スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

総選挙の争点<3> 泥沼化するアフガンへの関与(その2)

2010-08-31 05:05:49 | 2010年9月総選挙
アメリカのオバマ大統領が、アフガニスタン作戦Exit strategy(出口戦略)を議論し始める中、スウェーデンにおいてはこのミッションへの関与について、多くの党は議論することを避けていたように思える。しかし、左党(旧共産党)はアフガニスタン派兵を選挙の争点にしたいと考え、「即時撤兵」を強く訴えてきた。また、昨年末に議会決議によって「さらに派兵し500人規模にする」ことが決定したときも、国政7党の中で唯一反対したのは左党だった。

これに対し、同じく左派ブロック(赤緑連合)に属する社会民主党「撤退の期日を設定するのは時期尚早」と主張してきたし、環境党「即時ではなく、遅くとも2014年までに撤退」と考えてきたため、ブロック内で意見の食い違いが目立っていた。ジャーナリストも、この不一致を突いて「こんなことで連立政権が組めるのか?」と疑問を投げかけていた。

しかし、ついに先週金曜日、左派ブロック(赤緑連合)の3党は共同案を発表した。これによると、

・現政権が主張する来年のさらなる増派は行わない
・しかし、状況の悪化によっては一時的に増派を行う可能性も残す(最大兵力800人を限度)
・2011年7月から撤退を開始
・2013年前半には撤退を完了
・その途上では、現地のスウェーデン部隊の総司令官を非軍事(civil)の者に替える。
・治安維持の責任を地元アフガニスタンの軍や警察に順次、移譲していく。
・ただし、撤退後も軍や警察に対するトレーニングは行う


というものだった。つまり、左派ブロック(赤緑連合)が政権を取った場合には、上記の方針をスウェーデンのExit strategy(出口戦略)とするということだ。即時撤退を主張する左党と、2014年を期限に撤退を主張する環境党と、派兵開始時に政権にあり軍事オペレーションの難しさを知っているために一時的増派のオプションも残しておきたい社会民主党のそれぞれの主張の、ちょうど間を取ったような合意内容だ。

この提案については、左派ブロック(赤緑連合)現・中道右派政権の間で激しい議論がすぐさま始まった。その日の夜21時のニュース番組では、左派ブロックの中で撤退を最も主張してきた左党の党首ラーシュ・オーリュー(Lars Ohly)現・外務大臣カール・ビルト(Carl Bildt)がスタジオに招かれ、生放送で討論を行った。以下はその要旨。


まず「スウェーデンが引き上げれば、その任務や責任を他国の駐留部隊が引き継がなければならなくなるが、それについてはどう考えているか?」と切り出すジャーナリストに対して、左党党首は「アフガニスタンに必要なのは、軍事部門での支援ではなく民生部門での支援だ。軍事ミッションに現在費やしている費用を、学校の建設など民生部門での復興に使えば、より大きな成果が期待できる」と答えた。ただし、ビルト外務大臣は「それは結構だが、タリバーンはすぐに爆破してしまう。その上、途中で引き上げれば、国際的な信用を失い、アフガニスタンの復興におけるスウェーデンの影響力も小さくなってしまう。さらに、撤退はアフガニスタンで民主主義の樹立させるために奮闘している人々を見捨てることになる」と答えた。

左党党首は「しかし、国際部隊への参加国が次々と出口戦略を決めているなかで、スウェーデンはいつまで駐留を続けるつもりなのか?」と応戦。間に入るジャーナリストも、現政権としての出口戦略をビルト外相に問いただした。しかし「それは間違った認識。撤退を正式に決めたのはオランダだけだ。彼らの撤退後は、結局、オランダが持っていた治安責任が他の参加国が引き継ぐことになる。スウェーデンとして、それは責任ある行動とは言えない」と返答。また「現政権は、アフガン問題に関しては野党の社会民主党や環境党とも良い協力関係を築けてきたが、左党の影響力のおかげで台無しだ」とも付け加えた。

しかし、左党党首も負けてはいない。「この作戦はいつまで続けても解決に向かわない。失敗だったと認め、それなら、手を引く方法を議論し、戦略を転換する必要がある。スウェーデンによるアフガニスタンへの支援の3分の1が民生支援、残りの3分の2が軍事支援というのが現状だ」と批判した。ここで、再びジャーナリストが間に入って「スウェーデン軍や国際部隊が撤退してしまえば、タリバーンが国土を奪ってしまうのでは?」と疑問を投げかけた。すると、左党党首は「そのリスクは少ないし、タリバーンに力で勝とうと思ってもだめだ。むしろ、軍事作戦の結果として彼らの勢力が増している」と答えた。ビルト外相も「国際舞台がいなければ、タリバーンは既にアフガニスタン全土を制圧していただろう。そして、国民の多くが人権侵害に苦しむことになっただろう」と批判した。ここで、時間が来たため、ニュース番組での生討論は終了。

この議論を聞いていると、改めて難しい問題だと感じる。左党党首の認識はずいぶん甘いものだと思うが、かといって、スウェーデン政府は自国の兵士の命に対して責任を負っているのであって、他国の部隊(特にアメリカ)の兵士の犠牲者が増え続ける中、アフガンでの民主主義の樹立や人権の保護という大義名分だけにこだわっていることもできないだろう。

とにかく、左派ブロック(赤緑連合)は3党合意に至った。これに対し、右派ブロック(現・中道右派政権)のアフガン政策はどうかというと「スウェーデン部隊の派遣をさらに延長し、必要に応じて兵力も増強する用意がある」という趣旨のオピニオン記事を8月2日の朝刊に掲載し、これを彼らの方針としていた。撤退の期日については触れられていない。