自 遊 想

ジャンルを特定しないで、その日その日に思ったことを徒然なるままに記しています。

蜜柑について

2014年11月18日 | Weblog

 冬の果物の主役は蜜柑。鮮やかな蜜柑色を目にすると、冬の到来を感じさせるとともに、師走さらには年の瀬を迎える気持ちも重なる。そわそわした気分の時に、食卓に盛られた蜜柑は団欒を誘う。
 蜜柑の消費量は果物全体の第一位。産地は、昭和初期までは和歌山が第一位だったが、その後、静岡、さらに愛媛、近年では九州七県で全生産量の半分近くを占めているそうだ。品種ではウンシュウミカンが圧倒的に多い。ウンシュウミカンもそうだが、近頃の蜜柑には殆ど種がない。種なし蜜柑が一般に出回るようになったのは明治以降だそうだ。江戸の家父長制のもとでは、種なしは子孫が途絶えるということで嫌われたらしい。

  夜行過ぎ蜜柑山また里に帰す  堀井春一郎(1927-1976)

 夜行列車が夜の静寂を破って、蜜柑山の麓を走り抜けて行く。走り過ぎてしまえば、何もなかったように、またもとの静寂が戻る。この句意に特段の問題はないようだが、「また里に帰す」には作者の感慨が込められているように思う。何か期待感のようなものとともにやって来た夜行列車。しかし何事も起こらず、列車は過ぎてしまう。期待感が崩れた寂しさと、里はやはり里であるとの安堵感を表しているように思われる。
 もの心ついた僕が小学2年生まで過ごした山里も、遠くに汽車が過ぎ行く故里である。夏蜜柑はあったが、冬蜜柑があったかどうかは記憶にない。