スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

総選挙の争点<2> 年金受給者にも減税が必要?(その3)

2010-08-24 18:18:42 | 2010年9月総選挙
高齢者・年金受給者への減税を巡る議論は、総選挙が行われる2010年に入ってからも続いた。金融危機の影響のため、年金の給付額にブレーキがかかり、2010年から3年間、給付額が減額されることになった。景気状況と株式市場の動向に応じて年金給付額が減額されるというメカニズムは、制度を作った際にほとんどの党が同意していたことである。景気が良い時は受給額が増え、高齢者も好景気の恩恵を受けるが、景気が悪くなれば受給額が減り、痛みを現役世代ともに共有する、という分かりやすい仕組みだ。だから、受給額が減ったからといって、それを政治的にいじったりすることはしないというのが、新年金制度の理念の一つだった。しかし、やはり現実に年金額が減ると高齢者の反発も大きく、政治問題に発展したのだ。

これに加えて、以前説明したように、勤労者と年金受給者の間で所得税の重さが異なっており税額控除の恩恵を受けられなかった年金受給者が反発していた。確かに、彼らの不満を抑えるために、年金受給者だけを対象にした基礎控除額の拡大が2009年と2010年に行われたものの、その度に勤労者の税額控除も拡大されたため、課税の重さの違いは縮まなかった。


支持率の挽回を図りたい社会民主党は、早くも2009年終わりから「年金受給者の所得税課税をさらに緩和すべき」と主張していたし、中道右派連立政権の中でも中央党キリスト教民主党が同様の発言をしていた。しかし、保守党は拒んでいた。年金受給者のさらなる減税を行なえば、同党が前回の選挙における主要な公約として掲げ、鳴り物入りで導入してきた「勤労所得税額控除」の理念に反してしまう。それに、たとえ政府予算に余裕があったとしても、それはできるなら年金受給者よりも、働く現役世代や働く高齢者のために使いたい。

しかし、そんな保守党も60歳以上の有権者の支持率が減少に転じたのを見て、態度を変え始めた。ただし、年金受給者の減税は、景気と税収が回復し財政に余裕ができてから、という条件をつけ、ニュアンスを持たせたのだった。

その後、2010年の春から夏にかけては、与党・野党の両陣営が程度の差はあれ、年金受給者の減税を主張した。特に激しい主張を行ったのは、社会民主党だ。年金受給者が勤労者よりも高い税率が課せられていることを指して「これは年金者に対する罰としての税だ」と批判した。また、与党の中でも、高齢者が主な支持層であるキリスト教民主党も、大きな声を上げて、連立政権の第一党である保守党が年金減税に積極的に取り組むように働きかけたのだった。

そして、既に夏が始まる段階で、なんと国政政党7党すべての党が、年金受給者への所得減税を公約に盛り込むことになった。つまり、どの党が、もしくはどのブロックが政権をとっても、高齢者への減税は確実に行われるということだ。

こうなってくると、この問題はもはや争点ではなくなったと思われるかもしれない。しかし、まだ争点は残っている。勤労所得と年金所得の間に税率の格差をどこまで残すのか?という問題だ。夏の段階では、どこの党の主張を聞いていても、高齢者への減税はするけれど、勤労所得との課税の格差は残すことを前提にしているようだった。しかし、投票日があと1ヶ月あまりとなった先日、支持率の挽回を図りたい社会民主党年金所得と勤労所得の課税格差を完全になくす、と提案したのを受けて、同じく左派政党である環境党左党も同じように主張した。すると、その数日後には保守党をはじめとする連立政権側もほとんど似たような主張を行った。各党で異なる部分といえば、どのように減税するかというテクニカルな詳細に過ぎない。

まるで「どの党が年金受給者に一番優しい党か」を競うゲームのようだ。そして、今日も中道右派の連立政権側が新たな高齢者減税を行なう、と発表した。これでは、現在の政権、とくに保守党が掲げてきた「勤労のメリットを高め、労働供給を増やし、高齢化社会に備える」という勤労所得税額控除の理念が台無しだ。

選挙を前にした政策議論の大部分が高齢者減税に集中しているのは、かなり異様だとしか思えない。なぜここまで高齢者を対象とした公約に各党が力を注いでいるのか? 一つの理由は、65歳以上の有権者は全体の4分の1であり、無視できない存在だからだ。その上、現在、中道右派ブロック(現連立政権)左派ブロック(赤緑連合)の間で、支持率が伯仲しており、両陣営とも相手より多くの減税を高齢者に提示して、少しでも多くの高齢者票を獲得したいのだ。

しかし、結果として、両陣営で公約にほとんど差がない状況となってしまった。同じ政策領域で力比べをするのではなく、政敵が苦手な政策分野で画期的な政策提案をすることで支持率の獲得を競ってほしいものだと思う。