スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

総選挙の争点<2> 年金受給者にも減税が必要?(その1)

2010-08-13 07:38:14 | 2010年9月総選挙
これまでの連載で説明したように、2006年秋の総選挙で政権を獲得した中道右派政権勤労所得に対する税額控除を2007年、2008年、2009年そして2010年と4度にわたって行ってきた。税額控除(実質的な減税)の対象となったのは、働いて得た勤労所得のみであり、年金や社会給付は対象とならなかった(スウェーデンでは、失業手当や疾病手当、育児休暇手当などの所得比例型の社会保険給付や年金にも所得税が課せられる)。

だから、この制度に当初から不満を漏らしていたのは年金受給者だった。「私たちはなぜ税額控除の恩恵に与(あずか)れないのか!?」

彼らの言い分も理解できないでもない。年金は現役時代に働いて得た勤労所得に応じて雇い主が保険料を納め、原則としてそれに基づいて受給額が決まる。だから見方を変えれば、現役時代の給与の受け取りの一部を延期して、それを退職してから受け取っているということになる。この見方に基づけば、年金所得もれっきとした勤労所得だから、勤労所得税額控除を適用しろというわけだ。

これに対し、政権側は突っぱねた。彼らの言い分はこうだ。勤労所得税額控除の一番の目的は、働いて労働供給を行うことのメリットを高めることだ。平均寿命の伸びとともに高齢化が進んでいく中、より多くの人に就業してもらい経済を支えてほしい。だから、退職年齢に達してもなるべく働き続けてほしい

実際のところ、この勤労所得税額控除の制度は、年金にこそ適用されないものの、65歳以上の人が働いて所得を得た場合には、現役世代よりも大きな税額控除を得られる仕組みになっていた。つまり、働くメリット(手取り)は現役世代よりも大きいというわけだ。


濃いほうが現役世代、淡いほうが65歳以上を対象とした勤労所得税額控除の額

少し余談になるが、実はスウェーデンの年金制度それ自体も高齢者の就業を促進する構造となっている。年金受給開始年齢を自分で選べ(ただし早くても61歳)、開始が早いほど毎月の受給額が減り、遅いほど増えるのはおそらく日本と同じだと思うが、それだけでなく、65歳を超えて働き続けた場合はその勤労所得に応じて雇い主が年金保険料を払い続けてくれる。つまり、自分の「年金権の蓄え」が65歳を超えてからも増え続けていくことになり、その分は将来の年金の受給額に加算される。65歳以上で働いている間、年金を同時に受け取ることもできるし、働いている間は受給を開始しない、という手もある。例えば70歳まで働いた後で年金の受給を開始したとすれば、受給開始を遅らせたことによって月額の受給額が増えるというメリットに加えて、65歳から70歳まで雇い主が納め続けた年金保険料に応じて年金権がさらに増え毎月の受給額に上乗せされるというダブルのメリットがある。

また、65歳以上の人を雇う側にもメリットがある。というのも、65歳以上の従業員に対しては社会保険料を全額払う必要はなく、約3分の1(つまり社会保険料のうち年金保険料の分だけ)だけ納めれば済むからだ。だから、65歳以上の従業員の人件費が安くなり、雇う側が彼らを雇いやすくなるのだ(65歳以上の自営業者に対しても同様の措置があるため、高齢者の起業を促すことになる)。

このように、スウェーデンでは高齢者の就業を活発化して、高齢化社会の中で現役世代が抱えることになる負担をいかに軽減していくことが真剣に考えられてきた。出生率は1.9を超え、移入民もあるので、高齢化の速度はかなり緩やかであるにもかかわらずである。だから、この勤労所得税額控除の制度も、その一環と考えることもできる。

しかし、高齢者は黙ってはいなかった。2007年のいつだったか忘れたが、テレビのニュースでインタビューを受けた年金受給者は「みんながみんな、高齢になっても達者で働けるわけではない」と言って、自分たちにも勤労所得税額控除もしくは何らかの形で減税を行なってほしい、と主張していた。(続く・・・)