%E6%BC%94%E4%BC%9A%27
ですね。

ヨーテボリは英語読みでは、ゴーセンバーグだと思いますが、ゲーテンブルグなんて初耳ですね。講演会主催者の側にスウェーデンに関係する団体がいくつかあるようですから、どうして訂正してあげなかったのか気になるところです。

そうそう、当別はこちらの日刊紙にも以前特集記事が出ていました。姉妹都市の関係だったと思います。
返信する

コメントを投稿